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企業の中で事業をつくる。 アイデアと想いを形にする「シリアル・イノベーター」の育て方

フォーラム

去る8月5日、東京・汐留で開催された「ミラツクフォーラム」。
NPO法人ミラツクが主催する本フォーラムは、毎回異なる領域で活躍するイノベーターをゲストに迎え、年6回の季節フォーラムと12/23の年次フォーラムが開催されています。活発な意見交換によって、企業や部門の枠組みを超えた新しいつながりを生み出す場を目指しています。

フォーラムは登壇者によるプレゼンテーションとパネルディスカッションの二部構成で行われます。今回は「企業内の事業創出の道程」をテーマに、新規事業立ち上げの実績を持つイントレプレナーたちがディスカッションを行いました。未来に向けた事業を立ち上げていくにあたって、どのような道程を描き、事業立ち上げを実現していくのか。具体的な事例がリアルなエピソードが飛び交った当日の様子をレポートします。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール
市川文子(いちかわ ふみこ)さん 
株式会社リ・パブリック共同代表
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、フィンランドの通信メーカー、ノキア社に入社。約10年に渡りデザインリサーチのエキスパートとして世界80カ国における生活者の実態調査と端末づくりを手がける。同社退社後、株式会社博報堂イノベーション・ラボを経て現職。自治体や企業におけるイノベーションの生態系について研究と実践を手がける。
八木田寛之(やぎた ひろゆき)さん 
三菱重工業株式会社 マーケティング&イノベーション本部 BI&I部MTSグループ グループ長代理
1979年生まれ。2000年旧東京都立航空工業高等専門学校機械工学科卒業、同年三菱重工業株式会社入社。都市ごみ焼却プラントの設計、その後火力発電プラントのサービスエンジニアに従事するとともに、事業戦略立案および次世代新ビジネス創出プロジェクトを取りまとめる。2014年からは三菱日立パワーシステムズ株式会社に所属。中東湾岸諸国向け省エネルギー関連の日本政府ミッションで、日本代表技師団メンバーに過去3度選出。2017年8月から現職。米国PMI協会認定Project Management Professional。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了(システムエンジニアリング学)、同大学院で2012年〜2014年に非常勤講師。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻後期博士課程中途退学。NPO国境なき技師団正会員。
川路武(かわじ たけし)さん 
三井不動産株式会社 ビルディング本部法人営業統括二部 統括
1998年、三井不動産入社。官・民・学が協業する街づくりプロジェクト「柏の葉スマートシティ」など、大規模案件におけるコミュニティづくりや環境マネジメント案件の企画開発に多数携わる。現在は新規事業WORKSTYLINGの立ち上げ運営業務がメイン。三井不動産レジデンシャル出向時(マンション事業の新商品開発等を担当)に、朝活「アサゲ・ニホンバシ」を開催するNPO法人「日本橋フレンド」を立ち上げる。
安彦奈津美(あびこ なつみ)さん 
東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部経営戦略部門
東京大学教育学部卒業後、株式会社髙島屋で食品売場を担当。東日本大震災をきっかけに岩手県庁に入庁、水産加工企業の復興や食品製造業の首都圏への販路拡大に携わり、岩手県地域プライベートブランド「ぺっこ」を立ち上げる。2015年JR東日本入社、地域活性化を担当し、地域で長年育まれてきた地産品の「語り方」や「流通の仕組み」を変えることで、地産品の新たな市場を創出し、地域の食品メーカーを元気にするプロジェクト「おやつTIMES」立上げを担当。2016年6月より現職。

スキルを持つ個人がチームを組むからこそ優れたアイデアが生まれる

フォーラムは、それぞれの登壇者による自己紹介を兼ねたプレゼンテーションからスタートしました。最初のパネラーは、「三菱重工業株式会社」の八木田寛之さん。三菱重工グループが推進する新規事業創出ための部門横断型プロジェクト「K3」を自ら立ち上げ、リーダーとしてプロジェクトを主導しています。

八木田さん私は今年(2017年)8月に人事異動で本社勤務となるまで10年ほど、都市ごみ焼却所・ごみ焼却発電の設計や産業用火力発電所のアフターサービスに従事していました。中東や南米などの現場に行くことも多く、10年間で移動した距離は135万キロ(地球周回数で約34周に相当)に及びます。

また、企業での活動とは別にNPO「国境なき技師団」の会員でもあります。

エンジニアとして国内・海外で働く一方、新規事業の開発に携わってきました。プラント業界はグローバル競争が激化していて、将来を考えたら何か新しいことを始めないといけない。そんな危機感を共有する社内の仲間とともに、5年ほど前から新規事業に取り組みはじめました。

仲間と立ち上げた新規事業創出の部門横断型「K3」プロジェクトからは、プライベートウォーターシステムという新規事業案が生まれました。このシステムは、人口密度が高い新興国都市部の高層ビル内などに最新の浄水設備を設置し、水を循環・再利用するものです。

ビジネスの鍵となるアイデアについては既に知財を抑えており、事業化に向けて時間はかかっていますが、粘り強く進めています。何とか世の中に出し、水不足という社会課題の解決に貢献できればと思っています。

事業化を検討するなかで学んだのは、「事業開発に近道はない」ということ。新規事業は、ただチームを作ってプロジェクトに取り組めば成功するというものではないんです。日頃から課題意識を持ってスキルアップに励む個人がチームを組んで戦うからこそ、世の中の課題を解決できるようなビジネスアイデアが生まれる。新規事業を成功させるには、そういう視点を持つことが重要だと思います。

シリアル・イノベーターは会社の外に味方を作る

つづいて登壇したのは、日本におけるイノベーション人材育成の第一人者として知られる、「株式会社リ・パブリック」共同代表の市川文子さん。国内外でリサーチャーとして活躍後、企業内で革新的な製品やサービスを生み出す「シリアル・イノベーター」に注目し、その特徴や行動メカニズムを研究しています。

市川さん私は大学卒業後、フィンランドの通信メーカー「ノキア」に就職しました。その後、「ノキア」を退職してフリーとなり、「博報堂イノベーション・ラボ」客員研究員を経て今の会社「リ・パブリック」を創業しました。現在、メンバーは東京と福岡を合わせて6人。大学や企業、自治体と提携してイノベーション教育や人材開発を行なっています。

私たちは自分たちを「シンク・タンク(頭脳集団)」ではなく「シンク・ドゥ・タンク(行動集団)」と位置付けています。現場で実践しながら(Do)、そこで得た学びを理論に落とし込む(Think)、そういうことをやっている会社です。

市川さん今日はこの「Think」という一プロジェクトをご紹介します。私は2014年に『シリアル・イノベーター』という本を監訳しました。これには原著がありまして、原著者はイリノイ大学工学部の3人の教授たちです。彼らはイリノイを拠点にする「P&G」(創業1837年)や「3M」(同1902年)といった老舗企業とパートナーシップを育む課程で、企業が息長く活動を続けるために欠かせない「シリアル・イノベーター」の存在に気付きました。

原著は米企業を扱っていますが、調べてみたら日本企業にもシリアル・イノベーターはたくさん存在しています。例えば、「コクヨファニチャー」の竹本佳嗣さんや「花王」の石田耕一さん、「味の素」でキューブ状の鍋つゆ「鍋キューブ」を開発した島谷達也さん、「トヨタ」でハイブリッド車の開発に携わった小木曽聡さん。

そして印象深いのはシリアル・イノベーターの特性は国や所属する組織の性質にかかわらず大変似通っています。その特徴はまず「粘り強さ」。他の人を巻き込みながらプロジェクトに息長くコミットできる。そして、交渉力があり、社内政治にも通じています。


成長プロセスを示したもの。(画像提供:日本シリアル・イノベーター研究会)
 

市川さんシリアル・イノベーターが育つには、入社3〜7年目が重要なんです。この時期にさまざまな経験に触れると、キャリアを通じて繰り返しイノベーションを起こせる人材になるんですね。ここを我々は「イノベーターの熟成期」と呼んでいます。そして、ここがすごく大事なんですが、たった一人でもそういう人材が部署内にいると、同じようなイノベーターの出現確率が上がるんです。

入社してすぐは、大きなプロジェクトに関われる機会がないので、優秀な人ほど鬱屈してしまうケースがあります。でもこの期間に、腐らず積極的に外に出て、取引先の社長や工場長といった社外のメンターたちとつながっておくことが重要なんです。

例えば、新規事業のアイデアを提案したのに、会社が動かないことはよくありますよね。そうすると、メンターたちがある種の外圧として会社に働きかけてくれる。これは実際によくあることです。

潜在的なシリアル・イノベーターは、社会の中にまだまだ多数いると思います。そういう人たちにはどんどん外に出ていただいて、多様なメンバーとの出会いを通じて社会を変革するような化学変化をたくさん起こしてほしいですね。

自由な発想でチャレンジを重ね、スピーディに仕掛けていく姿勢を貫く

次は、「三井不動産株式会社」でさまざまな新規事業を立ち上げてきたシリアル・イノベーター、川路武さん。「柏の葉スマートシティ」など複数の大規模開発案件の立ち上げに従事、コミュニティづくりに優れた手腕を発揮するかたわら、日本橋の朝活イベントを運営するNPO法人「日本橋フレンド」の代表としても活動しています。現在は、新規事業として法人向けシェア型サテライトオフィス「WORKSTYLING」の開発・普及に力を注いでいます。

川路さん今日は手がけてきた「三井不動産」での新規事業について話したいと思います。

入社当時は経理を担当する部署に配属されましたが、そこがまったく性に合わず(笑)、一般向け住宅を販売する部署に移りました。まちづくりに関わるようになったのは入社7年目ぐらいですね。代表的なプロジェクトが、産学官連携でキャンパスシティをつくっていく柏の葉プロジェクトでした。

私は共同住宅開発のセクションにいたので、まちと人をつなげるコミュニティデザインを主導していました。その過程で、さまざまなNPOの方やアート業界の方々また大学関係者などと畑の違う人日と知り合う機会を得て、ハコとなる建物をつくった後にソフトの部分をどうデザインするかを学びました。

川路さんその後、住宅の企画開発に携わる中で、すごいジレンマを感じたんですね。なぜなら、日本のマンションって、もはや工業製品に近い完成品になってしまっていたんですよね。安全性や消耗耐久性に対するリスク要因をすべて回収していくと、誰がつくっても同じ家になってしまう。そんな危機感から「住宅の未来をつくる」というコンセプトを追求するようになりました。

その一環で企画したのが、「2020 ふつうの家展」というイベントです。「三井不動産」と「面白法人カヤック」、「トラフ建築設計事務所」の共同プロデュースで、ITのテクノロジーと住空間が一体となった未来の住まいと暮らしを提案しました。

展示では、リビングの壁に窓に見立てたオンラインビデオ通信システム組み込んだり、ダイニングテーブルの真上に設置されたカメラで食卓の風景を記録し、いつでも思い出の時間をテーブル上に再現できる仕掛けも作りました。

一方、東日本大震災をきっかけに、マンション住民が50%を占める東京都心のコミュニティのあり方や「つながり」に関心を持つようになりました。自分自身の活動としても、自宅の一角を開放して、近郊の農家さんの野菜を売るマルシェを開催するなど、市民発のコミュニティ作りについても模索していましたね。

そんな中、突然ビル本部の新規事業担当へ異動になりました。15年以上ずっと住宅畑にいたので、ビルのことはまったくわからないし、知り合いもコネもない。でも「自由な発想で、既存の枠組みにとらわれず好きに企画していい」と言われたので、とりあえず30個ぐらい企画書を提案しました(笑)。

どれもなかなか実現にこぎつけられませんでしたが、最後に当たったのが法人向け多拠点型シェアオフィス・プロジェクト「WORKSTYLING」でした。

「WORKSTYLING汐留」の内観。(画像提供:三井不動産)

「WORKSTYLING八重洲」の内観。(画像提供:三井不動産)

川路さんただ、コワーキングによってオフィスのシェアリングが進むことは、オフィスビル事業を営む「三井不動産」にとってはおっかなびっくりの「パンドラの箱」でもあるわけです。社内には事業推進を懸念する声もありましたが、シェアリング・エコノミーは今後、間違いなく拡大していきますから、やるなら早くやった方がいい、ということで最終的には事業のGOがでました。

働く場所を自分のオフィスに限定せず、多様な人々と交流しながらフレキシブルに働く。そんな新しいワークスタイルを提案していけたらと思っています。

地産品とマーケットニーズのギャップを商機に変える

西村ここからのパネルディスカッションは、「企業内の事業創出のプロセス」がテーマです。川路さん、八木田さん、市川さんに加え、地産品を活用した新しいお菓子シリーズを開発した「JR東日本」の事業創造本部の安彦奈津美さんにも飛び入り参加していただきます。

それではまず、安彦さんに自己紹介していただきましょう。安彦さん、よろしくお願いいたします。

安彦さん私は大学卒業後、百貨店で食品の担当として働いていました。その後、東日本大震災をきっかけに地元の岩手県へUターンし、岩手県庁で3年ほど地元の方たちと水産業の復興プロジェクトに取り組んでいました。

その後、復興の現場で感じた日本の地方都市の共通課題をより大きな枠組みの中で解決していきたいと思い、「JR東日本」へ転職しました。「JR東日本」は人口減による需要低下を見据え、地域活性化を柱としたさまざまな新規事業の開発に取り組んでいたんです。

その一つが、東日本各地のおいしいものを扱う地産品ショップ「のもの」事業です。ただ、首都圏のマーケットニーズと地域色の強い商品には大きなギャップがありました。そこで「のもの」に商品を卸している生産者と連携し、若い女性たちのニーズにあったお菓子シリーズ「おやつTIMES」の開発が始まったんです。

西村「おやつTIMES」は「NewDays(コンビニ)」で買えるんですよね。

安彦さんはい。現在、27種がラインナップしています。次のステップとしては、各商品の製造能力の拡大や、「地方で作ったものを地方で売る」という地産地消型のお土産市場の創出を目指したいですね。

人と人との「つながり」が価値となるビジネスモデルが成功の鍵

西村ありがとうございました。続いて、住宅開発からまちづくり、シェアオフィスまで異なる分野でさまざまな新規事業を成功に導いた川路さんに伺います。まさに「シリアル・イノベーター」のお手本のような経歴ですが、そもそも川路さんがキャリアの中で最もやりたいことは何なのでしょう?

川路さん本当にやりたいことがあったら、サラリーマンにはなっていないでしょうね(笑)。『置かれた場所で咲きなさい』というベストセラーがありましたが、まさにそういう感覚です。

西村どこの部署に行っても、ベストを尽くして結果につなげる、と。

川路さんただ、どの活動にも、その軸には人と人をつなぐ「コミュニティ」というキーワードが共通しています。とはいえ「コミュニティ」は可視化が難しく、再現性もないので、不動産事業においては本来、売りにはなりえません。だからこそ、コミュニティを付加価値にできる人材は稀少であり、私はそこが自分の強みだと思っています。

西村今手がけているシェアオフィス事業も、人と人がつながることに価値を置いた事業展開を目指していますよね。

川路さん「WORKSTYLING」は、今後はコミュニティ機能をさらに重視していこうと思っています。ありとあらゆるKPIを揃えて会社にアピールしています。

西村例えばどういう指標ですか?

川路さん人と人を実際につなげた数や、話しかけた数、他のメンバーとの交流頻度と滞在時間の相関性などですね。まだ母数が少ないのでKPIとはいえないんですが。ただ、長年新規事業に関わっていると、結果を出さないと意味がないということが骨身にしみていますから、成果指標は常に意識しています。

西村「WORKSTYLING」の成果とは、具体的には何だと思いますか。

川路さんやはり収益でしょう。収益を因数分解すると、来場人数、滞在時間、副次的なところでは三井不動産のブランド価値向上まで、いろいろ書き出せるんです。それらを数値化してわかりやすく見せることが重要です。一番上の人はいつも「で、儲かってるの?」しか言いませんから(笑)。

西村なるほど(笑)。収益化以外の部分で苦労を感じるポイントはありますか?

川路さん最終的な決裁権限を持てないところですね。上司はそう簡単に決済のハンコを押してくれませんから。例えば、(中央の焚き火台のオブジェを指差しながら)こういうものを設置しようとすると、上司からは「100万だろ? 100万稼ぐのにあと何人新規の会員を獲得しなきゃいけないの?」と言われるわけです。その度に「じゃあいいです」と言いたくなるのをグッとこらえて、「この赤々と燃え上がる炎がここの価値を一気に高めるんですよ!」などと思いつきを並べながら、粘り強く交渉する。そんなことを日々繰り返すのがつらいです。

(会場笑)


西村新規事業を手がける上で、絶対に避けて通れない難所はありますか。

川路さんサービスローンチ時の現場への説明ですね。例えば、ビルマネジメントなどの事業では、管理会社への説明のタイミングが重要です。決裁が無事に降りても、事前の説明を怠ると、ローンチするときに管理会社から横槍が入ることもままあるので。

安彦さんわかります。「おやつTIMES」の場合、社内の意思決定は早かったのですが、販路となるコンビニとの交渉に苦労しました。コンビニは販売計画や利益目標が細かく決まっていますから、得体のしれない新商品は置きたがらない。そこで、スーパーバイザーのミーティングで生産者さんたちの思いや地域への影響を伝えるなど、根気よく理解を求めていきました。とにかく数字を作ればみんな納得してくれますから、まずは商品をお店に置いてもらうため、あらゆる手を尽くしましたね。

重要なのは「ささやかな戦略」の積み重ねと社外メンターの存在

西村安彦さんは「あらゆる手」と言いましたが、やはり悪手ばかりではうまくいかないと思うんです。そこでシリアル・イノベーターの育成に詳しい市川さんにお聞きしたいのですが、新規事業を成功させる人材に共通する資質のようなものはあるんでしょうか。

市川さんシリアル・イノベーターの多くは、交渉力や社内政治といったスキルを会社に入ってから戦略的に身につけています。例えば、某企業で複数のシリアル・イノベーターを集めてお話を聞いたとき、全員がもれなく実践していることがあったんですね。

西村どんなことですか?

市川さん金曜の夜に社長にメールを送っていたんです。

八木田さんわかります。土曜なら確実に見てもらえますからね。

市川さんおっしゃる通り、社長は平日、24時間経営にコミットしている。でも土曜なら、見てもらえる確率が上がる。イノベーターはそれを知っているので、プロジェクトの重要な判断を仰ぐ際は、必ず金曜の夜にメールを送るんです。あと、みなさん好き好んでトイレの近くや通路側の席に座りますね。

川路さんわかります。私は入り口のそばに座ります。入り口は必ずみんな通るので、全員と話ができて便利なんですよ。

市川さんこういった「ささやかな戦略」の総体が、じつはイノベーターの育成にはすごく重要なんですね。理想的なのは、友達以上チーム未満の「アンオフィシャルなオフィシャルチーム」。ゆるやかなつながりのなかで、先輩イノベーターたちの背中を見て育つ、そういうナレッジが非言語的に共有される環境があると、後輩イノベーターがどんどん育つんです。

西村シリアル・イノベーターを育てるためには、どういう仕掛けを用意すべきでしょうか。

市川さん前半でお話した「入社3〜7年目」は、イノベーター育成におけるゴールデンエイジです。部下もいない、責任もないこの時期に、自由に暴れられる環境を与えるのが大事です。

これが30歳を過ぎてくると、主語が「俺が〜」ではなく「ウチが〜」に変わってきます。物事を会社単位で語るようになったら、残念ながらもう手遅れです(笑)。

西村自由に暴れながら、先ほど指摘された「メンター的存在」を社外や取引先にたくさん見つけておくわけですね。

市川さん新規事業を進める上で、上司を説得する材料の一つとして外圧を使うのは、多くのイノベーターたちが使っている手法です。

西村問題は、そういう懐の広いメンターが日本には少ないという点ですね。

市川さん「クリエイブル」代表の瀬川秀樹さん(株式会社リコー・未来技術総合研究センター所長 )がよくおっしゃっていたんですが、イノベーターというのは孫悟空だ、と。問題は、暴れまわる孫悟空を遊ばせる釈迦の手のひらが小さすぎること。瀬川さんは、イノベーターを育てるマネージャーの数が圧倒的に少ない現状をとても危惧されていました。

川路さんそれで思い出した話があります。みなさん気づいていないと思いますが、「WORKSTYLING」に置いてある漫画は、すべて特注のカバーをかけてあるんです。これ、1年目の男性社員のアイデアなんですね。

実は当初、漫画があるのは好ましくないという声もあったんです。ここは法人向けシェアオフィスですから、印象が悪くなる、と。でも彼は「どうしても漫画を置きたい」と譲らなかった。そこで「わかるよ。たしかに漫画は仕事のビタミンになるよな」と声をかけて、解決策をいっしょに考えたんです。

そうしたら彼は「教科書っぽく見えるカバーをかけましょう」と言い出した。正直、「馬鹿だなあ」と思ったんですが、彼は時間をかけてデザイナーとプランを練り、必死に企画書や決裁書をつくって、ついにはカバーを完成させたんですね。

それがすごい自信になったようで、彼はその後もいろいろなサービスを生み出しています。つまり、周りがほんの少し寛容になって、お釈迦様の手のひらを用意してあげれば、イノベーションを生む力は伸ばせるんですよ。

真のコミュニティは解散した後に始まる

西村少し視点を変えて、何がシリアル・イノベーターを支えるのか、そのモチベーションの源泉を探っていきたいと思います。まず、川路さん。仕事において喜びを感じる瞬間は、どんなときでしょうか。

川路さんちょっと抽象的ですけど、最近「真のコミュニティは解散した後に始まる」という話を耳にしたんです。例えば、単に学校側の都合で寄せ集められたクラスメートは、コミュニティとは呼べない。卒業した後、同窓会で集まって「また飲もうぜ」と言い合ったときに初めて、クラスメートはコミュニティになる。そういうパーティをいくつもつくって、さらにそのパーティ同士が私を基点にどんどんつながって、ポジティブな「つながり」のサイクルが生まれたら、そんなにうれしいことはないですね。

西村その話、めちゃくちゃおもしろいです。安彦さんの「生産者さんたちに貢献したい」という信念にも重なりますが、イノベーターにとって、どうしたら周りをより幸せにできるかという利他の意識は、大きなモチベーションになりうるわけですね。

八木田さん例えばエネルギーの世界において、世界には「多くの資源を持つ国」、「資源が乏しい国」が存在し、そこに格差が生まれます。私は「多くの資本を持つ人がさらに多くの資本を得る」というピケティの21世紀の資本論は受け入れたくありません。生まれてくるときに自分の家族・場所(国)他を選ぶことはできません。どこに生まれたのかで格差による不利益をこうむることは一時的には致し方ないと考えることができます。

しかしながら、努力をしたら、その格差を克服できるという世の中であってほしい。そのために、私は技術開発・発展を通じて、その格差を無効化し、人々の関係を対等・平等なものにしたいと思っています。努力がフェアに報われる世界を実現するために、水ではプライベートウォーターシステムを考案しましたので、電気・熱の分野でもそのようなアイデアを世の中に出していければと考えています。

西村お二人の、利他に基づく高い理想と、ビジネス的な視点のバランスが興味深いですね。

市川さんコインの裏表のような気もします。理想を高いレベルで実現することが、結局は利益の最大化にもつながる、という。

西村先日お会いした岩井睦雄さん(JT副社長)のお話とも重なります。世界的に禁煙の流れが進む中、岩井さんはこう言うんですよ。「JTの存在意義とは何なのか。タバコはなくても生きていける。健康への害もある。でもタバコがあるとほんの少し心が豊かになる。ならば、そういう豊かさを提供する会社として、どんな価値を社会に提供できるのか。常に問い続けなければならない」と。もはや、どう売上げを伸ばすか、といった次元でビジネスを見ていないんです。真のイノベーターは、課題設定のレベルがぜんぜん違うと感じました。

市川さん真のイノベーターは、自社の価値やイメージを常に再定義し、書き換えています。実はそこにイノベーションの種があるんです。例えば、広島県に「西川ゴム」という有名な会社があります。この会社は主に自動車のゴム部品の製造を手がけている。社名に「ゴム」とあるので、さぞかしゴムに思い入れがあると思ったら、社長自ら「うちはゴムの会社ではない」とおっしゃるんです。音や水、塵など、さまざまなものを遮断する「シール」の会社なのです、とのこと。

実はこの会社、ハウスメーカー向けに目地の隙間を埋めるシール材もつくっていらっしゃるんです。自社の価値は何か。言葉にすることで価値を再定義され、技術転用による新商品開発につながった実例です。


西村それでは最後に、みなさんの今後の目標について教えてください。

川路さん私は東京オリンピック・パラリンピックを一つの節目と見ています。まずは「働き方改革」。私は「WORKSTYLING」を通して、働き方に対するマジョリティの意識そのものを変えたいと思っています。誰もが時間や場所にとらわれず、自由に働いていい、という空気を醸成できれば、日本はすごくおもしろいことになるはずです。

もう一つは、日本を訪れた外国人たちに「日本、イカすな」と思われるコンテンツを提供すること。例えば、柔らかな月明かりを再現して夜でも本が読めるまちづくりです。私が知る限り、月明かりに連動して街灯の照度が変わるまちは世界中どこにもありません。日本が誇るテクノロジーと伝統文化を融合させたハイブリッドな街づくりを実現してみたいですね。でも、そのためにはまず異動しないといけませんが(笑)。

安彦さん私にも夢があって、頑張って大消費地に出ていかなくてもいいような、さまざまな地域の特長を活かした、地域で完結する新しい経済圏をつくっていきたいんです。会社には「儲けを出す」のではなく「赤字にしない」という新たな投資カテゴリを設けてもらい、地方の駅前を中心としたサステイナブルなまちづくりに取り組んでみたいです。

八木田さんプライベートウォーターシステムの事業化を通じて、次世代が水に困らず、資源を奪い合う争いのない世界をつくること。そして、徹底的な省エネルギー技術を開発することで、次世代がエネルギーに困らず、同じく争いのない世界を作る、そして素晴らしい地球を残すことです。

市川さん来月、当社に南アフリカからインターンが来るんです。彼の目的は、私たちが取り組むシリアル・イノベーター育成のプラットフォームを、ヨハネスブルクでも構築すること。世界に通用するソーシャル・イノベーターを生み出すエコシステムを作り上げ、新興都市の価値向上を目指したいそうです。東京とは経済状況から治安まで何もかもが違うけれど、私たちもできることは積極的にお手伝いしていくつもりです。マネタイズの仕組みはまだ見えていませんが、今後はこうした外部へのナレッジ共有、プラットフォーム構築支援も促進していきたいなと思っています。

西村みなさん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

庄司里紗 ライター/ジャーナリスト
1974年、横浜市生まれ。国立音楽大学卒業後、フリーライターとして活動を始める。インタビューを中心に雑誌、Web、書籍等で活動後、2012~2015年の3年間、フィリピン・セブ島に滞在。親子留学事業を立ち上げ、早期英語教育プログラムの開発・研究に携わる。現在は人物インタビューのほか、地方創生、STEM教育、バイオテクノロジー、食の未来などをテーマに編集・執筆活動を展開中。明治大学サービス創新研究所・客員研究員。http://risashoji.net/