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「生活が輝く移動」を生み出すためのソーシャルデザインについて考えよう。


人は、どんなときに生活が輝くと思いますか。
社会の一員として自分が求められるとき、人生が輝いているように感じるのではないでしょうか。
社会が自分を求めるからこそ、外出する機会が増え、街が賑わっていく——。

しかし、「外出しづらい」「したくない」と感じている人もいます。
彼らは、どうしたら外出し、移動したくなるのか?
そんなことを含めた「生活が輝く移動」について、
4名の方に語っていただきました。

進行役は、NPO法人ミラツクの代表理事・西村勇哉です。
(本フォーラムは、2017年6月23日に「株式会社デンソー」にて開催されたものをまとめています)

(photo by Rie Nitta)

登壇者プロフィール
小笠原 舞さん
保育士起業家 / 合同会社こどもみらい探求社 共同代表 / asobi基地 代表
法政大学現代福祉学部卒業。幼少期にハンデを持った友人と出会ったことから、 福祉の道へ。大学時代にボランティアで子どもたちと出会い、彼らの持つ力と創り出す世界感に魅了される。20歳で独学にて保育士国家資格を取得し、社会人経験を経て保育現場へ。子どもたちの声を大切にできる社会を目指し、既存の枠にとらわれず、新しい仕掛けを生み出し続けている。2016年12月には、子育て本『いい親よりも大切なこと 子どものために“しなくていいこと”こんなにあった!』(新潮社)を、2017年1月には写真集『70センチの目線』を出版。
下河原 忠道さん
株式会社シルバーウッド 代表取締役 
1971年生まれ。1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し、薄鋼板による建築工法開発のため、1988年に単身渡米。「スチールフレーミング工法」をロサンゼルスのOrange Coast Collegeで学び、帰国後2000年に株式会社「シルバーウッド」を設立。7年の歳月をかけ、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し特許取得(国土交通省大臣認定)。店舗・共同住宅等へ採用。2005年、高齢者向け住宅を受注したのを機に、高齢者向け住宅・施設の企画開発を開始。2011年、千葉県にてサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀<鎌ヶ谷>」を開設。介護予防を中心に看取り援助まで行う終の住処づくりを目指し「生活の場」としてのサービス付き高齢者向け住宅を追求する。一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事。
青木 翔子さん
NPO法人PIECES 理事/株式会社MimicryDesign リサーチャー
東京大学大学院学際情報学府(修士)。自身がシングルマザー家庭に育ったことから、教育格差を肌身で感じ格差問題に関心を持ち、どんな子も尊重される社会 を目指して研究・実践を続けている。大学時代は児童養護施設でのボランティアや教育のwebサービスの立ち上げを行う。大学院では、居場所と学習が共存する場として、学校外で中高生が趣味を媒介として大人とともに学ぶ空間について調査を行い、PIECESでも同様の場を立ち上げる。また、子どもに関わる大人(市民)の育成プログラムの設計などを行っている。
清原 博文さん
株式会社デンソー 東京支社 バリューイノベーション室 ソーシャルデザイン課 課長
デンソーデザイン部門で自動車用計器類デザイン、店舗用スキャナーデザイン、携帯電話デザイン等のプロダクトデザイン経験を経て、様々な製品の技術PR映像制作、自動車用HMI(Human Machine Interface)デザインなどを行ってきた。現在はソーシャルデザイン課において生活者と共に価値共創するためのサービスデザインおよび社会課題をビジネスで解決するための企画に取り組んでいる。

子どもや認知症のある人がいる社会を、感じてもらう

西村最初に自己紹介をしていただいてから、セッションに入ろうと思いますので、小笠原さんからよろしくお願いします。

小笠原さん皆さん、こんにちは。「こどもみらい探求社」の共同代表をしています小笠原と申します。共同代表の小竹めぐみと私は二人とも保育士です。もともと保育現場にいたのですが、「子どもたちは保育園だけで一生を終えるわけではなく、保育園自体も社会のなかにある。保育士として社会に対して、専門性を使えるのではないか?」と感じ、園を飛び出し、2013年に2人で起業しました。

会社の取り組みを簡単にご紹介します。一言で言うと、“子どもたちがよりよく育つ環境づくり”をしています。環境づくりとして行っていることは2種類あります。一つは、人的環境づくり。人材育成事業やコミュニティ育成事業です。企業研修や親向けの講座、地方の子育てコミュニティづくりのお手伝いをしています。

もう一つが、物的環境づくり。イベント企画・運営、コンテンツ・商品企画などをしていまです。社会に出てみると、たくさんの企業さんが子どものため、親のため、家族のためにと一生懸命考えていることを知りました。

また、自主事業も2つあります。親御さんに子どもと一緒に来てもらう10回シリーズの習い事「おやこ保育園」やオンラインサロンを活用した「ほうか保育園」を行っています。

さらに、2016年12月に私と小竹の共著で『いい親よりも大切なこと 子どものために“しなくていいこと”こんなにあった!』(新潮社)を出版しました。2017年9月の時点で10,000部発行されています。2017年1月には写真集『70センチの目線』(小学館集英社プロダクション)も出しています。

私は1歳児クラスの担任をしたとき、私が投げかける一つの言葉と問いかけと概念をどう伝えるかで子どもたちの世界の基礎がつくられていくことを痛感し、保育士は「未来をつくる仕事」だと強く感じました。

その保育士の立場や視点をフル活用しながら環境づくりをしていけないだろうかと、いろいろな分野の方と手をつなぎ、ビジネスを展開しています。最近では「BBT(ビジネス・ブレークスルー)大学」さんで、“組織多様性とワークライフバランス”という、個性を活かしあう大人たちのチームづくりの講座をさせていただきました。

毎回新しいお仕事が来るたびに、「保育士ってこんなに役に立てるんだ」と実感しながら仕事をしています。多くの人を巻き込みながら、「子どもたちにとって本当にいい環境って何だろう」という問いを投げ続けるのが、私たちの役割だと思って活動しています。私たちが目指しているのは、大人と子どもが共存できる社会をつくることです。よろしくお願いします。


写真左が下河原さん、右が小笠原さん。

下河原さんこんにちは。シルバーウッドの下河原と申します。最近始めたプロジェクトは、認知症がある方々に見えている世界を、「VR(バーチャルリアリティ)」を使って一人称体験するものです。

私は高齢者住宅「銀木犀」の運営をしているんですが、その前は建築工法の開発をして建築のパネルを販売するメーカーを経営していました(詳細はこちら)。

高齢者住宅の運営を通じて、認知症のある方々と地域の住民や子どもたちがふつうに接するような機会を今一生懸命つくっています。代表的なお話を出すと、高齢者住宅のなかにガチの(笑)駄菓子屋があって、地域の子どもたちが多ければ一日に200人来ています。


「銀木犀」内にある駄菓子屋。子どもの姿が多い(写真提供:シルバーウッド)

駄菓子屋の店頭には認知症のおじいちゃん、おばあちゃんたちが立っているわけです。認知症の人たちを家の中に閉じ込めるのは失礼だし、ご本人にとっても不幸なことなんですけど、最も不幸なのは、認知症のある人たちを知らずに大人になってしまう子どもたちだと思うんですね。ですから、そうやって子どもたちが認知症のある方々と接する機会を増やしています。

そして最近、先ほどお話ししたように、新しいメディア「VR」を使って認知症ってどういうことなんだろうという世界を実感していただくプロジェクトを開始した会社です。よろしくお願いします。


写真左から、西村、清原さん、青木さん。

社会的孤立をどうケアし、社会につなぎ直すか

青木さんこんにちは。「NPO法人PIECES」で理事を務めています、青木と申します。「PIECES」は、どんな子どもも尊厳をもって豊かに生きていける社会を目指し、貧困や虐待といった課題を抱えている子どもたちに対して活動しています。

貧困であったり虐待を受けていたりする子たちは主に専門家や行政に支援されていますが、そういった方々だけではなく社会全体で見ていけたらいいなと考え、一般市民を育成して一緒に活動しようと、人づくりにも注力しています。

私たちは、虐待や貧困の背景にあるのは孤立だと考えています。今日のテーマである「移動」とも関係があるんですけど、人は虐待を受けていたりすると人への信頼感がなくなり、「外に出ていこうよ」と言われても出て行けない状態になるんですね。そういった社会的孤立をどうケアし、社会につなぎ直すかということをずっと考えています。

私は自分自身がシングルマザーの家庭で、貧困や暴力が身近にあるような過疎地域で育ちました。そのあと医者や経営者の娘さんが多い進学校に入り、自分がコミュニティから分断されていることを感じたんです。そこから教育や福祉を学び、大学院でもそうしたことの解決を研究して、「PIECES」を立ち上げたところです。よろしくお願いします。

自分の役割や居場所を心の糧に生きるのが「輝く生活」

西村最後はデンソーの清原さんです。清原さんがプロジェクトオーナーを務めているプロジェクト「誰もが生活を輝かせるための移動」は、私たち「ミラツク」も一緒にやらせていただいています。

清原さんデンソーの清原です。プロジェクト「誰もが生活を輝かせる移動」について話したいと思います。

今日のテーマの「生活が輝く移動」って、どういうことだと思われますか。例えば、好きな人とドライブをする。これは生活が輝いているような移動としてしっくりくるかなと思います。うちは毎年末にハワイへ行っているなんていうのも、移動して生活が輝いていると思います。

分かりにくいかもしれないと思いますので、「生活が輝く」がいったいどういうことなのかを掘り下げていきたいと思います。「お金をがっぽり稼いでやりたいことをやる」のは、ちょっと違う気がするんですね。私たちが考えているのは、「社会の一員として人をちゃんと支え、人からも支えられて社会で確実に自分の役割や居場所があり、それを心の糧に生きていること」。これが「輝く生活」だと言いたいと思っています。

定年を迎えると、多くの男性は「今から自由だ!」と謳歌しようとするんですね。「やれなかったことをやろうかな」と思う。でも、「やれなかったことって何だろう」と考え出すと、まるで一人で海にポンと放り込まれたような感じになります。それでも会社で培ってきた人脈があるから、「俺はできるんだ」という根拠のない自信で悠々自適に過ごすんですが、あまり長く続かなくて、だんだんやることもなくなって友達も減っていって、気付けば一人で家にじっとしている。社会で役割がなくなってきたと実感しながら、徐々に引きこもりになっていく……。そんなことが起こります。

これはサラリーマンに限らず、社会との接点がなくなった子育て中のお母さんや、中山間地で周りと物理的にコンタクトがとれなくなった過疎地の人なども、社会と関わりがなくなって、輝いていない生活になっているのではないかと思います。

「Well-being」とは、「①何かをやりたいと思うこと」、「②ちゃんと周りと関わっていけること」、「③その中で自分が役割を果たすこと」、この3つの要素を持っていることだと思っています。そうした状態になるためには、そもそも輝く生活を送りたいというモチベーションがないといけない。そういう人たちと関わるリアルな体験やフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション、そのために外に出て人に会いに行く、これらができることが大事だと思います。この組み合わせを我々は「生活を輝かせる移動」と呼んでいます。

ソーシャルデザイン課が考えるWell-beingの3つの要素(画像提供:デンソー)

モチベーションづくりに適した移動とは、どういうことなのでしょう。我々、移動関連事業者は、本来ユーザーが移動によって達成すべきタスク、例えば安全にA地点からB地点に行きたいとか、早く快適にA地点からB地点に行きたいとか、そういったものをいかにスムーズに実現するかを考えないといけません。

一方、移動中の「空間」や移動の「時間」そのもの、それをよくすることも私たちの仕事だと思っています。「空間」とは何かというと、その場の雰囲気、気持ちよさ、心地よさ。そのなかで楽しさを得られること、思い出になること、やりたいことができること、これらを「時間」と言っています。それぞれの質を高めることが、我々がやらなくてはいけない仕事です。

実はこれらは移動に限ったことではなく、さまざまなサービス事業をされている方が「空間」と「時間」の質を高めることをされていると思います。共通点があるだろうなと。そこで1日の行動の「空間」と「時間」の質を高めるところをシームレスにつなぐのが、我々が求めている「生活が輝く移動」ではないかと思っています。今日はよろしくお願いします。

「やってあげる」という行為をなるべくしない工夫

西村ありがとうございます。清原さんたちと半年間一緒にやってきたこのプロジェクトでは、「『生活が輝く移動』ってどういうことだろう」と、さまざまな方をインタビューしました。モビリティではなくて、人を取りまく障壁と乗り越え方を考えようと。例えば、子育てをしているお母さんや高齢者の方は、使いやすい車を置いたとしても外出しないそうです。その外出しない理由や、外出するときの理由、外出する先としてどういう場が魅力的なのかなどをうかがいました。

その結果、160個の「外出を阻害する要因」、「外出を促進する要因」、「行き先として魅力的な場」が見つかりました。いま、この結果をもとにどんなことができるのかをデザインするプロジェクト形成を行なっています。

今日はこれを使いながら皆さんと一緒にディスカッションしていきたいと考えています。その160個すべてを集約したものを印刷したカードをこちらに展示しました。皆さんと一緒に考えていきたいなと思っています。三人の方、興味があるものを何枚か選んでもらえますか。

それをもとにディスカッションをしていこうと思います。下河原さん、何を選ばれましたか。

下河原さん「やってあげるをしない」というカードです。高齢者施設に入居している方々に対して、介護士が何でもやってあげるイメージってありませんか? 配膳から靴下をはかせてあげることまで、「やってあげることが仕事」というイメージを持っている方は多いと思うんです。でも実はまったく逆で、何にもしないのが一番いいんです。

むしろ高齢者施設で介護士がいない状態で生活できているのがベストです。基本的にサポートや「やってあげる」という行為をなるべくしないで、ご自身の力でどこまでもやるよう工夫するのが大事です。

私たちの高齢者住宅には介護士のユニフォームがないんですよね。一般的な高齢者施設って、介護する側とされる側との力関係がはっきりしてしまって。我々は、人生の大先輩を敬う気持ちはもちながら、基本的には対等の立場で物事を考え、行動することを大事にしていますね。

西村入居者の方が移動や外出をしやすくするために、どういう関わり方をしていますか。

下河原さん一般的な高齢者施設では玄関の鍵を閉めます。その理由は認知症のある方々が外に出ていって何か起こした場合のリスク排除ですね。でも、我々の高齢者住宅は玄関を開けています。

「そうしたら認知症の方が徘徊しないんですか」とよく聞かれるんですけど、「します」と答えています。何が悪いんですか、っていう話です。

認知症のある方々を地域から遮断して、地域とのつながりがなくなると、育っていく子どもたちは認知症のある方々がどういう人かをまったく知らずに大人になってしまうんですね。それは不幸だと考えています。

玄関がいつも開いていると認知症のある方々は思い思いの行動に出ていきます。お買い物やお散歩に行く人もいるし、病院に行く人もいるし、コンビニに行ってお財布がなくてトラブルになるケースもあります。でも僕は、それでいいと思うんです。

設備や環境よりも、人のマインドが大切

西村小笠原さんはどれを選びましたか。

小笠原さんはい。一番いいなと思ったのが、「イベントじゃなくて常設」っていうカードです。私はイベントとして「おやこ保育園」を京都と東京で実施しているのですが、参加者の方たちが暮らしに戻って発信したりする、イベントの“先”を最近考えています。

イベントは気付きの種まきをする場として重要だと思うんですけど、イベントではなく「常設である暮らしをどうデザインするか」という視点が足りないなと思っているんです。自分ごと化し、課題と自分の接点を見つけて持ち帰ってもらって、地域や周囲に自分の言葉で伝えていくマインドを、暮らしのなかにどうやって散りばめるかに強い興味があるので選びました。

西村今回のデンソーさんとのプロジェクトで、高齢者とお母さんという二つの属性の「移動」について考えたんですよ。高齢者はだんだん出かけにくくなっていくけれど、お母さんは突然出かけにくくなって、また徐々に出かけやすくなっていくので、まったく違うなと思ったんですね。どう関わると、出かけやすくなっていくんでしょう。

小笠原さん「おやこ保育園」に参加しているお母さんたちは、東京開催なのに逗子や千葉から、つまり長い移動をしてでも来てくださる方もいました。きっと、目的があれば出かけるようになるんだなと思います。

出かけない理由としては、例えばベビーカーを電車に乗せるときに(知らない人に)舌打ちされたなどの経験があると、その一度の経験を引きずって外出しにくくなりますよね。どれだけ設備や環境が整っても、最後は人のマインドの部分なんですよね。

かといって親子専用の場をつくってしまうと、いろいろな人が交じり合う場にはならず、社会は分断されていってしまう。このことは、私自身が最近よく感じていることです。例えばこの場に子どもがいても、大人たちにとって子どもが邪魔ではなく逆に何か学びを得られる状況をつくって、体感してもらえたら、マインドが変わっていく。もちろん心地よく共存するためのルールは設定するにせよ、大人たちの集まる場の中に子どもだっていられるようになると思うんです。

西村「おやこ保育園」は、親と子の両方が参加し、それだけじゃなく周りの人たちも参加していますよね。

小笠原さん「おやこ保育園」は、0、1、2歳の子どもの親御さん向けに保育士として伝えられることをお伝えしている習い事です。このなかで、保育士資格がない方でも子どもたちに関われる「おやこパートナー制度」を設けています。これまで学生、会社員、キャビンアテンダント、弁護士、経営者などいろいろな人に参加してもらっています。多様な人々との出会いは子どもたちにとってもですが、親にとっても世界が広がるきっかけになります。そして普段、親子に接しない人にとっても、今の子どもや今の親の状況を知ることができます。

「おやこパートナー制度」は私たちが何か教えるのではなく、今の状況をその人の心で感じてもらう機会として設けています。すぐに枠が埋まるほど、全国各地から問い合わせがきています。

公園で子どもにちょっと声をかけたら不審者に思われてしまうというニュースもあり、現代の社会で子どもと関わることと安全を守ることとって紙一重です。ルールをつくり過ぎることで失われるものもたくさんあって、そのバランスがこれから大事だなと感じています。


「おやこ保育園」の様子。さまざまな大人と子どもが混ざり合う場になっている(写真提供:こどもみらい探求社)

多様性を受け入れる社会が、外出を増やす可能性

西村そのあたりは、下河原さんも活動のなかで考えていらっしゃることがありますよね。

下河原さん今回のテーマは「移動」ですよね。2025年には、認知症のある人が9人に一人になるんです。ですから、認知症のある方々が外に出ることは、経済を活性化するうえでも重要なポジションではないのかなと思います。

でも現実を見てみると、認知症がある人たちの一部は「外に出たくない」と思っています。なぜかというと、例えば高齢者で認知症になると小銭がすべて同じに見えやすいんですね。お買い物のレジで、小銭を選ぶためにガジャガジャとやっていると、後ろの人や店員から「早くしろ」などと言われてしまって、「もう買い物には行きたくない」と思ってしまうんです。

僕らだけが外出支援をしようといっても無理な話で、社会全体が認知症のある人たちを受け入れる体制にならないといけません。認知症のある人がどういう世界で生きているのか、どういうことに生きづらさを感じているのかを知ってもらい、認知症のある方々と接する機会を……、ちょっとコツは必要なんですけど、社会がそういう機会をもち、スキルを身につけることが、実は外出を増やすことにもつながらないかなって今思いました。

西村ちなみに、どういうコツがあるんでしょう。

下河原さん否定しないんです。例えば、認知症のなかの「レビー小体型認知症」では、幻視が見えるんです。そういう認知症があることをほとんどの方は知らないと思うんですけど、認知症の人のうち約2割がこの「レビー小体型認知症」です。例えば「そこに子どもが見える」とか言うんですよ。急に聞いたら怖いじゃないですか、周りの人たちは。でも、その方が幻視が見える人だという前提があれば、否定はしないはずですよね。

西村VRで、それを仮に体験しようということですね。

下河原さんそうですね。例えば幻視が見える一人称体験をしていただいて、「こういう状態なんだ」と実感してもらいます。座学で学ぶよりも一目瞭然です。

西村地域の人たちや、一緒に暮らしている人たちの理解が進むことが、一番その人たちにとっての安心づくりになるという。

下河原さんうちは玄関を開けていますから、駄菓子屋の認知症のおばあちゃんは外に出ていくわけですよ。するとうちの駄菓子屋に来ている子どもたちが出ていって、手をつないで帰ってくるんです。もう感動ですよ、マジで。子どもたちに教えてもらいました。

夢のような話ですけど、できるんだという。そうやって地域の人たちが認知症にある程度理解をもっていくと、認知症がある人たちが「外に出て行けるんだ」という安心感をもつ。そこが大事だと思います。

認知症の人は家に閉じこもっていればいいのかを考えたとき、僕は「迷惑をかければいい」と考えます。自分が認知症になって閉じ込められたら誰だっていやですよね。認知症がある人は、玄関が閉まっていれば窓から出ていきますから。それは誰でもやりますよ、絶対。なので、まず開放することだと思うんですよ。社会に迷惑をかけるんです。

その人ができること・したいことに寄り添う

西村次は、青木さんいかがでしょう。選んでいただいたカードを教えてください。

青木さん選んだのは、「いろんな人と一緒につくる場」というカードです。今の下河原さんのお話を聞いていて、話したいことを思いつきました。

私たちも、貧困の子や虐待を受けた子たち、いろいろな大人たちと一緒にゲーム制作のイベントやスポーツ大会をしています。「支援しましょう」と集まるのではなくて、イベントを通じて、気付いたら「この子はこういう背景があったんだ」と理解や実感が広がったらいいなと思って開催しているんです。そういう場をつくるときに「参加の仕方(役割)をどのようにデザインするか」という話がよくでることに違和感をもっています。

「一人ひとりのニーズを拾う」というカードも選んだんですけど、こちらが「こういうふうに参加してほしい」「こういう役割をしてほしい」とするのではなくて、こちらが期待していた役割と子どもが違う動きをすることもあるので、柔軟にその子のニーズを拾って、参加の方向性を一つに決めないことが重要だと思っています。


ゲーム制作のイベントの様子。(写真提供:PIECES)

下河原さん先日、沖縄の中部病院の高山義浩先生の地域医療の話を聞いて、感動したお話があったんです。ある村で一人暮らしをしている認知症のおばあちゃんが、買い物に行ったんですね。目的地の商店まではけっこう道を歩くので、認知症の中核症状が進んで道に迷ってしまうことが増えてきたそうなんです。

そこで地域住民が考えたのが、おばあちゃんの家の玄関からその店まで、道路にずーっと白線を書いたんです。これが道路交通法としてどうなのか、僕は分からないんですけれど、そのおばあちゃんは買い物を継続できるようになった。地域住民が、おばあちゃんがどうやったら買い物を継続できるかを考え、行動に出たのが、ちょっと荒っぽいですけど白線だというね。

西村地図を覚えるのは大変だけど、白線の通りに行って帰ってくることだったらできる。「これならできる」ということを地域の人たちが考えたわけですね。

下河原さんそういうことです。

西村小笠原さん、外に出にくいと思っているお母さんって物理的に動きにくい部分があると思うんですけど、もっと気軽に外出できるきっかけとか、お母さんたちが喜ぶ瞬間や楽しくなる瞬間ってどんなことなんでしょう。

小笠原さん先ほど紹介した本『いい親よりも大切なこと』の帯には「子育てのつらさは、9割は思い込み」と書いたんですね。子育てや教育には答えがないなかで、周りの人から何か言われたらどうしようという迷いや、いろいろな思い込みを抱えている人が多いなと感じています。

「おやこ保育園」ではプログラムにダイアログを取り入れていますが、親御さんに「自分の好きなことを10個書いてください」と言う回があります。そうすると、「どうしても自分は10個書けない」というお母さんがいます。普段、子どもの好きなこと中心の暮らしをしているからなんです。

子育てをしていると、自分を主語にすることをいつしか忘れてしまう。でも、そこに気づき、選択が変わると「私が行きたいカフェに子どもを連れていってもいいんだ! バスのほうが時間はかかるけど楽かな」などと、自分を主語にして外出や移動を選ぶようになりますよね。

西村そのためにはどんなことができるのでしょう。

小笠原さん当たり前の話になりますけど、その人の心に寄り添えるかだと思います。保育園に勤めていたとき、子どもたちってやりたいものを自分で知っているし、言葉がまだうまく使えなくてもコミュニケーションを取ることができる。自分がうまくできないことでも「やりたい!」と言うこともあって、「人間ってこんなに主体性に満ち溢れているんだ」と教えてもらったんです。それをうまく引き出していく人が子どもの隣にいるかいないかがとても重要だなと思います。

親御さんたちのなかには、仕事と育児の間で、自分が今後何をしていきたいのか、迷ったり悩んだりしている方もいます。そんな葛藤を話せる仲間、気軽に本音で自分の心の内を言える人が一人でもいたら、変わると思って「おやこ保育園」を運営しています。

人とのつながりの数が多い人は輝いている

西村自分を大切にできないことが鍵なのかなと感じたのですが、自分を大切にしていくプロジェクトってどうしたらできるのでしょうか。

青木さん自分を大切にできないと自分がやりたいことが分からなくなるし、助けを求めていいってことすら分らなくて、無気力になっちゃうんです。そういった子は他人にも優しくできないし、自分のことも大切にできない状態になっているので、関心を向け続け、その子の本当に求めているものは何なのかを考えていきます。

誰かに話したり、ゆっくりした時間を過ごしたりして、精神的なゆとりともいえる“溜め”をつくっていくことで「自分を大切にしていいんだ」という感覚を取り戻していきます。

西村下河原さん、いろいろな高齢者の方がいらっしゃると思うんですけど、そういう“溜め”のある人とない人というか、元気なおじいちゃんと元気のないおじいちゃんの違いって何なのでしょう。

下河原さんそれは明確に、人とのつながりの数が多い人です。要介護の状態になっても元気で心が明るい人は、やっぱり人とのつながりがすごくあって、いつもキラキラした顔で笑いますよね。

人生はいくつになってもつくり直すことができると僕は思っています。認知症のある方々は認知症になることによって人生を新しくつくり直さなくてはいけなくなるわけですけど、彼らのほとんどが「人生を新しくつくり直すことはできる」と言っています。

西村「支援をする」という関係じゃないけれど、何もしないわけではない。そのさじ加減って具体的にはどういうことなのでしょうか。

下河原さん例えば、認知症だったとしても歩けて、自分でいろいろできる人が高齢者住宅にはたくさんいらっしゃいます。食堂に来て椅子にドカッと座って介護士に「水!」って言う人がいたときには、自分で取りに行ってもらいます。

我々は給仕ではないんです。介護が必要な方には適切な介護を提供してお金をいただいていますが、それ以外のサービスについてはお金をいただいていませんので、「申し訳ありませんが自分で取りに行ってもらえますか」とお伝えします。本人ができることを奪わないどころか、本人ができることを見定めたうえできちんと怒ることも大事だと思います。

西村場合によっては「水」と言われたら給仕しちゃう人もいるのですね。

下河原さん多いと思いますよ。「高齢者=かわいそうな人」「認知症=不幸な人」という、そういうステレオタイプな常識を壊していかないと、うまくこの時代と付き合っていけないと思うんですよね。認知症は不幸ではないですよ、不便はあっても。

西村名言が出ましたので、そろそろグロージングにしましょう。

下河原さんちなみに、僕の言葉ではないですから(笑)。

西村本当に名言ですね。三人に、「生活が輝く」っていうことを考えるヒントをうかがいたいです。

小笠原さん私は考えるよりも、出会うことを意識しています。調べ物をして分かった気になって、それでいろんなものを組み立てるとうまくいかないことがあります。だから、いろいろな人と出会って自分が心を動かすことをとても大事にしているんです。

あとは相手の話をフィルターをかけずに聞いたり、思い込みをせずに物事を見てみると、ニーズや課題が見えてきます。自論だけじゃなくて、いろいろな視点・パターンを自分の感覚を通してリサーチしていく。そうして心と体に残ったものって、原動力になると思うんですよね。

私は結婚して、どこで暮らすかを考えて去年神戸に移住しました。神戸に住んで変わったことは、時間の使い方。日常の暮らしがとても豊かになりました。もちろん東京の生活が悪かったわけではなく、私が余白をつくることが苦手なので、東京にいるとどうしてもたくさん動いてしまうからです。そうやって自分の心と体を動かしながら、感じて残ったものを信じて、組み立てていくのがいいんじゃないかと思っています。

下河原さん「生活が輝く」か。VRの体験会で全国を飛び回っていますけど、各地で社会課題の改善に視点を置いて活動している人ってキラキラしているんですよね。そういう輝けるものが何なのか、自分で考えて具体的な行動に出る人たちが一人でも増えたらうれしいなと思います。

青木さん与えられた役割以外の役割を探していくこと、隙間を見つけていくことをみんながちょっとずつやっていくと、社会全体としていいんだろうなと思います。「ちょっとやる」ことでも自分ができることっていっぱいあります。そういうのを見つけてやっている人、主体性や自立性がある人の生活が輝いているのかなと思います。

西村ありがとうございます。最後に清原さん、このセッションを通じて得られた気付きや発見を紹介していただけますか。

清原さんありがとうございました。示唆に富んだことをうかがってよかったなと思う一方で、反省もしていました。弊社のような企業、製造業に関して言うと、決まった役割やルールだらけなんですね。効率最優先の市場主義のなか、自己肯定感をもてない自分を許せなくなってくるとか、自分を許せないから人を許せないとか、そういう今の社会の縮図が企業の中にあるんじゃないかと反省していました。

機械が相手ではないんですよね。我々の車に乗ってくれるユーザーを、機械の一部のような見方をしていた部分があると思うんですよ。健常な人も障害をもった人も、高齢者も子育て中のお母さんも子どもも、みんな一人の人間。人間としてふつうに見ることができていないことを振り返らないといけないなと、気付かされました。

西村登壇者の皆さま、ありがとうございました。

小久保よしの 編集者
フリーランス編集者・ライター。編集プロダクションを経て2003年よりフリーランス。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。 当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などの取材で全国を駆け回り、東京と地方の行き来のなかで見えてくる日本の「今」を切り取っている。「各地で奮闘されている方の良き翻訳者・伝え手」になりたいです。