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忍者か? 武士か? それぞれの得意を生かして認め合う、これからの人材育成のあり方【ミラツクフォーラム2018】

フォーラム

毎年12月23日に開催される恒例の「ミラツク年次フォーラム」。一般公開はせず、1年間ミラツクとご縁のあった方々に感謝を込めてお集まりいただく招待制のフォーラムです。

第二会場のセッション1では「新しいライフスタイルと未来社会に求める人材の育成」をテーマに、社会彫刻家の井口奈保さん、「株式会社オムロン」の竹林一さん、「S-CUBED LLC」の須藤潤さん、「京都大学総合博物館」の塩瀬隆之さんに、それぞれのライフスタイルや価値観、そしてこれからの人材育成に必要な視点について語っていただきました。モデレーターは「株式会社DKdo」の黒井理恵さんです。

(フォーラム撮影:廣川慶明)

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール
井口奈保さん
社会彫刻家/「NION」共同創始者 兼 Chief Community Catalyst
2013年、ベルリンに移住。働き方、住む場所、お金、時間。組織のつくり方、まちとの関係性。どういったスタンスで、どう時間を使い、どう意思決定するか。都市生活のさまざまな面を一つ一つ取り上げ実験し、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。近年は南アフリカへ通い、「人間という動物(ヒューマンアニマル)」が地球で果たすべき役割を追求している。ベルリン市民と共に進めているご近所づくりプロジェクト「NION」の共同創始者兼Chief Community Catalyst。
竹林一さん
「オムロン株式会社」イノベーション推進本部 SDTM推進室長 経営基幹職
「オムロン」入社後、関東のパスネットシステムなど、大規模プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務める。以後、新規事業開発、事業構造改革の推進、「オムロンソフトウェア」代表取締役社長、「オムロン」直方代表取締役社長、「ドコモ・ヘルスケア」代表取締役社長を経て現職。各種委員会の諮問委員ほか、プロジェクトマネージメント、モチベーションマネージメント、ビジネスモデルマーケティングなどの講演、執筆などを通じて“日本のエンジニア”“日本の経営者”を元気にする活動を実施中。
Jun Suto(須藤 潤)さん
「S-CUBED LLC」CEO & Solution Curator
大手外資系コンサルティング企業にて米国・日本を中心にグローバルに活躍。2004年、「s-cubedコンサルティング」を設立。M&A、トランスフォーメーション(企業改革)、ターンアラウンド(事業再生)、コーポレート・ガバナンス、チェンジマネジメントなどを専門に活動し、グローバル企業からスタートアップまで戦略実現を軸に付加価値創出をサポート。「グローバル・シチズンシップ」「アバンダンス思考」「より良い世界への機会創生」を軸に、健康医療イノベーション、食料問題解決、教育などの分野で活動中。また、日本を起点に北米、南米、ヨーロッパ、アジア/インド、アフリカなどとのコラボレーションのブリッジの強化を目指している。直近では「XPRIZE財団」とのコラボレーションで「全日空(ANA)」のアバター戦略構築・立ち上げに貢献。人と人との間の距離、時間、文化のギャップがなくなる未来の創造を目指す。「2016 XPRIZE VISIONEERS」Prize Developer(グランプリ受賞)。「Learn Do Share Japan」エグゼクティブ・プロデューサー。
塩瀬隆之さん
「京都大学総合博物館」准教授
京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。京都大学総合博物館准教授を経て2012年 6月退職。同7月より経済産業省 産業技術環境局 産業技術政策課 技術戦略担当 課長補佐。2014年7月に復職。共著書に、「科学技術Xの謎」「インクルーシブデザイン」など。日本科学未来館「“おや?”っこひろば」総合監修者。NHK Eテレ「カガクノミカタ」番組制作委員。中央教育審議会初等中等教育分科会「高等学校の数学・理科にわたる探究的科目の在り方に関する特別チーム」専門委員。
黒井理恵さん
「株式会社DKdo」取締役
北海道名寄市出身・在住。静岡県立大学卒業後、東京の出版社、企業PR・ブランディング企画会社を経て、2014年に東京の北海道人仲間と「北海道との新しいかかわり方を創造する」を企業理念とした「株式会社DKdo」を設立し現職。同年に名寄市にUターンし、道内の市民対話の場づくり、道北地域の観光・移住プロモーションのサポートをしながら、名寄市ではコミュニティスペース「なにいろカフェ」を運営。道内や東京などさまざまな場所でファシリテーターとして活躍中。

人生そのものをアートする

黒井さん みなさんこんにちは。モデレーターを務めさせていただきます、黒井理恵と申します。北海道の名寄市からやってまいりました。ミラツクの理事をやっておりまして、(西村)勇哉さんから「こういうセッションをやるからモデレーターよろしくね」と言われたんですけど、「新しいライフスタイルと未来社会に求める人材の育成」ってどういうこと? なんで私なの? みたいな感じでした。そこからいろいろ考えました。

まずは「新しいライフスタイルってそもそも何?」っていうキーワードから始まっていくと思うんです。ここに立たれているみなさんは、まさに新しいライフスタイルを体現されている方々ですよね。私も地方に移住した人間ですが、新しいライフスタイルっていうと「二拠点居住」とか若者が飲み会に参加せずに自分の時間を大事にする」とか、そんなのがあるよなと思っていました。でも、それももう古い話なんですって。

勇哉さんによると、20代の人たちは「むしろ食住を密接させたい。職場から徒歩10分みたいなところに住んで、なんなら職場の仲間とシェアハウスしたい」と。「仕事もプライベートも一緒じゃ疲れないの?」と聞いても「いやいや、そのほうが良い関係がつくれるし、コミュニケーションも楽でいいよね」となる。新しいライフスタイルって、そんなところまで進んでいるそうなんです。

今日の登壇者も、私たちが考えている新しいライフスタイルのさらに先をいってるんだろうなと思います。まず自己紹介と、みなさんの最近のライフスタイルがどんな感じなのかっていうことを教えてもらうところから始めたいと思います。

井口さん 初めまして、井口奈保と申します。5年半前にドイツの首都ベルリンに移住しまして、社会彫刻というアートの領域で活動しています。大体はベルリンにいて、たまに日本に帰ってくるんですけれども、多拠点に住むっていうことはあまり意識していません。ベルリンがベースで、たまに用事があると移動するというライフスタイルで、そういう意味ではごく普通かなと思います。

社会彫刻のなかで、人生そのものをアートするということをテーマにやっています。いわゆるファインアートというより、自分の世界観とか哲学を日常生活で実践することがアート表現だと思ってやっています。そのなかで最近辿り着いたのが、毎年南アフリカのサバンナに行くことです。またあとで話が展開するなかで共有できるかと思いますが、そんなライフスタイルです。

黒井さん 自分の哲学が落とし込まれているのが社会彫刻。何か一例、どんなものか教えてもらってもよろしいでしょうか。

井口さん ミラツクが始まった頃に、コンセプトを共有して練っていく作業をさせてもらった縁もあるのでそれを話すと、そこでは愛とお金の循環を考えるということをやりました。自分の哲学そのものを生きるためには、やはり資本主義経済が無視できない、一度きちんと扱わないといけないなと。でも、私はお金が得意でもないし、数学ができるわけでもないし、経済理論を立てる力もありませんでした。

そこで新しいお金の流れるシステムを自分なりにつくり、そのお金を軍資金にしてベルリンに渡ろうと考えました。簡単にいうと、私に生きていてほしいと思う人からお金をただもらう。つまり、お金と愛を直接循環させたんですね。もう少し詳しく説明はできるんですけれども、かなり時間を取ってしまうので、とにかくみんなから死なないでくれという思いをもらって、お金を集めてベルリンに行って。今でもその一部は、自分のエネルギーの基本になっています。

忍者=イノベーション

竹林さん 竹林です。勝手にスライドを用意してきました。僕は京都出身で、関西人です。新しいビジネスは関西から出てくるってよく言われるんですけど、それはなぜかというと、関西の人は、視座・視点が違うんです。僕は竹林一(たけばやしはじめ)っていう名前なんですけれども、ある関西の企業の受付で名刺を渡したら、受付の女性が僕の名前を見て「すいません、これ伸ばすんですか?」って言うんですね。「たけばや“しー”ですか?」って。僕「そんな奴おらへんやろ」って言いました。これほんまにあった話です。

僕自身は勝手にビジネスデザイナーを名乗っています。オムロンにいるんですけど、今人生のメインテーマとしてやっているのが、イノベーションを生み出す人材育成と組織設計としての「起承転結人材育成モデル」っていうものです。

起承転結人材育成の分類でいうと、起は0から1を仕掛けるような人材。承にはグランドデザインをかける人、転には1をN倍にする過程でリスク管理してKPIを設定するのがうまい人、結には最後までオペレーションを回してくれる人がいます。起はアート、承がデザイン、転がサイエンス、結がクラフトとかエンジニアリングの感覚を持っているという話です。この4つの人材が新しいものを立ち上げるには必要やと思っています。

それぞれ、見てる時間感が違います。起の人は2030年とか2040年を見ています。承は2025年、大阪万博博覧会までを見てる。転の人は3年くらいの中期計画を立てるのが得意で、結の人は、今年の課題をどうやって解決するかを考える。起承はイノベーション、転結はオペレーションが得意なんですね。だいたい「こんなビジネスをやりたい」って言い出すのは起承の人です。夢と哲学とロマンを持った人。でも、ただ哲学だけ、起承だけでやってたってビジネスにならなければやっていけない。具体的なものに落とし込んで実践するのが転結の人が得意です。これは、いい悪いではなく、それぞれの特質があるという話で、どれも重要なんです。

転結は武士の文化と言われてるんですね。武士は失敗したら切腹しないといけない。情報漏洩切腹、売り上げが下がったら切腹、何かあったら切腹です。だからみんな、絶対に切腹しないで済むような制度設計をしていきます。

ところが起承は忍者の文化です。忍者は切腹したらあかんのです。「敵の領土に忍び込んで、巻物取って来い」と言われて、敵に見つかったからって切腹してたら何もできません。忍者は生きて帰ってきて、南京錠の形が変わってるやないかとか、見張りの交代のタイミングが変わっとるやないかということを伝えないといけない。つまり、失敗してもいい文化なんですね。

日本の企業は、創業者(起承)と番頭さん(転結)っていう組み合わせで発展してきました。でも、だんだんと大企業が武士(転結)だけになった。このパターンで儲かるとわかればKPI設定して、あとは全員が転結を回していくと利益が最大化してきます。しかし、創業者がいなくなって、世の中の事業構造も変わってきている。誰が再び夢とロマンと哲学を語るねんっていう時代になってきている。やっぱり忍者も大事や、忍者がイノベーション起こしていこうとなっているのが今です。これも、全員が忍者やったらややこしいから、どっちがいいっていうわけじゃないですよ。ちゃんと決められたルールをオペレーションできる人も大事です。でも全員でオペレーションしていても新しいものは生まれないんですね。

僕は忍者こそがイノベーションやと思って、Googleで「忍者、イノベーション」って検索したらですね、出てきました。『ニンジャ・イノベーション』! ゲーリー・シャピロっていう人が書いた本がもうありました。海外こそ、忍者の重要性をすでにわかってるんです。超一流の起業家、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツもみんな忍者資質をもっていると本に書いてありました。

一人ひとりの才能が無駄にならない社会をつくりたい

Sutoさん こんにちは、Junです。僕は神奈川県茅ケ崎市で生まれました。なんですが、高校卒業してすぐアメリカに行っちゃいました。それから30年アメリカにいて、今サンタモニカというところに住んでいます。もともとは公認会計士をやっていたんですけど、今の本業は経営コンサルタントといわれています。

「今日来るときに何か用意してくるものありますか?」って聞いたら「哲学だけ持ってきてください」と言われました。でも僕、哲学ないんです。しいていえば、みうらじゅんさんのコピーライトで「人生暇つぶし」っていうのがあって「ああ、これだな」と思っています。で、暇つぶしだったら苦しいことばっかりやったって嫌だし、とりあえず楽しいことやりましょうと。あとは、悪いことをやるよりもいいことをやろうかなっていうぐらいの感じで、5年くらい前からいろいろ考え始めました。

自分がいちばんもったいないと思うことは何かを考えていたら、人の才能が無駄になるのがとにかくもったいないと思いました。見ていると一人ひとり、すごい才能を持っている。それが無駄にならない社会をつくれないかなと思って、今、「XPRIZE」と一緒にいろんなことをやっています。話すと長いのでやめときますけど、まさに隠れた才能をバンバン見つけることのできるシークレットがいっぱいあるんですね。これを日本でやったらすごくおもしろいことになるだろうなと思っています。

日本の社会は文化的にはいろいろやっちゃいけないことがあります。でも、おもしろい人は多くって、世界フラフラしてますけど、こんなにおもしろい人と知り合えるところってないんです。だから日本の才能っていうのを発掘したら、世界はすごいことなるんじゃないかなと思っています。

難しい理屈を、わからないまま受け入れる

塩瀬さん 京都大学・准教授の塩瀬と申します。京都大学のなかに博物館があってそこにいるんですけど、みんな知らないと思います。京大の人も知りません。ちょうど先々週までやっていたのは、ノーベル化学賞の福井謙一先生の展示です。福井先生は理論化学者なので、展示するものが数式しかないという難題にぶち当たりました。で、1年間考えた末に展示したのが「数式写経」です。みなさんに来ていただいてノーベル化学者の数式を写経してもらうという展示で、これが大人気でした。ノーベル賞化学者の数式を写しているだけで、なんとなく「俺って賢いかもしれない」って気になれるという(笑)。

でも実際に福井先生の授業を受けている人から話を聞くと、先生の授業はさっぱりわからないので、ただ(黒板を)書き写してただけみたいな感じなんですよね。でも、写しているうちにだんだんわかってくることがあるそうなんです。ずっと書き写していると、間違ったものを書き出した瞬間に違和感を感じる。その違和感を覚えたところが学習になる。写経はばっちり学びになるんですね。

大学のなかの難しい理屈をわかりやすくするのではなく、わからないまま受け入れる、興味をすすめる、博物館ではそういうことをやっています。子ども向けのものもたくさん用意しているんですけれども、たとえば今、人工知能に仕事が取られるって大人がびびっていますよね。子どもたちに向けて「そうではないよ」っていうことを伝えたくて「ミニフューチャーシティ」っていうのをやっています。要は町ごっこです。ロボット店員を入れて、ロボット店員と一緒に仕事をすることを事前に体験していれば、子どもたちは仲良くする方法を考える。大人が怖がって渡さないものを先に渡してしまえば、子どもたちはテクノロジーをわざわざテクノロジーと呼ばなくなる。子どもたちの邪魔を大人がしないようにするにはどうすればいいのかということをたくさんやっています。

実は私は、大学の先生を辞めて、官僚として霞ヶ関で働いていたことがありました。どうやって全体を変えられるかなと思ったときに、このままやっていても埒があかないと思って忍び込んでいたんです。ちょうどシーさん(竹林さん)がこれからは忍者の時代だっていうお話をしていましたね。知ってる方は知ってるかなと思うんですけど、僕は「忍者博物館」の顧問をしております。

黒井さん なんと、忍者というキーワードが2回出てきました(笑)。

塩瀬さん ある会合のとき、忍者博物館の館長さんが横にいらっしゃったので、僕がどれだけ忍者が好きかっていうことを3分間プレゼンテーションさせてもらって、博物館の顧問をゲットしました。三人いる顧問のうちの一人です。

無意識で共有できていたノウハウを、今の時代にどう取り込むか

黒井さん さきほどの写経の話がおもしろいなと思って聞いていました。無意識というものに型をはめて繰り返していくと違和感が生まれる。その違和感みたいなものをどうやってキャッチしていくのかというところが、おそらく重要なんだろうなと思うんです。

塩瀬さん 僕は20年前に、ロボットと人工知能の研究から研究開発をスタートしました。昔の熟練技術をロボットを使ってシステム化させるということをやっていて、その過程で、いろいろな伝統産業の職人さんのところにお伺いしました。そこでは黙して語らずでいかに伝えるかって話をされていたんですけど、それをロボットに伝承させようと思うと、日舞の動きならX軸方向、時計回りに45度回転させて、Y軸方向30センチ上げてっていうふうになって、ただのロボットダンスみたいになってしまう。わかりやすい言葉で説明する、数字で示すっていうのは、一見わかりやすいように見えて、実はたいした情報量はないんです。

現実世界では、つまり人間同士では「舞い散る雪を扇で拾うように」と説明することによって手首の返し方を伝えます。でも、東京の人と北海道の人と沖縄の人では雪が違うので、何を拾っていいのかがわからなくなって、拾い方が違ってくる。なので徒弟制度といって、一緒にご飯を食べたり、生活を共にすることによってわざわざ言葉にしない形容詞と副詞の部分の受け取り方を共有するんですね。そうすることによって、師匠の背中を見て、無意識で学習している。生活空間を共有することでしか伝播しないものがあるんですね。

今はいろいろな仕事をパソコン上でやってしまうので、背中で語ると仕事をしているのか、ネットサーフィンしているのかの区別がつきません。黙して語ってもわからないわけです。若い子たちは背中を見ても大したことしてないなーと思って、ネットでGoogleに聞いたほうが早いってなっていく。無意識で伝わった部分が伝わらなくなくなったのが今なので、単に飲み会の文化を元に戻すというよりは、現代版の飲み会をどうつくりこむかということが重要なのかなと思っています。無意識で共有できていたノウハウを今の時代に取り込む手段を考えないと、これからの人材育成はうまくいかないのではないかっていう気がします。

人間は、間(ま)の取り方を忘れてしまった

黒井さん 奈保さんは身体性も含めてアートの観点から、無意識と意識みたいなところっていうのはどう考えていますか。

井口さん 私はダンスやパフォーマンスアートをするわけではないので、そういう意味での身体性ではありません。ただ、南アフリカに行っているのは、ベルリンで活動しているうちに、なんで毎日ほとんど人としかすれ違わないんだろうという問いが降りてきたからなんですね。ほぼ人間だけとしか生活していない都市の環境に、生き物として違和感しか感じない時期が続いたんです。

どうして人間としかすれ違わないんだろう。それが本当に不思議で、もう少し距離感が近い場所に行こうと思って、南アフリカに行き始めました。自己を知るには他を知るみたいなことで、人間のことを知るには違う動物のことを知ったらいいんじゃないか。それで、ほかの動物がどう生きているのかを見に行ったんです。

最初に学んだのは、人間はスペースの取り方、間(ま)の取り方を忘れてしまったんだなということです。サバンナではどんどん開発が進んでいて、トライブ(種族、部族の意)として生活していた人も、今の私たちの生活に近いような暮らしに進んでいます。農場をつくろう、家畜を持とう。そうするとライオンやハイエナと争いながら土地を奪って、フェンスをどんどん立てていく。それから、保護活動と名をつけて、白人の多くが諸外国から土地を買って観光産業を営むわけですけれども、そうやってどんどん塀が増えていくことによって、そこに住んでいた他の生き物は移動ができなくなり、普段食べていた植物が食べられなくなっていきます。

間を取るということを他の動物はみんなできているんです。ライオンが威嚇したら、犬はどれだけ距離を取ればいいのか、ちゃんとメッセージを受け取るわけです。でも人間は写真を撮ったり、ビデオに納めてみんなにシェアすることに追われている。あとは、お金ってものが必要だから罠を仕掛けて取っちゃえ、殺して食べちゃえと。本当に間が取れない、その感覚を失ったことが今の地球の問題のすべての根幹にあると思います。

塩瀬さん 伝統産業の技の伝承も間の取りあいです。それをずっと繰り返すことで、自分の間を取れるようになるんですね。今の企業って、間によって自分のポジションを決めるんじゃなくて、その前に役職が与えられる構造がありますよね。自分の位置を自分で探せないんです。

午前中のセッションでニッチの話がありましたけど、ニッチって学術用語だと、今ビジネスで使われているすき間って意味じゃなくて、「生態学的ないるべき場所」っていう意味なんです。いるべき場所って何かというと「自分より強い」「自分より弱い」「自分に関係ない」ということの間で、自分の居場所が相対的に決まるということです。ニッチっていうのは必ず誰かとやり取りをして自分の位置をちょっとずつせめぎ合って決めていくもので、時間もかかるし、相手がいないとできないんですね。

でも今は相手もよく知らないのに位置が先に決まっていて、そのなかに座る練習をして、小中高大、会社と進んでいく。だから、融通無碍の世界で急に「自由に位置を取りなさい」って言われちゃうとほとんど強い人しかいない状態になります。だから、相対的な位置付けをずっとやる練習が人材育成に繋がるんじゃないでしょうか。

お互いをわかりあい、認め合うことから新しいことが始まる

竹林さん 起承転結人材育成からいうとですね。起の人、承の人、転の人、結の人、それぞれに良さがあります。ただ、転結の結が得意な人に「すごいおもしろいこと考えや」って言うてもしんどいんです。起の人に「きっちり上司の言うこと聞け」言うてもしんどいんですね。それぞれがお互いをわかりあって認め合うことから新しいことが始まってくる。

たとえば、大企業とベンチャーでディスカッションしようとしますよね。ベンチャーの方は、「スカイプがなかなか繋がらないんでズームを入れてください」と言うわけです。それで大企業の人たちが、情報システム部門に「ズーム入れます」と言ったら、「そんなもの入れないでください」って言われるわけです。そうやってとにかくリスクを回避するために城壁をつくっていくのが武士(転結)の世界です。だからといって転結が悪いわけではなく、それぞれのアイデンティティを認めたうえでどう全体を回すのかがとても大事なんですね。

僕の友だちでめちゃくちゃおもしろい起承転結のワークをやっている人がいます。みんなでディズニーランドに行くんです。起の人には「ディズニーランドとシーを見て、第三のランドを考えろ」という起の命題が与えられます。承の人は、今あるディズニーランドとシーを再構想したらどうなるんやろうという承の命題が与えられる。転の人はMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略)分析して、いかに動線をつくり、セグメントごとにどうやったら喜びを与えられるかを考える。結の人は1日まわって残念だと思った改善点を10個あげる。それぞれ能力を発揮するところが違うんだから、それを認めたうえで、お互いの知恵をいかに融合させていくかというのが、僕が今考えている人材育成です。

黒井さん その間を渡り歩く人っていうのは別に必要ですか。それともお互いに認め合っていればいいことなんですか。

竹林さん 上から見ながら、忍者と武士どっちも渡り歩ける人がいないとダメかもしれませんね。僕は承なんですけれども、絶対に転の相棒が必要なんです。リスク管理でいろいろなことを言われますから、その辺の絵が描ける転の人は絶対に必要で、そうじゃないと会社を説得できひんのですね。それは、上から全体を見ていてくれる人がいるかどうかによっても全然違う気がします。

Sutoさん 起承転結ってぐるぐる回っちゃいけないんですかね。僕は7年前に140歳まで生きるって決めたんです。「どうやって140歳まで生きるんですか?」ってよく聞かれるんですけど「いや、もう決めちゃったんで、どうやるかは関係ないです」って答えています。でも140歳まで生きようと思うと、一つの場所でずっと生きるのはやっぱり苦しいと思うんですよね。あっちにいこう、こっちにいこう、失敗しちゃった、でもおもしろいっていうほうがいいかなと思っていて。それぞれの役割はあるなかでも、どれだけ自由度が増えるか、選択肢が増やせるかということが、すごく大切なんじゃないかなと。

竹林さん おもしろいですね。今の話は「自由度」の話ですよね。そこは型にはめられた起承転結やったら駄目なんでしょうけど、思いっきり自由度があるのはいいと思うんです。自由にやって、それぞれにいろいろなタイプがあることがわかると、より自分を広げられたり、ポジションを取りやすくなる。自由度って非常にいいキーワードだなと聞かせてもらいました。

波を迎えにいこうという気持ちがないと、波には乗れない

黒井さん 若い子と話をしていると、やっぱり「100年生きるって考えると一つのスキルだけで生きるには長すぎる。いろいろなことができたほうがいいよね」ってことを言っています。その一つひとつの「点」は、別に近くてもいいんだけど、そこからまったく遠いスキルを身につけたほうが、間の面積が広がっておもしろい人生が歩める。「自分に隣接しているスキルからいかに遠くのものにチャレンジして取っていくのかということがおもしろい人生のコツだ」って27歳に言われて思わず「ありがとうございます」ってなったんですけど(笑)。

たとえば私は編集者だったので、その延長線上でライターもやります。でもファシリテーターという仕事は編集者・ライターからはちょっと離れているし、今身につけようと思っている、いわゆる事業創造者になっていくという領域も新しいテーマです。そうすると、だいたいのことはできるようになるんじゃないかなと思っています。

Sutoさん 25年くらい経営コンサルタントをやっていますけど、すごいスピードでいろいろなものが変わっていくなかで、僕が140歳になったときには、もうこの仕事はないでしょって思ってるんです。それだったらほかのこともやれたほうがいいと思います。

僕、波乗りやるんですけど、波乗りって結局波に逆らうことはできないんですよね。でもワイプアウトして波にもまれて、それでも波を迎えにいこうっていうその気持ちがないとそもそも何もできない。その感覚と一緒なのかなと思います。

褒められようと、しすぎない

黒井さん ここにいる方々は、新しい役割とか仕事といった「点」を自ら打ってきている人たちなのかなと感じます。点を打つときの苦しさみたいなものを乗り越えて打てるようになるにはどうしたらいいんでしょうか。

塩瀬さん 官僚になったときに何にいちばん苦労したかというと、朝の8時から椅子にずっと座っていることでした。そんなことは高校以来やったことがなくて、お尻は痛いし、最初の2週間くらいで、このままの働き方は自分に向いていない、これは駄目だと思ったんですね。じゃあどうやったらそこに座らなくても仕事ができるのか、いいわけを考えようと思いました。「役割」に対してその責任を果たせば、やり方そのものは気にしない、もしくは状況を納得してもらう理由を述べられるということが大事なんだと思います。

中高生に向けた講演をよくするんですけど、この間「そんな生き方をしていて苦しくないですか?」って質問されたんです。その子はいつも先生に背いて怒られていると。自分はやりたいことを今やっているだけなのに、すごい怒られて「怒られることに対して、言いたいことを言うのがしんどいです」って話をしていて。終わったあとまで走って追いかけてきて「大人の人が全然褒めてくれないんです。そういうときはどうしているんですか?」って聞かれました。

そのときその子に話したことは「大人のおっさんが話してることはおもしろくないと思ってるんだろ。じゃあおもしろくない人に褒められたら、それは自分もおもしろくないってことじゃない? 僕はおもしろくない人たちに褒められないように生きてるから、その人たちからどんな辛辣なことを言われても、褒め言葉として受け取っている。そうやって生きていくとみんなが自分のことを褒めてくれる人にしか見えないよ」ということで。

みんな、褒められよう、認められようとし過ぎな感じはしています。承認欲求的なものが強くて、認められる機会も多いから認められようとするんだけど、本来は自分の憧れている人やおもしろいと思う人に認められるだけでいいのかなと思います。

子どもたちにも、起承転結の起の人も承の人もいっぱいいます。でも学校では転結の人が褒められがちです。だからいつのまにか転結になってしまって、会社に入ってから急に「君は起だね」「承だね」と言われてもどうやっていいのかがわからない。「今までしっかり頑張って転結になってきたのに」っていう感じがすると思うので、どうやってそれを守れるのかというのが僕自身の課題かなと思っています。

風が吹いてきたほうに飛んでいけばいい

黒井さん 最後に新しいライフスタイルの実現やイノベーションを起こしていくときに生じる壁や塀をどう乗り越えていったらいいのか、について一人ひとりお聞きしたいです。

竹林さん ゆとり教育ってなんやったんやと考えたときに、ほんまは起承転結の人材育成を全部やりたかったんやろうと思います。特に起承系をどんどんクリエイトしたかった。でも、何で失敗したかというと、先生が全員転結やったんですね。転結の先生がいきなり起承をやれと言われて、どうしたらいいかわからなくなって頭を抱え込んでたって話を当時よく聞きました。

僕の場合は、嫁さんに「タンポポのように風が吹いてきたほうに飛んでいけばいい」って言われてて。うちの嫁さん、格言みたいに言うんですよ。一生懸命やっていると、次の風が吹いてくるから、吹いてきた風をとらえる感覚さえ掴んでおけばええよって。感覚を研ぎ澄ませていると風が吹いてきて、たんぽぽのようにその風に乗っていくんです。その先でまた花が開いて、終わったらまた風が吹いてくるからその風に乗る。新しいとこいったら新しい環境でまた一からやる。それは風が吹いてきたんでしゃーないって諦めろと。それが嫁さんからの指示命令です(笑)。

あともう一つ、今日言いたかったことがあるんです。先週、生まれて初めて女子プロレスを見に行ったんです。もう感激して今もずっとその余韻が残ってるんですけど、その話だけして終わりたいと思います。

見に行ったのは長与千種さんの団体だったんですけど、特に若い選手の目がキラキラしていたんですね。あんなにキラキラした目見たことないなと思って、長与千種さんを調べていったら、彼女と対戦する相手と、相手は必ず自分のもつ力の10倍とか20倍の力を発揮するっていうことがわかってきて。彼女は自分がいかに目立つかよりも、いかに人を活かすかということができる人なんですね。

千種さんは愛情と信頼で彼女たちを見ていて、その彼女たちの目が輝いていた。企業の人たち十何人で行ったんですけど「あんな目した奴うちの会社にいーひんな」っていうのがその後の飲み会で語られたことでした。でもあの目って、僕も昔はあったと思うんですよね。あの目を取り戻すことができへんもんかなっていうのを今もずっと考えていて、余韻に浸っているところです。

Sutoさん 失敗って大したことないんですよね。僕はスポーツ好きなんですけど、サーフィンで打撲したり、スノボーで骨折ったりします。でも、まだ死んでません。意外と死ぬのって難しいんです。そしたらリスクっていったいなんなのかなと思って。だったら、ほかの人と比べてどうだとか、いろいろ思ってやらないよりも、やりたいことをやったほうがよくないですか。失敗はするかもしれない。でもまず始めましょうよと僕は思いますね。

井口さん あんまり塀を乗り越えようとして生きていないので、その点はわからないんですけれども、私は役割とか目的、アイデンティティっていうものを外していくことに重きを置いています。乗り越えていくというより、杭を抜いていく感じかもしれないです。

黒井さん 抜いていくと何が生まれて、何が見えてくるんですか。

井口さん つらいというのも、結局は自分の反応なんです。事象に対してどう反応するか、その反応として感情や思考が生まれる。人からどう言われたとか、家庭環境とか、いろいろストーリーはあったとしても、最終的に体は生きている限り反応している。だから私は、わりと体の反応に落とし込んでいます。どこが痛いとか、どこが固くなってるかを見て、そこをほぐす。もしそれが完全にほぐれたのならば、たった1秒後でも悲しさや痛みが気にならなくなるんです。

体とこの世界は繋がっていて、自分がどう思考するか、どう感情が湧きあがるかというシーンだけをつくっている。そこに意識的にアプローチしているかなと思います。

空気を読みつつ、壊すときは壊す。流されるだけでなく、うまく乗る。

塩瀬さん 忍者って見分けるコツがあるんですよね。だいたい空を見上げて、風を読んでいるんです。忍者はとにかくその場にあるものを使うので、たとえば山は忍者にとっての薬箱だったり道具箱だったりします。空を見上げるのは、風の動きを見て、火を起こしたときに自分が焼けないか、騒動を起こすために火事を広げられるかを見るため。だから、忍者は空気が読めないとできないんですよね。

ただし、空気に流されるのとは違います。空気を読んで、流されるときには流される。流されたくないときには流されない。無理な抵抗はしないために空気の動きを調べているし、実際に使えるのかっていうことも含めて考えている。

伊賀流忍者と甲賀流忍者って仲悪そうなイメージがあるじゃないですか。ハットリくんとケムマキくん的な。実際には伊賀と甲賀って山をまたいで繋がっているので、合同練習会とかも開かれていたらしいんです。忍者は人数が少ないので、経験とか情報を共有しにくいんですね。だから合同練習会。そこで話されることは「最近おまえの殿様どう?」「うちもう駄目だな」みたいなことで。「あっち行く?」みたいな感じの話し合いもあるらしくて、そこで情報共有して、空気を読んだうえでいくべきところにいく。それが大事なので、いろんな意味で空気を読みつつ、壊すときには壊す。流されるだけではなく、うまく乗っかっていくっていうのはすごく大事だなっていう、忍者締めをしてみました。

黒井さん ありがとうございます(笑)。私は家が農家なんです。先日、夜中の2時に親に起こされて「これからハウスを建てるから手伝って」と言われました。なんで夜中かっていうと、もちろん天候にもよりますが、天気がいい夜中は風が起きにくいんですね。かつ、その日は満月で夜でも明るい。外に出て作業を始めてなるほどな、と思いました。で、やっていると母親が「風が吹いてきた。もうすぐ日が昇るね」って言うんですよ。私には全然気づけない、そう言われて集中してやっと感じられるような、そよそよとした静かな、静かな風なんです。自然と対峙して働く、ものを生み出している両親は、普通の人には気づけないような自然の微妙な変化を常に感じ取っているんですね。

数年前にミラツクの講演でお話してくださった宮城大学の風見正三教授の言葉がすごく印象的でした。彼も実家が農家で「生まれた家と環境が、神聖な肉体をつくってくれた」と自己紹介していたんです。私も今まさにそれを感じています。自然と共に暮らしていくことが、自然や他者や自分を感じ取る身体性を高めていくことにつながるんですね。このセッションのテーマである「未来社会が求める人材」を育成するには、かつて人間が持っていたけど失ってしまった、この辺りの感覚を取り戻していくことが必要かもしれないですね。これはまとめというよりは、みなさんのお話を聞いていて私が感じたことです。今日はありがとうございました。

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次回ミラツクフォーラムに参加を希望される方は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」にご参加ください。ミラツクフォーラムは、メンバー向けの招待制の会として開催されます。
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NPO法人ミラツク では、2016~2019の4年間でミラツク年次フォーラムにおいて行われた33のセッションの記事を分析し、783要素、小項目441、中項目172、大項目46に構造化しました。詳しくは「こちら」をご覧ください。
平川友紀 ライター
リアリティを残し、行間を拾う、ストーリーライター・文筆家。greenz.jpシニアライター。1979年生まれ。20代前半を音楽インディーズ雑誌の編集長として過ごし、生き方や表現について多くのミュージシャンから影響を受けた。2006年、神奈川県の里山のまち、旧藤野町(相模原市緑区)に移住。その多様性のあるコミュニティにすっかり魅了され、気づけばまちづくり、暮らしなどを主なテーマに執筆中。