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基礎科学によるイノベーションこそが、テクノロジーの限界を超える力になる。株式会社ALE 代表取締役社長 岡島礼奈さん【インタビューシリーズ「時代にとって大切な問いを問う」】

ROOM

シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大事な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。シーズン2の3回目は、株式会社ALEの岡島礼奈さんにインタビューしました。

岡島さんは、人工衛星から“流れ星のもと(流星源)を放出することにより、人工的に流れ星を生み出す宇宙ベンチャー・ALE株式会社を2011年9月に設立。世界初となる人工流れ星の発明にチャレンジしています。この壮大なプロジェクトのアイデアは、大学生だった2001年にしし座流星群の美しさに衝撃を受け「こんなに美しい流れ星がなぜできるのだろう?」と考えたことをきっかけに生まれたそうです。

インタビューでは、今の岡島さんがビジネスとして人工流れ星の実現を目指す背景にある、「科学の発展に貢献したい」という真摯な思いを西村が掘り下げていきました。ALEが掲げる広大な地球を、無数の星屑のひとつと捉えるPale Blue Dotの視点とともにこの記事をお届けします。

(構成・執筆:杉本恭子)

岡島礼奈(おかじま・れな)
鳥取県出身。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻にて博士号(理学)を取得。卒業後、ゴールドマン・サックス証券へ入社。2009年から人工流れ星の研究をスタートさせ、2011年9月に株式会社ALEを設立。現在、代表取締役社長/ CEO。「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」を会社のMissionに掲げる。宇宙エンターテインメント事業と中層大気データ活用を通じ、科学と人類の持続的発展への貢献を目指す。

小さい頃から空を見上げるのが好きだった

西村はじめに、岡島さんがどういう人で、何をやっているのかを自己紹介代わりに伺いたいと思います。よろしくお願いします!

岡島10年前から、ALEという宇宙スタートアップ企業で人工的に流れ星をつくるプロジェクトに取り組んでいます。私は鳥取県で生まれ育っていて、いわゆるいなか育ちなんですよ。鳥取市内でも天の川銀河が見えるし、県庁の裏に「イノシシ注意」の看板が立っているし、徒歩15分で行ける公園にホタルが飛んでいました。今思うと、すごく豊かな自然に囲まれていて、星空がきれいだったから、そもそも小さい頃から空を見ていたんですね。

ただ、「星座が知りたい!」とかそういう方向には行かなくて。中学生の頃に流行していたスティーブン・W・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』(ハヤカワ文庫NF)という本を読んだあたりで、宇宙にすごい興味をもちはじめて。大学では天文学を専攻することになりました。

大学で「天文学を専攻している」と言うと、「なんで、そんなお金にならないことをやっているの?」「何の役に立つの?」ってすごく聞かれました。別に、学問は役に立つためだけにやるわけではないと思うのですが、あえて言うなら人類が大きなイノベーションを起こすには、基礎科学の蓄積による土台が必ず必要になります。だから、基礎科学に貢献したいという思いが今も根底にあります。

それをどうしたら人生のテーマにできるだろうかと考えていたときに、最初に浮かんだのは研究者の道だったのですが、私はあまり研究者に向いていなくてですね。研究者以外の道で科学に貢献する方法を考えたときに、人工流れ星のアイデアならたくさんの人にエンターテインメントとして宇宙や科学の楽しさを伝えると同時に、科学研究の進展に寄与できるビジネスになると考えています。

西村先日、世界で始めて本格的な画像認識技術を発明して、25年前に自動運転でアメリカ大陸の横断に成功した、カーネギーメロン大学の金出武雄先生にお話を伺ったんです。そのとき、金出先生は、どんでん返し的に全世界が変わるレベルで役に立つのは基礎科学なんだと言われていて、僕もそうだなと思ったんです。「役に立たないけど基礎科学は大事だよね」ではなくて、「基礎科学はめちゃくちゃ役に立つんだ」という話が以前よりは伝わるようになっている気はするんですよね。

サイエンスコミュニケーションのツールとしての人工流れ星

西村ちなみに、大学ではどんな研究をしていたんですか?

岡島私は天文学のなかでも観測的宇宙論を研究をしていました。2011年のノーベル物理学賞は、Ia型超新星の観測による宇宙加速膨張の発見をした研究者3名に贈られましたが、それに近いことを研究していました。私は、自分が概念を追求したいというよりは、人が追求した知識を全部知りたいといった感じなんです。
大学の卒業式でご友人と(右:岡島さん)

基礎科学というものがすごく大きな神殿を造っているとしたら、各々の研究者は神殿の細部に施される彫刻にきれいな模様を彫っているイメージなんです。私は、完成した科学の神殿をいろんな角度から見たいのであって、自分がつくりたいという感じでもないんですよね。むしろ、神殿を造る人たちがどうしたら快適に神殿を造れるのかに興味があります。

西村その話をALEに置き換えたときに、ALEは科学の進歩に貢献する科学者のために、会社と社会の両方においてどんな状況をつくりたいと思っているのかを聞いてみたいです。

岡島今の神殿のたとえはサイエンスにフォーカスしていたのですが、ALEにはサイエンスだけじゃなくてテクノロジーもあります。日本では、科学と科学技術が混同されがちなのですが、我々は科学をやりつつも技術的なところで人工流れ星を実現する必要があるので、その両立が実はけっこう大変なんですね。

我々は、2020年に人工流れ星を流す予定だったのですが、人工衛星をつくって95%はちゃんと動いたんですけど、一か所だけ動作不良があって流れ星が流れていないんですね。次は絶対に失敗できないので、本当は新しい技術的なチャレンジをどんどん応援する立場にありたいのに、確実性を求めなければいけない状況にあるというジレンマがあります。そのなかで、R&Dで投資家さんから預かった資金、時間とリソースの配分がすごく悩みどころなんです。

西村一般的なR&Dは会社の競争力を高めるための技術調査や開発のことですが、ALEにおけるR&Dはもっとハイレベルなのだと思います。本当に科学的な発展までを含む開発をR&Dと言っている。誰もやったことがない、やり方がわからないことをなんとか実現しようとしているのですごいことだと思います。今は、流れ星のコンセプトや方法論のイメージはついていて、あとは本当に作動するかどうか。流れ星が「燃える」という表現でいいんですかね?

岡島厳密に言うと「燃焼」ではないんです。自然の流れ星は、さまざまな大きさの粒が大気に突入したときに高温のプラズマ状態になり発光して消滅します。ALEではこの粒を人工的に再現した、直径1センチ、重さ数グラム程度の「流星源」を、独自に設計した人工衛星から放出して人工流れ星を発生させています。
ALEの人工流れ星は地上から約400kmの軌道上にある人工衛星から放出された流星源が、約60〜80kmの上空で発光するという(画像提供:ALE)

人工衛星から放出された流星源が、大気圏内の薄い空気に反応して燃えるケースもあるようですが、熱で物質が溶けて大気中の分子などに反応してエネルギーが発生する現象が多いらしいんですね。実はどの程度が熱によって発光しているのか、何%がアブレーション(蒸発・侵食)するかなどもまだわかっていないのでここにも科学が必要になります。

西村なるほど。「実は流れ星って燃えているわけじゃないんだよ」という話が、まんがなどで紹介されているといいなと思いました。子どもたちも興味をもってくれそうです。

岡島実は、JETRO×小学館×ALEによる、人工流れ星を題材にしたまんがができたんです。 『Make my dreams come true』というすごくかわいいラブコメディなんですよ。ALEのミッションは「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」です。こうしたマンガのようなエンターテインメントを通して、たくさんの人が科学に興味を持つといいなと思っています。
『Make my dreams come true』より。©千世トケイ/小学館

杉本ALEの人工流れ星は宇宙空間でのエンターテインメントコンテンツとしても位置付けられていますよね。「わざわざ宇宙空間に行ってまでエンターテインメントは必要ですか?」という問いかけを受けられたこともあるのではないでしょうか。

岡島多いですね。「無駄づかいは今すぐやめてください」なんて言われたこともあります。でも、そういうお電話やメールに広報担当の者が、「エンターテインメントのためだけでなく、科学の発展に貢献するようなデータがとれます」と、きちんと説明するとファンになってくださいます。

私のなかでは、人工流れ星はエンターテインメントのパッケージにしたサイエンスコミュニケーションの一環なんですよね。科学に興味をもっていなかった層にも届く、エンターテインメントの力を利用したいなと思っています。今までに受けた問いに答えられていないのは「自分が見上げる夜空に人工物があってほしくない」というものです。

西村ちょっと真面目な話をすると、人間だって天然のものだし、自然の一部として存在するなかで森や大地に手を加えてきているから、みんなが「自然」と思っているものすら、ある種もう天然ではないですよね。

岡島そうですね。だから、私たちは大事なフィロソフィーに広大な地球も無数の星屑のひとつとして捉える「Pale blue dot」の視点を入れているんです。人工流れ星を見た人が「人工物と自然物の境界は何だろう?」という問いをもったり、「実は自分たちも自然物の一部かもしれない」という視点で生きていけたら、世界の見え方が変わるかもしれないと思うんです。

ALEの流れ星は、研究者の”ものさし”になる可能性がある

西村ALEの事業には、エンターテインメントと基礎科学の発展というふたつの見え方があるのかなと思って聞いていました。人工流れ星をつくるという目的があるから科学が発展するし、科学が発展するから人工流れ星が実現するという関係性にあるように思います。

岡島さきほどの「ALEは科学の進歩に貢献する科学者のためにどんな状況をつくりたいのか」というご質問の「社会のなかに」のほうでは、実は人工流れ星を流すこと自体にもいくつか科学的に貢献できることがあって。たとえば、研究者にとっては私たちの人工流れ星はひとつのものさしになるんですよね。

ALEの人工流れ星はどういう物質で、どんなサイズかがわかっているので、天然の流れ星と比較することができます。小惑星帯から来ていると言われている流れ星の物質は、「はやぶさ」などが一所懸命にサンプルリターンしていますが、それに近しい情報が地上にいながらでも得られるという可能性もあるわけです。人工流れ星によって小惑星帯の研究が進み、太陽系がどのようにできたのか、できた当時の様子などをある程度解明できる可能性があるというのが、一番わかりやすい科学への貢献かなと思います。

さらに、ALEの人工衛星にセンサを搭載して大気全体のデータを取得していくと、たとえば気候変動のメカニズムの解明に役立つ可能性も考えられます。
ALE 人工流れ星・小型衛星・プラズマ技術を活用することにより、これまで得ることが難しかった大気データを高頻度で取得できる可能性がある(画像提供:ALE)

我々の人工流れ星が流れる中層大気についてはまだまだわかっていないことが多いんです。今は対流圏と成層圏しか見えていないから、それぞれが別な事象として捉えられているのですが、実は中間圏でつながっている現象もありそうなんです。それがわかると、大気全体の流れがわかってきて、さまざまな気象現象のメカニズムを解明するという科学貢献がまずは近しいところであります。

西村人工流れ星そのものがサンプルデータになっていくのはすごく面白いです。ひとつ目の話は地球をある種の実験場として見立てようということだと思います。大気を含めた地球を実験場としたときに、この実験場で起きていることを見るものさしがない。でも、人工流れ星というものさしができれば、そこで起きたことをフィードバックできて、科学者が気象現象について仮説を立てたり、研究をはじめられたりするということですよね。

中間圏のことがわかって、対流圏と成層圏がつながる話も面白いですね。たとえば、地球環境シミュレーターには地球側の物理法則によってシミュレーションを回している。一方で宇宙物理の研究者は、宇宙側のことに注目している。たしかに、宇宙と地球をつなげてシミュレーションしようという話ってあまり聞かないなと思いました。

岡島上層部がつながっていないから、地球と宇宙の話がけっこうズバッと切れちゃっている部分があるんですよね。

人間の限界を超えて知らない世界を見る方法は?

西村今、ALEのメンバーはどういう構成なんですか?

岡島メンバーは30名くらいになっていて、エンジニアが20名弱、バックオフィスが10数名です。エンジニアには、もともと欧州原子核研究機構(CERN)で素粒子の研究をしていた人や航空宇宙工学でドクターを取得した人などドクターの人が多めかなと思います。今、ALEに在籍しながら東北大学でドクターコースにいるメンバーもいますね。

エンジニアの中には、宇宙バックグラウンドではなく、ソニーやキャノンで本当に日本のものづくりを支えてきた、レジェンド中のレジェンドみたいな人もいます。たとえばCD-Rをつくった人がいたりします。
ALEメンバーのみなさん。人工衛星2号機を打ち上げたときのひとコマ。

杉本みなさんはどういう動機でALEに参加されるのでしょうか。

岡島やっぱり新しいものやことをつくりだす挑戦をしたい方が多いですね。また、我々のミッションに共感したり、スタートアップであるがゆえの最良の大きさやスピード感に魅力を感じたりする方もおられます。あるいは、大企業にいるとすごく細分化された工程の一部分しか担えないし、コミュニケーションも組織に最適化されていくので、「このままでは社外に通用しなくなってしまうんじゃないか」という危機感から弊社を選んでくれる人もいます。全体として、ALEのメンバーは、ビジネスサイドも含めて好奇心旺盛な人が多いのが特徴ですね。

西村岡島さん自身も好奇心が旺盛というか、いろんなことに興味がありますよね。人工流れ星がうまくいったら、次はこんなことをやってみたいというアイデアはありますか?

岡島めちゃくちゃお金があって自由に使える時間がある立場なら、世界中のAI研究を見ながら「物理学の新しい理論をつくるAI」みたいなものをつくれないかなと思っています。

西村それが一番インパクト極大だということですね。

岡島そうです。今まで、物理学で解明できていない現象というのは、四次元で生きている人間に限界があるからじゃないかと思っていて。人間のバイアスを取り払った機械が考え出す物理学ってどんなものだろう? と思います。物理学が発展すると、たぶんまたすごい技術ができて予想もつかなかったことができるだろうと思っていて。

西村たしかに。テレポーテーションですら量子力学の世界だから、さらに突き詰めれば空間を曲げたりできるかもしれない。
ALE社内にてメンバーと談笑する岡島さん。コーポレートステートメント”Exploring the Blue”にちなんで、インテリアもブルーで統一されている。

岡島そうすると、効率の良い移動手段みたいなものができて、系外惑星とかに行けるかもしれないから、ビジネス的に有効な活用方法はありそうだし、いろんな課題を解決できるかもしれません。でも、私が系外惑星に行って何がしたいかというと、そこにある自然とか生命体を見たいんですよね。結局、どこまで行っても「面白い生き物を見たい」とか「知りたい」みたいなことになっちゃうだろうと思います。

西村物理学にお金と時間を使ってみたいというのは、科学の探求でもあると同時にそれによって変わる世界を見てみたいんでしょうね。「いろんなものを見てみたい」といっても興味の対象が取っ散らかるのではなく、「いろんなものを見る方法」へと収束するのがすごく面白いなと思いました。

岡島たしかに、方法に収束しているかも。ALEでは自分たちを存続させるためにビジネスをやっているけれど、ビジネス自体が好きというわけではなくて。お金が儲かることにはあまり興味をもてなくて「ふーん」ってなっちゃうんです。

人類が共有する海や宇宙を守るルールのつくりかた

西村この一年くらい、海のプロジェクトに取り組んでいるので、ちょっと話はずれちゃうかもしれないのだけど、海の話をしてもいいですか?シーレーンという言葉が西洋発であるように、航路についての考え方が洋の東西で全然違っていて。西洋はどちらかというと独占的で「航路を確保して制覇する」、東洋では共有的に「自由に行き来することでつなげあう」と考えられていました。今は世界はつながって考え方も混ざり合っていっているので一概に洋の東西というと語弊がありますが、仮にこうした考え方が宇宙への航路に応用されたとき、「一部で独占するのか」「みんなで共有するのか」が違ってくるなと想像したりします。

岡島私はやっぱり東洋的に共有する方向でいきたいなぁ。海と宇宙の共通点といえば、宇宙デブリ(宇宙ゴミ)の話があるなと思いました。宇宙空間で物質を放出するうえでは、「国連スペースデブリ低減ガイドライン」に基づいて、我々の人工衛星は宇宙デブリを出さないように、冗長に冗長を重ねて非常に精度の高い装置を実現させています。「有人飛行レベルの安全性を確保している」と言われたほどです。

さらに我々は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、導電性テザー(ElectroDynamic Tether, EDT)を用いた宇宙デブリ拡散防止装置の開発を進めています。実はその考え方を整理するのに、船舶のバラスト水(航行中のバランスをとるために船内に貯留する水)処理の考え方を参考にしたんです。
ALEがJAXAと共創して開発を進めている導電性テザー(ElectroDynamic Tether, EDT)を用いた宇宙デブリ拡散防止装置(画像提供:ALE)

船が港に到着すると、船内のバラスト水を放出するのですが、そこに含まれているさまざまな海洋生物が外来種として生態系に影響することが世界各地で問題になっています。2017年に発効した国際海事機関(IMO)の「バラスト水管理条約」がつくられたプロセスから、環境問題として宇宙デブリに取り組むうえではどんなアプローチができるかを話し合いました。

西村どうしてバラスト水に注目しようと思ったんですか?

岡島弊社メンバーのアイデアです。宇宙デブリ拡散防止装置って、人工衛星にとっては”余分なもの”だから積極的につけたいものではありません。でも「人類が共有する大事な場所を守るためのものをどうやって普及させたのかを考えよう」と言っていて。環境問題で言えば、CO2排出規制などもあるのですが、もう少し物質に近いものとしてバラスト水に注目しました。

西村宇宙のことを考えるときに、「海のことを考えてみよう」というディスカッションができる会社っていいなと思います。「うちは宇宙だから海は関係ない」とは言わずに、異分野からも学ぼうとするというか。人間は、どうしても目の前のテーマに吸い込まれていくけれど、それだと全然発展しないと思うんです。

岡島確かにそうですね。私は、組織について考えるときも、人体について本を読んだり、粘菌類がどうやって組織をつくっているかを見たりしています。アプローチとしては完璧ではないけれど、意外と共通点があるんですよね。

西村生態系は結果としてすごくうまくいっている。そういう、すごく長く続いている生命からメカニズムを学んで、自分たちがつくるものに取り込んでみようという考え方は今後ますます注目されていくと思ってます。

地球の生物多様性を保ったまま人間も発展させるには?

西村このインタビューシリーズのテーマは「時代にとって大切な問いを問う」なので、岡島さんにも聞いてみたいと思います。今の時代だからこそ考えたほうがいい問いってなんだと思いますか?

岡島もうけっこうみんなが考えていることだと思うのですが、地球の生物多様性を保ったまま人間も発展させる方法を考えないといけないとは思いますね。

西村ちょっと切り込んでもいいですか?「生物多様性を守りながら人間も発展させる」というとき、「生物」と「人間」が分けられていますよね。つまり、人間が発展することによって、生物多様性が守れない現状があるという認識ですか。

岡島人間が発展すればするほど、自然がなくなりつつあるイメージがあって。それを変えようとする動きが出てきているのが今の時代で。大事なところに目を向けられているなと思うし、その視点をやっぱりみんなが持つべきだと思います。一部のスタートアップの人たちにある「これをやったらすごく便利で儲かる」みたいなスタンスに接すると、「それで人類はどうなるんだっけ?」みたいなことを思ってしまうんですよね。

杉本岡島さんはALEで人工流れ星をつくっているけれど、流れ星を流す技術が可能にすることだけを目指しているわけではありませんよね。同時に、人類の科学の発展に貢献することを考えたり、宇宙空間の環境問題を生み出さない方法を考えたり、宇宙でビジネスを展開する企業としての倫理も考えておられるように思います。

岡島そうですね。やっぱり宇宙を利用する責任は感じています。本当にただの商業利用ではなく、科学の発展に貢献するビジョンのもとに実際に行動もしているんだとあちこちで説明しています。たとえば、宇宙デブリの問題などを最もセンシティブに懸念されている、国際デブリ学会でも自分たちのテーマを発表したんです。同学会では、科学的にも意義があり、宇宙利用を広げるものであると同時に、これだけ安全にも配慮していて本当に素晴らしいプロジェクトだと評価していただきました。

西村ALEで実現した安全性が、他の人工衛星にも生かせるようになると、宇宙デブリが出ない世界に近づく可能性もあるかもしれませんね。

岡島我々の軌道計算の正確さを生かせる可能性もあります。今は宇宙デブリを廃棄するために大気圏に突入させているけれども、人工流れ星が流れることに関する計算が進むことによって、より安全性を高めることにもつながると思うんですね。ただ一点、私が気にしているのは、今は問題になっていないけれど、人工衛星が何万基も打ち上がるようになり、そのすべてが大気圏に突入すると環境問題が起きないだろうかということですね。

流れ星を見上げることからはじまる未来がある

杉本現在起きている地球上の環境問題、たとえば気候変動のような大きな問題は、テクノロジーによって可能になることの先にある、環境への責任を考えきれなかったものが積み上がった結果ではないかと思います。その反省を踏まえて「宇宙で何をしようか」と考えるときに、今おっしゃったような課題意識はとても大事なことだと思いました。

西村僕は、今だからこそ生態系を保つことと人間の発展の両立に切り込んでいけるんじゃないかと思っていて。もちろん、テクノロジーの発展は問題を起こす側面もあるけれど、一方でテクノロジーがあるから解決できる部分も残っているということでもあるのかなと思います。

岡島たぶん、今のテクノロジーには限界があるからこそ基礎科学によるすごいイノベーションが必要なんです。よく言われるのが、馬車と自動車のたとえだと思うのですが、馬車が交通手段だったとき、馬の糞害が非常に問題になっていたんですね。その頃は「馬の糞をどうやってきれいに処理するか?」という方法が考えられていたのですが、自動車ができたら糞害自体が起きなくなりました。でも、今度は排気ガスが問題になり、電気自動車ができたら排気ガス問題は起きないけれど、長期的には発電量の問題が生じるかもしれません。

こうした歴史を見ても、テクノロジーはイノベーションを起こしつつ課題を解決して、また生じた課題を次のテクノロジーが解決するという繰り返しなのかなと思っています。

西村本当にそうですね。「今をちょっと快適に」みたいな短期思考ではなく、「そもそも一度世の中を考え直してみよう」という長期的な視点から、科学とエンジニアリングをつなげられる人がつくったものが広がるといいなと思います。

もうひとつ、良いテクノロジーが生まれたときにどうやったら広がるのかにも興味があるんです。「火力発電よりも風力発電のほうがいいよね」みたいに、今の社会にはなんとなくムードに流されるところがすごくあるのがもったいない。「絶対このテクノロジーがいい」とわかっていても、ムードによって多数が流されてしまうような状況を解消するにはみんなが一度立ち止まる必要があると思うんです。
宇宙を広大なキャンバスに見立て、夜空に人工流れ星を降らすエンターテインメントプロジェクトを、ALEでは「Sky Canvas」と名付けている(画像提供:ALE)

僕は『地球が静止する日』という映画がすごく好きなんですけど、ラストシーンで世界中の電気系統が停止してみんなが空を見上げるんです。立ち止まることの象徴だなと思います。立ち止まって「人類ってなんだったっけ?」みたいになると、今まで考えていたけどやってこなかったこと、すでにあるにも関わらず注目していなかった可能性に目を向けられるんじゃないかと思うんです。

立ち止まる時間がすごく大事だと思うけれど、「立ち止まったほうがいい」という論理だけでは全然伝わらない。そうではなくて「流れ星を見ようよ」と言われたら結果的に立ち止まるじゃないですか。そういう意味でも、人工流れ星というアプローチはすごく面白いなと思います。理屈ではなく、流れ星を目指せば到達できる道になっているから。

岡島なるほど、きれいにまとめていただいた気がします。

西村いえいえ、とってつけたわけではなくて。笑

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

西村さんと岡島さんのチューニングがぴったり合って、議論がぐんぐん進んでいくスピード感がすごい!インタビューでした。おふたりのやりとりにあったライブ感を、文字に写しとりたいと思いながら書きました。

今回のインタビューで心動かされたのは、岡島さんは「人工流れ星を降らす」という夢と同じかそれ以上に、人工流れ星によって「何がわかるか」を大事にされていること。何かを成し遂げておしまいではなく、自分のしたことが「何を明らかにするのか」「どんな影響を及ぼすのか」ということまで考え抜いて、しかも事業として進めていくのはものすごいエネルギーだと思うからです。

ふっと言われた「それで、人類はどうなるんだっけ?」という問いは、ものすごく岡島さんの近くに置かれているような気がしました。そしてこの問いは、どんな仕事をする人にも必要なものだと感じています。たとえばわたしのような一介のライターであっても、です。

次回は、異才発掘プロジェクト「ROCKET」のプロジェクトリーダーとして活躍したのち、2020年に個別最適化学習のツールを開発する株式会社SPACEを立ち上げた、福本理恵さんへのインタビューをお届けします。どうぞ楽しみに待っていてください。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
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