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「自分も地域も元気にする経営って?」地域と協働する新しい経営スタイル[ミラツクフォーラム京都]

フォーラム

2017年3月25日、「ミラツクフォーラム京都・春の回」が開催されました。

プレゼンテーターとしてトークをしたのは「有限会社re・make」の岡山栄子さん、「Ryukyufrogs」代表理事の比屋根隆さん、「株式会社ウエダ本社」の岡村充泰さん。それぞれ大阪、沖縄、京都を拠点に活動している3名です。

まず、各地で取り組む「地域と協働する新しい経営スタイル」について一人ずつ話してもらい、後半はミラツクの西村勇哉のファシリテートでディスカッションを行いました。

理念や経営のノウハウについて、ざっくばらんに話してくださるシーンも。地域の未来を考えている人におすすめのフォーラムレポートです。

登壇者プロフィール
岡山栄子さん
有限会社re・make 代表取締役
Phyton Yuragist Association Japan
植物のチカラで、一人でも多くの人が真の健康生活をおくることを目指し、自然療法サロンの経営、自然療法のセラピストの育成、地域資源「実生ゆず」を有効利用して安全なケア用品の開発などに取り組む。また、介護や社会福祉など、家族や友人、地域の人たちの健康サポートに役立つ知識や技術を身につけた「yuragist(ゆらぎすと)」を養成し、広く活動する環境づくりを行っている。
http://yuragist.com/ http://yuragi.co.jp
比屋根隆さん
Ryukyufrogs(リュウキュウフロッグス) 代表理事
株式会社ハロペ 代表取締役会長
株式会社レキサス 代表取締役社長
1974年生まれ。大学在学中にインターネットの可能性に惹かれ、学生ポータルサイトを開発、企業向けに独自のサービスを提供。1998年、オリジナルインターネットアプリケーションの開発・販売および運営業務等を行う「株式会社レキサス」を設立、代表取締役社長に就任。2007年からは、人材育成プロジェクト「Ryukyufrogs」を主催し、県内の学生をIT産業の世界的中心地・シリコンバレーでの研修に送り込んでいる。
https://www.ryukyu-frogs.com/
岡村充泰さん
株式会社ウエダ本社 代表取締役社長
1963年、京都市生まれ。1986年、繊維専門商社である「瀧定株式会社」に入社し、ヤングレディースの服地部隊で企画販売を担当。1994年、独立し「有限会社エムズカンパニー」設立。1999年、長年の赤字の本業建て直し役として「株式会社ウエダ本社」の非常勤取締役に就任。2000年、同社の代表取締役副社長に就任し、リストラクチャリングを本格化。2002年、「株式会社ウエダ本社」代表取締役社長に就任。2003年、子会社である「ウエダシセツ株式会社」を統合し、現在に至る。2008年よりイベント「京都流議定書」を毎年開催している。
http://www.ueda-h.co.jp/

地域資源の「実生柚子」を使った地域活性を

西村岡山さんは柚子の化粧品をつくられています。なぜそれを始めたのか、今どういう形になってきているのか、お聞きしたいです。よろしくお願いします。

岡山さん活動を始めたきっかけからお話しします。私は20歳から8年間、会計事務所で職員をしていたんです。一回り年上の夫と27歳で結婚して、29歳で子どもを出産したんですね。子どもが生後6カ月のとき、夫が突然脳腫瘍で倒れて、そこから入退院を繰り返し、2年半で他界しました。

私には何も知識がなかったので、お医者さんの説明が理解できず、「原因はストレス」だと片付けられてしまうことが納得できませんでした。「ストレスは軽減できたのだろうか」と模索し、アロマや自然療法に出会います。

「健康に勝るものはない。生涯の仕事にしよう!」と考え、個人サロンを開業しました。足裏のつぼを刺激するリフレクソロジーという資格を取得して、セラピストの第一歩を踏み出しました。

高齢化社会において、医療、福祉の専門従事者だけでサポートするのは限界があります。そこで、子育てが終わった女性、家族の介護を経験した人、そういった主婦力を活用して民間がサポートするシステムをつくりたいと考えました。「セラピスト」というより「ソーシャルワーカー」のイメージです。植物療法を勉強して、むくみを緩和するなどの手当てが施せる人材をつくり、彼らを「yuragist(ゆらぎすと)」という造語で呼ぶことにしました。

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介護施設で一番驚いたのは、入居者の「皮膚のトラブル」でした。ちょうどその頃、私の住む箕面市が地域資源として柚子のプロジェクトを立ち上げていたんですね。セラピーでアロマオイルを扱うので、ハーブの勉強をしていて、柚子に皮膚を温めるなどのさまざまな効能があることは知っていたんです。

「地域資源の柚子を使ってスキンケアアイテムをつくって、高齢者の根本的な問題に役立つことができたら」と、こうしてものづくり事業にも足を突っ込んでしまいます(笑)。

農家さんのところへ行くと、実生柚子は種から育つ野性の柚子で、日本には5000本ぐらいしか残っていない貴重なものだと分かりました。しかも18年かけて初めての収穫を迎えるんです。こんなに貴重な柚子があるのに、地元の人があまり知らないのはもったいない。

実生柚子って、とげが太くて大きくて傷がつくんですね。でも非常に香りが強く、抗酸化力も高く、野性の植物として非常に栄養価も高い。もちろん無農薬。果汁を絞った後の、グレープフルーツぐらいの大きさの肉厚の果実が山積みになっていました。

農家さんに聞いたら、「規格から外れてな。油が多すぎて燃やすこともできひんし、堆肥にもできひん」と怒ってはったんですよ。「いやいや、油って、それアロマオイルちゃいますのん!」と始まって(笑)。

思い切って3000万円の借金をして加工場をつくって、アロマオイルを蒸留するファクトリーをつくりました。現在スタッフは社員が2人、パートが障害者2人を含む9人です。介護現場に協力いただき、皮膚刺激などをリサーチさせてもらいながら商品をつくれたことは強みだと思っています。

その後「商品の中身はすごくいいのに、コストがすごくかかる。ブランド力もなく、デザインもライトで、思ったように売れない。でも投資もできない……」という頭打ちがきました。

「これ以上の借金はしたくない」という思いがあったので、大阪府がクラウドファンドを行う初年度の第1号になり、2年半かけて全国でプレゼンをさせていただいて、1,500万円の支援をいただきました。おかげさまでパッケージも変え、新たな商品もつくって、再スタートを切ることができました。

今後は、地域の方たちがもっと活躍できるよう、自然環境をメインにした従来の観光ではなく、地域の旅館、ホテル、飲食店と新しい仕組みをつくって、柚子の健康美の体験ができるインバウンド観光を頑張ろうとしています。できればヘルスツーリズムの臨床に向けて、統合医療と連携したいところです。ありがとうございました。

010実生ゆずを使ったさまざまな商品を開発。(写真提供:re-make)

沖縄の学生を育てるプロジェクトを開始

西村次は、沖縄で活動している比屋根さんです。次世代の沖縄を引っ張り、変えていくリーダーをつくろうと、「Ryukyufrogs」というプロジェクトを手がけていらっしゃいます。

比屋根さん私は学生時代に沖縄で起業し、沖縄では補助金に依存しているビジネスが多いと知りました。いつかはなくなる補助金を、ハードの部分に投資しているんです。

本当に沖縄の未来を考えるのであればソフト、つまり「人材」しかないと思いました。それも「子どもを選抜して、沖縄を引っ張ってもらう人材を、民間企業主体でつくろう」と考え、2007年に活動をスタートしました。

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プロジェクト名のFrog、つまり蛙は「井の中の蛙大海を知らず」からきています。世界を変えようと思っている大人に若いうちに触れてもらい、「私もこうなりたい、できる、変えていきたい!」とマインドセットをするのがミッションになっています。

毎年中学生、高校生、大学生、高専生から10名程度選抜し、6カ月間のプログラムを提供します。プログラムの前半では、基地の中、あるいはインターナショナルスクールで、異文化交流を通して英語を話す癖をつけ、トレーニングをする事前研修をしています。

その後、夏休みにはシリコンバレーへ行って、現地のいろいろな企業家や投資家に会う中で、自分たちの課題解決アイディアに対するヒントをもらいます。12月の最終成果発表「LEAP DAY(リープデイ)」では、自分たちのアイディアをビジネスモデルとしてどう組み立てて課題解決に繋げるか、を英語でプレゼンテーションし、それを県民や投資家の皆さんに聞いてもらってフィードバックをもらいます。そこで評価が高ければ、さらに次のステップに進めていくこともできるプログラムです。

ある女子中学3年生(当時)は、シリコンバレーからの帰国後は「自分の知識不足や努力不足を思い知らされました。自分のなかで責任と甘えが葛藤し続けて、苦しかったです」と話していましたが、最終発表では、堂々と英語でプレゼンテーションをしました。若い人たちをサポートできれば、沖縄から多くの起業家を輩出できるかもしれません。

006沖縄の学生が参加する「Ryukyufrogs」。(写真提供:レキサス)

005沖縄で開催される最終成果発表「LEAP DAY」の様子。(写真提供:レキサス)

「Ryukyufrogs」を卒業したメンバーから「もっと海外でチャレンジしたい」「もっと英語を学びたい」という声も多く聞かれます。そこでいまは、フィリピンで英語とプログラミングを教えている「NexSeed」という会社が、毎年2名のRyukyufrogs OG・OBを半年間受け入れてくれています。通常では180万円するメニューですが、毎年無償で受け入れてくださっています。

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「Ryukyufrogs」を通して身に付けてもらいたいスキルは、グローバル感覚ですね。視点の広げ方、ネットワークの持たせ方、人のつながり、そういったことを学んでもらっています。

こういう子どもたちが増え、中学生、高校生、大学生、社会人になって、沖縄のあちこちで活躍するようになれば、沖縄をより良い方向に導いてくれるんじゃないか、と期待しています。「沖縄の未来をつくるのは私たち県民一人ひとりではないか」と思うのです。子どもたちの可能性は本当に無限大で、どんな環境に置くかで広がるんです。

「6カ月でこんなに変わるのか」と大人や親が泣いたり、「学生を応援しに来たつもりだけど、自分がもっとやらなきゃと思いました」と感想をもらったりしています。今年で9期目になります。10期、20期と続けられるよう頑張っていきたいと思います。

働く人を生き生きとさせるオフィスを増やす

西村最後に、京都で「株式会社ウエダ本社」の代表取締役社長をされている岡村さんです。

岡村さん「株式会社ウエダ本社」は創業79年目の会社です。元は文具卸から始まり、その後“事務機のウエダ”と親しんでいただきました。母方の祖父が創業した会社ですので、家業です。倒産の危機があって、そのタイミングで私が入社し、最近は“働く環境の総合商社”と銘打って展開しています。

実は、私自身は京都人でありながら京都が好きではなく、繊維商社に勤めて、京都を離れていました。京都人のイメージとしてよく言われたことは、「腹で思っていることと口で言うことが違う」ということです。私もそう思っていまして、それが嫌いだったんですね。なので、おしゃれな感覚の神戸に住んでいました。

会社がなぜつぶれるのかを考えたときに、「世の中の役に立ってないからつぶれるんだろう。世の中の役に立つような存在になりたい」と思いました。そして自社の背景から振り返って、「オフィス」と「京都」をキーワードに、その切り口でそこの課題に向き合っていこうと。

「オフィス」について言うと、ほとんどがいまだにプロダクトアウト型から抜けられていません。日本のオフィスは部長さんなどがいて、いわゆる島型を形成しています。つまりこれは、管理を表しているのです。ものを出荷して、滞りなくきっちりやればいいという管理型で、人のことを考えてないわけです。「人のやる気やつながりを考えていけば、ウエダの存在価値が創っていけるのでは?」と思いました。

また、「京都」には数値化されないような資産があります。例えば、職人技、ノウハウ、おもてなしもそうですね。数値化されません。どっちが80点で、どっちが90点か分からない。そんなものがいっぱいあるのが京都だなと思いました。

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効率化・標準化の反対の、個性化・多様性、そういう形と場が結びつくことで価値が生まれるのではないかと。そこで、働く人を生き生きとさせる、人を生かすオフィスや企業を増やすということを命題にやってきました。

決して「京都が偉い」などではなく、自分たちでやれるという姿を、京都から発信しようと思って「京都流議定書」というイベントを始めました。今年10年目です。あえて協賛などはまったくつけていません。参加者も無料で参加できます。

ベースに二つの思いがあります。一つは、「数値化されない価値を再発見し、再発信していこう」ということ。それを掘り起こしていったら、まだ日本はやっていけるし、最高のポジションになっていけるんじゃないかと。

もう一つは、「立場の違う人を掛け合わせること」を意識してやっています。重鎮の方たちと頑張っている若手を掛け合わせることを10年前からやっていたものですから、ソ-シャルイノベーターの登竜門という位置付けと認識していただいたり、「すべては京都流議定書から始まりました」と言ってくれるイノベーターたちもいたりします。

0072017年8月に開催された「京都流議定書2017」。

オフィスの中で人をどのようにつなげて、どのようにモチベートして、どういう場をつくっていったら価値が生まれるか、ということをずっとやっていました。多様な人が集い、交差する価値をつくっていたんです。

これと同じことを、空いたビルで行ったら「リノベーション」になり、さらには「まちづくり」になります。まず五条通にある自社ビルを、リノベーションしました。雑誌『&Premium』で五条通の特集が組まれたとき、うちをトップに書いていただいたんです。そんなところから、京都のKYOCAというビルのリノベーションもやらせていただきました。

仕事に対して使う側・使われる側という関係ではなくて、人を大事にするいい会社、人の価値をもっと高めていけるような会社を増やし、そこで働いている人たちが変わっていくことが、我々の使命だという思いでやっています。ありがとうございました。

人を育て、社会を育てていく

西村比屋根さん、「Ryukyufrogs」と「株式会社レキサス」は、どういう関わり方をしているんですか。

比屋根さんレキサスを創業した背景には、「沖縄の自立経済を民間企業がしっかりリードしなくては」という思いがありました。沖縄の人件費の安さや、補助金があって家賃が安い、回線費が無料だという理由から企業が沖縄にコールセンターを置いたり、仕事を発注したりするのを見ていて、「沖縄がばかにされている」と感じたことがあったんです。

安いという理由で沖縄が選ばれているうちは、他に安いところが出たら持っていかれるし、何よりも付加価値がないので、働いても働いてもおそらく給料も上がらない。「外貨を稼ぐ事業をちゃんと沖縄でつくろう」と、創業したんです。

新卒採用をしていて気付いたのは、沖縄の人材の質や量がまったく足りていないことでした。地元の子どもたちの教育プロセスに手を入れて、未来の沖縄を引っ張るリーダーをつくる仕組みを10年、20年かけてつくっていこうと、「Ryukyufrogs」を2007年に始めました。

レキサスが事務局をすべて負担しているので、年間で結構な金額になります。レキサスの事業にはテクノロジー分野と「Ryukyufrogs」の人材分野があり、テクノロジーは「with Heartful Technology」というコンセプトで、人材は「目先のレキサスの利益にならなくても沖縄県のためになるんだったら」という思いでやっています。テクノロジーで稼いでいる部分で「Ryukyufrogs」をカバーしています。

ですから現在「Ryukyufrogs」自体はまだ赤字なんです。何で補っているかというと、企業からの支援です。7社だった支援企業が今60、70社に増えているので、あと1、2年でプラスマイナスゼロにしたいと思っています。

西村「Ryukyufrogs」は担当社員の方が力を入れて運営をされていますけど、岡村さんの「京都流議定書」は、社員全員参加というすさまじい運営体系でやられています(笑)。全員ということは、あまりやりたくなかった人だっていらっしゃると思うんです。そこはどうしていらっしゃるんですか。

岡村さん実はこの10年間で会場が使えなかった2回以外は、すべてハイアットリージェンシー京都で開催しているんです。私はこれを、「社員がホスピタリティやサービスマネジメントを学ぶ研修プログラムでもある」と位置付けています。

ふつうにそういうところへ社員研修をしに行ったら、一人につき5万円くらいかかるわけです。ですから「京都流議定書」にはいろいろな要素を入れて、徹底的な社員研修も兼ね、全員参加でやっているのですが、何が狙いか、ホスピタリティを学べる機会だということなど、その意味合いは話していますね。

うちのスタッフは、頭で自ら考えることが苦手な一方で、体を動かすことは見事にやるんです。毎回「本当にすごいな、みんな。ようこんなことできるよな」と思うぐらいやってくれます。大概の人は、「京都流議定書」に参加すると「社員が300人ぐらいいる会社」やと思うそうなんですが、実際には30人ぐらいです。それほどのオペレーションをやってくれています。

「これだけできるのなら、これもビジネスにしたら?」と言ってきたのですが、うれしいことに去年は、ある上場企業の50周年式典をやらせていただいたり、ある理美容専門学校の卒業謝恩会を仕切らせてもらったり、広告代理店のようなお仕事をいただいています。

西村なるほど。先日レキサスの本社に伺って、エレベーターを上がったら、見えたポスターがIoTの合宿プログラムで「これ、おもしろそう!」と思ったんです。

比屋根さんIoT製品開発専用の合宿パッケージ「F.E.E.L.(フィール)」ですね。レキサスは事業開発会社なので、いろいろな方の課題を聞いて、その人に情熱があって、それを本当に解決したいと思っている、かつ想定しているビジネスモデルが「これだったらいけそうだな」ということであれば、我々のテクノロジーを提供して一緒に事業をつくっていくんです。

あるとき「沖縄で合宿やりましょう」と呼びかけて1週間来てもらって、うちのメンバーも缶詰めで、一緒に事業プランを立てたんですね、プロトタイプまでつくって。

そのとき、集まって時間をまとめて取って一気につくると生産性も高いし、チームとして立ち上がった後も、同じ釜の飯を食っているのでコミュニケーションをとりやすく、いい価値がいっぱいあることが分かりました。

合宿は、海の目の前でやるんです。缶詰めといっても18時には必ず終わるようにして、オンとオフをしっかり分けます。沖縄のファンにもなってほしいからです。夜のメニューも充実していて、飲食店やライブハウスなどにもお連れすると、みんな感動してくれて。沖縄の観光にも貢献していると思っています。

人の意識やまちを変えていくプロセス

西村地域に関わると、関わる人も広がっていきますよね。「こんなことがあった」というお話を聞いてみたいです。

岡山さん箕面市って、箕面から出ない人が多いんです。箕面のそういう閉鎖的なところが嫌いで20歳で飛び出したんですが(笑)、育児をしながら仕事をしなくてはいけなくなって、仕方なく戻りました。

どうしても柚子の蒸留作業場をつくらないといけなくなって、箕面の牧落というところに中古物件を買ったんです。でも駅から遠く、商店街もなく、1店舗で頑張ってもそんなに活性するはずもなく。

表通りに面しているので、数軒つなげて“日本一小さい商店街”をつくろうと、頑張っているおもしろい仲間を呼びました。自然派ワインの店舗を出したいという人と、話題のドーナッツ屋を経営していて立ち退きにあった夫婦です。声をかけて、1戸ずつ入ってもらいました。

そこを核にしつつ、今度は箕面の商工会議所とうまくつながりながら、よそから箕面へ来た、箕面の魅力を感じている人たちだけで別チームをつくったんです。勉強会をやりながら、コミュニケーションを深めていって、一つずつイベントを成功させていきました。それを見てようやく、まちで商売をしている店舗の2代目、3代目の人たちの意識が変わってきています。

西村その点、京都でうまく人を巻き込んでいくためのお考えはありますか。京都もよく外の人からは難しそうに見えると言われますが。

岡村さん岡山さんは考えてやっていらっしゃるし、巻き込み方がすごいですね。僕も「京都はこのままじゃだめだから変えないと」と思いましたが、京都の“真ん中の人”は絶対に変えられないと、ある時気づきました。京都には放っておいても観光客が年間5,000万人以上来ますし、各カテゴリーの一番手のところは、実は困っていなかったりするからです。

京都でルールを知らずに地雷を踏むと、痛い目に遭います(苦笑)。しかし“真ん中の人”は、知らないことを許されないんです。生まれながらにして、そういう中で生きているから。たとえいいことでも、伝える人の順番を間違えると進まない。だから、その順番をきっちり分かっていないといけない。

一方、僕らはそういう意味で“真ん中の人”ではない。一応は知っているんですが、ギリギリの人間なので、「知りませんでした」ということはなんとか通せます(笑)。順番を無視して、パンと1回やってみるんです。そして様子を見て、怒られなければスッとそのままやってみる(笑)。

そういう形じゃないと動かしていけない部分があります。そのあたりはすごく考えていますね。やりながら修正し、たまには当たりながら、ちょうど間を行く感じです。

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西村そのあたり、沖縄はいかがですか(笑)。

比屋根さん「Ryukyufrogs」は、近い価値観をもっている若い企業、経営者に声をかけています。そうすると、一緒にパッと集まってくれて。

でも、これまで沖縄をつくってきてくれた大手企業や銀行さんにも入ってもらいたいなという思いで、会って話をしましたが、「それは行政がやることだ」って断られたんですよね。

逆に行政のほうから「補助金を出すので一緒にやらないか」という話もあるんですけど、それは丁寧にお断りをしていて。「将来学生たちが大きくなったときの周りのプログラムを一緒につくりましょう」と、考えていることや価値観を伝えるようにしています。

シリコンバレー研修を中心とした半年間の研修を経て、学生たちが成果を発表する「LEAP DAY」には、多くの県民や行政や企業の人事担当者を呼ぶようにしているんです。学生たちが立派にプレゼンをして、半日を一緒に過ごすと、大人は「僕たちもやらなきゃいけない」と感じるようです。そうすると、自分の会社に戻って、スポンサーになる社内調整してくださって、徐々に大手企業も参加するようになってきています。

倒産危機や雇用の悩みを乗り越える鍵

西村みなさんそれぞれ、どのように会社運営されているんでしょうか。

岡山さんサロン事業と製造事業と教育事業、三つやっています。実は、3年前に倒産しかかったんです。人件費が60パーセントまでいってしまって。スタッフには正直に話をして、個人事業者に外注する形にしました。

それぞれの状況に応じて関わり方を約束して事業を運営する形で、やっと立て直しました。3年目に黒字決算で、なんとか軌道修正できることができたんです。

比屋根さん創業期のスタッフ採用は、県内でずっとやっていたのですが、ビジョンマッチをせずにスキルがあれば採用してしまっていて、採用後のコミュニケーションがとても難しく、悩んだ時期がありました。

県内で採用する人の多くが県内でしか働いたことがないので、東京の企業が求めているスピード感やクオリティも分からないんです。

それで、今はUターン・Iターンの採用を積極的に行っています。今65名いる社員のうちの51パーセントがUターン・Iターンです。このバランスはちょうどいいですね。東京で働いていた人が沖縄に来て、東京の仕事のスタイルを沖縄に埋め込む。県内の新卒採用で伸びしろのある若い人を採用しても、沖縄で東京スタイルのスピードや品質が生み出せる仕組みをつくるようにしています。

大事にしているのは、ビジョンマッチです。どんなに技術があってもビジョンマッチやカルチャーマッチにズレが生じていれば、本人と相談した上で、社員ではなく契約社員からスタートしたり、3カ月更新にしたりしています。最大1年まで延長可能ですが、その間に社員から推薦状が3通以上届かないと社員にできないという仕組みもつくっています。今は仲間という意識をもって、楽しく今仕事ができているなという感じですね。

西村エンジニアはスキルが高いことに価値が置かれると思うんですけど、ビジョンが違う場合はどうしているんですか。

比屋根さんまずは契約社員でお願いしたり、業務委託のような形でお互いに見極めるようにしています。ビジョンが違う場合は、採用していないです、どんなにハイスペックなエンジニアでも。

当初はやはり現場から、「どうして採用しなかったんだ」という声がありました。そこで、最終面接に現場のメンバーにも出てもらい、できるだけ価値観を共有するようにしています。

西村逆に、ビジョンはマッチするけどスキルが足らない場合は?

比屋根さん丁寧にお断りしています。入った後、苦労するのが目に見えているんです。でも、そういう人のなかに社員がこぼしてしまったものを拾ってサポートするのが上手な人がいて、採用したことはあります。

また、パートナー企業を増やすことで事業を回しています。北は北海道までうちのメンバーが出向いていって、本当にいいと思う企業やフリーランサーとお仕事をしています。

社内でよく言うのは、「ファンをつくりましょう」ということ。レキサスのファンであり、社員一人ひとりのファンです。技術力だけではなくて、「この人とまた仕事したいな」「この会社と一緒に仕事したい」と思われるのが一番だと思うんです。そのためにも、ビジョンマッチした社員だけにしています。

最近、沖縄で株主総会があったんですけど、通常はペーパーを読んで終わりですよね。でも今回は、形式的なことが終わった後、2時間かけて各チームの「チームCEO」が自分の事業を株主にプレゼンして交流したんです。これが「レキサスのことがよく分かったし、社員の個性も感じられた」と喜ばれて、やってよかったなと思いました。

西村岡村さん、そのあたりはいかがですか。

岡村さん今のお話の、ビジョンがあってスキルがない人か、スキルがある人でビジョンが合わない人かっていったら、僕は完全に前者です。

去年、僕が入社してから初めて高卒の人を採用しました。高卒って学校推薦なので、基本的にお見合いみたいなもので、一発で決めないとだめなんですよ。今の時代だから、住んでいるまちや両親の職業など、根掘り葉掘り聞いたらだめだと言われましたが、「うちは徹底的に聞くし、何回も面接に来てもらう」と言いました。

徹底的に聞いていったら、1年半引きこもっていたことが分かりました。だからはじめ、あまりしゃべれなかったんです。でも話していくと、言葉の端々に「感謝」とか「恩返しをしたい」という言葉が出てくる。

これはいいなと思いました。1年半引きこもってから2つ年下の人と一緒に卒業しているわけですから、いいじゃんということで採用したんです。それぐらい擦り合わせを大事にしています。新卒で徹底的に理念を共有して、時間がかかっても育てていこうと思っています。

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カテゴリーに収まらないオリジナリティ

西村同業者や周りの人たちからはどう受け取られているのでしょう。

岡村さん同業者から理解はされていないですね。そもそも僕が目指しているのは、カテゴライズされないようなところです。事務機器のカテゴリーっていうのがそもそも嫌だったし、カテゴライズされないようなことは、裏返せば「オリジナル」じゃないですか。

今やっているビジネスや「京都流議定書」も、全部実は同じことをやっていて、啓蒙活動というか、うちなりにいい会社というのを定義付けて、そういう会社を広げていきたいと思っているんです。

プッシュ型の営業でこちらから売りに行っても、まず聞いてくれないけれど、こういうイベントやCSR的なことをしていたりすると、呼んでいただけたり、会社のほうに来ていただけたり、紹介をしていただいたりする。つまり、遠いかもしれないけれど、早いんです。

比屋根さんまさに同じ発想で、カテゴリーに収まらない会社になっていきたいと思っています。社内では「株式会社沖縄県」とよく言っていて、沖縄県の中には企画部も農水部も、商工部、福祉もある。それを民間でやればどうなるかっていうことをやろう、と。ベースはやはり沖縄をどうしていくかということです。

西村最後に、「こうなりたいこと」を一つ教えてください。

岡山さんヘルスツーリズム認証に向けて、統合医療とのパイプを3年ぐらいかけて少しずつつくることができたので、しっかりと形にして達成したいなと思っています。

比屋根さん2020年までに県民が主体となる県民ファンドをつくりたいと思っています。県民がお金を出し合って、沖縄をよくしようと思っている企業に投資して、長期的にリターンが出るような仕組みです。

岡村さん地域で活動している人たちと結びついて、中小企業の人たちがライフステージに合わせて働き場所を変えられるようなネットワークをつくりたいと思って動いています。

西村プレゼンテーターのみなさん、ありがとうございました。

小久保よしの 編集者
フリーランス編集者・ライター。編集プロダクションを経て2003年よりフリーランス。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。 当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などの取材で全国を駆け回り、東京と地方の行き来のなかで見えてくる日本の「今」を切り取っている。「各地で奮闘されている方の良き翻訳者・伝え手」になりたいです。
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