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「テクノロジーはここまで進んでいる」。キーマンたちが語る、今と決して遠くない未来のこと。【ミラツク年次フォーラム2019】

フォーラム

毎年12月23日に開催している「ミラツク年次フォーラム」。一般公開はせず、1年間ミラツクとご縁のあった方々に、感謝を込めてお集まりいただく招待制のフォーラムです。

セッション3では、遠隔操作ロボット、オープンイノベーション、人工冬眠、人工生態系といった研究を進める4人が、「テクノロジーの先にある可能性」というテーマでセッションを行いました。テクノロジーと人智が世界をどう変えつつあり、そこにどのような思いがあるのか。そんなお話をお聞きしたら、近い未来や遠い未来の輪郭が見えてきました。モデレーターは「NPO法人ミラツク」代表の西村です。

(フォーラム撮影:廣川慶明)

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール
深堀昂さん
avatarin株式会社 代表取締役CEO(フォーラム開催時はANAホールディングス株式会社 グループ経営戦略室 アバター準備室 ディレクター)
2008年にANAに入社し、パイロットの緊急時の操作手順などを設計する運航技術業務かたわら、新たなマーケティングモデル「BLUE WINGプログラム」を発案、Global Agenda Seminar 2010 Grand Prize受賞、南カルフォルニア大学MBAのケーススタディーに選定。2014年より、マーケティング部門に異動し、グローバルマーケティングやプロモーション業務を担当。2016年には、XPRIZE財団主催の次期国際賞金レース設計コンテストに参加し、アバターロボットを活用して社会課題解決を図る「ANA AVATAR XPRIZE」のコンセプトをデザインしグランプリ受賞、2018年3月に開始し、現在82カ国、820チームをこえるアバタームーブメントを牽引中。2020年4月よりアバター事業を分社化してANA発スタートアップとしてavatarin株式会社を立ち上げる。
小島健嗣さん
富士フイルム株式会社 経営企画本部 ビジネス開発・創出部シニアエキスパート/富士フイルムホールディングス株式会社 技術経営部 シニアエキスパート/FUJIFILM Open Innovation Hub館長
千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、電子機器メーカーを経て1986年に富士フイルム入社。情報システム、理化学機器等のプロダクトデザインを担当した後、時代の変化のなか、インターフェースデザイン、デジタルコン テンツデザイン、ユーザビリティデザインなどのグループ立ち上げを担った。2011年からはR&D統括本部技術戦略部で技術広報と産官学連携によるオープンイノベーションを担当。2014年には「FUJIFILM Open Innovation Hub」を開設。
砂川玄志郎さん
国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト 基礎科学特別研究員/小児科医
福岡県生まれ。2001年より小児科医として救急医療・麻酔・集中治療に従事。京都大学大学院医学研究科にて博士(医学)取得。大阪赤十字病院、国立成育医療センターで医師として勤務。2006年から「なぜ動物が眠るのか」という問いに答えるため、生理学・遺伝学・情報工学を組み合わせて個体レベルのシステム生物学を実践。2015年から理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクトでマウスを用いた冬眠研究を開始。現在、冬眠の臨床応用を目指して研究中。
高倉葉太さん
株式会社イノカ 代表取締役 
1994年、兵庫県姫路市生まれ。東京大学院・暦本研究室で人工知能や機械学習の研究を行う。在学時代にはハードウェアの開発会社を設立し、さまざまなプロジェクトに携わる。小さい頃からものづくりだけでなく、熱帯魚やサンゴ飼育を行うアクアリウムにも興味があり、2019年4月に株式会社イノカを設立。「自然の価値を、人々に届ける」を経営理念に掲げ、生態系を再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同で環境の保全・教育・研究を行っている。
コメンテーター
井上有紀さん
INNO LAB International co-founder
慶応義塾大学大学院卒業後、ソーシャルイノベーション(社会変革)のスケールアウト(拡散)をテーマとして、コンサルティングやリサーチに従事。スタン フォード大学(Center on Philanthropy and Civil Society)、クレアモント大学院大学ピーター・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント客員研究員(Visiting Practitioner)を経て、現職。身体からの情報を含めたホリスティックなアプローチによるリーダーシップ教育に携わる。

“4者4様”の目線とテクノロジー

西村このセッションは4人の方とコメンテーターとして井上さんに来ていただいています。どんなことをしているか、簡単に自己紹介を兼ねてお話しいただければと思います。よろしくお願いします。

深堀さんみなさん、こんにちは。『ANA』で、遠隔操作ロボットで新しいモビリティをつくろうとしている深堀でございます。私はロボットを開発しているんですけど、ロボットをばらまくことにこだわっていて。人が好きなときに好きなロボットに入って好きなことをするという移動手段をつくろうと思っています。なので、ロボット開発というよりはまちづくりみたいなところで取り組みをしています。よろしくお願いします。

小島さん小島と申します。『富士フイルム』で「オープンイノベーションハブ」というオープンイノベーション、いろんなビジネスパートナーの方々と新しいビジネスをつくっていくための場所を運営しております。もともとプロダクトデザイナーとして入社しました。『富士フイルム』は2000年以降デジタルにシフトしていくなかで、新しいことをやらなくちゃいけない環境に追い込まれてしまったんですね。

自分たちがどういうアセットを持って、どんなことができるのかと考えたとき、専門家たちを掛け合わせることによって新しい知恵を流動すると、新しいビジネスが起こるのでは、と。2004〜06年あたり、研究所をつくるプロジェクトでデザイナーとして、デザインの力を使って人のコミュニケーションに必要な共通言語を生み出すプロジェクトをやりました。

その後、オープンイノベーションをやる場所、『富士フイルム』をワンストップで見ていただける場所をつくろうと経営層に提案し、今はそこを運営している立場です。もともとは写真の会社で、今はいろいろな方向にいっていますが、そこには必ず共通言語があって、多様な人が集まることに仕組みが必要なんですね。そんなことをやっております。よろしくお願いします。

砂川さん砂川玄志郎と申します。私は神戸の『理化学研究所』、俗に理研といわれている施設で研究をしている者です。普通の研究者です。

西村絶対普通じゃない(笑)。

砂川さんいや、普通です(笑)。主に冬眠動物の研究をやっておりまして、メインテーマは「どうやって人を冬眠させるか」です。わりと真面目にそのことを考えています。私はもともと小児科医で、今でもときどき救急外来で働いています。今臨床現場では「我々がもっている代謝をいかに維持するか」が行われているんですが、逆に代謝をいかに安全に下げるかという観点で見てみます。冬眠動物並みに代謝を下げてあげると、今だと助からないようないろいろな医療ケースで、助かるケースが出てくるだろうと。実際に人を冬眠させるとなるとまだ難しい面が多くて、今基礎研究をやっている状況です。よろしくお願いします。

高倉さんはじめまして、高倉葉太と申します。『ANA』、『富士フイルム』、『理研』ときて、急にみなさんが知らない『イノカ』という会社が出てきて、今緊張しています。もともと僕は東大の「暦本研」という落合陽一さんが昔いらっしゃったところで研究していて、そこを出て2019年4月に立ち上げたばかりの会社です。人工生態系の研究開発を行っています。

将来海では多くの生き物が生きていけなくなると言われています。20、30年後に地球温暖化で海水温が2、3度上がると言われていて、その上がり切った海水温だと、特にサンゴは動けないので逃げられないんですよね。そのせいでサンゴに依存している生き物が絶滅する状況が、本当に目の前まできています。

じゃあ彼らが海で生きていけないならどうするか。僕たちは彼らが20年後、30年後も生きていけるように“ノアの箱舟”をつくって、彼らを生かしていく。そのために人工的にサンゴ礁を再現する研究を行っております。技術的には、趣味でサンゴ礁の再現をやっていたサンゴオタクたちがいて、彼らのノウハウと僕らのAIやIOTを駆使していきたいと思っています。生態系はなかなか難しい技術分野ですが、それを解き明かしていく基礎研究や開発を行っているベンチャーです。よろしくお願いします。

井上さんこんにちは。井上有紀と申します。ソーシャルイノベーションの、特に最近では身体感覚を使って社会の関係性を捉えるワークショップをしたりしています。人間の内面やマインドセットの変容をどう促せるのか、それと社会の変容をつなげることをフィールドにしています。今日はコメンテーターなんですが、テクノロジーのセッションですと言われて、体温が1度下がりそうなくらいテクノロジーをわかってないですが(笑)、登壇する方から何が語られるのか楽しみに聞きたいと思います。よろしくお願いします。

「人が冬眠できるんじゃないか」という思い

西村今回はテクノロジーについて、アクセルを踏んで話すセッションをつくりたいと思いました。1回全力で行ってみる、みたいな。全力で行くために誰が必要なのかと考え、今回のメンバーになっています。

まず「どこまでいけそうだと思っているのか」からスタートを切ろうかなと思います。実は今ここまででできるんだとか、実はこういうことが可能になっているとか、バックボーンも添えながらお話いただけると。

砂川さんみなさん「冬眠」という言葉を聞くと、動物がすごく冷えた状態で冬を越すイメージをお持ちだと思います。私は研究者になって15年ぐらい経つんですが、小児科医をやっていた時代に、ある論文を見て衝撃を受けてこの研究に入ろうと思ったんです。

その論文とは2004年に雑誌『Nature(ネイチャー)』に載ったもので、「マダガスカル島で冬眠をするキツネザルが見つかった」というんです。そもそもマダガスカル島に冬はないので冬眠という言葉はおかしいんですけども。冬眠の定義は、普段37度ある哺乳類の体温が、複数日以上、つまり2、3日以上20度台まで落ちること。それを満たす意味では、そのサルたちは冬眠しているんですね。

キツネザルたちはなぜ冬眠しているかというと、ドライシーズンは食べものがなくなってしまうので、自分の体に蓄えてある脂肪だけで生き残るために冬眠を選択したということになっているんです。その論文を読んだ当時、僕は臨床しかしていなかったので「これだったら人もいけるわ」とシンプルに思って。

その判断は本当に甘かったですね。で、15年経って「これだけしか進んでないのか」という思いもあるんですけど、今でも「人が冬眠できるんじゃないか」という思いはまったく変わっていません。というのは、実は冬眠動物ってサルを含めて、哺乳類に非常に幅広く存在しているんですね。進化の過程からいっても我々の祖先が変温動物だった時代が必ずある。哺乳類が冬眠できないはずがないと思っています。

冬眠中は、最初に体温じゃなく酸素消費量が落ちるんですね。我々がもっている、基礎代謝を著しく落とした状態が冬眠です。じっとしていても使うエネルギー消費量のことですね。なぜそんなに落としても動物が死なないのかはよく分かってないんですが、すごい動物だと、酸素消費量が普段の1%ぐらいになります。すごく不思議なところで、その秘密が分かれば人間の冬眠もできるんじゃないかと思っています。

今どこまでいっているかというと、残念ながらかなり進んでいないです。例えば、みなさんがよく知っている冬眠動物のリスを好きなときに冬眠させることさえまだできません。リスの研究をしている人は、リスを冷蔵庫に入れて数カ月待ちます。待って、待って、待って、冬眠に入ったら実験が始まるので、なかなか実験が進まないんですね。1年に1回ですから、冬眠って。

我々はハツカネズミ、俗にマウスといわれている動物を対象に実験をしていて、最近マウスで2、3日だけですが代謝を落とせることができるようになってきました。マウスは冬眠しないので大きな進歩ではあり、今後マウス以外の動物で試していく予定です。

西村ちなみに本題は「冬眠できると何がいいのか」っていうことなんですけど。

砂川さんそうか、そのことをすっかり話してなかったですね(笑)。冬眠と睡眠ってちょっと違います。眠ると気持ちよくてスッキリしますけど、冬眠はおそらくそういうスッキリ感は多分ないと思います。というのは、冬眠動物は冬眠が終わった後フラフラですし、ガリガリやし。あんまり気持ちのいいものでは多分ない。ただ何がいいかというと、冬眠動物にオオヤマデという種がいるんですが、彼らは1年のうち10カ月ぐらい冬眠するんです。

西村長いな。

砂川さん長いんです。10カ月間ほとんど動かないし、もちろん食べないし、じっとしていて。脳波を測ると、フラットといっていわゆる脳死みたいな脳波なんです。それでも10カ月間耐えられる。

これを人にもし応用できたとすると、例えば、僕がここで心筋梗塞になりましたと。そうすると病院に行くまでの時間がかなり大事です。血管を再び開く処置は30分以内がいいといわれています。ここは東京なのですぐ救急車が来てくれますが、過疎地域だとそうはいかない。そういうときに、心筋梗塞になったら冬眠させれば、代謝が1%なわけですから病気の進行も遅くなる。クール宅急便でゆっくり病院へ運ぶことができるようになるんじゃないかと思っています。

また、宇宙旅行でも冬眠に注目している人たちが大勢いると思うんです。例えば、近場でいくと火星。全然近くないですけど(笑)、火星でも往復で年単位かかるといわれていて、そうなるとかなりの食糧・酸素を持って行かなくちゃいけない。代謝を1%に抑えられたら、要は100分の1で済むわけですよ。これは大勢の人を連れて行くにも大事だし、セーフティマージンが増えるということで大きな意味があると思っていて、今我々は『JAXA(宇宙航空研究開発機構)』と組んでいます。

その人の「意識だけ」伝送すればいいんじゃないか

西村この話を好きそうなのは深堀さんですね。まず今どんなことをされていて、50年、100年ぐらいでどういったことを目指しているかを。

深堀さん私、(砂川さんの)冬眠の話を聞くのは2回目ですが、めちゃめちゃおもしろいなと。冬眠しても歳は取るっていう感じなんですよね?

砂川さんまだそこははっきり分かってないんですよ。そこを示してあげないと、50年冬眠したときに50歳歳を取るっていう……それはまずいので、確認中ですね。冬眠動物の場合は、少なくとも長生きする動物の冬眠が長いことは知られているんですが、相関があるだけで因果はまだよく分かってないです。長生きするから冬眠しているかもしれないので、分かっていないのが現状です。

深堀さんワクワクします。私たちのアバターは、『ANA』の新規事業として考えたものではないんです。『Xプライズ財団』というアメリカのテック系の財団が開催した、10億人の生活を変えるテクノロジーを6カ月間で考えるコンペがあり、それに参加しました。そこでグランプリをとって、考えたのがアバターです。

何のためにつくったかというと、今も多くの社会課題って「解決できるけど解決できない」っていうのがあるかなと思っていて。というのは、今日(会場に)いらっしゃったみなさんのような方々が、社会課題が起きているところに瞬間移動をして毎日15分ずつアドバイスできたら、ほとんど解決できるんじゃないかと。解決できないのは、解決できる人がライトタイムにライトプレイスにいないから。

なので、瞬間的にアバターという人材を世界中の必要なところに届けることができたら、多くの課題が解決できるんじゃないか、というところから始まりました。9割は社会課題解決のために始まったという感じです。

ただ、コンペの参加費がけっこうかかるのでどうしようかなと思い、『ANA』で「人材育成のために送り込んでくれませんか」とった交渉をしました。

やっぱりエアラインですので「移動」に絡ませようと。そこで東大の古澤明教授のもとを訪れました。あまり知られていないんですけど、日本は量子レベルでのテレポーテーションの研究が進んでいて、古澤さんは3点間の量子テレポーテーションに成功されています。私はもともとエンジニアなんですけど、当時マーケティング戦略担当になっていたんですね。自己紹介をしたら、古澤さんに「深堀さん、私、出張大嫌いなんだよね。研究か家族のためにしか時間を費やしたくない。学会に参加するのはいいんだけど、その移動とかもなくしてほしい」と言われました。なるほどなと。

そこで「したくない移動をなくちゃおう」と思いました。散歩とか家族旅行とか、楽しい移動はいいんですけど、過酷な移動、体を壊すような出張はなくそうと決心して。『Xプライズ財団』の最初のキックオフでテレポーテーションを提案したら、9チーム全員失笑でしたが、1人だけ興奮したのが『Xプライズ財団』の創業者のピーター・ディアマンディスでした。

その方がお世話をしてくれて、レイ・カーツワイル先生——「シンギュラリティ」という言葉をつくった人で人工知能研究の第一人者として知られる未来学者——が無償でアドバイザーになってくれたんです。これが『ANA』の新規事業として始まっていたら協力してくれなかったと思うんですけど、社会課題解決のためにピュアに走ってますので。いろんな人がアドバイスしてくれました。

いつも疑問になるのは「瞬間移動したら記憶はどうなるんだ?」。それで、意識だけ伝送すればいいんじゃないかと。『理研』さんの未来戦略室のフォーラムに出させていただいたとき、脳科学者の方が「深堀さん、アバターって人間の体にすごく近いんですよね」って言われました。アバターは絶対にどなたかの脳が動かしていますので、どんな外見、どんな大きさでもその人の特徴が出ると。

今いろんな実証をアバターでしています。この間、大分県で家庭に置いてくれている方が「この間、うちのワンちゃんが反応した。主人がいなくなると鳴き止まない犬で、外出があんまりできなかったけども、試しにアバターで入ってみたら鳴き止んだ、すごい」と。臭いも何もないけども、なぜかご主人だと認識しているそうです。

アバターはどなたかの脳が動かしていますので、自分の体が世界中にあって、誰もが使えるという優秀な体なんです。使えば使うほど、みなさんの得意な技能をどんどん学習していくんですね。溶接工の方がいらっしゃったら、アバターで溶接すると、途上国の溶接技術がない人でも一発でできます。

2022年には介護や救助などができるアバターができる予定です。ただ私たちがこだわっているのは、高性能だけを目指してやっていても意味がなくてですね。大分県の山の中にいる80歳のおばあちゃんが息子さんとのコミュニケーションに使うなど、今すぐ社会実装しなきゃいけないところもあるので、安くて今すぐに実装できるようなものも開発しています。

人と生態系が環境に負荷をかけず循環するシステム

西村次は高倉さんに、サンゴ礁――環境を再現する生態系を再現するって何なのか、それが究極ではどういう状況になるのかを教えてもらえれば。

高倉さんはい。最初はサンゴとかサンゴ礁に住む生きものを救いたいというところから始まった人工生態系の研究だったんですけど、いろんな人と会えば会うほど無限の可能性がある、本当に世界を変える技術だと実感しまして。

瞬間移動にちょっと近いかもしれないんですけど、僕たちがやっている技術は「環境移送」と呼んでいて、僕たちが行くというより向こうの環境をどうやってこっちに持ってくるかという研究です。今やっているのは、サンゴ礁を再現した後、IoTを使って沖縄の海水温とリアルタイムでコネクトすること。そうすることで、今までは一定温度だったただの水槽に四季が生まれ、サンゴを産卵させられるかもしれない。これが成功したら世界で4例目、小型水槽だと世界初になる予定です。

僕たちはベースとして本物の生態系――生態系の定義が難しいんですけど、いろんな微生物がいて、それを食べる小動物がいて、それを食べる大きな動物がいて、それがフンをして、またそのフンが分解されて……という一つの循環をVRでつくっています。いろんな方が「ずっと見ていられる」とか「本当に海に行っている感覚になる」とおっしゃいます。それをIoTの技術につなげることで五感を移送する。例えば沖縄に行ったかのような体験をできるんじゃないかと。

あとは「都会に海をつくる」こと。植物工場の海版をつくろうと考えています。植物工場だと店でつくって店で食べることが多いんですけど、うちでは海ブドウを水槽で育てて、その場で摘んで食べてもらう食体験もしています。

技術的に「これこそが本当に世界を大きく変えていく」と確信しているのが、循環システムのデザインです。うちの水槽にはヤドカリを150匹ぐらいと、ウニ、カニ、エビ、プランクトンとかいろんな生きものを入れているんですけど、これを拡張していくと、僕たちが何もしなくても自立して回る。放っておいても回る。実際に自然ってそうじゃないですか。そんな生態系を今後どんどん開発していって、次は人間もそこに入れていく。

そうすると何ができるかというと、人間がそこで魚とか海ブドウを食べて、その排水を僕たちがつくった人工生態系に戻すと、閉じた空間で人と生態系が環境に一切負荷をかけることなく循環するシステムができるんですよ。これができると、まず下水をなくせます。つまり海に排出しているものをなくせる。僕は個人的に「一番の環境保全は人が自然に関わらないことだ」と考えていて、そういうことをテクノロジーで再現できます。

地球環境にもいいし、宇宙開発の技術にも応用できると考えています。いわゆるスペースコロニー。いろんなSF映画で野菜を育てたりしてると思うんですけど、海も絶対必要で。その循環の一つとして僕たちの技術が入っていくことで、月に移住してもスペースコロニーをつくっても、生きていけるような技術につながっていくんじゃないかと考えてやっています。

今どこまでいっているか。サンゴが増えすぎて困るぐらいまで、サンゴ礁の再現に成功しています。サンゴの産卵が成功すれば、かなりサンゴ礁に近いものを再現できたといっても過言ではないですね。これをいかに自動化していくかが次のステップになります。

本質的な課題解決のため、いろいろな人の知恵を集める

西村小島さん、こういった3人の話ってつながると思うんです、技術として。絡むことで加速もすると思うんですね。

小島さんみなさんの話をとてもおもしろいと思って聞いていました。『富士フイルム』という写真の会社が今なぜ化粧品や再生医療をやっているか、ちょっとだけ話しますね。

写真のフィルム上に塗ってある成分の50%は動物性由来のゼラチンなんです。実は動物からではなくて人工的にコラーゲンをつくろうという研究をし、成功した頃、同時に写真のフィルムがビジネスとして成立しなくなったので、コラーゲン研究の成果を化粧品に応用したり、人工コラーゲンを再生医療の足場材に応用して商品化した背景があります。ものだけではなくて自分たちがものをつくるときのスケールアップをする力であるとか、品質保証をして量産化することも自分たちの強みだと気がつきました。

『富士フイルム』は、豊富な水と空気がきれいな足柄の山麓に工場があるんですね。写真フィルムのベースはプラスチックなんですが、植物繊維であるセルロースから透明なフィルムをつくっているので、環境と共にあるようなもののつくり方をしていたと最近自覚をしました。サーキュラーエコノミーっていうのは、自然からの恵みを利用しながら地球環境を傷めないものづくりをして、さらにまた戻すような循環をつくるメーカーになっていかないと本質的な課題解決ができないと気付き始めたんですね。

それには、いかにいろんな人の知恵を集めるかにつきると思っています。例えばアバターで「15分だけ知恵を貸してください」とか、今の時代にはマッチしない天才が冬眠したら、100年後には時代に要求される天才かもしれないとか。そういうことをやっていくと、知恵の多様性が広がるんです。解決できないと思っていた問題も、違うものが合わさる機会が増えるほど、新しい可能性が広がっていく。そういうコミュニティが、多様性のツールとしてすばらしい環境になるんじゃないかなと。

西村例えば「今からサンゴ礁をつくってください」というとき、どういう文脈にあてればいいのか、どう考えればいいのかを知りたくて。『富士フイルム』の技術をほかの方法にもっていくって文脈を考えると思うんですけど、どうやって考えますか。

小島さん西村さんとこの間音楽家との話をして、「直感って実は直感じゃない」という話題になりましたね。演奏家は子どもの頃から練習してテクニックを磨き、音楽の歴史や時代性とか様式美など全部勉強したうえで、最後に表現をするときは瞬間的に体が反応して表現をする。やっぱり直感って深い専門性のなかで時代とか歴史とか哲学とか、そういうものをあわせもったうえでのその人の答え、考え方だと思うんですよね。

ですからサンゴ礁だって、ジュラ紀から地球上の歴史を全部見ていることを、直感的に「これがいい」と言ったその人を信用する、みたいなね。信頼し合あえるバックボーンを話し合うと共感できるんじゃないかな。自分がコンテキストを専門家に委ね、そのうえで次のステップを創造する議論ができるとおもしろいかなと最近すごく思います。

西村ちなみにサンゴ礁だったら、小島さんの直感で何がいいと思います?

小島さん新しい生命を生むような、何か再生医療のスタートラインみたいな、そういうことを考えるとサンゴ礁の進化系になるんじゃないかなと。

高倉さん自然のおもしろさとして、自然保護の観点から「ありのままを残したい」って多いと思うんですけど、僕は別にそんなことはないだろうと思っていて。淘汰も含めて自然の文脈です。サンゴ礁の一番の価値って、たぶん地球上で一番生物多様性に富んでいるんですね。海のたった0.2%しか生息面積がないんですけど、海洋生物の25%がそこに生きているんですよ。

そうすると、毎日新しい生命が生まれていく。例えば特定の魚が病気になりやすい環境をあえてつくって、それに適応した生命をそこに誕生させて、研究結果を再生医療につなげていくことは可能だと思います。

深堀さんサンゴが地球上で一番増えたときって、いつなんですか?

高倉さん少なくとも今ではないですけど、もしかしたら一番増えていたのはこの前になるのかもしれないです。

深堀さんということはサンゴの歴史という意味では、ちょっとずつ減り気味だったということですか?

高倉さん減ったり増えたりを繰り返しているんです。サンゴ礁はジュラ紀から生きていて、いろんな地球を見て適応している。だからDNAの宝箱なんですよ。何に使われているのか分からないDNAがたくさん存在していて。だからこそ温暖化にも耐えられるんじゃないかという人もいれば、そうじゃないという人もいます。本当に未知の生物なんですよね。

砂川さんすごい話ですね。冬眠する哺乳類はいろいろいますが、進化上どうやって増えたかはよく分かっていないんです。数万年の間にそれぞれ獲得したのかどうかもよく分かってない。そういう意味で我々は生態系を含めた生物から学ぶことっていっぱいあって。生態系の再現ができると、あるいは再構成ができると、すごくおもしろいなと思いながら聞いていました。

高倉さんそうですね。地球環境に手を加えるというよりも、絶滅していってしまうサンゴ1個もDNAの資産なので、それがなくならいように種を保存することをメインにしています。最終手段ですね。地球環境は今後もある程度変わっていったらそれはそれでいいんじゃないかなと多少思っていて。

深堀さんそうですね。進化ってある意味絶滅の歴史でもあるわけで。だから本当におもしろいですよね。今日お話ができてよかったです。

西村高倉さんは、なんで起業しようと思ったんですか?

高倉さんもともとはただ好きだったからですね。研究者気質にかなり近いと思います。アクアリウムが趣味でいろんな人と話すなかで、環境の問題だったり、いろんな文脈につながって今に至ります。シンプルに1個の技術の可能性にかけてみようと思ったんです。

サンゴは日本に数百人しかサンゴの研究者がいないんですけど、一方で飼育者は数千人ぐらい。その人たちが持っているノウハウが使えないわけがない。それで自然サイエンスという一般市民が科学研究にサイエンスするプラットホームをつくろう、会社を立ち上げようと思いました。

重要なのは「私」という意識を瞬間移動させること

西村社会に実装していくために、もしくは社会と一緒にやっていくためにはいったい何が必要なんでしょう。

深堀さん私はたしかに社会実装を始めていて、やっぱりエンジニアなので究極系のアバターを目指したい。ただよく分かったのは、81カ国の天才たちが開発をしていて、2022年に介護がちゃんとできるようなアバターが誕生すると思うんですけども、それはきっと数千万〜数億円もする。数千万するロボットはたぶん誰も買わないんですね。

だから社会を変えるためにまったく違う努力が必要で、とりあえず安くて簡単なコミュニケーションや作業ができるロボットを開発しようと。量産化をして値段を下げる。1年ぐらい待つと携帯代よりちょっと高いぐらいの月額になると思います。

今は、いろんな方々と「アバターをバラまくまちづくりをしていこう」ということをテーマに始めようとしています。ロボテクスを見てきて一番もったいないなと思うのは、ほとんどの研究者、特に大学の研究者が「10年経ってもおそらく研究室から出ないでしょう」と言うんです。完成形を目指すとそうなるんですけども、ちゃんと社会に出していくことは重要です。仮にそれが階段をのぼれなかったとしても、重いものを持てなかったとしても出していくという強い思いは必要。それをショッピングとかまちづくりに活かしていくと。

今、弊社のアバターを半年近く貸し出しているご家庭があり、毎日朝と晩に使われていますね。それで子どもを叱っている人がいて。スマホのFaceTimeだと叱っても一瞬でいなくなっちゃうんですけど、アバターが「ちゃんとママの言うこと聞きなさい」って言うと、ちゃんと目の前で反省する。アバタージェネレーションみたいな感じで、ちゃんとハグをして最後に電源を切るという。子どもも高齢者の方も、ロボットというよりは人間として扱っています。それは安価版のアバターでも十分できる。重要なのは人間という主語の「私」って意識を、光の速度で瞬間移動させること。

西村おもしろいなと思ったのが、テクノロジーとして完成させることはやりながらも、でもアバターのコンテキストを考えれば別にそういう話じゃないと。意識がそこにあることがアバター。

深堀さんその通り。二足歩行じゃなくても手がなくてもいいという感じですね。

西村意識がそこにあることに価値があるんだということですね。

深堀さんそうです。

砂川さん社会実装と考えると、アバターと違ってまだ冬眠研究の基礎のところなので空想に近いことにもなっちゃうんですが、少なくともこれから5年10年以内にクリアしなくちゃいけないと問題が三つぐらいあります。

一つは、冬眠と老化の関係ですね。長い間冬眠すれば老化が止まるということが分かりさえすれば、いろんなことを試す人たちやグループが出てくると思うんです。

二つ目は、人間あるいは動物の体が代謝を落とすより、臓器や細胞を冬眠させる技術のほうが先にできて、実現すると思うんです。例えば臓器移植で、心臓って取り出したら4時間か5時間しか動かないんですが、2日もたせられれば大きく変わります。あるいは日本で再生医療が盛んですけれども、臓器をつくった後に安全に長く安く保存する方法がないことが大きな問題になっているんですね。そのあたりが冬眠技術の最初の社会実装につながっていくかなと。

三つ目は、5分、10分でいいので人間をまず冬眠させることを10年以内にやっていきたいなと思っています。救急医療とか、何か病院で事故があったときに「とりあえず冬眠させておけ」という使い方ができるようになれば。

あと、自分としては「念ずれば冬眠」と呼んでいるんですけど、要は自分が思ったときにいつでも冬眠できるような実装を人間にしたいと思っているんです。究極的には睡眠を冬眠で置き換えられないかと考えています。自分で自分を冬眠させることができるようになれば、助かる率がより高くなると思うんですね。あるいは溺れかけた時に冬眠しちゃうとか。

実際にインドで高い位にいるヨギー(ヨガの実践者)に、代謝を落とせる人が実在するんです。全員ができるかは分からないですけど、(その力を)持っている人はいて、少なくとも持っている人は自由にできるようになる。持っていない人は何かを付け加えることでできるようになるところを目指したいと思っています。

高倉さん社会実装という意味だと、つくっている生態系をいろんなところに置いていくことが一番だと考えています。今もいろんな場所に水槽セットを置かせていただいています。

一方で、今は月額のメンテナンスコストがかかるので、その負担について二つ考えていることがあります。一つは、僕たちがメンテナンスに行かなくても勝手に回るようになること。できればこの1、2年でそこまでいきたいと考えています。

もう一つは、株式会社としては別のビジネスモデルをつくることで、その生態系をいろんなところで置けないかと。ジャストアイデアなんですけど、水槽を一つ置いてデジタルサイネージとして活用することで、広告の収益のモデルにできないかとか、置いている場所の人にとってもメリットがあるようなモデルをつくっていきたいんです。今、海を一緒に助けていく、地球と自然の在り方、人と自然の在り方を考えてくださる仲間を探しています。

「I」という自分の意識が「人類」、「We」へ

西村有紀さん、コメントをお願いします。

井上さんおもしろかったですね!一人ひとりの話がそれぞれすごい(!)んですが、4人分まとめて聞いて、脳みそが膨らんでどこか飛んでいきそうでした!特に「どこまで行けそうか」の話、自分の体がどんどん宙に浮かんでいきそうになって、「どうやって社会実装するのか」という問いで、ちょっとずつ視界が現実に戻ってきました。

キーワードだと思ったのは主語でした。この時間の主語は「人類」だったなと。「I」とか狭い「We」(日本人とか)を通り越して、「人類として」という主語で語られていたのが印象的でした。

今日の基調講演で杉下先生がノーベル平和賞を受賞されたデニス・ムクウェゲ医師の「これはアフリカの問題じゃなくて人類の問題なんだ」という言葉を紹介されていました。普段私がやっている仕事では「I(私)」を主語にすることから始まって、他者の感覚を想像することが多いです。「I」を取り戻すのが大事だと思っているんですけど、同時に今日のお話を聞きながら、どんどん自分の意識が人類、広い「We」になっていきました。

社会イノベーションを起こすとき、もはや一人のイノベーターとかリーダーがやってくれるヒーローモデルではない。どうやってコレクティブ(集合的に)やっていくか、が今テーマなんですけれど、「人類」という括りで、状況を捉えることや、こうやって4人のテクノロジーの話でガンガン攻められて(笑)、「こんな未来にいけるのかも?」って一旦大きく飛んでみることもすごく大事だなと感じました。

どうやって未来を描き、未来を現実にしていくのか。テクノロジーで実験しながら、人類がこれから進む「選択肢」の幅を広げたり、数を増やす。選択肢が増えると「これが人類が行きたい道だ」という、新しい選択を意図的に起こせる。4人の登壇者の方たちは、そういう人類が進む選択肢を増やす作業をされていると思いましたし、どうやって今のリアリティに結びつけるかを社会実装まで一生懸命考えて、未来と今を行ったり来たりする力を磨きながらやっている。ずっと先のことを考える人と、文脈をつくる人と、それをリアリティに変えていく人を全部担っている感じなのかな。素晴らしいなと思いますし、いろんな人がいろんな関わり方で、未来と現実を行き来する実験を、たくさん積み重ねていけるといいなと思いました。

西村可能性って本当に広いけど、やっぱり元の情報がないと意外と想像力って広がらないなと思うんですね。想像力を広げるなかで、もしかしたらここは一緒にできるかもしれないとか、自分もそこに参加できるかもしれないと、みなさんのなかで想像力の幅が広がっていると嬉しいです。深堀さん、小島さん、砂川さん、高倉さん、そして井上さん、ありがとうございました。

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次回ミラツクフォーラムに参加を希望される方は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」にご参加ください。ミラツクフォーラムは、メンバー向けの招待制の会として開催されます。
ROOMの登録:http://room.emerging-future.org/
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NPO法人ミラツク では、2016~2019の4年間でミラツク年次フォーラムにおいて行われた33のセッションの記事を分析し、783要素、小項目441、中項目172、大項目46に構造化しました。詳しくは「こちら」をご覧ください。
小久保よしの 編集者
フリーランス編集者・ライター。編集プロダクションを経て2003年よりフリーランス。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。 当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などの取材で全国を駆け回り、東京と地方の行き来のなかで見えてくる日本の「今」を切り取っている。「各地で奮闘されている方の良き翻訳者・伝え手」になりたいです。