single-newblog

「宇宙×農業」で地球が抱える食料生産の課題を解決する。 株式会社TOWING代表取締役CEO・西田宏平さん【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

ROOM

ミラツクでは、2020年7月より、未来をつくるための「場」を提供するオンラインメンバーシップ「ROOM」を開始しました。

インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツです。

第八回は、世界初のバイオ技術を用いて開発した人工土壌「高機能ソイル」および循環型栽培システムによって、農業をサイエンスに変えようとしている「株式会社TOWING」の代表取締役CEOの西田宏平さん。

「食べる喜びとつくる喜びをデザインし、地球と宇宙で暮らす未来の人々がワクワクする世界をつくりたい」と語る西田さんに、TOWING社が取り組む「宇宙農業」を見据えた未来から生まれる地球に優しい農業の可能性と、宇宙農業を実現するデザインソイルの力について伺いました。

西田宏平(にしだ・こうへい)
株式会社TOWING 代表取締役CEO。
1993年12月生まれ。滋賀県信楽町出身。名古屋大学大学院環境学研究科修了。大手自動車部品メーカーに就職した後、少年時代に食べていた畑直送のフレッシュな作物を地球でも宇宙でも食べられる未来を創るため2020年2月に株式会社TOWINGを弟と創業。在学時に学んだ人工土壌技術を活用した研究開発やコンサルティング、栽培システムの販売等の事業を行う。内閣府主催宇宙ビジネスコンテストS-Booster2019ファイナリスト。

(構成・執筆 代麻理子)

「宇宙×農業」を念頭に開発した高機能ソイルで地球が抱える課題解決をしたい

西村では、まずはじめに、西田さんたちがどんなことを行なっているのか、から始めていければと思います。よろしくお願いします。

西田「宙農(そらのう)」という高機能ソイル栽培システムに関するサービスを提供している「株式会社TOWING(トーイング)」の代表取締役CEOを務めている西田です。「宙農」という文字の通り、僕たちは「宇宙×農業」を大きなテーマとして事業を行なっています。宇宙での農業の実現と、地球上での農業システムの発展と課題解決を目標に技術の開発や普及を進めています。

いきなりそう言われても「?」が浮かんでしまうと思うので、僕たちがどんなことをしているのか順を追ってお伝えできたらと思います。

まず、地球上での課題解決の部分からお話すると、現在世界では人口が増え続けていて、2050年には98億人になるだろうと言われています。2018年の時点では約76億人だったので、20億人も人口が増えることになります。それに伴って、プラス60%の食糧増産が必要になると言われているんです。

つまり、収穫できる作物を増やす必要がある。ですが、地球上の自然環境は有限なので、農地の面積を増やそうと思ってもなかなか難しい。でもこのまま放置していたら、そう遠くない未来に食糧不足になってしまう、という課題に直面しています。

そこで僕たちは「高機能ソイル」と呼んでいる人工土壌の技術で、従来は土壌として使えなかった植物の炭に微生物を付加して、高効率かつ持続可能な次世代の農業ができる超良質な土に変えていくという試みをしています。通常、植物の炭単体だと有機肥料を適切に分解できないため次世代の農業は行えないのですが、微生物を付加することにより、有機肥料の適切な分解が可能になります。

私たちのこの人工土壌には、4つの特徴があります。1つめは、短期間で超良質な土づくりを行えることです。一般的に土づくりは難しいものとされていて、それを農地で行おうとすると通常は3〜5年ほど、土をつくるための時間が必要です。私たちの方法だとそれが1ヶ月で可能なので、土づくりの時間を大幅に短縮することができます。

2つめは、連作を可能にすることです。培養土で繰り返し栽培していくと、どうしても病原菌が増殖し、病気が萬栄しやすくなるなどの理由から連作を行うことは難しく、普通は休耕を行います。ですが、高機能ソイルは狙いの微生物を活性化させて、病原菌の増殖を抑制することもできます。すると連作も可能になりますし、実際に連作を可能にした上で、4年間その状態を維持させている事例もあります。

3つめの特徴は、再現性が高いことです。従来の土壌は場所や気候、土づくりをする人によってかなりバラツキが出るものです。中でも特に、有機栽培(化学的に合成された肥料及び農薬の不使用や、遺伝子組換え技術を利用せず、環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業)ではバラツキが顕著です。というのも、有機栽培は足し算の農業なんですね。肥料源や堆肥源を数十種類ブレンドして土をつくるといった話はざらなんです。

そのようにたくさんのものを混ぜる分、どうしても仕上がりにバラツキが出てしまいますし、混ぜるものや量によってたまたまうまくいくこともありますが、ほとんどの場合にはうまくいかない。つまり、つくり手にとって軌道に乗せるまでの負担が大きいんです。そうした経緯もあり、日本ではまだそこまで有機栽培が普及していないという実情もあります。ですが、高機能ソイルは最少で2種類の有機肥料の液肥(液体の肥料)と植物炭等の土壌の核、微生物源で完成するので、バラツキが少ない引き算の有機栽培という新たな形の農業を可能にします。

4つめの特徴は、貧弱な農地での有機栽培や完全閉鎖環境下での大規模水耕栽培よりも、初期投資費用を抑えて導入できることです。これらの特徴を持つ高機能ソイルの生成技術は地球で僕らが現在抱えている農業の課題を解決できますし、そのまま宇宙での農業実現にも転用できます。

高機能ソイルだと海上や砂漠の上でも農作物の栽培が可能になるのですが、そもそもそうした環境下で農業を行うのが難しい理由のひとつは、農作物を栽培するための良い土を育てるのが難しいからなんです。逆に言うと、良い土がつくれれば、あとは厳しい環境の中にある程度のセーフティゾーン(ハウスでの温湿度条件維持等による地上部条件の制御)さえ確保できたら、農業が可能になるということです。

それは宇宙に関しても同様で、地球とは異なる条件の宇宙空間でも資源を循環させながら土壌をつくれたら、宇宙での農業も実現させることができます。

西村宇宙での農業を実現させるために鍵となる「循環」について、少し詳しく伺っても良いでしょうか。

西田1つめは、宇宙空間で作物栽培を循環させられるかどうかです。もし現地で作物を育てることができなければ、大量の輸送物資をロケットで何度も運ばなければならなくなります。また、農作物の栽培に必要な土をすべて地球から輸送するとなると、それだけでかなりのコストがかかります。僕たちが持っている技術を活用すると、地球の土を運ばずとも現地の土を高効率かつ持続可能な農業に適した土に変えることができます。有機肥料も現地調達します。つまり、地球から輸送するのは最低限の量の微生物だけなので、輸送物資を減らすことができ、コストも抑えることができます。

2つめは、CO2(二酸化炭素)とO2(酸素)を循環させることができるかどうかです。人工的に閉鎖空間をつくらなければ人が持続的に生活することができない宇宙空間では、O2とCO2の創排出のバランスが重要になります。TOWINGで開発する栽培システムも人が排出したCO2を光合成により、植物に吸収させて、O2に変換する役割も担います。これらの特質を、地球上ではもちろんのこと、宇宙での持続可能な暮らしの実現に活かしていけたらと考えています。

「農業に恩返しがしたい」という気持ちと『宇宙兄弟』との出会いが生んだ夢と約束

西村ありがとうございます。僕は西田さんがやられていることは、これまで作物の遺伝子を組み替えて改変していく農業ではなく、環境側を最適化するという抜本的なアップグレードだと感じたのですが、そもそも西田さんが農業と宇宙をテーマに事業をしたいと思ったのはなぜなのでしょう?

西田まず農業の部分からお話すると、僕の祖父が農家で、小さい頃からずっとおいしくて新鮮な作物を食べさせてもらっていました。なので、農業に恩返しできるような取り組みをしたいという思いがどこかにあり続けていました。ですが、僕が育った田舎では「農業では食べていけないし、やらないほうがいいよ」と度々言われていたことや、農業がもたらす環境汚染の問題もあり、ダイレクトに既存の農業をすることは恩返しにつながらないのではないかとも感じていました。

そして宇宙に関しては、小山宙哉さんの『宇宙兄弟』という漫画との出会いが大きく影響しています。将来は何をしたいか、といったことを本格的に考えるようになった中学生の頃(2008年)に『宇宙兄弟』の連載が始まり、作品は2025年の世界の設定で進んでいくんですが、中学生だった僕は「十数年後にはああいう世界が待っているんだ」と思い描きながら成長していきました。

実際にはまだ実現されていませんが、当時「2020年には月に1000人送る」というプロジェクトなどもあり宇宙への関心は高まる一方でしたし、とにかく『宇宙兄弟』が大好きで、「僕も将来宇宙に関連することをやりたい!」という気持ちが増していきました。

僕には弟がいて、彼は大学院博士課程でプロジェクト開発に必要な技術を学びながらTOWINGでCTOをしているのですが、当時中学生だった僕と小学生だった弟は「将来は絶対二人で宇宙の仕事に就こうね」と約束していたんです。その後、僕は大学で地球惑星科学科、弟は工学科に進学し、それぞれ別の角度から学びを探求していたのですが、幼い頃に誓った約束を果たそうという思いは二人ともどこかに抱き続けていました。

実際、彼は僕がTOWINGを創業した際には大手スポーツメーカーに内定をもらっていたんですが、「一緒に宇宙をやろうよ」と誘うと「それだったらやる」とそこの内定を辞退して博士課程に進学したんですよ。。今はそこで研究を進めながらTOWINGの技術・開発を担ってくれています。

兄弟で幼少期に誓った約束を果たそうと挑戦しているお二人。左が弟の亮也さん。

西村素敵な経緯ですね。僕も『宇宙兄弟』は全巻読んでいますが、兄弟でそう誓って実現させようと行動に入っている。とても素敵だと思います。ここまでのお話だと、宇宙農業に関心を持ったのは、お祖父さんからの影響と、『宇宙兄弟』からの影響だったとのことですが、より具体的に「農業と宇宙」を組み合わせて何かできないか、と現実的に考えるようになったのはいつ頃からだったのでしょうか?

西田実はそこには戦略というより、僕の挫折経験が関係していまして……。農業への思いももちろんずっとあり続けたんですが、大学時代には宇宙への思いのほうがより強く、惑星物理学の授業を受講したんですね。そしたら授業の間中、黒板に軌道計算の数式を書かれ続けて、これは僕にはつらいかもしれない、と感じてしまい……。

西村あはは、90分間ずっと数式はつらい(笑)。

西田そうなんです(笑)。なので衛星の軌道など宇宙のピュアな部分は僕には難しそうだと心が折れて、ではずっと関心があり続けた農業と宇宙の組み合わせで何かできないかと模索し始めました。さまざまな研究室を訪れた中で、高野雅夫先生がやられている千年持続学に出会い、宇宙で農業ができる技術があることを知ります。そこからさらに、研究・開発を進め、人との出会いも合間って今に至ります。

農業をサイエンスに変える

西村プロフィールを見ると、西田さんは大学時代からハッカソン(ソフトウエア開発者が一定期間集中的にプログラムの開発やサービスの考案などの共同作業を行い、その技能やアイデアを競う催し)などに参画してたとのことですが、卒業後にいきなり起業するより一度就職するという道を選ばれたのはなぜですか?

西田実は大学院卒業時に一度起業の道も考えたのですが、当時一緒にチームを組んで開発を進めていたメンバーの結婚・出産が重なって、このタイミングでひとりで事業をやっていくにはまだ実力的にも難しいと断念しました。まずはどこか学びを深められる会社に就職し、仲間を集めながら副業的に事業を温めていけたらと思い、自動車部品メーカーに入社しました。

そこではたくさんのご縁に恵まれて。現在TOWINGで事業開発を担当してくれている沖や木村との出会いや、現在でも技術・開発面でサポートしてくれている方々との出会いなど、非常に良い選択をしたと思っています。

左から戦略担当の沖直人さん、事業開発担当の木村俊介さん、西田さん、環境学博士であり開発担当の岡村鉄兵さん、土壌研究者兼エンジニアの弟である西田亮也さん。

西村いいですね。自動車部品メーカーで得た知見は、宇宙×農業ジャンルで活かせるところが多そうですしね。例えば、宇宙空間での農業は初期のほうは限られた人数で閉鎖環境下で行えるかというところが鍵になりそうですが、自動車部品メーカーだったらロボットや自動化の知見が溜められそうだし。既存の農業は閉鎖環境下では行えないというか、畑はもちろんのこと、いくらビニールハウスの中だとしても土壌は外の土とつながっていますし、周囲の環境に左右される部分が大きい。

以前、イノカの高倉葉太さんともお話しましたが、土って海に近い部分があると思うんですね。つまり「まったく同じ環境」を再現するのが困難だから、観察や実験においてもN数(サンプル数)が限られてしまう。けど、西田さんがやろうとされていることは閉鎖空間でも敷地が狭くてもできるから、どんどんいろんな条件下での実験をしていけるし、ピュアなデータがとれますよね。

さらに、その実験は経験値に頼るという属人的なものにならずに行えるわけだし、一気に農業に違う世界が訪れるような気がします。農業をサイエンスに変えるという。

西田そうですね。そうできたらいいなと思っています。実際に、栽培システムや測定器の開発も進んでいて、特定の作物種に対して最適な条件を探索・分析できるツールも開発したので、農業にサイエンスを、ということを実現していきたいです。

テクノロジーの力が生み出す、地球環境に優しい農業の実現

西村現在事業を進めていっている中で、課題に感じていることはありますか?

西田僕たちは、閉鎖環境下でバラツキを最小限にして作物を育てられる「有機精密栽培」を提唱して農家の方にも取り入れていただこうとご提案しに行くのですが、有機栽培自体にもそこまで馴染みがない日本だと理解してもらうのが難しいというか、9割以上の確率で「何言ってるんだ!」とお叱りを受けたりしています……。

西村ヨーロッパなどでは有機農業をやったほうがシンプルに儲かる、という状況が生まれてきてますが、日本だとまだそうはなっていないし、販売流通システムが強固にできてしまっているから、今すぐに多くの農家に取り入れてもらうには難しいところがありますよね。そもそも農業は収穫物が植物だからって単純に地球環境に良いというわけではなく、実は農業自体はそれが有機であったとしても例えばCO2を増やして環境への負荷をかけている、ということも一般にはあまり知られてない気がします。

写真:iStock

西田そうなんです。植物は光合成によって大気中の CO2を吸収、固定しますが、そのままではやがて枯れて微生物によって分解され、再び CO2を排出してしまいます。そうなる前に植物をバイオ炭にして土壌に戻し、炭素を貯留してCO2の排出量を削減する「カーボンマイナス」の視点が、近年徐々に注目を集めだしているんですが、まだ広くは知られていないのが実情です。TOWINGは、カーボンマイナスな栽培システムに取り組む事業でもあります。

西村炭自体が土として機能するのではなくて、炭が足場になったところに微生物を付与して土として機能させるということですか?

西田「もみがら(米の一番外側の皮)」をイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません。もみがらは土壌改良に使われるのですが、土壌にすきこまれると微生物に分解されてCO2を発生します。ですが、もみがらを炭に変えて、高機能ソイルの核として使うことで、農地に大半の炭素を固定できます。もみがらの炭を利用する例もあるのですが、僕たちの技術を使えば、土壌改良材ではなく、そのまま土壌として使えるので、固定できる量がかなり増えます。これにより、農地に炭素を固定して大気中へのCO2排出を軽減するカーボンマイナス農業を実現できます。

西村なるほど。もし今すぐにその重要さを農家の方々がわかってくれなかったとしても、企業や大学、国との連携などでぜひ開発と普及を進めていって欲しいです。有機農業と、西田さんたちがやられている「有機精密栽培」の違いについても詳しく教えてもらっていいですか?

西田一番大きな違いは、場所を選ばないところです。通常、耕作が行われていない場所だと、土づくりをするだけで3〜5年かかってしまうところを、僕たちの技術を使うと1ヶ月ほどで良い農地をつくれるので、土地に依存しない農業が可能になります。培養土という選択肢もありますが、土の管理が難しく、時間がたつにつれて安定的に収量が出せなくなってきます。ベランダから月面基地まで高効率かつ持続可能な畑を展開することができるのが、僕たちならではの大きな特徴です。

写真:iStock

西村例えば、名古屋でつくった土を北海道に持って行っても環境も異なるから使えないけれど、西田さんたちの方法だと、現地で都度短期間で土づくりを行えるという感じですか?

西田まさにです。

西村ということは、「土の種」みたいな感じなのかな。「土のエッセンス」というか。

西田そうですね。土のエッセンスであり、「漬物」のようなイメージだと思います。

西村漬物かぁ、なるほどね。農家の方とお話すると、「農業とは作物づくりではなくて土づくりだ」とおっしゃるんですよね。良い土をつくるのが農家の仕事だと。「良い土ができたら理由はよくわからないけど、あとは育つ」ということも耳にします。それを聞いて、おいしい作物の切り離されたつくり方があるというよりは、良い土のつくり方のほうに重心があるのかなと思ったんですが、いかがですか?

植物の栽培が心の健康を支え、心の豊かさを生み出す

西田そうだと思います。ただ、「良い土」といっても再現性が低ければ次にまた同じようにつくるのが難しくなってしまうので、再現性を保つことも重要です。

西村TOWINGでは再現可能なところまできてるのですか?

西田はい。まだ露地栽培(屋外の畑での栽培)での大規模実験は行えていませんが、10×30mのビニールハウスでの栽培実験は実施して再現可能なことがわかってきていますし、管理手法のマニュアル化もしているので、より精度をあげ、普及も進めていけたらと思っています。

西村それってすごい可能性を秘めていますよね。さっき僕は「農業をサイエンスに」と言いましたが、それが確立されたら宇宙でもそうですし、地球上でも例えば都市の屋上とか、屋上まで広くなくてもマンションの一室で農業を行えるようになるということじゃないですか。

西田それはまさに僕らも考えているところで! 昨夜ちょうどそのことをチームメンバーで話し合っていて、興奮して眠れなくなってしまったほどです(笑)。例えば、昔は喫煙所文化があって、そこでイノベーションが生まれるなどがあったと思うんです。喫煙の是非は別として、そういった場がコミュニケーションを促進させたり、アイデアを生む場として機能していた。ですが、今はほとんどなくなっていますよね。その代わりとして、屋上農園や栽培部屋が機能するんじゃないかな、などと考えています。

加えて、以前このインタビューシリーズに登場されていたスペースフードスフィアの小正瑞季さんもおっしゃっていましたが、鍛え抜かれた肉体やメンタルを持つ宇宙飛行士以外の人が宇宙での持続可能な暮らしをするとなると、メンタル面の不調を軽減する策を多く用意しておかなければなりません。

作物を栽培することは、メンタルヘルスの向上につながるという研究データもいくつも出ていますし、そういった面でも僕らの技術を活かせたらと考えています。

写真:iStock

西村宇宙飛行士の山崎直子さんも以前お話を伺った際に、「宇宙空間でレタスの発芽を見た瞬間、何もない世界に突然「緑」が現れて、その小さな緑にすごく感動した」といった風なことをおっしゃっていました。農業が心を安らげる可能性があるということは、宇宙での持続可能な暮らしに大きく関わってくる気がします。

先ほど、現状抱えている課題として、農家の方に理解・導入してもらうことの難しさを挙げていましたが、西田さんたちがお持ちの技術を高単価の作物と組み合わせたらまた違った展開が見えてくるのかな、と思ったんですがそのあたりはいかがですか? 食料じゃなくても育てられるのだとしたら、いろいろな可能性があるのではないでしょうか。

西田食料に限らず、植物なら育てられるので、過去には漢方の元となる植物の栽培なども検討していました。

西村広大な農地での大量生産とは異なるスタイルだから、少量で高価なものだったら適しているということで漢方か、なるほど。他には例えばバニラビーンズなどはどうですか?

西田バニラビーンズや、コーヒーもすごくやってみたいと思っている作物です。というのも、両方とも熱帯地域中心に育てられている作物で、日本だとなかなか育てるのが難しいです。将来は月面基地でバニラアイスやコーヒーなどの飲食できれば夢が広がりますよね。僕らは、地下部は作れるので、工場の廃熱利用とかをして地上部環境を再現してくれるパートナーを探しているのですが、なかなか見つからず……。

西村バニラビーンズを育てたことがある人が見つけづらいということですか?

西田いえ、育て方自体は探し当てられると思うのですが、それよりも「ビジョンファーストの日本産バニラ」というところに共感していただける企業さんをまだ見つけられていないという感じです。

西村僕も先日ちょうどバニラビーンズについてのお話を別の方から耳にしたんですよね。この記事を読んで、どなたか「我こそは!」という方がいないかな(笑)。僕も今後、TOWINGの取り組みに参画させていただけたらと思っているのですが、直近で次の展開として早く進めていきたいことなどはありますか?

西田まずは10×10mの栽培システムを組んで、体験型の農業施設をつくりたいということがひとつです。試食会や収穫体験を行なって、農業の楽しさや宇宙での実現に向けての取り組みを体感していただきたいと考えています。

もうひとつは室内の閉鎖空間やビルの屋上など、畑とは切り離された場所での栽培を複数箇所で行なっていくことです。

西村いいですね。ぜひ実現させましょう。TOWINGからはじまる、農業のサイエンス化がもたらす未来が僕も楽しみです。

西田ありがとうございます。まだまだできたばかりの会社ですが、ありがたいことに多くの人に支えていただきながら、宇宙農業実現と地球農業発展に向けて、一歩一歩進めることができています。今後も、食べる喜びとつくる喜びをデザインし、地球と宇宙で暮らす未来の人々がワクワクするようなシステムを築くという思いのもと邁進します。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

幼少期に食べた、お祖父様がつくったおいしい農作物から「農業に恩返しをしたい」との思いを抱いた西田さん。さらに、中学生の頃に出会った『宇宙兄弟』をきっかけに、弟さんと「将来は絶対に二人で宇宙の仕事に就こう」と誓い、その約束を守るためにお二人とも実際に行動に移されたとの経緯を聞いて、「宇宙×農業」での改革をこの人こそがやらなければ誰がやるのだろう? と感じたほどのインタビューでした。

インタビューには事業開発担当の沖直人さんも立ち会われたのですが、沖さんからお聞きした「西田の退職にあたって、彼がもし失敗したらいつでも戻ってこられるようにするために、会社の人事制度も変わろうとしている」というお話にも胸を打たれました。それほどまでに周りの人に、「この人の挑戦を応援したい」と思わせるような方である西田さん。

西田さんのお人柄の良さはインタビュー時にも強く表れていました。インタビュー中、西田さんのお話を聞いて、西村さんがふと「なんかいい人ですね」ともらされたのですが、それに対して西田さんは「誰がですか?」と返していて、ご自覚がないところも含めて素敵な方だなぁと。

私が綴るテキストではそのお人柄が伝えきれていないのではないか……という心残りともどかしさをぬぐいきれずにいるので、ぜひオンラインセッションも併せてご覧いただけたらと思います。西田さん、TOWING、そしてこれをお読みになったみなさんから生まれる未来が楽しみです。

次回は、瞬間移動体験の創生に取り組まれている「avatarin(アバターイン)株式会社」の代表取締役CEOの深堀昂(ふかぼりあきら)さんにお話を伺います。瞬間移動体験とはどんなものなのか、こちらもどうぞお楽しみに!

代麻理子 ライター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。渉外法律事務所秘書、専業主婦を経てライターに。心を動かされる読みものが好き! な思いが高じてライターに。現在は、NewsPicksにてインタビューライティングを行なっている他、講談社webメディア「ミモレ」でのコミュニティマネージャー/SNSディレクターを務める。プライベートでは9、7、5歳3児の母。