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「自然は物語のつまった絵本のよう」。伝統航海カヌーの日本人初クルー・内野加奈子さんが語る人と自然のかかわり【ミラツクフォーラム2019/ミラツクアワード2019】

フォーラム

2019年12月23日に開催された毎年恒例の「ミラツク年次フォーラム」。そのなかで、毎年目玉の一つになっているのが、最も優れた“社会を前に進め未来をつくる人と取り組み”をミラツクが表彰する「ミラツクアワード」の受賞記念講演です。

2019年のアワード受賞者は、伝統航海カヌー「ホクレア」で数々の航海をしてきた内野加奈子さんです。星や太陽、風、波など自然のサインだけを頼りに水平線の彼方の島を目指す航海。そこから見えてきた、私たち人間と自然の関係。「自然は数え切れないほどの物語が詰まった、大きな絵本のよう」。そう語る内野さんの講演の様子をレポートします。

(photo by Yoshiaki Hirokawa)

登壇者プロフィール
内野加奈子
東京都生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、ハワイ大学大学院にて海洋学を学び、ハワイ州立海洋研究所でサンゴ礁研究に携わる。伝統航海術師マウ・ピアイルグ氏、ナイノア・トンプソン氏に師事し、海図やコンパスを使わない伝統航海カヌー「ホクレア」の日本人初のクルーとなる。北西ハワイ諸島航海など数多くの航海を経て、2007年にハワイから日本への航海に参加。帰国後、海や自然について学ぶ場づくりに取り組む。「海の学校」主宰。「特定非営利活動法人土佐山アカデミー」理事。著書に、高校教科書に採録された『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館)、海の絵本シリーズ『星と海と旅するカヌー』、『サンゴの海のひみつ』、紙芝居『雨つぶくんの大冒険』(いずれも、きみどり工房)など。

自然からのサインを頼りに、風だけで進む「ホクレア」とは?

内野こんにちは、内野加奈子です。(ミラツク代表の)西村さんには「海洋研究家」と紹介していただきましたが、コンパスなどの計器を使わず、星や波、風など、自然からのサインを読みながら進む伝統航海カヌーの活動を、ハワイを拠点に2000年から続けています。2007年のハワイから日本への航海など、これまで数々の航海に参加してきました。

カヌーといっても、一般的なものよりかなり大きく、約20メートルの細長い船体を二つ横に並べ、デッキでつなぎ、そこに大きなマストを立てた双胴船型の航海カヌーです。エンジンはなく、動力は風のみ。ヨットと同じ原理で動きます。「ホクレア」と呼ばれているのですが、ホクはハワイ語で「星」、レアは「喜び」を意味しています。

太平洋の真ん中にポツンと位置するハワイ諸島は、地理的に世界で一番孤立した場所です。ハワイに、最初に人が辿り着いたのは、今から約1300年前といわれているのですが、羅針盤(コンパス)も海図もない時代、人々はどのように数千キロの海を渡ったのでしょうか。

ハワイの神話や伝承では、遠い昔、人々は星や太陽、月の動きを頼りに海を渡り、島々のあいだを自由に行き来していたと伝えられ、18世紀にポリネシア海域(*1)を訪れたキャプテン・クックも、ポリネシアの人々の航海術について記述しています。けれどそうした伝統は1970年代には、失われてしまっていました。その伝統航海を現代によみがえらせるために造られたのが「ホクレア」です。

「ホクレア」は1975年に建造されましたが、歴史学者であり画家でもあったハーブ・カネ氏が、タヒチやニュージーランドに残っている伝承をもとにデザインを描き、建造されました。「ホクレア」は翌1976年、ハワイからタヒチへの約4000キロの初航海を成功させます。もちろん、コンパスや海図などは使わず、星や太陽、月の位置、波の動きなど、自然の力だけを使った航海です。

*1)北太平洋にあるハワイ諸島と、南太平洋のニュージーランド、イースター島の3カ所を結んだエリアはポリネシアと呼ばれる。広大な海域に点在する島々は、言葉や文化、伝統などが似通っているため、同じ文化圏とされている。


(画像提供:内野加奈子)

「ホクレア」の航海は、その後、思わぬ広がりを見せることになります。ホクレアの航海が成功するまで、ポリネシアの人々は、自分たちのルーツがどこにあるのか、はっきりわからないまま暮らしていました。そうしたなか、欧米、特にアメリカの文化がどんどん入り、自分がハワイアンであることを恥じたり、ハワイ語が禁止されたりする時代もありました。「ホクレア」は、自分たちの祖先が高度な航海技術を持って、はるか水平線の島々を見出していったことを示し、深い部分から人々の誇りを呼び覚ましました。それがニュージーランドやタヒチなど太平洋中に伝播し、現在は「ホクレア」のような航海カヌーが、20艇以上あります。

「ホクレア」に代表される伝統航海カヌーは、東アフリカから誕生した私たちの祖先、ホモ・サピエンスが、数十万年かけて世界各大陸に拡散した後、太平洋の島々へと拡散しはじめた際に発達したといわれています。東京・上野にある『国立科学博物館』には、人類拡散の歴史の最終章のシンボルとして、「ホクレア」の4分の1の模型が常設されています。興味があれば、ぜひ見に行ってみてください。

ハワイからミクロネシアを経由し日本へ。約5カ月間の航海

「ホクレア」は1976年の初航海の後、約30年かけてポリネシアの海域にある島々のほとんどを巡り終え、伝統航海で、ポリネシアの文化圏を自由に行き来できることを証明しました。一つの目的を果たした後、彼らが次に目指したのが、日本でした。

ハワイには明治初期から多くの移民が日本から渡り、現在、人口の約2割が日系人です。ハワイの社会、経済、文化、すべての分野で活躍している日系人の故郷、日本に、ハワイの伝統文化の象徴ともいえる「ホクレア」で渡りたい。そんな思いから、日本へ向かう航海が決まりました。2007年、私も参加した航海は、ハワイから南西に航路をとって、ミクロネシアの島々を巡り、北上して沖縄、さらに日本全国13カ所を回る、約5カ月の航海でした。


(画像提供:内野加奈子)

海図もコンパスもないなかで、私たちはいろんな手段を使って、カヌーのいる位置や、進む方向をつかんでいきます。例えば、「スターコンパス」という方位磁石の代わりになるようなものがあります。星が上っていく位置や沈んでくる位置から、進むべき方角を見出したり、緯度を計測したりする方法です。星はとても頼りになるツールです。星の昇る位置や沈む位置、動きのパターンを覚えることで、進むべき道の手がかりが見えてきます。

ただ、星は常に見えるわけではないので、ほかにもさまざまな手段を組み合わせていきます。太陽や月の位置、風の変化、雲の動きや色の変化、海のうねりのパターン、海鳥など海の生き物たちなど、ただ海と空が広がる外洋にも、使えるヒントはたくさんあります。

「こんな風に変化したから、今はこういう状態なんじゃないか」と、いろいろな文脈をつなげていくのですが、目からの情報だけでなく、身体感覚すべてを使って、変化を捉えていきます。触覚や匂い、肌の感覚、湿り気、風の当たる音など、自分たちが持っている感覚すべてを使う必要があるんです。

ハワイから日本への航海の様子は書籍にもなっているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館)という本で、高校の英語の教科書でも取り上げられています。

人と自然の関わりについて学ぶ場づくりに携わる

「ホクレア」のクルーは、皆、ボランティアで活動に参加しているので、普段はそれぞれ別に仕事を持っています。私は、『ハワイ州立海洋研究所』でサンゴの研究を仕事にしていました。ハワイ島、マウイ島、オアフ島など、ハワイ諸島すべてのサンゴ礁の状態を調査し、気候変動の影響などを研究していました。破壊されたサンゴがどのような状況にあれば、最も自然回復しやすいのか、というような研究もしていました。

2011年に帰国してからは、自然、そして人と自然の関わりについて学ぶ場づくりを中心に活動しています。その一つが『海の学校』です。海を入り口に、子どもたちが自然や地球の仕組み、自分たちの暮らしとのかかわりについて学ぶ場です。高知県では『特定非営利活動法人土佐山アカデミー』の立ち上げに携わり、現在は理事をしています。これは、高知市の源流域である土佐山を舞台に、その地域全体を学校に見立てて、人が自然とともに生きる術を学び、そうした文化を育む活動です。

「海の絵本シリーズ」で子どもたちにも伝えたい

こうした学びの場づくりとともに、最近では「海の絵本シリーズ」という絵本作りも手掛けていています。

海の絵本シリーズ第1弾の『星と海と旅するカヌー』は、伝統航海をベースにした物語です。見渡す限りの海と空に囲まれ、星や波や風をよみながら、水平線のはるか彼方を目指す航海。海を渡る感覚を一緒に味わってもらいながら、星や海、航海術のことをより深く知ってもらえるような物語にしました。絵を担当してくださったやまざきゆきこさんが、実際の航海で私たちが目にした数々の情景を、美しいイラストで蘇らせてくれています。巻末には「ホクレア」の詳細なダイアグラムや、星や航海術の解説なども掲載し、大人でも楽しんでもらえる形にしました。


(画像提供:内野加奈子)

シリーズ第2弾『サンゴの海のひみつ』は、南の島に住む女の子が、サンゴの海に迷い込み、そのなかを旅しながら、サンゴの生態や海で起こっている現実などに触れていく物語です。

「サンゴってそもそも何?」と聞かれると、なんだかよく分からない、という方も多いのではないかと思います。動かないように見えるサンゴも実は動物で、イソギンチャクやクラゲの仲間です。触手があり、口があり胃もあります。クラゲと同じようにプランクトンを食べますが、海中をふわふわと浮かぶかわりに、自分の周りに骨格を作って、魚などに食べられることを防いでいます。

またサンゴは体のなかに、藻を共生させています。その藻が光合成しやすいように、テーブル状になったり枝状になったりと、それぞれ別々のかたちに成長し、多様性が生まれているんです。サンゴの固い骨格は、魚たちの産卵場になったり、小さな生き物の隠れ家になったり、命のゆりかごのような場になっています。

シリーズ第3弾の紙芝居『雨つぶくんの大冒険』は、一滴の雨つぶが森から川、里、海へと地球をぐるりと巡っていく冒険で、水の循環や役割、私たちの生活とのつながりなどを楽しみながら学んでもらえます。愛媛県の小学校で、地域を流れる川の上流から下流、さらに海までを辿る授業を行い、子どもたちからたくさんのインプットをもらいながら制作しました。

海上で、情報ではない何かを得ている

京都大学で「未来創成学国際研究ユニット」の研究員もしています。このミラツクのフォーラムのように、未来に対してどういう提案ができるのかを研究するプロジェクトで、2013年に始まりました。

ある時、京都大学総長の山際(壽一)先生から「あなたが読み取っているのは、情報なのか」と尋ねられました。伝統航海で、私が読み取る星の動きや風の変化などは、果たして「情報なのか」という問いかけです。

そもそも「情報」とは何か、定義するのは難しいですよね。山際先生は「対象から切り取られたもの」と定義していらっしゃいました。私が海のなかで読み取ってきたのは、対象から切り取られていないよね、という話になったんです。

私たちは例えば、家族や友達と話すとき、単に情報をやり取りしているだけではないですよね。コミュニケーションは、言葉では表しきれないものを交換している。「それと同じことを、君は自然としているんじゃないか?」といわれたんです。

それを聞いて、確かにその通りだなと感じました。私たちは海で、単に情報を得ているわけではない。海の上で多くの時間を過ごし、自然を観察し、パターンを知り、学ぶ。それを繰り返していると、情報ではない何かを得られる感覚が確かに生まれてきます。

対象と膨大な時間を共に過ごすと、そこに“関係性”が生まれます。すると、小さな変化や、「なんか違う」という状況を察知することができる。私たちは海で使う力は、そうした関係性に支えられていると感じます。

今、私たちは自分たちを取り囲む環境に対してそれができているでしょうか。関係性を築いているでしょうか。人間と自然、その関係性は、私自身、今後も探求し続けていきたいテーマの一つです。

「人と自然の関わりが希薄な現状のなか、人はどんな風に生きていけばいいのか?」と、先ほどミラツクの西村さんから問いかけをいただきました。

これからの人のあり方として、私なりに感じていることを、先日「KINTO」というWebサイトに、コラム「人の仕事」として寄稿しました。例えば森のなかで、木は木の仕事をしている、風は風の仕事をしている、土は土の仕事をしている、と捉えたとき、「人の仕事」は何だろうか? そんなことについて書いたコラムです。

人にはもっと積極的な自然との関わり方があると思います。全国各地でプロジェクトに関わらせてもらっていますが、たとえば屋久島(鹿児島県)で行っているプロジェクトでは、人の営みを通じて、すべての生き物が豊かに暮らせる環境をつくることを目指し、さまざまな取り組みをしています。山から川、海までの流域を一つのつながりとして捉え、全体の環境がより豊かになっていく行動を考える。人が自然に積極的に関わり、共に循環を生み出していく。そんなことを体現した取り組みです。

また「ホクレア」は現在、太平洋をぐるりと辿る環太平洋航海を計画しています。北米アラスカ、シアトルのあたりから、西海岸を巡り、南米沿岸、イースター島、タヒチ、ニュージーランド、さらに北上して日本を沖縄から北海道まで巡る航海です。世界、そして日本各地に、自然と共創する活動をしている方々がたくさんいるので、そういう皆さんとネットワークを築きながら、自然と人間の関係が深まっていくきっかけになればと願っています。

すぐそばにある、自然という絵本を開いてみて

私の原動力になっているのは、海のおもしろさです。海面に顔をつけるだけで、そこには野生の世界が広がっている。その世界がとにかくおもしろくて、それが原動力になっています。最後に絵本『星と海と旅するカヌー』のあとがきに書いたことを読ませていただきます。これは絵本に込めた思いであり、私自身の活動に込めた思いでもあります。

「自然は数えきれないほどの物語が詰まった、大きな絵本のようです。海のしくみや星のこと、生きものたちのこと。五感をめいいっぱい使えば、その絵本は次々と新しい物語を見せてくれます。知れば知るほど楽しくて奥深く、美しい絵本です。みなさんのすぐ近くの自然にも、きっといろいろな物語がかくれています。ふと見上げた空や、太陽や月や星たち、風や雲のうごき、木々や花のかおり、土のなかの生き物たち、身近な自然にも、たくさんの“ひみつ”がつまっています。小さな自然も大きな世界につながっています。みなさんのすぐそばにある、不思議と驚きでいっぱいの自然という「絵本」を開いてみてください」。


(画像提供:内野加奈子)

近藤快 ライター
フリーライター。1983年、神奈川県生まれ。2008年〜化粧品の業界紙記者を経て、2016年〜フリーランスに。東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)で震災・復興現場の取材、50人インタビュー企画「Beyond 2020」を担当。災害時における企業・NPOの復興支援や、自治体の情報マネジメントを集積したWEBサイト「未来への学び」(グーグル社)のほか、化粧品業界やCSR・CSV、地方創生・移住、一次産業などを中心に取材〜執筆活動している。
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