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曖昧さから生まれる多様性が、ソーシャルイノベーションの未来をつくる [京都流議定書2017]

シンポジウム


2017年8月4日から6日にかけて、ハイアットリージェンシー京都を会場に、「京都流議定書2017」が開催されました。「京都流議定書」は、「株式会社ウエダ本社」の岡村充泰さんが実行委員長を務める催し。2008年から毎年3日間開催し、ちょうど節目の10回目を迎えた今年は、「京都流いい会社とは?」を全体テーマに、数値化されない多様な人が混じり合う価値を唱えてきた京都流の「いい会社の三要素」を連日考えました。

そして今年、「京都流議定書2017」の3日目の企画・進行をミラツク西村が担当し、3つのセッションを実施。今回は1つめのセッションの模様をお届けします。「京都市ソーシャルイノベーション研究所SILK」所長の大室悦賀さんをコメンテーターに迎え、「ソーシャル・イノベーションの未来」について、4人のゲストの方々と語り合いました。

登壇者プロフィール
榊田 隆之さん
京都信用金庫 専務理事
京都経済同友会「大学のまち京都を考える委員会」、「イノベーションと大学を考える委員会」の委員長として、クリエイティブ都市としての京都を目指す取り組みを展開。「NPO法人グローカル人材開発センター」の代表理事も務め、PBLを活用した学生と京都企業との交流にも取り組む。
下河原 忠道さん
株式会社シルバーウッド 代表取締役
1971年生まれ。1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し、薄鋼板による建築工法開発のため、1988年に単身渡米。「スチールフレーミング工法」をロサンゼルスの「Orange Coast College」で学び、帰国後2000年に「株式会社シルバーウッド」を設立。7年の歳月をかけ、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し特許取得(国土交通省大臣認定)。2005年、高齢者向け住宅・施設の企画開発を開始。2011年、千葉県にてサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀<鎌ヶ谷>」を開設。介護予防を中心に看取り援助まで行う終の住処づくりを目指し、「生活の場」としての高齢者住宅を追求する。「一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会」理事。2016年、認知症の一人称体験を実現する「VR認知症プロジェクト」を開始。
比屋根 隆さん
Ryukyufrogs 代表理事/株式会社ハロペ 代表取締役会長/株式会社レキサス 代表取締役社長
1974年生まれ。大学在学中にインターネットの可能性に惹かれ、学生ポータルサイトを開発。企業向けに独自のサービスを提供。1998年、オリジナルインターネットアプリケーションの開発・販売および運営業務等を行う「株式会社レキサス」を設立し代表取締役社長に就任。2007年からは、人材育成プロジェクト「Ryukyufrogs」を主催し、県内の学生をIT産業の世界的中心地・シリコンバレーでの研修に送り込むなど、人材育成へも取り組む。
本木 時久さん
生活協同組合コープこうべ 執行役員。
福祉事業部を管掌。また、子会社2社の取締役を兼任。大学卒業後、1989 年に「灘神戸生活協同組合(現コープこうべ)入所。宅配の現場を経て、宅配事業の改革に2010 年まで従事。夕食サポート事業「まいくる」を立ち上げた後、2012 年より組織改革「次代コープこうべづくり」を担当。創立100 周年となる2021 年のビジョンとして「社会的課題を解決する事業体のトップランナー」を掲げ、生協価値の再構築を推進している。
大室 悦賀さん
京都市ソーシャルイノベーション研究所 所長/NPO法人ミラツク アドバイザー
1961年、東京都生まれ。「株式会社サンフードジャパン」「東京都府中市庁」への勤務を経て、2015年4月より、「京都産業大学」経営学部教授に就任。著書に『サステイナブル・カンパニー入門』『ソーシャル・イノベーション』『ソーシャル・ビジネス:地域の課題をビジネスで解決する』『ケースに学ぶソーシャル・マネジメント』『ソーシャル・ エンタープライズ』『NPOと事業』など。社会的課題をビジネスの手法で解決するソーシャル・ビジネスをベースに、NPOなどのサードセクター、企業セクター、行政セクターの3つのセクターを研究対象として、全国各地を飛び回り、アドバイスや講演を行っている

寄ってたかってお節介をしてイノベーションを生む

西村みなさんよろしくお願いします。それではまず、ゲストのみなさんに簡単に自己紹介をしていただこうと思います。榊田さんからお願いできますか?

榊田さんおはようございます。榊田と申します。「京都信用金庫」で仕事をしながら、「京都経済同友会」の理事、「NPO 法人グローカル人材開発センター」の代表、「仁和寺門前まちづくり協議会」の理事長をさせていただいております。私はソーシャル・イノベーションを起こすためには、皆で「寄ってたかって考える」というのがキーワードじゃないかなと思っています。加えて大事だと感じているのが ①お節介を焼くこと、②先駆者の真似をすること、③他流試合をすることです。

少し事例をお話ししたいと思います。一つ目に大事なのは、お節介を焼くこと。今年、祇園祭の保存会の方々がクラウドファンディングで資金調達をされたのですが、これは、私どもの支店長のお節介から始まりました。金融の話だけしていたらいいんですけども、彼はたいして知りもしないのに「Makuake」を提案したんです。結果1,400万円の資金が集まりました。京都新聞の記事に、保存会の理事長は「支援金に添えて、全国からたくさんの素晴らしい応援を賜ったことがうれしかった」とコメントされました。皆で祇園祭を応援する、そういったことがクラウドファンディングを通じて結実した。これはイノベーションじゃないかなと私は思います。

また、私は起業支援のエコシステムをつくりたいと思っています。従来のベンチャーキャピタルではなくて、アクセラレーターがいて、大学、金融機関、中小企業がいるサーキュラーシステムを回していきたい。おせっかいな話ですけれども、いわゆるエコシステムを回すこと。そういったことが大事じゃないかなと思います。多くの人が寄ってたかってお節介を焼くことから始めるイノベーションを我々はつくっていきたいという気持ちであります。

二つ目は、先駆者の真似をすることです。発明する必要はない。どこかに先駆的にやっている人がいる。その人にインスパイアされて、真似をしてでも自分のフィールドで革新につなげていく、そういう姿勢が大事じゃないかなと思います。我々は去年から、店頭の窓口担当者が日々お客さまの困り事やご家族のことなどをいろいろ聞いて、「wikipedia」になろうとしています。これをネットワークで全店につないだら、どこかに、この課題を持っていらっしゃるお客様のソリューションになる方がいらっしゃるのではないか。これを信じて始めたところ、とんでもない件数のレスポンスがあり、今、我々の仕事において、お客様との関係性を変えようとしています。世の中にはたくさんの困り事があります。どこかにきっと、それに対する知見を持っている人がいらっしゃる。これを続けていきたいと思います。

そして最後、他流試合をすること。同じような人とだけ話をしていてもだめなんです。大企業の方ほど、社内で全部つくり上げようとする。これってもう古いんじゃないかなと思うんです。今日のような場に出てきて、自分とは違う種類の人々と話をすることが大事だと考え、去年から「デザインウィーク京都」を始めました。普段は職人の工房は入れませんが、1年に1週間だけ、工房をオープンにして職人さんが自分の感性を自分と違う人たちと交わらせて、新しい展開につなげていけないかというオープン工房・オープンファクトリーの取り組みです。こんなことやっています。

老衰という本来の亡くなり方を実現する高齢者施設

西村ありがとうございます。では、ここからは2人目、「シルバーウッド」の下河原さんにバトンを渡したいと思います。よろしくお願いします。

下河原さんよろしくお願いします。私は「シルバーウッド」という会社の代表をしています。もともとは建築関係の仕事をしていて、3階建ての構造システムを開発し販売するメーカーを今でも経営しています。

下河原さん6年前から高齢者住宅の運営を開始しました。日本には、自分が住みたいなと思えるような高齢者住宅が全然なかったので、一生懸命つくっています。過度な医療を施すのではなく、老衰という本来の亡くなり方が実現できることをポリシーとしています。看取り率は76%。有料老人ホームの全国平均看取り率が30%程度なのでかなり高い率で看取りができていると思います。

我々は今、12棟ほど高齢者住宅の運営を行っていますが、住宅としてのアイデンティティを常に守っていくという考え方をしています。施設には絶対しない。だから玄関の鍵は閉めませんし、認知症のある人も普通に生活し、外出もされています。全館、ひのきの無垢のフローリングです。利用料は月額大体16万円ぐらいです。一時金もなしで、敷金礼金も取っていません。銀木犀の入居者自身が地域住民としての暮らしを実感しているかどうか。これがすごく重要だと思っています。

あとは生きがい。当たり前の話なんですが、やっぱり高齢で認知症があったりすると、何もできない前提で付き合われてしまうので、生きがいを失ってしまうんですよね。それをきちんと取り戻せば、もう一回人生をやり直すことができる。あるばあちゃんは、年齢を聞くと「148歳」と答えますけど、公園を掃除している時に、「この公園の1年間の清掃業務を5万円で受託して欲しい」という依頼を受けたり、入居者どうしで製作した門松を一個25,000円で僕に売りつけたり、陶芸の窯も買わされました(笑)。

陶芸も一日やったらすぐ飽きちゃうじゃないですか。でも、活動に目標をつくってあげると、ものすごく燃えるんですね。だから「近所の子どもたちのために陶芸教室やろうぜ」って。ご飯はおひつで出します。ご飯をよそえる人がよそえない人の分もよそうとか、銀木犀には、そういう役に立つ機会がたくさんあります。

下河原さんこんな例もあります。ほとんどの銀木犀に、駄菓子屋を実装しているんですが、ものすごい品揃えなんです。そうすると、町中の子どもたちが集まってきます。番台をやってくださっているばあちゃんは、銭湯の番台をずっとやっていた人なので、めっちゃ捌くんですよ(笑)。1ヶ月の売り上げ40万円ですよ。すごいでしょ!? 放課後になると子どもたちが普通に家の中に入ってきて、「ギャアギャア」「わいわい」やっています。子どもらは家に帰ると、お母さんに「銀木犀に行って来た」と言うので、お母さんが偵察に来るんですよね。そのお母さんたちも逃さないように、「銀木犀食堂」というのをやっています。そうやって普通に地域住民の方々が家の中に入ってきて、この家がどういう家かを知るんです。

子どもたち向けの寺子屋をやってみたり、お祭りをやってみたりします。とにかくお祭りはしょぼいです(笑)。その理由は、うちの認知症のあるじいちゃんとかばあちゃんが、準備から運営まで率先して関わっているからです。今の高齢者施設って、じいちゃん、ばあちゃんたちを喜ばせるという名目で子どもたちを集めて、一方的にお遊戯を見せつけて、「どうだ!喜べ!」みたいなことやっていますけど、あれは僕に言わせれば拷問なんですよ。

そうじゃない。高齢者たちは、いつも子供たちのために、誰かのために役に立ちたいと思っているんです。「その機会を奪ってしまっているのは我々なんだ」ということに気づかなくてはいけない。朝から生ビールを飲んで笑っている認知症のばあちゃんがいることを子どもたちに知ってもらうことが、僕の今の仕事で、一番大事なことじゃないかなって思っています。

あと、2016年5月から『VR認知症プロジェクト』というのを始めました。最近、あちこちで「認知症予防」という言葉を見かけますが、認知症のある人たちが見た時に、どういう気持ちになるか考えたことがありますか? ご家族が、この言葉を見た ら相当きついと思いますよ。「なんだよ、認知症になったら終わりかよ」って。僕はその偏見をなくしたいと思ってこのプロジェクトを始めました。認知症のある方々が見ている世界をバーチャル体験できるというものです。

第一回だけは自分で体験会を開催したんですが、第二回からはすべてご依頼いただいて、全国でとうとう7,000人に体験していただきました。もうとにかく、大小ありとあらゆるところで「VR認知症体験会」をやっているんですが、僕らが伝えたいのは、認知症があっても、めちゃめちゃ楽しく暮らしている人がいるってことなんですよ。そっちのほうを知ってもらうべきだと思いませんか?

認知症があっても、周りのサポートがきちんとあれば、楽しく生活できる人たちがいっぱいいると伝えていくことが、僕らのやるべきことだと考えています。シンガポールで行われた「Eldercare Innovation Awards」でVR認知症プロジェクトが最優秀賞を受賞しまして、その影響でか、内閣府からご依頼いただいて、8月のAPECが行われるベトナムホーチミンで「VR認知症体験会」をやることになりました。アジアの高級官僚や国会議員たちにVRコンテンツを売って、様々な日本的メソッドを提供し伝えることで、外貨を稼いでいきたいと思っています。

沖縄から、世界に通用する事業と人材を育てる

西村では続けて比屋根さん、お願いします。

比屋根さん沖縄で、学生の頃にITの会社を立ち上げて約20年になります。目的は、民間がしっかり外貨を稼いで、補助金がなくても沖縄がやっていける状況をつくりたいということでした。そのためのポイントが二つあると思っています。

比屋根さん一つは沖縄にいながら、世界に通用するサービスやプロダクトをつくる事業を創造すること。そしてもう一つが人材です。たくさん補助金があって、いろんなものをハードに投資する傾向が強い中で、どうしても10年先、50年先の沖縄を考えると、次のリーダーが必要になってきます。お金があってもなくても自分で事業をつくっていける、世界も沖縄も良くしたいと思う、そういう次世代のリーダーを今から発掘して、ちゃんとコミュニティ化していきたいと考え、「Ryukyufrogs」というプロジェクトを2007年にスタートしました。

今年で9回目、9年目ということになります。「自立経済」がそもそも私のテーマです、スポンサー等に関しては、沖縄だと税金を使うのが一般的なんですが、当初から民間のお金でやってきました。そうするのも二つ理由があります。一つは、人材育成は継続すべきであるのに、行政のお金を使うとどうしても2〜3年で終わってしまうから。もう一つが、自分たちの利益の一部を、ちゃんと未来に、少しずつできる範囲で投資していく意識を沖縄につくりたいからです。

プロジェクトの期間は6ヶ月。選抜対象となるのは中学生から大学生です。一期目は7社のスポンサー企業からスタートしたんですが、今は県内の銀行・大手企業からのサポートも増え、多くのコミュニティの連携ができつつあると思います。選抜された10名の子どもたちは、6か月間でひとつの事業をつくっていきます。そして、つくり上げたものを「LEAP DAY」という名前の最終選考報告会で、県民、先生、自治体の方々の前でプレゼンするんです。

「LEAP DAY」のつくり方はすごく意識しています。6ヶ月後、会場で子どもがプレゼンテーションをしているところ、大きく成長した姿を見ると、応援しに来たつもりの大人の方が元気をもらって、涙する親もいて。そうすると、もっとこの活動に関わろうとか、いい子どもがいたら紹介しようという先生が増えたりして、年々参加する学生や親の数も増えていっています。今後は、いろんなイノベーションを起こす現場に10代〜20代の若者が関わる場面をつくることを意識しながら、活動をより良く継続していきたいと思っています。

対話を通じて、本来あるべき地域生協の在り方へ

西村では最後です、本木さん、よろしくお願いします。

本木さん「コープこうべ」の本木といいます。コープは、正しくは「消費生活協同組合」と言いますが、我々「コープこうべ」はいわゆる地域生協であり、県域を超えるということはありません。つまり、兵庫と京都の生協では、団体が違うということです。

本木さん学校生協とか医療生協さんなんかもありますが、全部別の団体です。ただ、出資金をお預かりして、利用して、運営に関わるという、組合員が主体の三位一体の民主主義組織であるところは、どこの生協も一緒であるわけです。その中で一番歴史が古いのが「コープこうべ」で、もうそろそろ100年になります。もともと生協というのはイギリス発祥のものですが、日本において生活協同組合の創設を指導したのが、シュバイツァーやガンジーに並んで20世紀三大聖人と言われる賀川豊彦という人なんです。

彼は若干20歳の頃、神戸のスラム街に入りました。コメ騒動、焼き討ち、労働ストライキといった日本がまだ荒れている時に、貧困層と言われる人々を支えようとしたんですね。ただ、いくら支えようとしても個人では限界があります。仕組みを変えないといけないわけです。そこで賀川豊彦が推し進めたのが、協同組合運動でした。弱い者がみんなで力を出し合って、世の中を変えようと考えたのです。その活動の中心になったのが「家庭会」です。主婦同士、何か特別なことをするのではなく、暮らしをお互いに支え合うことをしたわけです。そして、主婦層と思想家と実業家の力が合わさって、日本では、世界に類を見ないぐらい協同組合が発展していったというわけなんです。

今、全国に生活協同組合だけで500強あります。組合員数でいうと約2,800万世帯です。事業はだいたい小売業がメインですが、事業高を全部足しますと3兆円以上あります。「セブン&アイ・ホールディングス」や「イオングループ」に負けず劣らずの規模があるんですね。「コープこうべ」は、かつては世界で一番高い事業高、組合員数を誇っていたんですが、どんどん業績を落としていって、今は日本だけでも3位まで落ちている状況です。事業はお店、宅配、たすけあい共済、生産事業、お葬式、お年寄りに弁当を届けるような事業。子会社も入れると、保険、旅行業、家事代行とかさまざまなことをやっています。その中でも、特に福祉に関しては、社会福祉法人も自分たちでつくって訪問介護や施設系を中心にほとんどのことはやっています。

1975年頃からは、倍々ゲームでどんどん大きくなっていきました。「ダイエー」さんと熾烈な争いをする中で、規模を大きくせざるを得なかったんです。阪神大震災の翌年が最も規模が大きくて、4,000憶近くの供給高を誇っていましたが、バブル経済が弾けて、阪神大震災で壊滅的な打撃を被ったあと、坂を転げ落ちるように業績を落としていきました。「このままいくと潰れるぞ」というところまで来て、「じゃあ課題の本質は何なんだ?」と考えた時に出てきた問いが、「もともと組合員主体の組織であるにも関わらず、組合員をお客さんにしているんじゃないか」というものだったんです。本来、職員も組合員です。合わせて、規模が大きくなって、分業化が進んで、前年と同じようにやっていれば業績が伸びて、上層部の言っていることに従っていれば間違いない、というような典型的な大組織病になってしまっていたんです。

生協が立ち上がった頃、食というのがものすごく大きな社会課題で、それを解決する手段として始めた店舗や宅配だったはずなのに、手段だった小売業がいつの間にか目的になり、かつ組合員をお客様化してしまっているという状況って正しいのかと。今、世の中を見渡した時に、少子高齢化や子育て、環境破壊など、いろんな社会の課題があるわけです。社会課題が多様化しているのに、我々は昔ながらの課題に取り組み、しかもその手段にこだわってしまっている。結果、市場原理の競争社会に巻き込まれ、業績を落として「どうしよう」となっている。

そうではなくて、「本当の助け合い社会をつくっていくことが本来のミッションでしょ?」と組織に問いかけたのが4年前です。そのミッションを、ボランティアではなく事業で達成し、もう一度、日本の、世界のトップランナーに返り咲きましょうと。その時に大事なのは、やっぱり共に助け合うという互助組織であるということ。そして地域になくてはならない存在だねと言ってもらえるか。そして、ちゃんとした経営基盤を持てるかという3つじゃないかと。

ただ、組織からは「おまえの言っていることはわかるけれど、それで飯が食えるのかと」言われました。「今日の業績をどうするんだ」と。それで始めたのが、職員同士の対話です。ワールド・カフェ形式で、4人一組になってミーティングを始めました。当時のトップにも私服で入ってもらいました。この時、職員の皆さんに投げかけたのが、「そもそも生協で働くってどういうことだろう」という問いでした。皆、少しでも世の中の役に立ちたい、生協ならそれが実現できるんじゃないかという思いで入ってきたとか、そうでなくても実はすごく組合員に助けられたとか、そういう経験をここで語り合ったんです。

やる前は皆「何させんねん」みたいな顔をしていたのが、帰りはニコニコ顔になっていて、それを見てトップが、「もしかしたら我々は変われるんじゃないか」とつぶやいたんですね。ただ、これは集会なので、もちろん来ない人もいます。特に来なかったのは40代の管理職や、現場が忙しい人たち。来ないなら、こちらから押しかけようと、ご自分のお子さんによる職場参観もしました。40代だと、子どもが小学生か中学生だったりするので、子どもを職場に送りこんで、親の仕事を見せましょうということをやったんです。これをやって誰が喜んだかというと、組合員なんです。今では毎年の恒例の行事になっています。

それと合わせてやっているのが既に活躍されているNPOなどとのコラボレーションです。一定の規模があると、全部自分のところで完結させようとする力が働くんですが、もうそんな時代じゃないと。小さいとか大きいとか関係なく、よその新しい取り組みと協業していきましょうと。他にも希望する職員を、1年間とか中長期でNPOなどに送り込んだりもしています。

本木さんまた、職員SNSも始めました。これも最初は、「役員の悪口が横行するんじゃないか」とか、「現場の好事例を夜中に投稿したら労働時間とみなしてくれるのか」など散々反対されましたが、ほぼ無視するような形で進めていきました(笑)。

するとだんだん、「職員だけじゃなく、組合員同士でやろうよ」という話になってきて、組合員でもワールド・カフェ形式で会議をやりました。この時は、「コープこうべはそもそも皆さんのものなので、職員に何かしてほしいではなく、皆さん一人ひとりが何ができるかを考えましょう」という話をしました。すると2割くらいは「生協にそんなことを期待してはいない。安全・安心な食品を安く売ればいいんだ」、極端に言うとそういう意見だったんですね。

別の2割の人は、もうすでにコープこうべの取り組みでは物足りなくて民生委員・児童委員やボランティア活動をやっていたりする、自主性に富んだ人たち。残りの6割は、そんなこと考えたこともないという人たち。この6割を、自主的な側になってもらおうと対話を深めていきました。するとお店の空いている場所を使って、子ども食堂をやってみたい、お買い物がしにくい高齢者をサポートしたいなど、「私も何かできることをやってみたい」という声が出てきました。

以前なら、すぐリスクを考えて関連部署が反対していたのですが、「とりあえずやりましょう」ということをやっていったと。また、「この人は助けて、この人は助けられないとなったときに公平性が保てないから、それはやるべきじゃないんじゃないか?」という意見も出てきて、これ一見まともに聞こえるんですけれど、実際やってみたらね、組合員さんは誰も向こうから「助けてくれ」なんて言わないんですね。

お店に来られたときに「何かお困りごとはないですか?」って聞いても、「私は大丈夫です」と、皆さん断られます。待っていても埒が開かないので、地域担当と一緒にお宅を訪ねて回りました。「何かお困りごとないですか?」「何か我々にできることはないですか?」と聞いていくと、3周ぐらい回って顔と名前が一致するようになってきた頃に、「実は手が痛くて庭の草むしりができない」とか、「犬を散歩に連れて行ってやれない」といったことを話してくれるようになるんです。

だからまずはコミュニティなんです。顔がつながっていないところに「生協です。何かお困りごとはないですか?」って行っても全く意味がない。どんどんいろんなところに出かけて行って、一緒にお茶を飲むとかしながら、会話しないことには始まらない。これは組合員さんの人たち、私、職員も皆一緒です。

最後にもう一つだけ。途中で少し申し上げましたが、我々がやらないといけないのは、いわゆる経済至上主義による不毛な競争ではなく、高齢者だろうが、子供だろうが、障がいのある方だろうが、地域のいろんな方々がいつまでも住み慣れた地域で、しかも24時間安心して暮らせる環境をいかにつくるかということ。介護保険ビジネスじゃなくて、本当に一人ひとりがちゃんと自分が暮らしたいように暮らせるような街を実現していくということなんじゃないのか。それをもともと、生協は目指していたはずなんです。

その鍵を握っているのは、実は団塊の世代のおじさんなんじゃないかなと思っています。人々が長生きするようになったので、65歳まで一生懸命働いて、そこから下手したら25年、もしかしたら30年ぐらい生きることになる。その分のお金がいるんですね。お金を得るためには仕事がいる。65歳を過ぎてからお金がかかるなら、若いうちからお金貯めておかないといけない。となると、若い人が子どもをつくれない、という負の連鎖につながっていってしまう。

神戸市にも15,000人以上の職員がいて、50代の人がその中に6,000人くらいいると。何もしないと、この10年間でその多くが退職後のやりがいや生きがいのないままに、神戸市職員から一般の神戸市民になってしまうと。これはなんとかしないといかんと思って副業OKにしたが、「それでも、動かないんだ」とのことです。そういった人たちに、一人ひとりに合ったやりがいや生き甲斐を見つけてもらって、我々が始めている子ども食堂やその他の活動の場で活躍をするプレイヤーになっていただく。そんなプログラムを、具体的にビジネス落とし込んでいけないか模索しています。生協のやるべき役割として、こんなことがこれから重要なんじゃないかなと思っております。以上です。

最先端のサービスは、最初に一歩をどう踏み出したのか?

西村ありがとうございます。残りの一時間、いろんなことをお伺いしたいと思っています。ここにいるみなさんは、新しいことやおもしろいことをやっているというよりも、「当たり前のことを当たり前にやったら、こうなるよね」ということをされているのかなと思っています。


それでいて、良いことをやっているだけではなくて、事業としても成功しながら、最先端にいらっしゃる。ということは、多くの人がそういうサービスであるとか、そういうやり方を求めているんだなと思うんです。今は10年、もしくは20年取り組んでこられて、多くの人が後ろから付いてきてくれる状態だと思うんですが、最初の一歩をどうやって展開してこられたのか伺っていきたいなと思います。

まず下河原さんからお聞きしたいのですが、「シルバーウッド」はもともと別の事業をされている会社で、高齢者住宅は後から立ち上げた新規事業なわけですよね。それをどう展開してこられたのか伺えますか?

下河原さん「鉄をもっと売りたい」という思いから、新たな建築方法を開発して、販売をして、さまざまな建物を建てていたんですね。最初は全然売れなかったんですが、コンビニやファミレスといった商業施設を建てる仕事をしながら、段々と規模が大きくなっていって、とうとう高齢者施設の建設を受注することになったんですね。そこで、日本中、世界中の高齢者施設を自分で歩いたんです。そして、欧米と日本の高齢者施設での高齢者たちの生活があまりにも違うことに愕然とし、そこにイノベーションを起こすきっかけがあるなと個人的に感じました。でもまだ、その時点では自分で高齢者事業を展開しているとは思っていなかったんですよ。


下河原さん高齢者施設は、ほとんどのスキームが、土地の地主さんに建物を建てていただいて、それを運営事業者さんが長期間借り上げるというものなんですね。僕は、いろんな地主さんに「これからはどうせ空室になっちゃうんだから賃貸住宅はやめたほうがいい。高齢者住宅にしておけば30年は安泰ですよ」という話を一生懸命提案していたんです。そしたらある地主さんから、「そんなに高齢者住宅がいいって言うんだったら、一つぐらい運営して証明してみせろよ」って言われて、その場で「やります」って返事しちゃったのがきっかけでした。もう、そこからが運の尽きっていうか(笑)。

西村始められた時、やったことがないわけじゃないですか。例えば社員の方は「意味がわからない」みたいな感じだったでしょう?

下河原さんそういう感じでしたね。「医療とか介護とか、何も勉強したことがない単なる鉄屋の社長が高齢者住宅の運営をするってどういうことかわかっているんですか?」って散々言われました。「でも、やるんだ」と言って始まったんです。最初は、僕が責任をとるために寝泊りしたんですね。入ってくる職員も、介護をずっとやってきた、これまで関わったことがない人たち。「人が安心して死んでいける住宅をつくりたいんだ」っていう話に真っ向から立ち向かってくる人たちが何人もいて、1〜2年は葛藤が続きました。

世界中の高齢者住宅施設を見て回って、日本の高齢者施設はここがおかしいんだって感じたことを一生懸命伝えるんですが、そういう人たちの固定概念は固くなりまくっていて、介護士やお医者さんや、ナースの人たちから相当攻撃もされました。でも、自分の信念に従って取り組んでいくと、やはりそれに協力してくださる方がいて、形になっていったという感じです。

西村実際、事業を立ち上げられたあとって、どんなタイミングで理解してもらえたり、応援してくれる人が増えてきたりしたんですか?

下河原さん最初はもう本当に迷いながらでした。高齢者住宅に対してもこれでいいのかなって常に思いながら。そのうち、自分だけで考えてはいけないっていうことに立ち返って、いろんな書物を読んで、人に会うようになっていくんですが、そうすると、出会いが始まっていくんですよね。僕が初めて出会った信頼できるドクターで、財政破綻した夕張に単身乗り込んで行って、地域医療を守った村上智彦という男がいるんです。彼は先日お亡くなりになってしまいましたが、彼に会いに行ったときに、思いの丈をぶつけたんですよ。「こういうのをやりたいんだ」って言ったら、彼はにっこり笑って「大丈夫だよ。あなたの考えは間違ってないから、そのまま行きなさい」って。それがすごくインパクトがあって、そこから迷わずに走ってきましたね。

組織のスタッフ皆で取り組む風土をどうつくるのか?

西村ありがとうございます。榊田さんに伺います。全店を巻き込んで、地域の方々の情報をデータベースにしていこうとされているじゃないですか。それって榊田さん一人ではなくて、京都信用金庫の職員の方々が皆さんで取り組んでいかないと、何万件のデータは残りませんよね。どういう風に、それができる風土をつくってこられたのか。どんなことを仕掛けて、どう仕組みをつくってきたんですか?

榊田さんさっき本木さんがおっしゃっていましたけれども、我々も一緒なんです。結局、いわゆるトップダウンの押し付けではうまくいかない。そうじゃなくて、本当に社員一人ひとりが成功体験をして、お客さまの役に立つことを自分自身の人生の喜びとできるようにしていこうと。そのために、数年前に絆づくりの理念を社員2,000人のクレドにしようと宣言しました。

以来、4年が経ちましたが、社内の全てを変えようとしています。まず社内の人と人の関係性を変えていこうと取り組んでいます。例えば会議のやり方も、従来の教室形式をやめて、ワールドカフェを通じた対話式で行っています。

榊田さん店内の会議から全店の支店長が集まる大きな会議にいたるまで、時間はかかりますが、皆がどう思うのか、皆がちょっとずつでもアイデアを出し合い共有し、自分だけでは気がつかない気づきを得ることを大事にしようと。そこから、フラットで双方向型の組織にしていこうとしていて、ようやく皆がやる気になってくれ始めているのかなと思います。

西村お話を伺っていて、「人としての感覚を大事にする」みたいなことが鍵なのかなと思っていて。先週、業務と仕事をごっちゃにして「何をやるのか」にフォーカスが当たってしまうと、「自分がどう思うのか」「どういう意味があるか」といったことを考えなくなっていくんだよね、という話を榊田さんとしたのですが、そうすると段々考えない組織になって、「これやっていればいいじゃない」みたいな話になっていく。つまり、当たり前のことが当たり前じゃなくなっていくのかなと。

ちょっと違う角度から比屋根さんに伺います。「Ryukyufrogs」の取り組みは、「レキサス」という会社として取り組んでいるわけで、比屋根さんの個人活動ではなく、社員の方も関わっていらっしゃる。特に、今年から人事担当役員の山崎さんに運営を渡されるなど、社員をどんどん巻き込んでいっているわけですが、なんでそんなことができるのかなと。比屋根さんはそれをやりたいと思ったかもしれないけれど、社員は別にやりたくないかもしれないですよね? 僕も巻き込まれた一人なんですが、「比屋根さんは人を巻き込むのがめちゃくちゃうまいんです」という話を聞いたりして。普段どういうふうに、例えば「Ryukyufrogs」のことを考えていたり、説明されたりしているんですか?

比屋根さんちょっと難しいですが、純粋に私なりに沖縄を良くしたいとか、沖縄が変わっていくと世界に貢献できるんじゃないかとか。こういう価値観と共鳴する県内外、海外のコミュニティをつくることが、沖縄が浮上していくために必要だと思っています。あとは、いろんな人と話をする中で、沖縄にないものを相手が持っている場合、私たちだけがよくても続かないので、我々がお手伝いできること意識して一緒にやれることを考えたりしますね。

ソーシャルイノベーターは超自己中な人!?

西村大室先生、ソーシャル・イノベーションって人を巻き込まないと絶対に起こらないと思うのですが、人を巻き込んでいくタイプの人の特徴とかあったりするんですか?

大室さんソーシャル・イノベーションもそうですし、ビジネスもそうなんですが、人を巻き込むってすごく大事なんですね。だけど、ほとんど、イノベーターと言われる人たちは巻き込むことを意識していないんですよ。大抵、「自分のやりたいことをやっているだけだ」と述べられている。しかし、ビジネスのメッセージがすごく明確にあって、多様なステイクホルダーが共感していくんです。

大室さん違う言い方をすると、そこに「未来設定」があって、「ここへ行きたいから、今こんなことをやっているんだよね」ってことなんですが、当人は、「僕はやりたいことをひたすらやっているんだよ」って言っているだけの話なんですね。「コラボレーションしましょう」「協働しましょう」が先にきて、うまくいかないことってよくありますよね。「協働したい」「巻き込みたい」と思うと、他の人に合わせることになってゆくので,個性が出にくくなっていきます。そうするとイノベーションとは逆の方向に走ってしまうんですよ。

オープン・イノベーションによって生まれる協働は、結果であってプロセスではないんです。結果を見ると明らかに協働しています。でも、そこを目的化すると、絶対にイノベーションは生まれない。人は巻き込めないんです。人に合わせてしまうから。要は、“個が立つ”ということが一番大事なんです。人間って実は脳科学上ですね、自分で自己認識できないようになっていて、相手がいて初めて自分を認識できるんです。もっと簡単にいうと、相手という鏡がないと自分を認識できないんですね。つまり妥協した人には妥協した人しか集まらないんです

ここで多様性が大事になってきます。何故かというと、多様性、つまり多面体の鏡を自分の周りに置くことで、自分の見え方が変わるからです。そこに実は気づきがあったり、新しい解釈が発生したりする。だから、多様性が非常に大事なんです。例えば、このペットボトルも、周りにいくつも鏡を置いてみると、違う見え方をするんです。それが実はイノベーションの源泉になる。そこに曇った人がいたとすれば、その鏡も曇るわけですよ。楽しく、自分のやりたいことをやって、自分という鏡を磨いて、磨けば磨くほど洗練される。そこからイノベーションが起こるんです。

西村めちゃめちゃおもしろいですね。つまり、ここにいる人たちは超自己中なんですね(笑)。

大室さんそうです(笑)。

西村いろんな鏡があると、いろんな見え方が自分に対して出てくるので、新しいことがどんどんされると。だから、「この人と一緒にやりたい」が先にあるんじゃなくて、新しい自分の可能性が見えたときに、ちょっとこれおもしろそうだから一緒にやりませんかみたいな話になって、結果コラボレーションが起こってくると、そういうことですね。

大室さん多分、さっき本木さんが言っていた、「3〜4周回らないと話してくれないんだよね」ということと同じで、自分がきちんと存在をしていて、鏡を磨いたスタッフが入っていくと、初めて見える、喋ってくれる、ということだと思います。

西村しかも無自覚でやっているというところもおもしろいなと思っていて、そんなことのためにやっているという自覚もないわけですね。ただ、おもしろいからでやっていると、段々そういう鏡効果も発展していくと。

大室さんはい。だから社会のためとか、他人のためというよりも、とにかく自分でやりたいことをやっていることが大事で。他人のためになると対処療法になっちゃうんですよ。でも、自分のためだと対処療法じゃなくて、根源的にもっとおもしろくしようねって話に変わっていくんですね。

目指すのは、介護士がいない高齢者住宅

西村皆さんの未来設定、どこを目指されているのかを聞きたくなったんですけれど、本木さんは、どういう助け合いの暮らしが生まれていくと嬉しいのか、伺えますか?

本木さんその質問の直接の答えになっているかわかりませんが、僕が思っている理想形は、僕の想定を超えて勝手なことをやっている人がいっぱいいる状態です。


本木さんいろんなケースあって、こういうパターンでやったら成功するというところに落とし込めないし、落とし込んだ途端に他の可能性を消してしまうだろう思うので、落とし込まないですが、全部自分の手の内でどうにかしようではなくて、自分が知らないところで起きていることをおもしろがるくらいがちょうどいいのかなと思います。そのときに大事なのは、何をしようとしているのかって繰り返し言い続けるってことじゃないかと。

西村先ほどの下河原さんのお話の中にも、「高齢者の方々に目標があると燃える」みたいな話が出てきていたんで、ちょっと関わる方のことも伺いたいんですけれど。

下河原さん今計画している最新の高齢者住宅は、ポスターに「高齢者住宅やめました」って書いてあるんですよ。そもそも高齢者だけが同じ場所に暮らして住むこと自体ナンセンスだと思って。今つくっているのは、たまたま高齢者住宅が中に入っていて、でも、隣には障がい者がいたり、普通の若者がいたり、シングルファーザーがいたり。そういった形で、そのフロアーにいろんな人たちが混在している。それってよく考えたら、普通の賃貸住宅じゃないですか?(笑)

下河原さんだから僕が目指しているのは、まさに高齢者住宅をやめるということ。介護士がいない高齢者住宅です。そういう環境で、人が普通に、自然に、お互いを助け合ったり、例えば買い物に行くときに「子どもをちょっとだけ見ててもらっていい?」っていうご近所付き合いがその中に生まれてくるような場所。それが目指すべき道なんじゃないかなと思っています。

西村自分のやりたいことをやっているけれど、でも、自分一人のためじゃないんですね。高齢者住宅としての設定をちゃんと守ったほうが、補助金が下りるとかありそうな気がするんですが、そこから始めてしまうとつまんないよねと。「本当はこうなんだから、これやろうよ」って。

下河原さんそうですね。でもね、このあいだ、厚労省さんがいるところで先進事例の紹介とかやってきたんですが、今の話をもう少し詳しく話したら、すごい勢いで「モデル事業にしよう」って、そんな感じなんですよ。本当にいいものであれば、法的にクリアしなくてはならない課題はあるにしても、やりたいと思う人たちが協力してくれるのかなと思います。

西村だから、「自分のやりたいことをやっている」で止めちゃうと、誤解が生まれるなとも思って。自分がやりたいことなんだけれども、実は皆がやりたいことだねというのが見えてくると、世の中が実際に変わってくるって話になるんじゃないかと思いますね。

若者の個性や起業家を育てるときに大事なこと

西村比屋根さんの取り組みも、沖縄全体のことを考えてやるというのは、普通の会社の感覚からすると、「なんでそこまで?」となると思うんですよね。「そこは大学にやってもらえばいいんじゃないか」って。でも、大学もそうだし、現状だけでは足りないものがあると感じて取り組まれていると思うんです。10年間、比屋根さんが取り組まれてきて、次世代を育成するためには、こういうことがあったほうがいいんじゃないか、と思われていることがあったら伺えますか?

比屋根さんやっぱり、思いのある人たちのコミュニティの中に早めに放り込むってことですかね。私も大学で起業して7年経って、初めてシリコンバレーに行ったときに、本気で世界を変えようとしているクリエイターの思いやエネルギーに触れて、学生時代に来れていたらよかったなと思ったんですね。子どもでも、エネルギーのあるところに放り込まれて、何かカチッとつながると、かっこいいとか、私もこうなりたいとか、世界を変えたいという気持ちが自然と湧き上がってくる。そういう場づくりって重要かなとは思っています。

西村今の教育の中にない要素って何なんだろうということを知りたいんです。ソーシャル・イノベーションに取り組む人たちがもっと増えるためには一体何が足りないんだろうって。その辺りどうですか?

比屋根さん一つ大事にしているのは、個性を伸ばすっていうことですよね。どうしても学生だと、先生や親にすごく影響を受けると思うんですけれど、我々は、伸びる可能性のある子の個性はどんどん伸ばしていきましょう、というのを本気でやっています。これからの教育において、個性を伸ばして、情熱を傾けられる成功体験を子どものうちにさせるっていうことが、これから彼ら、彼女らが社会に出ていく上で非常に重要なことなんじゃないかなっていうふうに思います。

西村個性を伸ばすために「Ryukyufrogs」が大事にしていることって何ですか?

比屋根さん徹底的にその子と向き合うということですかね。担当のスタッフは毎日9時から12時くらいまで、各メンバーとスカイプなどでやり取りするのですが、かなり一人ひとりに対して踏み込んでやっていますよ。

西村榊田さんにも伺いたいと思います。京都信用金庫は起業家の育成にも取り組まれていらっしゃいますが、起業家を育成するときにどういうことを大事にされていますか?

榊田さん「場をつくる」ということを今は大事にしていますね。人と人とが出会う場というのは、事業経験のない方々にとってとても大事だなと思うんです。いろんな人に出会って、新しいものを得て、事業に生かしていく。そういう循環をつくるために、いろいろな場が、結果的に資金的な支援すること以上に大事なんじゃないかなと思うんです。

西村榊田さんたちの仕事は、経営者をサポートする仕事でもあるじゃないですか。経営者がチャレンジする価値がわかりづらい新しい取り組みに対して、榊田さんが理解できても他の人たちが理解できないような時に、その人たちを巻き込んで一緒に応援していくためには、どうしたらいいと思いますか?

榊田さんそうですね。今、京都では「京都地域創造基金」という公益財団の理事長をされている深尾さんが、「株式会社プラスソーシャル」という取り組みを始めていらっしゃいます。またぜひホームページでご覧いただきたいですけれども、我々京都信用金庫は、「プラスソーシャル」に100%共感していまして。例えば、この「プラスソーシャル」の仕組みを使って、地域に役立つ事業にお金が流れる仕組みをつくる、そういうことに一緒に取り組んで、既存の味気ない投資信託ではなくて、もっと温かい投資信託を販売して、地域を豊かにするお金を潤滑油にしていく、そんな仕組みを生んでいきたいなと思います。

西村温かい投資信託って、すごくいいですね。「これがあることによってどういういいことが起こるんですか?」といったコミュニケーションがあった上で、投資や融資をしていく。しかもそれを京都信用金庫一社でやらずに、一緒にやりましょうということですよね。例えば、「シルバーウッド」や「Ryukyufrogs」を京都に持ってくるとなったときに、そういう温かい投資信託みたいなことができると、すごくおもしろいなと思いました。というところで、ここまでにしようかなと思います。大室先生、最後にコメントをいただけますでしょうか?

大室さんソーシャル・イノベーションという言葉が出てきて20年ぐらい経ってきているのですが、イノベーションを違う言い方にすると、「自分の信念に従って、やりたいことを、多様な人たちを巻き込みながら試行錯誤していくプロセス」ということになるのかなと、お話を聞いていて思いました。その中に何か新しいものが出てくれば、人はそれをイノベーションと呼ぶ。つまり、外部から付けているレッテルで、取り組んでいる当人は、別にイノベーションを起こしているなんて視点ではなくて、自分のやりたいことをただやっているんじゃないかと。

大室さんただ、自分一人ではできないことがたくさんあるし、社会からの多くの支持がなければ、結局はイノベーションにつながっていかないので、そういう意味で社会性っていうのが当然必要な言葉になってくると。セッションのテーマは「ソーシャル・イノベーションの未来図」なんですが、ソーシャルという言葉がなくなるソーシャル・イノベーションがあったらいいなと思いました。

また、やはり自分のやりたいことをやり続けるというのがイノベーションの根源というか、そこしか突破口はないんだなというのと、客観化してはいけないんだなということを思いました。さきほど本木さんが少し触れていたんですが、ある考え方を充ててしまうと、多様性がなくなる。それが客観化なんですよね。客観化してしまうと、イノベーションは生まれない。行政や大企業がイノベーションを生めない最大のポイントはそこにある。実は曖昧であることが大事なんです。よくわからないけど、おもしろいじゃんという曖昧さ。曖昧さが多様性を生み出し、多様性がイノベーションにつながるんです。大企業や行政はすぐに分析しますよね。ある事象があると、「これはどういう原因でこうなっているのか」と。でもそれは全部過去のことなんです。過去のことから今を分析しているんですが、皆さんは未来からのバッグキャスティングなんです。そこがイノベーションの大きなポイントなのかなと思いながらお聞きしていました。

それと、「伊那食品」の塚越さんが書かれた『年輪経営』という本があるんですけれど、その中で塚越さんは、「ビジネスは進歩軸に沿っているかが大事なんだ」とおっしゃっています。進歩軸って何なのかというと、人が成長していくとか、幸福になっていくことに貢献できるビジネスは持続的だけれども、そうじゃないものは持続的じゃないんだとおっしゃっていて、伊那食品はその進歩軸から絶対に外さないんだそうです。つまり、ソーシャル・イノベーションっていうのは、常に我々の成長であるとか、進化に貢献できるイノベーションであれば、それはイノベーティブに継続していくんだと。それが結果として持続的な社会をつくっていくんじゃないかなということを感じました。

そして最後にもう一つ、ソーシャル・イノベーションがなぜ難しいのか。それは、どうしても我々は組織に還元してしまうからなんじゃないかと思いました。組織に還元した途端「これってできないんじゃないかな?」となる。組織という文脈でソーシャル・イノベーションを考えると実はうまくいかないのかもしれない。イノベーションは組織の文脈で考えてはいけないのかもしれません。以上です。ありがとうございました。

西村 ありがとうございます。そうしたらこのセッションはここまでにしたいと思います。登壇者の皆さん、ありがとうございました。

赤司研介 ミラツク研究員
SlowCulture代表
1981年、熊本県生まれ奈良県在住。東京の広告制作会社でライターとしてのキャリアを積み、2012年に奈良県へ住まいを移す。2児の父。移住後は大阪の印刷会社CSR室に勤務。「自然である健やかな選択」をする人が増えていくための編集と執筆に取り組んでいる。奈良のものごとを日英バイリンガルで編集するフリーペーパー「naranara」編集長。Webマガジン「greenz.jp」や「京都市ソーシャルイノベーション研究所 SILK」のエディター・ライターとしても活動中。
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