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従来の高齢者施設の発想やルールは一切無視。高齢者住宅から始まる、誰もが暮らしやすい社会を実現するプラットフォーム。[ミラツクフォーラム2016/ミラツクアワード2016]

ミラツクアワード

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2016年12月23日に開催された、毎年恒例の招待制「ミラツク年次フォーラム」。

当日はメイン会場と第2会場合わせて26人の登壇者と10のセッションを行い、ミラツクと共に取り組んでくださった全国各地の方々、ミラツクのメンバーの方々を中心に、100人を超える多くの方に足を運んでいただきました。

ランチセッションでは、ミラツクが出会った最も優れた”社会を前に進め未来をつくる人と取り組み”をミラツクから表彰する「ミラツクアワード」の受賞記念講演が行われました。ミラツクアワード2016の受賞は「株式会社シルバーウッド」代表取締役の下河原忠道さんです。その様子をお届けします。

(photo by kanako baba

登壇者プロフィール
下河原忠道さん
株式会社シルバーウッド 代表取締役 
1971年生まれ。1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し、薄鋼板による建築工法開発のため、1988年に単身渡米。「スチールフレーミング工法」をロサンゼルスのOrange Coast Collegeで学び、帰国後2000年に株式会社「シルバーウッド」を設立。7年の歳月をかけ、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し特許取得(国土交通省大臣認定)。店舗・共同住宅等へ採用。2005年、高齢者向け住宅を受注したのを機に、高齢者向け住宅・施設の企画開発を開始。2011年、千葉県にてサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀<鎌ヶ谷>」を開設。介護予防を中心に看取り援助まで行う終の住処づくりを目指し「生活の場」としてのサービス付き高齢者向け住宅を追求する。一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事。

鉄鋼のイノベーションから高齢者住宅のイノベーションへ

「株式会社シルバーウッド」の代表をしています、下河原と申します。

元々は鉄鋼関係の仕事をしていました。鉄鋼といっても、1mm前後の薄い鉄板を加工する工場を父親が経営していて、父の会社で働いていたんです。長男なりに少し考えて、新しい市場を探して出会ったのが「スチールフレーミング工法」というものだったんですね。

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「これはすごいイノベーションだ。日本で普及できれば、父の会社の鉄が売れる」と思い、アメリカでこの工法を学びました。帰国してから、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し、特許の国土交通省大臣認定を取得しました。

はじめはコンビニ、ファミレス、戸建て住宅、共同住宅など、いろいろな建物をつくっていたんですが、17,8年前から高齢者向けの住宅の需要が高まっていることに興味を持ち、的を絞って営業展開しました。高齢者向けの“施設”は日本には充足しているんですね。でも、高齢者“住宅”は全然足りていなかったんです。

2011年からは直轄の運営をしてしまおうということで、「サービス付き高齢者向け住宅」、略して「サ高住」と呼ばれている最新の高齢者住宅の運営も始め、今11棟ほど運営しています。

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高齢者住宅の運営を始めたきっかけがありました。開発のスキームって、土地のオーナーさんに建物を建てていただき、それを我々運営会社が20〜30年の一括で借り上げを行うんです。

ある社会福祉法人の理事長が持っている400坪の土地があって、普通の共同住宅を建てても入居者が集まらない辺鄙な場所だったので、土地の有効活用の提案をしにいきました。「これからは高齢者住宅の時代ですよ、やりましょう」と。そうしたら、「そんなに言うんだったら自分で一つ運営して、証明してみてよ」と言われて、その場で「よっしゃ、やります!」と答えたのがきっかけです。

「サ高住」は、施設ではなく住宅です。はじめは、「賃貸住宅の高齢者版だろう」とイメージしていたんですね。スタートしたら、瞬く間に入居が埋まりました。そうしたら、みんな要介護の高齢者で、認知症の方もたくさんいて。僕が「どんな人も入居を断らないで」と言っていたので、あらゆる方たちが入居されたんです。

当初は、ケアする人たちには素人が多く、現場は大変でした。経験者はすぐに辞めていく状況になってしまったんです。僕は、そこに住むことにしました。

2階から飛び降りようとする人もいるし、最初は「何てことを始めちゃったんだ」と思いましたよ。でも、みなさんと接していて、鍛えられたんですね。

例えば、末期の乳がんの方が「私はここで死にます」とおっしゃって。はじめは「いや、『死にます』って言われても困ります」と思ったんですが、「私が死に方を教えてやる」と言うわけですよ。そうやって大先輩たちにいろいろ教えていただいて、看取りを行い、認知症に対するケアの考え方や死生観なども学びました。

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従来の高齢者施設の発想やルールは一切無視

我々の高齢者住宅の紹介をしましょう。名前は「銀木犀」といいます。お住まいになる方々は、自宅に住み続けることが困難になった方、認知症の症状が出てきた方など、何らかの理由で移り住んできます。みんな、移り住みたくて来たわけじゃないんですよね。ご家族に連れてこられるケースがほとんどです。

そういう方たちが来た時、僕はいい意味で期待を裏切りたいんですよ。いかにも高齢者施設という雰囲気のところではなくて、「ここだったら住んでもいいな」と思えるような住宅をつくっています。

だから、従来の高齢者施設の発想やルールは一切無視。手すり、滑りにくい床、そういうものはありません。やっぱり、人が住む場所ですから。

見えるもの、触れるものには気を遣っています。全館にヒノキの無垢のフローリングを採用し、家具も友人が一脚一脚手作りで、高齢者が座りやすい・立ちやすいものを用意しています。天気が良く気持ちのいい日は窓を開けていますし、カーテンもあえて軽いカーテンにして自然に風に揺れる仕掛けにしています。

玄関の鍵はいつも開いています。こう言うとよく「認知症の人が徘徊しないんですか」なんて聞かれるんですけど、しますよ。何が悪いんですか?

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例えば、デイサービスや高齢者施設では、みんなでレクリエーションをしています。お手玉、お絵かきとか、子供だましのようなことです。いたたまれなくなった人が席を立って歩くと、「またあの人、徘徊が始まった」ってなるんです。

そういう人が家に帰りたくて、玄関に行くでしょう。鍵が閉まっているわけです。「鍵を開けてくれ」と言うと、「帰宅願望が始まった」って。めちゃめちゃですよ、従来の高齢者施設の発想は。ですから、我々は玄関を開けて、いつでも外に出ていける環境にしています。

玄関を開けていると、認知症の人は出ていっちゃうんですよ。実は仕掛けがあって、僕らの事務所はオープンになっていて、認知症の人が玄関から出ていくと分かるんです。出ていったら、そっと分からないようについていきます。

認知症の人が歩いているうちに目的を失ったり、道に迷ったりしたら、「こんにちは」と声をかけます。「どうしたの、散歩に行きましょうか?」などと言って、その辺を回って一緒に帰ってきます。それだけでも、その方は安心するんです。

そういうやり方をしていると、たまにスタッフが気づかないうちに出ていっちゃう人がいるんですね。2,3時間いないとみんなで探しに出ます。あまりにも認知症の人がどんどん出ていくので、地域の人たちからクレームの電話がしょっちゅう入っていた時期がありました。

警察官に保護されてパトカーで連れてこられることを繰り返していると、警察官の方に「どんな管理をしているんだ!」と言われるんですよ。僕はむかつきました。「賃貸住宅です、管理なんかしていませんよ!」と。

そうやって地域と戦っているうちに、地域が変わっていったんです。例えば、認知症の人があるスーパーでパンを盗るつもりはなくバッグに入れてしまって、捕まってしまった。寂しい管理室のようなところにおばあさんがいて、僕らが行ってスーパーの方に「すみません。実は認知症なんです」と話したら、「そうなんだ」と。

そのおばあさんは後日、また同じことをしてしまったんですね。そうしたらそのスーパーの方が、捕まえずにそのまま帰してくれたんです。そして「銀木犀」に電話をくださって、「たぶんお宅の入居者さんだと思うんだけど、バッグにパンが入っていると思うんだよね。ちょっと見てくれる?」と。おばあさんのバッグを見たら、パンが入っているんですよ。「ありがとうございます」と言って、パンを届けに行って。

そんなふうにスーパーの方が変わってくれたおかげで、そのおばあさんはスーパーへ行くことを継続することができるわけですよね。そうやって社会が変わり、地域が認知症に対して寛容になっていくことを辛抱強くやることが、我々の活動で、楽しいです。

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運営者の都合で生きる意欲を取り上げない

入居者の管理は一切していません。僕は最初、おしっこの量や食事の量、血圧など、いろいろチェックしていたんですけど、「好きにやってください」という状況にしたら、みんなが生き生きしたような気がしたんですね。

高齢者施設や一般的な高齢者住宅では、家族や友達が会いに来るのを「面会」というんですよ。なんで「面会」なんですか、病院ではないのに。「面会帳に書いてください」とか、やっているんですよ。だから僕らは今までのルールを無視して、まったく新しいものをつくろうという考え方でやっています。

人は選択する自由をはく奪されると無気力になります。いつまで経っても自分の役割を持って、「あなたを必要としているんだ」ということが伝わるといいなと思っています。

「銀木犀」は認知症の方が社会参加することを推奨している、そんな家です。ピアノを弾くのが得意な人に弾いてもらったり、公園の1年間の清掃権を行政から受託したり、当然犬も一緒に暮らしています。食事ではご飯をおひつで出して配膳もご自身でやっていただいています。そうすると「よそおうか」と、助ける文化が生まれます。人の役に立つとか、人から感謝されるような体験をいろいろなところにちりばめるようにしていますね。

でも、高齢者施設に行くとこれが当たり前ではなくなっちゃう。食事では「○○さん、ここにどうぞ」と、机に自分の名前が書いてあるんですよ、ほんとふざけんなと思いますよね。すべて運営側の都合によって、高齢者たちの生活が管理されている。それをどんどん取っ払っていくわけです。

この考え方がいかに大事か、運営していてよくわかりました。高齢者たちは子供たちなど誰かのために何かしてあげたいんですよ。そのやる気を喚起することによって重症化を防いだり、生きる意欲みたいなものが生まれたりするんです。でも日本の現状は、できることを取り上げてしまって、無気力を助長するような状況になっている。

「銀木犀」には、子供たちが家の中に入ってくるような建築的な仕掛けをたくさんちりばめています。例えば、なかに駄菓子屋があり、夕方になると子供たちが4,50人来ます。放課後になると「銀木犀行こうぜ」って来るんですね。認知症のおじいさんが、本当に喜んでいます。

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「サ高住」は住宅と介護施設のちょうど間くらいです。自由があるし、でも介護も受けられるという、おいしいところを取ろうっていう考え方で。あくまで私は「銀木犀」の大家さんで、入居者さんと賃貸借契約を結ぶだけです。必要なサービスは自分で選んでもらいます。食事を提供してほしいとなれば食事を出しますし、お風呂に入る時だけちょっと不安であれば入浴介助が入ります。それ以外の生活は、全部自分でやってもらいます。

とにかくいろいろなイベントを「銀木犀」の中でやっています。太鼓プログラム、フォトコンテスト、こども食堂、ビストロ銀木犀、映画上映会。また、「銀木犀祭り」というお祭りを年に何回もやっていて、これは高齢者たちを喜ばせるお祭りではなく、高齢者たちが地域住民を喜ばせるためのお祭りです。

最近では、「銀木犀祭り」を地域全体でつくっていこうという機運が生まれてきましたね。準備から運営まで、高齢者たちができること、少しでもいいんです。一瞬でもいいから、そこに携わると「ありがとう」と地域住民に言われる。そういう活動が功を奏して、500人くらい来てくれるようになりました。高齢者たちにはできることがまだあるんだと確信しましたね。

我々が大切にしているのは、人から必要とされる体験や、人から感謝される体験です。それを小さくてもいいから入居者さんたちに積み重ねてもらえるようなケアをしていこうと、介護士たちは大切にしています。

求められる死生観のイノベーション

また、先ほども少し話したように、看取りもしています。最後まで我々の住宅で頑張ってもらおうと、往診してくださるドクターの協力があります。

入居の段階で本人がどうしたいか、どういう最期を迎えたいかを必ず聞いています。終末期が近づいたときには、あらためて本人に確認しています。あくまで本人です。認知症患者さんの場合「本人は分かっていない」と言われていますけど、分かっていますよ。いくら認知症で重症でも、分かっていますよ、みんな。周囲を気遣って生きていらっしゃいます。ですから、本人に確認をとることは大事です。

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最期が近づくと、肩呼吸を始めてつらそうに見えるんです。「つらくないんですか」って家族は心配するんですが、お医者さんが「これはね、人生をラストスパートしているんです。応援してあげてください」と、そう言ってくれるんですよ。そうすると家族もみんな、泣きながら「ばあちゃん頑張れ、頑張れ」って声をかける——。素晴らしい光景ですよね。

今は、死んでいくまでのこうした大切な過程が病院に取り上げられてしまっています。生活する場所で人が亡くなっていくことを、まさに死を呈して残る人たちに教えてくれているんですよね。

社会保障費がこれだけ膨れ上がっていて、日本の将来はそんなに明るくないですよ。どうやって社会保障費を圧縮していくか、真剣に考えなきゃいけない。1000兆円も借金があるんですよ。そのツケは全部、子供たちに回るわけです。

大きな鍵を握るのは、団塊の世代の死生観の形成だと思っています。今までのように病院で最期を迎える状況を今後も量産していったら、医療費ってすごくかかるんです。しかも、終末期の医療費は、生涯の医療費の約3分の1もかかるというデータも出ているんですね。

ほとんどの方が「自宅で最期を迎えたい、病院では死にたくない」と言うんです。でも、病院で最期を迎えてしまっている。この状況を変えていくのにはイノベーションが必要だと思い、我々は高齢者住宅での看取りを頑張っています。

実際に「銀木犀」でどのぐらい看取っているかというと、76%です。まあまあですよね。べつに、特別に訓練されている介護士がいるわけではありません。看護師が常駐しているわけでもない。頭のおかしい社長と、気合いの入った介護士たちだけでできるんです。賃貸住宅ですよ、ただの。もちろん外部のリソースは活用しますけれど、ここでこれだけ看取れる。

病院で最期を迎えるコストと、高齢者住宅で家族と、ちょっとした介護と少しの医療費で亡くなるコストを比較したら、明らかに我々のほうがローコストに看取りをしていると思います。それをもっと増やしていけば、社会保障費をだいぶ圧縮できるんじゃないかと信じています。

VR事業への参入。誰もが認知症を“体験”できるVRの開発

今、日本が認知症に関して目を背けているところもありますし、「認知症予防」なんていう言葉も出てきてしまって、認知症の方々が住みづらい社会に変わりつつあります。「そこを変えていかなくちゃいけない」という思いが、今の原動力となっています。

そこで、2016年の頭からVR(バーチャルリアリティ)の事業にも参入しました。VR認知症プロジェクトです。認知症の症状を疑似体験できる映像コンテンツを開発しました。認知症がどういうものなのかを知るためには、座学で学ぶよりも、認知症の方々が見ている世界を体験するほうが早いと思ったんです。

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VRは今、ゲームやエンターテイメントで盛り上がっています。「Tilt Brush(チルトブラシ)」というゲームでは、真っ暗や真っ白の世界に360度、絵を描けます。また、「NORTHERN LIGHTS(ノーザンライツ)」というゲームのソフトウェアでは、オーロラを見ることができます。これを入居者のおばあさんに見てもらったら、「まさか自分が生きている間に見れるとは思わなかった」と感動していました。

VRの「バーチャル」はよく「仮想現実」と言われるんですけど、あれは間違っていて、本来は「実質的な」という意味です。物理的には存在しないんだけど、実質的・感覚的にはまるでそこにいるかのように、本物と同等の体験ができるのがVRです。

僕は、福祉・医療とまったく関係ないところからこの世界に入ってきたので、認知症が語られる時に、「徘徊」、「迷子」と聞くと、第三者の都合で語られているように感じてしまいます。失礼ですよ、大先輩に向かって。

認知症は、特にアルツハイマーの場合、アミロイドβとタウというタンパク質が脳内に蓄積され、その細胞に悪さをすることによって発生する障害なんです。

例えば、記憶障害や軽度意識障害です。こうした中核症状(脳細胞が壊れることで起こる症状)がそもそもの原因なのに、認知症を語る時には周辺症状(「行動・心理症状」「BPSD」とも言われ、性格や環境に左右される症状)で語られることが僕は不思議でしょうがない。

そこで、認知症の中核症状を疑似体験してもらいましょうと。これは「どういうことで認知症の方々が困っているのか、どういうことで生きづらさを感じているのか、それを疑似体験してもらおう」という取り組みです。

今、4作品をつくりました。5作品目は製作中です。1作品目は、電車に乗っていて、自分がどこに向かっているのかわからなくなってしまう映像です。車内で周りに聞こうと思っても、みんな携帯を持っていて、不安がどんどん出てくるんです。みんなが電車を降りていって、自分も降りてしまう。ホームに駅員さんがいたので、「すみません、ここはどこですか」と聞くと、「出口はあっちですよ」とあしらわれるんですね。そうすると、後ろから「どうしました?」と女性が来て優しく接してくれるんです。

この映像では、主人公が認知症か・認知症ではないかはあえて決めないで、認知症の方がどういうことに困っているのかを伝えようとしています。認知症が特別な病気なのではなくて、症状が出て、お困りごとは我々とほとんど一緒なんです。その部分を理解せずに、認知症の方を差別する風潮が今の日本にはあるんですね。それは変えていかなくちゃいけない。

2作品目は、視空間失認の障害といって、目の前の影の部分が穴に見えるような、そういう障害を持つ認知症の方がいらっしゃいます。一歩を踏み出すのが怖いそうです。その心境は「まるでビルの3階から叩き落されるようだ」と聞いたので、そのままつくりました。ビルの3階の淵の、ぎりぎりのところに立っている映像で、あえて揺らし、視空間失認の障害を体験してもらいます。

4作品目がおもしろくて、樋口直美さんという若年性のレビー小体型認知症の患者さんに、シナリオをつくっていただき、演技指導までしていただきました。レビー小体型認知症は、認知症の中で2〜3割いると言われている、ちょっと珍しい認知症です。主な症状は、例えば座っている時に後ろに人が通ったような感覚がする幻覚や、まるでそこに人や猫がいるように見える幻視です。

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誰もが穏やかに暮らせる社会をデザインする

今、VRの体験会を全国で行っています。1500人以上の方に体験していただいたところ、けっこう反応がいいです。「認知症に対する理解が変わった」「認知症が経験として自分の中に入った」など、たくさんのコメントをいただいています。

この間、ある高校でやってきました。これこそ最新の授業って感じですよね。体験して、「おばあちゃんのことを思い出しています」と泣いている方もいましたね。素直に認知症というものを体験してくれて、「認知症の人に優しくしよう」などと、素晴らしいコメントをたくさんいただきました。

こうした活動のなかで、「社会課題の解決のプラットホームをつくりたい」という夢ができました。社会には例えば、自閉症やディスレクシア(読み書きの能力に困難がある障害)など、さまざまな生きづらさを抱えている人たちがいます。その解決への糸口になるような映像コンテンツがプラットホームにあって、そこにアクセスすれば、自分が今課題としているものを体験できて、自分の行動変容につなげていけるイメージです。

みなさんに伝えたいことは、認知症は、認知症の患者を持った家族や、介護士だけの仕事じゃないということです。認知症の前段階である軽度認知障害も含めれば、現在の患者数は1500万人以上とも言われています。これからは、右も左も認知症。僕は、普通の老化現象だと思うんです。

でも、問題行動と受け止められるような周辺症状が出た時の、周りの接し方が失敗している。周りの接し方がいい形になれば、認知症の方が穏やかに生活していくことができます。

社会で一緒に暮らしていく人たちの意識を変えていきましょう。そうすれば認知症の人たちが社会で生活し続けることができます。認知症の方が生活しやすい社会は、我々にとっても生活しやすい社会ですから。住みやすい社会にしていきましょう。

実は精神科病棟が日本にはたくさんあり、35万床あると言われています。世界の潮流としては1960年ぐらいから先進国が「精神科病棟をなくしていこう」と動いているんですが、日本だけはうなぎのぼりで今、横ばいです。どうしてこんなことになっているのか、僕にはよくわかりません。

「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」という新しい枠組みでは、「精神科医療との連携」を強化するとあり、つまりは「認知症の人たちはどんどん精神科病棟に入院しましょう」と書いてあるんですよ。適切なケアや家族の助けがあり、社会がもっと寛容になれば、彼らは普通に地域社会で生活していくことができるんですよ。

それなのに、周辺症状が悪化してしまって、精神科病棟にぶち込まれています。強いお薬で寝かし続けられ、しまいにはベッドに縛られています。それはやっぱり社会に生きている一人一人が変えていかなくてはいけない。

認知症がご専門の医師・上野秀樹先生はこう言っています。「認知症の人にとって、入院環境はまったく良くない」と。非日常の中にいけば、さらに周辺症状が悪化していきます。だから認知症の方を入院させてはいけないんです。このことを締めの言葉にして、終わりたいと思います。ありがとうございました。

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小久保よしの 編集者
フリーランス編集者・ライター。編集プロダクションを経て2003年よりフリーランス。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。 当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などの取材で全国を駆け回り、東京と地方の行き来のなかで見えてくる日本の「今」を切り取っている。「各地で奮闘されている方の良き翻訳者・伝え手」になりたいです。
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