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先進モデルから学ぶ、これからのコミュニティデザイン【ミラツクフォーラム2017】

フォーラム

2017年12月23日に開催された「ミラツク年次フォーラム」で「共に創る暮らしとコミュニティデザイン」をテーマにしたセッションが行われ、各地の第一線でコミュニティづくりに奮闘する識者が集まり、白熱の議論を交わしました。
コミュニティをつくる価値、その際に工夫していること。そもそもコミュニティとは何なのか、どうデザインすべきなのか。多彩な話題が飛び交い、盛り上がりを見せたセッションの模様をレポートします。モデレーターはミラツクの隅屋輝佳が担当しました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール

村上豪英(むらかみ たけひで)さん
株式会社村上工務店 代表取締役社長 / アーバンピクニック 事務局長 / 神戸モトマチ大学 代表
小さい頃から自然に興味をもち、京都大学大学院で生態学を学んだ後、シンクタンクに勤務。その後、「自然を破壊する力をもつ建築の世界に飛び込んでこそ、自然を守り育てる力を持ち得る」と考え、「村上工務店」に入社。2002年に「神戸青年会議所(神戸JC)」に入会した後、「日本青年会議所」の議長などを経て、2012年度に「神戸青年会議所」第54代理事長に。2011年に「神戸モトマチ大学」を設立。2015年より、神戸市内の公園「東遊園地」にて「アーバンピクニック」を開始。
川路武(かわじ たけし)さん
三井不動産株式会社 ビルディング本部法人営業統括二部 統括
1998年、「三井不動産」入社。官・民・学が協業する街づくりプロジェクト「柏の葉スマートシティ」など、大規模案件におけるコミュニティづくりや環境マネジメント案件の企画開発に多数携わる。現在は新規事業「WORKSTYLING」の立ち上げ運営業務がメイン。「三井不動産レジデンシャル」出向時(マンション事業の新商品開発等を担当)に、朝活「アサゲ・ニホンバシ」を開催するNPO法人「日本橋フレンド」を立ち上げる。
黒井理恵(くろい りえ)さん
株式会社DKdo 取締役
北海道名寄市出身・在住。静岡県立大学卒業後、東京の出版社、企業PR・ブランディング企画会社を経て、2014年に東京の北海道人仲間と「北海道との新しいかかわり方を創造する」を企業理念とした「株式会社DKdo」を設立し現職。同年に名寄市にUターンし、道内の市民対話の場づくり、道北地域の観光・移住プロモーションのサポートをしながら、名寄市ではコミュニティスペース「なにいろカフェ」を運営。道内や東京などさまざまな場所でファシリテーターとして活躍中。
杉下智彦(すぎした ともひこ)さん
東京女子医科大学国際環境・熱帯医学講座(教授/講座主任)
1990年、東北大学医学部を卒業。1995年から約3年間、青年海外協力隊に参加し、「マラウイ共和国」の国立病院の外科医長として活動。2001年よりタンザニア共和国モロゴロ州保健行政強化プロジェクトのチーフ・アドバイザーとして約4年間活動。2009年よりケニア国ニャンザ州保健マネジメント強化プロジェクトのチーフ・アドバイザー。2011年よりケニア国公衆衛生省アドバイザーを兼任。専門は保健システム学、医療人類学、呪いの研究など。
田村大(たむら ひろし)さん(コメンテーター)
株式会社リ・パブリック 共同代表 / 東京大学i.school 共同創設者 / エグゼクティブ・フェロー
2005年、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。「博報堂」にてグローバル・デザインリサーチのプロジェクト等を開拓・推進した後、独立。人類学的視点から新たなビジネス機会を導く「ビジネス・エスノグラフィ」のパイオニアとして知られ、現在は福岡を拠点に、世界の産官学を結んだイノベーション創出のネットワーク形成とその活用に力を注ぐ。詳細はこちら

都市、地方、アフリカのコミュニティづくり

隅屋まず登壇する方の自己紹介と、取り組まれている活動をご紹介いただければと思います。

村上さん2011年から「神戸モトマチ大学」というプロジェクトを主催しています。これは、まちのなかでがんばっている方々を”先生”として招きながら、ネットワーキングしていく活動です。神戸市の中心部にある公園「東遊園地」をもっと素敵にしようという活動「アーバンピクニック」を行っています。

神戸は小さなまちで、山から海辺まで人力で走っても20分ぐらいで着いちゃうんですけど、そのど真んなかにある「東遊園地」が”砂漠”みたいなところで。休日でも人っ子一人いないような公園だったんです。それを市民の手で居心地のいい公園にしていこうと考えました。少しでも多くの市民が、この活動に主体的に取り組むことが大切だと思って活動しています。

川路さん「三井不動産」に勤めながら、NPO法人「日本橋フレンド」を運営しています。”働く場所を第二の地元に”というミッションを掲げながら、第三金曜日に日本橋を愛する150名のワーカーが集まる朝活「アサゲ・ニホンバシ」を開催しています。

日本橋には、100年以上続く企業が200社くらいあります。そんな老舗企業の経営者の話を聞いたり、日本橋のベンチャー企業やクリエイターを招いて、日本橋にちなんだ美味しいご飯を食べながら交流しています。2020年までに100回開催することを目標にしています。

黒井さん東京と北海道をつなげる仕事をしている「DKdo」と、北海道名寄市で結成したクリエイティブユニット「なにいろ工房」の代表をしています。

東京でCSRのコンサルティングをしてたんですが、「DKdo」を立ち上げてからは、東京にいる”北海道人”の移住促進プロジェクトをやったりしています。2014年に名寄市にUターンし、「なにいろ工房」としてコミュニティスペース「なにいろカフェ」の運営、ほかにも市民対話の場づくりやファシリテーターをしたり、自治体などからブランディング形成の依頼を受けたりしています。

杉下さんアフリカで保健分野をテーマにコミュニティづくりなどを行っています。ずっと日本政府などの国際協力の仕事で、医師としてマラウイ共和国などに滞在してきました。アフリカでは「医療人類学」の勉強をしていたことから、今は大学で教壇に立っています。

また、ケニアやタンザニアで若者の起業をお手伝いしたり、2015年からは国連が定めた持続可能な開発目標「SDGs」について保健分野で国際委員を務めていました。アフリカ伝統の生活や英知から、日本のコミュニティづくりが学べることがあるのではないか。アフリカからソーシャルな生き方、地球のユニバーサルデザインを学べないか。そういう問題意識で、大学に移ってから学生を指導しています。

田村さん「博報堂」を離れた後に独立し、現在は福岡を拠点に活動しています。地方自治体や東京の大企業を中心にパートナーシップを組み、大学のリソースを活かした新しい産学連携プログラムの立ち上げ・推進などをしています。

一例として、産学官民で地域の成長戦略を描く「福岡地域戦略推進協議会」や福岡市と一緒に、市民のイノベーション推進プラットフォーム「イノベーションスタジオ福岡」を立ち上げ、4年に渡って運営を行ってきました。このプラットフォームから地域社会にインパクトを与えるさまざまな新事業が続々と誕生し、最近の福岡の勢いのよさにもだいぶ貢献できているんじゃないかと思っています。最近では、イノベーションスタジオの参加者と一緒に福岡発の自転車メーカーを立ち上げました。

改めて考えたい「コミュニティ」の意味

隅屋コミュニティにはいろんなキーワードや意味があると思いますが、今回は「共に創る暮らし」がテーマです。そこで、まずは”コミュニティをつくる価値”や”共同する意義”について、皆さんにお伺いしたいと思います。

黒井さん私のなかでは、単純に「人と一緒にやったほうが楽しいじゃん」というのが根底にあるんですよね。”暮らし”って人との関係性のなかで生まれてくるもので、もちろん面倒なこともあるんですけど、それでも人とはつながらざるを得ないなかで、どうやって居心地のいい空間をつくっていくのか。それがコミュニティをつくる理由になります。

私のいる名寄市は人口約3万人の小さなまちで、町内会や慈善団体、経済人の団体などの既存のコミュニティがあるんですよ。ただ、そこに入れない人たちも大量にいて、彼らには「まちをよりよくしたい」「こんなことをやってみたい」という思いもあるんです。でも田舎だと、既存のコミュニティに入れなかったときに、ほかのコミュニティがない状態になりがちです。東京だと趣味で集まることができるけど、田舎だと人が少ないので難しいんです。

名寄市では今、「なにいろカフェ」を軸に20〜40代の人たちが少しずつ集まっています。私が意識しているのは、いかに”緩やかにするか”。既存のコミュニティは「入っている、入っていない」の内と外の境界がはっきりしているので、イベントをやるとなるとしっかりとしたコミットを求められます。

「なにいろカフェ」のまわりにはそこまでコミットできないけど、まちに関わりたいという想いを持っている人たちが集まっているんです。なので、自分ができる範囲でやれることをやるということを大切にしています。まちと関わる接点を、小さくてもたくさんつくりたいですね。

杉下さん私がコミュニティで大切だと思うのは、どうやって世界観や価値観を共有するかということです。同じ言語だったり、同じ文化だったり。そこでの価値観の創造が、いわばメンタルモデルとして動いていることを強く感じます。

例えば、アフリカの田舎に友達を連れて行ったら、「なんて幸せそうなんだ」と言うんです。そこで現地の人に「幸せそうだね」と伝えたら、「何を言ってるんだ。こんながんじがらめの社会はない」と言われたんです。「あれをやっちゃいけない」「これをしろ」という規範があり、そこから逸脱すると”呪い”などいろんな形で説明されるわけです。

あるアフリカのおじさんは、こんなことを言っていました。「自由なんかない。幸せや平和は、自由ではない規範をみんながシェアすることで、一つの自由度をもってるんだ」と。ものすごく感動したんですね。

日本の場合は、実は行動規範は警察や弁護士などの外側にあって、自分たちで決められなくなってしまってるんじゃないか。そう思うことがたくさんあります。もう少し自分たちの内側で価値観を創造できたら、豊かな社会になるんじゃないかと考え始めてるところです。

村上さん「コミュニティ」という言葉の意味は、人口規模や社会背景によってだいぶニュアンスが違ってくるのではないかと思うんです。あえて二つに分けると、杉下先生が指摘されたように、しっかりと規範を共有するような「農村型コミュニティ」と、緩やかに集まって離合集散を繰り返す「都市型コミュニティ」があると思います。

ただ、日本で「都市型コミュニティ」が成立している場所が果たしてあるのか。それがとても気になっています。結局、「農村型コミュニティ」を会社や郊外の住宅地に持ち込んだりして、お互い規範の共有があるコミュニティが点在しているだけなのではないか。そう感じていたんです。

「神戸モトマチ大学」でとても大切にしているルールがあります。それは、「リピートしないでほしい」ということです。その場が心地よければよいほど、次のテーマに何の関心がなくてもどんどんリピート参加されるんですよ。すると、せっかく真剣に話を聞きに参加したのに、すぐ横に和気藹々(あいあい)としている常連さんたちがいて、彼らがどうもその日のテーマに関心がないようだとわかれば、せっかく一つの場を共有しているのに新しいネットワークが生まれにくい状況が生まれてしまいます。僕だったら、そんなところに行きたくない。それを排除しようとしてきました。

これはあくまで、人口150万人の中規模都市・神戸での体験です。正解かどうかはわからないし、まだまだ課題もいっぱいあるんですが、「都市型コミュニティ」をつくることの可能性を探っているところです。

川路さん 僕が以前、住宅事業を担当していたときに立ち上げた「U-26プロジェクト」というものがあります。26歳以下の人たちで、これからの住宅や近所付き合いについて考えようという内容です。

東京都中央区の住宅は90%がマンションなんですが、東日本大震災が発生した日、単身者ばかりが暮らすあるワンルームマンションで何が起きたか。住人がドアをノックして「大丈夫ですか?」と確認し合ったらしいんですね。普段はまったく途切れているコミュニティなのに、そこに突如として近所付き合いが生まれたんです。

そこで、26歳以下の若者たちに「君たちはどうするの? LINE(無料通話アプリ) じゃ無理だぜ」と。彼らが何かを探してくれたらと思って、大学院生と社会人3年目を集めてセッションしました。節目の大きなトークセッションの会で「チームラボ」の猪子寿之さんをお呼びしたんですが、「そんなの幻想じゃない? サイバー空間でも十分に興味や関心をつなぐコミュニティをつくれるから、地域のコミュニティなんてまったく意味がない」と真っ向から否定された苦い思い出があります。

地域コミュニティを語るセッションで最初にひっくり返されたので焦りましたが、こんな話を丁寧にして、溝を埋めました。例えば急に雨が降ってきたときに近所の人が洗濯物を取り込んでくれたら、単純に助かるし何より気持ちがいいですよね。そういうことからしても、やっぱり地域は切っても切れない関係なんだと。そしたら少し納得してくれて。

ただ、それさえもアプリでできると。確かに、そうかもしれない。でも、いくらアプリでも自宅まで距離があればすぐには洗濯物を取り込みに行けないですよね。僕はここにはまだ、解がないと思っているんです。つまり、都市におけるコミュニティの縁は薄くなったけど、デジタルとうまく絡めながらコミュニティを再構築できる余地があるのではないか。これは今、日本が取り組まなきゃいけないテーマなんじゃないかと思っています。

リアルとバーチャルを組み合わせた「第三の地域の形」

村上さん川路さんのお話、非常におもしろいですね。”関係のサービス化”の話ですよね。つまり、「関係はサービス化しちゃっていいんですか」という大切な議論だと思います。

猪子さんがおっしゃったような「地域なんて幻想だ」といった論点も極端だけどあり得るわけで、ただ少なくともこの先数十年間はITリテラシーもそれほど高くない高齢者が、地域社会でどんどん増えていきます。そのときに、地域社会の福祉を支えるのはサービス、つまり対価のあるものだけなのかというと、そうではないはずです。

神戸には阪神大震災のあった1995年以降、ボランティアマインドが強く植え付けられたので、地域のなかで高齢者の見守りサービスや介護サービスを担っている先輩たちが結構います。そういう活動を見ていると、「まちをよくしたい」「周りの人を幸せにしたい」と思って地域やコミュニティのなかで活動している人は、確実に増えていると思うんです。そういう”市民性”がもっと評価されるべきだし、それが発揮される舞台は、やはり物理的な空間としての”地域”なのではないでしょうか。

田村さん猪子さんの話についてですけれど、僕は、”どっちか”という二者択一ではないと思うんですよ。川路さんは、「リアル」と「バーチャル」と、それがハイブリッドに組み合わさった「第三の地域の形」を模索されているわけですよね。今考えなきゃいけないのは、何をリアルのコミュニティにして、何をバーチャルのコミュニティにしたらいいのか。その組み合わせ方の妙ではないでしょうか。

僕は仕事柄、地域に関わることが多いのですが、地域では、すべてバーチャルでは通用しないことをすごくリアルに感じます。確かに仕事も教育もインターネット上で完結できるかもしれないけれど、Amazonで済ませられるから問題ないという訳にはやはりいかない。現に今、宅配・運送業界が悲鳴を上げているじゃないですか。福祉や介護サービスも、誰がやるのか。もしかしたらロボットに任せられる世界がやって来るかもしれないけど、現時点ではまだ不透明です。

そう考えるとリアルも必要で、何かあったときにスムーズに心地よくサービスを提供したり、提供されたりする関係性をつくっておく。そのために必要なのが、地域コミュニティなのかもしれません。

杉下さん冒頭で、コミュニティの本質は世界観の共有ではないかとお話しました。例えば宗教もそうです。イスラム教やキリスト教という共同体があるわけです。だから、地域に縛られるものをコミュニティと呼んでいいのか。それを再考する必要もありそうですね。

最近は”クラウド国家”と呼ばれるものも出てきています。例えば皆さん、「マルタの騎士団」なんて国があるのをご存知ですか。ここは、クラウド上に存在する想像でつながった国家で、HPで登録すれば国民になれます。国連でも準国家の扱いになっています。要は、一つの共同体としての国家を、今やサイバー空間で実践しているわけです。共同体やコミュニティの本質は何なのか。改めて考える必要があると思います。

”妖精”を排除せず、フラットな関係を築けるか

田村さんコミュニティは「誰がそこに関わるのか」が重要だと思ってるんですが、黒井さんが話していた既存のコミュニティに入らない人、彼らはきっと自らコミュニティをつくりたいと思っているわけではないですよね。そういう観点に立ったとき、そもそもコミュニティは”いいもの”なのか、”悪いもの”なのか。そのことが気になりました。

黒井さん既存のコミュニティに入っていない人たちは、自分の居心地のいい場所は欲しているけれど、それがなくても一人で暮らせるし、「あってもなくてもいい」という状態なんだと思います。だから、私がつくったコミュニティにも合致した人は入ってきますが、「違う」と思う人ももちろんいっぱいいます。そういう人たちは、今のところは別に入らなくてもいい、という状況なんだとは思いますね。

田村さん広島県安芸高田市に「まごやさい」という会社があります。市内を中心に、住民が趣味で育てているような野菜を買い取り、通販で飲食店や個人に直売しています。特徴的なのは、誰に売れたのかをシステムですべて見える化している点にあります。だから、「今日はこのレストランでうちの野菜が使われている」というのがわかるんです。作り手にとっては、ものすごいモチベーションになります。

これはある種の双方向のコミュニケーションであり、コミュニティとも言い換えられると思ったんです。つまり、自分は無関係と思っていたり、人とのつながりが煩わしいと思っていても、つながってみると意外と楽しい。そういうことがよくあるんじゃないかと。

川路さん「日本橋フレンド」は、スタッフとコアなリピーターが100人以上はいるんですが、みんな同じことを言っています。地下鉄の日本橋駅を降りてからオフィスのカードキーをかざすまでに、この活動に参加する前は会社の同僚以外誰とも挨拶を交わさなかったのに、活動を始めてからは何人か挨拶をするような場面に遭遇するようになったというんです。

駅を降りて「こんにちは」と挨拶するだけで何が違うのかと思ったんですけど、例えばFacebookで「おめでとう」という報告を受けるのと、駅で突然肩をポンと叩かれて「元気?」などと言われるのとでは、心のドキドキ感がまったく違って、それをスタッフやコアメンバーは感じているようです。つまり、リアルに声をかけられたときの嬉しさを、何かの形でしっかり数字にしていく必要があると思いました。

黒井さん私は実家にUターンしたとき、小さい頃を思い出すと地元のコミュニティには面倒なイメージがあったんですが、実際に戻ってみたら意外に煩わしくなくて。「あ、どうも」ぐらいであれば。その距離感の設定は、”デザイン”なんですよね。

名寄市の隣にある下川町は、地方創生のトップランナーといわれています。ヒアリングをした移住者が必ず口にするのが、「下川町は距離感が絶妙なんだ」と。監視されているわけではなく、遠くから見守ってくれていて、困ったときには手を差し伸べてくれる。その距離感が絶妙らしいです。

田村さん黒井さんが指摘された下川町の絶妙な距離感と、それをデザインしているというお話。とても共感します。人の行動を見ていると、おそらく自分の身の回りに小さなコミュニティをつくって、それを外から排除しようとするのが人間の本能なんじゃないかと思うんです。

杉下先生のアフリカの話を聞いていて思ったのが、「なんでそんなことをするんだろう」というような不思議な文化的な規範のなかには、それまでの生活のなかで距離感を絶妙に保つための工夫、つまり関係性のデザインがあったんじゃないか。

川路さんの活動はいかがですか。”デザイン”や”排除”という点で、意識されていることはありますか。

川路さん僕のNPOでは、新しいメンバーが入ってくると、旧来のメンバーといざこざが起きる雰囲気が出てくるケースがあるんですよね。”変な人”が寄ってくるんですよ。僕はそういう人を”妖精”と呼んでます。”妖精”が寄ってきて真んなかに入ろうとしたときに、排除の理論が働くんですよね。でも僕は、「排除のルールをつくるのはやめよう」と口酸っぱく言い続けてきました。僕らは、新しいメンバーが入ってきたら、既存メンバーも含めて必ず全員、自己紹介をするようにしています。

村上さん文化人類学者の山口昌男さんは、そういう人たちのことを「トリックスター」と呼んでいました。例えば、江戸時代に旅人をどうもてなしたかという研究があります。まず前提として、異人は怖いんですね。何か悪いことをするかもしれないし、邪悪なものを持ってくるかもしれない。だから飲めや歌えで盛大に歓待したそうです。

でも、それにはもう一つ理由がありました。都会や隣町、隣県の情報を仕入れて、自分たちの標準化や発展につなげるというものです。トリックスターや妖精がもっているものから学ぼうということです。そういう役割もあったんでしょうね。

田村さん排除の理論を働かせない。これはとても大事だと思います。研究者や大学教員は普段よく「先生」と呼ばれますよね。「何か教えてくれる人」という、相手の上に立つ関係に自動的に位置付けらる。僕も教育に片足突っ込んでいるので、よくそういった状況に遭遇します。

それとは対照的に、僕は震災復興のボランティアを今まで結構やってきたんですが、ボランティアをしているときは基本的にそこにいる人たちの関係はフラットなんです。ボランティア活動をしていると、とてもパワーがあって、先頭に立って動き回る人が出てくる。そういう人たちは普段の社会のなかでいうと少し変わった人が多いんですよね。つまり、”妖精”なんです。

そんな妖精たちと活動していると、そこから新しい関係性が生まれてきます。この体験はとても教訓的で、どうやってコミュニティの関係性をフラット化させるか、そのプロセスを暗示しているんじゃないかと思っています。

コミュニティは権力構造と切り離すべき

隅屋皆さんはご自身が起点となってコミュニティをつくられていますが、注意されてることや、気にかけていることを最後にお伺いしたいと思います。

黒井さん私が意識しているのは、「セミクローズド・セミオープン」です。完全にクローズドでもなく、完全にオープンでもない。少し開いてる扉の入口付近にいる人、あるいは部屋の奥の方にいる人も自由に出入りし、それぞれにとって居心地のいい場所をつくるような仕組みづくりです。

もう一つは、”待つ”ことですね。自分から「これがしたい」「サポートします」といってくれるのを待つようにしています。「これお願い」というほうが楽ですし、そのほうがコミュニティが強固になるようなイメージがあるんですが、それだといつまでたっても私が言い続けなきゃいけないので。

杉下さん「SDGs」策定の委員をしていたこともあり、どうやったら持続可能な社会をつくれるのか。一つの規範をシェアしながら、さまざまなコミュニティができてほしいと思っています。ただ、それ以上に大切なことを、アフリカのマサイ族から学びました。彼らの”戦争”に何回か立ち会ったことがあるんですが、それがとてもインスパイアリング(感動的)だったんです。

彼らは谷間を挟んで対峙し、互いに弓矢を撃って合戦するんですが、目の前にいる人を狙えばいいのに、斜め上空に向かって矢を撃つんですよ。「なんでそんなことを」と驚いたんですが。そして、たまに上空から落ちてきた弓矢が当たるんですよ。そしたら互いに納得して、”戦争”が終結するんです。けが人が出る程度ですよ。どうして人を目掛けて撃たないのか聞いたら、先祖に向かって撃ってるんだと言うんですね。先祖も上空で戦っていて、そこから地上に矢が落ちてくる。つまり、先祖が決めたことだから納得せざるを得ないというわけです。

僕らは、目の前の人を殺すようないがみ合いをしていたらダメだと気づかなければ、持続可能な社会なんてありえない。マサイ族のように、一段高いところで物事を考えるようなマインドやクリエイティビティがなければ、きっと戦争はなくならないと思うんです。今最も関心を抱いているのは、そういう世界観の共有を、僕たち忘れてきちゃってるんじゃないかということです。

村上さんすごい事例ですね! 僕は最近、「東遊園地」がおもしろいフィールドだとよく思っているんです。公園ですから、ターゲットを決めて特定の人たちにとって心地いい場所をつくるというのはダメです。都市にいる多様なバックグラウンドを持っている誰もが、気持ちよく過ごせる場所でないといけません。だから、”市民性”のようなものを育むのに最適な場所なのではないかと。

行動力やリーダーシップがあるような人たちだけがコミットしている状態は望ましくなく、できるだけ多くの人が「このまちのために役立った」という体験をすることが、都市型のコミュニティにおいて大事だと思います。そういう意味でも、まちや公園を育てる側にどれだけ多くの市民が参加できるか。参加のハードルはものすごく低くするよう気をつけています。

二つの事例を紹介します。

まずは、公園での図書館づくりです。市民が一人一冊、好きな本を持ってきて、それで図書館をつくりましょうという活動です。読み終わった本は古本屋で一冊50円程度にしかならないかもしれないけど、自分の思いや気持ちがこもっていたりするじゃないですか。それを公園に置いてくるという行為は、本人にとっては思いがちゃんと残っていくような感覚になると思うんです。「俺はこの公園のために役に立ったぞ」という体験が、本を通すことで生まれやすくなるんじゃないか。そう思ってトライしています。

もう一つが、「楽器に触れる、東遊園地」です。単にいろんな人が楽器を持ってきて、演奏するだけのことなんですけどね。この企画の特徴は、カスタネットなどの楽器を持って来れば誰もが”主催者”になれるところにあります。こういう体験機会を増やすことにどんどんトライしながら、多くの人に公園を使ってもらえるようにしたい。そう考えています。

田村さん皆さんの話を聞いていて感じたのは、コミュニティが政治になるのは問題だということです。例えば、僕が住んでいる福岡には、700年以上続く伝統の祭り「博多祇園山笠」があります。このコミュニティの一員になるには8年の修行が必要だと、まことしやかに言われています。

そういう団体が祭りを仕切り、まちの文化も仕切っている。権力構造の中枢にあるんです。だから、このまちで何か目立つことをやろうとすれば、こういった権力との関係構築が必要条件になる。ところが新参者は丁稚で、自由に意見なんて言える環境ではないのです。「それってどうなのよ」と思う部分は間違いなくある。

川路さんが”妖精”が新しく入ってきたときにみんなで自己紹介をする、というのはとても大事だと思いました。コミュニティが自分が偉いことを証明する場になると、権力構造に転換してしまう。杉下先生がおっしゃっていた価値観や世界観の共有も、二の次になってしまいます。

例えば、学会がまさにいい例なんですよ。多くの学会の長老たちは、自分の権力をいかに保持するかに心血を注いでいるように見えます。そういう政治的な要素をどう切り離すかが、コミュニティデザインを考えていくうえで大事なことだと思いました。そのことを、最後にコメントさせていただきます。

隅屋ご登壇者の皆さま、コメンテーターの田村さん、ありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって運営されています。http://room.emerging-future.org/

次回ミラツクフォーラムに参加を希望される方は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」にご参加ください。ミラツクフォーラムは、メンバー向けの招待制の会として開催されます。
ROOMの登録:http://room.emerging-future.org/
ROOMの背景:https://note.com/miratuku/n/nd430ea674a7f
NPO法人ミラツク では、2016~2019の4年間でミラツク年次フォーラムにおいて行われた33のセッションの記事を分析し、783要素、小項目441、中項目172、大項目46に構造化しました。詳しくは「こちら」をご覧ください。
近藤快 ライター
フリーライター。1983年、神奈川県生まれ。2008年〜化粧品の業界紙記者を経て、2016年〜フリーランスに。東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)で震災・復興現場の取材、50人インタビュー企画「Beyond 2020」を担当。災害時における企業・NPOの復興支援や、自治体の情報マネジメントを集積したWEBサイト「未来への学び」(グーグル社)のほか、化粧品業界やCSR・CSV、地方創生・移住、一次産業などを中心に取材〜執筆活動している。