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まち(=場)はつくるのではなく、生成されるものだ。まちで起こっているイノベーションと、その先の未来【ミラツクフォーラム2018】

フォーラム

毎年12月23日に開催される恒例の「ミラツク年次フォーラム」。一般公開はせず、1年間ミラツクとご縁のあった方々に感謝を込めてお集まりいただく招待制のフォーラムです。
第二会場のセッション2のテーマは「『まち』から始まる未来を見るまなざし」と題し、さまざまな立場で「まち」に深く関わる「株式会社SCAPE」の塩浦政也さん、「株式会社リ・パブリック」の市川文子さん、「松華堂」の千葉伸一さんに、「まち」を舞台としたさまざまな体験や経験、これからのまちづくりへの思いを語っていただきました。モデレーターは、社会彫刻家の井口奈保さんです。

(フォーラム撮影:廣川慶明)

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール
塩浦政也さん
株式会社SCAPE 代表取締役
早稲田大学理工学部大学院修了後、「株式会社日建設計」に入社。東京スカイツリータウンなどの設計業務に携わった後、2013年に「アクティビティ(=空間における人々の活動)が社会を切り拓く」というコンセプトを掲げた領域横断型デザインチーム「NAD」を立ち上げ、室長を務める。近作は羽田クロノゲート、仙川キユーポート、ポピンズナーサリースクール、東京インターナショナルスクール、ほか多数。2018年12月「株式会社SCAPE」を立ち上げ、独立。
市川文子(いちかわ ふみこ)さん 
株式会社リ・パブリック共同代表
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、フィンランドの通信メーカー、ノキア社に入社。約10年に渡りデザインリサーチのエキスパートとして世界80カ国における生活者の実態調査と端末づくりを手がける。同社退社後、株式会社博報堂イノベーション・ラボを経て現職。自治体や企業におけるイノベーションの生態系について研究と実践を手がける。
千葉伸一さん
松華堂 店主 
1975年生まれ。2005年に『ni vu ni Connu café』、2007年に『cafe Loin』、2010年に地元素材を使った菓子の製造販売をする『松華堂菓子店』をオープン。2011年8月、仲間と共に地元のお祭り「松島流灯会 海の盆」を起ち上げる。2012年、そのお祭りがグッドデザイン賞を受賞。2013年には被災して廃墟になってしまった「cafe Loin」でジョルジュルースアートプロジェクトを仲間と共に行う。バブル崩壊や東日本大震災の被災というものを経験して辿り着いた「ゆたかさ」を軸にして新しい経営を考えている。その経営方法が評価され、農林水産省食料産業局長賞を受賞。「松島流灯会 海の盆」初代実行委員長。
井口奈保さん
社会彫刻家/「NION」共同創始者 兼 Chief Community Catalyst
2013年ベルリンに移住。働き方、住む場所、お金、時間。組織のつくり方、まちとの関係性。どういったスタンスで、どう時間を使い、どう意思決定するか。都市生活のさまざまな面を一つ一つ取り上げ実験し、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。近年は南アフリカへ通い、「人間という動物(ヒューマンアニマル)」が地球で果たすべき役割を追求している。ベルリン市民と共に進めているご近所づくりプロジェクト「NION」の共同創始者兼Chief Community Catalyst。

「まち」に関わる3名が登壇


井口さんでは、始めたいと思います。このセッションのテーマは「『まち』から始まる未来を見るまなざし」です。みなさんが「まちづくり」という言葉を使っていらっしゃるかどうかはわかりませんが、まちづくりの現場の方、フィールドワークや調査を行い、コンサルティングとして関わっていらっしゃる方、自分の住んでいる場所で住民の一人としてまちの未来をつくっている方の計3名にお越しいただきました。

塩浦さんみなさんこんにちは。塩浦政也です。僕は元日建設計「NAD(NIKKEN ACTIVITY DESIGN Lab)」の室長なんですが、15分ぐらい前に(登壇者紹介のスライドに)「株式会社SCAPE」と社名を入れていただきました。先週の金曜日に法務局に申請して、晴れて今日が「SCAPE」初の稼働日です。職業は建築家です。今日はよろしくお願いいたします。

市川さん「リ・パプリック」の市川です。私は大学時代に『誰のためのデザイン?』という認知科学の本を読んで、「こういう世界がやりたい」と思ったのがきっかけで、フィンランドの「ノキア」という携帯電話をつくる会社に入りました。仕事はリサーチャーだったので、最初は自分たちの持っている技術をどうやって使ってもらうのかを考えていました。でもある時にこのままだと仕事がなくなるという話になり、新たな市場を求めて、アフリカやインドに行き始めました。

私たちが売っていたのは当初は数百万台でしたが、実際にアフリカやインドの現場に行ってみると、本当に安い携帯電話は1億台も売れるんですね。なぜなら、アフリカやインドでは本当に携帯電話が必要とされていて、いろいろな形で使っているという実態があったからです。そこから「デザインリサーチ」という領域を実践していきました。

今やっている「リ・パブリック」は、福岡と東京にオフィスがあります。いろいろな自治体に機会をいただき、地域それぞれのスキルや資源を使っていくことのお手伝いをしています。今日は海外の事例も交えてお話できたらと思っております。よろしくお願いします。

千葉さん「松華堂」の千葉と申します。「松華堂」というのは、宮城県の松島町にある和菓子屋さんで、私は五代目にあたります。1911年に創業したときには和菓子だけでなく、粉屋さんとして小麦粉を売る卸業もやっていて、時代に合わせて甘味処や食堂を始め、私の代で、原点に戻ってカステラ屋(和菓子屋)をつくったという形です。

どうやって時代に最適化して生き残ってきたか。あるいはちょうど創業100年目に震災があり、それをどう乗り越えてきたのかというお話ができるかなと思います。まぁ乗り越えるというより、どうやったら楽しく、新しい空気のなかで生きていけるのかという部分で今日は呼ばれたのかなと思っております。

井口さん私も簡単に自己紹介させていただきます。井口奈保といいまして、現在、ドイツのベルリンに在住しています。このセッションのテーマに関連するところでいうと、「キーツ(※)・デザイン・プロジェクト」というまちづくりプロジェクトをドイツ人と日本人とで立ち上げ、日本の文化とも関連があることをやっています。
(※キーツは北部ドイツの方言で「近所(英語のネイバーフッド)」の意。ただし、物理的に近所というだけでなく、特有の文化と愛着があることを含意する)

今日は、最初の問いだけは持ってきたので、そこから自由に進めていきたいと思います。まず、みなさんがまちに出たときに、未来の兆しを目の当たりにした体験やこぼれ話、まちを観察して気づいたことでもいいんですけれども、方法論とか見解ではなく、具体的な情景が浮かぶような実際のストーリーを伺いたいです。

三者三様の、まちで未来の兆しを目の当たりにした瞬間

塩浦さん僕は最近、毎日都心を歩くようになりました。なぜかというと、会社を辞めたらタクシー清算ができなくなったからです(笑)。じゃあ1日1万歩歩こうと決めました。あまりいいほうの話じゃないんですが、この前、日比谷で打ち合わせが終わったあと、港区まで歩いて帰ったときに「東京ってベンチがないな」と思いました。ベンチに座るためには、カフェに入るしかないんですね。仕事柄いろいろな世界都市を歩いていますが、どの都市にも休めるところはあります。でも東京は、そういうところがないなと思いました。

千葉さん震災の復興が始まった頃は、地域も含めてカンフル剤的なイベントがたくさんありました。でも僕らは、それじゃ意味ないなと思って、イベントではなくお祭りをつくりました。自分たちのアイデンティティを取り戻すことをやっていったんですね。

特に集客を考えていたわけではないんですが、結果的に注目してくれる人がいたり、外の人が興味を持ってくれたりということが起こって、8年経ってみたら、都会から移住してきた人がいて、小さなパン屋さんやお花屋さんだったりっていう個人商店もできはじめました。それって大した経済効果はないかもしれないですけど、未来が楽しみになってきたなということは実感しています。

市川さん私は、いろいろな欧州の都市に行かせてもらう機会があります。たとえばアムステルダムでは、35人ぐらいのソーシャルイノベーターや社会起業家がフルタイムやアルバイトとして採用されており、自分のビジネスとは別に、アムステルダム市役所に勤めていました。

ここで「やられた!」と思ったのは、その人たちはお金になるものを先につくり、「お金」や「人材」をあとから得る癖がついていたことです。すでにあるものを自分たちの発想でいったんハックし、「これつくっちゃったからどう?」という形で進めているのが、すごくおもしろいと思いました。

オスロのシェアサイクル「OSLO BICYCLE」もおもしろかったですね。ここの自転車には、1台1台に人の名前がついています。そうすることで何が起こるかというと、メンテナンスにかかるコストが小さくなるそうなんです。人の名前が入っていると、誰もが「これは自分たちのものだ」と思うようになって、大事にするそうなんです。

つまり、まちにどういうふうに人やものが関わっていくのかということが、大拙なのだと思います。ストレス発散的にまちづくりの談義をするよりもそっちのほうが大事だということは、そういった事例を見てきたなかで感じていることですね。

千葉さん確かに今のまちづくりの会議はストレス発散的なところがありますね。特に小さいまちだと、どうしても周りが近いんです。あちこちでばったり会いますし、みんながまちに愛着があってやっていることもわかっていますから、ことが起こったときに反対しにくいところがあります。

「まちづくり」という言葉に違和感がある

塩浦さん「まちづくり」って言葉を、僕はあまり使わないんですね。「つくる」っていうのはちょっと違う感じがするんです。感覚としては、まちに参加するとか、まちおこしぐらいがいいんじゃないかと思います。

まちづくりはバズワードですから、そういう意味では使ってもいいと思うんですけど、まちづくりに興味があるっていうのは、働き方改革やアートに興味があるというのと近いなと思っていて。特にここ1、2年は「まちづくり」という言葉が一人歩きしているように感じます。思考停止な感じがするので、そこにちょっと、懸念を持っていますね。

市川さん私は最近「コミュニティ」という言葉にもすごくモヤモヤしています。いろいろな人が使う言葉ですが、グループを強化してしまうのではないかと思いはじめて、恐る恐る使っているんです。

オランダのある研究者の人が言っていたことで、すごく納得したことがあります。日曜日に教会に行ったり、近所の人と市場で立ち話をするのは、強制的な顔合わせですよね。でもそれだけじゃなく、演劇などをまちのみんなで見にいくのも「強制だった」って言うんです。しょっちゅう顔を合わせるからなんとなく行かなきゃいけない。そういうことを考えると、ただ仲良くするというのは、そのまちの根幹という気がします。

だからこそ、そうじゃない場を仕掛ける場づくりをしていかないとよくなっていかない。たとえば電力や水道もどんどん自由化が進んで選択肢が増えていますが、隣の人と改めて「ソ-ラーパネルつけたいよね」とか「エコの電気が大切だよね」っていう話はあまりしませんよね。そういう場をつくって洗い出さないと見えてこない話があると思います。そこにできるだけいろいろな人たちが巻き込まれるのが、まちの未来としては理想じゃないでしょうか。

まちは、たった20センチの段差で変わる

井口さんまちへの愛着を自分がいる場所に生み出して、その感覚によってさらにまちに貢献していく。そういう例は、みなさんのお仕事のなかで何かありますか?

塩浦さん僕は最近、市場に興味があります。ものすごく対照的だったのが、ロッテルダムの「マルクトハル」と、ベルリンにある「マルクトハレノイン」です。その二つの屋内市場を同時期に見たことがあったんですね。現代建築家がつくったロッテルダムの市場はとてもすばらしかったんですが、あまり人がいませんでした。そして、リノベーションされたベルリンの市場のほうが、たくさん人がいたんですね。

どうしてなのか徹底的に観察したら、売り場とお客さんのいる通路の段差が、ベルリンのほうはなかったので、お客さんと店主の関係がなくなって、そこで会話が始まるんですね。ロッテルダムの市場は現代建築ですから、防水や排水の溝があって、20センチぐらいお店のほうが高くなっていました。そうすると会話が弾まないんですね。

僕はビジネスモデルやプロモーションなど、さまざまなものの上に場が成り立つことをよく理解しているつもりです。でも、まちというメディアは、たった20センチの段差で変わってしまうんだなということを、このときにすごく感じました。それはすばらしくもあり恐ろしくもあるということを常に考え、自分が設計する立場になったときには、そういうことを戒めながらやるようにしています。

まちづくりに関わっていいとどのぐらいの人が思っているのか?

市川さんそもそもまちづくりに関わってもいいと、どれだけの人が思ってるのかは疑問に感じています。先日会った人は「自分の家の前を通った人が、本を自由に持っていける本棚を置きたい。でもそれは違法なんじゃないか」とすごく悩んでいて。私は、その気持ちがわかると思ったんですね。ある種の専門家であれば打ち出してもいいし関わってもいいけれども、一介の市民がやっていいのかはよくわからない。「そもそも大家さんがOKしてくれるんだろうか?」という話になってくる。

そこで一つ紹介したいのが「エリクソン」というスウェーデンの会社がやっている「BLOCK-by-BLOCK」いう本当にシンプルなプロジェクトです。まちづくりみたいなことをやる「マインクラフト」というゲームがあるんですが、スウェーデンが発祥ということもあって、ヨハネスブルクの高校生や大学生に「エリクソン」がそのアプリを提供しているんです。

そこでは自分たちがまちをどういうふうにしたいのかを考えて、橋をつけたりベンチを置いたり、店をつくったりということをやっていきます。それをカメラで投影すると、自分がつくった橋がまちのなかにバッと映るんです。いわゆるARですね。そうすると、これまでまちづくりに関わる必要がなかった子どもたちが、とても楽しそうにワイワイと、まちの未来について考え始めるんです。

それが本当にいいなと思いましたし、そういうテクノロジーの使い方だったらもっとあってもいい。そういったファンクションを使って何かできないかなと最近思うようになりました。

カフェは「苗床」である

千葉さん私は20年ぐらい前、オランダでホームステイしたことがありました。その頃はまだ、早く都会に出たいという願望が強かった時期です。ホームステイした家はロッテルダムから車で1時間ぐらいの場所にありました。比較的裕福な家庭だったので、なぜこんな田舎に住んでるんだと聞いたら「なんでわざわざロッテルダムの小さいマンションに住まなくちゃいけないんだ?」と返されました。

僕らは子どもがいる。ここだったら海もあって、水鳥もたくさん来て、サッカーもできる。インターネットがあれば買い物もできるし、こっちのほうがいいじゃんって。「僕らは単なる田舎者じゃなくて、カントリージェントルマンなんだ」みたいなことを言われて、この感覚を自分が東北で実践したらいいんだと思いました。

それと私は、カステラ屋だけじゃなく、カフェもやっています。カフェを営業していると、そこにいろいろな人が来ますよね。町内だけじゃなく、仙台の人、東京の人、たまに外国の人も。カフェって「情報の発信地」みたいな言われ方をするんですけど、私は、どちらかというと「苗床」だと思ってるんです。触媒として機能して、いろいろな方がそこで交流したり知り合ったりして、勝手に流れていく。

私の店でも、お客さん同士が友だちになって、「こういうのが好きなんだよね」「じゃあ、こういうのやってみない?」っていうことが、ちょいちょい起こるようになってきています。好きでやってる場所に、いろいろな文化の人が集まると、その好きであることを触媒にして新しい店や文化ができてくるっていうことが、すごくおもしろいなと思っています。それに、すごく楽なんですよね。みんな勝手にやってくれるんで(笑)。

市川さん松華堂さんはもっと宣伝してもいいんじゃないですか? お伺いしたときに、すごくおしゃれなカフェで、びっくりしました。

千葉さんうちの店は、震災の半年前に建て替えたばかりですぐ被災して、なかなか大変だったんです。でも広告費はずっと、ほぼ0円なんですよ。自社ホームページも持っていません。

田舎でも美しくておいしいものを出していると見つけていただけて、伊勢丹のバイヤーさんが「催事やりません?」って声をかけてくださったり、仙台の「エスパル」っていうファッションビルに出店できたり。後付けですけど、ちゃんと時代に合ってて、フィールグッドに楽しくやってるとなんとかなるなという実感はありますね。

「場」はデザインもマネジメントもできない

井口さんここまではみなさんがお仕事のなかで感じていることや気づいたことをお話していただきましたが、今度は日常のなかで未来を考えているのかどうか。考えているとしたら、パーソナルな部分での未来としてはどんなことを見ていらっしゃるのかを伺いたいです。

塩浦さん逆にいうと未来しか見てないですね。「SCAPE」って会社名は「22世紀の景色をつくる」という意味でつけました。僕はもともと建築からスタートして、ずっと設計図を引いていたんですね。「建築」から始まってNADの室長になって「空間」にいき、今は「場」っていうものを捉え始めています。それで会社名を「SCAPE」にしました。

どういうことかというと、建築はデザインの一部なんですね。でも空間は、関係を俯瞰して見ることになるので、イノベーションとかマネジメントになります。だからNADでは、デザイナーのような仕事をしていたんですね。一方「場」は、僕のなかではデザインもできなければマネジメントもできないものです。ジェネレートするもの、生成するものだっていうふうに捉えてるんですよ。だから、まちづくりとか場づくりっていう言葉の使われ方はちょっと違うと感じるんだと思います。

今の質問に戻るんですけれども、予定調和的な計画に基づく何かっていうのは完全に賞味期限を迎えています。今の僕の未来像っていうのは、なんかよくわからないけど五感で感じているものをグッと集めて、そこで何かが生まれるっていうところです。そこにどういうふうにしたら参加することができるのだろうかという見方をしています。

千葉さん私は2歳と9歳の子どもがいます。本当にリアルなところから考えると、この子たちにどんなまちを残していけるのだろうかという話はあるかと思います。私は単純に松島が好きだから、「松島に住む」というのが一つの選択肢になりました。でも子どもたちは別にどこに住んでもいいと思うし、もっと選択肢を増やしてあげたいということはすごく思います。これから先、どういう世界になるかもわからない。だから、いろいろなところに種をまいたり、いろいろな可能性を楽しんでいくしかないのかなと。これは自分の商売をやっていくうえでもそうですね。

市川さん以前、千葉さんのお話を聞いたとき、「一世代飛ばす」という話をされていたことを思い出しました。それは「父ちゃん母ちゃんは、じいちゃんばあちゃんがまだ強いから、祭りや地域のことに関われない」という話で。つまり、巻き込んだり説得しなきゃいけない相手が、二世代上の人なんですね。私たちが考える一世代は20年か30年ぐらい。だから、そのぐらいでまちのつくり方も変わるのかなと思っていたら、一世代飛ばすと5、60年はかかるわけです。これはたぶん、都会で知らない人たちを巻き込んでやるまちづくりの感覚とは、全然違うんじゃないかなと思いました。

千葉さん違いますね。愛着が強いから、意見のぶつかり合いも多いです。だから私は、とにかくかき混ぜていようと思ったんですね。さっき「まちづくり」って言葉はちょっと違うと言われてましたけど、何かしらの未来があって逆算するよりも、かき混ぜていれば腐らないから、そのうちいい感じの未来になっていくというような。だからそこに「ソーシャルイノベーション」みたいな力強さはありません。たぶん「ウィッシュ」ぐらいの感じで活動してるのかなというイメージですね。

謝る技術が、まちづくりには大事かもしれない

塩浦さんそう、そんな感じなんですよ。まちづくりって言葉、本当に好きじゃないなと今改めて思いました。ニューヨークに「ブラインドパーク?」ってあるんですよ。そこに取材に行ったときに、「野外コンサートや映画祭をやったら、苦情がきて大変じゃないですか?」って聞いたんです。そしたら「大丈夫。ごめんなさいって言えばいい」と言われて(笑)。でもそういうことって大事だなと思ったんです。キーワードは「いたずら」みたいなこと。それをかっこよく言えば「タクティカル・アーバニズム(戦術的都市計画)」っていう言葉になったりします。

つまり、その都市にいい意味で仕掛けられる人がどれだけいるのかということ。それが、まったく真逆にある都市計画や建築と違うパワーとして機能してる感じが、すでにあるんじゃないかなと思います。僕はこちらの要素も大事にしたいですね。

千葉さんほんとそうなんですよね。いろいろなことをやってると、単純にじっちゃんたちに怒られるっていうのはやっぱりあるんですよ(笑)。だけど、ずっとやり続けていると、「まったくお前は…」みたいな感じになってくる。だから代表団を構えるとか説得するとかじゃなく、行動で示していれば、なんとなく受け入れてもらえるようになるのかなっていう感じもしていますね。

市川さんそのコツはあるんですか?

千葉さんそれはもうやっぱりあれです。「すいません、またやっちゃいました」って(笑)。

塩浦さんやっぱり謝る技術が、まちづくりには大事かもしれないです(笑)。

千葉さん私も震災直後は、「俺たちの未来なんだ!」って闘っちゃったこともあったんです。でもそれだと分断されちゃうし、しんどくなってくるんですよね。全然楽しくないし、楽しくないと周りも巻き込まれてくれない。いかにサステナブルにまちを調整していくかを考えたときには、楽しいことはやっぱり大事だと思います。あとは素敵であること。さっき市川さんが紹介してくださったシェアサイクルの事例もそうですよね。

市川さんタクティカル・アーバニズムは、一回目で「ごめん」と謝り、その後やりやすくなるように環境が整備されることがポイントですね。

塩浦さんそうですね。タクティカルというからには戦略的なアクセスがあります。そして潜在的に、謝るってことを、ある程度大人がやることだなと思います。一つ事例を申し上げますと、前職で最後に担当したプロジェクトで、調布駅前に「トリエ」という商業施設をつくりました。そこに「てつみち」という公園をつくったんです。その場所は2年限定でとある鉄道会社が調布市からお借りしている土地で、最終的にはその土地を使って道路を拡幅することになっていました。

行政は、何十年前かの契約どおりに道路を拡幅しないといけないんだけど、それは今も必要なのだろうかと思っているところがありました。一方で鉄道会社さんは、ここの土地を本当は買いたいんだけれども、行政との関係もありますから、なかなか言い出せなかった。
そこに我々デザイナーが入って、間を調整するような場ということで小さな公園をつくったんですね。実はそこには、僕らの戦略があったんです。

ここは絶対ウケるだろうと思っていましたが、案の定めちゃくちゃウケました。塾通いのお子さんが勉強をしたり、ママが子どもを遊ばせたり。そうするとエビデンスができるわけです。目の前で子どもたちが喜んでるわけですから、この笑顔をつぶすわけにいかない。この場を残そうという話に自然となっていって、みんながハッピーになる。これが僕の言葉でいうと「いたずら」です。こういうものをどれだけ仕込めるのかが大事だというふうに思っています。

さらにそのプロセスでいうと、僕は行政も鉄道会社さんも含めて全員で大人の遠足に行くんですね。アメ横に行ったり、上野動物園に行ったり。それを繰り返していくと、行政、民間、デザイナーという肩書きが関係なくなってチームになるんです。これは意思合意のために50回会議するよりも、かなり合理的なアプローチです。プロセス・イノベーションみたいなことまで含めてやっていかないと、大いなるいたずらっていうのはなかなか実現しないと思うので、このプロセスもポイントかなと思っています。

「どんな場所も好き」というメンタリティが重要になる

塩浦さん僕は、コミュニティの最適規模ってあるんじゃないのかなって思っています。たぶんですけど、フィジカルに接することができるコミュニティは、300人から最大でも1000人が限界じゃないでしょうか。町内会は昔からそのぐらいのネットワークですし、日本だと公立小学校はそれぐらいの規模感ですよね。あの家にピンポンダッシュしたらおばあちゃんに怒られるっていう想像力は持てる範囲。

小さすぎても駄目だし、大きすぎると厳しい。そういったコミュニティが今後どうやって東京をはじめとしたあちこちの都市でできるか。あるいは、できている都市はこの先強いということだと思います。ベルリンはそこがかなり強い都市だと思いますけどどうですか?

井口さんそうですね。ベルリンはもともと政治的な歴史に翻弄されたまちです。第二次世界大戦で敗戦して、ベルリンの壁ができ、それが1989年に崩壊して、翌々年の91年に東西ドイツが統一されました。ドイツは州制度なので、ベルリンは州であり市でありドイツの首都であるというように、政治的なパイプがいくつもある場所です。ただ、壁が崩壊してからまだ30年なので、ベルリンの市議会はとても若くて、まだまだ機能していないんですね。

そのなかで、「スクワット文化」が生まれました。当時は法律も何もなかったので、最初に入った人がその土地をクレーム(権利を要求)できたんですね。「スクワット(=不法占拠)」というものなんですけれども、アーティストを筆頭に、市民が廃墟にまちをつくったんです。市民が自分たちでまちをつくるということが文化としてある場所です。その文化を守り抜いている人たちは、少ないですけど今もまだいます。

「キーツ」もそうです。「キーツ」は北部ドイツの方言で「ご近所」という意味ですが、単なるネイバーフットとは少し違います。そこにとても愛着があって、自分がそこに所属していて、それぞれのキーツにそれぞれのカルチャーがあるという意味合いがあります。キーツそれぞれにアーバンファームをつくるとか、コ・リビングスペースをつくるとか、建築家と行政とそこに住む人たちとが、みんなでそういったものをつくる事例がいくつもある都市がベルリンです。

もちろん、日本とはまったく文脈が違うので、真似できるようなものではないと思います。未来を考えるときには、その土地にどんな土地の記憶があって、どんな時間を過ごしてきたのかということはすごく影響するなと、ヨーロッパの都市にいると思います。戦争の影響もあるのかもしれないですけど、日本はその時間っていうものがブツブツ切れていると感じますね。

塩浦さん確かに、世界の建築家や行政の都市計画課の方と議論すると、東京は劣勢になりがちです。ただ一方で、すごい可能性もあると思います。ヨ-ロッパの方でも、東京が好きな人っていうのはものすごく好きですよね。

井口さんみんな、東京には憧れています。

塩浦さん僕は東京のトライブ(部族)感はおもしろいなと思っていて。代官山に住んでいるやつ、みたいなのってあるじゃないですか。白金台っていうと「あー、はいはい」みたいな(笑)。中目黒でも、南側の人と北側の人でちょっと違う。それって東京のおもしろさだと思うんですよ。だから東京は、物理的に建築を設計するんじゃなく、読み解きとかストーリーづくりでもっとおもしろくなれるんじゃないかなと思っています。

市川さん東京は本当に難しいと思いますね。すごく大きくて、そのなかにまた、それぞれのエリアがある。区ぐらいの大きさなら想像できても、それ以上だと想像できない。だから、結局は「人」なんじゃないかと私も思います。

千葉さん僕は旅行が好きでいろいろなところに行くんですけど、どこも好きなんですよね。都会と田舎って相反するものではなく、選択肢としていろいろな色があるというだけなんだと思います。

今日も松島から日帰りできています。都会と田舎の距離は、それぐらい近くなってきている。僕もせっかく東京に来たから買い物して帰ろうとか、やっぱり楽しいんですよね。だから、いろいろなことを楽しめるということを否定しないで、お互いのコンプレックスをどうやって消していくのかということを最近すごく考えています。

塩浦さん「どんな場所も好きです」というメンタリティは、21世紀を生きる大きなヒントだと思います。なぜかというと、人ってまちのことを好きになればなるほど排他的になるんですよね。それが行き着く先はなんらかの「war(戦い)」になってしまう。「俺が住んでるここ、最高!」に加えて「このまちも好きだけど、あっちもいいよね、こっちもいいよね」という寛容性をキープしながらまちづくりに参加できるかがすごく大事なんだと思います。

場を構成する7つの要素

井口さんまだ少し時間があるので、会場で質問がある方はいらっしゃいますか?

質問者1塩浦さんに質問です。「場はジェネレートだ」と言ってたんですけど、ジェネレートだとして、そもそもそういう場は誰がつくるんですか?

塩浦さん場を構成する要素は7つあるんですね。それを一つひとつ丁寧にきちんとやっていくことによって初めて「あーいいな」という場が生まれます。

7つのうちの4つが特に大事です。一つが「他人を中心に置く」ということです。2つ目が「空間」。これは当たり前ですね。空間をマネージする。もう一つが「時間」。プログラムをしっかりつくるということですね。そしていちばん大事なのが4つ目で、最近は「手間」と言っています。前職では「キーユーザーエクスペリエンス(鍵となる経験)」と言っていました。どこに手間をかけるのか? この4つをしっかり中核において、4つの間の要素を見ていきます。

残りの3つはまた時間があるときにお話しますが、自戒も込めて言うと、いくつも建築を設計してきて、いい建築ができたなと思うことはあっても、いい場ができたなと思うことはほとんどなかったんですよね。よく言うのは、リフレッシュコーナーつくってリフレッシュしてるやつ見たことないっていう(笑)。

もちろん仕事は丁寧にやります。ドアノブ一個から照明までしっかりやりますけど、そこに場が生まれてほしいなと思ったときには、ひょっとして建築家の「デザインする」とか「マネジメントする」という思いは良くないのではないかなと。そんな思いが生まれて、スペースからスケーブにシフトしようとしているところです。

特定の場所の未来はどうなる?

質問者2みなさんにお聞きしたいんですけれども、先ほど千葉さんが「どのまちも好き」とおっしゃったように、移動が簡単になってきているなかで、特定の場所だからできること、あるいは特定の場所を魅力づけることの意味は変わってきていると思うんです。僕自身は特定の場所を良くしようと活動している側なんですけれども、特定の場所の意味の変化や未来っていうものを、みなさんがどう思っておられるかを教えてもらいたいです。

塩浦さん時間が有限だって考える現代人は多いんですけど、空間が有限だって考える人は、あまりいません。たとえばアバターは、フィジカルな自分がここにいてもいいけど、WEAR SPACEみたいなものを身に着ければ、意識が向こうに飛ぶというものですよね。ただしそのとき、分裂した自己があるとしても、主体たる自分はどこにいるのか?

スマホでどこでもいつでも仕事ができるっていうときの「どこでも」に問いを向けるんですよ。だって「どこでも」と言いながら、絶対にどこかにいるわけですから。

この先、もしかすると人間は100ぐらいの場所を行き来する存在になるかもしれません。でもやっぱり、同時に2ヶ所はいられないんです。メインとなる場には、その存在に似たものがある。それを考えると、意識の重心が向こう側にあるときの場所性みたいなことを考えていかなくちゃいけないんだと思います。

市川さん悩ましいですよね。行く場所、行く場所に愛着が湧いて、その間をフラフラできたらいいなといつも思います。そういうときに一歩動けるか動けないかは、行った場所でなにかしらの生業が成立するかどうかじゃないでしょうか。行く先で仕事が生まれれば、そこで稼げて暮らしていけて、関係性ができていく。そうなると愛着を持っている人たちが一日でも長くいられる構造になります。そこさえ変わっていけば、2拠点どころか3拠点、4拠点みたいものもできると思います。だからやっぱり「仕事ください」という話かなと思います(笑)。

千葉さん本当にどんなまちでもおもしろいことは見つけられるなと思っていて。でも同時に弱肉強食っていうところも絶対的にある話で。全部が全部色鮮やかに生きられるわけではない時代は確実に来ると思いますし、そこに関しては、受け入れていかなくてはならないだろうとも思います。

考えなくてはいけないのは、どういったまちならいろいろな人が適合できるのか。つまり、東京が中心になって、そこからどんどん薄くなっていくイメージではなく、多様性のあるまちをどうやったら一からつくっていけるのか。それについては、日々悩みながら生きる必要があるなと思っています。

市川さん私はもはや「まち」という言葉もどうにかしたいです。都市も地方も根源的な問題は一緒なのに、言葉を選んだとたんに派閥を選ぶみたいになっていてモヤモヤします。

塩浦さん約2万年前に定住社会ができ、やがてそこにまちができた。だから、都市の歴史ってたかだか数千年なんですよね。今はちょうどティッピングポイントにきてるので、みんなちょっとした違和感は持っているはずです。その意味では、「都市」や「まち」って言葉も賞味期限が切れているのかもしれません。そのあたりは難しいところですよね。今日は、今、僕らが言えることをお話した、ということだと思います。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

次回ミラツクフォーラムに参加を希望される方は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」にご参加ください。ミラツクフォーラムは、メンバー向けの招待制の会として開催されます。
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NPO法人ミラツク では、2016~2019の4年間でミラツク年次フォーラムにおいて行われた33のセッションの記事を分析し、783要素、小項目441、中項目172、大項目46に構造化しました。詳しくは「こちら」をご覧ください。
平川友紀 ライター
リアリティを残し、行間を拾う、ストーリーライター・文筆家。greenz.jpシニアライター。1979年生まれ。20代前半を音楽インディーズ雑誌の編集長として過ごし、生き方や表現について多くのミュージシャンから影響を受けた。2006年、神奈川県の里山のまち、旧藤野町(相模原市緑区)に移住。その多様性のあるコミュニティにすっかり魅了され、気づけばまちづくり、暮らし、教育などを主なテーマに執筆中。
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