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人生100年時代の未来社会をデザインする【ミラツクフォーラム東京・春の回】

フォーラム

ミラツクが開催している、異なるセクターや領域の方々が集まり、意見を交換しながら新しいつながりを生み出すためのミラツクフォーラム。2017年5月13日に開催されたのは、「未来への道程のデザイン」をテーマにしたパネルディスカッションでした。

「トヨタ自動車」で未来社会に向けた様々なプロジェクトに取り組む鈴木さん、“100年ライフ”に向けた新たな経済システムのための「ボトムアップ型政策形成」に取り組む「経済産業省」梶川さん、2030年以後の未来道程を持つ「オムロン」で次の未来に向けた事業創出に取り組む竹林さん。3名を招いて繰り広げられたセッションの様子をお伝えします。進行はミラツクの代表・西村勇哉です。

(写真撮影:小久保よしの)

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

登壇者プロフィール

鈴木雅穂さん
トヨタ自動車コーポレート戦略部未来プロジェクト室室長
1988年、「トヨタ自動車」入社、人材開発部に配属。1991年、調査部に異動しマーケットリサーチ。2004年、商品企画部では新しい商品のコンセプト企画。2009年には「トヨタモーターヨーロッパ」に赴任し、商品広報やマーケティング、商品企画を担当するなど、一貫して市場や商品に関わる業務に携わる。2012年、「トヨタモーターヨーロッパ」から帰任、現職に着任し、新モビリティや新サービスなどの新価値創造に携わる。現在は「コネクティッドカンパニー」ITS・コネクティッド統括部 総括・企画室長として、コネクティッドという自動車産業における新たなビジネス領域での事業計画、統括業務に携わる。
竹林一さん
オムロン株式会社 技術・知財本部 SDTM推進室長
「オムロン」入社後、関東のパスネットシステムなど、大規模プロジェクトのプロジェクトマネージャを務める。以後、新規事業開発、事業構造改革の推進、「オムロンソフトウェア」代表取締役社長、「オムロン」直方代表取締役社長、「ドコモ・ヘルスケア」代表取締役社長を経て現職。各種委員会の諮問委員他、プロジェクトマネージメント、モチベーションマネージメント、ビジネスモデルマーケティングなどの講演、執筆などを通じて“日本のエンジニア”“日本の経営者”を元気にする活動を実施中。
梶川文博さん
経済産業省 経済産業政策局調査課 政策企画委員
早稲田大学法学部国際関係コース卒、2002年、「経済産業省」入省。中小企業金融、IT政策、デザイン政策、経済成長戦略の策定、産業競争力強化のための人材育成・雇用政策、経済産業省の人事企画・組織開発、ヘルスケア産業育成、マクロ経済の調査分析を担当した後に、2017年6月から現職。

キーワードは「拡張」「流通」「ボトムアップ」

西村みなさん、本日はよろしくお願いします。まずは、それぞれの自己紹介からスタートしましょう。

写真左から、竹林さん、梶川さん、鈴木さん。

鈴木さん2020年〜30年を見据えた新コンセプト車や新モビリティ、新たなビジネスサービスの企画提案を狙いとして、2012年に「未来プロジェクト室」が立ち上がりました。コミュニケーション手段が電話からスマホに変わる、人々の価値観が「保有」から「利活用」にシフトするなど、世の中が大きく変革していく中、自動車産業はこのままのハードの売り切りを中心としたビジネスを続けていて大丈夫なのか。そういう危機意識が根底にありました。モビリティ社会に関する新しい価値やソリューションを創出するのがミッションです。

こちらがトヨタが制作した未来年表。(画像提供:トヨタ自動車)

ミッションを達成する上での私たちの心構えとしては、移動を起点に今の車の領域にこだわらず、新しいモビリティやサービスへとスコープを広げて、お客様によりよい移動体験や移動課題のソリューションを拡張していくこと。そして、そのためにはメーカーでできることに限定せず、生活者視点で本当に必要なモノやコトを発想し、様々なステークホルダーの方々と一緒になってソリューションをつくっていくこと。さらに、それを企画提案だけに終わらず、自らプロトタイプや実証実験をしながらつくり込むことを大事にしています。

例えば、私たちがエンジニアと一緒になって提案した新しいモビリティに、超小型モビリティ「TOYOTA i-ROAD(アイロード)」があります(未発売ながらプロトタイプが街中走行可能)。これは幅も長さもバイク並みですが、「アクティブリーン機構」という特殊な技術により、バイクと違って基本的には倒れませんし、狭い場所にも停められます。また、電気自動車でかつ家庭用コンセントでも充電できます。

私たちはこの新しいモビリティの提案にとどまらず、これを活用してさらに移動の楽しさや便利さを広げられないかと、2015年から「OPEN ROAD PROJECT」という名称の実証実験を行っています。「i-ROAD」を公道で実際に走らせ、スタートアップ企業や100人ぐらいのモニターなど様々な方々と一緒になって、プロダクトの評価や様々なビジネス・サービス開発にチャレンジしています。

超小型モビリティ「TOYOTA i-ROAD(アイロード)」。(画像提供:トヨタ自動車)

竹林さん今は「センシングデータ」を流通させる、まったく新しい市場自体の立ち上げを仕掛けています。さまざまな社会課題が出てきており、それを解決する上でデータが非常に大事です。そのデータをいろんな企業が使えるようになったら、もっと新しいサービスが出てくるのではないか。例えば、健康のデータ。血圧は「オムロン」の家庭用血圧計で測れますが、気温などとも相関があります。気温のデータを持っている人と一緒になれば、エンドユーザーの血圧を下げられるようなアプリケーションが出てくる可能性がありますよね。社会課題がより複雑になってきてるので、個別で集められた単一のデータだけでは解決できないんですね。そのために、さまざまなデータを流通させようという取り組みです。

もう一つ、今一番関心があるのは、未来をデザインする人材をデザインしたいんです。「起承転結型人材育成モデル」と言っていますが、「起」の人は0から1を仕掛ける人材で、「承」は、その1を10や100のビジネスにしていく人です。「転」は、「それなんぼ儲かるねん」と第三者目線でレビューしてくれる人、そして「結」は、リスク管理をしながら最後までそれをやり続けてくれる人です。

右肩上がりで市場が成長しているときは、「転」と「結」を回したらいいんです。高度成長以後の今までの日本は、それで回ってきたんですね。ただ、2030年以後を考えると違います。売れるものが変わってきて、次の仕組みを考えるときに必要なのが、「起」と「承」の人です。つまり、イノベーションの人ですね。ところが、今の大企業に「起」「承」の人がいなくなってきています。今ここが問題で、こうした人材をどう育成するのか。これが未来をデザインするポイントだと思っています。

梶川さん人生が100年になると考えた場合に、どういう社会をつくっていったほうがいいのか。そんな“100年ライフ”に向けた新たな社会・経済システムをボトムアップ、つまり個人ベースで議論を積み上げられないか。そういう課題意識が強くあります。

自分の批判をするようですが、役所はマクロの議論が強すぎるんですね。マクロの課題だけでアプローチしていくと、なかなか個人の多様な価値観が反映されないのではないか。そうすると、制度ができても使われないようなことが起こります。マクロは重要なんですけど、それだけではいけないというのが、私の今の問題意識ですね。

だから、個人をベースにした社会システムを設計・変更するアプローチができないかと思ってるんです。個人がどう生きたいのか、どのようなライフスタイルを送りたいのか。それを描き出して、そのために必要な社会システムは何なのか。マクロとの双方を行き来しながらやっていく必要があると思っています。

それで今取り組んでいるのは、役所のなかだけでなく、いろんな人と一緒になって未来社会を議論していくアプローチです。その建設的な議論をする場をどうつくるかが重要だと考えています。企業や自治体、NPOなど、さまざま人たちと一緒につくり、政策にする。外部の血を取り入れながら、政策プロセスを踏んでいきたい。これは政策立案の新しい手法の開発かなと思っています。

未来の時間軸はどうデザインすればいいのか

西村さて、ここからパネルディスカッションに入っていきます。まずは、「こういう風になるのではないか」という未来予測のテーマなどは、どう落とし込んでいるのかを詳しく聞きたいと思います。

鈴木さん私たちが新しいアイデアをつくり出す際にベースのひとつとしているものに、『未来年表』があります。これは未来洞察に豊富な知見をお持ちの「博報堂」様のお力を借りながら、未来室のメンバーを中心に社内外の様々な方々も巻き込みながら、ワークショップを何度も繰り返し、試行錯誤しながら1年以上かけてつくり込んだものです。また、新たな要素を加えるため定期的に改訂しており、去年(2016年)はIoTやAIの要素を充実させて大きく見直しています。

また、『未来年表』そのものは、自動車に限らない、広く社会全般に関するシナリオが中心なのですが、一方でモビリティや移動に関するアイデア立案につながりにくい側面もあります。そのため、去年は自動車に関係する重要ファクターと『未来年表』の社会シナリオを活用して“モビリティ・社会シナリオ”を作成し、活動のテーマやアイデアによりリンクするようなトライも実施しています。

ちなみに、「年表」というと「予測」のようなものを思い浮かべるかもしれませんが、別にシナリオを当てにいこうという狙いではありません。誰もが考えつくような未来を予測するのではなく、突拍子もないような大胆で多様なシナリオをつくって、そこから新しいアイデアを起こして新しいプロジェクトを立ち上げる。あくまで、アイデアのベースにしています。シナリオの多様性を持たせるためには、同じような企業に勤めている人だけではどこか発想が似てしまうので、今年はアーティストや宗教家など、まったくビジネスとは関係のないようなタレントを持った人たちにも、ワークショップに加わってもらいたいとも考えています。

西村竹林さんは、いかがですか。

竹林さん私たちのベース・原点にあるのは「SINIC(サイニック)理論」です。創業者の立石一真が、1970年に「国際未来学会」で発表した未来予測理論です。情報化社会の出現や、21世紀前半までの社会シナリオを描き出しています。ただ、そこには「こんな世の中が来る」と書いてあるだけで、そこでどんなビジネスをするのかは僕らの仕事なんですね。

重要になるのは、お客様の課題と時間軸の捉え方です。例えば、自動改札機。当初の課題は駅員さんの負荷をなくし、朝のラッシュアワーを緩和すること。でも、時間の経緯ととも課題も変わってきます。今は、子どもが自動改札機を通過したら母親にメールが届くような、安心・安全の世界にも使われるようになりました。

目線をどこに置くかが大事なんです。「2年先に儲けろ」というテーマなのか、10年先、あるいは30年先なのか。先ほどの起承転結の話と関連しますが、「それで、今なんぼ儲かるのか」だけの判断で考えてしまうと思考が止まってしまう。そのうちタイミングが来て、他の誰かがやって成功したら「なんでやっとかへんねん」となりますよね。時代の変化を読みながら、いいタイミングでトライする。「これは3年以内のイノベーションを起こすテーマですね」「これは10年のテーマですね」などと、ある程度デザインとして定義するのが大事だと思います。

西村そういう時間軸のなかでの位置付けは、どういう風にとらえてるんですか。

鈴木さんアイデアを考える起点では、私たちは時間軸を明確には定義してないのです。まず新しいアイデアをどんどん出して、あとから技術成立性で時間軸で整理し、これだったら20年だから、こういう技術を開発してもらうために、技術開発のテーマの棚に入れてもらうとか。すぐに始められるものであれば始めるとか。

ただ、先の技術であったとしても、「未来プロジェクト室」という名称である通り、プロジェクトという形にするのがミッションなので、その技術が実現するまで待つのではなく、そこにつなげるために今から何を始めるべきかまで必ずバックキャスティングして、短期で始められることが何かを考えます。

例えば自動運転の技術がなくても、自動運転社会のなかで普及するビジネスサービスを考えた場合でも、自動運転の実現を待つのではなく、そのサービスにつなげるためのビジネスを始めるとか、そのモデルをつくっておくとか。変化のスピードが早い社会なので、技術は技術で磨くということはしつつも、それを待たずに何かをまず始めるというところを大事にしています。

西村例えば「i-ROAD」は、具体的に形になって公道も走れるような状態まできてると思うんですけど、その仮説の立て方や背景を伺ってもいいですか。

鈴木さん「i-ROAD」は、”ラストワンマイル”というコンセプトから始まりました。例えば駅から家までの距離が遠い場合、たとえ雨が降っても自転車を使わなければならないときがあります。子育てパパ・ママの人たちが子どもを後ろに乗っけて、雨のなかを傘を差しながら自転車を漕ぐ。

東京では日常的な光景ですよね。そういう状況は何とかならないのか。目に見えている社会課題をどうしたら解決できるかというのが、この新モビリティ立案の背景です。そうした生活者目線での問題意識に、「アクティブリーン機構」という新しい技術が重なってできたモビリティです。

車の稼働率は5%程度なんです。つまり、95%は使われてないのです。多くの車は、およそ4〜5人乗れる商品としてグローバルで販売されています。ただ、4~5人がマジョリティというのは私たちメーカー側の勝手な思い込みで、実態として1人か2人しか乗っていないのだったら、1人か2人用のモビリティがあちこち走っていればいいのではないか。

また、1台の車にAからDの機能と役割を持たせなくても、AからCまでは1~2人用の1台の車で、そこから先は公共交通機関でといったように、様々な移動手段がシームレスにつながった方が生活者にとって便利かもしれない。また、その方が社会に対しても負荷が少ないのではないか。現状に縛られず、そういった発想を持たないと、車のビジネスそのものが生き残れないのではないかと思っています。

また、「i-ROAD」のサイズであれば、使われていないような隙間のスペースに駐車できますし、家庭用コンセントで充電可能なので、駐車場や充電設備など新たなインフラ投資をしなくとも、町と親和性を持ちなが活用され、人々の自由な移動を保障できるモビリティになるのではないかと考えています。

西村プロトタイプを1台つくることと、公道を走れるようにすること、さらに100台ぐらい生産してみんなが使えるようにすること。どこまでやるのかという区切りを持っておかないと、無限にやり続けることになると思いますが、その辺りの区切りはどうデザインされているのでしょうか。

鈴木さんそれは一番の悩みですね。プロトタイプの開発までは実現できても、本格開発へのハードルは高い。「i-ROAD」では新しいビジネスの提案とともに、先ほど説明したように実証実験を実施して、「このモビリティはこれだけ社会に役に立つ。いろんな価値を生み出す」ということを自ら実践して示しました。それでも会社が本格開発しないのであれば、会社をつくってでもやるぞというくらいの心構えでした。

提案した人や組織が最後まで面倒を見るくらいのパッションがないと、「トヨタ」のような大きな会社はなかなか動きません。私たちのやっていることは、どれだけ情熱とリソースを注いでも、結果や展開力がなければ価値がゼロなのです。だから、結果が出るまであらゆる手を使ってでもやる。そういう意識を突き通すことを信条にしています。

ただ実際、そうやって私たちの提案したプロジェクトを形にして周囲から見えるようになることによって、社内で同じような志を持って動く人たちが増えてきています。『未来年表』もそのひとつで、エンジンなどを製造している「ユニットセンター」の人たちや、モーターショーを企画する部隊などが、新しいことをするためにそれぞれ自分たちの部門の『未来年表』をつくるようになってきています。形にすることによって、それに感化されて新しいことにチャレンジしようとする人たちが増えつつあります。

「起承」から「転結」へつなぐためのコミュニケーション

西村「起承転結型人材育成モデル」の話で、「転結」へとつないでいくこともポイントだなと思いました。新しい計画立案のあり方などを、後ろへつなぐところで意識していることや、これまでやってきたこと、またはうまくいかなかったことなどを伺いたいと思います。

梶川さん役所は大体2〜3年に1回のペースで人事異動があります。ですから一応、組織のDNAとしては基本的にはみんな引き継いでいく意識が文化としてあります。

ただ、例えば、電力システム改革などのように分かりやすいテーマであれば組織全体として引き継ぎやすいのですが、他方“100年人生”のようなテーマだと事情は異なりますね。例えば、私は7〜8年前に、自分自身の問題意識に基づいて、新しい事業を生み出すような人材開発・育成を目的にした「フロンティア人材研究会」を立ち上げました。

私自身は2年で異動してしまったのですが、結果的に何が起こったかというと、その研究会で発表した提言の実行組織として有志が結集し、「一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)」の設立につながったんです。要は、僕らは必ず異動しますが、組織内個人に火をつけることで、官と民で同じベクトルを向くチームをいかにつくるかが重要です。政策の“第2エンジン”のようなものをつくることも大事だと思います。

竹林さん「起承転結型人材育成モデル」は、「起承転結」のどれがいいか、どれが悪いかという問題ではないんですよね。すべて大切。アイデア発想が得意な「起」の人だけで回そうとすると、いっぱいアイデアは出ますが「おもろいね」で終わってしまうんですね。「承」の人がデザインをして、「転」の人がレビューをかけ、「結」の人がきっちりやり続けてくれないと、最終的なアウトプットの品質が下がります。その“つなぐ”ところが「承」だと思うんです。

僕は「承」の人なんです。おもしろいことを言う人がいっぱいいるから、それをどうやったら次の段階、具体的な構想に落とし込み、会社の予算も持って来るための新たな世界観をつくれるかということをやってきたんですけど、何回も失敗してきましたよ。「起」「承」で新しいことを生んでいくメッセージだけを発信すると、「転」「結」の人たちの協力が得られないのです。

だから、全員が納得するしっかりとしたメッセージを出すことが大切です。そのためにみんなの共感を得るデザインが必要で、そこは徹底的に考えますね。分かりやすいメッセージが出てくると、みんな腹落ちして動き始める。そういうメッセージの出し方が非常に重要です。

僕が上司からよく言われたのは、実は「転」「結」の人が稼いでくれているということでした。1個の不具合も起こさない顧客のクレームをやってくれることが、儲けにつながっているのだと。そこに対して、「起」「承」の人は説明責任があると言われたんです。新しいビジネスを立ち上げるときも、会社はお金を出してくれるいわば“株主”で、その株の源泉を出してくれているのは「転」「結」の人たちなんだと徹底的に言われました。この人に対して、「次の世の中はこうなるからこれが必要なんだと」としっかりメッセージを出す。僕はそこが非常に重要になってくるかなと思います。

みんな今までと同じ仕組みでやり続けるほうが楽なので、基本的には変わりたくないという思いがあるはずです。少なくともイノベーションを起こそうとすると、ハレーションが起きるのは当たり前です。だからこそ、コミュニケーションは徹底的にやります。

「転」「結」の人たちとも、最初からコミュニケーションができているとみんなのモチベーションも上がりますし、モチベーションが上がってくるとイノベーションも起こりやすくなってきます。それでも、どうしても小さなハレーションが起こるんですね。だから、ハレーションを越えるようなパッションも必要です。そういう組織文化をつくらないといけません。

それはすべて、「承」の人がデザインすべき仕事だと思うんです。闇雲に当たって痛い目に遭うことを避けるために、どこから攻めたらいいのか、どのパターンでいったほうがいいのか。組織自体を動かすことを徹底的に考えてきました。

1.0以上の人と出会い、プラスαのアイデアを

西村それぞれ、チーム内のデザインをどうしてるのかもお聞きしたいと思います。チームがついてきてくれないと、そもそも動けない。どうやってデザインし、前に進めているのですか。

鈴木さんチーム内に「起承転結」に該当するそれぞれの人材をなるべく配置するようにしています。発想力のあるメンバーから生まれたプロジェクトやアイデアを形にするためには、「起」だけではだめで、「承」や「転」の人と一緒にやることが重要です。アイディエーション(プロジェクト生成過程のアイデアスケッチ)から、インキュベーション(プロジェクトの立ち上げ・育成)のフェーズまでを3〜4名くらいのコンパクトなチームが主体となって、外部の会社や組織を巻き込みながら動かしています。

サービスのデザインだけでなく、トヨタの強みであるハードと連携させたサービスデザイン設計を意識しているので、チームもプランナー、デザイナー、エンジニアなど様々なタレントの人材で、「起」「承」「転」くらいまでを意識したメンバーで構成しています。

竹林さんおっしゃる通りで、「起」「承」だけではないんですよね。僕も「起」「承」「転」、場合によっては「結」まで入れます。「起」「承」でやっといて、あとは「転」「結」でお願い、というわけにはいかないですよね。「転」「結」も含めて全員のプロジェクトですから。そのときに、どんなデザインされたメッセージを発信できるのか。そこがポイントになってくると思っています。

西村なるほど。違う考え方や違う視点を持っている人たちが同じ方向を向いて、構想を共有するということですね。梶川さんの場合は、異動でチームが変わりますよね。どういう風に動かしているのですか。

梶川さん役所の場合は、「課」単位で仕事が分担されてるんですよね。それを越えてやってもらわないといけないので、その人の本業との関係から見ても「意味があるんだよ」とプレゼンテーションをして、チームに入れることをまずやります。僕も含めて異動があるので、組織内のチームは例えば3〜4名くらいで、一緒にすぐコミュニケーションをとれるようにしておきながら、なるべく早い段階から組織の外も含めていろんな人たちをどんどん入れていくことに力を入れています。

組織内のロジックを理解するのが重要です。「こんなもの早すぎる」「よく分からない」とか言われて、総スカンを食らうこともあります。失敗パターンとしては、直属の上司にはまることは少ないですね。ただ、サポーターになってくれそうな上司がいるので、その人には話をしておきます。そういう人は影響力があることが少なくないので、どこかのタイミングで日の目を見る可能性があるからです。

いずれにしても、最初から意見を押し付けるのではなくて、おもしろそうな種を蒔いておいて、何かにつながるかもしれないという雰囲気をつくる。結果的に一緒にやり始めると、みんな自分事化して楽しんでもらえるようになります。そうすると、チームは強くなりますね。楽しそうな要素を見つけながら、巻き込むことを意識しています。

西村竹林さんと梶川さんで、やり方は違うんですね。竹林さんは言葉で落とし込むようなイメージで、梶川さんはだんだんおもしろくなっていくような仕掛けで、チームが育っていくわけですね。次に、外部の人とどう付き合うのか。その点で、「この人だったら大丈夫」「この人と一緒ならおもしろそう」など、みなさんはどんな感覚を持ってるのでしょうか。

竹林さん僕はもともとエンジニアだったのですが、「システム品質の法則」というものがあります。できたものとできたものをつないで、ネットワークにつないでテストする、ということをやるわけですね。例えば、8割ほど完成した機械同士をつないでテストしたら何が起こるか。0.8×0.8の掛け算で0.64くらいの品質のものができあがるんですね。さらに、そこに8割くらいできたものをつなぐと、0.8×0.8×0.8で0.3くらいの品質になってしまう。

つまり、少なくとも1.0以上の人と話さないといけません。1.0以上の掛け算をすればプラスαのアイデアが出てきます。ただ、会社に言われたから来るだけのような人と、いくらディスカッションしても効果は薄いですよ。いかに1.0以上の人と付き合い、さらにそこから1.0以上の人を紹介していただくか。大事なのは、そのループですよね。

西村鈴木さんはいかがですか。1.0以上の人と出会うポイントなどはありますか。

鈴木さん結構、泥臭いですよ。偶然の出会いをきっかけとすることも含めて、私たちのやろうとしていることにどれだけ共感していただけるか、共感していただくために私たちがどれだけ自分事化して考えているかを大事にしています。例えば、たまたまある自治体が主催するイベントで講演をさせていただき、その地方の課題を現地で視察・意見交換をさせていただいた際のことです。地方の移動の課題に真剣に取り組もうとするプロジェクトがあり、「肌感覚で課題を共有してプロジェクトを実現したいので、誰かいい人いませんか」と伝えると、二つ返事で人を派遣していただいたこともありました。

西村梶川さんにも外部連携の話や、1.0以上の見分け方を聞きたいのですが。

梶川さん“食わず嫌い”と“芋づる式”ですね。「こういう課題解決をしたい」といった発信に乗ってきてくれる人と馬が合えば、とにかく話をします。お会いして、「こういうことをやりませんか」と投げかける。その人の周りにも比較的、感覚が合う人がいたりするので、徐々につながっていくようなイメージですね。

セクターを越えた社会システムの運動論とフレームワーク

西村次に仕掛けようと思っていることや、目標があればお聞きしたいのですが、いかがですか。

鈴木さん「未来プロジェクト室」は、「トヨタ」のなかで新しいことをやるという意味での“ペースメーカー”的なところがあります。どんどん先に行き過ぎると会社と離れて何もできなくなるし、逆にもたもたしていると世の中から遅れてしまってつまらないと言われます。その微妙なさじ加減に苦労します。

ただ、社長も「とにかくバッターボックスに立ってチャレンジしろ」とメッセージを発信するようになり、新しいことをやろうというムードが社内で高まっています。それを「トヨタ」の新しい文化につなげたいと思っています。「未来プロジェクト室」のメンバー20人だけだとできることが限られますから。

加えて、アイデア提案だけでなく事業化まで実行するには、より多くの社員が新しいことに参画するような風土がもっと広がっていく必要があると思っています。そうした風土の醸成と、その風土を背景に新しいことを実行化するための人事制度も含めたスキーム、さらに社内にそうした活動を浸透させるための社内マーケティング。その3本を強化し、社会課題の解決につながるような新しいプロジェクトを、社外の人たちと一緒に、より大きなスコープでやっていきたいと思っています。

梶川さん個人や生活者起点でいろんな人と一緒になって、社会が動く仕掛けを考えたいですね。ビジネスなどいろんなアイデアをうまく結集しつつ、社会システムをつくる運動論ができるといいなと思ってます。そのためにも、それをしっかりサポートできるようなツールやフレームワークを開発し、世の中に広めたいですね。そのあたりはここにいらっしゃるみなさんをはじめ、連携・協働させてもらいながらやれるといいですね。

それを、各地域で展開する必要があるとも思っています。霞ヶ関よりも、自治体の方が市民と近い距離にいます。“100年ライフ”のような話を市民も交えてやってみたいですねと。もう一つは、さまざまな調査研究や地域での実践プロセスをコンセプトブックにまとめて、波及させていく。そのあたりの取り組みも、これから進めていこうと思ってます。

同時に、企画段階から省庁の枠を越えてやっていけないかなとも考えています。これは結構ハードルが高いんですが、必ずしも部署やテーマなどに固執せず、個人のネットワークでつなげていくようなことができればおもしろいなと。そんなことを構想しています。

竹林さん企業における“幸せ”の指標化をやりたいですね。例えば「食べログ」のような企業ログをつくって、単に売上だけではなく、イノベーションが起こってきた理由などを新しい基準に設定して、就職市場で「リクルート」がつくってきたような世界観とは異なる世界観をつくれたらおもしろいなと思っています。

例えば、うちの人材関連のグループ会社は、引きこもりの人と企業をマッチングさせる仕組みをつくり就職を支援しています。このように、新しくてみんなが幸せになれるような仕組みが、企業のなかで新しい指標として出てきたらどうでしょうか。そんな指標で「食べログ」のように「4.0」などと企業ログが指標化できたらと妄想しています。

西村みなさま、ありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

近藤快 ライター
フリーライター。1983年、神奈川県生まれ。2008年〜化粧品の業界紙記者を経て、2016年〜フリーランスに。東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)で震災・復興現場の取材、50人インタビュー企画「Beyond 2020」を担当。災害時における企業・NPOの復興支援や、自治体の情報マネジメントを集積したWEBサイト「未来への学び」(グーグル社)のほか、化粧品業界やCSR・CSV、地方創生・移住、一次産業などを中心に取材〜執筆活動している。