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人工冬眠技術で、助かる命を増やしたい。理化学研究所生命機能科学研究センター研究員・砂川玄志郎さん【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

ROOM

ミラツクでは、2020年7月より、未来をつくるための「場」を提供するオンラインメンバーシップ「ROOM」を開始しました。

インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。「ROOM」では、記事と連動してインタビュイーの方をゲストにお招きするオンラインセッションを毎回開催していきます。

ROOMオンラインセッション「ROOM on Zoom」
11月19日(木)18:30-20:30 at Zoom
ゲスト:理化学研究所生命機能科学研究センター研究員 砂川玄志郎さん
詳細:http://emerging-future.org/news/2317/

第五回は、人工冬眠技術で人間が冬眠することを可能にし、生命維持の選択肢を増やそうとしている理化学研究所生命機能科学研究センター研究員の砂川玄志郎さん。

国立成育医療センターで小児科医として小児集中治療に携わっていた砂川さんは、目の前で失われていく命に対し「どうにか今をしのぐ方法を生み出して、助かる命を増やせないか」と考え、冬眠研究に着目します。

その後いくつもの偶然の出会いが重なり、冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見に至った砂川さんが見ている未来像とは。

砂川さんが現在の研究・開発に至った経緯、冬眠研究のこれまでと今、人工冬眠が可能になると訪れる未来について伺いました。

(構成・執筆:代 麻理子)

砂川玄志郎(すながわ・げんしろう)
国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム 上級研究員 兼 網膜再生医療研究開発プロジェクト 上級研究員/小児科医
福岡県生まれ。2001年より小児科医として救急医療・麻酔・集中治療に従事。京都大学大学院医学研究科にて博士(医学)取得。大阪赤十字病院、国立成育医療センターで医師として勤務。2006年から「なぜ動物が眠るのか」という問いに答えるため、生理学・遺伝学・情報工学を組み合わせて個体レベルのシステム生物学を実践。2015年から理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクトでマウスを用いた冬眠研究を開始。現在、冬眠の臨床応用を目指して研究中。

「冬眠をするキツネザル」がいるなら、人間も冬眠ができるかもしれない

西村それではまず、砂川さんがどんなことを行なっているのかと、なぜそれをするに至ったのかについて教えてもらえますか?

砂川僕は主に冬眠動物の研究をやっており、メインテーマは「どうやって人を冬眠させるか」です。「人を冬眠させる」と聞くと、異次元の話のように感じるかもしれませんが、わりと真面目にそのことについて考えています。

後で詳しく話しますが、現在はマウスという冬眠しない動物を「冬眠に近い状態にする」というところまではきています。これを人間で可能にするにはいくつかのステップやハードルがあるのですが、組織レベルの細胞や臓器の冬眠は10年以内に実用化できると考えています。

西村そもそも、砂川さんはなぜ「冬眠」に着目したんでしょうか?

砂川少し遡ってお話しすると、僕は5人兄弟の一番上として生まれ育ったんですね。下に4人の弟や妹がいたので子どもの扱いに慣れていましたし、「働くなら子どもたちの役に立つ仕事がしたい」と、どこか使命感にも似た思いを抱いていました。

高校生の頃はかなり本格的な子ども向けのゲームをプログラミングしていたので、情報工学系の学部に進学しようと思っていたんですが、父に止められたんです。「すでに学校では習得しないことまでできているのだから、別の道を選びなさい」と。

「子どもの役に立つようなことがやりたい」と言うと、父から「たとえば医療なんていいんじゃないか」と提案されたんですね。父は医者ですが、臨床よりも研究に軸足を置いていました。僕自身は研究医療にはあまり興味がなかったんですが、小児科という選択肢もあるし、医学部に進学してみようかと思うようになりました。

でも、国家試験の勉強を始める時期に「このまま医者になっても、助けられる子どもの数なんて限られている」と急に思ってしまったんですね。それで両親に「医学部を辞めて政治家になります」と相談したことがありました。

そのときにまた父に説得されてですね。「せっかくここまで来たのだから、まずは医学部を出ようか」と言われて。

西村あはは、お父さん冷静ですね(笑)。

砂川すごく(笑)。結局、父の作戦にハマりそのまま医学部に残ったんですが、医学部が6年終わって卒業すると、もういきなり病院研修です。目の前に患者さんがいると、やっぱりやる気がみなぎって、もりもり働きたくなるんですよね。

政治家なんてどこかに飛んでしまって、そこから5年間ガッツリと臨床をしていました。もしあのとき何かが違っていたら、僕は今頃どこかの政治家の秘書とかをやっているかもしれません(笑)。その間、一般小児科だけでなく、小児科の中でも重症の子を診る、救急・集中治療科にいました。

最後の2年間は、国立成育医療センターという子ども専門の病院で研修していたんですが、そこで亡くなってしまう子どもを数多く目にし、子どもでも助からないときは助からないんだと身をもって経験しました。

そんな際に、2004年に発表された「冬眠をするキツネザル」の論文を見てしまった。2005年のことです。論文には、マダガスカル島に冬眠をするサル(フトオコビトキツネザル)が発見されたことや、冬眠中のサルの体温が20度代まで下がっている旨が書かれていました。

ご存知の通りサルは人間同様、霊長類です。救急医療に携わる医師からすると、20度台の体温は死を意味します。それなのに、そのサルは冬眠後、普通に復活すると書かれていて、詳しく読んでみると体温だけじゃなく代謝も大幅に落ちていることがわかりました。

従来は代謝が大幅に落ちると生命に危機が及ぶと考えられていたんですね。低代謝状態でも生命の維持ができるのであれば、病気そのものの進行を遅らせることが可能です。

また、搬送中に病院と同じレベルの酸素供給をするのは困難であるという課題もあって、重篤な患者は病院までの搬送時間によって生命の維持が可能かどうかが左右されるという問題を抱えています。

冬眠中の動物は生命活動に必要な酸素需要が著しく低下しており、天然の省エネ状態に入っています。つまり、冬眠級の低代謝状態を人間が実現できれば、たとえ特別な酸素供給ができなくても生命活動を維持できる可能性がある。虚血性心疾患、脳卒中、呼吸障害をはじめ、酸素の供給が組織の需要を下回るために起こる、致命的な病態は数多くあります。

人工的な冬眠状態への誘導によって、現在の搬送医療が抱える問題を解決できる可能性があるとともに、重症期を乗り越える新たな糸口になるかもしれないと思い、そこから僕は大学院に進み、冬眠に関する研究を始めました。

人工冬眠によって「しのぐ方法」を生み出し、助かる命を増やしたい

西村その冬眠の論文を見たときに、砂川さんが「自分がこれをなんとかしなければならない」と感じたのはなぜだったんでしょうか?

砂川あまり知られていませんが、心筋梗塞や糖尿病など、子どもにもおおよそ大人と同じような病気が存在します。大人と異なるのは、子どもの場合は「待てば治る病気」があるということです。子どもはまだ成長過程なので、大人よりも耐えられる重症度が高い。

つまり、大人だったら亡くなってしまうような状態なのに、子どもだと粘りに粘って助かるケースもままあるんですね。そうした中で「今この時期を、どんな手段を使ってでもいいから切り抜けられれば、あとは子どもたちが自然に治っていく」という思いが僕の中に芽生えました。これは多分、僕だけではなく、小児の重症医療に携わる医師たちには共通して持っている意識だと思います。

というのも、小児集中医療に携わる医師に冬眠の話をすると、みなが「それはたしかに」と食いついてきます。まだ人工冬眠が実現できているわけではないのに、それが可能になると助かる子どもが増えることが目に浮かぶんだと思います。

西村今の医療には「粘る方法」があまりないということですよね。人工心肺や輸血などによって、少しは粘れるかもしれないけど、そのまま粘り続ける技術はまだまだ少ない。本当は治す方法じゃなくて、粘る方法がもっとあるといい。

砂川今回の新型コロナウイルス感染症にしてもそうですよね。みなさんも耳にしたことがあるかもしれませんが、新型コロナウイルスでは「サイトカインストーム(細胞から分泌されるタンパク質サイトカインが、制御不能となって放出され続ける現象)」をしのげれば、あとはその人が持っている免疫でウイルスに打ち勝つことができるんです。

それをしのぐために、人工心肺エクモを使用するんですが、それでもしのぎきれないくらいに急に容態が悪くなってしまうので、人工冬眠はコロナなどにもめちゃくちゃ有効だと思うんですね。

他にも、西村さんが言ったように積極的に介入して治療できない病気、つまり「待てば治る病気」には、冬眠は非常に有効だと思っています。

西村僕は潰瘍性大腸炎なので、特効薬もなく、まさに粘るしかないタイプの慢性疾患を抱えているんですね。症状が悪いときは、病院のベッドの上で寝ているだけみたいな状態になる。少しは効く可能性もあるから、一応ステロイドの点滴などはするものの、それって「治す」というよりも「粘ろう」という話なんですね。

砂川はい。一番重症なときをそっとやり過ごす、みたいな感じですよね。

西村そうそう。本当に危なかったときは輸血もしていたんですが、とにかくそうやって粘る。病気には治せる病気もあれば、頑張るしかない病気もあります。子どもはさらに回復力がすごく高いから、治す特効薬もいいんだけれど、粘れればなんとかなることも結構ある。普通に暮らしていると意外とそういうことに気づきづらいですよね。たぶん多くの人が治してもらえると思っているから。

砂川それは“小児科あるある”かもしれませんね。これは誤解を招く発言かもしれませんが、小児科の病気って、実は9割は放置でもいいんですよね。放っておいてもだいたい治る。ただ、残り1割の放っておいたらヤバいやつを見過ごさずに治療をすることが大事だと思うんです。

西村そうですよね。実は医療もそんなに万能ではないというか、抑えることはできても治せないとか、自分で頑張ってもらうしかないというケースは結構ありますよね。でもサポートはできるし、適切に粘る方法はある。そうはいっても普通は「人工冬眠」を発想しないと思うんですね。

砂川いかないですか? 僕からするとめちゃくちゃ自然です。もう最適解としか言いようがないと思うけど。

西村そこのロジックの階段がきちんと積まれているのが砂川さんの特徴だなと思います。

砂川僕が冬眠がいいなと思うもうひとつの理由は、自然界ではそれができることが証明されていることです。もう既に地球が何十億年もかけてそういうものをつくってくれているのがありがたい。

たとえば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究は、ないものをつくっているのですが、僕らがやっている人工冬眠の研究は、ないものをつくっているわけではないんですね。先輩の動物たちがつくり上げたものを「ちょっとすみません」と言って借りてきて、それを人に転用しようとしているだけなので、全然楽だし、そこに答えがあるし、絶対できると思っています。

西村以前インタビューさせていただいた際にも感じたんですが、砂川さんの考え方は条件AとBとCがあればどう考えても「解はこれでしょ」という発想じゃないですか。サルが冬眠する、大きくても冬眠する、寒くなくても冬眠する。それを3つつなげれば、人間だってもしかしたらハマるかもしれない、という仮説ですよね。

順番としては「まずはここを潰そうか」という視点から、冬眠しない哺乳類が冬眠するかどうかをやってみている。そこがハマるとひとつのピースが裏返るので、もしかしたら次のピースがハマれば人間もいけるかもしれないみたいに。詰将棋のようなやり方をしている人って意外といないと思います。

砂川僕自身は科学者の王道をいっているつもりなんですが……。ただ、科学者といっても目的ありきの研究をしているんですよね。だから、もしかしたら開発者と言ったほうがいいのかもしれない。

西村たしかに。

砂川呼び名なんて別にどっちでもいいと思うんですが、やっていることは結局科学だし、僕は理研にいる他の研究者と比べても目的がめちゃくちゃハッキリあって、それが退屈なぐらいブレていないです、この十何年間。前のラボで睡眠研究をやっていた際も、いずれは冬眠というふうに思っていたし、そこはすごく大きな特徴かもしれませんね。ゴールは遠いけども、ブレていない。

人間も冬眠ができると考える5つの理由

西村少し読者のみなさんに、なぜ冬眠ができると思ったのかについて説明してもらってもいいですか?

砂川はい。主な理由は5つあります。1つめは先程お話ししたキツネザルの論文です。サルの仲間でも冬眠できる動物が既に存在するということですね。2つめは、冬眠動物にはハムスターやリスなど、小型の動物が多いんですね。キツネザルも300gぐらいしかない。

写真:iStock

冬眠動物と言われている熊の仲間は80〜100kgくらいありますが、彼らは体温が33度くらいまでしか落ちないので、以前は「あんなのは冬眠じゃない」と言う研究者もいました。でも最近になって、細胞レベルの代謝などを見ると、ハムスターやリスと同じ冬眠だということがわかってきました。

つまり、大きくても冬眠はできるということが判明した。人間も動物の世界では大きいほうですが、大きい動物でも冬眠ができるという事実は人工冬眠を実現する大きな一歩だと思います。

3つめは、人間にもたまに雪山で遭難して助かる人がいることです。一人だけじゃなく、世界に何例も「この人は冬眠していたと想定しなければ助かっていないはずだ」というケースが見られるんですね。そういう事例を見ると、冬眠できる人間がいてもおかしくはない、という仮説が強まります。

4つめは「進化」というか、生物は世代を経るにつれて、遺伝子が少しずつ変わっていきますよね。その中で、過去は冬眠できていたけれど、今はできない人間が大半になっているだけであって、ほんのちょっと何かかを注いだらみんなできるんじゃないかといった思い。

5つめは、人間だけではなく地球上の哺乳類すべてが「最後の氷河期」と言われている約1万5千年前の時代を生存したという事実です。哺乳類であることは変わらないはずなので、氷に閉ざされた世界を生き抜くことができたということは、冬眠能がすべての哺乳類にあったとしてもおかしくはないかなと。今この生ぬるい間氷期で冬眠する能力を失ってはいるけれども、実はほとんどの哺乳類で冬眠は可能なんじゃないかと思う根拠はその辺にあります。

西村なるほど。前提として、冬眠はそのメカニズム自体、まだわかっていないことが多いんですよね。既に世に出ている冬眠の研究は、観察的な研究が多い。冬眠自体のメカニズムの研究であって、冬眠の仕方の研究ではないものがほとんどですよね。冬眠研究の今までと、砂川さんがやっている研究との違いを教えていただけますか?

砂川冬眠自体が学術的に研究された論文が残っているのは1800年代後半から1900年にかけてです。先ほど西村さんがおっしゃったように、何度くらいまで体温が落ちた、どれくらいで復活した、あるいは冬眠した場所といったような観察研究が長らく続きます。1950年代から、小型のセンサーを入れて体温をモニターすることが可能になりました。脳に薬を投与したり、体温だけでなく心拍数や心臓の脈を測りながら周りの温度を変えてみたりといった実験が徐々に行われるようになりました。

その後、1980〜1990年にかけて、生物学ではゲノム研究が盛んになりました。それによって遺伝子が一気に読まれるようになり、特定の遺伝子が何の役目なのかが少しずつわかるようになった。それに合わせて、遺伝子改変技術が進むんですね。1990年以降に特に顕著になりました。そのときに主役になる動物がマウス(ハツカネズミ)です。

なぜかというと、マウスは簡単に遺伝子を変えることができて、繁殖力も高いから、ある遺伝子をこうしたらどうなるのか、何年か待てば実験結果が見えてくる。でも残念ながら、マウスは冬眠しないんです。

なので、冬眠動物では分子生物学と言われる遺伝子改変技術をほとんど投入できずに今に至っています。特定の遺伝子を変えたり、特定の神経をいじったら冬眠状態がおきた、といったようなことはまだ起きていないんですね。極端なことを言うと、冬眠研究は1950年代の少し細かく観察できるようになった時代から、今まであまり変わっていません

とはいえ、90年代以後ゲノムの時代が訪れて、ノックアウトマウス(遺伝子操作によりひとつ以上の遺伝子を無効化させたマウス)がつくれるようになった。冬眠する野生動物を入手することは難しいので、この実験用マウスでまずはやってみようと。それにマウスは、冬眠に似た状態で数時間ほとんど動かなくなる「日内休眠」をすることも知られていて。僕らは実験を繰り返して、24時間の食事制限と、室温などの条件が揃えば「日内休眠」になることを見つけました。

そして僕らはそしてさらに、低体温・低代謝の冬眠様状態を誘導する神経回路(Q神経:Quiescence-inducing neuronsの略。休眠誘導神経。砂川さんらのチームが名付けた)を発見して、「冬眠するマウス」をつくりました。最新のツールや技術を駆使して、ようやく冬眠研究が始まりつつあるというのが現状です。

一方で、冬眠の原理みたいなものは、まだ解明されていない部分も多い。これからの過程でわかってくるかもしれませんが、マウスは冬眠動物ではないからわからないかもしれなくて、その辺はまだまだです。とはいえ、今までよりも圧倒的に打ち手が増えたのは間違いないと思います。

“マウスの冬眠”は偶然の発見だった

西村ありがとうございます。今回砂川さんが行なった、これからの冬眠研究を前進させる可能性を秘めているマウスの冬眠について、詳しく教えていただけますか?

砂川そうですね。まずQ神経の発見の経緯をご説明していきますね。

Q神経についての論文の著者の一人である、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武先生は睡眠や覚醒の研究の第一人者です。既に睡眠薬として薬にもなったオレキシンという小分子を発見されていて。オレキシンは、世界で初めて見つかった睡眠だけに関係するペプチド(アミノ酸がペプチド結合したもの)なんですね。櫻井先生は大学院生の頃にそれを発見していて、総合学術ジャーナル『ネイチャー』にも論文が載っています。

西村天才ですね。

櫻井武先生と砂川さん

砂川はい。ちなみに、その論文のラストオーサー(最終著者)が柳沢正史先生です。彼は、櫻井さんが在籍する研究所の所長なんですが、大変有名な方です。柳沢さんもエンドセリンという分子を発見した方で、お二人はノーベル賞の候補となるくらいのすごい方々です。

その櫻井先生が、彼の独特の嗅覚だと思うんですが、神経ペプチドであるQRFPという分子をずっと調べておられたんですね。まだ機能がわかっていない頃から。わかっていたのは、QRFPを脳内に入れると体温が上がったり、あるいはマウスがちょっと興奮して走り回ったりするような、アガる系の分子だということ。世界的にもまだほとんど報告のない分子なので、面白い結果がわかったと。それも櫻井先生たちが調べたんですが。

次の段階として、QRFPが含まれている神経を前のほう、後ろのほうと部分を変えて刺激を加えた。脳は部分部分によって機能が異なるため、全身投与だとどの部分がどう作用したということがわからないので、そういう回りくどいやり方をするんですね。すると、QRFPを投与したときと同じように走り回ったり、体温が上がったりなどの結果を期待していたら、アガる系とはちょうど逆の結果が生じた。つまり、テンション低めというか、体も小さく体温も低めで、じっとして動かなくなってしまったんです。

最初は、実験を行なった学生が失敗したんじゃないかと疑ったそうです。「なんで動かないんだろう」と、何人かの学生が同じように試すと、高橋徹さんという方がそのマウスが冷えていることに気づくんですね。何度やってもそうなるので、「これはもしかしたら冬眠かもしれない」と、その時点で櫻井先生から僕に連絡が来たんです。

休眠状態のマウス

それが2017年12月半ばのことでした。その年末は櫻井先生とその話ばかりしていました。ただ、話をしていくにつれて冬眠とも少し違う感じもしたんですね。体温と代謝をモニターできる機械があるので、そのマウスを導入していろいろと調べていたんです。

少し専門的な話になってしまいますが、正常状態では哺乳類の目標設定温度(セットポイント: 動物が目指している体温)は約37度に設定されています。だから、通常の哺乳類はなかなか体温が落ちないんですね。ところが、このQ神経を興奮させるとセットポイントが30度を切るぐらいまで落ちる。哺乳類が持っている目標設定温度を、冬眠以外で落とした例は今までにありません。ただ、論文を読んでいただいたらわかるのですが、実はここにはロジックが全くない。

西村偶然の発見だったんですね。

砂川本当に偶然です。でも、偶然を見逃さなかっことが大事だと思うので、さらに調べていこうとしている段階です。

西村櫻井先生たちも睡眠領域を探求されていたことが偶然を呼んでいますよね。まったく違う領域の先生だったら、もうそこで終わっていたかもしれないけど、睡眠領域だから砂川さんとつながっていて、冬眠かも……という話になった。

砂川そうですね。見落としていたら、と思うと恐ろしいです。

どうすれば人間が冬眠できるようになるのか

西村ここでまた二つ伺いたいことがあるんですが、ひとつは今回マウスで成功しましたが、人で成功させるまでの今後の展望。マウスからいきなり人間にはいけないと思うので、間にどういうステップがあればいいのかを教えてもらえますか? もうひとつは、どれくらい難しいのか。確率や技術的な困難さについて教えてください。

砂川わかりました。ではまずひとつめの、人に移行する前にどういうステップが必要か。これには大きくふたつの流れがあります。まずQIH(Q neuron induced hypometabolism。Q神経を刺激することにより生じる低代謝)が人間でもワークする場合。

人間のQ神経を刺激したら人間も冬眠状態になるという場合は、大型の霊長類で同じことをやってみて、それで冬眠状態に誘導ができればもう次は人でテストするようになると思います。これがパス1です。

ただ、言葉で言うと10秒くらいですが、霊長類で実験するということ自体がまあまあ難しい。なぜなら、先ほど申し上げた通り、マウスは遺伝子改変ができるほぼ唯一の哺乳類です。人間で行うのは様々な理由で止められているので、現状で一番実験できるのは、哺乳類ではマウスなんですね。

今回、僕らが論文で使ったマウスも、そのへんにいるマウスではなくて、Q神経に特定の物質が出るように遺伝子を操作している、Q神経にマーカー(ちょっとした目印)が入ったマウスです。そうしたマーカーが入っているマウスはいるんですが、他の動物ではいないんです。冬眠動物でもいないし、猫でも犬でもいないし、当然霊長類や人でもいない。

ですので、Q神経にだけ特別な物質を出すという部分を、今後大々的に研究をしなければなりません。それが不可能ではないというのは様々なスタディでわかっているのですが、ある程度は時間がかかると思います。ただ、遺伝子治療の技術の発達により、どの遺伝子をどう変えたらいいかさえわかれば実用化できる段階まではきているので、そういう意味では対象がサルでも人でも難易度は同じです。

西村まず、マウス以外の動物で実際に今回と同じことが起こるためには、神経ペプチドQRFPがターゲティングされる状態に置き換えないといけないことと、次は投入してみて、本当に冬眠するのかを確認しなきゃいけないということですね。

砂川はい、QIHが人間に起きる場合にはそれでうまくいくと思います。一方で、QIHそのものが人だとできない場合も十分にありえます。今回はマウスのQ神経を刺激したら、たまたま体温が落ちましたが、それはある特定の神経の下流にそういう機能があったからできたわけで、人間だとない可能性もある。それはまだわかりません。その場合にはどうするのかというのがパターン2です。

僕は、こちらの方が可能性が高い気もしています。先ほどお伝えしたように冬眠状態の本質は、著しい低代謝です。すごく少ない酸素でも死なないという状態。死なないけれど、代わりに動かないし、おそらくは意識もないし、夢もみていないし、死んだも同然の状態なんですね。でも、死んでないというのが冬眠状態です。

QIHも冬眠中もそういう状態になっているだろうと思います。その際の細胞の状態をきちんと観察することによって、たとえ冬眠中でもQIHじゃなくても、異常な低代謝状態に持っていくことができれば、もう人工冬眠は完了するんですよ。

ここは冬眠研究をしている人と、人工冬眠をさせたい人との大きな違いですね。僕らが現時点でたどり着いているQIHを使って、末梢の様々な細胞まで調べて、その仕組みを知りたいと思っています。仕組みがわかれば、それを人間に組み込むことができると思うので、それがパス2です。

西村前者は、今回のマウスの取り組みを、そのまま横に展開してみようということですね。後者は、マウスが冬眠できたんだから、そこで起こっている現象を詳しく調べる、つまり冬眠と呼んでいるこの現象は一体何なのかを明らかにするということ。

砂川そうです。そのどちらもやりたいと思っています。

西村冬眠は体温や行動量などは観察研究からわかってきているものの、実際に細胞レベルで何が起こっているのかはよくわかっていない。なので、それを実験室の中でやることで、冬眠の解像度が高まる。それによって「この状態をつくればいいんだ」と、目的語が変換されるわけですね。この状態をつくるために別に方法があって、何かを投与してもいいし、ある環境でそうなるんだったらその環境をつくれでばいいし、といったやり方で見つけていこうと。

砂川その通りです。

西村数学の問題と一緒ですよね、どちらを固定化するかという。

砂川はい。実用化を考えると、いずれもやると思います。先に手をつけるのはどちらかという話であって。ちなみに、今お伝えしたパス1とパス2で、パス1はQIHをそのまま他の動物に。パス2は原理を理解して人に実装、と考えているんですが、パス2をやるにしても、実はマウスよりも冬眠動物を調べた方がなおいいんですよ。冬眠動物の方がもっと代謝が落ちるので。なので、ハイブリッドバージョンとして今、冬眠動物でQIHを起こそうとしています

西村なるほどなるほど。そもそも冬眠する動物ですね。

砂川もともと冬眠する動物をいつでも好きなときに冬眠できるようにさせられたら最強なんですよ。そこが第3の道というか、パス1.5です。それができるようになれば、パス2もより効率良く進みます。

西村冬眠する比較的手に入りやすい小さい動物を手元で冬眠させて実験すると。

砂川その背景には、冬眠動物が好きなときに冬眠できるわけではないという事情が大きく関係します。つまり、冬眠動物を入手しても冬眠のタイミングを何ヵ月間か待たないといけないから、なかなか実験にならない。しかも現在のバイオロジーの世界では、4年で4回しか実験できないといった状況なので、今回のように脳を刺激して、冬眠動物で冬眠が誘導できるようになったらこれはもう革命的なんです。

西村年に1回の実験が年に1,000回とかになりますもんね。

砂川そうなんです。実験室で冬眠ができるとなると、相当変わります。競争も激しくなると思いますが、それは望むところというか、分野が進むことが何よりなので。

西村ある意味、冬眠研究のプラットフォームをつくろうとしているんですね。

砂川そうですね、もうまさに。

人工冬眠領域をつくるために必要なこと

西村今のお話しと少し絡んでいるかもしれませんが、難しさについて教えてください。たとえば「マウスで僕もやってみたい」と思った人がいたとしたら、比較的取り掛かりやすいものなんでしょうか。

砂川神経科学をやっている人たちからすると、非常にとりかかりやすい実験モデルだと思います。というのは、先ほど言ったQ神経にマーカーが入ったマウスはもう存在していて、さらに僕らは、今それをパブリックの動物リソースセンターにも預けようとしているので、誰でも使えるようになります。

そのマウスを入手した上で、脳の中に細い針で特定のウイルスを打たなければならないので、脳科学をやっていない人からするとそこは結構大変かもしれません。ただ、脳科学を動物でやっている人にとってはもう日常茶飯事の技術なので、そんなに難しいわけではないです。

西村なるほど。何の研究をしようかと考えているポストドクターの研究者(大学院の博士課程を修了したあと、大学や研究機関で任期付きの職に就いている研究員)などは、もしかしたらできるかもしれませんね。

砂川はい、できると思います。今言った部分までは少し知識があれば誰でもできるんですが、冬眠をやろうとすると実験動物の体温を測ったり、代謝を測るということが必要です。そこがまあまあ大変ですね。そういった機材はどこでもあるわけではないですし、単純にお金が掛かるので、それはそうした機材が既にあるところでやるのがいいと思います。うちの研究チームは常時人を募集しているので、ぜひ来ていただけたら。

冬眠研究チームのメンバー

西村どんな領域の人に人工冬眠分野に入ってきて欲しいと思っていますか?

砂川バイオロジスト(分子生物学者)は常時不足していて、やりたい実験はいっぱいあるけどできていない状態ですので大歓迎です。少し未来視点で考えると、人工冬眠自体は可能になったとして、実際に人を冬眠させる際に常時、体をモニターして冬眠状態にキープするような筒みたいなものが必要になります。

西村必要ですよね。生きているかどうか一見してもわからないですから。

砂川そうなんです。常時モニタリングデバイス兼、冬眠の深さを測って、浅くなったらまた深くする自動麻酔装置的なデバイスが必ず必要になると思います。なので、そういう環境や生体のモニタリングをひっくるめて考えられるようなエンジニアが絶対に必要になると思っています。

それと、もう一段階いくとそのような装置ではなく、本人が自ら「今だ」と思ったときに冬眠できるようにしたいんです。僕はよく「念ずれば冬眠」と言っています。バカげていると思われるかもしれませんが、そこまでやると、僕が最初に言った医療の搬送や重症期を切り抜ける以上に様々なフェーズとシーンで人の命が救えるようになる可能性があります。たとえば、溺れそうになったらもう冬眠するだとか、車に跳ねられた瞬間にするとか。

人間を自分の意思の力で低代謝状態に入れるような体にしていくためには、バイオロジストの他、体の中に自分の意思に反応して薬を打つ、あるいは光を出すなどのデバイスをつくるマイクロマシンをつくれるようなエンジニアが必要になると思っています。

加えて、これは再生医療にも通ずることですが、社会に受け入れてもらうためには法律の整備や、冬眠した人の倫理が問題になります。僕は、冬眠状態は生でも死でもない第三の状態だと思っているんですね。ほとんど死んでいるだけど、死んではいない。なので、冬眠した人をこう扱ったらいいんじゃないか、あるいはこう扱ったらダメでしょ、といった一般社会に受け入れられるような倫理。そういった分野の専門家にもぜひ入ってきて欲しいと思います。

自分の研究テーマについてプレゼンをして「みなさん、今日の私の話を聞いて冬眠したいと思った人?」と聞くと、半分ぐらいの人が「嫌だ」と言うんですよね。その理由を聞くと、「子どもの成長が見たい」や「今が楽しいから」など。だけど、そういう人たちもいつかは人生を先送りしたいときや、ちょっと冬眠したいときが来るかもしれない。そういった際に、嫌だと言っていた人たちにも冬眠を選んでもらえるような制度側の整備も進めたいと思っています。つまり、制度の整備を進められるような領域の人にも入って欲しいなと。

グーテンベルグの活版印刷に見る、ものごとの広まり方

西村今のお話しを聞いて、ものごとが普及するときのパターンを考えていました。たとえば、グーテンベルクが印刷機を普及させましたよね。あの印刷機で擦った初期の本で、一番売れたものは聖書なんですね。その前に詩集をつくったんだけど全然売れなかった。

聖書は宗教革命とくっついて爆発的に広がるんです。最終的にルターが『ルター聖書』を印刷して、各家庭に1冊、みたいな状態になった。もともと聖書は1冊1億円くらいしたんですが、グーテンベルクの印刷機によって大幅にコストダウンされて1冊400万円ぐらいになった。さらに『ルター聖書』で広く普及して、もっとコストダウンされて1冊3〜40万円ぐらいになったそうです。

聖書を普及させたルター。写真:iStock

それで思うのが、やっぱり聖書という選択肢がすごく面白いなと。だって、みんな読みたいわけですよ。当時は教会にも1冊あるかないかぐらいの希少なものだったんです。そして読んでみると、免罪符を買うと救われると言われているけれど、実際には書かれていないじゃないかと。

ここで面白いのが、そうして聖書に対する疑いが出てきた当時において、ローマ教皇側も「普及したい」というモチベーションがあったことです。だから、グーテンベルクに許可を出した。結果、宗教革命が起きたんですが、それでもローマ教皇はグーテンベルグが聖書を印刷して販売しても火あぶりにはしなかったんです。

グーテンベルクはすごく慎重で、火あぶりになるかもしれないという懸念も抱いていたので、「印刷していいでしょうか?」とローマ教皇側に先に持ちかけていたんですね。かつ、「このくらいちゃんとつくります」というサンプルをつくっていた。当時の本は一つ一つ手書きで、かつ装飾などがめちゃくちゃ豪華だから1冊1億円もしたんですね。

当時はキリスト教が力を失いはじめた時代だったから、このままいくとローマ教皇の力がどんどん落ちて東西が分裂してしまうという状況でした。そういうときに一発逆転で登場したのが印刷機だった。そこの噛み合い具合が面白いなと。つまり、どの領域から広げるがすごく大事だと思うんですね。

人工冬眠に関していえば、砂川さんの「医療のため」というモチベーションはいいなと思います。普通にいくと、やっぱりSF的なところから入って「人工冬眠で未来にいきたい」みたいな話になると思うんです。でもそうではなくて、医師でもある砂川さんが医療の軸から入ったことに、人工冬眠分野が面白い出会い方をしたなと感じます。

砂川今のお話しを伺ったら、医療は全員に関係するかというと、そうでもないかもしれないですよね。なので、たとえば「毎日一回冬眠しよう」みたいな感じで、日々の生活にうまく溶け込むことが実は一番安価に実現する方法なような気もしてきました。もちろん、僕が狙うのは医療なんですが、コストダウンを図るためには毎晩みんなが冬眠する、といった時代背景が必要になるのかもしれません。

西村そこは二段階あると思っています。グーテンベルクの聖書はそんなにめちゃくちゃ売れたわけじゃないんですよ。数百冊だったから400万円もした。まあまあ高い。つまり、最初はまず認められることが大事なんだと思います。それがあったから、次に『ルター聖書』が出たときに10万部売れて、一気に40万円までコストダウンができた。

ルターは印刷機と共にあった人物でした。ルターの発言を多くの人たちが印刷機に持ち込み、大量に印刷されてヨーロッパ中に広がっていった。いわば、結果としてメディアを使った戦いみたいなことになっていきました。そうした中でルター聖書が大きく普及します。多くの利用者が現れると一気に価格が下がる。一方で、最初はどの道だったら認められるのかもすごく大事。両方の展開があって、初めて大きく世の中に変化を生み出していったと言えます。

砂川グーテンベルク的な認められ方と、ルター的な認められ方の二段階があると。それが何かをあらかじめ戦略として考えておいた方がいいですよね、多分。

西村最初の方は必要だと思うんですが、後者はうまい人が使ってくれるかかもしれませんね。

動かない動物である「サンゴ」は、どうして5億年も生き延びたのか

砂川最近時々考えるのが、医療は前提となる対象が病気を抱える人ですよね。健康な人に堂々とやるためには、実はあまりいい場所ではない。ということを踏まえると、宇宙飛行士っていいなと思うんですよね。彼らは地球人のなかでも超スーパーエリート級の健康な人たちです。なので、彼らにまず試してもらうのがいいのかなと思ったりもします。

西村なるほどね。あとひとつ思ったのが、先ほど砂川さんが「氷河期をどうやって乗り越えたのか」というお話しをされましたよね。あれがすごく面白いなと思って。先日、サンゴ礁の研究をされている方にお話を伺う機会があったのですが、サンゴも種として約5億年生き延びていると話されていて。

砂川そうなんですか。すごくないですか?

写真:iStock

西村すごいですよ。しかも彼らは動物です。だから、動物で5億年、何度も絶滅時期を乗り越えてきている生命で、動けないのにどうやって生き延びてきたのかはまだわかっていない。最近一つの仮説として言われ始めているのが、割と水深が深いところでも生きていけるということ。これまでは太陽光がしっかりと届く水深3〜40mぐらいの場所でしか生きられないと言われていたけど、実は海水温の低い、水深150mぐらいでも生きられるということがわかってきたんです。

北限して戻ってきて、といった説もあるんですが、下向きに命をつないで生き延びる説もあるとすると、冬眠とちょっと似ていると思って。冬眠も下向きに生き延びる方法だなと。

砂川たしかに。

西村そうそう。「地球温暖化でもう無理です」となったら、「ちょっとみんなで100年くらい冬眠しよう」といったことがありうる。そうしているうちに、地球は勝手に回復してくれるから、まさに「粘っている間に治る」みたいな。

砂川まさに、粘ってやり過ごす医療ですよね。積極的なやり過ごしではないですが。

西村今回の研究でそこまでいくのかはわかりませんが、いずれ訪れる本当にまずいときに人類が冬眠をして生き延びることができれば、「宇宙でちょっと冬眠しておこうか」と地球を出て、あとで帰って来ればいいわけですね。

砂川そうです、そうです。それは、一つのいい手かなと最近よく思っています。

西村100年くらい宇宙で冬眠しておいて、100年後に帰ってくるみたいな。

砂川宇宙で思いっきり高速に乗せておけば、歳もちょっと取りにくいかもしれないし。まぁそれは少し先のことだとしても、短時間の人の冬眠は20年後には実用化できると思っています。動物はもっと早くできると思うし、組織レベルの細胞や臓器の冬眠は10年以内に実用化をしたいと考えています。さらに実現可能になるまでのタイムラインは、どれだけの研究者がこのフィールドに入るかでいくらでも短縮できると感じています。

冬眠の研究は、「生きものとは何だろう?」という問いに答える探求

西村その話は、もう少し詳しくお聞きしたいいです。多くの人が「未来はほっといたら来るんだ」と思っていたら10年かかるけど、1万人がその研究をやりたいとなったら1年でできるかもしれないと。

砂川そうですね。ある一定数の人が既にいるフィールドだったら、工程数では計算できない領域に達しているかもしれないけれど、冬眠はまだやる人が少なすぎて、やればやる分だけ進むフェーズです。僕のチームは学生を入れてまだ6人なので、より一層そう感じますね。

西村今、日本で人工冬眠のテクノロジーの開発をやっているのは6人だと。

砂川はい。まあ10人ぐらいと書いておいて欲しいところですが(笑)。

西村6人が12人になっただけでできることが倍に増えるので、完全に倍の早さにとは言わずとも、試せることは倍増えるし、今やっていることはだいぶ早く完了して次の実験に入ることができる。

砂川おっしゃる通りです。ひとつの実験が終わったから次の実験をやるのではなく、同時にやってもいい実験がいっぱいありますし。こういう研究開発の場合は、試してみることも多々あるので、少なくとも今の段階においては手が多い方が絶対いいなと僕は思います。あとはお金ですよね……。足りないのは人とお金です。

西村よくわからない部署をつくっている場合じゃなくて、その人件費を研究開発費として回してくれれば。

砂川もうおっしゃる通りです。西村さん、もっと言って下さい(笑)。

西村ははは(笑)。でも僕も本当にそう思います。何か機械や装置を1億円ぐらいで買ったり建物を建てたりする時に、そうではなく、ちょっと人を入れさせてって。日本はどうしても、モノを買ったり箱をつくったりにお金を使っちゃって人件費に使わない。そこは本当にもうちょっと変えていけると良いなと思います。あともう一つは、研究って莫大な費用が掛かると思っている人がすごく多いんですね。

人工冬眠研究なんて言われたら、100億円ぐらい持ってないと関われないんじゃないか、みたいに思うと。デバイスなどをつくるんだったらそのくらい掛かるかもしれませんが、今の段階で必要なのはそうじゃなくて、1,000万円あれば人を1人増やせるのでそれだけでだいぶ違うと。

実験室の様子

砂川はい。特に今日お話ししたのは、臨床応用を目指してやりましょうという話です。冒頭に少し言いかけた「冬眠の面白さ」に関しては、仕事の半分は考えることです。仮説を考えて試すことになるので、お金はほとんど掛からないというか、小さな実験でいいんですよね。

そちらに人を割くんだったらもっともっと少ない予算でできますし。結局、アプリケーションと原理の理解は、必ずつながっていくというか相乗効果が出てくるはずです。大体の人はどちらかが得意なことが多いと思うんですが、僕らはあまりにも人が足りていないのでしばらくは両方ともやろうと思っています。

西村人工冬眠を理解するためには、この研究とこの研究を知っておくとより理解が深まる、といった前提条件になる研究や書籍、論文などを紹介してもらえますか?

砂川そうですね。ひとつは市瀬史さんの『「人工冬眠」への挑戦』という本です。この本からは、今の時点で人工冬眠をするためには何が足りないかがわかると思います。2009年に出版された本ですが、そこからあまり変わってないので。

西村人工冬眠に興味があったら、まずこれで全体像がつかめると。

砂川はい。あとは、櫻井武さんが2012年に書かれた『食欲の科学』。この本には、今日お話ししたQRFP神経や、代謝や食欲を含め、脳がどういう制御をしているかが書かれています。直接冬眠には関係ないんですが、今回の人工冬眠でポイントとなる視床下部の話がたくさん書かれているので、すごく参考になると思います。この二つを読んでいると、今回ネイチャー誌に掲載された論文も多分そのまま読めると思いますね。

西村最後に、学生か修士課程くらいの大学院生を想定した際に、今後こういう分野を勉強してきた学生がうちにドクターで来てくれると一緒に研究できる、みたいな思いはありますか?

砂川もうどんな分野でもいいですけどね。冬眠に興味があって、それを世の中に役に立てたいと思っていれば、どんな分野でも役に立つところがあると僕は思っています。たとえば、人工知能の研究をしている人やゲーム開発者でもよくて。というのも、今後様々な冬眠動物のゲノムが読まれていくことを想定すると、ゲノム配列から法則性を見出して「こういう遺伝子が冬眠に大事ですよ」といったことを推定するのは、バイオロジストでは難しいので。

確率統計、あるいは機械学習といった背景を持った人も必要です。逆に言うと、生物の知識は皆無でも、そういう知識だけでも十分にできると思います。一方で、生物の知識がある人だったら、いろいろな実験を担ってもらえるので、医学や生物に知識のある人にもぜひ来ていただきたいです。

最後に、これだけはお伝えしておきたいと思っているのが、冬眠状態は「生きものとは何だろうか」という問いに答える探求であるということです。生物って、要はその辺にある分子がエネルギーを使って適当に寄せ集められてできています。冬眠状態は、局所的にすごくエントロピー(原子的排列および運動状態の混沌性・不規則性の程度を表す量)が低い状態がつくられているわけですよね。

そう考えると、ものすごい省エネ状態なのにそのときでもまだ機能している細胞なり組織なりの部分は、生物にとって非常に大事なものに違いないと思います。もうほとんど消えかけている生命の炎の中で、唯一生きている場所があるはずなので。それが何かを知ることは、「生きものって何?」に答えることになるんじゃないかなと。大きな話になっちゃうんですが、臨床応用ではなくて、そういった興味がある方にもすごくオススメです。

もし生命とは何かを宇宙人に説明する際に「冬眠動物はまだ死んでいません」と言うと、宇宙人は「でも、死んでいるやつとほとんど変わらんやん」と返すと思うんですね。まだそこへの説明がきちんとできない。そこが説明できると、「生きものとは何か?」も多分言える気がします。

西村生命の根源とは、に迫れるテーマだと。これを読んで興味が湧いた方がいたら、ぜひ砂川さんにコンタクトをとっていただきたいですね。

砂川はい。お待ちしております!

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

インタビューが行われる前に、西村さんから「人工冬眠」というキーワードを聞いたときには、どんな奇天烈な方にお会いするんだろう、私が理解を示せる部分はあるのだろうかと、正直少し不安でした。ですが、砂川さんは研究者である前に「目の前の、救えるはずの命を救いたい」という思いを大切にし続けている医師なんだなと、お話しを伺っていて感じました。

「子どものために何か役に立つことをしたい」と高校生の頃から強く胸に抱いていた砂川さんにとって、条件が少し違えば失われなかったはずの子どもの命が目の前で失われていく体験するのはどれほどのことだっただろう……と考えてしまいました。

砂川さんは「今回の論文結果は偶然の産物です」とおっしゃっていました。ただ、2005年にキツネザルの論文に出会ったこと。2017年に櫻井先生が発見した事象を砂川さんに伝えたこと。どれも偶然と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、私には偶然という名の必然のように思えました。

哲学者のように思慮深く、かつすごく気さくでフレンドリーにお話ししてくださる方でもあるので、トークセッションもお楽しみにしていただけたらと思います!

代麻理子 ライター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。渉外法律事務所秘書、専業主婦を経てライターに。心を動かされる読みものが好き! な思いが高じてライターに。現在は、NewsPicksにてインタビューライティングを行なっている他、講談社webメディア「ミモレ」でのコミュニティマネージャー/SNSディレクターを務める。プライベートでは9、7、5歳3児の母。