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水中ドローンで、深海という“すぐそばに広がる未知の世界”へ挑む。株式会社FullDepth代表取締役COO・吉賀智司さん【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

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インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツです。

シーズン2の第1回となる今回お届けするのは、水中ドローンの開発・製造・販売を行う株式会社FullDepth(フルデプス)の代表取締役COO吉賀智司さんへのインタビュー。深海について私たちがわかっている範囲は「テニスコートに落ちた針1本」程度。科学技術が進歩した現在でも未知にあふれる深海の世界を、何よりまず自分たちが見たいという気持ちがFullDepthの原動力だと話されます。

深海に挑戦する難しさとその背景、深海を可視化することによってどんな可能性が拓けるのか。海中へのアクセスが身近になることで生まれる、新しい産業、エンターテイメント、その先の未来。そして、未知の未来を拓くために吉賀さんが大切とする姿勢についてお話を伺いました。

吉賀智司(よしが・さとし)
福岡県大野城市出身。筑波大学第一学群社会学類卒。代表取締役社長の伊藤とは大学時代の音楽仲間&釣り仲間。国内大手ベンチャーキャピタルを経て個人事業を行っていた2015年、伊藤から事業計画について相談されたことを端緒に、深海に潜るドローン/ロボットの実用化を進めてきた。2016年3月株式会社FullDepth取締役就任。2019年9月代表取締役COO就任。

(構成・執筆 飛田恵美子)

水深300mに潜る小型ロボット「DiveUnit300」

西村まずはFullDepthの紹介からいきましょう。よろしくお願いします。

吉賀FullDepthは、深海というフィールドで活動している会社です。東京の蔵前と筑波大学に拠点があり、社員数は約25名。ロボットエンジニアの伊藤昌平、筑波大学教授の中内靖、私が中心となって運営しています。伊藤と私は筑波大学の同期生で、音楽仲間・釣り仲間でもあります。

もともと、中内と伊藤は2014年に会社を設立してセンサーデバイスなどの受託開発を行っていました。ただ、伊藤は「受託開発だけだとつまらない、自分で事業をやりたい」と思っていました。自社の事業を立ち上げたいと相談を受けたので、「じゃあ本気で熱量を持って取り組めることって何なの?」と聞くと、「実は、深海に潜るロボットを自作して、ナガヅエエソという魚が見たいんだ」という夢を教えてくれた。


2本の胸びれと1本の尾びれで海底に立ち、「三脚魚」とも呼ばれるナガヅエエソ。FullDepthのロゴになっている。

でも、いま実際にそういう水中ロボットがどんな場所で使われているのか、どういうプレイヤーがいるのかを聞くと、全くわからないと言うんです。2015年当時はウェブで検索してもまったく情報が出てきませんでした。英語で検索すると主に石油採掘や軍事などの領域で使われていることがわかったのですが、規模も大きいし、スタートアップが入っていくには重い分野です。

さらに調べていくと、もう少し人間の生活に近いインフラの点検などは、ダイバーが行っていることがわかりました。でも、人がやるとなると、どうしても深度や場所に制約が出るし、事故のリスクもある。そこを水中ロボットでサポートできたらと考えたんです。ちょうどその頃は、空のドローンが注目を集めはじめた時期でもありました。この水中版ができたら面白いんじゃないかと思い、最初の製品として、水深300mほどの場所で活動できる小型ドローンを開発し2019年にローンチしました。

FullDepthが開発、製造、販売を行っている「DiveUnit300」。水深300mまで運用することができる。

「DiveUnit300」という製品なのですが、極細光ファイバーを標準搭載した水中ロボットは、当社を含めてまだ世界に3例ほどしかありません。「波・潮のある海では大きくて重い機械でなければ作業できない」という常識があったのですが、ケーブルを超極細にすることで、潮流の抵抗を受けず深く潜れるようになりました。水中は電波が届かないので、このケーブルを通じて映像や操作信号を送受信します。また、ゲームパッドで直感的に操作できること、故障の際にすぐに修理やメンテナンスができるサポート体勢を持っていることも特徴です。

具体的にどんな場面で使われているかというと、たとえばダムや洋上風力、海底ケーブルや管路などの点検。水中は濁っていて遠くまで見通せないことが多いのですが、レーダーのような音響装置を使って対象物の形状や位置を把握し、目的の場所へ移動して点検していきます。また、アームを取り付けて珍しい水生生物を採取するような使われ方もしています。

ドローンのほかに、水中の定点観測カメラも持っています。マグロの養殖場で魚が死ぬと、サメが寄ってくるなどいろいろなトラブルが発生するので、ダイバーが定期的に潜って確認しているのですが、カメラで現場の様子がわかれば彼らの仕事が少し楽になる。ただ、ドローンでやったところ、マグロにケーブルを噛みちぎられてしまった経験がありまして。モビリティが適さない可能性を感じたので、定点観測カメラを開発しました。こういった水中カメラでウェブにつながっているものは、調べた限りではまだ世界にほぼないので、特許を取りながら実装しようとしています。

外からはどうしても「水中ドローンメーカー」として見られがちですが、私たちは「人の活動領域を水中に拡張する」ことをミッションに掲げて、そのために必要なものを開発している会社だ、と考えています。

軍事の民間転用から海の民主化へ

西村ありがとうございます。深海という領域はこれまであまりビジネスとして手をつける人が少なかったと思うのですが、そのあたりの歴史や背景の話を教えてもらえますか?

吉賀はい。思想家のジャック・アタリが著書『海の歴史』の中で「海は権力闘争の場だ」と言っていますが、まさにその通りです。海は境界線やバリアの役割を果たしてきたけれど、だからこそ「ここを制したものが勝てる」となって、制海権を得るために潜水艦や魚雷が発展しました。魚群探知機などの水中テクノロジーも、元々は軍事的な目的の中で生まれ、それが後に民間転用されたものです。

1950年代くらいから石油の開発が海底にも進み、北米や北欧を中心に大型のロボットが開発されました。たとえば、石油のパイプラインを組むときに、管のバルブを締めるといった動作にはかなりのパワーが必要です。数千キログラムの重量を持つ大型の水中ロボットは、容易に持ち運びができるものではないので、船の設備として開発されてきました。

こういった大型ロボットを使用するとなると、普段停泊している港から現場まで船を動かさなければいけないし、専用のオペレーターも多数必要になってきます。1日500万円とか1000万円のコストが平気でかかってしまう。なので、石油採掘や軍事以外の領域ではなかなか使われてこなかったのです。

西村規模の大きな世界で、特化された目的で使われてきた、ということですね。そして、FullDepthは、既存の「大きい、高い、大変」といったことと真逆の製品を開発していると。海の民主化につながるかもしれませんね。もうひとつ確認したいのは、深海ってまだわかってないことがたくさんありますよね。

吉賀はい、そして日本では特に、さきほど話したような石油・軍事の用途がほぼなかったので、こういう海中ロボットの開発もなかなか進みませんでした。潜水士さんが寿命を縮めながら、ときには命を落としながら仕事をしてきたわけです。インフラの多くも、良く維持管理されてはいるものの「水中は不可視のため点検できない」とルールがつくられてきました。

地球全体でいうと、地表の7割は海で、そのうち約98%が深海と言われています。深海とは水深200mよりも深いところのこと。そのほとんどがまだ見られていないんです。海底の地形データも詳細に測量された場所は極めて限られているし、映像もほとんどありません。深海について私たちがわかっている範囲は、テニスコートに落ちた針1本程度だとよく言われます。そんな未知の世界を見たい、知りたい、という根源的な好奇心が、私たちのモチベーションにもなっています。

西村宇宙と深海ってよく似ていますよね。まだわからないことが多い領域で、軍事から技術が発展してきて、これまでは国家や企業によるプロジェクトが中心だったけど、これから少しずつ個人でも関わることができる兆しが見えはじめている。吉賀さん個人として、水中ドローンをこんなふうに使えたら面白いんじゃないか、と考えていることはありますか?

吉賀そういう意味では、最近一番面白かったのは、新江ノ島水族館とタッグを組んで深海に潜航するプロジェクトです。江ノ島沖でトリノアシという棘皮(きょくひ)動物やコトクラゲを採集し、その様子をYouTubeで配信しました。採集した生物は水族館で展示してもらっています。相模湾でコトクラゲが採集されるのは79年ぶり、生きているものだと初めてということで、水族館のみなさんも非常に興奮されていて。簡単には行けない、わからない世界に、水中ドローンを通して飛び込んで、希少な生物を発見したり捕まえたりできる。本当に夢や喜びのあることだな、と実感しました。

思うように旅ができなくなったコロナ禍において、人を未知の世界に連れていけるというのはすごく大きな価値があると思うので、こういうことをもっと世に出していきたいと思っています。

首を振れることがリアルな体験を届ける

吉賀他にも、いまあちこちで、魚がどんどん獲れなくなっている、漁業に携わる人の仕事がなくなっていると聞きます。漁師の大野和彦さんが「漁魂」という著書の中で「良い漁師とは、少なく獲ってそれを稼ぎにするのがうまい奴のことだ」とおっしゃっていますが、たとえば漁をするときに水中ドローンも一緒に潜って、希少な生物を捕獲して研究機関等に売ったり、そのときの潜航動画をYouTuberとして配信したりして、別の収入を増やすということもできるのではないでしょうか。

あとは、クルージングに行くときに水中ドローンを潜らせて、深海の世界も一緒に楽しむという使い方も出来るようになってきます。

要は、これまで一部の人しか挑めなかったフロンティアに、新しいテクノロジーを使って挑むことができるようになるんです。そのとき何がネックになるかというと、人間の心なんですね。「前例がない」「規制が厳しい」といったことで止まってしまいがちです。そうじゃなくて、「やってみようぜ」という姿勢で取り組むことで、もっと面白い世界が目の前に広がっていくと思います。

西村うちに7歳とと4歳と3歳の子どもがいるのですが、本当はサンゴ礁を海底でリアルに見せてあげたいですよね。でも、実際に潜るとなると危ない。近くの海岸からだったり、家にいながら、リアルタイムで自分の手で視点を動かしながら深海の世界を見ることができたらいいですよね。

吉賀実は、この事業をはじめた時、筑波大学のピッチイベントで代表の伊藤は「深海をお茶の間に」というフレーズを使ったんです。家にいながら、自律航行する船や無人ロボットによって海中を探検できる世界になったら。それは、ぜひ実現したいと思っています。

西村以前、京都大学の総合博物館の塩瀬先生にお話を伺った時に、人間がアバターなどの遠隔ロボットの情報から没入感を得るために何が必要なのかという中で、「没入感は、単純な画像の解像度ではなく、首が振れるかどうかにあったりします」とおっしゃっていたことを思い出しました。自分で右、左と動くことができると自分ごと化すると。

吉賀「首が振れる」には大共感ですね、本当に。山梨県の本栖湖で潜った時に、水中ドローンに漁業者が使う150〜200kgの重りのついたロープが絡まってしまったことがあるんです。操作していると、水平に動くけど、なんか垂直の移動ができないなって。浮上しようとしても動けないし、首が振れないからどういう状態になっているのかわからない。すごく焦りました。

ロープが目の前に埋まっていて。これから離脱したいのに、浮上しようとしても動かない。「やっちゃったな」って思いました。その時、自分がどうなっているかわらかないんです。結論としては、垂直に動く度にスラスターの中にロープがグルグルグルグルって巻きついていて、逃げられない状態になってたんですね。困ったなと。ロープをかいくぐって抜けようとしたけど抜けられなくて。その時は、冷や汗をかいて高価な音響装置を付けていたので「どうしよう」とか思ったんですけど。その時に感じたのは、宇宙の感覚でした。

自分が100mの海底に潜って行って、100m付近でなにかわかんないですけどなんかが背中に引っかかっている。でも、もがいても見れないから今どうなってるのかわからないっていう状況で。「なんか変だから、何かはあるな」と。「なんか引っかかっているっぽいから切ろうか」ってナイフを取り出して、ポトッと落としちゃって沈んでいったと。「もう詰んだ」っていうような感覚ですよね。人間が潜っていたら間違いなく死だっていうような場面に立ち会って。やっぱりこれが水中の難しさっていうかですね、宇宙の難しさも多分同じだと思うんですけど。首が振れないからどうなっているかわからない。

最終的には、一緒に船に乗っていた社員がレスリングの元インターハイ選手だったので、彼の背筋をフルに使ってケーブルごと重りを引っ張ってもらいました。

西村まるごと引き上げた?

吉賀まるごと。メチャクチャ重かったですね。私だったら全然上げられなかったです。そういうわけで首が振れるか振れないかは非常に大きなポイントだと思っています。

西村逆に首が触れるようになることで、定点でTVの映像を見るのとは違って、すごい没入感を持って海底の様子や、魚たちの姿、そしてサンゴの産卵みたいなものが見られたりするかもしれませんよね。画質の面でクオリティの高い映像を見るのとは違った体験である、というところをもっとクリアに示せると楽しめる可能性が広がりそうだな、って思います。

海が見えると地球の限界が見えるかもしれない

飛田ちょっと話は変わるのですが、水中ドローンって、津波災害後の遺体や遺品の捜索とか、流出してしまった貴重な文化遺産の捜索にも使えたりするんでしょうか?

吉賀使える可能性はあると思っています。音響装置やソナーも併用すれば、これまで見過ごされていた海中の岩の影や、ちょっとした起伏の裏に隠れているものを見つけられるかもしれない。

ただ、ある遺品捜索プロジェクトに手を挙げたときに、「企業が売名行為で来るな」とはねつけられてしまったこともありました。さきほど「一番の規制は人の心にある」と言いましたが、それを一つひとつ取り払っていくことが必要だと思っています。ただ、捨てる神あれば拾う神ありで、「試しにやってみようか」と言ってくださる方もいます。そういう地域で一つひとつ試してみて、成功事例を外に出していくことで、少しずつ使える場所が増えていくのかもしれません。

西村ここまで割と近い未来にできそうなこと、すでに実現しようとしていることを教えてもらいましたが、20年、30年先には思いもよらない使い方ができそうですよね。どんなことができると思いますか?

吉賀宇宙旅行と同じく、海中旅行を希望されている方が出てきていますが、そういう方向性もひとつあると思います。代表の伊藤は、よく「世界中の海を全部可視化したい」と話しています。何十年かかるかわからないけど、誰でも深海にアクセスできるようにしたいと。

そうすると何が起こるかというと、地球の限界が見えるのではないかと思います。人間が賢ければの話ですが、「ここにあるものは何億年かけて形成されたものだけど、これを現在の経済活動で使い切ってしまっていいんだろうか」という問いが生まれて、「限られているからこそ賢く使おう」「持続可能なあり方を考えよう」という思考になっていくのではないでしょうか。海のイデオロギーの変化というか、奪い合う権力闘争の場から、共有財産としてシェアする場に変わっていくといいなと思います。

それと、深度ごとの海水温や潮の流れが細かく測定できるようになると、気候変動に大きな影響を与える海洋の大循環のようなものが解明できるんじゃないかと思っています。来年が冷夏になる、暖冬になるといったことが予測できたら、事前に対策を打つこともできて、助かる命があるかもしれない。身近な海を知ることで実現できることって、結構たくさんあるんじゃないかと思います。

「先がわからないもの」に飛び込んでいく面白さ

西村吉賀さんって、ずっとこういうことに興味があったんですか?

吉賀そうですね。大学時代は中小企業のイノベーションを専攻して、卒業後にベンチャーキャピタルに進みました。2007年頃、当時はまだベンチャーキャピタルの仕事を知っている人はほとんどいなかったと思います。

なぜそこを志望したのか突き詰めていくと、小さい頃からなぜかものづくりのドキュメンタリー番組なんかが好きだったんです。大学生のときに「何かをつくっている人を見ることが好きなんだな」と気づいて、経済系の学部だったので、「自分にできることはものづくりをする人をお金の面でサポートすることだ」と考えました。銀行を選ばなかったのは、何となく先が見える業界だと感じたから。ベンチャーキャピタルは、その先どうなるか全く想像がつかなくて、そこに魅力を感じたんです。

そうして大学卒業後はずっとアウトサイダーとして起業家を支援する立場にいたんですが、伊藤から相談を受けてFullDepthの事業計画を書いて、出資が得られることになったときに「せっかくここまでやってきたんだから一緒にやろうよ」と誘われたんです。元々釣りが趣味で水中生物が好きだったし、未知のものへの根源的な興味関心も強かった。ものづくりという点も一致していました。それで、いまはインサイダーとして一緒につくる立場になりました。

何をこの会社にインプットしたらどういう結果がアウトプットされるのかにすごく興味があるので、自分でつくり上げてこのシステムを解明したいなという興味が私の中に広がってですね。なので、やってみたい人生ビジョンみたいな部分と個人的な興味関心が一致しているので、やってみようと。

西村なるほど。「知らないところに行ってみたい」という気持ちが強いのかな。

吉賀たぶん、先がわかってしまうようなことが好きじゃないんです。何か選択肢があるときは、よくわからないほうを選ぶ。高校で吹奏楽部に入ったときも、ホルンがあらゆる楽器の中で最も難しいと聞いて選んでみたり。海について調べたときも、「権力闘争の場だ」「軍事や石油採掘といった領域以外はなかなか掴みどころがない」とか、「難しいけど、未知の世界が広がっている」ということを感じて挑戦する価値があるな、って思いました。

西村誰もやっていない、先がわからないという、人によってはネガティブに感じるところが、吉賀さんには逆にすごくマッチするんですね。もう1つだけ、外から関わる立場から内側に入ってよかったなとか、変わったなと思うことってありますか?

吉賀私の個人的な興味関心として、深海の生物発光を見たい、というものがあります。「ぜひうちのプロダクトで見たい」と伊藤にも注文を出していたんですが、あるときそれが叶ったんですね。水中ドローンを潜らせているときに発光するヒカリボヤを見つけて、「あっ」となってライトをオフにして。真っ暗闇にその生き物がフワッと浮かび上がった瞬間は、「やったな」と思いました。

西村さっき話に出た海の民主化を、吉賀さんが個人的に先取りしてやっている感じですね。同じように「出来るというならやってみたい」ということって、実はいっぱいあるんじゃないですか?

吉賀めちゃくちゃいっぱいあります。直近では、三重県が「クリ“ミエ”イティブ」という補助事業をされていて。コロナ禍に対応する革新的なビジネスモデルやテクノロジーを持った企業に向けて、開発サポートや社会実装支援を行う、という事業です。そこに「深海エンタメの可能性を探る」というテーマで応募し、採択されました。三重県って実は深海が近いんですよ。でも、これまでそこに焦点を当ててPRをしたことはなかった。だから「深海に一緒に潜りませんか」と提案しました。

FullDepthには、水深3000メートルまで投げ込めるスタンドアロンのドロップカメラもあるんです。4kの映像が最大8時間撮影できるんですが、タチウオに似た珍魚のタチモドキが漂っていたり、タカアシガニがスッと出てきたり、サメがアタックしてきたりする様子が撮れたりするんですね。三重の深海でそういう動画を撮影して、新たな地域資源としてPRできたら、と。

また、鹿児島の桜島周辺は海底からボコボコ気泡が吹き上がっていて、その周りにはハオリムシという特別な生き物がいるんですね。個人的にそれがどうしても見たくて、2018年に「海中観光だ」と潜りに行きました。こういうことを、今後は行政や企業とも一緒に実現できたらいいな、と思っています。

挑戦する人を応援する社会になるといい

西村吉賀さんがいまの社会を見たときに、「こういうことを大事にすればもっと面白くなるのに」と思うことってありますか?

吉賀挑戦する人を応援する風土があるといい、と思っています。可能性がどんなに低かったりしても、それを笑ったり叩いたり、「そんな儲からなそうなことをなんでやるの?」なんて言ったりしないで、「とりあえずやってみようよ」と後押しするような。そこにお金がつくかどうかって、後になってわかることだと思うんですよね。

もちろん、新しいチャレンジなら全部無条件に承認・賞賛されればいいというわけではなくて、社会正義に適っているとか、安全安心に配慮されているとか、そういうところは当然確認するべきです。でも、最低限の条件をクリアしたチャレンジについては、やってみることが許される環境だといいなと思います。

誰かひとり愚か者が「やろう」って手を挙げたときに、「じゃあ僕もやってみよう」っていうフォロワーが存在する社会である必要があると思います。うちの会社だと、最初に手を挙げたのは伊藤で、第一のフォロワーが私です。伊藤は自分でお小遣いを貯めて深海に潜るロボットをつくろうとしていたんですけど、その計画のままだったら実現には10年、20年かかっていたはず。私のような2番目の愚か者がいたがゆえに、ちょっと早く進められている側面があるんじゃないかな、と。

1人目の愚か者が出たときに、それを叩かずに続く者が現れると、3人目、4人目と増えていって、その輪が大きくなっていくと、もうみんな愚か者ではなくなるんです。当たり前の活動に、ムーブメントになっていく。だから、1人目、2人目の背中を押すような社会になれば、いろんな物事が進むし面白くなっていくんじゃないかと思います。

西村「何を賢いとするか」という話でもありますね。予想通りに行くことが本当に賢いのかどうか。

吉賀「あの人は優秀だ」とか「頭がいい」とか言いますけど、私は一部の天才を除けば、人ってそんなに変わらないんじゃないかと感じています。ただ、一歩踏み出したことによって何かがアウトプットされて、その結果が評価されているだけ。踏み出す機会があったかなかったかが大きな差につながるんですね。踏み出すことが良いこととされる土壌ができると、いま日本を覆っている閉塞感もかなり変わるんじゃないでしょうか。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

大手ベンチャーキャピタルを経てFullDepthの創業メンバーとなった吉賀さん。インタビュー前は「経営面に関する興味が強いのかな?」と想像していましたが、水中ドローンで見たかった生き物や景色を捉えることができた話をとても楽しそうに語っていて、「深海というものに本当に魅せられているんだな」と感じました。

私も水中ドローンや定点カメラが捉えた動画を視聴したのですが、そこに映っているのは初めて見る生き物ばかり。「海の中にはこんなに綺麗に光る生き物がいるんだ」「ものすごく足の長いヒトデのようなものが近づいてきたけど、これは何だろう?」と夢中になってしまいました。よく「宇宙は人類最後のフロンティアだ」といいますが、地球上にもまだ深海というフロンティアが残されているのですね。「テニスコートに落とした針」がこれからどんどん増えていくと思うと、本当に楽しみです。動画はFullDepthのウェブサイトに掲載されているので、ぜひみなさんも覗いてみてください。

飛田恵美子
1984年茨城生まれ、東京在住。ウェブマガジン『東北マニュファクチュール・ストーリー』にて、“東日本大震災後に生まれた手仕事”を100以上取材し、2019年に『復興から自立への「ものづくり」』を小学館から出版。そのほかの執筆媒体はソトコト、メトロミニッツ、仕事旅行社、TOTOユニバーサルデザインStoryなど。デザイナーの夫と一緒に、リアル脱出ゲームのパンフレットの制作も行っている。