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ワコールスタディホール京都の空間共創プロジェクト

あらためて、問いかけたいと思います。

建築とは、いったい誰のためにつくられるものでしょうか。
空間とは、どうして動かしがたいものだと考えられているのでしょう。

これからの未来に求められる建築そして空間とは、そこで過ごす人たちの感覚を軸として生まれ、常に更新可能な「進化する空間」としてつくられていくはず――と、ミラツクは考えます。

この記事では、ミラツクがさまざまな施設や空間づくりに関わるなかで考えてきた、「未来の建築と新しい空間づくり」にフォーカス。「ワコールスタディホール京都」の事例を中心に、建築家やデザイナーなどの専門家(つくり手)と、住人や利用者(つかい手)が空間を共創するプロセスを紹介・共有していきます。

今回は、ワコールスタディホール京都 館長 鳥屋尾優子さんにインタビュー。
ワコールスタディホール京都という空間がどのように生まれ育まれているのか、ミラツク代表・西村勇哉とともにお話を伺いました。

鳥屋尾優子(とやお・ゆうこ)
ワコールスタディホール京都館長/プロデューサー
株式会社ワコール入社後、経理・財務部門に配属。その後、広報部門にてワコールの社外向けPR誌の編集、社内報の編集に携わり、多数の文化人、学者、医療従事者などへのインタビューを実施。ワコールの経営者や社員、世界で働くワコールの仲間への取材を通じてワコールに根付く経営理念を体感する。その後、宣伝部門でPR・企業広告制作業務に従事。広報・宣伝を行うPR部門とCSR活動や情報開発を行う宣伝企画部門の課長を経て、現職。

ワコールはなぜ、創業70周年に「学びの空間」を?

ワコールは、言わずと知れた国内トップを誇る下着メーカー。2016年夏、創業70周年を記念して、京都駅八条口に「ワコール新京都ビル」を竣工しました。その1、2階につくられたのが、今回取り上げる「ワコールスタディホール京都(以下、スタディホール京都)」です。

ビルの建設計画が出来たころから「1、2階は下着以外で、お客さまとダイレクトにコミュニケーションをできる場所にする」という構想は、すでに決まっていたのだそう。

鳥屋尾さんワコールでは、直営の小売店での販売も行っていますが、百貨店さま、量販店さま、専門店さまへの卸を通じての販売が中心です。お客さまとのダイレクトなコミュニケーションを「下着以外で」と考えるなかで、「学び」というテーマが出てきました。

ワコールの創業以来のミッションは「世の女性に美しくなって貰う事によって 広く社会に寄与する事」。下着は、外からは見えないところから体の美しさをつくり、学びは目には見えない力で心を磨いていきます。ワコールが「学び」という手法で、お客さまとコミュニケーションしようとすることは、意外なようでありながら、実は自然な流れでもありました。

鳥屋尾さん私たちはよく、「心と体」の関わりのなかで下着を語ります。下着は体を整えると同時に、心にもすごく作用するアイテム。ワコールは、心と体について考えてきたけれど、「下着というアイテムを使う以外で、内面の美に寄与できることは何か?」というところまでは追求できていない。「学び」を通してであれば、内面の美しさにまで寄与できるんじゃないか、と考えたんです。

もうひとつ、鳥屋尾さんは「学び」と「下着」の共通項として、「習慣」というキーワードを挙げました。

鳥屋尾さん下着は、一度身につけるだけで劇的に体を変化させるわけではありません。「自分の体に合うものを選んで身につける」という習慣によって体を美しく整えていきます。人の内面もまた、ちょっとやそっとでは変わらない。学びを生活に取り入れる習慣によって、美しく磨かれていくのではないかと思います。

ワコールスタディホール京都は、「世の女性に美しくなって貰う」ための、ワコールの新しいチャレンジとして始動。「美的好奇心をあそぶ、みらいの学び場」をキャッチフレーズに、2016年10月6 日にオープンの日を迎えました。

「美」を「学ぶ」にはどんな空間がふさわしい?

白を基調とした、開放的な吹き抜けのフロア。北側には誰でも利用できるカフェやショップ、受付の南側には、ギャラリー、会員制のライブラリー・コワーキングスペース、ミーティングスペース、そしてスクールルーム。



一歩足を踏み入れれば、ワコールスタディホール京都が「美しさ」を大切にする空間であることは直感的に伝わってきます(余談ですが、化粧室のインテリアはもはや芸術の域……!)。個人的には、南東側のガラス越しに走る近鉄電車や新幹線を見るのが好きです。忙しい日常からほどよく隔てられ、学びに集中できる安心感もあります。

鳥屋尾さんが、ワコールスタディホール京都のプロデュースに本格的に関わるようになったのは、2016年春。オープンまでわずか半年前のことでした。

鳥屋尾さんその時点では、ハードだけができあがっていて、ソフトはまだ何も決まっていない状態でした。みんなのなかにちゃんと腹落ちするような学びを提供するには、空間の要素がすごく大きいのを感じていました。リラックスした状態で学んでもらうには、音楽も照明も大切。無理を承知で、「オープンを1年、せめて半年伸ばしてほしい」と会社に交渉したくらいです。

結局、オープンの予定は変えられませんでしたが、鳥屋尾さんは「オープンしてから、空間をより良いものに変えていこう」と決心。そんなとき、ふらりと見学に現れたのがミラツクの西村。鳥屋尾さんが感じている課題を聞いて、ある提案をしました。

西村ときどき僕は「いつかやりたいけど、誰かと一緒じゃないとできないな」と温めている企画を持っているんです。そのひとつが、空間ができたときに、その空間を一緒に創っていくコミュニティビルディング。空間ってどうしても、つくり手と使い手が分かれてしまうけれど、本来はその場を使う利用者と一緒につくった方がいい。鳥屋尾さんの話を聞いた時、「ギリギリまだオープンしていないから、今ならできる。でも、今しかできません。やるならすぐやりましょう」とお話しました。

鳥屋尾さんは、西村の提案を聞いて「ああ、それはいい!」と思ったそう。専門家に頼るのではなく、自分たち自身で空間をつくる方法はないかと考えていたからです。

鳥屋尾さんオープンが近づいた頃、私も含めメンバーのなかで「もうできあがってしまっているからしょうがない」という台詞がよく出るようになりました。もちろん、デザイナーの方に相談すれば正解をもらえますが、「学び」と同じくただ正解だけをもらっても、自分たちの身にはつかないと思っていました。自分たちで根っこの部分を言語化できていないせいで、しっくり来ないことがあっても、何をどう変えたらいいのか答えが出せないもどかしさも感じていたんです。

ワコールスタディホール京都のオープニングから、約1ヶ月後。ワコールとミラツクは、「さらにより良い女性のための創造的な学習空間を生み出すためのプロジェクト」に取り組むことを発表しました。

クリエイティブな学びが生まれる空間のデザイン

2016年12月14日、ワコールスタディホール京都では、同プロジェクトの一環として「女性のための創造的な学習空間」をテーマとしたシンポジウムを開催。同志社女子大学現代社会学部現代こども学科特任教授の上田信行さん、日建設計NADの塩浦政也さん、「発酵食堂カモシカ」の関恵さんをゲストに迎え、レクチャーとパネルトークを行いました。

また、2017年2月からは、全4回の連続ワークショップ「クリエイティブな学びが生まれる空間のデザイン」を開講。ミラツクが約2ヶ月間をかけて行ったリサーチプロジェクトの結果を、「143のPrinciples(アイデアカード)」に集約し参加者と共有しました。

鳥屋尾さん「143のPrinciples」は、ミラツクの加藤さんが「学習」「空間」「女性」などの分野で活躍する方たちにインタビューし、その文字起こしから私たちがキーワードだと思ったことをピックアップして分類したもの。この作業のなかで、自分たちのなかでコンセプトが構造化されていくのがすごく面白かったです。

ワークショップでは、参加者が各自選んだ5枚の「アイデアカード」を手に持って空間を探索。「どこで、何が」できるかを考えてメモを取り、ビジュアライズするワークも行いました。

現在の広々とした会員向けミーティングスペースや、芝生のような絨毯が敷かれたパブリックスペースは、このワークショップのアイデアを実現したもの。しかし「空間を変えることは思ったよりも難しかった」、鳥屋尾さんは振り返ります。

鳥屋尾さん空間を変えるのは「決まったからやりましょう」というわけにはいかないことを痛感しました。みなさんから預かったアイデアを、空間をぎくしゃくさせずに実現していく、優先順位のつけかたも難しくて。日建設計NAD室長の塩浦政也さんに相談をしました。

塩浦さんとのやりとりを通して、空間の特性や使われ方、利用者の動きなどを一つひとつ見直し、アイデアを実現していく順序を決めていったそうです。

鳥屋尾さんアイデアを出すことと、実行に移すことの間にはすごく距離があるんですよね。自分のなかで完全に腹落ちしていないと、「はい、絨毯を敷きました」で終ってしまう。「なぜそこに絨毯が必要なのか」をこんこんと説明できるくらいみんなが腹落ちしていたら、もっともっとこの空間に愛着が湧くと思うんです。

一つひとつのアイデアを、きちんと「腹落ち」したうえで着地させようとする鳥屋尾さんの姿勢の背景にあるのは、ものづくり企業・ワコールの風土だと思います。ひとつのモノに対して多くの人が意見を言い合い、実際に手を加えながらやりとりし、つくりあげていく。このプロセスを通して、関わる人たちの思いは伝達されお客さまに届けられていきます。

ものづくりのイメージがあるからこそ、「学びの空間」というある意味ではとても曖昧なものに向き合うときにも、「腹落ちする」ことを諦めず、粘り強く土台を築きあげられたのではないかと思うのです。

空間の軸となる「プリンシプル」を共有する

今、ワコールスタディホール京都のライブラリーの壁には、「143のPrinciples」が掲示され、訪れる人たちに共有されています。

鳥屋尾さん講座って、ターゲットや目的を言葉にしても、人によって受け取るイメージは違うと思いますし、参加者によってもその内容は変わっていきます。ものすごく変容していく講座というものを扱うのは大きなチャレンジ。なので、私自身が、軸として共有できる原理原則をきちんと持っておきたいと思っていました。

「143のPrinciples」は、ワコールスタディホール京都の「学びに対する原理原則」として位置づけられています。空間を考えるときも、講座を立ち上げるときも「143のPrinciples」を軸にして議論し、判断をします。

2017年秋、ワコールとミラツクは「内面の美を磨く行動と習慣」というテーマで12名にインタビューを行い、その内容をもとに「227のPrinciples」を集約。2018年1月から、全4回の連続ワークショップを通して、ワコールスタディホール京都が来館者に提供する「内面の美」に関する原理原則づくりに着手しています。

鳥屋尾さん学びについては「227のPrinciples」。内面の美については「136のPrinciples」。このふたつで、お客さまと空間やアクティビティを共創する軸ができあがりそうです。

私たちの強みは、空間というハードと講座というソフトを両方持っていること。ハードをどう活かすのか、ソフトがどう作用するのかをきちんと整理しておきたかったんですね。それぞれにちゃんと整理して掛け合わせることで、何が起きるのかを見通せるようになると思いますから。

「美しく美しく、より美しく。まことに単純だが、美しくあってほしいのは女性だけにとどまらない。心のありよう、社会のありよう、そして国際社会もそうあってもらいたい。これは人間の希求である」――。インタビューの終わりに、鳥屋尾さんは創業者・塚本幸一氏の言葉を引用して「学びっていうのは美しいものなんですよね」と話してくれました。

鳥屋尾さん「美しくなりたい」という女性の気持ちに終わりがないように、成長したくない人もいないと思います。もっと美しくなりたいと願うことも成長ですし、その願いを実現するにはやはり学びが必要です。ワコールが学びに取り組むことは、私のなかでは納得感が高いですし、「そうそう、そういうこと」って思っています。

これからは、「“体験”が“経験”として、ちゃんと身になるところまで考えた講座の設計をしたい」と鳥屋尾さん。一番届けたいのは、まさに体を整える下着のように、心の内面、生き方の背筋をすっと伸ばしてくれるような学び、なのです。

もし、京都駅を利用することがあったら、八条口方面に降りてワコールスタディホール京都を訪ねてほしいと思います。クリーンで美しい空間なのにどこか温かみがある。無機質な印象なのに、ちゃんと人がいる感じがする。それは、鳥屋尾さんはじめ、ワコールスタディホール京都をつくってきた人々の存在が、この空間を支えているからではないかと思います。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
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