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多様な「接面」をもつことがアイデンティティを強くする。Forbes JAPAN Web編集長・谷本有香さん【インタビューシリーズ「時代にとって大事な問いを問う」】

ROOM

シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大事な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くミラツクのメンバーシップ「ROOM」がお届けするオリジナルコンテンツです。12/23に開催されるミラツク年次フォーラムではROOMと連動し、インタビュイーをお招きしたセッションを開催しています。

「ミラツク年次フォーラム2020」
開催日時:2020年12月23日(水) 9:30-20:00 at オンライン
◯セッション2-B(13:15-14:30)
「今問われるリーダーシップとは」
谷本 有香さん Forbes JAPAN Web編集部 編集長
篠田 真貴子さん エール株式会社(YeLL Inc.)  取締役
中西 裕子さん 資生堂 R&D戦略部 R&D戦略G マネージャー
阿部 裕志さん 株式会社風と土と 代表取締役
モデレーター:NPO法人ミラツク 執行役員 宝槻圭美さん
◯詳細・参加登録:http://emerging-future.org/news/2400/

第8回は、Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香さんにインタビュー。経済キャスターとして活躍し、長きにわたり金融経済の世界を伝える仕事をしてきた谷本さんは、今この時代にどんな大切な問いをもっているのでしょうか。低迷していると言われている日本経済を立て直すために必要な視点のもち方を、西村さんとともに語り合っていただきました。

(構成・執筆:杉本恭子)

谷本有香(たにもと・ゆか)
Forbes JAPAN Web編集長
証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、2004年に米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、同社初の女性コメンテーターとして従事。3000人を超える世界のVIPにインタビューした実績があり、国内においては多数の報道番組に出演。現在、経済系シンポジウムのモデレーター、政府系スタートアップコンテストやオープンイノベーション大賞の審査員、企業役員・アドバイザーとしても活動。2016年2月より『フォーブスジャパン』に参画。2020年6月1日より現職。「アクティブリスニング なぜかうまくいく人の「聞く」技術」(ダイヤモンド社)、「世界のトップリーダーに学ぶ一流の『偏愛』力」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などの著書がある。ロイヤルハウジンググループ株式会社上席執行役員、株式会社ワープスペース顧問

人生を揺るがした山一證券の倒産劇が
その後の人生の基盤にもなった

西村いつもと立場が逆転するのですが、今日は谷本さんのお話を聞かせていただきます。最初に、簡単に自己紹介をしていただいていいですか。

谷本 私がキャリアをスタートしたのは、山一證券という会社です。毎朝、社内向けの経済番組でキャスターとしてニュースを読み、そのほかの時間は営業企画の仕事をしていました。ところが、入社して3年が過ぎた1997年11月、山一證券は自主廃業を踏まえた営業停止の道を選びました。社長が記者会見で「社員は悪くありません」と言って号泣した、あの劇的な倒産劇を役員のすぐ隣で見ていたんです。

それは、私の人生を揺るがし、また私の人生の基盤にもなった出来事でした。経済は人間を幸せにするためのものであるにも関わらず、ひとりの人間、ひとつの企業のエゴによってこんなにも多くの人たちの人生を狂わせることがあるということをまざまざと思い知ったんですね。

あの経験があったからこそ、「金融経済の視点で多くの人たちを本当に幸せにするにはどうしたらいいんだろう?」「真の意味での経済をつくるにはどうしたらいいのか?」という問いが、私のなかで大切なテーマになっています。

西村もともと、どういう仕事をしようと思って山一證券に入られたのですか?

谷本私は団塊ジュニア世代で、バブル景気がはじけた後の就職氷河期のなかで就活をしました。特に4年制大学を卒業した女子学生は、会社説明会などで「4大卒の女子学生はいらないから後ろの席に座って」などと言われるような時代でした。すぐ上のバブル世代は踊りに踊っていて、就職も売り手市場だったのに、いったいこれはなんだ?と思いました。

大人たちが勝手にバブル景気をつくって崩壊させて、私たちはそこから何も享受していないのにツケを払う役割になったわけです。経済や景気というものが、人を踊らせてダメにして、そのツケを学生たちに払わせてしまうのなら、それをコントロールする機能はどこにあるんだろうと考えたときに、証券会社や金融機関ではないかと思ったんですね。いくつか内定をいただいたなかで、一番私たちを人間として見てくれた山一證券に決めました。

だからたぶん、今日私がお話したいのは、「強欲な資本主義が続いていくなかで、何を変えたらこの国は変わるんだろう?」という問いについて。この15年以上にわたって経済や金融の世界を生きてきて、なんとなく見えてきた解をお伝えできたらと思っています。

日本の経済リテラシーを高めるために
メディアの仕事を選んだ

西村なるほど。じゃあ、もうその谷本さんの解を聞かせていただくしかないですね。その前にひとつ聞いておきたいことがあります。経済や金融の世界のなかでも、なぜメディアに身を置こうと思ったのですか?

谷本私自身が、本当の意味で経済ときちんと向き合える、唯一の接点がそこしかなかったんですよね。山一證券が自主廃業した後、私自身はまだまだ経済を知りたいと思っていました。なぜなら、私の隣の部署の部長さんが、山一證券のいろんな不祥事に巻き込まれて殺されてしまうという事件が起きたんです。また、同じ部署で働いていた方のお子さんが「お前のお父さん山一證券だよな、泥棒の会社の子だ」といじめられて学校に行けなくなったりもして、社員だけでなくその家族にまで影響を及ぼしていました。

なぜ、これほど多くの人たちの人生を揺るがしてしまったのかを知るために、やっぱりもう一度私は金融の世界に入りたいと思いました。でも、私はずっと本社にいて顧客も持っていないし販売もしたことがないから、どこも採ってくれないわけですよね。ただ、少なくとも私は3年弱の間、山一證券の社内で経済キャスターをしていたので、この経験を活かせないかなと思ったんです。

日経CNBCキャスター時代の谷本さん

ご存知の通り、日本には経済ニュースや経済番組が本当に少ない。バブルの崩壊を経て、経済リテラシーを高める必要性があるのに、経済を伝えるメディアも人もいない。じゃあ、私が経済を伝える人間になろうと思いました。今では「経済を立て直す」「経済を良くする」という矜持をもってメディアに携わる、日本では数少ないメディアの人間の一人だと自負しています。Forbes JAPAN という経済メディアをメインにしているのは、そんな理由からかもしれません。

杉本さきほどお話しされた、山一證券の自主廃業のときに社員のご家族が責められたり、真面目に働いてきた社員の方の誇りが傷つけられたりと、多くの方の人生を揺るがせた原因の一端はメディアによる過熱報道もあったと思います。その後、ご自身がメディアに携わられるなかで、同じような事件が起きたときにどのような報道があり得ると考えられますか?

谷本まさにファクトフルネスだと思います。正しくデータを切り取り、正しい報道をする。その当たり前のことができていないんですよね。特にここ数年のメディアは、扇情的なニュースで大衆のストレスを発散させる傾向がすごく強かったので、まさにファクトに戻ることがまず必要だと思います。

証券会社や金融機関は、モノでなく信頼を売っています。その信頼が揺らいだときに「あの銀行は危ない」と、預金者が預金を取り戻そうと窓口に殺到する取り付け騒ぎが起きてしまう。人気(じんき)を乱すことが、世の中を乱すことにもなるわけです。メディアには、その「人気」をつくってしまう力があるので、必要以上に邪念を醸成しないように、事実に沿って正確な報道をすることが重要だと思いますし、私自身も非常に気をつけているところでもあります。

人の気持ちを上げないと経済は動かない

西村掘り下げたいテーマがたくさんあるのですが、ここで谷本さんが今日話したいとおっしゃっていた「何を変えたらこの国は変わるのか」という問いとその解の話に戻りたいと思います。

谷本マーケットをずっと見てきて思ったのは、日本はいろんな技術を持っているし、いろんな良いプロダクトも持っているのに、なんでこんなに冴えないんだろう?ということでした。順位こそ落ちましたが、世界3位のGDPを誇る経済力のある国なのに、なんでこんなに盛り上がりに欠けるんだろうなと思ったんですよ。

それが、さきほどお話した「人気(じんき)」だと思うんです。「景気をよくする」とはまさに言い得ていて、人の気持ちを上げないと経済は動かないということに気づいたんですよね。時価総額などはまさにそういったもので、私たちの期待感が乗って株価が上がっていきます。日本は、時価総額を上げるために必要な気の部分、心の部分がスカスカなんです。そこをどうやって満たせるのかを、すごく問われていると思います。

もちろんそれは、謙虚な国民性であるということもあると思います。「これはできそうだ」とハッタリをかけて失敗するのが怖いのか、多くの企業は6、7割の実現可能性が見えないと新製品や新サービスの発表をしないんですよね。「この会社は世界を動かしそうだ」という、夢を見せられないから誰もワクワクしないわけです。

以前、日本電産の永守重信社長にお会いした時に「ホラを吹くような経営者を増やせ」とおっしゃっていました。大ボラを吹いて、それを達成させる実力をもっているのが本物の経営者だと言うんですね。それを聞いたときに、経営者がワクワクできる未来予想図を出せる世の中になることで、日本はきっと大きく変わることができると思いました。どうすれば、経営者たちはワクワクする夢を語れるのか?ということが、私のなかでは今の時代においてすごく重要な問いだと思います。

西村「夢を語れるかどうか」と「夢を受け止めてくれるかどうか」は、鶏と卵のようなもので循環させていくようなことなのかなと思いました。つまり、すごいビジョンを語る経営者がいても、それだけだと世間との乖離が生まれてしまう。どの順番で伝えていくと、人々はその夢を受け止められるのか?というときに、メディアが非常に重要な役割を持っているのではないでしょうか。

谷本金融市場は、必ず勝ち負けができてしまうというロジックで成り立っています。そうではなくて、風呂敷ですべてを包み込むような考え方をするべきだと思うんです。メディアもまた、「ここが一番だ」と順位をつけて伝えることをしてしまうのですが、そうではなくて全てが立つ状態を目指すべきだと考えています。

自分と他人を分けてしまうのが新自由主義的な考え方であるなら、「私たち」という一元論的な考え方に戻っていくことが、おそらく日本らしい社会のつくり方になる気がしていて。戦後にGHQがつくった白人思想的な二元論からの脱却がすごく必要だと思います。私たちメディアとしては、「みんなが幸せになるにはどうしたらいいか」「これは地球のためになるかどうか」という、大きな視点を入れていかなければいけないと感じています。

経済合理主義に埋もれた
アイデンティティを取り戻す

西村せっかくみんながんばっているし、GDPは世界3位なのに、なぜかそこに気持ちが乗っていないから「すごくダメだ」と思ってしまう。それが気の話であるなら、「すごくダメだ」と思ってしまう人々の気持ちのほうにフォーカスがあるのかなと思いました。「そんなに残念だと思わなくていいよ」と伝えていくというか。

谷本今、言われたのはすごく重要なポイントで。なぜ、こんなふうになってしまっているかというと、多くの日本企業が自らのアイデンティティを見失ってしまっているからだと思います。アイデンティティは一朝一夕にたどり着けるものではありません。企業も個人も、自分自身を聞くという作業を重ねる必要があると思うんですよね。

私はこれまで世界の著名人を含めて約3000人にインタビューをしてきた経験を「アクティブリスニング」というメソッドにして、『アクティブリスニング なぜかうまくいく人の「聞く」技術』という本を出しました。「listen」だけでなく、自分の意思を伝える「ask」を組みあわせて「聞く」、インタラクティブなコミュニケーションがすごく重要だと思うんです。

なんとなく経済合理主義に埋もれていくと、「他人をぶちのめしてでも自分だけ一番になればいい」ということがアイデンティティになってしまう。だから、もう一度自分自身に聞くという作業をしなければいけないと思います。まずは自分自身に尋ねる。「自分自身は何者か」「何をしたいのか?」と「Why」を積み重ねて、自分を深掘りするタイミングがまさにこのコロナの時代に訪れているのではないかと感じています。

西村日本人のアイデンティティみたいなものは、生活様式や文化、行為のなかに埋没していて言語化されていなかったと思うんです。だから、生活様式を変えられてしまった結果、根っこにあったアイデンティティがゴソッとなくなっちゃったんじゃないかという気がします。根っこが弱ってしまっているけど、その上にある部分で「お金を稼ぐ」みたいなことはうまくやっているんだけど、今は弱っている根っこのほうに目を向けるべきというか。

ただ、新しくつくる必要はなくて。もともと持っていたものだから、「思い出す」「掘り返す」という作業で見つけられるのかなとも思います。経済について考えるとき、どうしても前に向かって新しいものを作らなければいけないという感覚がすごく強いと思うんですね。でも、本当の意味での経済を考えるのであれば、足元を問い直すこともしないとバランスを欠いてしまうということなのかなと思いました。

ラグビー・姫野和樹選手にインタビューする谷本さん

谷本そういった唯心論的な考え方が、日本人の精神に似つかわしいものであったにも関わらず、欧米型の唯物論的な考え方に移ってしまったことに問題があったと思うんですよね。「良いプロダクト、良いサービスをつくろう」というのが縦軸なら、自分だけではなくて地域、日本、世界の人たちへの愛みたいなものを横軸に据えることが重要だと思います。

愛や夢みたいなものがあると、結果的に人もお金もついてくるものだと思うんですよね。私たち日本人は、横軸の部分をきちんとつくって、そこからプロダクトやサービスを考えるのが上手なのではないでしょうか。さまざまな国際的なカンファレンスに参加するなかで、そんなふうに考えることがあります。

自らを問い直すことから
othernessの受け入れがはじまる

西村つい先日、『京都派の遺伝子 15人の海外クリエイター』(淡交社)を出版された、写真家のエバレット・ブラウンさんにお会いしたんです。作家や画家、建築家など世界中から京都に集まった芸術家の方々へのインタビューを通して、京都の今とこれからを論じる本なのですが、すごく面白かった。京都のような場所が外の人を受け入れているということに、ちょっと可能性があるなと思ったんですね。一番人を受け入れてこなかった領域の、最後の扉が開いた感じがして、もう本当に問い直さないといけないところにきているんだな、と。

そこに自信がもてるといいなと思ったんです。「問い直さないといけないとダメなんだ」ではなく、「問い直すことでやっていけるんだ」と前を向けるといいなと思っていて。そのためにも、どうすれば問い直すことの可能性を学べるかなと思うんです。谷本さんがいろんな方とお会いする中で、「問い直すことで前を向いているな」と感じられた事例があれば教えてください。

谷本たとえば、日本は世界に冠たる長寿企業がある国ですよね。私は、いわゆる老舗企業の経営者にもよくインタビューをするのですが、今年8月に老舗の和菓子店、榮太樓總本鋪が日本橋本店をリニューアルオープンされたので、副社長さんにお会いしに行ってきたんです。すると、オープンキッチンのある実演コーナーを設けられて、創業菓子の「名代金鍔(きんつば)」を200年前と同じレシピと焼き方で提供しておられたんですね。

今はオンラインショップで何でも買える時代だし、特にこのコロナ渦では本店に足を運ぶことも難しい。しかも、榮太樓總本鋪のECサイトはとても充実しています。「なのにわざわざ実演販売をするなんて、コストがかかるだけではありませんか?」と少し意地の悪い質問をしてみたんです。すると、副社長は「今はウェブで商品を知った人がわざわざ本店を訪れて、実演を見てお店のアイデンティティを確認して買うというふうに変わってきている」と言うんですよ。

江戸時代の技術で金鍔を焼ける職人は数少なく、榮太樓總本鋪さんの職人さんは全国でもトップ3に入るような人だそうです。その職人さんにわざわざ実演をしてもらうのは、榮太樓總本鋪さんの歴史、心の部分までを価値として感じて、ひとつの商品を買うという総合体験を提供するためなんですね。特にコロナ渦以降は、商品の価値のなかに、手触り感や体験、企業のあり方までを含めるほうに変わってきていると言われていました。

「榮太樓總本鋪はまだまだ200年の会社だけど、いつも時代を問うて、時代を生きる人たちと答え合わせをしてきたから生き残って来られた」とも話されていて。自分たちの歴史や伝統に執着するのではなく、そのアイデンティティを誠実かつ謙虚に見つめると同時に、社会とのインターフェースをどう変えていけばいいかを常に問い直す。そうしていかないと生き残れないんだなと思いました。

杉本「時代を問い、時代を生きる人たちと答え合わせをする」とは、どういうことでしょうか。

谷本榮太樓總本鋪さんだけでなく上場企業のみなさんは、いろんな意味において「otherness(異質なもの)」を受け入れることがすごく重要だと言われます。ただし、「自分たちのアイデンティティは揺るがない」という強い自信がないと、othernessを受け入れることはできません。まずは自分たちが何者であるかをきちんと知って、そこに対する信頼感を得たうえで、othernessを受け入れることによって引き継がれるものがあるとおっしゃっていたんですよね。

分子生物学者の福岡伸一氏が提唱する「動的平衡」という言葉がありますが、細胞は常に変わり続けながらも全体としてはバランスを取っている。つまり、時代に合わせて分子を入れ替えていかなければならないけれど、その軸はぶらしてはいけないということ。これこそまさしく長寿企業の姿なのではないでしょうか。

それぞれの時代の「正しさ」は刻一刻と変わっていくものです。揺るがないアイデンティティをもちながら、縷々(るる)変わっていく時代とのインターフェースをどうつくるかを考えられる人たちが勝ち残れるんじゃないかという気がします。

外界との接点を多くすることが
生き残る力を強くする

西村日本には優良企業も多いですし、すぐれた職人さんの考え方も受け継がれています。世界的に見ても、その数は決して少なくないと思うんですね。おそらく、身の回りでそういった良いものに触れる機会も多いはずなのに、さきほど谷本さんが言われていた「時価総額を上げる心の部分がスカスカ」になったり、アイデンティティが揺らいだりするのはどうしてなんだろう?

谷本近年、多くの経営者がアート思考を取り入れるようになったのは、これまでのロジックを積み重ねて解を導くやりかたに限界を感じはじめたからだと思います。さまざまな解の求め方があるなかで、自分軸を重視するアート思考を求めようとするのは、2つの意味で正しい方向だと思うんですよね。

ひとつは、「正しさ」は地域や時代によっても変わるし、視点によって定義自体も変わってしまう。GDPという尺度が絶対的に正しいのではなく、「自分たちは何をつくりたいのか」をそれぞれの尺度から提示することができるからです。もうひとつは、左脳的な論理思考だけでなく、自分の手や体を動かしてみないとわからないことのなかに、新しい解の出し方があるのではないかと思います。

以前、アーティスト集団チームラボの代表・猪子寿之さんに取材したときに、彼を天才たらしめた環境を知りたくて幼少期について尋ねたことがあるんです。すると、子どもの頃に育った徳島で、毎日学校が終わったら裏山の原生林で遊ぶなかで育まれた空間認識力がなければ、今の自分はないと言うんですね。

裏山で遊びながら全身で得ていた体感知みたいなもの、そこで腹落ちした自分の3D感覚があるから、いろんなものが見えてくる。頭で知ったことだけでジャッジするのではなく、体の感覚から突き動かされて何かを生み出すことができる。だから、彼らのプロダクトは心にすごく近しい部分にリンクしているんじゃないかという気がしています。改めて、そういった体感知のような部分を活性化することで、古き良き時代の日本の強さみたいなものも出てくるのではないでしょうか。

西村なるほど。ということは、そういった体感知をもたない人が増えている、あるいは決定権を持つ人たちに体感知がないということでしょうか。

谷本そうだと思うんですよ。MITメディアラボ教授のジョン・マエダさんは、世界的チェリストのヨーヨー・マさんに、「アマゾン川は水陸の接点を増やすことで生命体が繁殖する確率を高めるためにS字に進化したという説」を教わったそうです。水陸が交わる沼地のような場所で生きる生物が、サバイバルのために種を強くする「エッジ効果」がある。人間も同じように、「外界との接点のない直線的な人生ではなく、非線形の人生から新しい考えが生まれる可能性が高い」とおっしゃっていたんですね。経済も同じで、非線形の経済をつくることが結果的に強さにつながるのではないかと思うんです。
「優れたデザインは「不自由への共感」から生まれる」井関庸介、Forbes Japan Web 2018年12月25日

西村たとえば受験勉強は、一番点を取れるところを目指して最短の直線で行こうとする。そのために、偏差値や大学のランキングや専門性でジャッジして「ここでがんばってください」と最適化する。そういう考え方をちょっと横に置いて、余計なことだとされることもいろいろやってみようよ、みたいなことかもしれませんね。

谷本そうそう。受験勉強だと「合格するために強い科目を伸ばそう」ってなるけれど、足りない部分をどれだけ見つけて、苦手な部分のほうをやってみようとすることが結果的に、また相対的な自身の形成に向けて大事なんじゃないかと思います。あえて苦手な人に会う、嫌いなことをやってみる。陰陽の関係で言えば、陰の部分を見つけて、陰陽を一元化していくことがすごく重要な気がしています。

サイエンスとアートの掛け合わせが
あたらしい時代の突破口を開く

西村さきほど、経営者がアート思考に注目するというお話がありましたけども、今年から『THE KYOTO』で京都の伝統文化を担う人たちにインタビューする「文化の未来時評」という連載をしています。この3年間、サイエンスにどっぷりはめてもらっていたのですが、サイエンスだけだと出口がないなと思って。何か出口をつくるには、ちょっと違うものが必要だと思ったので、一番遠くにありそうな文化に興味をもったんです。すると、みんなが同じことを言っているなと思うんです。

茶道の人は、要は自然、山の感覚をお茶室の中に入れると言うのですが、花道の人も短歌の人も、能楽の人も結局みんな自然を持って帰ろうとしているし、そのときに起きることも似ているんじゃないかと思ったんですね。先日、華道の池坊の方々にお話を伺ったときに「華道の良いところはなんですか?」と聞いたら「心が空白になること。お花と向き合うことで心に空白をつくれる」と言われたんです。

もともと、日本の暮らしは、「空白をつくる」「自然を持ち込む」という要素で溢れていたわけですよね。でも、その意味を大切にせずに、華道も茶道も昭和の時代にお稽古ごとという文脈に乗せてしまったとたん、「自分を取り戻すためにするもの」ではなくなってしまい、ましてや「経済のためのものではない」という感覚になってしまった。

谷本日本は、自然のなかで研ぎ澄まされた感覚があったから、自然を表現する言葉もすごく豊かなんだと思います。つまり、それは私たちの生活の中にそもそも自然が包摂されているということです。または、自然の中に私たちの生活が内包されている。その感覚知みたいなものを、うまく製品サービスにつなげられていないというのかな。

やっぱり、欧米がつくったルールのなかで製品や技術をつくっているから、こういうふうになっちゃうのかなと思ったりするんですよね。まさに、私たちの感覚知みたいな部分を活かせる経済のつくり方ができれば、すごくしっくりくるしやりやすいだろうと思います。

西村この間は、和菓子職人の方にお話を伺ったのですが、欧米の人は和菓子の色を認識できないから形で表現すると言われていました。日本だと桜の色をしていれば「桜のお菓子だな」と感じてくれるけど、欧米の人はかたちを桜にしてあげないとわかってくれない。それを聞いて、日本人は桜色のお菓子から桜のイメージを受け取る力をつくりあげてきたんだなと思いました。

歌人の方のお話を聞いたときは、世界の隅っこにあるものに気づける人たちだなと思ったんですよね。短歌を詠むことで、道端に咲く花にも新しい視点をもつことができる。どう表現しようかと考えることで言葉が研ぎ澄まされていく。短歌を詠んでもお金は儲からないけど、世界の解像度はものすごく上がる。こうした力をもつことによって提示できる何かをつくれたとき、新しい価値が生まれるんだと思います。

谷本“ダウン症の書家”として知られる金澤翔子さんに何度か会ったことがあるんです。彼女には、『風神雷神』という有名な作品があるのですが、すごい余白があるんですね。金澤さんは余白をつくった理由を「ここに神様がいるから」と答えたそうです。驚いたことに、金澤さんの『風神雷神』の文字は、京都の建仁寺にある俵屋宗達が描いた『風神雷神図屏風』の風神・雷神の絵と配置がほぼ同じだったんですって。

普通だと空いている部分があると「詰めて書かなければ」と思っちゃうんだけど、昔の人は空白に神様がいると思って空けておく。金澤さんはそれができるからすごい。やっぱり日本には、空白に何かを見ようとするところがある気がします。それをこれから大切にしていってもいいのかなと思いますね。

西村それはすごくおもしろいし、僕が「文化に何かありそうだな」と思ったところにつながった気がします。文化は大事だから保存しようということではなく、前を向くために必要なものなのだと捉えられるといいなと思っていて。文化はすごく面白いものだし、自分たちの新しいイマジネーションにつながっていく。博物館のなかに閉じ込めるのではなく、もっと親しめるものとして文化を経済というところに持ち込めるとすごくいいなと思いました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

社会人としての一歩を踏み出した会社が、目の前で崩れ落ちていくのを間近に見るーー今はさらりと語っておられますが、きっと当時はくやしさも悲しさもたくさん感じておられただろうな……と思います。当時はまだ20代前半だった谷本さんが、「本当に人を幸せにする経済とはなんだろう?」という大きな問いを掴んで再出発された、その勇気に心動かされました。その後ずっと、経済の世界を見てきた谷本さんが、日本の企業に対して言われた「自らの声を聞いて、アイデンティティを再発見してほしい」という言葉は、経済活動に参加している私たち一人ひとりにも向けられたものでもあると思います。他者との比較でもなく、他者の評価基準でもなく、自分自身を見つめること。そのいとなみは、西村さんが興味を向けている「文化」にとても近いものだとも思いました。

次回のインタビューは、一般社団法人イノラボ・インターナショナル共同代表の井上有紀さんにお話を伺います。人のあり方からはじまるソーシャル・イノベーションを考えてきた井上さんは、どんな問いをもっておられるのでしょうか。どうぞ楽しみにしていてください。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
インタビュー記事