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複雑な課題を表現してみると、解への道筋が必ず見えてくる。NPO法人issue+design代表理事・筧裕介さん【インタビューシリーズ「時代にとって大事な問いを問う」】

ROOM

シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大事な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツです。

第7回は、NPO法人issue+designの筧裕介さんにインタビュー。2008年に、阪神・淡路大震災での避難生活の経験を今後に活かすためのプロジェクト「issue+design」から生まれた「できますゼッケン」が、2011年の東日本大震災の避難所でボランティアの人々に活用されるなど、社会の課題にデザインの力を生かすための研究と実践に取り組んできた人です。筧さんが考える「今」という時代に問うべき「大事な問い」と、その解き方のヒントをお話いただきました。

(構成・執筆:杉本恭子)

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

筧裕介(かけい・ゆうすけ)
NPO法人issue+design 代表理事/慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科特任教授/
多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師
1998年、「株式会社博報堂」入社。2008年、ソーシャルデザインプロジェクト「issue+design」を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。代表プロジェクトに東日本大震災支援の「できますゼッケン」、子育て支援の「日本の母子手帳を変えよう」他。主な著書に『ソーシャルデザイン実践ガイド』『持続可能な地域のつくり方』(英治出版)など。グッドデザイン賞、竹尾デザイン賞、日本計画行政学会 学会奨励賞、カンヌライオンズ(フランス)など、国内外の受賞多数。

博報堂で学んだ難しい課題を解く面白さ

西村まずやはり、筧さんが「issue+design」を始める以前のところからはじめていければと思います。よろしくお願いします。

僕が学部時代を送った大学は、いわゆる既存の社会システムをきっちり誠実に確実に回す人材、大企業の人事・経理、銀行マン、会計士・弁護士のような人を生み出すための大学なんですよ。確実な正解を出す能力を高める受験勉強をして、大学でも正しい答えをきっちり出して「正解だね」と言われてきて。でも、博報堂という会社に就職して最初の半年くらいでその考え方を全部壊されました。正解的なものを出すと「面白くないね」の一言ですべて却下されるわけです。確実な正解よりも、気持ちが踊ったりワクワクしたり、自分の感性が震わされるようなものの面白さや大切さを教えてくれたのが博報堂という会社での仕事でした。

ただ、「確実に正解を出す」という日本の教育が間違っているとも思っていなくて。しっかりと正解を導き出したうえで、正解がないものを解いていくことが大事だと思っています。正解がない、すごく難しくて複雑な問題を解くことを、僕は「デザイン」と呼んでいます。いろいろな要素が入り混じったごちゃごちゃした難しい問題を解きたいというのは、僕のけっこう根本的な欲求としてあって、そういうものに出会うと「面白そうだな」と思いますね。

杉本「ごちゃごちゃした難しい問題」に初めて出会ったのが、博報堂時代のお仕事だったのでしょうか。

博報堂で出会ったのは、幅広い解の求め方だったと思います。入社してから3、4年は、本当に死ぬほど働きました。広告制作とは、クライアントが抱えている課題を解決するためのアイデアを出して、広告というフレームに企画を落とし込んでいく仕事です。それを、2週間おきに違う題材でひたすらやり続けたんですね。家族向けのミニバン、生理用品、ペットボトルのお茶、水虫の薬……という感じで、ありとあらゆる領域のクライアントの課題を受け取って解を出していくという、千本ノックみたいなことをずっとやっていて。

また、博報堂という会社は極めてフラットな会社で、良いアイデアは年次などに関わらずにどんどん採用してもらえました。クライアントが評価してくれると、次から次へと営業が面白い仕事を持ってきてくれる。正解のない課題を解くことを、一番学ばせていただいた環境だったと思いますね。

非常事態宣言下のNYのホテルで
自分の仕事を考えた1週間

西村2008年に、阪神・淡路大震災の避難所生活の教訓を活かすプロジェクトとして「issue+design」を立ち上げられました。僕は、プロジェクト後に出された書籍『震災のためにデザインは何が可能か』を読んで筧さんに出会ったんですよね。なぜ、阪神・淡路大震災とその避難所のプロジェクトをやってみようと思ったんですか。

クライアントの投げかけてくれる問題に解を出し続けることはすごく得意だったんですけど、なんかちょっと物足りなくなったというか。周りには、広告が大好きな人、それが得意な人がいっぱいいるから、誰も解こうとしていない問題を解きたいなと思いはじめたんですよね。社会課題をテーマにしてみようと思ったのは、「広告的なアプローチで、他の問題も解けるんじゃないか」という感覚があったからです。

西村みんながあまり注目していないけれど「これが解けたら面白いんじゃないか」というようなテーマを選んだということですか?

そうですね。社会課題というところまでは決めていて、そのなかで何をテーマにするかを考えたとき、「震災」という課題が、日本で日本人がやるべきテーマだと感じたことが一番大きかったですね。

当時は、温室効果ガスの削減目標を定めた「京都議定書」の施行や、G8の首脳が気候変動を議論した洞爺湖サミット(第34回主要国首脳会議)が開催されていて、社会課題といえば環境問題が中心でした。あとは、ちょうどBOP(Base of the Pyramid、所得が最も低いと同時に最も人口が多い層)やアフリカなどの貧困問題も注目を集めていた時代だったんですけど、日本で生活を送る僕らにとってもっと身近で切実に感じられる問題、そして解決できそうなテーマが良いなと思いまして。

僕らなりに、日本にいて日本人が世界に貢献できるテーマでやりたいと思って探しているなかで震災というテーマにたどり着いたみたいな感じですね。

西村社会課題をテーマにしようと決めた背景みたいなものってありますか?

背景としてよく語っているのは、ニューヨークで経験したアメリカ同時多発テロ事件です。2001年9月11日、まさに僕は広告会社で絶好調に仕事をしていて、著名なデザイナーとの仕事のためのニューヨーク出張中でした。目の前でワールドトレードセンターに飛行機が突っ込み、ビルは消え、もちろん仕事も消え、マンハッタンの南側の進入禁止エリアのホテルで1週間過ごすことになりました。

ホテルからずっと出られずにいろいろ考えていたときに、行き詰まりを感じはじめていた広告の仕事ではなく、死や戦争、宗教や貧困などより複雑で難しいテーマに取り組みたいなという思いが募りました。そんな背景があって、帰国後しばらくして会社に所属したまま東京工業大学大学院に進学し、研究と仕事の二足のわらじを履き始めました。ただ、明確に「社会課題をなんとかしたい」ということは特になかったと思います。

杉本今年はコロナ渦で多くの人が「STAY HOME」することになり、いろいろ考える時間をもつことになりました。ニューヨークのホテルから出られずに過ごした1週間、立ち止まることによって自分に問いが向かったということでしょうか。

そうですね。仕事もなくなり、ホテルの近くで商魂たくましく開いている中華料理屋でご飯を食べて帰ってくるだけの毎日でした。当時はインターネットで得られるテロ関連の情報はまだまだ限られており、目の前で起きていることを理解するにはCNNなどの現地のマスメディアに頼るしかなく。そんな毎日を過ごすなかで「今まで自分がやっていた仕事はなんだろうか」ということを含めて考えさせられる時間がすごくありました。

そのときに「解きたい」と思った対象が、毎日のように降ってきていたクライアントの課題ではなく、自分がいるニューヨークで起きたテロを引き起こすような社会構造やシステムだった。「こういう問題にはなんか興味があるぞ」という感覚になったのは覚えています。ただ、そこですぐに「宗教や戦争の問題に自分で取り組みたい」という強い思いをもったわけではないですね。

適切な出会いがあれば、最適解までのスピードが変わる

西村コロナ渦以降、筧さんは新型コロナウイルスとともに生きる未来を考えるプロジェクト「ミライ+コロナ」と「感染予防Play!」のふたつを立ち上げましたよね。今回、すごくプロジェクトの立ち上げが早いなと思いました。東日本大震災のときは、神戸での「issue+design」の取り組みから生まれた「できますゼッケン」がすでにあったのですばやく動くことができた。でも、今回の感染症については準備されていたわけではなかったのに、すぐに打ち返していた感じがあります。このスピード感の変化の背景に何があったのかを聞いてみたいのですが。

「issue+design」がデザインした「できますゼッケン」。避難所で「自分にできること」をゼッケンに書くことで、一人ひとりの力を生かしやすい状況を生み出す。

10年前と比べると、最適解を出すためのチームづくりに関する能力が圧倒的に高まっているので、スピードは格段に上がりましたよね。

課題に対する解を出すには、自分で考えることに加えて、どういうネットワークにアクセスできるかがすごく大切で。それができないと良い解は出せないという実感が、最近は非常に強いです。今回の「感染予防Play!」で言えば、感染症の専門家がまず必要です。それに加えて、ウェブエンジニア、グラフィックデザイナー、オンラインでのワークショップ運営ができるメンバーにも加わってもらい、全体のプログラムをつくっていったわけです。

西村つまり、人と情報にアクセスすることが解の出し方の一部だということですよね。

そうですね。「何をやるか」を決めるにあたって「誰とやるか」が大切だなと思います。そこを同時に考えていくというか。

西村解を出す時に「誰とやるか」が適切であれば、その人と一緒に「何をやるか」が出てくるから、完全に見通しが立っていなくても解が見えてくるという感覚ですか?

新型コロナウイルスの感染拡大が始まったときから、この問題に対して自分なりにどうアプローチできるのかをずっと考え続けていて。その過程のなかで、適切なプレイヤーと会って話したときに、次の見通しが生まれていきました。それがない限りは、適切な解を出すプロジェクトにならないのでスタートしなかったと思います。

西村最適解を出すまでのスピード感が変わってきた今、筧さんにとって今まさに”面白い問題”というとそれは何でしょうか?

けっこう長年、頭の中で問い続けて解を出せていないものをずっともっているんですよね。なかなか難しくて解が見えないなっていう課題は今でもいっぱいある。そういう意味では、昔も今もあまり変わっていないなと思います。たいていは、誰かに会ってその解を得る道筋が見えるとすごいスピードで動き始めるんです。

個の力が発揮しやすい時代において、
一人ひとりの創造性を加速させるには?

西村そろそろ、今日のメイントピックス「時代にとって大切な問いを問う」に移りたいと思います。筧さんが「今の時代、この時期においてみんながこういうことを考えるといいんじゃない?」と考えるのはどんなことですか?

僕は、今は個の力が求められる、すごくいい時代だと思っているんですよね。個人個人の創造性の価値が高くて、個がすごく力を発揮しやすくて、その力が世の中に機能しやすい影響力を発揮しやすい時代だという感覚があります。

たとえば、飲食・宿泊・イベントなど、人が集う場を運営する人たち向けの感染予防のプログラム。場を運営する人たちに「どこにどんなリスクがあるか」を問うて、感染を防止する策を考えるためにそれぞれの創造性を発揮できれば、感染拡大という問題の解決に寄与できると思うんです。一人ひとりの個の力で社会が変わっていく時代だからこそ、個人の創造性を加速させる仕事をしていきたいですね。

新型コロナウイルスの感染拡大を防止し、コロナとともに生きる未来を考えるプロジェクト「ミライ+コロナ」。情報のアーカイブとワークショップによる共創の場づくりに取り組んでいる。

西村たとえば、デザインに携わる人がこの記事を読んだときに、「個人の創造性を加速するうえで、こんなふうにデザインの力を活かせるんだ」とイメージしてもらえたら、「自分もやってみよう」と思えるんじゃないかと思うのですが。

まさに今、僕は個人が創造性を発揮することをエンパワーするしくみや環境のデザインをやりたいと思っています。ただその感覚は、「できますゼッケン」の頃からあまり変わっていないんだなと、最近気がつきました。

西村「できますゼッケン」は、避難所というある種の極限状態のなかで、自分たちの力を生かし合って状況をよくするには何ができるだろう?というものですよね。

そうですね。「自分にできることはなんだろう?」と考えて、それをみんなに伝えて。「個人ができること」でコラボレーションしながら避難所をつくっていく。その場にいる住民や支援者の創造性を高めるためのしくみが、社会課題を解決するためにすごく大切だと思います。

大きな組織が力を持っていた時代は、結局のところは組織が社会を変えていましたが、今は個が力を発揮しやすい時代で。それはすごくハッピーなことだと思います。博報堂を離れたことによって、僕自身も「個であるほうがやりやすいことが多い」ということを実感していますね。

形あるデザインを通じて、人の創造性が高まり、
課題解決に寄与するものをつくりたい

西村そういう意味では、本来は社会全体がもっと創造力を発揮できるはずなのに、気づかないうちに箱の中に閉じこもってしまっているような状況なのかなと思っていて。「個人の創造性を高めることが社会課題の解決につながるんだ」という気づきの瞬間がもしあったなら伺ってみたいです。

2015年から約5年間、高知県の佐川町という人口13,000人の中山間地域のまちで、地方創生の仕事をしていました。ほぼ毎月のように高知を往復して、うちのスタッフも深く関わり、良い仕事ができた実感はあります。

高知県佐川町の総合計画をつくるワークショップを「issue+design」がサポート。そのプロセスと完成した総合計画をまとめて書籍『みんなでつくる総合計画』を出版した。

佐川町の木材を生かすために3Dプリンタなどを導入した「さかわ発明ラボ」もオープン。

佐川でのプロジェクトが終盤にさしかかる頃に、まちづくりに関わる人が全国から300人くらい東京に集まるイベントに呼んでいただく機会がありました。そのとき、そこで議論されている内容が10年前からほぼ変わらないことに愕然としました。この10年、まちづくりという領域があまり進化していないことに気づき、自分の無力さを痛感したんです。

ただ、それと同時にこの10年で地域に関わるプレイヤーは格段に増えています。僕らが個別の地域に入って仕事をするよりも、地域に関わる人々の創造性を高める仕掛けやしくみをつくることのほうが自分は貢献できるのではという思いに至ったのです。

僕らが特定の地域で仕事をさせていただく際に必ずやることがあります。それはその地域で暮らす様々な人の声を聞き、その方同士に集まって頂き、一つのチームをつくる活動です。「地域で活動しているプレイヤー同士の分断」が地域全体の変化や成長の最大の阻害要因であり、住民同士の対話を促し、互いの協働を生み出すことが地方創生にとって最も重要だと考えているためです。

『SDGs de 地方創生』は、は、この地域内での分断、それを乗り越えるための対話と協働を実体験できるカードゲーム型のワークショッププログラムです。その実践書として、『持続可能な地域のつくり方』(英治出版)も出版しました。

『SDGs de 地方創生カードゲーム』と書籍『持続可能な地域のつくり方』(英治出版)。現在約600名のファシリテーターが全国でこのゲームによるプログラムを展開している。

この1年半で全国に約600名の『SDGs de 地方創生カードゲーム』を運営するファシリテーターが生まれて、プログラムの開催数は年間数千回に上ります。僕やチームのメンバーがいくら頑張って、地域でプロジェクトをしたり、講演を繰り返しても絶対に成し得ないことです。ゲームという形のデザインが、地域に思いをもつ人の気持ちを動かして創造性を高める装置としてうまく機能している手応えがあります。

西村今の話でいうと、『SDGs de 地方創生』はプロダクトであり教育みたいな側面もあるなと思います。筧さんのなかで何が「手応え」になったのでしょうか。

僕のなかでは、アウトプットになるモノをつくりたいという欲求は極めて強くあります。やっぱり、誰かに届いて、使ってくれた人の気持ちが動いて、何かの問題を解決する、そんなモノをつくりたい。形あるデザインを通じて、人が変わり創造性が高まり、課題が解決されていくためのモノをつくりたいという思いがあり、それができていることに「手応え」を感じています。

杉本筧さんは、人の創造性を高めるしくみをデザインするうえで、きっといろんな手法を検討してこられたと思います。そのなかで「このやり方が一番自分にフィットするな」というやり方を選ばれているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

僕はつくりたい人なんですけど、大したものがつくれないというところがポイントだと思っていて。たとえば、すごく素敵な建築を設計できるとか、グラフィックデザインができる人はたくさんいますが、僕は何ひとつできない。だからこそ、課題やテーマに対して、僕がアクセスできる範囲のなかで一番良いアウトプットをフラットに選べるし、それを形にするところに全力をかけられるのかもしれません。

「+design」がつくる変化が
生態系になって広がっていく

西村筧さんたちは、どのテーマでも「+design」でより多くの人が参加できて、効果的な解決ができるんじゃないかと、「+design」をずっと掲げてきたと思うんですけど。「+design」ということに関しての進展についてはどうですか?広がったり、研ぎ澄まされていたり、あるいは次の課題が見ていますか?

デザインの定義のスライドはこの10数年の間いじっていないし、「美しさと共感性」というところでは変わらなくて。ただ、自分たちがデザインしたアウトプットの効果の範囲が変わってきたと思います。昔は、受け取って使ってくれた人が「すごくいいね」「自分もやりたい」と思って行動が少し変容するという一時的なアプローチでいいと思っていました。でも、受け取ってくれた人だけの行動変容だと、社会のなかで変えられる範囲はすごく狭い。今は、受け取ってくれた人からの二次的な波及効果があるものをつくって、もう少し社会のなかで生態系のように広がって機能しないと意味がないんじゃないかというふうに進化したという感じですね。

西村なるほど。課題解決に向けたアクションだけでなく、その後の課題解決に限らない行動までを含めて考えていくという感じですか?

課題解決への行動も、そうでない行動も含めてですね。僕たちのアウトプットを受け取った人たちが行動することで、周囲の人たちに広がったりとか。課題解決の輪というか、知の生態系みたいなものが徐々に広がっていくようにならないと、大きな変化には至らないということですね。

西村今日お話を伺いながら、時代を追うごとに僕と筧さんの関心が入れ替わり続けている感じがしました。僕はもともと形をつくることに全然興味がなかったけれど、最近はモノをつくるときに最後までやりきるってすごい大事なんだということを知って。「7割くらいで手放せばいいや」から「やり切ってみよう」になったんですけど。すると、今度は筧さんたちが「7割くらいで、あとの3割はみんなに動いてもらう」みたいな方向に入っていて、相互に行き来している感じもします。やり切るという点についてはどうでしょうか。

今でも、アウトプットするときは、10割やり切ったものじゃないと広がらないという感覚はあります。細部まで詰め切ったものだからこそ波及力をもつし、きっちり再現されていく、広がっていくんだと思います。

たとえば、僕らはすごく緻密に細部までデザインして書籍をつくるんです。もし、見開きで文章が終わらずに次のページに3〜4行の結論が跨いだりするだけで、人の気持ちを動かす力は落ちると思うんです。「受け取った人がどう感じるか」を考え抜いて、細部を積み重ねていくことでだんだん伝わる力、人の気持ちを動かす力が大きくなっていくんですね。

頭で考えるだけではなく、
身体で表現することで「解」への道が見えてくる

西村一周回って、最初の広告の話につながっている気がします。たとえば、教育と広告は真逆の世界だと思うんです。だけど、やろうとしていることはすごく良くても、デザインする力があまり入っていなくて、伝える力がすごく弱かったりします。まだまだ「+design」が入ることで世界が良くなっていく余地があるということなのかなと思っていて。「避難所」のように区切られた空間ではなく、日本全国にまで対象が広がっているんだけど、対象を広げたときにぼやけがちなアウトプットを「+design」でぎゅっと明確にできるということなのかな、と。

ちょっと余談になるかもしれませんが、僕は毎朝5時半に起きて、7時まで小学3年生の娘と勉強する時間をとっています。3年の算数は、分数、少数、円や球も出てきて、格段に難易度が上がるんです。文章題もなかなか手強くて。

そこで気づいたことがあります。頭で考えるのではなく、身体で考えることで、解への道筋が見えるということです。

算数の文章題を読むと、どうしても「どう解くのか」を頭で考えてしまいますよね。僕も学生時代は完全にそうでしたが、今の僕は考える前に手が動く。文章で書かれていることを図や表にしていきます。手で描き目で見ると、途端に次やるべきこと、つまり解への道筋が見えてくるんです。難しい図形の問題に、補助線を一本引いた途端に答えがわかるのは、まさにその典型です。なので、娘にも「考える前に表現すること」を繰り返し言っています。

感覚的に、デザインと数学や科学は相性がいいと思ってたのですが、娘との勉強を通じてそれを確信するに至りました。学生の時に、そのことを知っていたら今より遥かに数学や物理が得意になっていただろうなぁ(笑)。このことは多くの人に知ってもらいたいなぁとも思ってます。

西村うちの長女は2年生ですが、筆算をするときにすごく悩んでいるんですね。「筆算は、見た目で解決する方法だから悩む必要はないよ」と言うんだけど、なかなか伝わらないんですよね。本当はめちゃくちゃ簡単なはずなのに、そもそも人間は難しくしてしまいがちな生き物なのか、よくわからないんですけど。難しいものを難しく頑張るんじゃなくて、どんどんシンプルにして「ただやればいい」というところに落とし込んでいくことが必要だし、意外とそれって高度な能力なのかなと思いました。

難しいものを表現していくと本質や解に近づく道が見えるんですよね。僕も仕事では、直感的にわからないこと、解への道筋が見えないことは、描いて表現してみるところから始めます。そうすると、描く過程、描いたものを眺めている過程、それを見ながら仲間と議論する過程、そのいずれかで「ここらへんに本質があるんじゃないか?」と気づける。こうやって気づくことって意外と難しいことなんだと思いますね。

杉本先ほど、西村さんが避難所との対比で、時間と空間が限定された状態のなかで課題解決に向けたアクションを生むデザインと、特に限定のないところに気づきを生み出して波及効果までを期待するデザインについて問われていたのかなと思います。後者のほうが、より大きな社会課題の解決が可能だと考えておられるのでしょうか。

人が考えたり創造力を発揮したりするには、時間軸や場所、空間的な制限がすごく必要だと実は思っています。人は、あるフレーム、仮の思考空間、物語の中で生き考え行動しているので、そのフレームがない中で何でもいいから自由に考えるって、すごく難しいことなんですよね。

『SDGs de 地方創生カードゲーム』はSDGsがテーマなので、2030年までの10年間という期間のなかで、あるひとつのまちで自分の職業や立場を与えられることを前提に考えます。避難所のプロジェクトも、阪神・淡路大震災レベルの震災が発生したときの「300人くらいがすし詰めになっている小学校の体育館」という状況設定から考えてもらっています。

問いをフォーカスするきっかけは
人との出会い、旅、そして「無用の書」

西村この連載の第一回は『問いのデザイン』(学芸出版社)の塩瀬隆之先生のお話を伺ったのですが、まさに「問いのデザイン」という言葉は本質を突いているなと思いました。課題を考えるときに、状況や制約をいかに設計するかで勝負が半分決まっているというか。そこがうまくいけば、多くの人が良いアイデアを出せるし、良いアクションを起こせるということなんだと思います。

塩瀬さんの『問いのデザイン』は本当にその通りですね。僕は、ヤフー株式会社 CSO・安武和人さんの『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』(英治出版)などにもすごく影響を受けていて。僕らも「イシューをいかに設定できるかで8割は決まる」と思っています。そして、まだ設定しきれていないイシューのフォーカスが合うきっかけは、誰かに会うか、旅をするか、本を読むかの3択で、一番強いのは、やっぱり「誰かに会う」です。

西村今年6月に東京・神保町に『無用之用』という書店をつくられましたよね。「無用の用」は、すごく好きなテーマで。役に立つかどうかは状況次第なので、役に立たないと思っていることはむしろやったほうがいいと思うんですけども。今の話は、「無用」にフォーカスした背景にも実はつながっているんじゃないでしょうか。

東京・神保町にオープンした書店「無用之用」

イシューのフォーカスが合わないということは、自分のなかにそのための知がまだないんですよね。だから、問いを定めるための外からの刺激や知がすごく大切だと思うんです。

西村「問いを明確にするための知がない」というと、人は役に立ちそうなものを手に取ろうとしてしまう。そうではなく、本当に無用だと思う世界に行っても大丈夫だと思ってもらうにはどうしたらいいのかなと思うんですね。

最近、僕は天文考古学の本を読んでいたんですけど、天文考古学が僕の役に立つ可能性は2ミリくらいしかないと思われる。でも、僕はそこに本当にすごい可能性があると思うんです。なぜなら、自分が取り組めていないテーマはきっとまだ残っているし、それに気づいていなければ役に立つと思えるはずがない。だからこそまったく関係なさそうなテーマに行ってみるんです。それでも、今見えているテーマに紐付けようとするところが前段階にあるなと思っていて、もういっそぐっと役に立たないほうに行ったほうがいいよと、ある講演でちょっとしゃべってみたら、みなさんがポカンとしているのがすごい伝わってきて(笑)。

すごくよくわかります。「役立ちそうだ」と自分で気づいていることは、自分が属している狭い世界でしか役立たないですもんね。いかに自分の意識の外の世界に気づけるかが、今一番大切なことだと思ってます。関心なさそうな書籍を眺めてみるというのは、その絶好のトレーニングです。

よくわからないけど、感性や気持ちがちょっと動くものを見つけ、「普段は興味を持たないけど、ちょっと興味がわいた」みたいなことに気づけるようになると、自分から少しずつ遠いものに徐々に徐々に気づけるようになっていきます。そういうトレーニングは、今誰もが大切にすべきことだと思います。

西村子どもと遊んでいると、すごく役に立たないところに向き合わざるを得ないのがいいなと思っていて。うちの子どもは今、すごく鳥が好きで「あの鳥は、◯◯科のこういう鳴き声の鳥で、たぶんああれは冬羽(ふゆばね)だから夏はこういう色で」みたいな話をしてくれるけど全くわからない。下の息子は電車が好きで、やたらと電車の型番を知っている。家族のなかで、自分にはない趣味をもっている人と向き合っていくと世界が広がるなと思います。筧さんは、自分の世界を広げるための出会いってどうやってつくっていますか?

昨年亡くなられたエンジェル投資家の瀧本哲史さんは、教養というのは「自分とは思想が異なる人、自分にとって未知の領域に精通している人」と対話ができる能力だという趣旨の発言をされていて、すごく共感しました。

最近は「この人たちと対話できるんだろうか?」と感じるような異分野の方が募るパネルディスカッションにはできるだけ積極的に登壇させてもらうようにしています。僕は、そういう場でにたまたま隣にいた人との出会いから、視界がひらけ、イシューのフォーカスがあい、プロジェクトが生まれる成功体験がけっこうあるので。

本の選び方も、そういう成功体験に出会えるとやっぱり変わりますよね。だんだん誰とでも、どんな領域のテーマでも、比較的理解しながら話せるようになって、瀧本さんが言うところの教養が身につくんだろうと思います。自分が「無用の知」に触れるために、「無用之用」という書店を作ったというところもありますね(笑)。

西村なるほど。特に最後の『無用之用』の話は、すごく聞きたかった話でした。今日もいつにも増してありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

筧さんと西村さんの、約10年の関わりがあってこその対話だなと思いました。それぞれに取り組んできたテーマと経験の厚みのなかで、深く響きあっていた一つひとつの応答をていねいになぞって構成するように心がけました。

人はどうしても「自分に見えている範囲」でものごとを理解しようとするものだけど、その範囲が非常に限定されたものだと気づくことはとても難しくて。でも、「自分に見えていないものがある」というわきまえがなければ、意見の相違から分断を生んでしまうこともあります。社会の課題を解決するうえでも、「無用の用」という言葉は重要なキーワードだと思いました。

次回のインタビューでは、『Forbes JAPAN』Web編集長の谷本美香さんのお話を伺います。また、がらりと違う視点からの「時代にとって大切な問い」を聞かせていただけそう。どうぞ楽しみにしていてください。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
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