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海の生態系をデザインし、人と地球の未来を変える。 株式会社イノカ 代表取締役CEO・高倉葉太さん。【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

ROOM

ミラツクでは、2020年7月より、未来をつくるための「場」を提供するオンラインメンバーシップ「ROOM」を開始しました。

インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。「ROOM」では、記事と連動してインタビュイーの方をゲストにお招きするオンラインセッションを毎回開催していきます。

ROOMオンラインセッション「ROOM on Zoom」
9月10日(木)18:30-20:30 at Zoom ゲスト:株式会社イノカ代表取締役CEO 高倉葉太さん
(※セッションは終了しました。アーカイブを下記URLからご覧いただけます)
オンラインセッションアーカイブ:https://youtu.be/WYVhmJV_HyE
ROOMへの参加はこちらをご覧ください
http://room.emerging-future.org/

第一回は、生態系を完全に再現する技術を研究し、水生生物の未来を変えようと試みている「株式会社イノカ」の代表取締役CEO・高倉葉太さんにインタビュー。「テクノロジーの力で生態系への理解を深め、人と自然の共通言語をつくりたい」と高倉さんは語ります。

近年、温暖化の影響で水温が上昇し、水生生態系は危機に瀕しています。その危機を止める手立てはあるのか。高倉さんが考える打開策、そして現在の活動に至った経緯、イノカを通じて実現したい未来を伺いました。

(構成・執筆:代麻理子)

高倉葉太(たかくら・ようた)
株式会社イノカ代表取締役CEO。東京大学工学部を卒業後、落合陽一氏などを輩出した「東京大学暦本研」で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。在学時代にはハードウェアの開発会社を設立し、様々なプロジェクトに携わる。2019年4月に「株式会社イノカ」を設立。「100年先も人と自然が共生する世界を創る」をビジョンに掲げ、生態系を再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同で環境の保全・教育・研究を行っている。

100年後にも人類と地球が共生できるようサンゴ礁をつくる

イノカで製作した人工サンゴ礁

西村今日は主に4つのお話を伺おうと思っています。1つめは、イノカが行なっている取り組み。2つめは、どういった経緯で高倉さんがそれを行うに至ったのか。3つめは、イノカが存在することにより、どのような未来が切り拓かれていくのか。そして4つめは、この記事を読んでいる方への問いかけを伺えたらと。よろしくお願いします。そしたら、まずイノカが行なっている取り組みを教えていただいてもいいですか?

高倉さん現在イノカが行っているのは「人工的にサンゴ礁をつくる」という取り組みです。具体的には、IoT技術によって水温を沖縄の久米島付近の海面水温と同期させた完全閉鎖環境内での実験で、サンゴの人工抱卵を試みています。(※インタビューは7月20日に行われましたが、その後7月27日に人工抱卵の成功を発表)

イノカで成功した人工抱卵の様子

LEDライトや「プロテインスキマー(泡によってタンパク質を除去するろ過装置)」、水流ポンプなどを駆使し、水族館や研究者でも実現が難しいと言われているサンゴ礁の再現を行っています。

その他には、自然環境の現状を伝え、実際に生態系に触れてもらう教育事業や、生態系を保全するためのコンサルティングなどを行っています。

イノカで行っている教育事業の様子

西村サンゴを再現するのは水族館や研究者でも難しいんですね。そもそも、なぜ人工的にサンゴ礁をつくるのは難しいのでしょうか?

高倉さんそもそも生態系をつくるのが難しい理由は、物理、化学、生物的なパラメータが非常に繊細なバランスで成り立っているためです。さらに、サンゴ礁は生態系の中でも非常に複雑性が高いので、生態系の中でも特に再現が難しいのです。

西村なるほど。難易度が高いと言われている人工的なサンゴ再現に取り組もうと思った背景を教えてください。

高倉さん人工的にサンゴ礁をつくろうとしている理由は3つあります。1つめは、人類と地球が100年先も共生できる社会をつくりたいという思い。2つめは、自身が行ってきたAIやIoT研究の力によって、属人性の高い生態系の作り方の再現性を高めたいという思い。そして3つめは、自然や生きものの美しさ、神秘さ、おもしろさをもっと世に広めたいという思いです。

プラスチックによる海洋汚染や乱獲による水産資源の枯渇、地球温暖化による海温の上昇など、今、自然環境は危機に瀕しています。未だかつてないスピードで海が破壊され、この20年で多くの水生生物が生きていけなくなると言われています。

人類は誕生以来、自然と共生してきました。海の中のサンゴは、都市で生きている人間の生活には関係しないと思われるかもしれませんが、実は人はサンゴの恩恵を受けながら暮らしているんですね。

サンゴ礁は海洋面積全体の0.2%にしかないにも関わらず、海に生息する生きものの25%がサンゴ礁に関わって生きていると言われています。1平方キロメートルのサンゴ礁が年間15トンの食料を生産していて、海洋生態系の中心的な機能を果たしているんです。

さらに、サンゴの生態系は大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素を海洋に固定する「ブルーカーボン生態系」としても注目されており、温室効果ガスの抑制効果も期待されています。そんなサンゴが危機に瀕しています。

人類が生きていくためには1.7個の地球が必要

高倉さん今後、人類が地球上で生きていくためには、地球が1.7個必要だと言われています。つまり、現状だと人間が消費する資源と地球が生産する資源のバランスがとれていないんですね。例えば「How dare you」のスピーチで注目を集めた、グレタ・トゥーンベリさんのようなアプローチで消費を減らしていくことも大切です。

一方で、人間が我慢をするには限界がありますし、地球の生産能力自体も上げていかなければ、もうもたない。今後もテクノロジーは発達し続けることを踏まえると、「生産能力を向上させる」という部分に僕たちの技術を活かせると思っています。

写真:iStock

西村なるほど。先ほどおっしゃっていた「生態系の作り方は属人性が高い」に関しては、なぜそのように感じるのですか?

高倉さんイノカには増田というCAO(Chief Aquarium Officer)がいるんですが、彼はもともと趣味でアクアリウムを行っていて、35年ローンで自宅を改造して家の半分に水槽を置き、水生生物を飼育しているような人物なんですね。

西村それはすごい(笑)。

高倉さんはい(笑)。「アクアリスト(観賞魚を自宅で飼育している人)」という単語はあまり馴染みがないかもしれませんが、日本には金魚飼育の文化もあり、250万人のアクアリストがいると言われています。つまり、40人に1人はアクアリストなんです。

その中で、難易度が高いサンゴを飼育している人も1万人ほどいます。中には増田のように様々な機材を駆使して、水族館でもなし得ないようなサンゴ礁の再現に成功している方もいる。ですが、そういった方の技術はいわゆる職人芸のようなもので、体系化や理論化はまだできていないのが実情です。

ただ、どこまでも属人的で体系化がなされなければ、地球の様々な生態系を保全することにはたどり着けません。そこで自分の開発や研究で培ったスキルを活かせるのではないかと。僕自身、祖父や父母の影響で幼い頃から自然や水生生物に慣れ親しみ、それらの魅力を感じながら育ちました。

その後、大学で機械工学やAIなどのエンジニアリングを学び、ハードウェアベンチャーを立ち上げ、多くの企業のシステム開発をお手伝いさせていただきました。ですが、「そのまま続けていて世界を変えるような企業をつくれるのか?」という悩みも抱きだして…。

そんなとき、「自分が心から熱くなれるものはなんだろう?」と振り返り、思い出したのが、魚やサンゴなどの水生生物だったんです。そこからは、水生生物に関わるいろいろな方にお会いしました。そして、増田をはじめとするアクアリストの生き物に対する愛に、僕は魅了されました。

ライトやカメラなどデジタル機材を駆使してイノカで管理している水槽

彼らの熱量を、何より彼らが大事にしている生き物の素晴らしさを、僕が身につけてきたテクノロジーを使って世の中に届けたい。自分はそのために生まれてきたのだとすら思いました。

その思いを形にするために、具体的にはカメラや機械学習、AI技術を駆使し、アクアリストの職人芸を誰もがどこでも再現できるよう科学的・物理的・生物学的に体系づけてシステム化しています。

最終的にはAIにデータを加えていくことによって、任意の海の環境を任意の場所に切り取る「環境移送技術」につなげていきたいと思っています。

生態系を解明し、人類と地球に還元したい

西村なるほど。つまり高倉さんは生態系の研究を加速させようとしているんですね。

高倉さんはい。「カオス理論」の先駆者として知られるエドワード・ローレンツという気象学者がいます。彼は下記の方程式で、カオスで解明できないと言われていた気象をシンプルな数式にしました。

ローレンツが導き出した気象を表す数式

この方程式は気象を完璧に表しているわけではありませんが、「よくわからない」とされているものについて、人々が考えるきっかけを生みました。僕たちは、現在取り組んでいる教育事業や生態コンサルを通じて、「なぜ生態系が大事なのか」を広めていきたい。

そして、ローレンツが生み出した数式のように、生態系をより解き明かして、多くの人が理解できるようにしていきたいと考えています。それが可能になれば、たとえば今は沖縄の海でしか行えない研究を違う場所でもできるようになる。

沖縄の海洋環境を別の場所に再現する技術が確立されれば、現在は沖縄の大学などにお願いして機材を使わせてもらっている他大学の研究者が、自分たちの機材で研究を行えるようになります。さらに、場所だけでなく時間、つまり四季を含めて海を再現できれば、研究の目的に応じて季節をコントロールできるようになります。

サンゴは通常年に1度、夏にしか産卵しませんが、夏にしかできなかった研究が通年行えるようになれば、研究がどんどん加速していく。学術的・科学的な研究が加速すると、さらに地球への理解が深まります。

それらの研究成果は、ゆくゆくは地球の健康診断のための技術を確立することに繋がっていくでしょう。また、医療技術の発展をはじめとしたイノベーションに繋がると考えています。

様々な生き物から、様々なイノベーションが生まれています。例えば、クラゲから見つかった緑色に光るタンパク質は、「蛍光タンパク質」と呼ばれていて、ガン治療やロケット、服、自動運転にも活用されています。

生き物が持っている未知の構造や技術が、もしかしたら建築にも化粧品にも応用できるかもしれない。つまり、生態系や生きもののことがより解明できるようになればなるほど、様々な分野に応用することも可能になるのです。

そうすることで、結果的に生態系の価値を人間にも地球にも還元していくことができます。そうして価値が社会に還元される中で、人がもっと自然の価値を理解するようになり、最終的には全人類が主体的に自然に向き合えるように、社会自体を変えていきたいと考えています。

人と自然の共通言語を生みだす

西村ありがとうございます。今伺ったお話と重なるところもあるかもしれませんが、イノカが存在することによってどのような未来が切り拓かれていくとお考えですか?

高倉さん長期的なところでは、100年先も人類と地球がきちんと共生できる社会をつくりたいです。現代になり、世界ではやっと大きな争いがなくなりました。さらに、インターネットによって世界中が繋がった。

恐らく生命史上初めて、人間は人口や自分たちの種、民族を増やすだけの段階から、「地球上でどう生き残っていくかを考えなければならない生きもの」に到達できたと思うんですね。そういった意味では、SDGsなどは人類みんなが信じられる素晴らしい思想だと思います。

イノカはそこにきちんとテクノロジーの裏付けをもった上で、100年先の人々が無理なく互いに幸せになっているような世界をつくりたいと考えています。

西村なるほど。そこにおけるイノカの役割は?

高倉さんそうですね。僕たちは「人と自然の共通言語」をつくりたいと考えていて。今までは、自然と人間、地球と人間という話になった時に、二項対立が前提でした。故に、自然を守りたい人たちは、怒りや「そうあるべきだ」というアプローチをする人が多かった。

もちろんそれも非常に大事なアプローチですが、一方で、「いやいや。そんなことを言われても肉を食べるのを止められないし」という人がたくさんいると思うんです。だから、僕はその中間を行くようにしたいなと考えています。

西村「人と自然の共通言語」とは、まず自然のことをちゃんと理解しようと。そして、その言語は純粋に日本語というわけではなくて、自然をきちんと表現するための記述体系をつくるということでしょうか。

高倉さんそうですね。

西村それがコンピューター言語でも、数式でも構わないということですよね。その先に、例えば先ほどおっしゃっていた「地球1.7個分」のところで、「地球を増やしたい」といったモチベーションもあるんですか? あるいは「もっと海を豊かに」というような方向性もあるのか。もしくは、全然違う方向に出口があるのか。そのあたりはどうお考えですか?

高倉さんそこについては2つ考えています。まず1つは「拡張生態系」と言われるもの。つまり、生態系自体の能力をロボットを使って拡張させる案です。

元々僕が研究者になったのは、コンピューターサイエンスを使って人間の能力を拡張させる「オーグメンテッド・ヒューマン」の自然版をやりたいと思っていたからなんです。「オーグメンテッド・ヒューマン」は、人間とAIが一体化して、人間の能力を拡張させるテクノロジーを開拓していくというものです。その考え方を生態系に応用したのが「拡張生態系」です。

たとえば、特定の生きものが生息しやすい環境をわざと狙ってつくることで、今までよりも生産性の高い海や自然をつくれるようになるのでは、と考えています。

そして2つめは「テラフォーミング(惑星地球化)」です。そもそも1つの地球では足りないんだったら、例えば火星に行き、火星に地球の環境を移送してそこで新たな資源を得る。火星をハブにすると、また別の系外惑星に行けるかもしれません。現時点では、この2つのアプローチが適しているのではと思っています。

写真:iStock

西村:前者は「地球のポテンシャルを最大限引き出してあげよう」ということですね。例えば、海の浅い部分で何かができるんだったら、すごく深い場所でも、途中に足場をつくってあげれば何かがつくれるかもなど。

後者は、2個目の地球、3個面の地球のように「地球を増やそう」と。「人間が増えたいんだったら、まず地球を増やしてください」といった考え方ですよね。おそらく、タイムライン的には前者の方が少しずつでもいいからすぐできる。

それがかなりできるようになってきたら別の星でも可能になるかもしれないというところですよね。現時点で、前者の「拡張生態系」の実現の可能性はどのぐらいあるのでしょうか?

高倉さん:今できるところで言うと、「まず無理」と言われていた、生態系をある程度再現できるところまではきました。先日のサンゴの産卵実験は、「東京でも沖縄に近い環境をつくれる」ということの分かりやすいメタファーだったと思っています。

次の段階で考えているのが、より再現性を上げることです。生態系への理解を進めるためには解析技術が必要なので、イノカではそこをメインでやっていこうと考えています。

具体的には、「マルチオミックス」というDNAやRNA、タンパク質、代謝物質などを測定し、様々な解析を行う研究分野があるのですが、それを応用できないか試みています。生態系を測定する上では、どういった微生物がいるかという生物学的要素が最も重要になるので、まずそこを重点的に行っています。

化学的(水質など)・物理的(光など)な要因は比較的測りやすいんですね。たとえばイノカのCAO増田も30以上の水質パラメーターを正確に測るドイツのサービスを使っていたり、趣味でやっているアクアリストの中でも、数十万円するような光のスペクトル(波長やバランス)を測定する機械を買って、測りに行っちゃう人がいたりとか(笑)。

そのあたりは個人で行われていることもあるのですが、生物学的な要素の測定は今までアクアリウム業界でも行われていなかった部分なので、法人であるイノカだからこそ率先して取り組んでいきたいです。

ここ1〜2年でそこをしっかりやっていけば、次の段階に進めると思っています。現在、イノカが再現しているのは沖縄の海だけですが、島根の海や瀬戸内の海など、様々な海を再現できるようになるはずです。海だけでなく、川も池も再現できる状態にする。

そして、今あるものをつくれるようになれば、次は「拡張性」つまり今ないものもつくれるようになる。その先にあるのが、「閉鎖拡張生態系」すなわち、海や川などと繋いでいない、理想環境での生態系の再現です。

閉鎖拡張生態系の構築が可能になれば、いま破壊が進んでいる海洋環境を直接治療できるようになるかもしれません。

「それを本当に広い海や地球でもやれるのか?」と思われるかもしれませんが、具体的なアイディアがあります。

まずは海に仕切りを入れて、海に「閉鎖系」をつくってしまうんですね。その中で理想環境や拡張性を構築し、その後、外洋と閉鎖拡張生態系の循環が少しずつ起きるようにしていく。分かりやすく言うと、穴を空けるなどをして。

そうすることで、徐々に適応させていきます。適用できない部分があればペースメーカーのような機械を入れて、きちんと成り立つようにしていく。

それをできる限り大きい穴にしていき、最後は仕切りがなくても、機械の存在によって生態系が成り立つ状態をつくれるではないかと考えています。

「移動するサンゴ礁」で地球に新たなポテンシャルを

西村閉鎖環境の中に本来何がいるべきなのか、ある特定領域の中の生物量をより正確に測定してそれを再現してみようということですか?

高倉さんそうですね。

西村それが一箇所ではなく複数箇所になってきたら、今度は逆の発想で、全体の中の特定の閉鎖環境だけを拡張するのではなく、特定の閉鎖環境を起点に全体の環境を拡張していく。

完全に戻すのではなく「1条件だけは接続します」というように、例えば「微生物は入ってOK」とか、「海水だけは入れ替わってもいい」などから始まるわけですよね。

徐々に開いていくというよりも、少しずつ適用させていくと。例えば「温室で育っている子がだんだん野生に適応していく」ようなことですよね。

高倉さんまさにそうです。

西村そして、今はサンゴ礁がない場所に、補助輪の役目を果たす何らかのテクノロジーのサポートを入れながらサンゴ礁をつくれるかもしれないと。

高倉さんはい。加えて、「移動するサンゴ礁」をつくりたいとも考えています。サンゴ礁が絶滅するのはサンゴが動けないからと言われているんですが、ドローンなどの上にサンゴを乗せて、生態系ごと海の中で移動させられたら「少し水が汚れてきたら綺麗なところに行こう」といった試みも可能になる。まだ妄想段階ですが、そんな地球のあり方もおもしろいんじゃないかと考えています。

西村お話を伺っていて、ドミニク・チェンさんがつくっている「ぬか床のロボット」に近いなと思いました。

高倉さんそうですね、近いと思います。

西村「ぬか床とコミュニケーションをとれば、ぬか床の最適環境が分かる」のように、サンゴにとっての最適環境が分かればそこに連れていってあげようと。それが実現すると、今はまだ活かしきれていない地球のポテンシャルを高められる。

それでも人間は限界を超えてしまうかもしれないから、いずれ別の星への移住を考えなければならないということを今から視野には入れていると。

高倉さんはい。いずれ人類は間違いなく別の惑星に行くでしょう。次の100年の中で大きく必要になる技術が「地球を直す」「別の星に行く」の2つだと僕は考えています。そこをしっかり押さえておく。イノカはまだ小さい会社ですが、その2つの可能性に向けてコツコツと準備をしている段階です。

「陸上との接続」も視野に入れる

西村その2つが実現するために、最初に訪れる技術的な壁はなんですか?

高倉さん壁は、恐らくスケールと密接に関わってくるだろうと思います。イノカが行なっている技術を大きくしていく段階で、きちんと調和を保てるかどうか。そこは結構大きなハードルかなと。例えば、既存の機材では対応できなくなるので、新たに様々な技術開発が必要になりますよね。そこに大きな壁が生じると考えています。やはり大きくなればなるほど、そんな単純ではなくなってくるので…。

西村大きくするのは相当難しいんですか?

高倉さんはい。もちろん。ただ、大きくすることによって吉と出ることもたくさんあって。分かりやすく言うと、「閉鎖生態系」において大事なのは、醤油1滴が入った時のインパクトなんですね。外的要因はどうしても必ず入るので、そうなった際に、海に醤油を1滴垂らすのと、コップに垂らすのは全く意味が異なりますよね。

写真:iStock

大きいことのメリットは確実にあるけれど、小さいからこそすべてを見切れているという側面が現状ではあるので。やはり、大きくなれば波の制御もより難しくなるし、よりカオスになる。そこをきちんとマネジメントをできるかどうかが鍵になると思います。

西村なるほど。イノカは現在、水中の生態系をつくっていますが「陸上と接続する」という想定はありますか?

高倉さん考えています。ちょうど今、ソニーコンピュータサイエンス研究所の船橋真俊氏が研究を進めている土の合成と共同で行っている試みがあります。水と土はいずれも複雑な生態系です。完全循環を目指すために、その2つを制御できるようなシステムをつくり、徐々に繋げていきたい。土は僕らが行なっている「閉鎖系生態」の創生とは真逆のアプローチである「開放系」で研究が進められているので、おもしろいですね。

『のび太の地球創生日記』も夢じゃない?

西村高倉さんに初めてお会いする少し前に、僕が関心を持ったのは「閉じれる生態系ってなんだろう」というところだったんです。

水槽は基本的には閉鎖していますよね。上部は空いていますが、中の水に関しては完全に閉鎖している。それって結構特殊だと思ったんですね。なぜなら、地球上の水は全て繋がっているじゃないですか。1箇所たりとも途絶えないというか。

それに対して、真逆の環境で生態系をつくろうと試みている。ある意味、もう1つの地球みたいなものをつくっているわけですよね。それがすごくおもしろいし、そのおもしろみをより多くの人に知って欲しいと感じています。

高倉さんありがとうございます。まさに僕は「自分で星をつくる」という気持ちでアクアリウムを趣味にしてきました。例えるとしたら『のび太の地球創世日記』のような気持ちです。アクアリウムを趣味で行なっている人たちも、そういった気持ちでやっているからこそハマっていくんだと思います。

イノカCAOの増田さん

西村先ほど、日本でアクアリウムをやっている人は250万人いるとおっしゃっていましたよね。例えば、LEDやセンサーなど、今は様々な機材が安価になってきています。すると、5年〜10年後には、小学生1人にき1つ生態系機材を配るといったことも可能になってくるのかなと思うのですが、現在の機材の価格はどのような感じですか?

高倉さんそうですね。今は技術的に難しいから高額というよりは、需要が少ないから高いという部分が大きいと思います。

西村なるほど。では、爆発的に広がったらすごく安くなる可能性も十分あるんですね。

高倉さんはい。あると思います。

西村だとすると、例えば高倉さんがユーチューバー化するなどして、それに憧れて「僕も水槽が欲しい」みたいなことが起きると、1家庭に1水槽もあり得るかな。

高倉さんそうですね。そうなるとどんどん安くなって、アクアリウムがより身近なものになると思います。その上で、より小さい「マイクロアクアリウム」を実現できるかどうかは、技術的には国内の精密工業などと組んで行っていけば可だと思っています。

西村まさに『のび太の地球創世日記』の世界ですね。小学校の夏休みの実験が「1つのサンゴ礁をつくる」みたいな。

高倉さんはい。それは僕達が大切にしている点ですね。そんなに難しいことをやっているわけではなかったりするので、きちんと体系化すれば誰でもできるようになると思います。僕は、特に日本だからこそサンゴに取り組むべきだと強く思っていて。

世界には、サンゴ礁をつくるような「造礁(ぞうしょう)サンゴ」が800種類存在します。主に沖縄ですが、そのうちの約450種類が日本に生息しているんですね。サンゴをベースに、他の様々な微生物も多く生息しているので、かなりの遺伝資源を日本はもっているんです。

「名古屋議定書」という、生物・遺伝資源の利用による利益分配を定めた議定書があるのですが、その内容をすごく簡単に言い表すと、日本で見つかった微生物や遺伝資源をビジネスに使用し、利益が出たら日本にお金を支払う旨が記されているんです。つまり、日本だからこそこれをやる意義がある。

ですが、残念ながらこれは時限付きです。というのも、20年後には海水温が最低でも1.5℃上昇します。これが国連が発表している値です。そうなると、8〜9割のサンゴ礁はなくなってしまう。それに伴って、多くの遺伝資源も失われていく。それはなんとか食い止めなければ、というのが一番大きな思いです。

西村なるほど。以前、理化学研究所の脳科学者と沖縄に行った時に、「これだけのサンゴの遺伝子情報を日本が持っていながら、その研究が進んでいないから、結局わざわざヨーロッパに遺伝情報の使用料を支払って研究を行なっているんです」と伺ったことがあります。

サンゴの種類は日本が一番多いのに遺伝子資源への理解は進んでいない。そこへの問題意識をお聞かせください。何がネックになっているんでしょうか。

高倉さんそうですね。やはり「持っているから」だと思っています。人間は、無い物ねだりする生き物です。アクアリウムが一番進んでいるのはドイツなんですが、彼らは水がないから水を大事にする技術を生み出します。

例えば、日本は陸上養殖などが遅れていますが、それは「もう海があるから大丈夫でしょ」という意識がどこかにあるからだと思います。だから資源をたくさん持っているのに、「持っていない国」に負けている。

西村日本の省エネ技術が進んでいるのと逆な感じですね。

高倉さん確かに(笑)。

西村難しいのが、1回なくなってしまったら、ちょっとやそっとじゃ回復できないところですよね。先ほど話に出たように、オープンの生態系であるがゆえ、ここだけ守ろうといったことは中々できない。

高倉さんそうですね。海中に巨大なクーラーでも入れてずっと冷やすとか(笑)。

西村だから、イノカは引き上げようと考えている。

高倉さんはい。多少失われてしまうのはもはや止めがたいので、方舟的にきちんとそれを残していく。僕は技術が発達すれば、遺伝資源さえきちんと残っていれば後に戻せる可能性もあると考えています。

自然は最大のコンテンツ

西村最後に、より多くの人に考えて欲しいと思う問いかけはありますか?

高倉さんそうですね…。まず、考える前に、目を肥やして欲しいという思いでしょうか。当たり前ですが、素人がサンゴを見たら、生きているか死んでいるかすら分からなかったりします。例えば沖縄に行く機会があった際に、分かる目で行くか、分からない目で行くかで感じ方が大きく異なると思うんですね。

それはサンゴ以外の自然にもすべて通ずることです。自然は周りに無限にあるわけじゃないですか。そもそも人間も自然ですし。それらを見る目を肥やしていきたい。すると、当たり前だと思っていることが、「これ、めちゃくちゃすごいな」という気持ちに絶対になってきます。

例えば、僕も自然や生態系への知識を持つようになってから、「冷静に考えると、木ってすごくないか?」などと思うようになったんです。ゴキブリでもネズミでも同様です。「なんでゴキブリやネズミがいるんだ?」とか考えるようになる。そうなったら、何かの意見を見聞きした際に、すぐには「それが正解だ」とは思わなくなるでしょう。

極端なことを言うと、僕は「生態系は世界のルール」だと思っていて。なぜなら、経済も会社も全てほぼ生態系、つまりエコシステムですよね。そのエコシステムというものにきちんと目を向けた方がいいと考えています。

僕は、自然が最大のコンテンツだと思っているんですね。NetflixやYoutubeなど僕も大好きで見ますが、わざわざそういうものを人間がつくらなくても、サイエンスという無限のコンテンツがある。そこに1人でも多くの人が目を向けて疑えるようになると、訪れる未来は変わると思います。

西村いいですね。先日、大阪大学の能木雅也さんという「透明な紙」を実現させた材料工学の先生にお話を伺ったんです。その方は、セルロースは透明なのだから間にある空気をすべて抜けば紙は透明になると考えた。聞くと「たしかに、そうか」と思うんだけど、なかなか思いつきませんよね。

「なぜそんなことをやったんですか?」と聞いたら、「だって木ってすごいでしょ」と。木は100年200年と時間かけて成長して、黙って切られて広く使われている生きものなんだと。「人間はそんな長い歳月を経て育ったもののポテンシャルを活かしきれているのか?」と考えた時に、木を素材に作っている紙というものの最高状態をつくってみようと思い至ったそうです。

高倉さん今聞いていて思ったのは、もしかしたら、僕たち人類は「なぜ?」ではなく、リスペクトが足らないのかもしれませんね。他のものがすごいという前提で、尊敬や誠意を持って接していると、いろんなことを疑うようになる。

西村そうですね。能木先生も、植物のすごさを1時間ずっと語っていました。「分かってる? 植物は人間なんかよりも全然すごいんだよ」って。それは、茶道の家元にお話を伺った際に「ありがたい」という日本語は英語の「ありがとう」とは全然違う、と聞いたことにも少し繋がる気がします。

英語の「ありがとう」は相手を高める。日本語の「ありがたい」は自分を下げる。相手はそのままなんだけれど、自分が下がって敬意を表明するのが「ありがたい」という感情であり、それは日本語特有なんだそうです。茶道はあえてそういう感情を思い出すための空間として機能していると。

高倉さんなるほど。そう考えると、僕らの「生きもの好き」を押し付けるというよりは、みなさんが好きなことを「なんであんなにすごいんだろう?」と考えるところから、様々な事象への見る目が養えるのかもしれませんね。そうなると、「結局全部同じだよね」という気持ちになってきますよね。そこまでいけば、本当に未来はより良い世界になるんじゃないかと思います。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

「自然と人類の共生を目指し、『のび太の地球創生日記』のような気持ちで取り組んでいる」と語る高倉さんからは、深い自然への敬意を感じました。と同時に、「ああ、この方の根底には『ただただ純粋に水生生物が大好き』という思いがあるんだなぁ」とも感じ、私はインタビュー中ずっと微笑みながらお話を伺っていた気がします。

「好き」を好きだけで終わらせない。今を生きる自分に、イノカに、そしてこの国にできることはなんだろうかと問い続け、1つずつ形にしていく。そんな高倉さんが見る未来を、私も子どもたちと一緒に見てみたいなぁと思いました。

「未来の可能性を知る」をテーマにした、こちらのインタビューシリーズ。ゲストのお話を見聞きし「こんなにすごいことを考えている人がいるとは…」と驚いているだけでなく、「私に今できることは何だろうか」と考え続けていきたいです。

次回は、「音の拡張現実」に取り組んでいる「Dabel」のCEO・井口尊仁さんへのインタビューをお届けする予定です。「音声の拡張は、コミュニケーションの拡張。音声を通じてお互いの愛情を共有できる」と語る井口さん。こちらも「そんな未来があり得るのか…!」とワクワクする内容です。次回もどうぞお楽しみに!

代麻理子 ライター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。渉外法律事務所秘書、専業主婦を経てライターに。心を動かされる読みものが好き! な思いが高じてライターに。現在は、NewsPicksにてインタビューライティングを行なっている他、講談社webメディア「ミモレ」でのコミュニティマネージャー/SNSディレクターを務める。プライベートでは9、7、5歳3児の母。
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