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人体を模倣した培養装置「CulNet System」で、細胞から家電をつくれる社会へ。インテグリカルチャー株式会社取締役CTO・川島一公さん【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

ROOM

ミラツクでは、2020年7月より、未来をつくるための「場」を提供するオンラインメンバーシップ「ROOM」を開始しました。

インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。「ROOM」では、記事と連動してインタビュイーの方をゲストにお招きするオンラインセッションを毎回開催していきます。

ROOMオンラインセッション「ROOM on Zoom」
10月6日(火)18:30-20:30 at Zoom ゲスト:インテグリカルチャー株式会社取締役CTO 川島一公さん
詳細:http://emerging-future.org/news/2232/
ROOMへの参加はこちらをご覧ください
http://room.emerging-future.org/

第三回は、細胞培養技術で培養肉や素材、さらには家電をつくることを目指している「インテグリカルチャー株式会社」取締役CTOの川島一公さん。

「CulNet System」という独自の培養装置を用いて、従来は数千万円もの費用がかかる細胞培養を、安価で大量に、かつ様々な利用範囲をもつ細胞培養へと進化させつつあるインテグリカルチャー。「CulNet System」を世界中の企業や個人に使ってもらい、各々が新しいものをつくれる社会を目指したいと、川島さんは日々、様々な事業会社と提携して研究と開発を進めています。

川島さんが細胞培養研究・開発を通じて描いている未来図とは。現在の取り組みに至った経緯、細胞培養のこれまでと現在、そして未来を伺いました。

川島一公(かわしま・いっこう)
2012年、広島大学にてPh.D (農学)を取得。Baylor College of Medicineフェロー、JSPS (DC1, PD)フェローを経て、インテグリカルチャーを共同創業。2018年4月から取締役兼CTOに就任。日本生殖内分泌学会 学術奨励賞、日本受精着床学会 世界体外受精会議記念賞、日本繁殖生物学会 学会発表賞 口頭発表部門を受賞。

(構成・執筆:代麻理子 執筆協力:伊賀有咲)

「宇宙で培養肉を」と「細胞が持つ可能性」を掛け合わせた

西村今日はよろしくお願いします!そうしたらまず、インテグリカルチャーで細胞培養をはじめたきっかけから始めていきましょう。

川島はい。インテグリカルチャーは、東大生が集まるカフェ「Lab+Cafe」で、代表取締役CEOである羽生雄毅が「宇宙で肉をつくりたい」とプレゼンをしていて、その場に僕も居合わせたことがきっかけでした。

「それだったら簡単にできるよ」と僕が彼に話しかけたら「じゃあ一緒にやろう」と意気投合したんです。簡単にできると言った理由は、幼稚園の頃から細胞や細胞組織を使い、様々な素材や機械がつくれるのではないかと思っていたからです。

西村川島さんが細胞に可能性を見出したのは、とても早い時期からだったんですね。

川島そうなんです。幼い頃に欅(ケヤキ)の葉っぱにできるこぶ「虫えい(ちゅうえい)」を見たことがきっかけでした。「虫えい」は、昆虫やダニ類が寄生することで植物組織が異常な発達をしてできる、こぶ状の突起です。

僕が見た「虫えい」の中は空洞になっていて、そこにアブラムシのような羽虫がたくさんいました。幼虫は、成虫が注入した刺激物が葉の細胞を変形させてこぶをつくり、その中が羽虫の家になり、食糧にもなります。また羽虫は、成長したらそのこぶから出ていくそうです。

それを知って僕は、「これは僕たちでもできるのでは?」と思ったんです。羽虫と同様に地球上に存在する細胞をコントロールすることで様々な物をつくり出すことができると。細胞こそが地球にとっても最適なマテリアルで、細胞をコントロールすることが様々な産業に役に立つのではと、小さい頃からずっとアイデアを溜めてきました。

そのアイデアのひとつに細胞培養のコストを下げる方法があり、それを利用すれば培養肉をつくれると考えたことが現在の弊社の事業に結びつきました。

インテグリカルチャー創業期の頃。(左から福本景太さん、川島一公さん、羽生雄毅さん、リバネス篠沢裕介さん)

西村羽生さんが宇宙で肉をつくりたかったこと、そして川島さんが細胞の可能性を探りたかったことがインテグリカルチャーの事業の動機になったんですね。

川島そうなんです。羽生は社会実装をする部分に強い関心を持っています。人々が抱きがちな「バイオニック(生体工学)ってなんかキモい」という思いを、「いいよね、エコだよね」と言ってもらえるような環境や社会情勢へ、いかに変えていくかに力を入れて取り組んでいます。

一方で、僕は社会実装の部分よりもテクノロジーへの興味が強かったため、その点でうまく棲み分けができていたようです。

西村なるほど。細胞を活かすテクノロジーを探りたい川島さんと、未来をつくりたい羽生さんとが出会って「じゃあ細胞で未来をつくろうか」という事業の方向性になったと。

川島そうそう、まさにその通りです! 僕は「肉に限らず、他の素材もつくれるよ!」と彼に伝え、今に至っています。

細胞培養で血液をつくることができれば可能性が広がる

西村「細胞培養」や「培養肉」と聞くと、人によってイメージするものが違うかもしれません。現状ここまではできているという話と、この先はどうなるのかを少し教えていただいてもいいですか?

川島はい。細胞培養や培養肉の分野で最初にできる肉は、ペースト状の肉になると思っています。実際、「CulNet System」もフォアグラをつくるとペースト状になります。

「CulNet System」で作成している培養肉

来年には世界中の細胞農業のベンチャー企業から様々な培養肉が誕生すると思います。そしてそれらはおそらく全てペースト状か、足場材料となる大豆に細胞をつけたような形になるでしょう。味や肉のジューシーさに課題も残されています。それが現状の細胞生物学の限界です。

西村立体性を持たせるのが難しい?

川島立体性を持たせるだけなら可能なんですが、難しいのは「立体性を成長させること」なんですね。なぜなら、酸素の供給が難しいからです。うまく供給するためには、赤血球が必要です。

これは「CulNet System」で実現したいことにも関連する話です。培養装置である「CulNet System」は、実は大して難しいことはしていないんですよ。

「CulNet System」を説明するために、まず僕たちの体で血液が生成されている仕組みをご説明しますね。僕ら人間の体には臓器がありますよね。そして臓器は血管でつながっていて、それが心臓を軸にぐるぐると回っています。

様々な臓器を経て体に必要な栄養成分やホルモンが平均化されることで、血液がつくられるんですね。その臓器の組み合わせを装置に置き換えたのが「CulNet System」です。

現在はまだその血液の半分程の「血清成分のようなもの」しかつくれませんが、将来的には体を回っている全ての血液と同じクオリティのものを「CulNet System」でつくりたいと思っています。

なぜならば、血液をつくれるようになってはじめて動物の立体組織・立体構造がつくれるようになると考えているからです。僕らは今、そのフェーズに移ろうとしています。

西村細胞を立体化させるには、細胞自体を純粋培養をするよりも「CulNet System」で循環させながらつくる方が近道ということであってますか?

川島まさにその通りです。身体は細胞同士が互いにコミュニケーションすることで成り立っています。それを再現するほうが細胞培養コストも、研究コストも抑えることができます。

以前、再生医療の研究に携わっていたのですが、血液や赤血球をまともにつくろうとすると、大量のホルモンや培地(細胞や微生物が成長しやすいよう人工的につくられた環境)を購入する必要がありました。それらは非常に高価なので、「再生医療の研究に未来はあるのだろうか」と疑問に感じていました。

先述したように、僕は以前から「体の中の成分を平均化すると血液になるし、体内の組み合わせを活かせばいい」というアイデアを持っていたので、「それで全部できるわ」と思い、今につながりました。

学生の頃から「体内の組み合わせ」に可能性を感じていた川島さん。

西村なるほど。「体の中の成分を平均化すると血液になる」とはすごくおもしろい考え方ですね。僕はそんな表現をする人に出会ったことがありません(笑)。これは普通の考え方なのですか?

川島いや、そうですね、僕の発想は決して最先端なものではありません。古い考え方を少し拡張したまでなんです。というのも、1980年代には「ある細胞が分泌したものを別の細胞にかけたら形が変わった、増えた」といった実験は行われていたのです。

僕は「その考え方で血液もつくれる」と考えました。ただ、現在の生物界では分子生物学が注目を集めていますが、分子生物学的概念にとらわれるとこういった発想はできないかもしれません。

いわゆる「生物学」が発展してきたのはミクロを見る科学の世界です。特に動物細胞の分野などでは顕著で、「機能している何かを見つける」ことに大きな価値がありました。

その価値観は現在の「CulNet System」の方法にはマッチしないため、そこはすっ飛ばして1980年代からある方法で構築してやろうと。それでも社会的意義は大いにあると思っています。

食料危機や気候変動といった地球規模の課題から「培養肉が必要だ」という空気が醸成されつつあるからこそ、過去の手法に再び注目が集まり、開発が加速したらいいなと考えています。

「CulNet System」は、「網膜だけ」でなく「網膜も」つくる

西村純粋に細胞を培養する方法と「CulNet System」で培養する方法の違いを詳しく教えてもらってもいいですか?

川島僕らが行っている「CulNet System」の方が、細胞培養よりも実は簡単なんです。例えると、自然に近い状態で細胞を飼っているのが「CulNet System」で、最先端の科学を駆使し必要なホルモンだけを注入して細胞を培養するのが、いわゆる細胞培養の世界で行われていることです。

まず、現在の再生医療も含めた細胞培養の世界の状況をご説明しますね。従来の研究では、様々なホルモンを外から入れることでなんとか細胞をコントロールしていました。ただ、先述の通りホルモンは、その多くが体温下では1週間以内に失活する性質を持っており、連続して投与する必要があります。また、それらの製造コストが非常に高価であることから、細胞の培養コストが大幅に高くなってしまうことが問題とされています。

一方で「CulNet System」は「体中の仕組みを再現している」と言ったらわかりやすいでしょうか。例えば、体中ではホルモンが自然にたくさん、それも連続的につくられ続けていますよね。

体内には、細胞にとって良い環境が自然と備わっています。体内では臓器間相互作用(臓器が出す有用因子が血管を通って他の臓器に届き、影響を与え合う機能)が構築されているため、効率よく安価に細胞の成長を促すことができるんです。

僕らはこの効率的かつ自然発生的な体内システムに学び、似たシステムを構築することで、一般的な培養法では突破し得なかった大幅なコストダウンを可能にしました

西村少し雑な例ですが、お話を伺っていたら「CulNet Systemは料理のようだな」と感じました。玉ねぎ、ごはん、ケチャップ、卵と手順よくきちんと混ぜていくと、最後はオムライスができますといった話ですよね。

一方で、再生医療などの分野の細胞培養は、オムライスの具材それぞれのすべての要素をひとつひとつ並べて、原子の組み合わせでオムライスをつくること。玉ねぎの要素1、要素2……と細かい要素を組み合わせていくから、すごく難しくてコストがかかる感じなのではと思いました。

川島そうそう、そんな感じです! 別の例で考えると、紙をつくる際に「木から採取して薄くすればいい」というのが僕らのやり方ですが、再生医療の世界だと「紙というのはセルロースと〇〇と〇〇でつくられているから、まず99%ピュアなセルロースを用意して、さらに、それは本当にセルロースなのかを検証するために別のものも用意する」といった感じです。

他に、「網膜」という例では、人体は網膜を勝手につくり出しているのだから、「装置の中で網膜をつくる際の臓器の組み合わせを再現すれば、自然と網膜が育つ」と僕らは考えるんですね。体中の仕組みを再現した「CulNet System」で上記のような方法で細胞を培養すると、3,000円もかからずに網膜が完成します。

かたや、再生医療の世界ではまず網膜の細胞だけを培養する。そしてその網膜の細胞に必要なピュアな要素だけを次から次へと入れていく。そのため、ひとつの網膜をつくるのに1.5億円もかかると言われています。

西村「CulNet System」だと製造過程で他のものもできますよね。網膜だけをつくろうとする再生医療からは網膜しかできないけど、「CulNet System」でつくると次から次へと様々なものができながら、途中に網膜も登場するんですよね?

使う材料は一緒なんだけれど、分解すると大変になる上にそれしかつくられないのと、きちんと順番に混ぜていけば完成するという違いですよね。

川島そうそう、そうなんです。鼻も脳も網膜以外も、人体がみんな同じ臓器の組み合わせの中でつくられているのと同じように、体中の仕組みを再現した「CulNet System」では網膜以外もできるんです。

つまり、体を形づくっている細胞は、基本的には「CulNet System」そのものなんです。体中を再現した装置で細胞をつくることができると気づき、実際に様々なものをつくっているのが現状です。

西村非常に大きな発想の転換ですよね。「CulNet System」は「装置を回したら自然と網膜ができた。なぜかは後で考えよう」で、再生医療における細胞培養は「まず、なぜできたのかをしっかり考えよう」といった感じで。前者は化学的な考え方で、後者は分子生物学の世界観なんでしょうね。

川島まさにです。でも、冷静に考えてみたら当たり前のことなんですよね。社会に実装するには、なぜそうなるのかを考えるのはそこまで必ずしも必須ではないのかもしれません。

ハンバーガーを1個つくるコストが300円か、3,000万円か

西村いわゆる細胞培養と「CulNet System」でつくるものとでは、どのぐらいコストが変わってくるか試算はありますか? 例えば、ハンバーガー1個は「CulNet System」でつくるといくらくらいになるんでしょう?

川島「CulNet System」では、ハンバーガーひとつで300円です。一方で、オランダ・マーストリヒト大学教授のマーク・ポスト先生(動物由来幹細胞を用いた食用肉生産技術を世界で初めて確立した博士)が2013年に行った細胞培養だと3,000万円かかります。

「CulNet System」でも、300円にするには約4トンのハンバーガーをつくる必要がありますが。大量につくれるようになると、あとは装置の減価償却の費用になってくるので、現在問題となっている培地のコストは、ほぼ誤差の範囲でしか価格の変動はありません。

西村ものすごい価格差ですね。なぜそんなに違いが出るのでしょうか?

川島先述の通り、分子生物学をそのまま応用しようとしたため、中に入っているもの全てがわかっていないといけない「ケミカリーデファインド(※)」という考え方でつくったから高くなっているんだと思います。

その方法で成功したので、やり方を変えずにひとつひとつを安くしようとしているのが現状でしょう。発想の転換ではなく、モノをひとつひとつ安くする方向に動いてしまうのが人間の性というか……。

※ chemical:化学的、化学的に製した/define:定義する、意味を明確にする:化学的に既知の成分のみで構成されたもの

西村なるほど。純粋培養の細胞培養も安くしようとして3,000万円まで来ていて、これをさらに安く、例えば300万円にしていこうと頑張っているのですね。

川島はい。現在、細胞培養の世界では、一つ一つのモノをいかに安く作って、いかに薄めてつかうかというところで世界中でしのぎを削っています。また、培養肉の世界では、「安く・薄める」のほかに、遺伝子組み換えを行い、死滅せずに増え続けるような細胞をつくる戦略がとられています。

ただ、それだとやはり僕たちが普段食べているようなステーキ肉などのお肉への拡張性がないんです。初期段階では僕らのやり方と見分けがつきませんが、後々には明確な技術的差が生じるのでは、と考えています。

肉の調理方法だけでなく「肉のつくり方」を考える社会にしたい

西村値段の安さと、異なる構造がつくれる以外に「CulNet System」のメリットはありますか?

川島一番大きいのが「デザイナーミート」が可能になることです。僕らのオリジナリティは、臓器の組み合わせで様々な成分を変えられることなので。

西村「デザイナーミート」とはどういうことでしょうか?

川島肉をつくるには牛だったら牛の臓器、鳥だったら鳥の臓器で育ててあげるのがメジャーな方法ですが、その方法が一般化した後には、「異なる動物の臓器との組み合わせの探索」も可能になります。

例えば、「牛の臓器でニワトリの肉を育てたら、とても美味しくなった」といったように。そうすることで、今までにない組み合わせの肉がどんどんつくられて、肉の種類が爆発的に増える未来が訪れるのではないかと。

今聞くと少し気持ち悪い……と感じてしまうかもしれませんが、10〜20年後には「肉の多様性」を追及する人々が現れると思っています。

西村家でも肉がつくれてしまう時代が来るのでしょうか。

川島はい。僕らが「Personal CulNet」と呼んでいる構想があるのですが、それが普及したら「今日はこういう肉をつくりたいよね」と、家で肉を育てる未来が訪れるだろうと考えています。

また、レストランなどにはよりオシャレな「CulNet System」でできた肉が並んでいて、ビアガーデンで自家製ビールを出すかのように「今日はこの肉を食べたい」といった選び方ができるようになると予想しています。

西村素材をデザインする考え方ですね。今、僕たちは「この肉をどうやって料理しよう」と一生懸命考えているけど、「どのような肉をつくろう」と、肉のつくり方そのものを考えるようになるのかもしれませんね。肉を組み合わせてつくる段階からが「料理」と呼ばれるようになるかもしれない。そのうち、個人や企業が「肉をつくるレシピ」を発表しそうです。

川島シェフの方に今の話をすると、すごく興奮してくれます。「素材ベースでオリジナリティを出せるようになると、新しい挑戦ができる」とおっしゃっていた方もいました。個人でとてもおいしい肉をつくったら、そのプロトコルを公開して、みんながそれを真似をするようにもなるかもしれませんね。

西村「クックパッドの素材版」のようですね。

川島はい。あとはどれだけ基礎研究と開発をタイムリーにつなげていくかが今後の課題です。

西村その部分が、川島さんがやりたいことをやりきっていくための鍵だと思います。接続がずれたり遅くなると、開発も最後までいけませんよね。

川島そこは大きな課題です。うまく開発予想を立てたり、わかりやすく説明したりすることでカバーするよう努めたり、今でもなるべく時間をつくり自身が現場で実験するようにしています。

西村まだ開発すべきことや実験すべきことが大量にあるのですね。

川島それはもう! 今まで僕が溜めていたアイデアも5%ほどしか形にできておらず、とっておきのアイデアもまだまだあるんです。ただの思いつきではなく、実装できるような精度まで高めているものも数多くあるので、今後10年くらいは試行錯誤しながら研究と開発を進めることになりそうです。

アイデアを得るのも大変だけれど、実装するのは100倍くらい大変なんですね。先ほど例に挙げた「異なる種類の動物の臓器を組み合わせて肉をつくる」という話は、現時点では喜ばしい社会的反応は得られないかもしれない。そういった点を鑑みると、僕が持っているアイデアを実現するには何十年もかかかってしまいそうです……。

社会実装する部分については、羽生がどう動くかにもかかっています。お互いの得意を活かして最適なスピード感で進めていきたいです。

バイオ業界のハードウェアプラットフォームを目指す

西村開発を早める速度を上げることとインテグリカルチャーが大きくなっていくこと、どのようなバランスで進めようと考えていますか?

川島創業メンバーの意思はどう儲けるかより、どれだけ早く社会実装するかで統一されています。そのため、実装するために全て弊社で行うのではなく、7割ぐらいは事業会社と協力して進めようとしています。

インテグリカルチャーのメンバー

コンソーシアム(共同事業体)やパイプラインをつくっているのはその一例です。バイオテクノロジーの業界では通常5年〜10年というスパンで開発をするのですが、僕らは2年スパンで進めるようにしています。

加えて、分子生物学的になぜそうなるかを追い過ぎないことも心がけています。もちろん安全性は追求しますが、それ以外の部分では追い求めません。分子物理学的な部分はアカデミアの先生方に任せ、社会実装を優先するつもりでいます。

西村なるほど。2019年の7月には日本ハムと提携されましたよね。「自分たちよりも日本ハムが売ってくれたほうが圧倒的に広がるのでは」と考えての提携ですか?

川島そうですね。ありがたいことに、様々な事業会社から「こういうものを一緒につくりたいんだけれど、どうしたらいいか」との相談をいただいています。

僕らは「既存のテクノロジーでこれくらいのPoC(Proof of Concept:概念実証)ができるので、それを踏まえて事業検討をしてください」と説明し、お互いの精度を加速していくような開発を行っています。

西村つまり、インテグリカルチャーは発信源にはなるけど、アウトプットは別の会社がつくっても構わないのですね。

川島はい、そこは割り切っています。インテグリカルチャーが全ての肉を牛耳っても何の意味もないと思っているので。それよりも、世界中の会社が肉をつくるような装置を気軽に購入できて、気軽に肉づくりにチャレンジできる方が大事だと思っています。

例えば、僕たちは今パソコンを使っていますよね。なぜITベンチャー企業が立ち上げてからすぐに利益をあげられるかというと、「パソコン」というハードウェアがあるからなんです。

「CulNet System」はバイオテクノロジー業界のハードウェアプラットフォームとして利用してもらえたらいいなと考えています。

西村つまり、培養肉販売会社ではないわけですよね。「培養肉を売りたい」というより、「みんなが使ってくれる方向」に進めていきたいと。

川島その通りです。たしかに培養肉もつくりますが、そこがメインではありません。あくまで、「CulNet System」を使って様々な肉を世界中の事業会社や個人につくってもらえるような社会をつくるのが僕らのミッションです。

西村「このCulNet Systemがあればおうちでも肉がつくれます」と謳えるようになるという意味では、プリンターのようですね。

川島まさに! 僕自身も、3Dプリンターと似ていると思っています。構造の情報がすでに細胞に組み込まれており、それを出力するのが「CulNet System」というイメージです。

写真:iStock

西村「培養肉」をキーワードにしている企業は海外を含めてたくさんありますが、どこも基本的には細胞培養をしていて、その仕組み自体は先ほどおっしゃっていたように普通のものですよね。だから、「できたものを売る」ことが出口になりがちなのではないかと思っています。

一方で、川島さんたちは「このつくり方が面白いんじゃない?」と「つくり方」に注目していますよね。「このつくり方でおもしろい肉をつくれるなら、どうぞつくってください」と。その点で他の企業とフォーカスしている部分が根本から異なると感じました。

培養肉の次につくりたいのは「家電」、その先には「エネルギー源」も?

西村培養肉の次につくりたいと考えているものはありますか?

川島培養肉の次は、動物性の素材がつくられるのでは、と考えています。例えば、毛皮やクジラのヒゲ、サイのツノなど。現在はワシントン条約で規制されているような動物性の素材です。

現状では、動物由来の素材よりもナイロンなどの石油製品の方が安価で市場に普及していますよね。ですが、「CulNet System」の大量培養細胞技術によって、将来的には動物由来の素材の値段のほうが安価になり、市場がひっくり返る可能性があるのではと思っています。

西村動物由来の素材は、100%土に還りますしね。

川島そうなんです! そこが大きなメリットです。さらに、動物由来の素材は過去に使用していた文化が残っているので加工方法も多様にあります。なので、肉の次は動物性の素材になると思います。そしてその次は「家電」をつくりたいです。

西村家電はおもしろい!「素材の時代」の後には「家電の時代」になるのですね。少し話がそれますが、伝統産業に携わっている友人によると、漆が全然とれなくなっているらしいんです。「CulNet System」で漆をつくって「これも国産漆です」と言えるようになるといいですよね。

川島実際に植物バージョンの「CulNet System」をつくりたいという野望を抱いているメンバーもいます。植物も「CulNet System」のターゲットとして想定しています。漆などもたくさんつくれるようになったらいいですよね。

西村動物の細胞をつくるほうが植物の細胞をつくるよりも簡単なのですか?

川島そういうわけではありません。家電をつくるには動物の細胞のほうが反応が早いだけであって。もし「家電の時代」が実現したら様々なものがつくれるようになると思っています。

例えば、カメレオンやタコの細胞は色が変化しますよね。あれは神経系によってコントロールしているので、仕組みとしては液晶画面と同じなのでは、と話をしているんです。

「CulNet System」では、カメレオンやタコの皮膚など、動物が持っている様々な機能を活かし続けることができるので、「細胞を使った家電」も夢物語ではないと考えています。

気持ち悪いと思われるかもしれませんが、50〜100年後には価値観の全く異なる時代が訪れると考えているので、その時に存分に貢献できればいいなと思います。

例えば、「匂いを発生させるポットやテレビ」だったり、「インクを次々につくってくれる印刷機」だったり。さらに究極的には、細胞はエネルギー源にもなると考えています。

というのも、リチウムイオン電池と細胞のエネルギー源はグルコースです。そして、エネルギー密度はリチウムイオン電池と比較すると、グルコースのほうが圧倒的に高い。グルコースは植物が合成することもできる、持続可能な発展に欠かせないエネルギー源なんですね。

その「エネルギー源のもとになるものを消化できるのが「CulNet System」だと捉えると、石油はまだしばらくは尽きませんが、「エネルギーの代替として『CulNet System』が機能する」時代が到来する可能性も大いにあるのでは、と思っています。

西村「シビレエイから電気をつくる」とか。

川島さんそうそう、その通りです!

土に還る細胞が素材になると、全てが「循環」できるようになる

川島グルコースから電気をつくれるようになったら可能性は無限大です。「細胞」は僕ら人間を構成している尊いものだと思われていますが、僕自身は「ロボットと人間はそこまで変わらない」と考えているんですね。

つまり、僕ら人間という細胞も素材として活用したら様々な機能を果たす。これは単純に、僕ら人間が素材になるということではなく、「細胞のメリットを活かそう」という意味ですが。細胞を使う最大のメリットは「腐ること」です。つまり、埋立ごみにならない。

100年後には、今使っているパソコンの原料も80%ぐらいは細胞由来でできていたらいいなと考えています。

写真:iStock

西村お話を伺っていて、全て循環していることが鍵なのだと感じました。例えば、「髪の毛ですら食べてくれるバクテリアがいる」といった話にも関連しますよね。

細胞が素材になると、土に還る。一方で、プラスチックは土に還らないし、次に使ってくれる人がいないからどん詰まりです。すべてが循環しているほうが圧倒的にいいですよね。

川島そうなんですよ、そこが最大の利点です。宇宙空間などでは、循環問題はより一層シビアに問われてきます。「CulNet System」で肉をつくるだけではなく、「細胞からの家電化」も叶えば、「宇宙空間で利用できるもの」の選択肢も大幅に広がります。

具体的には、「CulNet System」の発展形として、「塩基配列情報(DNAが保持する遺伝情報が配列されている形)を設計し、染色体を造成後にマスター細胞に組み込み、その細胞が発生して3日後にはテレビができる」といった仕組みをつくりたいと思っています。

上記のようなことは「100年後」とは言わず、僕が生きている間に実現したいと思っています。

科学的に解明されていないから、誰もやっていなかっただけ

西村なるほど。ここまでお話を伺って改めて思いましたが、インテグリカルチャーは「培養肉をつくっている会社」ではないですね。ユーグレナが「健康食品をつくっている会社」ではないように。

「最終的に『CulNet System』工場をつくりたい」というよりも、「世界中のみんなが『CulNet System』を持っていて欲しいし、循環を可能にするために開発を進める」という方向で検討されていますよね。その世界観がうまく伝わるといいですね。

川島そうですね、そもそも「CulNet System」は科学的に証明されてないため、僕らが考えている世界観を理解してもらうことは容易ではありません。ですが、単にそれは「科学的に解明されていないから、誰もやっていなかっただけ」だと思います。

固定概念を取り除いたら「あぁ、そうか」となるというか。実際に、多少のブレはありますが毎回同じ反応が起きているのを目にしています。

西村よくわからない部分があるけど、昔から行っていた方法という点で「CulNet System」は醸造業に似ていますね。醸造業では昔から同じ手順でお酒がつくられていたけれど、仕組みがわかったのは最近です。

写真:iStock

川島おっしゃる通りです。醸造業でも多少のブレがありますよね。同様に、僕らがつくる肉も「混ぜて、平均化して、味を保つ」の過程の中で、ちょっとした工夫で改善ができるのでそこまで大きな問題にはならないはずです。

西村最後に、インテグリカルチャーが行っている取り組みはSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)にも直結すると思いますが、その点で周囲からの反応に変化はありましたか?

川島僕が今日お話したことを伝えると、数年前には「そんな絵空事を!」とお叱りを受けることも多かったんです。投資家や事業会社の方から羽生と2人で喫茶店で怒られたりした過去もあります(笑)。

ですが、近年では「SDGsをどう達成するか」に強い使命感を持って動いている事業会社も増え、ご賛同をいただく機会も多くなりました。特に、バイオテクノロジーを専攻されていた方々から強い支持を受けています。

「CulNet System」で、様々なビジネスを世界中に誕生させたい

西村日本はバイオテクノロジー系の人材育成はしているけれど、働き先としての出口が少ない現状です。せっかくバイオを研究しても、行き先がないからとりあえず製薬会社などに就職するけれど、やることは営業、というケースも少なくありません。

ですが、そうした方々はバイオテクノロジーの基礎知識があるから理解はしてくれるわけですね。

川島そうなんです。僕は「『CulNet System』が普及すれば、創業バブルがつくれるのでは?」と考えています。つまり、「CulNet System」を使って様々なものをつくるビジネスが次々に誕生するようになればいいと願っているんです。

西村それこそ、バイオを学んでいる大学院生たちが「CulNet System」を使ってどんどん新しいものをつくるようになればおもしろいですよね。

川島そんな時代を早くつくりたいと思っています。

西村そのためにも「CulNet System」のクオリティが上がり、安定して安くなるのは重要なことですね。

川島そうですね。なので、培養肉をつくった後は「Personal CulNet」をいかに安くつくるかが重要になると思っています。そしてそれは僕らがつくるのではなく、世界中の製造メーカーにつくってもらうイメージでいます。

例えば、羽生がよく話しているのは、DELLや鴻海精密工業が「Personal CulNet」をつくり、製造物の品質を保証する部分だけ僕らが担うような。

西村「CulNet System」の機材自体は、高価で生産が難しいものなのでしょうか?

川島いえいえ、そんなことはありません。現在だとセンサー部分で少し費用がかさみますが、将来的にはパソコンよりも安価に生産したいと思っています。

西村「超ハイテク機器の集合体」ではないのですね。もしかしたら、大学院生でもつくれるかもしれない。

川島はい。そもそものスタートは、僕らも自分のお小遣いでDIYでつくったものですから。

西村初期のパソコンに似ていますね。「CulNet System」が広がっていけば、多くの人が新しいものをつくりはじめそうです。

川島ぜひ、そんな未来を実現したいです。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

幼い頃から「細胞培養が可能にする未来」を思い描いていた川島さん。インタビュー中、「肉の次は家電をつくりたい」と耳にした瞬間は、「かでん?」とハテナマークが浮かび、すぐには「家電」に結びつかなかったのですが、お二人のお話を聞いているうちに理解が進んでいきました。

「細胞が素材になると全てが循環できるようになる」と伺い、ぜひその未来は実現されるべきだと感じました。

「頭の中に抱いている構想のうち、形にできつつあるのはまだ5%にも満たない」と語られていた川島さん。周囲の理解が得られず、「絵空事を」と怒られても自身の仮説を信じ抜いて着実に形にしているその姿に心動かされました。

「未来をテクノロジーから考える」こちらのインタビューシリーズ。次回は「SPACE FOOD SPHERE」の小正瑞季さんに、「持続的な宇宙での暮らしを実現するための『食』」について伺います。こちらも非常にワクワクするお話でした。ぜひ、お楽しみに!

代麻理子 ライター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。渉外法律事務所秘書、専業主婦を経てライターに。心を動かされる読みものが好き! な思いが高じてライターに。現在は、NewsPicksにてインタビューライティングを行なっている他、講談社webメディア「ミモレ」でのコミュニティマネージャー/SNSディレクターを務める。プライベートでは9、7、5歳3児の母。
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