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「哲学」を持った企業がイノベーションを起こす。大室悦賀さんに聞く、社会課題を解決するサステイナブル・カンパニーの条件とは?

ミラツクゼミ

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CSRやCSVといった「企業の社会貢献」や「ソーシャルビジネス」が流行するなか、その限界を指摘し、企業の本業での社会化を提唱する『サステイナブル・カンパニー入門〜ビジネスと社会的課題をつなぐ企業・地域』が、2016年9月に出版されました。

著者である京都産業大学経営学部教授、京都市ソーシャルイノベーション研究所所長の大室悦賀さんはこれまで、社会的課題をビジネスの手法で解決する「ソーシャル・ビジネス」をベースに、NPO、企業、行政を研究対象としてきました。

サステイナブル・カンパニーとはどんな企業を指すのか。また、企業はNPOや行政と協働し社会的課題を解決できるのか。大室さんにお話を伺いました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

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プロフィール

大室悦賀さん

京都市ソーシャルイノベーション研究所 所長、NPO法人ミラツク アドバイザー
1961年、東京都生まれ。株式会社サンフードジャパン、東京都府中市庁への勤務を経て、2015年4月より、京都産業大学経営学部教授に就任。著書に、『サステイナブル・カンパニー入門』『ソーシャル・イノベーション』『ソーシャル・ビジネス:地域の課題をビジネスで解決する』『ケースに学ぶソーシャル・マネジメント』『ソーシャル・ エンタープライズ』『NPOと事業』など。社会的課題をビジネスの手法で解決するソーシャル・ビジネスをベースに、NPOなどのサードセクター、企業セクター、行政セクターの3つのセクターを研究対象として、全国各地を飛び回り、アドバイスや講演を行っている。

企業も社会も存続していく持続性ある企業経営とは

ーーまず大室さんの掲げる「サステイナブル・カンパニー」とは、どのような企業のことをいうのでしょうか。

大室さん私の定義するサステイナブル・カンパニーの条件は、3つです。まずその企業活動が「課題を生まない」、なおかつ「課題を解決する」。そして、企業活動を通して世の中に「警鐘を鳴らす」こと。この3つを内包する最高の製品を提供する企業が、サステイナブルカンパニーだと考えています。

ここで使うサステイナブルには、「企業」と「社会」の二つに対しての側面があります。企業は持続的な方が利益も上がるし、働いている従業員も幸せですよね。じゃあ、「企業がイノベーションを起こしながら続いていくためには、どんな経営が必要なのか?」と考えたとき、企業自体が長く存続していくのと同時に、社会も存続していかなければいけません。その両方を企業経営の中で実践したいというのが、もともと「サステイナブル・カンパニー」を考え始めたきっかけです。

ーー大室さんはNPOや社会起業について様々な研究をされてきました。どのような考えをたどり、この「サステイナブル・カンパニー」に行き着いたのでしょうか。

大室さんもともと、社会課題の解決は行政がするものと考えられてきたと思います。でも1990年頃に、「もしかしたら行政は社会課題を解決するよりも、結果として課題を生んでる側面もあるんじゃないか?」と疑問を持ったんです。その後も行政と仕事を続けていくなかで、行政だけでは社会課題は解決しないだろうと確信しました。

行政だけに頼らずに良い社会を構築していくには、市民が主体となって社会を良くしていくしかない。だとしたら、NPOがその鍵となるのではないか。そう考え5年ほどNPOの研究を続けていました。

ーー研究の結果、どんなことがわかったのでしょうか。

大室さん2000年代に入ったあたりからは、徐々にNPOにも限界を感じ、NPOだけでは社会課題は解決できないと思い始めたんです。

一方で、1998年頃のアメリカでは、社会の課題を事業により解決する「ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)」という概念が登場し始めました。そこで、私はソーシャル・アントレプレナーの研究も始めましたが、結果として、2005年頃にはソーシャル・アントレプレナーでも課題は解決できないと考えるようになったんです。そして2008年頃には、今の社会のメインストリームである企業が社会性を持たない限り、社会課題は解決しないという考えが固まりました。

ーーそれが京都市の産業支援機関である「京都市ソーシャルイノベーション研究所 SILK(以下、SILK)」に関わることにもつながったのでしょうか。

大室さんそうですね。『ソーシャル・ビジネス』という本を2011年に出版したのですが、実はその頃、「ソーシャル・ビジネスでも社会課題は解決できないな」って思い始めていたんです。そこから、企業が社会課題を生まないような経営スタイルにならない限りは、結局良い社会にならないんじゃないかと考えるようになっていって。

ちょうど京都市が「ソーシャル・ビジネス」を支援したいということで、京都でソーシャルイノベーションを研究する社会実験をさせてもらえることになったんです。それで「社会課題を生まない企業って何なのか?」というテーマで、ここ5年ほどずっと研究してきました。

その結果生まれた僕なりの結論が「サステイナブル・カンパニー」です。社会課題を解決するんじゃなくて、社会課題を生まないほうが大事だと思っています。どんなにいいソーシャル・アントレプレナーが生まれたとしても、その背景でたくさん社会課題を生んでいたら意味がないですよね。環境問題と一緒で、いくらごみを拾っても、ごみを捨てる人がたくさんいればごみは増える一方です。

だから、いかに課題の排出を止めるかという作業をしていかないと、社会課題の蓄積は止まらないと思う。ただ、社会課題を生まないことを企業だけで達成できるのかというと、そうじゃない。そこで我々一般の市民、行政やNPOが恊働していかないといけません。

個人にも企業にも哲学が必要

ーー「協働」というキーワードが出ましたが、社会課題解決に向けて異なったセクターの人々が恊働していくためにどういったことが大切なのでしょうか。

大室さん日本の協働の最大の問題は、自立していない人たちが相互に依存しながら協働しているというところです。自立していないNPO、自立していない行政、自立していない企業がどんなに協働しても、イノベーションは生まれない。それぞれが自立した主体でない限り、協働しても意味がありません。日本の場合は、行政やNPO、企業が自立をしていないので、完全な共依存関係になっていると思いますね。

ーー自立とは具体的にどういう状態のことなんでしょう。

大室さん自立には生き方や哲学が関係してきます。個人でも企業でも同じだと思いますが、自立とは言い換えれば「自分がなぜ存在しているのか、なぜ今ここにいなければならないのか」を自覚することです。それを教育制度のなかでやってこなかったので、日本では「哲学=難しい」と思ってしまう。でも、自分が何で生きるのか、何でこんなことをしているのかを考えるのは、人生においてとても大切です。

企業に関しては、行政が創業支援と謳って、哲学なしで「ビジネスモデルと事業計画をつくる」「資金調達をする」といった手法だけで進めてしまうことが多いんですね。だから事業を簡単にスタートできる反面、簡単に壊れてしまう。

だから僕がSILKでやっているのは、起業家に「あなたはなんでこのビジネスをやっているんですか?どこに向かっているんですか?」をしっかり問うこと。この答えを見つけるのに何年もかかる人もいますが、それだったら僕は創業を止めますね。自立するためには、個人も企業も哲学を持たなきゃいけないですから。

ーー企業の持つ「哲学」というのは、企業理念にも近いものでしょうか。

大室さんそうですね。「理念型経営」というのが、サステイナブル・カンパニーの一番のキーワードです。理念とは、どこに向かうのか、そのために何をやっていくのかということ。たとえばミラツクであれば、どんな未来がほしいかという行き先と、ミラツクなりのこだわりや哲学がありますよね。それをベースに必要なことを自分たちで意思決定しているわけです。

SILKの場合は、主要なプレーヤーがみんな同じような未来像に共感していて、それに対して自分たちの理念に従いベストだと思う方法で勝手に動いている。だから同じ事業は絶対に起きません。人間が違うように組織も違う、それがアメーバ型経営って言われるもので、組織もそうだけど、地域もそうなんです。

ーー「アメーバ型経営」という言葉は、最近よく耳にするようになりましたね。

大室さん僕はラッシュジャパンの「アメーバ型経営」から多くのことを学びました。理念型経営の組織に多く見られるアメーバ型経営は、各ユニット単位で理念を実現するための施策を考え、実行する構造になっています。いい経営者は、責任はとるけれども意思決定はしない。その代わりにコミュニケーションをとって社員に理念を伝える。それがリーダーの役割だと僕は思っています。

SILKでも、僕は一切、意思決定をしません。メンバーは僕に確認をとってはくれるけど、意思決定はしない。京都がおもしろくなってきている最大のポイントはそこにあると思っています。

京都市が掲げている「京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想」においても、共有しているのは「京都市が掲げた2025年にあるべき京都市像をビジョンにおいて、そこへみんなで行きましょう」ということだけ。行き方に関しては「みんな好き勝手にどうぞ、自分の行き方で行ってくださいよ」と。その行き方に対して、応援できるところは応援していくのがSILKなんですよ。それぞれが自分の哲学を持ちながら、共通の未来像へ向かおうとしている。それがアメーバ型経営のいいところだし、組織や地域の理想像だと思っています。

経営者にとって大事なのは、質の高いコミュケーション能力

ーー先ほど「いい経営者」という話題が出ましたが、大室先生の考えるいい経営者の条件について教えてください。

大室さん僕の考えるリーダーの一番大事な条件は、質の高いコミュニケーション能力です。そのコミュニケーション能力を阻害する要因は、欲やこうあるべきという前提です。己の自己実現や価値判断を押し付けるリーダーはうまくいきません。たとえば、自分に好きなタイプと嫌いなタイプがいるとしたら、嫌いなタイプに対しては「人はこうあるべきだ」という前提を持っている。その前提が無意識のうちに、「この人嫌い」とか「こういうところがダメだ」というジャッジが働いている。それを溶かしていかないと、ピュアなコミュニケーションはできません。

そうしないと、出会う人が同質化していくんですよ。そして同質化すればするほど、「群れる」ということに引き寄せられていく。僕らが持っている前提を壊さない限り、多様性を担保したクオリティの高いコミュニケーションはできません。

加えて、リーダーのコミュニケーションの質がよくないと、自分や仲間も成長しません。スタッフのインセンティブを下げる結果になり、事業がうまくいかなくなります。

ーー「自分の持つ前提で人を判断しない」というのは、とても難しいことのように思います。そのためにできることはあるのでしょうか。

大室さん僕が大事だと考えているのは、「マインドフルネス」という概念です。リーダーにとって大事なのは、いかにピュアであるか、いかに悟りに近い状態になれるかです。リーダーがピュアであればあるほど、周りに多様な人を受け入れることができるようになります。いろんな人が集まってくるからこそ、イノベーションが生まれるんですね。悟りを開いた人の脳は、普通の人の500倍脳が活性化していると言われています。

だから理想像は、リーダーが悟ること。でも、もちろんリーダーにもいろんな欲がありますよね。それを溶かすために、欧米の経営者が用いているのがマインドフルネスです。ストレスを解消する、マネージメントするためにマインドフルネスが存在しているんです。

マインドフルネスにおいては、「気づく」ということがとても大事です。その気づきを最大化しようとすると、自分が過去でもなく未来でもなく、「今ここにいる」という状態であることが求められます。言い換えると、それが悟りを得る仏教的な修行になる。瞑想すればいいんじゃなくて、今ここにいて、最大限の気づきを得ることがマインドフルネス。自分がどんなことに「自動反応」を起こしているかに気づき、自動反応をしている「選択」を変えるだけで、人間関係が変わるんですよ。

ーーここでいう「自動反応」とは、具体的にどんなものでしょう。

大室さん無意識のうちに「あの人は嫌いだ」「こういう仕草が嫌いだ」とか、怒りが沸いてくることってあるじゃないですか。たとえば、「打ち合わせにスーツを着てこない人とは会いたくない」とか。そういういろんな前提を、僕らは無意識のうちにたくさん持っている。結果として、その前提が狂うと、そこに怒りや悲しみが生まれるんですね。そういった自動反応がいかに多いかを知ることがまず第一歩です。

何かを「嫌いだ」と思うことをやめましょうということでははないんです。なぜなら自動反応を知れば、勝手にやめられるから。マインドフルネスは、気づくことが大事であって、何かをやめなさいということではないんです。でも、自分がうまくいかない前提に気づいたとしたら、変えたほうがいいと判断しますよね。そういった自分の選択の前提に気づくってことがすごく大事なんです。

マインドフルネスをイノベーション的に突き詰めていくと、多様性を担保するためには、自分の前提を破壊していって誰でも受け入れる状況をつくっておかないといけません。だから自分を磨くことを常に意識しないといけない。

イノベーションは共感から始まる

ーー「自分を磨く」というのは先ほどおっしゃっていた「ピュアであること」にも近い感覚でしょうか。

大室さんそうですね。先ほど言った「コミュニケーション能力が高い」ということも、ピュアであることに関係します。たとえば、音楽が鳴ったときに子どもって踊り始めたりしますよね。でも、いきなりその子の前に鏡を置いた瞬間、子どもによっては踊るのを止めてしまいます。それは自分の姿を見たときに、自分が持ってるなんらかの前提とのギャップがあるから止まるし、自分をよく見せたいという欲が沸き起こるからなんですね。欲やいろんな前提を持っていると、ピュアな気持ちが邪魔されてパフォーマンスが下がってしまうんです。

もう一つ大事なのは、「いかに自分の感情をマネージできるか」ということですね。感情のマネジメントもパフォーマンスに影響します。IQよりも心の知能指数であるEQ(自己や他者の感情を知覚し自分の感情をコントロールする知能を指す)が高い人のほうが、高いパフォーマンスを出せるのは明らかです。コミュニケーション能力が高い人はEQも高い。普段から「How to」ではなくて、自分がどう心からのコミュニケーションをするか。だから価値の共有(Shared Value)ではなく共感、シンパシーを感じるか大事です。共感がイノベーションを生むのです。

ーーイノベーションには「共感」が必要なんですね。

大室さんそうですね、たとえば僕はミラツクの価値観は”共有”してないけど、”共感”はしている。共感とは、エモーショナルな部分がつながるということ。そのエモーショナルが限定されている人は、当然多様な人とはコミュニケーションがとれません。そこに色が着いていたら、特定の色にしか共感できなくなりますよね。

言い換えれば、リーダーは「いかに多面体になれるか」も大事なポイントです。状況に合わせて自分の感情をコントロールできなければ、それは達成されません。リーダーじゃない人は、この面が非常に少ない傾向があって、一定の部分にしか感情反応ができないんです。それ以外に対しては、怒るか悲しむかしかない。人はそれぞれみんな違うから、リーダーが一つの面しかないのでは、多様な人とは話せないし共感できないんです。優れた経営者はよく、いい意味で「人たらし」と言われますが、そういう意味合いがあるかもしれませんね。

ーーでは優れた経営者と、そうでない経営者の違いはなんなのでしょうか。

大室さん1つは、エモーショナルなマネジメントが出来ることです。具体的には、ここまで説明してきたように、経営者自らの感情をマネジメントすること。そしてスタッフのパフォーマンスを最大化するために、スタッフの感情をマネジメントすることです。組織マネジメントには論理的、分析的で認知的な側面のみならず、感謝や思いやり、共感といった非認知的な側面が欠かせません。特に後者は近年注目されていますよね。このような非認知的な側面をマネジメントするのが、「エモーショナルマネジメント」です。

もう1つは、イノベーションの観点で言うと、摩擦を厭わない人。イノベーションって摩擦でしか起きないんです。ネットワークとネットワークを繋ぐだけでは何も起こらない。そこになんらかの葛藤=摩擦がない限り、新しいものは生まれません。

たとえば、誰かに出会って僕が一方的に話しても何も生まれない。そこに相手からの何らかの質問があって、それに対してどうアウトプットするか、分かりやすく説明できるかを僕が考える。「よくわからない」と言われたら、理解してもらうためにもっと考える。人が集っているだけでは何も起きないんです。そこに議論があったり、「それ変だよ」っていう人がいないと、新しいアイデアって出てこない。

脳科学の側面から説明すると,人は他者の存在があって初めて自己認識ができる。そして、その他者という鏡が変化することによって,これまでになかったアイデアや考えが表出します。つまり、摩擦はネガティブな表現に感じるかもしれませんが、多様な側面をもつ他者とのコミュニケーションがイノベーションの源泉になるんですね。イノベーションが起こりやすい状態を生み出すには、経営者自身に摩擦を許容する懐の深さが必要です。

でも、人は不安や恐怖感を持っている生き物なので、相手の言葉を否定することに抵抗感がある。それを受け止めて、一緒に考えてくれる人だとしゃべりやすいんです。だからこそ、ピュアで、あらゆるものを受け止められる人がリーダーに向いています。よく懐が深いと言いますが、全方位的に懐が深い人がいいですね。

ーー良質な問いや議論が起こってくると、磨かれていく。

大室さん人は人でしか磨けないんです。両方が自立してピュアであればあるほど、いろんな磨き方ができる。そこに依存心が発生した瞬間、寄りかかられているから相手にとっては学びがないんです。でも、いろんな質問を受けると、それに対してどう答えればいいかなって考えるじゃないですか。それぞれが「依存ではなくて、衝突してもいいぞ」と思える本当にピュアな仲間であればいいんですね。

イノベーションに必要なのは変化を起こす梯子をつくること

ーーここからは実際に社会課題をビジネスを用いて解決するには、どんな企業であるべきかをお伺いしたいと思います。

大室さんまず、社会課題をなぜビジネスを使って解決する必要があるのかというと、変化に気づかれないように変化させるためなんです。人は「自分が変化していっている」って思った瞬間に恐れを抱きます。不安や恐怖を抑制するのは動物としての本能ですから。では、どうすれば不安を与えず、人を変化させて社会をよくすることができるのか。その有効的な手段がビジネスなんです。モノを買う行為って誰にとっても日常ですから、そこを最大限利用するべきなんです。ビジネスが一番抵抗感を生まないんですよ。

たとえば自然派化粧品ブランド「LUSH」は、「私たちの商品は保存料を入れていないので、何日以内に消費してくださいね」というビジネスをしています。LUSHがすごいのは「保存料が入っていないことが大切だから買ってます」という人はごく一部で、「かわいい」とか「いい匂いがする」っていう理由で商品を買っていく。つまり、市場と我々は何の抵抗もなく普通に会話ができる。多くの人が抵抗感なく参加できるということなんです。ライフスタイル・イノベーションで一番いいのは、変化していることに気づかれないように、戻れない位置まで進んでしまうことです。

ーー変化に気づかれないまま、変化させる。それはどうすればできるのでしょう。

大室さん生活者から消費者、消費者からファン、ファンからロイヤルカスタマーに変え、さらに社会の変革者に変える。この「消費のラダー(梯子)」をいかに登ってもらうかだと思います。変化の梯子を戦略的にデザインしておいて、そのひとつひとつの梯子を登っちゃったら楽しくて、引き返せないところまで行ってしまえば、その人が変革者になっていきます。

自然に梯子を登らせるのは、「ストーリー」といわれるものです。物語を持った商品のほうが、消費者が巻き込まれるんです。

ーー大室さんがサステイナブル・カンパニーだと認識している企業は、自社の商品やサービスにストーリーを持っているのでしょうか?

大室さんそうですね。僕がサステイナブル・カンパニーだと認識している企業の一番おもしろいところは、営業しないということです。それはプロモーションしても分かってもらえないし、それによってできた顧客がすぐに離れてしまっては意味がないから。実際、ほとんどの企業がプロモーションや営業もしていないのに、商品のストーリーに惹きつけられたファンによってどんどん口コミで広まり、次々ファンができていく。そしてファンたちは商品だけでなく、その企業を好きになっていくんです。

僕は、創業時はすぐビジネスを始めちゃいけないと思うんです。ファンをつくることが先で、創業ゼロ期がすごく大事。たとえば補助金でビジネスを始めた瞬間、ファンをつくらないでやるから、補助金がなくなるとその企業は終わってしまいます。残念ながらお金には、ストーリーは載らない。だからいいストーリーを持っているビジネスは、補助金をもらってやるよりも、どう戦略的に梯子を登ってもらえるか考えるのが重要です。

ーー梯子をつくるためのコツはあるんでしょうか。

大室さんマザーテレサの言葉に「大嫌いな人には5回必ず笑顔を向けましょう」というのががあります。これはさっきのマインドフルネスと一緒。ポジティブなエネルギーを注ぎ込むことによって、その人の変化を導き出すことができる。簡単にはいかないですが、梯子は必ずつくれるので、どうつくるか。この梯子を登らせる仕掛けをたくさん持っているのが、サステイナブル・カンパニーなんです。

サステイナブル・カンパニーを支えるエコシステム

ーーサステイナブル・カンパニーが生まれたとして、その成長を後押ししてくれる環境も必要ですよね。

大室さんサステイナブル・カンパニーが育つには、それを支えてくれる地域社会、エコシステムが必要です。

昔から僕がよく言っているのは「とにかく裾野がなくても高い山をつくりなさい」ということ。僕らは最低限、文化的創造資本をつくれるクラスター(房)をうまく育てながら、別で高い文化的創造資本をつくる。その結果、裾野が広がるし、それを支えるエコシステムはできていく。ばらばらにやっているんじゃなくて、同時にやっているんです。直接的なアプローチはしなけど、とにかく高い山をつくって「こんな社会になったら素敵でしょ」という山を見せてあげる。そこに憧れるような人たちが出て来れば、勝手に裾野をつくってくれますからね。

最終的には、誰もが自分の幸せを選択できるような社会にしたい。それが最後のステップです。

ーーその実現のために、もっとも必要なことはなんでしょうか?

大室さん一番大事なのは消費者です。SILKが、京都でよりよい社会づくりへの消費参加を可能にする商品や事業者を掲載した「京都市ソーシャルプロダクトマップ」をつくっているのも、そこなんです。よい企業を誘致することによって、一般の人に目を触れる機会をつくると、生活者も「社会にとっていい商品を選ぶことが大事なんだ」と気づく。それで市民が動けば、行政は反応せざるを得ないですよね。

もう一つ言うと、今僕らがやってることを「文化」にすることがとても大事です。人は自分の普段の行動でも、自分では認識できません。相手が存在していて、初めて自分の存在が分かる。他人を認識しない人は、自己認識ができない。それと同じで、誰かが僕らの真似をしてくれるようになって初めて、自分たちはおもしろいことやっているんだなってことに気がつくんです。

なので、今京都でやっていることを、他の地域で展開することが京都の人にとっても刺激になるし、自分たちがこんなにおもしろいことやってるんだって認識してもらう手段にもなる。今僕らは、これまで京都で開催してきた「ソーシャル・イノベーション・サミット」を熊本県の水俣に展開しています。水俣へ広げた瞬間、京都側の認識も変わるんです。京都でやってきたことが他の地域に移ったときに、「やっぱり京都はおもしろいね」って、京都の人が改めて思う。こういう反射作用を意図しておくのは大事だと思いますね。

ストーリーを伝えることで社会に警鐘を鳴らす

ーーサステイナブル・カンパニーの3本柱のひとつ「警鐘を鳴らす」について聞かせてください。

大室さん僕は市場を通して、社会課題が存在することに対する警鐘を鳴らすことができると思っています。商品やサービスの持つ哲学をストーリーとして伝えることがまず大事。それに加えて市場に流通するものとして、適正な品質や価格である必要があります。ストーリーのある商品が流通し、適正なかたちで消費者に届く。その結果、特に社会課題を意識していない人にも学習機会を提供し、課題の解決に参加するツールを用意できることになります。

私がサステイナブル・カンパニーだと考えている企業で、京都に出店している店舗は、コンセプト型のショップが多いんですよ。商品を売るためのお店づくりというよりも、自分たちの思いや考え方を伝えるためのお店ですね。

ーー実際にその企業のストーリーを肌で感じれるというのは、ただ商品を売るだけよりも、自分たちの描く社会像をよりお客様に伝えていくいい手段ですね。

大室さんそうですね。哲学があれば自然にストーリーが生まれる。ストーリーもビジネスモデルも、作ろうとするものではなく、生まれるものなんです。

ーーやはりサステイナブル・カンパニーの大事なキーワードは、ストーリーなんですね。

大室さん事業がうまくいかないとき、そこで踏ん張れるか踏ん張れないかがとても大事です。踏ん張るときに拠って立つもの、それが哲学やストーリーです。そういう意味でつくるものじゃなくて、生み出すもの。

でも「この目標地点に行きたい」というだけだと、無数の経路が存在しますよね。そのなかから1つの経路を選択するんです。ミラツクの場合はベースが対話だとするならば、対話を外した経路は存在しない。そうすると経路が絞られ、そのうえで今何が一番大事なのかという基準でやるべきこともさらに絞られます。

その上で、次は「お金が生まれる場所はどこか」という軸で選択肢を探すんです。「このビジネスモデルのアイデアを真似しよう」というのではなく、自分たちのやりたいことを明確にして選択を続けていくと、ビジネスモデルって勝手に見えてくる、生まれてくるものなんですよ。

これまでの前提を疑い、変化を恐れない

ーーここまでサステイナブル・カンパニーの話を伺ってきましたが、最後に、企業でなくとも、私たちが社会をよくするために行動したいと考えたとき、何を心がければ良いでしょう?

大室さん多くの人たちが勘違いするのは、「手段の目的化」です。

たとえば環境問題の解決であれば、「川や海をきれいにしよう」というのは手段です。でもそれが目的化してしまう傾向があります。「川や海をきれいにしよう」という思いが最終的にどこにいきたいのかと突き詰めてみと、「川や海が汚い」という問題ではなくて、誰もが幸せに生きられる社会にしたい、だから川や海をきれいにしよう、というところにたどり着く。手段の目的化によって、本当は手段はたくさんあるのに、気づかなくなってしまうというのは避けたいですね。

そして、必ずしもその手段がベストかどうかはわかりません。「生態系を維持して地球環境を守るために川をきれいにしましょう」といっても、本当にその川をきれいにする行為が地球の生態系の維持に到達するかなんてわからない。もしかしたら、もっといい手段があるかもしれない。だから常に選択肢をたくさん持っていてほしい。

ーー選択肢を多く持つためには、どんな工夫が必要なんでしょう。

大室さんこれまでの前提を、ちゃんと一度疑ってもらいたいと思いますね。ビジネスの有り様、ソーシャルセクターの有り様、何より自分の有り様を疑わなきゃいけない。ステレオタイプになっている自分がどこかにいると思うんですよ。でも自分すら疑わなきゃいけない時代が来ている。

ーー社会の有り様だけではなく、自分の中にある当たり前すら疑うことが必要なんですね。確かに新しいアイデアは、今までを疑うことから生まれる気がします。

大室さん新しいことは時代背景によって非難されることもあれば、素晴らしいと賞賛されることもある。素晴らしいことだとしても非難する人はいて、それは変化を恐れるがゆえに止めようとしているわけです。

目指す社会に向かうためには、自分たちのしていることは絶対必要だと信じてやるしかない。それが本当に正しかったかどうかは、歴史が証明してくれるのではないでしょうか。

ーー最後に、企業活動を通して社会に変化を起こしたいと考えているみなさんにアドバイスはありますでしょうか。

大室さん企業というのは、みなさんの意識を反映した「船」だと思っています。つまり、「企業という船や市場という海を利用することで、効率的に実現したい未来に近づける」ということなんです。

しかしながら、もっとも重要なのはその船の舵をとるみなさんの思考です。どんな素晴らしい船を作ったとしても、まずエンジンとなる我々の意識を社会の発展に向けなければならない。私の研究が、少しでもそれに寄与できると嬉しいです。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

工藤瑞穂 ミラツク主任研究員
NPO法人soar 代表
1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒、青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。日本赤十字社宮城県支部で勤務中、東日本大震災を経験。その後、多くの人が社会課題に目を向け、よりよい社会をつくるため行動していくことを促す任意団体「HaTiDORi」を設立。音楽・ダンス・アートと社会課題についての対話の場を融合したチャリティーイベントや、お寺、神社、幼稚園など街にある資源を生かしたフェスティバルを多数開催。 2014年よりミラツクに研究員として参画。セクターを超えたソーシャルイノベーションのネットワーク形成、社会課題を基盤とした共創的なプラットフォーム構築プロジェクトの運営などに携わる。