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コミュニケーションがあるマイクロ物流の未来構想

フォーラム

物流におけるモノとヒト、ヒトとヒトのコミュニケーションを創造することで、物流はどう変わっていくのでしょうか?

語っていただいたのは、東京都内で拠点を運営する坂倉杏介さん、雰囲気工学や人狼知能に関する研究を行う片上大輔さん、建築家・インテリアデザイナーの浅子佳英さん、「株式会社デンソー」の羽田成宏さん。

それぞれの立場から、興味深い意見が続きました。読むと未来がちょっと見えてくる、貴重なトークセッション。
進行役は、ミラツク代表の西村です。

(本フォーラムは、2017年6月23日に「株式会社デンソー」にて開催されたものをまとめています)
(写真撮影:Rie Nitta)

登壇者プロフィール

坂倉杏介さん
東京都市大学都市生活学部 准教授 / 芝の家 代表
http://sakakura.jp/cahiers/about-sakakura-kyosuke/
1972年、愛知県名古屋市生まれ。東京都世田谷区育ち。1996年〜2001年「凸版印刷株式会社」勤務。文化事業・博物館などの企画・制作を手掛ける。2015年4月より東京都市大学都市生活学部准教授。地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを、個人とコミュニティの成長における「場」の働きに注目して研究している。キャンパス外の新たな学び場「三田の家」や地域コミュニティの居場所「芝の家」といった拠点運営、大学内外でのワークショップや対話の場のファシリテーション、また時々 「横浜トリエンナーレ2005」や「Ars Electronica 2011」などの美術展への参加を通じて、自己や他者への感受性・関係性をひらく場づくりを実践している。
片上大輔さん
東京工芸大学工学部コンピュータ応用学科 教授
http://www.hss.cs.t-kougei.ac.jp
2002年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。同年東京工業大学大学院総合理工学研究科助 手。2007年、同大学同研究科助教。 2010年、東京工芸大学工学部コンピュータ応用学科准教授を経て、2017年、教授に就任。現在に至る。人工知能、ヒューマンエージェントインタラクションに関する研究に従事し、近年は主に雰囲気工学、人狼知能に関する研究を行っている。 主な著書は「人狼知能 だます・見破る・説得する人工知能(森北出版)」。
浅子佳英さん
建築家/インテリアデザイナー
http://yoshihideasaco.com
1972年生まれ。「タカバンスタジオ」主宰。大阪工業大学工学部建築学科卒業。商業空間を通した都市のリサーチ、批評、設計活動を行う。主な作品に「gray」「2020オリンピック選手村代替案」「水戸新市民会館プロポーザル応募案(吉村靖孝建築設計事務所との共同設計、2次選出)」など。「八戸市新美術館」建設工事設計者選定プロポーザルにて最優秀者に選ばれた(西澤徹夫建築事務所との共同設計)。著書に『TOKYOインテリアツアー』(安藤僚子との共著)。
羽田成宏さん
株式会社デンソー 基礎研究所 先端研究部 社会科学研究室
名古屋大学大学院工学研究科応用物理学専攻修了。精密機器メーカー、光学系ベンチャーを経て、現職。民生機器・宇宙開発・車載機器などの光学システムの設計および研究開発に従事。VRやARを活用した車載HMIの研究を進めながら、自動運転時代の交通社会のデザインに興味を持ち、現在は現象学的デザイン思考と身体性認知科学を軸にした設計論をもとにモビリティサービスの事業化を進める。

東京・港区で地域の居場所を運営

西村セッションのテーマは「コミュニケーションがあるマイクロ物流」です。「こんなにおもしろい方たちが世の中にいるんだ」と感じた、テーマに合う方々にお声がけし、お越しいただきました。順番に自己紹介をしていただき、始めようと思います。よろしくお願いします。

坂倉さん皆さん、こんにちは。普段は東京都市大学で教えています。「コミュニティマネジメント」という研究テーマで、実践的に学生と一緒にまちに入ったり、「東急不動産」のシニア住宅のコミュニティサロンを一緒に設計したりしています。

「コミュニティマネジメント」では、人とのつながりをつくることによって新しい価値をつくり、そこに暮らしている人のWell-being、幸せ、地域に対するつながりなどにフォーカスして、ソフトのアプローチでまちづくりをやっています。

3年前までは慶應義塾大学に10年間いました。港区の三田にキャンパスがある関係で、港区と慶應義塾との連携で地域のコミュニティづくりの仕事を長らくしていました。代表的なものが港区芝にある「芝の家(http://www.shibanoie.net/)」。ほぼ毎日開いている地域の居場所で、いつ来てもいいしいつ使ってもいい、地域のたまり場みたいなところです。2017年で9年目になりました。

特に毎日何かのイベントをしているわけでもなく、お茶を飲んだりおしゃべりをしたりしてもいいし、何もしなくてもいいし、場合によっては寝てもいいような、好きに過ごすところです。年間240日くらい開けていて、平均で40人弱の人が毎日来ます。ほぼ毎日やっていて一日に30〜40人が来る場というのは全国的にはあまりないそうです。よろしくお願いします。

「芝の家」の様子。(画像提供:坂倉杏介)

インテリアツアーや都市のインフラに関する展覧会を実施

西村2人目は、浅子さんです。

浅子さんこんにちは、浅子佳英です。僕は大学では建築の勉強をして、その後も設計事務所に勤めてはいたのですが、こういう場所に呼ばれるきっかけになったのは批評誌で論文を発表したことでした。その後もいわゆる設計活動だけではなく、インテリアツアーをしたりパブリック・トイレのリサーチをしたりと活動が多岐に渡っているので、そのあたりのことについて少しお話しします。

先ほどお話したのは、『思想地図β Vol.1』に掲載された、「コムデギャルソンのインテリアデザイン」という論文です。コムデギャルソンというブランドがどのようにしてその服を売るための空間、いわばプラットフォームをデザインしてきたのか。インテリアデザインについてはそれまで分析や批評がほぼ存在しなかったので、わりと注目を浴び、その後いろいろな活動を始めました。

「TOKYOインテリアツアー」といって、SNSで参加者を募り一緒に銀座や表参道などのまちのインテリアデザインを見て回るツアーをやったりもしています。本も出ているのでぜひ読んでみてください。

最近では、10年後の東京をデザインの視点から見通す企画展「東京デザインテン」を東京ミッドタウンで開催しました。2020年のオリンピックが終わったあたりから東京の人口も減っていくんですが、その減り方がかなり激しく、例えば環八(環状八号線)より外側は人口が4割くらいに減ってしまう地域が半分ほどになります。これまでの方法は通用しなくなりますよね。そのとき我々は何を考えるべきなのか。交通、電気、運送など、いわば都市のインフラをテーマにした展覧会です。

例えば、「楽天」さんがやっている「そら楽」。彼らは無人の配送サービスを実現するために、ドローン配送の実験を2016年から始めています。また「クロネコヤマト」さんがやっている「羽田クロノゲート」というほぼ無人の物流センターでは、仕訳は無人でコンピュータによって行われています。そういったものなどを展示しました。

とはいえ、建築の設計もしていて、最近の大きなプロジェクトとしては、西澤徹夫さんと青森県の「八戸市新美術館」の設計をしています。ジャイアントルームというあらゆる活動を飲み込むことのできる巨大な部屋と展示室以外にもワークショップルームやアトリエなど、専門的な活動を支えることに特化した個室群の二つで構成された建物です。

地方に美術館をつくって単に人が集まる交流施設にするのではなく、「美術館はどうあるべきか」を考えて、まちの資源を調査研究し、アーカイブとしてまとめ、それを展示し、ゆくゆくは収蔵するという循環をつくることこそが重要だろうと思ったんですね。そのための施設として、地方の美術館のための新しいモデルを考えようと、「八戸ラーニングセンター」の構想を提案しました。

複数の人がつくり出す雰囲気を学ぶ「雰囲気工学」

西村最後が、片上さんです。

片上さん東京工芸大の片上と申します。私は工学部のコンピュータ応用学科におります。今日ここに呼ばれたのは、先ほど聞いたんですけど、「雰囲気」という単語で検索したら私が出てきたそうです(笑)。

実は「雰囲気工学」という研究をやっております。人間はよく「雰囲気」と言いますけど、得体のしれないもので、説明できないんですね。それをうまく工学に落とせたら、おそらくそれは再現できて、いろいろなものに役立てる、応用ができる。そのモデル化を目指し、いろいろな研究者と研究しております。

私はどちらかというと人間と知的システム、人間とエージェント、——エージェントっていうのはしゃべるキャラクターみたいなものですね——、人間とロボット、それらのインタラクションをどう設計するとよりよい世界がつくれるかを研究しております。

知的システムとの間のやり取りをどうつくればいいかっていうのはなかなか難しい分野ではあるんですけど、例えば、今話していて皆さんに真剣に聞いていただいているので目が合うんですけど、これは話し手にとって非常にしゃべりやすい状態です。

みんながうんうんと頷いたり、「おもしろい」「なるほど」とか声を出したりしながらやっていると、雰囲気は変えられるんですよ。その辺の複数の人がつくり出す雰囲気は、制御可能なんじゃないかなと思っています。それは悪いほうに使うと悪いことになってしまうんですけど、うまく使えばみんながハッピーになる。何かそういうものがつくれないかというものが「雰囲気工学」という研究です。

実はもう一つやっていまして、「人狼知能」という研究をやっております。「人狼知能」とは、説得する人工知能、要は議論するAIですね。全国のプログラマーに人狼を行うAIをつくってもらって、2015年から全国大会を毎年開いています。ちなみに「人狼」はコミュニケーションゲームです。10〜20代は、7〜8割知っていると思います。コミュニケーションするAIで議論するんですよ。AI同士が戦って相手を説得するものですね。

「人狼」で人間に勝てるAIができるんだったら、人間の意見を変えられる、説得できることができるんじゃないか。逆に言えば、人間をいい方向に変えられることもできるのかなと。そんな感じでございます。

雰囲気工学についてのイメージ。(画像提供:片上大輔)

ものの移動で生活者のWell-beingを実現したい

西村次に、このセッションのテーマの「コミュニケーションのあるマイクロ物流」について、発案者であるデンソーさんからお話をしていただこうと思います。マイクロ物流とコミュニケーションって、「何だそれ」と思う方もいらっしゃると思うのですが、ぼくは(デンソーさんの話を)じっくり聞いて「なるほど。確かにそういう未来があり得る」と思いました。

いい未来と悪い未来と考えたらこっちのほうが確かにいいと思ったので、「そういう未来が来たときにどっちがいいかな」という感覚で聞いてもらえると分かりやすいと思います。羽田さん、お願いします。

羽田さんむちゃくちゃ優しいですね(笑)。ありがとうございます。我々がどう考えているか、なぜ、どういう経緯でそう考えたのかを中心に、解きほぐしながらお話ししたいなと思っております。

活動するにあたっての価値観や「我々とは何か」を考えるためには、要素を分解したりまとめたりしていくことが大事だと思います。「コミュニケーションのあるマイクロ物流」だと、ものを贈る人、運ぶ人、受け取る人がいて、ものとそれぞれの人の関係性を再構築する事が大事だと思いスタートしました。送ってあげたり、受け取りたいと感じたり。

テーマが「コミュニケーションのあるマイクロ物流」なので、ここで皆さんに質問させもらいますね。今年(2017年)に入ってこのプレゼントを贈ってよかったというエピソードをお聞きしたいです。誰に対してどんなものを贈って、なぜうれしかったのか。(客席にいた)石川初先生、何かあります?

石川さん結婚記念日に花を買って帰っているんですよ、毎年。今年もそれができました。

羽田さんすばらしいですね。

石川さん次の一年の結婚生活が安泰です(笑)。

羽田さん贈るって気持ちがいいし、そういう良いことも含めて贈ることがもっとできたらいいんじゃないかなと思っています。

Well-beingについても、本質的にいい言葉なのでいろんな見方をする人がいることがwell-beingだし、見方の違う人たちが集まって話し合うってこともWell-beingじゃないかなと思っております。

単純に言うと僕らがやりたいのは、ものの移動によって生活者のWell-beingを実現したいということ。それもコミュニケーションをキーワードとして、Well-beingを実現したいです。

届けたいWell-Beingについての資料。(画像提供:デンソー)

ものの本質を今こそ見つめ直すとき

羽田さんそこで「コミュニケーションがあるマイクロ物流」を考えてみました。すべてを新しく生み出すゼロイチではなくて、今の物流もあった上で、新しいジャンルの移動をつくりたいと考えています。

情報通信は非常に素早くて大量にやりとりできる一方で、ものの移動って重力があって、重たい・大きい・かさばるなど、なかなか遅いんですよね。でも、だからこそ情報通信ではできないコミュニケーションを実現できるのではないかと考えています。

コトづくりってけっこう難しくて、ものをつくってコトをつくったほうが、実は楽だと思います。ものをつくる環境や道具は揃ってきているように見えて、でも実は本当のものづくりはとても苦労するし難しいから多くの人はそれを放棄して、コトでつくりに逃げていっている側面も否定できないなと。

人間が道具やものの進化というか変化と合わせて同じように進化や変化していったように、ものの本質というところを今こそ見つめ直すときではないかなと思っています。それは製造業の「デンソー」というところを抜きにして、生活者一人ひとりが今一度ものの本質を見るべきじゃないかなと考えています。

あとは、時間的・空間的にものの見え方が違ってくるのは、移動の本質かなと思っています。私たちは仕事や生活に合わせて移動の時間が決まっていたり、予算と合わせて移動の方向を決めたりしますが、何も目的がなく移動する贅沢なものがあれば、きっと人は「風景をこう見たい」「こういう時間を味わいたい」という理由で移動体を選ぶようになるでしょう。

新しいジャンルの物流について、今各社が取り組んでいます。例えば、有名なところですと「ヤマトホールディングス株式会社」さんの「ロボネコヤマト(https://www.roboneko-yamato.com/)」ですね。受け取りたいときに受け取りたい場所で、車に乗ったロッカーからものを受けとることができるサービスです。藤沢市内の一部の地域で2017年4月から実証実験をしています。スマホを使って「ここで受け取りたい」と10分単位で選べるそうです。

ロボットベンチャーの「株式会社ZMP」さんでは、台車型の移動体を活用して宅配ボックスを載せ、さらに移動体に載ってマンションまで行き、マンションの中を自動走行して各家庭に必要なものを届けるサービスに取り組んでいます。また、歩道で注文して受け取るようなショップフードデリバリーサービスのアプリも出てきています。

我々はリアルにお見せできるものはまだできていないんですけど、世界観を示すアニメーションを作成したので、最後にそれを見ていただければと思います。ありがとうございました。

動画はこちら>https://www.youtube.com/watch?v=Ilr6w3XWF6w&t=1s

いいコミュニティとは「メリットが得られる」と感じられるもの

西村ここから「コミュニケーションがあるマイクロ物流」を考えていきたいと思います。まちでは、いろんなものが移動をしています。例えば、スーツケースは人が動かしていて、(意図的に)動かさなくても自動的に移動するようなものが町にあふれています。

その町にあふれているものといいコミュニケーションがとれると、Well-beingな暮らしに近付けるし、それが嫌なものだとすごく殺伐とした暮らしになってしまう。Well-beingのほうがいいんじゃないかなっていうときに、どうすればいいんでしょう。まずは坂倉先生に、ご近所付き合いにおけるコミュニケーションについて伺いたいと思います。

坂倉さん近所付き合いって、当たり前ですけどいろんな進路の関わり方が輻輳してなっているものだと思うんですね。ベーシックなところでは「顔を見たことがある」「挨拶ぐらいする」「名前を知っている」といったところでしょうし、「個人的に付き合いがある」「職業を知っている」といったこともあるでしょうし、地域の役割、町内会やお店に買いに行く関係性などもあります。

精神的なところでいうと、一緒の町に暮らしているとか、よく見かけるとか、何となく気にかけるもの、間柄のような、そういうベーシックなものがあるか全くないかで、だいぶ暮らし心地の質感って変わってくると思うんですね。

もうちょっと機能的なレベルでいうと、現代的ないいコミュニケーションがあるかないかって何で判断されるかっていうと、「既にある地域内の資源が必要としている人にちゃんと届くネットワークがあるかどうか」。例えば、明日から急に2週間海外出張へ行くことになり、大きなスーツケースが必要になったとき。

冷静に考えると大きなスーツケースって町内で絶対1個以上はあるじゃないですか。そしてそのスーツケースが明日から2週間使われない確率も相当高いと思うんですね。それを貸してもらえれば、よそからお金を出して資源を投入しなくても課題が解決し、2週間後に戻ってきて返すと「ありがとう」って言ってお土産を渡したり土産話をしたりしますよね。そうすると相手は悪い気がしない可能性が非常に高いですよね。価値が出て「使ってくれてよかった」と。

そうすると、これまで外から買ってきてつくらないと幸せになれないみたいな価値観じゃないものって、よく考えると結構あると思うんです。いろんなものをちゃんと流通させるために、まずネットワークと量が必要だし、自分がそこに「誰かのために協力したい」と思える関係で多くの人が参入してないと、借りるだけで貸さない人が出たりして成り立たない。

いいコミュニティ、いい関係性とは、みんなが「そこに参加するといつか私もメリットが得られる」と感じられるもの。そういうものを増やしていける環境が大事なのかなと思いますね。

「芝の家」での落語会の様子。(画像提供:坂倉杏介)

西村それを何とかエンジニアリングできないでしょうか、片上先生。いい方向に持っていこうとすることって、そこまでエンジニアリングできるのでしょうか。

片上さんこれは物流の擬人化かなと思いまして。最近は、エレベーター、冷蔵庫、お風呂を沸かす機械、スマホからも声が出るようになりました。どういうふうに話しかけると人間は心地よいかって、結構難しい問題なんです。

僕が研究合宿で田舎に行ったとき、ずっと議論を聞いていてけっこう疲れていたんですね。疲れていて自販機で飲みものを買ったら、自販機に「お疲れさまでした」と言われたんですよ。普段はあまり気にしないんですけど、そのとき少し心が洗われてちょっと元気が出たんです。

そのとき、人間は単純だな、自分も単純だなと思ったんですね。そういう積み重ねがうまく設計できると、もしかしたら人間間のコミュニケーションもうまくいくかもしれません。人と人の間の物流を擬人化することによってその距離が縮まるっていうんですかね。

今板倉先生から、スーツケースを返してもらったときにお土産と土産話っていう話がありましたけど、そこでコミュニケーションが生まれて関係性がちょっと変わるって話と近いと思うんですけど、物流によって一人ひとりがある個人に何かを送ることで一つずつの距離が縮まるんだったら、世界が変わるんじゃないかな。ちょっとおもしろいなと思いました。設計次第かなと。

心に訴えるような物流が未来を変える

西村ものにその雰囲気づくりみたいなものを代行してもらうときに気を付けないといけないことって何かあるんですか。例えば猫だったら、猫を置いておくと雰囲気がよくなるという意味でも、形さえ置いておけばいいというわけではないですよね。

片上さん哲学者のダニエル・デネットさんは、「人間が対象物を見るとき、三つのスタンス、心的姿勢がある」と説いています。一つ目が物理スタンス、二つ目が設計スタンス、三つ目が意図スタンスです。要するに、対象物をどういう目で見るかということですよね。

物理スタンスとは、何かものが落ちたりすると、それは物理法則に従って動いていると思うことです。設計スタンスとは、目覚まし時計が鳴ったときにそれをどう思うか。時計が私を起こそうと思ってくれたというような意図があるとは思わなくて、それはそのように設計されたと考えるのが自然です。

意図スタンスとは、例えばロボットが動いたとき、一般の人からすると、何かロボットが意図を持って動いているように見える。擬人化されているので、擬人的な対応をしがちだと。意図スタンスとは志向姿勢で、猫の例の場合、その形だけではなく、この意図スタンスをどうやって持たせるか。そこをうまく設計してあげることが大事になるのだと思います。

大和田茂さんは著書『萌え家電 家電が家族になる日』のなかで「スペック重視の時代は終わった。ユーザーの心に訴える家電が未来を変える」と書いているんですね。物流も同じではないでしょうか。効率だけを求める時代はもう終わって、ユーザーの心に訴えるような物流が未来を変えるんじゃないかなと。その辺をどのように設計するかは、難しくて楽しい課題だと思っています。

西村浅子さん、ご自分が設計された空間以外のところもいろいろ見て回るっていう話を伺って、その中で雰囲気がいい空間と悪い空間の違いって何なんだと思われますか? 建築というよりももっと感覚の話で、デザインを表現するときにいい雰囲気って何なんだろう、これを知りたくって。

浅子さん答えはとても簡単で、しかもすごくつまらないんですが、僕は、「そこに人がいるかどうか」だと思います。ショッピングモールを研究しているパコ・アンダーヒルは『なぜ人はショッピングモールが大好きなのか』という本のなかで、ボーリング場、スケート場、映画館、最近だとシネコンとショッピングモールのメインのコンテンツは時代によって変化してきたけれど、究極的にはショッピングモールのメインコンテンツは人なんだと結論づけています。

要は、人は人で賑わっているところに行きたいんだと。この結論はつまらないといえばつまらないんだけど、とても強いですよね。どれだけすばらしいデザインのショッピングモールがあったとしても、そこに全く人がいないとすると、ほとんどの人は二度と行かないでしょう。

結局、絶対的な答えはなく、社会や時代の要請によってどんどん変わっていくものではないかと個人的に思います。そして、この結論は逆に考えれば、新しいこと、次のことを考えるモチベーションにもなる。

西村人っぽい雰囲気をつくる何かをショッピングモールに大量に仕込むと、それはありなんですか。

浅子さん実はそれに近いことはショッピングモールではすでに定番の手法になっています。例えば、吹き抜けの周囲に植物やベンチを設けたり、吹き抜け下のメインの通路には屋台を置いたり、イベントを行ったりなど、最も人が見る場所に何となく人がいるような雰囲気をつくるという形で、キャラクターのあるものや、植物を入れてまるで賑わっているかのように見せる手法は実際にガンガン投入されています。

西村同じ人がいる空間の中で、「こっちのほうが雰囲気がいい」みたいなものはあるんですか。

浅子さんそれは時代と共に変わるし、場所によっても違うと思うんですよ。銀座で求められているものと、中野で求められているものと、渋谷で求められているものは違う。そもそも歩いている人が違うので、インテリアも変えなきゃいけない。

また、例えば子どもが「快適で雰囲気がいい」と思う場所と、大人が「雰囲気がいい」と思う場所は違いますよね。さらに同世代であっても人によって雰囲気のいい・悪いの感じ方は違う。だから絶対的な答えはないと思います。

西村いい雰囲気って、個人で感じるものなのか、集団的にみんながある程度いいと思っていることが雰囲気のよさを醸し出していくのか、どっちなのでしょう。

浅子さん基本的には後者だと思いますね。基本的にそこに集まった人たちが醸し出す雰囲気が大きいと思います。だから、一度代官山にいる人と秋葉原にいる人をある瞬間入れ替えたらどうなるか実験してみたいと思っています(笑)。

冗談はともかく、もちろん、どれだけそこにいる人たちがいい雰囲気だと思っていても、それこそを嫌だと思う人ももちろんいて、個人的な感覚からも逃れられないですね。

「自分が社会をつくるほうの立場なんだ」と気づく

西村坂倉さん、「このまちをよくしたい」というとき、ご近所付き合いみたいな方向にどうやって変えていけるのでしょうか、そのポイントを知りたくて。

坂倉さん結構それって大変で、非日常の何かをつくるのではなくて、日常に介入していかないといけないですよね。「芝の家」にはが40人弱くらいの人が毎日来ていますが、それは近所に住んでいる人や関わっている人たちの日常の行動が変わってきているってことなんですよね。

人の交差点みたいになっていて、ちょっと前の日本の商店街や郊外のショッピングモールはそうだったし、滞留している場所っていうのがあったんだろうと思うんですね。それが、ちょっと立ち寄るとか「(予定が)何もないから行ってみよう」とか、行動が変わっている。関わる人の振る舞いが変わるだけで起こることが変わって、雰囲気も当然変わる。

「芝の家」がすごいわけではなくて、人は本能的に共に暮らしている人たちとは助け合うようにできているんですね。困っている人がいたら本当は助けてあげたいし、自分は役に立ちたい。でも、それを発揮できるような社会デザインになっていないのが問題なのかなと思うんです。

自分が誰かに何かしてあげるとか、「自分が社会をつくるほうの立場なんだ」と気づく人が増えていくサイクルをどうつくっていけるのかがとても大事。ちょっと時間がかかると思うんですけど、ちゃんとやっていればだんだん雰囲気が変わってくると思います。

浅子さん僕は基本的に二重戦略でいくしかないと思っています。坂倉さんの話は人がセットになっているところが重要だと思う。簡単にシステムだけを持ってきて他でも真似できるかというと、そうではない気がする。

地域の話になるといい話に終始してしまうので、あえて嫌な言い方をすると、目の前にいる人が困っていたら助けたくなるという感覚をうまく利用すべきだと思うんですよ。目の前にいる人を自然に相互に助け合う状態を設計する。

西村さんと結論は同じですなんが、あえてこういう言い方をするのは、その一方で大量の人々、要は目の前にいない人々とうまくやっていくための社会をどのようにしてデザインすべきかということを考えるのに重要だからなんです。そして、その場合には消費者を設計に利用すべきだと思う。

消費者ってこういうセッションだと悪者のような存在になることが多いですよね。その感覚も分かります。なぜなら、消費者は飽きやすいし、結果多くのお店は数年で潰れていく。だから、究極的にはその地域の担い手になれないという感覚があるんだと思う。

だけどこれも悪く考えるのではなくポジティブに考えれば、人々に好まれない店は潰れ、人々に好まれる店は残るという形で、いわば、人々の投票によって店が入れ替わり続けているとも言える。目の前にいる人と、見えないが大量に存在する消費者たち。この両者を同時に考えることが重要なんだと思います。

片上さん先ほどよくしゃべる機械が増えてきたと言いましたけど、しゃべり方で雰囲気が変わらないかなと思っていて。機械の話し方は基本的にものすごく丁寧なんですよね。どのシステムも敬語でしゃべります。

社会言語学に「ポライトネス理論」というものがありまして、ほかの人と積極的に仲良くなろうとする姿勢を「ポジティブポライトネス」、一線を保って同じ関係を維持しようとする姿勢を「ネガティブポライトネス」と言うらしいんです。「ポジティブポライトネス」はくだけたしゃべり方で仲良くなっちゃうところはあると思います。

ただ、今のしゃべる知的システムはそういうところがないので、そこを変えられないかなと思っています。そこで、女性のキャラクターに攻撃的な冗談を言わせると聞く方はどう思うかという実験をやってみたんですけど、おもしろい結果が出ました。まだ実験途中で被験者が足りないんですけど、男性は比較的受け入れるんです。例えば「今日はあなた顔色がさえませんね。私には関係ないけど」みたいな話をするんですけど、評価が高いんですよ(笑) 。ところが、女性はものすごくそれに対して厳しい。丁寧なほうが好きなんですね。

知的システムがグイグイ中に入っていこうとするような姿勢で雰囲気をちょっと変えられないかなと。擬人化するというか擬人性を持たせるならば、その辺をうまく変えていけないかなと思っています。

西村よくそれを実験しようと思いますよね(笑)。

浅子さん結局どんなものでもキャラクターとして接しているんだと思うんですよね。先ほどお話しした『思想地図β』は、東浩紀さんが編集長だったのですが、東さんの話で特に印象に残っているのは、「キャラクターは人間より上位の概念だ」という話です。人間の下でも同列でもなくキャラクターという上位概念のなかに人間がいる、と。人々がどう行動するか、その行動を見て何を思うかみたいなことを考えるとき、キャラクターはとても大事なんじゃないかという気がしますね。

羽田さんキャラクターという言葉はいいですね。お三方や西村さんを含め、どの大学の教授で、どういう仕事をやっているかじゃなくて、その名前がもう仕事をしていると。これもキャラクターそのものだなと思いました。

どう進めるかにも、基本に忠実で謙虚に進めないといけないなと思いました。基本的なことを守りながら、そこからどう逃げていくかっていうところが非常に重要で、奇をてらっていくのもダメだし、その辺りが逆に難しいので、模索していきたいなと思いました。

西村登壇していただいた皆さま、ありがとうございました。

小久保よしの 編集者
フリーランス編集者・ライター。編集プロダクションを経て2003年よりフリーランス。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。 当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などの取材で全国を駆け回り、東京と地方の行き来のなかで見えてくる日本の「今」を切り取っている。「各地で奮闘されている方の良き翻訳者・伝え手」になりたいです。