新たなフロンティアに挑むとき、人類は常に同じプロセスを繰り返している。一般社団法人SPACETIDE・石田真康さん【インタビューシリーズ「時代にとって大切な問いを問う」】
シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大事な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツです。「ROOM」では、記事と連動してインタビュイーの方をゲストにお招きする、オンラインセッションを毎回開催しています。
10月15日(木)18:30-20:30 at Zoom ゲスト:「一般社団法人SPACETIDE」代表理事兼CEO・石田真康さん
詳細・参加登録: http://emerging-future.org/news/2259/
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第4回にご登場いただくのは、「一般社団法人SPACETIDE」代表理事兼CEO・石田真康さん。グローバルなコンサルティング・ファーム「A.T Kearney」の経営コンサルタントとして活躍しながら、SPACETIDEでは新たな民間宇宙ビジネスの振興に取り組み、政府の宇宙戦略を立案する委員会にも参画されています。
インタビューでは、石田さんが宇宙産業に感じている可能性、宇宙をめぐる世界各国と民間企業の動きの現在地、そして宇宙という途方もない空間に人類が挑むときに問われる「問い」についてお話を伺いました。
(構成・執筆:杉本恭子)
2003年、東京大学工学部卒。「一般社団法人SPACETIDE」の共同創業者 兼 代表理事 兼 CEOとして、新たな民間宇宙ビジネス振興を目的に年次カンファレンス「SPACETIDE」を主催。グローバルコンサルティングファーム「A.T. Kearney」にて宇宙業界、ハイテク業界、自動車業界を中心に15年超の経営コンサルティングを経験。内閣府宇宙政策委員会 基本政策部会 委員。ITmediaビジネスオンラインにて「宇宙ビジネスの新潮流」を2014年より連載中。また著書に『宇宙ビジネス入門 Newspace革命の全貌』(日経BP社)がある。
宇宙のスケールは桁違いだと知って
頭のなかで何かがパリンと壊れた
西村まずはじめに、丁寧めの自己紹介からいきましょう。よろしくお願いします。
石田究極的にやりたいことは、宇宙産業の発展と拡大を通じて未来をつくること。その目的のためにいくつかの仕事をしています。
ひとつめは、「一般社団法人SPACETIDE」で国内外含めて宇宙ビジネスに関わる人たちのコミュニティをつくり、盛り上げていく活動をしています。具体的には、日本で一番大きい宇宙ビジネスのカンファレンス『SPACETIDE』を毎年開催したり、ゲストを招いて宇宙ビジネスについて語り合うYouTubeライブ番組『SPACETIDE Q』を隔週で配信したり。半年に一度、宇宙ビジネスの業界レポート『COMPASS』を日本語と英語で発行しています。
宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE 2019」の様子
2つめは、宇宙に関する政策立案と実行を支援するために、政府の宇宙政策委員会などで委員をしています。つい最近では、日本の宇宙戦略の根幹となる宇宙基本計画を5年ぶりに改訂する委員を務めました。
僕は「A.T.Kearney」というアメリカのコンサルティング・ファームにも所属しているので、場合によっては政府機関や宇宙ビジネス関連企業の抱える経営課題を解決するために、コンサルタントとしてプロジェクトをやることもあります。あとは、いわゆる執筆や講演などを通してできるだけ多くの人に、宇宙ビジネスの現状や魅力を発信する活動もしています。
石田さんの著書『宇宙ビジネス入門 NewSpace革命の全貌』(日経BP、2017)
杉本現在に至るまでの道筋を「問い」の歴史で振り返ると、どんな問いがあったのでしょうか? そもそも、宇宙に関する仕事をするようになった始まりは?
石田小学校3年生くらいのときに、『機動戦士ガンダム』や『聖闘士星矢』などのアニメからギリシャ神話に興味をもち、その延長上で星の本を読んだんです。当時は関東地方からも出たことがなかったのに、地球が太陽系の一部で、その外側に銀河系があり、さらにはたくさんの銀河があるという宇宙の存在を知るわけです。まだ10年しか生きてないのに宇宙は138億歳ですよ。あまりに桁違いなスケールに価値観がものすごく揺さぶられたのを覚えています。
西村小学生にして、価値観が揺さぶられて。
石田そうそう。頭のなかで何かがパリンって割れたみたいな衝撃でした。「宇宙ってなんだろう? 生きるってなんだろう? 地球ってなんなんだろう?」って、考えるけれど意味がよくわからなくて、すごく怖くなったりしたことも覚えています。
自分の人生を決めるものさしを
“外の声”から”内の声”に切り替えた
石田小学生の頃は「夢は宇宙飛行士になること」って書いていたんですけど、青春時代を過ごす中で興味が他のことに移っていって。ただ、就職活動の前に、NASDA(JAXAの前身)を訪問したんです。すると、当時の研究員の人に「NASDAで活躍したからといってNASAのプロジェクトの中枢に行けるとは限らないし、その逆もそう。宇宙は国にかかわることだから」と言われてがっかりしました。
僕が大学を卒業した2003年には、もうインターネットが普及していたので、「世界はつながっている。宇宙業界でも世界レベルでチャレンジができるのかな」と思っていたんです。けど、実際は国境が歴然とあるんだと知って、元々興味が薄れていたこともあり、一度宇宙への熱が冷めちゃった。だから、20代は宇宙に関することは1ミリもしていない。コンサルタントの仕事に打ち込んでいて、完全に忘れてしまっていました。
ところが、29歳のときにパニック発作を患うんです。コンサルタントって、インパクトを残すとか、意義あることや儲かることをやるとか、人生の成功要件みたいなものを並べて、必要以上に自分の人生に生きる意味や意義を求めてしまう人が多いんですよ。僕もそのループに入ってしまい、「僕は何のために生きているんだろうか?」とすごく悩んでいけれど、答えがよくわからなくて。過労とともに倒れてしまったんです。
杉本人生の成功要件みたいな価値基準に、自分自身をフィットさせられなかったということですか?
石田まさにそうですね。そのとき、僕は自分の人生を決める外の声と内の声という概念に気づいたんです。外の声というのは期待とか評価とか、内の声というのは好きとか興味とか。倒れるまでは、外の声が僕の人生をドライブして、うまくいっていたんです。自分でいうのも変ですが、とても優秀なコンサルタントだったと思います(笑)。けど、走り続ける間に、行き過ぎたというか、気づいたら内の声が聞こえなくなって摩耗して倒れたんですよね。
リハビリには4年間かかりました。一番ひどかったときは、本当に1カ月後に生きている自信もなかった。そのとき「どうせいつか死ぬなら、死ぬときに後悔したくない。僕は、人生でやりたいことをやったのかな」と思ったんです。すると、「来月死ぬとしたら後悔はないのかな?」というすごくシンプルな問いが立って。「あんなに宇宙が好きだったのに、宇宙のことを何もやっていないな」って思い出しちゃった。
外のものさしがぶっ壊れてしまうと、すごいことをやりたいとかはどうでもよくなりました。「何でもいいから宇宙のことを始めよう」と思って偶然発見したのが日本の民間発の月探査のためのプロボノチーム「HAKUTO」。「なんでもするから混ぜてほしい!」ってウェブから問い合わせして、プロボノメンバーとして参加しました。現在の宇宙に関する仕事への道は、そこからはじまりました。
「後悔しない人生ってなんだろう?」という問いを立てると、とにかく好きなことをやるという内なるシンプルなポリシーで走れるようになって。目の前に現れるいろんな人がくれる宇宙に関するチャンスを一個ずつ拾っていったら、記事を書くことになり、政府委員会に参加することになり、仲間と「SPACETIDE」を立ち上げ、「A.T.Kearney」でも仕事としてやるようになり、2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式スピーチで言った「Connecting the dots」みたいに、いろんな点と点がつながっていったんです。
10年、20年後に日本の顔となる
産業って何だろうか?
西村このシリーズでは「今の時代、問うべき問いなのに盲点になっている」「こういうことを考えたほうがいいんじゃないか」ということを丁寧に聞いています。石田さんは「今の時代にとって大切な問い」ってなんだと思いますか?
石田僕は、宇宙をより普遍的な産業にしたいんですね。たとえば、自動車産業には、世界中で人々の移動と自由を支えるプロダクトがあるだけでなく、国内だけでも自動車の製造や販売に関わる人が数百万人います。また、その基盤技術から新たな産業が生まれて、さらに雇用が広がるということも起きていますよね。僕が「宇宙産業の発展と拡大を通して未来をつくりたい」というとき、目指すのはそういうことです。
SPACETIDEが発行する宇宙業界レポート「COMPASS Vol.3」(2020)
西村なぜ、産業にすることにこだわるんですか?
石田そうですね。1つの理由は宇宙業界の職の少なさです。日本では航空宇宙学科を卒業した多くの人がまったく他の業界に就職するんです。SPACETIDEをやる中でも、「宇宙ビジネスに参画したいけどどうやったら入れますか」とよく聞かれるし、欧米の人たちでも本業は別にもちながら、宇宙もやっているという人をたくさん見ます。
宇宙の仕事をしたいのに活躍する場がない。それくらい狭く・小さいのが今の宇宙業界です。だから大きな産業にしたい。やりたい人が挑戦できる、続けられる、輝ける、そういう業界になればと思っています。それともう1つの理由は「10年後、20年後の日本の顔となる産業はなんだろうか?」というのが僕の問いですね。
入社した当時、「A.T.Kearney」のグローバルミーティングに行くと、みんなが日本製のスマホやデジカメ、自動車を持っていました。この10年の間に日本製を持つ人も、日本に紐付く話題もどんどん減っているのをすごく感じます。観光、食事、サブカルチャーがほとんどで、自動車ですらあまり話題にあがらない。
一方で、どれだけグローバル化が進んでも国というアイデンティティは残ると思うんです。たとえば新型コロナウイルスの感染拡大以降は国境が閉じていって、ほとんどの日本人は今国内にいるわけですよね。ビジネスはオンラインで飛び交っているから国を感じないけれど、生活をする環境としては国を意識せざるを得ない。そう考えていくと、10年後、20年後に世界の人は”JAPANの顔”が思い浮かばなくなるんじゃないかと思ったんです。
西村なるほど。「日本の産業の顔」って、あまり気にしていない人もけっこういると思うんです。どうしてそこが盲点化してしまうのか、あるいは石田さんはなぜそこが気になるのかを知りたいです。
石田日本に生まれ育ったからかな(笑)。あと、宇宙業界の国際的なカンファレンスとか「A.T.Kearney」のグローバルミーティングに出ると、自然と「日本って歴史的にさ」「なんで日本はこうなの?」とか聞かれてきたからかな。石田の背景にある日本を見て問いかけられると、それに答えようとするんですね。
宇宙というフロンティアに挑む
バックボーンはあるのだろうか?
西村問われたら答えようとする。「自分は何をすれば悔いがないんだろう?」「宇宙だ」みたいな。石田さんはすごく素直なんだなというのが僕の素直な感想です(笑)。そこで僕からも問いかけてみたいのですが、石田さんがつくりたい「宇宙産業の発展と拡大による人類の未来」に関して、他の人にも考えてほしいことはありますか?
石田他の人に考えてほしいこと……。うーん。考えたことがない問いだから、話しながら頭を回転させてみますね。
近年、イノベーションといわれる領域のテクノロジーは、100年前なら”神の領域”とされた世界だと思うんです。宇宙開発、深海開発、AI、あるいはフードテックもそうですね。これらはビジネスの断面で見るとフロンティア感があって面白いけど、そのバックボーンを捉えようとするとすごく複雑性があると思うんです。
たとえば、「月はいったい誰のものか?」。月には公共財のような側面があります。ビジネスの概念で見れば開発すべきフロンティアであり、科学の観念からすると未知なるもの、国家にとっては安全保障ですよ。どれも正しいんだけど、全部を含めたときに「人類って何をやっているんだろう?」と思うことがあります。
月はいったい誰のものなんだろう?
結局、宇宙を通して、いやでも人類の歴史を見てしまう。たぶん100万年前と人類がやっていることは変わらないなと思うんです。フロンティアがあれば争ってそこを目指そうとする。テクノロジーが進化して神の領域に入りつつけれど、そこにおいて求められる哲学や倫理は追いついていないですよね。
西村身体の拡張という意味では、頭脳を含めて神の領域に入りつつあるけれども、精神はまだまだ子どもの状態のままという感じでしょうか?
石田そこについては、僕も自分のなかで答えがなくて。そもそも正しい答えがあるのかどうかもわからないよね。ただ、できることが大きくなればなるほど、哲学的なバックボーンが追いつかないと、多くの人の賛同を得られなくなっていくと思うんです。
従来の宇宙開発は国家がやっていたから、国威発揚と安全保障がバックボーンでした。「自動車も飛行機もつくれるし、宇宙にも行ける」ということをもって、「日本は世界に冠たる先進国だ」と示す。そもそも、税金を使うわけだから国民に納得できるストーリーも重要でした。
ところが、宇宙に向き合う技術と資金を手にした起業家やビジネスパーソンのバックボーンは、“ワクワク”とすごそうなビジョンですよ。それは強烈なドライビングフォースなんだけど、そろそろ「宇宙に挑むことに何の意味があるのか?」をちゃんと説明できないと、宇宙でビジネスを広げる説得性がなくなる気がしています。
新たなフロンティアに挑むとき、
人類は同じプロセスを繰り返している
西村たとえば、大航海時代のヨーロッパ諸国がアメリカ大陸に進出して植民地を獲得していったのは、まさに国威発揚と安全保障なわけですよね。そして、イギリスから独立する段になって「なぜ独立しなければならないのか」を『アメリカ独立宣言』に書いています。今はまだ「なぜ宇宙に行くのか?」はあまり問われていないということですよね。
石田新しいフロンティアって、まずは土管を通してみんながトライする、その後に「なんのためだろう?」と問い直してルールメイキングをするというフェーズで進んでいく。宇宙は今、土管が通っていろんな人がトライしはじめる、とにかく面白いフェーズですよ。ただ、そろそろ次のフェーズも見えてきています。宇宙ゴミの問題なんてその走りじゃないかな。
高度2,000km以下の軌道を周回するスペースデブリの分布。(NASA employee / Public domain)
これだけ新しいビジネスがトライ&エラーを始めているのに、宇宙におけるルールメイキングについては、まだ誰も答えをもっていないと思います。
今のところ、宇宙のルールメイキングの大きく2種類です。ひとつは拘束力をもつ条約。ただし、宇宙に関する国際条約は、1969年の「宇宙条約」以降ひとつも結ばれていません。利害の調整が複雑すぎて、みんなで一緒にサインできる条約がないんです。
しかも今は、世界の3分の1にあたる約60カ国が、JAXAのような宇宙機関をもっています。加えて、ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクのようにNASAなどに予算をもつビリオネアもいます。そこでもうひとつ、ソフトローといわれる罰則のない紳士協定のようなものと強者連合によるルールメイキングがありえますが、その議論は全然追いついていないんですよね。
西村宇宙に関わる理由も背景もバラバラなプレイヤーが同じ空間に押し寄せているんですね。
石田うん。かつては宇宙活動を行うのは米国とか旧ソ連とか限られた国家だけだったので、良くも悪くもそこで共通認識ができた。けど、ここ10〜20年で急激にプレイヤーの数が増えていて、共有しているのは宇宙空間というフロンティアだけ。テクノロジーと資本に後押しされてプレイヤーは増加しているのに、共通のルールも歴史認識も十分にはないし、目指している世界もバラバラです。そんな中で、「どうやって宇宙に関する共通認識をもち、人類としてのルールメイキングをしていくのか?」は非常に難しい問いだと思います。
「人類と宇宙とは?」という問いを考える場がない
西村以前、脳科学の研究者にお話を伺ったときに「脳のある部位に処置を施せばある行動を変えられると判明したとして、その処置をしてよいのだろうか」と言われたんです。たとえば、犯罪を犯した人になら処置してよいのか? 罪の重さに合わせるべきなのか?と考えていくのですが、科学者は刑法の勉強をしているわけでもなければ、人間性の研究をしているわけでもなく、科学の専門家なわけですよね。「治療の是非を決めるのは科学者の役割でしょうか?」というのが、その研究者の方の問いだったんです。
こうした専門性を超えた問いにぶつかるケースは、どの分野でも同時に起きていると思います。宇宙を目指している人たちも、決して国家や安全保障に詳しいわけではなかったりしますよね。
石田そうそう。「そもそもみんなが同じ問いを見ているのか?」と思うときがあります。「宇宙における安全保障とは?」のようなサブテーマで議論する場所はたくさんあるんです。ただ、「人類と宇宙とは?」という統合的な問いを考える場がないんですよね。
西村:人体や社会に関わる問題であれば、比較的倫理の問題として議論しやすいと思うんですけど、深海や宇宙のように人間が存在しない空間のことになると、「なんで宇宙に行くんだったっけ?」みたいな問い直しが起こりにくい。
かつては地上から見上げるだけしかできなかった宇宙だけど……
石田宇宙はあまりにも遠い存在だったからこそ、人類はそこに神を感じることができたんだと思う。ところが、飛行機が発明されると宇宙は「空の上にある夢の空間」になり、さらに月面着陸に成功して宇宙ステーションができると「未来を思い描く場所」になった。長らく“神の領域”だった宇宙が夢から未来へと、そして現実へと、どんどん手前に近づいている感じがするよね。
昔の人類は、宇宙を見上げて深遠な問いを立てて、哲学や宗教を創り出していたわけだけど、今は「行くのにいくらかかるの?」って、宇宙をコストで語る時代ですよ。宇宙が身近になったせいで、人間が立てるあらゆる問いが瑣末になっているのかもしれないと思いますね。
それでも宇宙に挑む瞬間には、大企業だろうがベンチャー企業だろうが、やっぱり一定の倫理観が求められるんです。「法律上問題はないですか?」「月はいったい誰のものなんですか?」とか。そんなことを問われる業界って他にないと思う。
西村『機動戦士ガンダム』の世界でいうと、その哲学がないままに宇宙に行ってしまった人類が、哲学を問い直したときに「なぜ地球に支配されないといけないのか?」という問いが立って戦争が起きるというパターンですよね。
石田今は「土管を通さないと話にならない。行った先に何が起きるかを考える前に、ひとまず行こうよ」と、ガンガン投資しているフェーズじゃないかと思う。宇宙にたくさんの人が住み始めると「一体俺たちは何をしているんだろう?」と戦争が起きて、また歴史は繰り返すのかもしれないですね。
西村価値観って環境から形成されるものだから、宇宙で育つ人たちには宇宙の価値観が育つと思うんですよ。
石田たしかに。僕たちは今、地球の価値観を宇宙にもっていこうとしているんです。まさに、ジェフ・ベゾスとかが発表したスペースコロニーもすべて地球を再現しようとして。いずれ、地球を一度も見ずに宇宙で生まれて一生を終える人たちが出てくる。地球を見て「あの青い星はなに?」という子どもたちの世代になった瞬間、宇宙の文明は変わるんだろうと思いますね。
共有できるのは「幸せ」か「悲しみの予防」か?
石田この1〜2年で、僕の関心は宇宙そのものから、「宇宙を通じてどんな未来や社会をつくれるのか?」という風に変わりつつあります。普段は感じにくいけど、衛星放送とかナビ・アプリとか飛行機の機内WiFiとか、僕たちの現代生活って宇宙技術に支えられているんです。けど、昨年後半から政府の宇宙基本計画の議論に参加する中で、まだまだ宇宙と地上のユーザーは遠いなと強く感じました。
そこで、宇宙を普遍的な産業にしたいという想いも重なって、色々な人と議論してたどり着いたのがSDGsでした。「世界共通言語であり、世界共通課題であるSDGsに宇宙ビジネスが貢献出来たら、なにか新しい水平線が拓けるのではないか」と思って立ち上げたのが「Space Biz for SDGs」というイニシアチブです。
「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」。2030年の達成を目指す17の目標が掲げられている。
ただね、僕はSDGsというのをまだ十分咀嚼できていなくて、「SDGsをすべて解決したらよい世界になるのか?」というとわからないなと思っているんです。西村さんはどう思っているの?
西村SDGsが解決したら、負の外部性を誰かに押し付けない、副作用で苦しむ人が少ない世界になるとは思います。
石田僕は初めてSDGsの17項目を見たとき、西村さんがおっしゃる通り負を全部消していくように見えたんです。それは、サイズ感は全然違うのだけど、僕の20代と似ていると思いました。
コンサル業界にはDevelopment Needsって言葉があるのですが、「クライアントの期待には応えよう」「人より早く成長しよう」とか、誰にも否定しようがないKPIを追いかけて僕はそれを満たしていった。そして、コンサルタントとして成長して成果も出したけど、結果としてパニック発作を起こして、自分の内側に幸せを見つけたわけです。だから、「2030年にSDGsをすべて解決した人類は幸せなんですか?」という問いに対して「Yes」とは言えないなと思うんです。
西村問いの出発点が「人間が幸せになるためにどうしたらいいか?」ではなく「自分がその立場に置かれたらいやなことはなんだろうか」というところからきているので、幸せになるかどうかとは別な話ですよね。SDGsの達成は、幸せの基盤になるかもしれないけれど……。
石田まさにそうだなあと思う。ある意味でネガティブチェックなんだよね。今、「あれはよくない」「これはよくない」という考え方や振る舞いがすごく多くて、極端に社会的な正しさを求めるあまりに自粛警察みたいになる人たちまで出てきてしまう。人は社会的な動物だから、ルールというのはもちろん重要だけど……。人って、根源的には幸せになるために生きているのであって、正しいことをするために生まれてきて死んでいくわけじゃないんじゃないか?と思うわけですよ。正しさを突き詰めた先に幸せはあるんでしょうか?
西村さんが「僕の中で凄い大きなパラダイムシフトを起こした人達」という心理学者たちの本
西村心理学でいうと、悲しみの裏側に喜びがあるわけではないんです。悲しみと喜びは別軸だから。かといって、喜びの創造だけをして悲しみの予防をしないと、悲しみは増えてしまう。結局両方をやろうという話になるんだけれども。
杉本世界中のインテリが「ポリティカリー・コレクトで幸せになれるのか?」という問いに応えられなかった結果としてポピュリズムが台頭したのかなと思っていて。だから、悲しみの予防だけでなく、喜びの創造のほうをもっと一所懸命やらなければいけないのかもしれませんね。
石田おっしゃるとおりですよね。高度経済成長期のように、みんなで幸せになる方法を共有できた時代を過ぎて、社会が成熟して幸せが多軸化すると共通項になり得るのがネガティブチェックだということだよね。宇宙の話も、AIの話も同じだと思う。可能性を解放しようという議論と不幸をなくそうという議論の界面がすごく難しいし、間違えたときのインパクトが昔とは比べられないくらいに大きいんですよ。
宇宙に挑む大義ってバラバラなんです。ジェフ・ベゾスは「人類の持続可能性」と言っています。今、日本では100を超える企業が宇宙ビジネスに参加をしているけど、将来的な事業領域の拡大を掲げていたり、あるいは先進的なイメージをもちたいという企業もある。バラバラの大義をもつ国や企業が一緒にやっていくためのルールメイキングをするとき、共通項は「何をやりたいか」ではなくてネガティブチェックのほうになるんだよね。
好きという感情だけは
ブレイクダウンしようがない
石田今日話しながら思ったのは、「宇宙産業の発展と拡大を通じて未来をつくりたい」ということを実現するための問いはいくらでも立つけれど、「それにはどんな意味があるんですか?」という問いは立てたことがないんですよね。
なぜかというと「宇宙が好きだから」にすべてが帰着してしまうからです。僕は、宇宙に恋しているようなもので、本当に「好き」でここまできた。好きという感情はブレイクダウンしようがないから、自分の中に問いが立たないんだよね。
杉本「宇宙が好き」という感情は子どもの頃と同じですか? それとも違ってきていますか?
石田宇宙が好きだということは変わっていないけど、今の僕をドライブするのは宇宙を通じて次世代の未来をつくれるかもしれないという喜びも半分あると思います。そういう意味では、軸足は内の声にあるのだけど、社会との接点で感じられる外の声もまた僕のモチベーションになっている気がします。
「宇宙が好き」と話すときの石田さん、本当にすてきな笑顔です!
ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクやいろいろな起業家が見せてくれた「宇宙の技術は地上で生きる僕たちの生活をこんなに変える可能性がある」ということにリアリティを感じるようになって。それこそ、顔がなくなっていく日本の中で、こんなに可能性のある産業はないんじゃないか。ひょっとしたら”宇宙の日本”になれるかもしれないと思ったこともひとつです。
宇宙に関わるステークホルダーが多様化する中、もしかしたら僕みたいにどこにも属さないニュートラルハブみたいな人が、複雑化している議論をまとめていくときに意外と役に立つかもしれない。いろんな意味で可能性を感じているんですよね。宇宙はもう夢ではなくて近い未来だし、今まわりにいる仲間とだったらすごいことができそうだという手応えもあります。
今より良い未来をつくれるという手応えにワクワクを感じていますね。そういう意味でいうと、ひょっとしたら僕の中には大義の卵ぐらいはあるのかもしれません。
杉本コンサルティングのお仕事では、あらゆるリスクを想定してプロジェクトを成功に導くということもされていると思います。その一方で「好きだから」という気持ちに基づいて宇宙に取り組まれることがよいバランスになっているのでしょうか。
石田そうだね。だって、この3人で来週zoomできる保証はないでしょう? いつ何が起きても後悔しないように、自分の好きという気持ちに従うということが……あれ?「後悔しないために」って僕が言ってるね。これって、ネガティブチェックだな……。
西村衝撃の瞬間が訪れましたね!
石田衝撃ですね(笑)。僕の場合は「後悔しない」の裏返しは「好きなことをやりたい」だったんですよ。
西村そこには何らかのジャンプがありますね。
石田うん。ネガティブチェックがきっかけだけど、飛躍して「好きなことがやりたい」になっちゃったんですよね。何か行動するときに「それは好きなことなのかどうか?」を無意識に自分に問うている。時間を使うときには「好きかどうか」「関心があることかどうか」で明確に選別するようになったと思いますね。
僕は20代にコンサルタントとして仕事をしてきたから、常にソリューションと解を見出そうとする癖みたいなものがあります。それに対して「好き」という感情は思考を停止できる唯一のものなんです。僕は、西村さんをすごいと思うのは、答えのない問いをずっと考え続けているでしょう? 最後に聞いてみたいんだけど、なぜ終わりのない問いを考え続けようとするんですか?
西村僕は中学生の頃にコンピュータゲームをつくるのが好きだったんです。無限に続くゲームをデザインしたくて。それと同じように、今はいつまでも突き詰められる終わらない問いをもちたい。むしろ、解が見えたら冷めちゃうんですよ。人生を賭けるに値する問いについて考えていたいと思っています。石田さん、今日はありがとうございました。
この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/
神の世界から夢の世界へ、そして未来から現実へ……。かつては、映画やアニメに描かれるファンタジー、あるいはごく一握りの人しか到達できなかった宇宙空間が、今やビジネスの場へと変わりつつあるということを、リアルに感じ続けたインタビューでした。この地球上からフロンティアが消えて、バーチャルの世界であるオンライン空間からもフロンティアが失われて、いよいよ人類最後のフロンティアへ!という時代がもう到来しているのです。
未知の空間であるからこそ、起こりうるリスクを徹底的に考え抜かなければいけないのだけれど、ただただ考えてばかりいたら一歩も前に踏み出せない。かといって、「宇宙に行きたい!」という気持ちだけで前進するのは危険すぎる。石田さんたちは、インタビューで語られていた「ネガティブチェック」と「好き」の間でバランスをとりながら、宇宙空間に挑んでおられるのだろうと思います。
宇宙というフロンティアを得て、世界はどう変わっていくのでしょうか?「人類はなぜ宇宙に挑んでいるのだろう?」という問いに、みなさんならどう答えますか? いろんな答えを重ね合わせたとき、もしかすると大きな答えが見えてくるのかもしれません。
次のインタビューは、四半世紀に渡ってアフリカの医療協力続けている、東京女子医科大学教授・杉下智彦さんにお話を伺います。