100年ライフにおける都市と地域を、どうデザインすればいいんだろう。【ミラツクフォーラム2017】
100歳まで生きることが、当たり前の社会だとしたら。
そのとき、どのような社会をデザインすることが必要なのでしょうか。
リンダ・グラットン著『LIFE SHIFT – 100年時代の人生戦略』によれば、2007年に生まれた日本人の半数は、107歳以上まで生きるといいます。そうした超長寿社会において、人工知能をはじめとするさまざまなテクノロジーが発展していく中で、都市や地域をどう捉え、どのような社会をつくっていくべきなのか。
今回は、2017年12月23日に開催された「ミラツク年次フォーラム」のセッション1「100年ライフにおける都市と地域の新たな社会デザイン」の模様をお届けします。モデレーターは、ミラツクの隅屋輝佳です。
(写真撮影:Rie Nitta)
この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/
登壇者プロフィール
経済産業省 経済産業政策局 政策企画委員
早稲田大学法学部国際関係コース卒、2002年経済産業省入省。中小企業金融、IT政策、デザイン政策等に従事し、米国コロンビア大学ロースクールに留学。帰国後は、経済成長戦略の策定、産業競争力強化のための人材育成・雇用政策に従事。その後、経済産業省の人事企画・組織開発、マクロ経済調査業務を担当した後に、2017年6月から現職。
NPO法人issue+design 代表理事
1998年、「株式会社博報堂」入社。2008年、ソーシャルデザインプロジェクト「issue+design」を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。代表プロジェクトに東日本大震災支援の「できますゼッケン」、子育て支援の「日本の母子手帳を変えよう」他。主な著書に『ソーシャルデザイン実践ガイド』(英治出版)など。グッドデザイン賞、竹尾デザイン賞、日本計画行政学会学会奨励賞、カンヌライオンズ(フランス)など、国内外の受賞多数。
株式会社シルバーウッド 代表取締役
1971年生まれ。1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し、薄鋼板による建築工法開発のため、1988年に単身渡米。「スチールフレーミング工法」をロサンゼルスのOrange Coast Collegeで学び、帰国後2000年に株式会社「シルバーウッド」を設立。7年の歳月をかけ、薄板軽量形鋼造「スチールパネル工法」を開発し特許取得(国土交通省大臣認定)。店舗・共同住宅等へ採用。2005年、高齢者向け住宅を受注したのを機に、高齢者向け住宅・施設の企画開発を開始。2011年、千葉県にてサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀<鎌ヶ谷>」を開設。介護予防を中心に看取り援助まで行う終の住処づくりを目指し「生活の場」としてのサービス付き高齢者向け住宅を追求する。一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事。
株式会社デンソー 東京支社 バリューイノベーション室 ソーシャルデザイン課 課長
デンソーデザイン部門で自動車用計器類デザイン、店舗用スキャナーデザイン、携帯電話デザイン等のプロダクトデザイン経験を経て、様々な製品の技術PR映像制作、自動車用HMI(Human Machine Interface)デザインなどを行ってきた。現在はソーシャルデザイン課において生活者と共に価値共創するためのサービスデザインおよび社会課題をビジネスで解決するための企画に取り組んでいる。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授
東京工業大学卒、同大学院修士課程修了。キヤノン株式会社勤務、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授などを経て現職。博士(工学)。ヒューマンインタフェースのデザインから、ロボットのデザイン、教育のデザイン、地域社会のデザイン、ビジネスのデザイン、価値のデザイン、幸福な人生のデザイン、平和な世界のデザインまで、さまざまなシステムデザイン・マネジメント研究を行っている。
住民みんなで、まちをデザインする仕掛けをつくる
筧さん僕は社会課題を解決するためのデザインの研究、実践をしています。たとえば、阪神淡路大震災の経験から、ボランティアの方が被災地に行くときに、自分がどんなことができるのかを可視化する「できますゼッケン」をつくりました。ボランティアの力を最大限活かして、被災者同士の助け合い行動を生むために、「自分ができること」の宣言を促すツールです。
最近は、地域のまちづくりにも携わっています。人口14,000人の高知県の佐川(さかわ)町では、総合計画と呼ばれるビジョンを、全17回の住民のワークショップで、中学生や高校生にも参加してもらいながらつくりました。約500人の住民から、このまちをどうしたいかといった意見を引き出したり、そのための具体的なアクションを考えてもらったり。そこから457個の「未来のアクション」をまとめて、『みんなでつくる総合計画:高知県佐川町流ソーシャルデザイン』という書籍もつくりました。住民には1冊ずつ配布して、書店でも販売しています。
たとえば佐川町は、「日本の植物学の父」といわれる植物博士、牧野富太郎さんの生誕の地でもあるとおり、植生がとても豊かで、まちの人たちも植物が大好き。そのため、まちじゅうを植物園にしようと計画をしました。自宅の庭に観光客を招き入れたり、そこから産業もつくるなど、植物のまちとしてのブランディングも考えています。
そして、佐川町は林業のまちでもあるので、まちの木材をつかったベンチづくりのワークショップも開催しています。このワークショップでは、ただベンチをつくるだけでなく、住民に「どこにベンチがあったらおもしろいか、もっとまちを楽しめるか」を考えてもらうところから始まります。
実物大の模型をつくって、3Dでモデリングして、まちの工房でカットして、ヤスリがけをしてみんなで組み立てる。子どもから高齢者まで参加して、2ヶ月に1個ずつベンチをつくっています。まちづくりと思って参加していなくても、おもしろがって参加することが、結果的にまちづくりになっているんです。
一人ひとりが、どうしたら幸せになれるのか
梶川さん「経済産業省 経済産業政策局」の梶川です。100年ライフについて、まず人口の話をすると、厚労省が統計を取り始めたのは1964年ですが、そのときはまだ、100歳以上の人は153人しかいなかった。現在は、6万人ぐらいです。これを人口統計に掛け合わせると、2050年には100歳以上の人は50万人くらいになる計算です。
ここで一つ問題提起をしたいのは、「60歳を過ぎたら、その後の40年は老後なのか」ということ。老後って、年金や医療介護は大丈夫なのかという、「負のイメージ」が強くなってしまっている。他方、そもそも「高齢者」の若返りなどもあり、今の「高齢者」概念が十分なのかと思っています。
そして、100年ライフ時代の経済社会システムを考える場合、国家の課題からすべてのソリューションを導き出すトップダウン型のやり方に加えて、生活者と対話をしながら、人の暮らしや課題に向き合って、ボトムアップ型でどのような社会システムをどう考えていくことが重要と考えています。そういった観点で一つひとつの政策を考えていきたいと思っているんです。どうしたら一人ひとりが幸せになれるのか。
こうした対話型の手法を、組織のあらゆるプロセスで取り入れるのはむずかしいことが多いのですが、現在、さまざまなセクターの人たちと一緒に対話を行う手法を、政策立案にどのように入れていくのか、トライアルをしています。
実際に、100年ライフというテーマで、世代を超えたセッションを3回ほど行いました。当初、若い人たちは、このテーマが「自分ごと化」していなかったのですが、対話を重ねていく中で、どういう社会システムが必要かという議論が深まってきました。このプロセスの中で出てきたのが、平均寿命や健康寿命ではなく、「貢献寿命」というキーワードです。
このキーワードが出てきた背景ですが、100年ライフを考えると、ずっと健康でいるってむずかしいですよね。認知症になる人もいれば、癌を抱える人もいる。心の病も含めて、さまざまな疾患を抱えながら生きていくことを想定すると、仮に不健康になったとしても、何らかの形で社会に貢献したり、つながっている、そうした社会が必要ではないかという議論になりました。
こうした議論の上で出てきたのが「貢献寿命」というコンセプトです。加えて、こうしたボトムアップ型の対話を通じて、有志で100年ライフ社会をつくるためのコンセプトブック「DESIGN 100’s LIFE」をつくろうという話にもつながってきました。
※「DESIGN 100’s LIFE」について詳細はこちら
目の前にあるちょっとした問題に意識を向けること
下河原さん僕は、高齢者向け住宅「銀木犀」の運営をしているのですが、以前は、父が鉄鋼関係の仕事をしているので鉄をたくさん売ろうと、建築工法の開発で特許を取得して、建築躯体を販売するメーカーを経営していました。
その工法は、薄い鉄のパネルを現地で組み立てるもので、工期が早くて安くつくれることから、建築業界ではイノベーションだったんです。この工法でコンビニエンスストアやファミリーレストランなど、いろいろな建物を片っ端からつくっていたんですが、だんだんと高齢者施設のニーズが多くなってきた。そこから高齢者施設に興味をもって、日本中、世界中の高齢者施設を視察して回ったんです。
人が生きる、死ぬって、どういうことなんだろうって。ある人に「一つくらい運営してみたら?」と言われたことをきっかけに、実際に高齢者向け住宅を運営することになって。「銀木犀」は、食事の時間だけ何時から何時の間と決まっているだけで、あとは自由。これまでの高齢者住宅にないような、だいぶファジーな運営方針です。
特徴的なのが、玄関に鍵を閉めないとか、駄菓子屋さんを設置して、入居しているおじいちゃん、おばあちゃんに店長をしてもらったりとか。地域の子どもが、将棋の強いおじいちゃんに会いにきたりもします。
高齢者と接することが増えたことで、認知症について考える機会も増えました。それで、認知症が問題ではなくて、認知症のある人や、その家族たちが生きづらい社会のほうが問題だと気づきました。では、それを変えるためにどうすればいいか。各地で講演をしながら、バーチャルリアリティ(VR)というテクノロジーと出会って、認知症の人が見えている世界を一人称体験する「VR認知症プロジェクト」を始めたんです。
https://peraichi.com/landing_pages/view/vrninchisho
日本各地の体験会で、この約1年で12,000人の方に体験していただくことができました。自治体はもちろん、教育機関や医療介護関係者、最近は一般企業からの問い合わせもどんどん増えていて。座学で認知症を学ぶのではなくて、認知症を自分自身が体験することで、認知症に対する認識が変化する。すごく手応えを感じているんです。これは認知症だけで終わらせるのはもったいないと。
今、さまざまな争いごとが起きている原因は、相手の立場に立ってものごとを考える想像力の欠落にあると考えていて。まさに立場や視点の違いによって発生している問題を、VRというテクノロジーを使って、アングルシフトして見る。相手の立場になって考えてみると世界が変わって見えることを、LGBTの一人称体験や、ワーキングマザーの一人称体験など、さまざまな領域でチャレンジしていきたいと思っています。
この一人称体験のビジネスは、僕にとってはかなりチャレンジなんです。ビジネスモデルありきのスタートではないんです。目の前にあるちょっとした問題ってたくさんありますよね。たとえば、LGBTの人がなかなかカミングアウトできないのは、本人ではなく、環境が変わればできるのではないか。認知症も同じだと思います。そうした身近な、ちょっとおかしいと感じることをアングルシフトして、社会を変えていきたいと思っています。
バランスの取れた「Well-beingな暮らし」が社会資源になる
清原さん私は、自動車部品の製造で知られる「株式会社デンソー」の東京支社に勤めています。バリューイノベーション室ソーシャルデザイン課という、バズワードだらけの部署に在籍しているのですが(笑)、デザイン思考のアプローチで、社会や人々のライフスタイルを変革するような新たなビジネス創出を目指しています。
今私たちが考えているのは、「Well-beingな暮らし」です。「Well-being」とは、「心身ともに快適さが担保された状態で、自分らしい生き方を送れること」。この「自分らしさ」には、ちょっと快楽的な経験、たとえばギャンブルをするとか、さらには親の死や失恋といった、ネガティブな経験も含みます。時間が経てば自分の糧になっていくということも含めてバランスよく保っている状態、それを「Well-being」と言っています。
そのバランスの取れた「Well-beingな暮らし」を実現するための3つの要素は、自律性(やりたいと思うこと)、有能感(できること)、関係性(求めあうこと)。そのバランスから生み出される「利他」や「他愛」といった気持ちや行動を、社会資源として流通・活用するしくみをつくりたいと考えているんです。
具体的には、四つのプロジェクトに取り組んでいます。一つ目は「#アルカル」といって、人と暮らしと移動の未来を、「歩く」というプリミティブな行為から考えるプロジェクト。「歩く」というごく当たり前の行為を再評価して、新たな体験価値をつくりたいと考えています。
二つ目は、「コミュニケーションがあるマイクロ物流の未来構想」。少し未来の話になるかもしれませんが、自動運転車両が普及すると、先行して物流の分野で自動運転化される可能性があるのではないかと。でも、まちなかに自動運転の車がたくさん走っていたら、ちょっと気持ち悪いですよね。そこで、車とコミュニケーションが取れないか。動けなくて困っている物流の車両があったら、道行く人に「助けて」と頼んで、助けてくれたら「ありがとう」と答える。そういうデザインが必要になってくるんじゃないかと思うんです。
三つ目は、「バウンダリーモビリティ」。欧米を中心に、自動車を所有せず、必要なときにサービスとして利用する「モビリティのサービス化(Mobility as a Service)」が広がりつつありますが、日本でもタクシーの配車から目的地の指定、支払までをスマートフォンで行うサービスや、車両の空き状況の確認・予約から車両返却後の支払いまでをスマートフォン経由で行うカーシェアリングなど、さまざまな新しい交通サービスが生まれています。自宅の目の前から、こうしたサービスに接するためのモビリティのあり方を考えています。
そして最後に、「生活が輝く移動」。人々が出歩きたくなる、生き生きとしたまちを、ミラツクさんの協力を得ながらデザインしたいと考えています。
100年ライフにおける幸せって何だろう?
前野さん最近は「幸せ研究の前野」と言われるのですが、私は幸福な人生のデザインの研究、他にイノベーションや対話の研究などもしています。
私は今日、幸福学の基本とイノベーションのつながりを話そうと考えていました。人はどうすれば幸せになれるのか。幸せには、長続きしない幸せと長続きする幸せがありますが、長続きする幸せには「四つの因子」があります。簡単にいうと、「やってみよう、なんとかなる、あなたらしく」というような。そして、「ありがとう」です。
言い換えると「やりがいのあることをやって、貢献感がある」ということで、100年ライフの幸せって、100歳になるまでも、100歳を超えてからも、貢献感とかやりがい、ワクワクとか、生き生きというものを持って社会とつながる、そういったことにあると思うんです。そんなことをお伝えしようと思ったら、みなさんそうしたお話をされていましたね。
それから「幸せ研究」の一部として、「百寿研究」をしています。神奈川県川崎市のプロジェクトで、医学部の先生方と一緒に、90歳、100歳の人はどんなふうに幸せなのかを研究しているのですが、アンケートをとってみると、これが実は、すごい幸せなんですよ。
90歳、100歳にもなると、軽い認知症も含めて、ほとんどの人が認知症です。認知症の初期は幸福度が下がる傾向があるのですが、「老年的超越」という概念があって、今生きているだけで本当に幸せだと感じるようになる。ちょっとした小さな社会とのつながりだけでもすごい幸せで、非常に幸福感が大きい。いわば悟りの境地に近いです。
現代の高齢化社会、人口減少社会という変動期に生きにくさを感じる人もいるかもしれないけれども、そういう人たちが100年ライフと言われる時代に、「老年的超越」を目指して、100歳まで元気に「貢献寿命」を生きていくためにはイノベーションが必要で。幸せな社会は誰がつくるのか、ということです。個人がつくるのか、会社がつくるのか、産官学がどう連携するのか。この課題は、みんなでアイデアを出して解いていく課題なんです。
私は定年を迎えたら、もう稼ぎのためではなくて、みんなで、それこそ対話をしながらアイデアを出すことを、とても楽しみにしているんです。
幸せになる条件って、シンプルにいうと二つだけなんです。一つは、自分が新しい強みを生かしてワクワクすること。もう一つは、人とつながって、利他的というか、人と共に感謝し合うこと。つまり、みんなが家にこもらず外に出て、みんなのために何ができるかを考える。そして「僕はこれをやるよ」って、短い時間でも何かをし合うこと。そういう社会をつくっていけばいいというのが私の結論なんです。
100年ライフにおける必要なマインドセットとは?
隅屋それでは、これからディスカッションに入りたいと思います。人生100年ライフって、私自身はまだ実感できていないのですが、身近にある例としては自分の父がちょうど60歳で、会社経営をして人生を謳歌しているように見えていたものの、引退した途端に引きこもってしまって。
本人のマインドセットをどう変えられるかって、とてもむずかしいなと感じているんです。社会システムを考えるときに、どんなふうにそうした人たちを巻き込んでいったらいいのでしょうか。まず筧さんに伺います。
筧さん100年ライフのこともそうですが、世の中に必要とされている知識が変わってきている感じがします。今まで自分が持っていた専門性が、役に立たなくなってきている感じがしていて。専門性よりも、どれだけいろいろな蓄積を持っているか、どれだけ教養があるかを求められているというか。
たとえば、60歳までずっと同じ会社に勤務していたとして、同じことを繰り返しながら少しずつ蓄積してきた知識があっても、定年退職を迎えると、今までの固定化された視点、やり方では通用しなくなってくることが、団塊の世代にも起きていると思うんです。そのときに、自分が次にシフトをしないと、非常にしんどい時代だなと感じます。今まで自分が培ってきたことが通用しなくなってきたときに、新しい人と話をして、新しいことをできるようになっていく必要がある。
そのときに何よりも大切なのは、広くて深い教養だと思うんです。初等教育、高等教育……、子どもたちも含めて、社会人になってからも、いかに学び続けるか。つまり、どれだけ広く深く学び続けられるか、好奇心を持ち続けられるのかが大切なんじゃないかと思います。
隅屋好奇心を持ち続けるために、どのような感性や視点を持っておくと、あるいは動き方をしていくといいと思いますか?
筧さんそれは、コミュニティの存在以外ではありえないと思うんです。日常的に「この人すごいな、この人おもしろいな、自分とは全然違う考え方を持っているな」という人に、僕は定期的にお会いすることができていて。「この人素敵だな、魅力的だな」と思う人に会い続けると、好奇心を持つことの大切さを感じますね。
「日本人の子どもは、世界的に見て自己肯定感や自己有用感が低い」という話は聞いたことがあると思うのですが、地域の子どもたちの調査で、政令指定都市と、県庁所在地の都市と、町村部に暮らしている子どもたちの比較を見ると、町村部の子どもたちの自己肯定感と学習意欲が低いことが見えてきたんです。僕としては結構ショックで。地域の人間関係の課題として、尊敬できる人やおもしろい大人との関係性の希薄さがあると思うのですが、やっぱり何とかしたいなと。
人口減少社会で一番しんどいのと思うのが、周りにおもしろい人がいなくなること。それをどうつくれるか、つくり続けられるか、そういう社会システムが必要なのだと思います。前野先生の研究でも「幸福は伝染する」という話がありますが、学習意欲や好奇心も確実に伝染すると思うんです。
隅屋清原さんに、「#アルカル」の活動など、引きこもりを含む移動困難者の研究をされるなかで、その方たちが、どうしたら「外に出たい」とか、よりその人らしい人生を生きられるようになるかをお聞きしたいです。
清原さん私たちも手探りですが、「外出をしましょう」とか「外出するとこんないいことがありますよ」と言っても、まったくやる気が起こらないんですね。自分の置かれている状態が「これが一番いいんだ」という感じで、抜け出そうとは思っていない。だから、ひきこもって孤立化している。その人たちにダイレクトに「こういうことをやったらいい」と言うのはまったく効かない。
たとえば、定年退職したご主人がいるとして、奥さんに「神社で催し物があるから行ってみない?」って言われても行かないけども、孫が言ったら聞くじゃないですか。自分が行かなきゃいけない、誰かのために何かやってあげなきゃいけない、といった状況を上手につくる。それが、たまたま外出につながるということなのだと思います。
今の高齢者って、自分の親が外出できなくなる状況を、あまりつぶさに見ていなかったのではないかと思うんです。特に高度成長期は、世代間の交流がとても希薄になってきた状態ですよね。親の世代は親の世代で頑張っていて、自分の世代は自分の世代で頑張って。気がついたら親が動けなくなって、介護をしなくてはいけないときに、「面倒だな」と感じてしまうような、そんな状況になっているんじゃないかと。
若いうちに「自分はこの先どうなるのか」という見通しをつけるには、世代間のコミュニケーションがもっと、感情レベルで密にならないといけないのではないかと思うんです。そういった世代間交流で、「自分が何かやらなきゃいけない」とか、「自分がゆくゆくこういうふうになるんだ」っていうお互いの知の交換が必要になるのではないかと思っています。
隅屋どうしたら世代間交流や、小さい子どもがおもしろい大人に会える場所づくり、地域づくりができるのか、下河原さんにお伺いできますか?
下河原さん高齢者でも、まだまだできることがある、ということを実現しつつあるのかな。別に世代間交流を促しているわけではなくて、たまたまそこにいるだけで生まれる偶然を、僕らは狙っているという感じですね。
先ほど紹介した「VR認知症プロジェクト」は、企業研修との親和性が高いんです。企業研修の最近のトレンドは、自分たちで実際に現場を見に行くとか、異質なものとの出会いにあるらしいんですね。まさに認知症や、LGBTなど。でも「異質なものを受容しましょう」という研修ではなくて、もともと誰もが持っている多様性に気づいてもらう、ただそれだけの話だと思うんです。「自分はこんな考え方を持っていたんだ」とか、「そんな感情があったんだ」という気づきが必要なのだと思います。
100年ライフにおける都市と地域をどうデザインするか?
隅屋最後に、みなさんから一言ずつお願いできますでしょうか。
梶川さん2016年の夏に、長野県松本市で、「松本ヘルスラボ」というリビングラボを活用して、「どんなかたちで健康なまちづくりをするか、都市づくりをするか」という、市民との対話による政策形成のためのワークショップを開催しました。松本市役所、医療関係者、市内の企業に勤めている方々、東京から参加した企業人、なかには、73歳の松本市民の女性なども参加いただきました。
印象に残っているのは、比較的若いチームで議論して煮詰まったときに、その73歳の高齢の方が、みんなのアイデアをまとめるような意見を出してくれたんです。そのおかげで、全体の雰囲気までいいほうに変わってしまった。
高齢者ってひとくちに言いますが、一人ひとり、実はすごくパワーを持っていると思っていて。どうやってその人のいいところを引き出すか、モチベーションドライバーをどのように引き出していくかが重要だと思います。100年ライフというテーマは、こうした対話型の政策形成に親和性があると感じました。こうした発想を広げるテーマもやりながら、地域でいいまちづくりを仕掛けていきたいと思っています。
下河原さん私の父は74歳なんですが、仕事が欲しいと言うんです。正直、父に何ができるのかと思う自分がいたんですが、ちょっと考え方を変えようかと。高齢者住宅は、たくさんの方が亡くなるんですが、葬儀屋さんってビジネス優先なところがあって。あたたかい葬儀に出会ったことがないので、自分がやってみたいと考えているんです。
その話を父にしてみたら「いいね!」って。「なんで?」と聞いたら、「俺、送り人アカデミーに行って納棺士の資格を取る」と。同じ世代の納棺士を育てて、そういう人たちの新しい仕事を俺がつくってやる、って燃えているんですね。なので、チャレンジしてみたいと思います。
清原さんこれまで、社内でいろんな議論をしても、「どんな製品を提供するのか」「どんなサービスを提供するのか」、つまりどんな価値提供をするのか、こちら側で完成したものを相手に届けるような、そんな姿勢しかないんです。
でも本当は、生活者の知恵や力、そういったものを上手く使わないと、これからの企業って存在価値がなくなってくるんじゃないかと思っていて。そもそも価値共創ってそういうことですよね。敵は内部にある状況で、どうやって理解していってもらうか。
それと同時に、いろんな地域で「やっぱり外出することが大事だ」とか「移動することが大事だ」という思いを持って、自ら外出のための仕組みをつくる人が、社外にできること。デンソーが出向いて、そこで何か一生懸命手を動かすことをいつまでもやっていたら、提供するマインドから抜け出せない。だから、外の人にやってもらって、それに火をつけて回る。そういうことをやっていきたいと考えています。
筧さん日本の社会や政策って、基本的に大企業に勤める男性を中心に組み立てられていますよね。僕は今、年の半分以上は地域に行ったり、うちの組織は、僕以外はほとんど女性だったりするんですが、女性や地域の人は、一つの組織に長くいるような生活ではなくて、すごく複線化しているというか。
女性には、結婚だったり出産だったり、定期的にトランジションがありますよね。そこで人生を変えたりとか、新しいステージに行くきっかけを持ちやすい。それって、すごく今の時代からすると新しくて。次にすっと動けるような軽やかさは、女性のほうがあるなと。これからは、その複線化しているほうが主流になっていくのかなと感じています。
地域の人は、一つの仕事をやるより3個、5個っていう複数の仕事を持っている人たちがいっぱいいるんです。江戸時代とかまでさかのぼれば、日本人は、そういうライフスタイルが当たり前だったんですよね。そこから一番取り残されているのは、実は大企業の男性のビジネスマンなんじゃないかと。結局、それをなんとかしようという話なんじゃないかと思いました。
前野さんみなさん、いかがでしたでしょうか。僕はすごく満足しています(笑)。とても内容の濃い、グッドプラクティスかつ先端的な事例がたくさんありましたね。僕の夢は、100歳を越えても日本中のすべての人が、あるいは世界中のすべての人が、やりがいをもって、生き生きと生きていることです。そしてみんなでつながり合って、みんなで生きていける社会なんですよね。
いろんなコミュニティでつながり合ってやっていくためには、こうしたグッドプラクティスをどう広げていくかが、次の課題だなと。世界が羨む高齢化大国で、日本人全員が幸せっていう世界をつくりたい。みんなが学んで、みんなが幸せになろうとすることが、日本ならできると信じているんです。
隅屋ありがとうございます。セッション1「100年ライフにおける都市と地域の新たな社会デザイン」を終わらせていただきます。登壇者のみなさま、ありがとうございました。
この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/
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