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イノベーションは“破壊”か、“想像”か。私たちの対角線上にある価値とはーー[ミラツクフォーラム2019]

フォーラム

2019年12月23日、東京・日比谷で開催された年末恒例の「ミラツク年次フォーラム」。ここでは、「対角線上のイノベーション」をテーマに行われたセッションの内容を紹介します。

仕事と生活、会社と個人、経済発展と個人の幸せ。私たちはいつも、そんな“間”で揺れ動いているように思えてなりません。どっちがいいのか、それとも共存可能なのか。共存できるなら、どんな術があるのか。こっちから、あっちへ。あっちから、こっちへ。対角線の引き方と、それによって生まれるイノベーションとは何なのか。デザイン、建築、ロボット、行政。各界で対角線上を自由に行き来する人たちの声に耳を傾けてみましょう。

(フォーラム撮影:廣川慶明)

この記事は、ミラツク が運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール
小野直紀さん
株式会社博報堂 monom代表 / 雑誌「広告」編集長
コピーライター、プロダクトデザイナー。株式会社博報堂に入社以来、広告、空間、デジタルと幅広いクリエイティブ領域を経験するなかで、多数のプロダクト開発業務に従事。2015年、モノ起点の事業開発・運営および各種コンサルティングを行うクリエイティブチーム・monom(モノム)を設立。さまざまな職能を持つメンバーや社外の開発パートナーと共働しながら、プロダクトの企画・開発、クリエイティブディレクション、プロダクトデザインを行う。
安藤健さん
パナソニック株式会社 ロボティクス推進室 総括
早稲田大学や大阪大学で理工、医学部の教員を務めた後、2011年にパナソニック株式会社に入社。ロボット事業推進センター、ロボット技術開発グループ、新規事業推進プロジェクトを経て現職。ロボット技術を活用したサービス領域やヘルスケア領域(医療・福祉・介護・看護・バイオ)で、自動化による生産性の向上や生活の質の改善を目指した研究開発、事業化を推進。洗髪ロボットや細胞培養ロボット、自動停止・自律移動機能を持つ電動車椅子などの研究開発に携わる。
塩浦政也さん
株式会社SCAPE 代表取締役/建築家
早稲田大学理工学部大学院修了後、株式会社日建設計に入社。東京スカイツリータウンなどの設計業務に携わった後、2013年に「アクティビティ(=空間における人々の活動)が社会を切り拓く」をコンセプトに、社会や空間にイノベーションをもたらすデザインを行うチーム・NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab(NAD室)の立ち上げメンバーに。近作は羽田クロノゲート、仙川キユーポート、ポピンズナーサリースクール、東京インターナショナルスクール、ほか多数。2018年に日建設計を退き、株式会社SCAPEを創業。
田端将伸さん
横瀬町役場 まち経営課 
1974年、埼玉県横瀬町生まれ。1993年、横瀬町役場に入職。税務課、総務課、振興課を経て、2016年からまち経営課。「小さな町だからこそできることがある」をモットーに、官民連携プラットフォーム「よこらぼ」を軸にさまざまなプロジェクトを企画。「よこらぼ」では3年間で計69件の事業が実現。中学生とクリエイターの社会課題解決プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」などがある。
渡邉さやかさん(コーディネーター)
株式会社re:terra 代表理事 / 一般社団法人オーセン(アジア女性社会起業家ネットワーク)代表理事
長野県出身。国際基督教大学アジア研究専攻、東京大学大学院修士。2007年、IBMビジネスコンサルティングサービス(現IBM)に入社。新規事業策定や業務改善などのプロジェクトに携わりながら、社内で環境や社会に関する(Green&Beyond)コミュニティリードを経験。現在は、アジアの女性社会起業家支援や中小企業の途上国・新興国進出支援などに従事。一般社団法人BoP Business Network Japan理事、一般社団法人Women Help Women理事、岩手県女性就労委員、日経ソーシャルビジネスコンテスト アドバイザリーボード。

デザイン、建築、ロボット、行政。生まれた化学反応は……

渡邉さんこのセッションでは、「対角線上のイノベーション」をテーマに4人の方々に集まっていただきました。まずは、それぞれ自己紹介からお願いできますか。

小野さん僕の活動は、主に三つあります。まずは、博報堂のクリエイティブチーム『monom(モノム)』です。これからのモノづくりは、つくることだけではなく、届ける、使ってもらう、フィードバックをもらう。プロダクトの設計から、情報のデザインまで。そうした一連のループを通して、あるいはそれらのセットでモノづくりをしていく必要があるだろう。そんな視点で、さまざまなプロダクトや事業を開発しています。

それと、『monom』を始めるきっかけになった、個人でやっているデザインスタジオ『YOY(ヨイ)』です。家具や照明などのインテリアデザインをやっていて、世界規模の家具見本市「ミラノサローネ」にも毎年出ています。もう8年くらいになりますかね。そこで主に海外メーカーと一緒に家具や照明をつくる活動をしています。

そして最後が、『博報堂』が発行している雑誌『広告』の編集長です。2019年夏のリニューアルに際して編集長になりました。「いいものをつくるとは何か」をテーマに掲げて、第一号の特集を“価値”にしました。その“価値”を考えてもらうきっかけとして、1円で販売しました。680ページある分厚い本です。それが「メルカリ」や「Amazon」で高値で転売されることも含めて、「価値って何だろう?」と、価値について違和感のようなものを感じてもらう。そんなきっかけになったんじゃないかと思います。

今日のテーマである「対角線上のイノベーション」ですが、僕はオルタナティブを大事にしています。「みんながやればいい」とか、「誰かがきっとやるだろう」とか、そういうことはあまりやらずに、自分にしかできないものや、自分が社会の中でどういうイレギュラーであり得るか。そんなことをいつも考えています。それは既存の何かを潰すとかではく、あくまで「こういう選択肢があってもいいよね」というオルタナティブです。そういうことに非常に興味があります。

安藤さん私は、『パナソニック』でロボットをつくる部署で働いています。もともとは、工場の生産性を上げること、つまり一分間に製造できる商品数をどれだけ増やせるか、そんないわゆる生産技術に関する部署になります。そこで培った技術を、違うところで使えないか。そんな経緯でロボットに携わることになりまして、例えば病院で薬を運んだりするようなロボットや、畑のトマトを収穫するロボット、最近では車椅子の自動運転などにも取り組んでいます。

ただ、あまり自動化ばっかりやっていてもよろしくないのではないか、と思うようにもなっています。確かに生産性は向上するし、GDPも押し上がる。でも、個人のウェルビーイング、つまり幸福度はずっと変わっていないんじゃないか。個人の幸せをつくることには、これまでなかなか貢献できていなかったという若干の反省があります。

オートメーション(自動化)の対義語として、オーギュメンテーション(拡張)という言葉を耳にするようになりましたが、最近は“自己拡張”の取り組みにも力を入れています。要は、自動化ではなく、自分が持っている能力やスキル、あるいは「楽しい」といった内面の感情的なものも含めて、自分がなりたい姿ややりたいことが実現できるような手助けを、ロボット技術でできるんじゃないかと。

これはまだ始めたばかりなので目立った成果がないんですが、例えばこの前やってみたのが、心拍数を測るセンサーをつけた傘です。緊張すると心拍数が上がり、それによって傘の色が変わるという仕組みです。狙いとしては、好意を寄せている人とすれ違うと心拍数が上がって、傘の色が青から赤に変わる。飲み会のネタみたいなものなんですが、試しにやってみたら意外とおもしろくて。そういうプロトタイプをつくりながら、「人間て何だろう」みたいなことを考えています。

塩浦さん職業は建築家で、『SCAPE』という会社を経営しています。『ミラツク』では、CUO(チーフ・アーバンデザイン・オフィサー)という肩書きで、こうしたセッションに出させていただいたりしています。

建築家なんですが、“図面を描かない建築家”を売り文句にしています。正確には、果たしてその建築が都市の革命につながっているのか、いったん考え直してみよう。そうすることが、今の都市においては重要なんじゃないかと。ちょっとトリッキーなキャッチフレーズではあるんですが、そんなことを真剣に考えています。

というのも、例えば2019年に起きた台風19号。僕の家の近くでも、大きなマンションが停電になったり、流木が流れてきたり、信じられないようなことが起こりました。みなさんも感じてらっしゃると思いますが、僕らが想像しているよりも速いスピードで、都市がどんどんおかしくなっています。

一方で、僕らの倫理観や価値観、ライフスタイルも大きく変わっているような気がするんです。例えば、約束に三分遅れるとイライラするとか、道路を走っている「Uber Eats」の自転車が遅いとイライラするとか、時間に対する価値観が変わっていたり、一期一会のような感覚も薄くなってきている。そういう変化ですね。僕たちが生きている都市を、もう一度ゼロから考え直さないといけない。そういう時期に来ていると思います。建築家もこのあたりで、そろそろ職能を変えて、これまでと違う都市をつくり始める必要があるんじゃないか。

そんななかで、2019年は屋台をつくりました。つくっては壊す。そんな分解・組み立てができる屋台をつくって、日本の主要都市の展示会を回ってきました。世間にとっては小さなプロジェクトかもしれませんが、僕にとっては大きくて、都市の生活やビジネスモデルを変えるようなプロジェクトだと思っています。

前職は『日建設計』、ベタにいうと「東京スカイツリー」の設計者です。それが今、なぜこういう屋台をつくるようなプロジェクトに興奮しているのか。スカイツリーもすばらしいんですよ、設計したときはとても興奮しましたし。ただ、今はもっといろんな境界からこぼれ落ちる都市のライフスタイルを、建築家は救うことができるんじゃないか。そんなことを考えながら活動しています。

田端さん私は埼玉県秩父地方にある横瀬町で、役場の職員をしています。長期ビジョンや将来計画の策定、官民連携などを担当しています。今、官民連携のプロジェクトがどんどん立ち上がっていて、3年間で69のプロジェクトが生まれました。職員が90人弱しかいないのに、誰かいい加減止めないとどうなるのか……というくらい、今も毎月新しいプロジェクトが立ち上がっています。実は、今日ここにいらっしゃる『パナソニック』さんとも一緒に取り組ませてもらっています。

なぜ今日、私がこのセッションに呼ばれたのか。イノベーターでもない、役場の職員です。ただ、「行政職員っぽくないね」とはよく言われますね。例えば、今日着ているこのTシャツ。「川とサウナ」と書かれていますが、うちのまちは川が非常にきれいなんですよ。だから川辺に簡易テントでサウナをつくって、目の前にある川を水風呂代わりにして、そこに飛び込む。半年前ほど前から始めたんですが、毎回都会から50人くらいの人が来てくれ、結果、勝手に関係人口施策になっていたんですが、実は先日、ある所から指摘されました(笑)。 でも止めることなく、おもしろいと思ったことはさまざまなアドバイスをいただきながらやり方を柔軟に変更してやっています。今日は、そんな“変わった公務員”ということで呼んでいただいたんだと思います。

対角線上にある価値の見せ方。ダブルスタンダードは悪なのか

渡邉さんみなさんの自己紹介のなかで、いろんなキーワードが出てきました。価値とは何か、あるいは人間としての幸せとは何か。実は私、今悩んでいるんです。去年(2018年)出産をしまして、育児に追われるなかで、今まで生産性や経済性では計れないものに価値を見出しながら仕事してきたはずなのに、自分の仕事面での生産性や経済性が下がったことに落ち込んだんです。自分のなかに、ダブルスタンダードがあることに気付いて凹んでしまったわけですよ。このダブルスタンダードと、どう向き合っていけばいいのかと。

そこで、みなさんにぜひお聞きしたいと思います。経済的合理性、あるいは多くの人が当たり前として価値基準を置いている考え方ということでもあるのかもしれないですが、そうしたものの対角線上にある価値をどう可視化して、ご自身の事業や仕事のなかで推し進めているのか。パートナーやクライアントに、対角線上にある価値をどう伝えているのか。みなさんのなかに、ダブルスタンダードはないのか。とても興味があります。

小野さん僕は雑誌もモノづくりも、テーマにしているのは経済と文化の“間”です。大阪出身で、学生時代は建築を学んでいたんですが、梅田が発展してビルだらけになっていくのが悲しくて、そうじゃないやり方がないだろうか。それを卒業制作のテーマにして以来、そういうスタンスを続けています。

そうは言いながらも、経済のど真ん中にあるような『博報堂』に入りました。自分の立ち位置をどう取っていこうか考えてきて、それから十数年経って雑誌の編集長になったわけですが、そこで出会った二人の言葉が特に印象に残っているので紹介させてください。文化人類学者の松村圭一郎さんと、批評家の東浩紀さんです。

松村さんは、構築人類学を提唱しています。すべての物事は構築されている、だから再構築できると。要は、すべての物事はいろんな物事の連なりで出来上がっているだけであり、絶対なものはないということだと思うんです。そこでの気づきは、自分が価値だと思っていることは、そう思わされている可能性が高いということでした。価値をとらえるときにはいろんな切り口、つまり経済的な切り口もあれば、文化的な切り口もある。渡邉さんはダブルスタンダードとおっしゃったけど、おそらく本当はもっとマルチスタンダードなはずで、それでいいじゃないかと気づくことができました。

もう一人、東さんです。彼は、“誤配”の話をしてくれました。モノをつくることには、必ず等価交換が必要だと。これだけ働いたんだから、これだけくれよ。これだけの価値があるから、これだけのお金をくれよ。そういう等価交換の上で成り立っている世界のなかで、いかにそこから見えない、等価交換の外側にあるものを入れていくか。それは文化的価値かもしれないし、相手が期待していないもの、もしくは相手にとっては必要なんだけど、まだ必要だと気付いていないもの、そういうものをつくる作業が大事なんじゃないか。東さんはそんなことを言っていました。それで僕は、等価交換から離れてはいけない、商業を否定してはいけないということに気づいたんです。

会社からしたら、僕は会社が望むような収益を上げていないんですよ。稼いだお金はあるけど、使ったお金のほうが断然多い。お金を“使う係”みたいなことをしています。会社としてはリスクで、僕にとってはノーリスク。会社にコミットするというある種等価交換の物言いと、自分のやりたいことをやるという物言い、そのダブルスタンダードを正当化しながらやっている権化のような人間です(笑)。『会社を使い倒せ!』という本を出したんですが、まさにその通りで、これは僕のスタイルとして自分をうまくパトロナイズすることを意識的にやっていますね。

安藤さんダブルスタンダードでいいんじゃないですかね。それが対角線というか、二つの点があるから線になるのであって、大事なのはバランスをどう取るか。それは、人によって違うんじゃないかとも思います。

例えば私の仕事ですと、自動化させたいことと、自分がやりたいこと。あるいは経済合理性と、自分の幸せをどう追求していくか。そんな話のなかで、わかりやすいのは料理や掃除です。自動化させたい人もいれば、自分でやりたい人もいますよね。調理ロボットをつくろうと思えばつくれるとして、でも全員がそうするという話ではなく、どっちも選べるような社会になる。その準備をしておかないといけないんだろうと思うんです。選択肢、オルタナティブ、それを用意するのが自分の仕事だと思っています。

“意味のない”空間、“暇だけど没頭している”状態とは…

塩浦さん僕はいろんなワークプレイスをつくってきたなかで、「働くって何だろう?」と考えたことがありました。調べると、語源は「はためく」らしいですね。誰もいない場所で動かないはずの機織機が、「はた」と動く状態を表したようなんです。それが鎌倉時代になって、「動」に「人」がくっついて「働く」になったと言われています。僕は今まで、はた(傍)をらく(楽)にするから「働く」だと思ってたんですが、そうではないらしいんです。

それを知ったときに、学生時代によく哲学の本を読んでいたんですが、哲学者カール・マルクスの労働価値の話に行き着いたんです。マルクスは何を言ったか。それは、価値は事後的に起きるんだ。最初からあるものではなく、よくわからないけど一生懸命やったもの、それが本来は価値になるはずなのに、資本家があたかもその価値を搾取することに危機感を抱いていました。

今この現代の都市においても、働くことを考えたときに例えば年収がいくらだとか、こういう契約書に基づいてとか、価値が最初からあるようにセッティングされた状態でオフィスやワークプレイスをつくるので、その空間が何だか“意味”に満ちてしまっているんですよ。そんな都市のなかにいる現代人は、価値を生み出さないといけないという病にかかっているんじゃないかと。だから僕は、“意味のない”空間をセッティングすることを考えるようにしています。それがきっと、イノベーションだと思うんですよ。

もう一つ、ダブルスタンダードという発想が僕にはあまりなくて、いつも「四象限(よんしょうげん)」で考えています。例えば、「暇」の反対は「忙しい」ですよね。「退屈」の反対は「没頭」。この四象限で考えたときに、多くの現代人は“忙しくて退屈な”状態にあるんじゃないかと思ったんです。つまり、ルーティンワークをこなすためだけに生きているのではないかと。最悪なのは、“退屈で暇な”状態。これは、ほとんど虚無な状態です。その対角線上にあるのが、“忙しくて没頭している”状態です。これは、リア充と言われるような状態です。

さらにもう一つ、ホワイトスペース(余白・空白)にあるのが、“暇だけど没頭している”状態です。僕は、ここを取りたいと思っているんです。ここに、今求められている価値の源泉があると思っていて、ここに対角線をビッと引くことができないかと。僕がワークプレイスなどを設計するときは、この二つ考え方を大事にしています。

田端さん行政にとってのお客様は、すべての住民です。横瀬町なら、約8200人の住民。本当は全員に価値を生み出そうとしなきゃいけないんですが、実際にはなかなか難しい。誰も名前も知らないような小さなまちで、69の官民連携プロジェクトが走り出したのは、行政自体の価値を少し緩めたというか、考え方をギリギリのグレーゾーンまで下げられるんじゃないか、そう思ってハードルを下げたからだと思うんです。

行政はしっかりしていて、真面目。そう思われている行政の価値をちょっと下げてみたら、民間から申し込みが殺到しました。「行政とコラボレーションしやすくなった」などと言ってくれるんです。横瀬町の職員は、余計なプライドを捨てたんですよ。余計なプライドを捨ててオープンにしたら、今流行りの言葉で言えば関係人口が増えてきて、新しい価値が生まれ始めたんです。そう考えると、価値とは自分が思っているものとか、人が思っているものとか、それよりもお互いが折り合ったところに生まれるものなのかなと感じました。

ただ、やればやるほど町議会から「計画的ではない」「どんな価値があるのか」などの指摘を受けるようにもなりました。町長や上司に上手に説明をしてもらってますが、当初想定しているのと違う価値が生まれくることも確かです。やらないとわからない、机上では想像もできないことも多く、私や部下たちは、上司からは自由にやらせてもらっています。今すぐ議員さんたちに価値を感じてもらうのは難しいかもしれませんが、5年後くらいに「あれやってよかったな」と言ってもらえるようにしたいですね。

渡邉さんどうして、そうやって行政マンとしてのプライドを捨てられたんでしょうか。

田端さんいや、こう見えてちゃんと仕事はしてるんですよ。めちゃくちゃ仕事はしていて、でも1995年くらいから人口がどんどん減ってきて、1万人以上いたのが約20年で8200人ほどに減りました。10年ほど前にも「これから人口増やしていくぞ」という計画書をつくって、みんなで頑張ったんです。今まで通り、公務員らしくですね。でも、人口減少が止まらない。そのときに、同じことをやってもダメなんだと思ったわけです。誰にでもわかるようなことなんですが、行政はなかなかそうは思えないところがあって。

ただ横瀬町は、町長がこの危機をどうにかしようと、全職員を集めて「うちは危機だぞ。変えられるのは誰だ、おれたちだ」と、みんなで危機意識を共有した時点からですかね。何かやらないといけない、変わらないといけない。そういう機運が高まっていったのは。

私たちは化学反応を起こそうと思っているんですが、結果がわかるような化学反応ではなくて、何が起きるかわからないことをやり続けました。10人の転出者を増やすよりも、一人のおもしろい人を呼びたいと思っています。そこからおもしろいコミュニティが生まれてきたり、田舎町にはいないようなクリエイティブな人が集まってきました。そうした人たちが「やろう」と言い始めてできたのが、先ほど紹介した「川とサウナ」なんです。今、おもしろい雰囲気やワクワクする感じが出てきて、何かが生まれつつあるな。そんな感覚が強くなっています。

渡邉さん今日のミラツクフォーラムで基調講演をした大室(悦賀)先生との会話を思い出しました。「ワクワクする感じは、頭ではなく腸内感覚なんだよ」といった話を聞いたんです。それを体が発しているのに、頭がセンサーとして受け取れていないから、頭で考えちゃう。頭で説明がつかなくても、体がおもしろいと感じていることは本当のはずだよね、と。PDCAとかではなくて、腸内感覚とか身体が感じることから始めるときっとおもしろいことがもっと起こっていくんでしょうね。

田端さんうちの官民連携プロジェクトは、申し込みの1カ月後にプレゼンと質疑応答をして、その後審査会で当日か翌日にはやるかやらないかを決めるんです。申し込みから最短で1カ月と1日で決めちゃうんですよ。PDCAサイクルは、ほぼ無視されているわけです(笑)。でもそれを繰り返しているうちに、今こうしていい雰囲気になってきているんです。

パトロンではなくパートナー。パートナーよりもファン

渡邉さん小野さんがおっしゃっていた組織を使い倒す話も、もっとお聞きしたいですね。会社をパトロナイズするために、どうしたらいいのでしょうか。どういう価値を伝えると、会社はパトロンになってくれるんですかね。

小野さん僕は、会社はパトロンではなく、一対一のパートナーだと思っています。自分を掛け算する相手として見ています。社員が3000人くらいの会社ですが、3000人くらいのパワーを持った会社と、僕という人間、この掛け算です。一般的に仕事やプロジェクトのパートナーは、同じ目標を持っていることが重要だったり、自分だけじゃなく相手にもメリットがあることが重要だったりすると思いますが、まさにそれをそのまま会社に伝えています。

相手のことをしっかり考えて、なぜ相手にそれが必要なのか。僕はそれをすごく言語化しています。自分のことを一生懸命考えてくれた人のことを、なかなか無碍にできないじゃないですか。だから僕は無茶を言うけど、相手のことを考えているので無碍にされたことはないんです。

渡邉さん安藤さんはどうですか。『パナソニック』はパートナーですか。

安藤さんやりたいことは、会社には遠慮なくけっこう言いますね。恵まれているのかもしれませんが、最終的に「絶対ダメ」と言われたことは会社人生ではあまりないですね。おそらく上の人たちも、何か新しいことはやりたいけど、考える時間がなかったり、動く人がいないと言うと誤解を生みかねないですが、何か新しいことをやりたいということに対して、心の底から反対するというのはあんまりないんじゃないですかね。

ですから、新しいこと、やりたいことを思いついたら、一発くらいダメージを食らってもとにかく提案する。そこから指導をもらっているうちに、それがパートナーというか、「同じこと考えてますよね?」みたいな、そういう関係になることはありますね。大企業の強みとしてはリソースがたくさんあるので、そこをうまく使いながら何かできるんじゃないか。そう思いながらいつも仕事していますね。

渡邉さん新しいものをつくるとき、例えばさっきの色が変わる傘ですね。アイデアを思いついたときに、そのワクワクをどう周りに伝えて、「一緒にやろう」という動きにもっていくんですか。

安藤さん傘に関しては、なかなか伝わらないですね(笑)。個人の趣味だったり、過去の原体験などに依存しているところが大きいので、そこの価値観を合わせようとすること自体にけっこう無理があるんじゃないかと思っています。

「とにかくつくってみようよ」というのを、うちの部署では推奨しています。テクノロジーの発展で思ったことをかたちにしやすい時代になってきているし、自分ではつくれなくても周りにつくれる人を探すこともできます。だから、とにかくやってみようと。プランの段階で否定することは絶対ない。ブレストを批判するな。そういうことはよく言われていると思いますが、うちの会社はもう一つ先の、デモするまでは批判はしない。つくって、動かしてみて、おもしろかったらやればいい。それを大切にしています。傘は幸い、失笑くらいで済んだんですが(笑)、それ以外にもいろんな実験があります。とにかくつくって、動かしてみる。そういう精神でやっています。

ユニークな部下がいまして、朝テレビをつけたら『めざましテレビ』に出ていたんですよ。一切会社の名前は出さずに、個人でこんなものをつくってました、なんて紹介されていて。そんな時代なんですよね。

塩浦さん会社と個人の関係性の話でパートナーというキーワードが出てきましたが、今はパートナーよりも“ファン”の時代だと思っています。ファンをつくりたい。実は建築家にはパトロンが好きな人が多いんです。お金くれる人、イメージ的にはドバイとか中国とか。でも、今はそういうことをしていても、都市も世界もよくならないので、僕はできればファンを増やしたい。

ファンのよさは、男性でも女性でも、大人でも子どもでも、おじいちゃんでもおばあちゃんでも、どんどんつながっていきながら都市をつくっていく。僕はそれを、フランチャイズじゃなくて、“ファンチャイズ”と呼んでいます。ファンチャイズビジネスのようなかたちになっていくと、大企業にいようが個人でやっていようが、「あの人はファンが多い」というかたちでいろんなことができるんじゃないかと思っています。

「個人」と「集団」、「発散」と「収束」の四象限で考えてみましょう。個人で収束している状態は、イノベーティブなアイデアを見つけたときに一人でワクワクする。それが集団になっていくと、これは悪くないパブリックスペースのイメージですね。例えば、代々木公園や南池袋公園などです。家族連れなどの集団が、それぞれのインタレスト(興味)を持ってワクワクしている状態です。次に、集団で発散している状態ですね。これは、群集なんですよ。例えば、渋谷のような感じです。個人的には好きなんですが、これは文化になるかどうかはわかりません。

一番強いのは、集団で収束すること。これは、祭りなんですよ。それをどうやってつくるか。僕がつくる空間で、果たして祭りは起きるか。いつもそのことを考えるんです。心地のいいパブリックスペースまではできるけど、祭りにできるかどうか。理想的には、とても心地のいいパブリックスペースを、群集に陥ることなく、祭りへといきなり斜め上に行く、対角線に飛ばしていくようなことができるといいんですね。これは難しいことなんですが、そんなことが年に数回でもできたらいいなと思っています。

無用なものをつくり出すことが、価値の源泉になる

渡邉さんさて、実はあっという間に残り時間が少なくなってきました。最後に、今後の活動や「対角線上のイノベーション」について一言ずついただけますか。

小野さん『広告』で価値を特集したときに、五つの章を立てたんです。その一つが「無用」で、これは『ミラツク』の西村さんに書いてもらいました。西村さんは、今は無価値で必要がない、無用と思われているものも、いつか価値になるかもしれない。つまり、無用なものをつくり出すことは、価値の源泉をつくり出すことだ。そんな文章を書いてくれました。

僕も、その無用にすごい興味があるんです。世の中の人が求めているもの、そういう顕在化されているものはすでにベクトルが動き出していて、その方向に向かってやっていくことはとても重要だと思います。例えば、ジェンダーバランスや地球環境の問題ですね。非常に重要なベクトルが発生しているので、それはしっかりやっていく。一方で、まだそういうベクトルを持っていない、必要だと思われていない何かはもっとたくさんあって、僕はそこに興味がある。イノベーションという言葉が正しいかどうかわかりませんが、そういう価値の源泉を実践的に生み出していきたいと思っています。

それともう一つ、『広告』で価値の話をするなかで最も大事だなと感じたのが、自分が有限であるということです。有限な時間のなかで、自分は何に重きを置いて行動するのか。そんなことを、とても考えさせられました。今日のここでの出会いも、有限のなかの一つの可能性なので大事にしたいですね。みなさん、どこかで会ったらぜひ一緒に何かしましょう。

安藤さんワクワクする、楽しい。そんなキーワードが出てきましたよね。それには、いろんな種類があると思います。今思い浮かんだのは、三つです。一つは、純粋に楽しい、英語で言うとfun(ファン)ですね。二つ目は、意味ややりがいを感じている、meaning(ミーニング)な状態。三つ目が、flow(フロー)です。医学的に考えると、交感神経も副交感神経も刺激されていて、リラックスしているようで集中もしている。そんな状態ですね。これも一種の楽しさで、おそらくさっき塩浦さんがおっしゃっていた祭りは、そういう状況に近いんじゃないかと思います。

これからは、そのフローに個人や群集が楽しみを覚えながら、そういう瞬間をつくっていけるかどうかが大事になる気がしています。そういう取り組みを、今日をきっかけにみんなで一緒にできればおもしろいですよね。

塩浦さん対角線のイノベーションについて、今いろいろと考えていたんですが…。建築の世界では、水平と垂直にまつわる意思があれば、それは建築だ。そういうことを最初に教わるんです。そういう意味で、水平と垂直をはじめとする幾何学を扱うことが僕らの職業の中心にあるのですが、じゃあそのなかで対角線は何かというと、例えばみなさんがご存知の『パルテノン神殿』の列柱の上に斜めの切妻の屋根が架構が施されているように、対角線は安定や一体性を象徴するエレメントとして捉えられています。しかし、僕が今必要だと思うのは、安定をもたらす架構ではなく、水平と垂直を壊していくような、つまり何らかの破壊みたいなものなのかなと。対角線のイノベーションと聞いて、そんなことを思い浮かべました。

もう一点いいですか。前職の『日建設計』、約120年の歴史を持つ世界最大の設計事務所です。そこで建築の実務を学んだときのことです。図面を描くのに、破線と一点鎖線というものがあります。破線は一定間隔で隙間をつくった線(—-)のことで、冷蔵庫などを描くときに使うもの。一点鎖線は、破線の間に点を入れた線(-・-・-)のことで、吹き抜けなどを描くときに使います。一階の図面がここにあるとして、上から吹き抜けを見たときは一点鎖線で描くんですが、上に吹き抜けがあるときに使う想像線というものがあるんです。イマジナリーラインですね。当時僕は、それを描けるようになると一流の建築家になれると聞いたんですが、そのことを思い出しました。対角線もいいけど、僕はそういう想像線を描きたい。そんなことを思いました。

田端さん横瀬町では大人も子どもも、失敗を恐れずにいろんなチャレンジしようということを言っています。これは、まち自体がチャレンジするということでもあり、同時にチャレンジャーを応援するまちになりたいということです。そこは今いい感じに回っていて、チャレンジする大人たちを見て、子どもたちも変わってきています。失敗してもいいんだな、と。それをやり続けることがワクワクにつながり、結果的に対角線上のイノベーションが起こりやすい状態になると思っています。ここにいるみなさんのお力も、ぜひお借りしたいですね。

渡邉さんこのセッションでの出会いが、何かおもしろいことが生まれるきっかけになるといいですね。みなさん、ありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

次回ミラツクフォーラムに参加を希望される方は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」にご参加ください。ミラツクフォーラムは、メンバー向けの招待制の会として開催されます。
ROOMの登録:http://room.emerging-future.org/
ROOMの背景:https://note.com/miratuku/n/nd430ea674a7f
NPO法人ミラツク では、2016~2019の4年間でミラツク年次フォーラムにおいて行われた33のセッションの記事を分析し、783要素、小項目441、中項目172、大項目46に構造化しました。詳しくは「こちら」をご覧ください。
近藤快 ライター
フリーライター。1983年、神奈川県生まれ。2008年〜化粧品の業界紙記者を経て、2016年〜フリーランスに。東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)で震災・復興現場の取材、50人インタビュー企画「Beyond 2020」を担当。災害時における企業・NPOの復興支援や、自治体の情報マネジメントを集積したWEBサイト「未来への学び」(グーグル社)のほか、化粧品業界やCSR・CSV、地方創生・移住、一次産業などを中心に取材〜執筆活動している。