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組織が求めるゲームのためではなく、「自分は何者なのか」を感じて仕事をしてほしい。エール株式会社取締役 篠田真貴子さん【インタビューシリーズ「時代にとって大切な問いを問う」】

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シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大切な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。シーズン2の2回目は、エール株式会社の篠田真貴子さんにインタビューしました。

篠田さんは、大学卒業後に大手銀行に就職。アメリカにMBA留学をしたのち、マッキンゼーアンドカンパニーで経営コンサルタントになり、ノバルティスファーマを経て、ほぼ日のCFO……と、いわば華々しい経歴を重ねてきた人です。しかし、ふたりが出会ったきっかけは「高知のカツオ」。西村は篠田さんが「何をしている人か」をまったく知らずに親しくなったと言います。肩書きを見せ合うのではなく、人と人が出会った感じがするエピソードです。

この記事でも、肩書きや経歴ではなく「篠田さんは何を考えて、どんなふうに人生の選択をしてきたか」を軸にしながら、ふたりの対話のようすを伝えたいと思います。

(構成・執筆:杉本恭子)

篠田真貴子(しのだ・まきこ)
慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。1年間のジョブレス期間を経てエール株式会社の取締役に就任。「ALLIANCE アライアンス —— 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。

周囲が期待する自分と「素の自分」のズレを感じ続けて

西村僕は、篠田さんを「どういう人か」から知っていったので、実は「何をしてきた人か」は詳しくなくて。今さらながらにプロフィールを見て「あ、こういうことをやっていた人だったのか」と思いました。

杉本おふたりはどんなふうに出会ったんですか?

西村共通の友人が会社を立ち上げるので、そのサービスを考える合宿に呼んでもらったたんです。そこにいた人を全員知らなくて。そうしたら、篠田さんがぽろっと高知のカツオの話をして。

篠田そうそう。その直前に、私は初めて高知に行って「今までカツオのたたきだと思って食べていたものはなんだったのかと思うくらいすごく美味しかった」って話をしたんです。

西村その表現が僕の中で完全に同じだった。初めて高知のカツオを食べた時に、全く同じことを周りに言ってました。「またカツオの話をしましょう」ってその場は終わって、次は僕が篠田さんに自分の相談をしに行ったんですよね。
高知で「カツオのたたき」を食べてみたくなるふたりのエピソード

杉本なんで「カツオの話をした人」に大事な相談をしようと思ったんですか?

西村自分が興味あることをすんなり言うのは僕の中ではすごい良い人、そして意外とというかすごく少ない。「カツオの話をしたいときはカツオの話だよねやっぱり」というのがありますよね。ちょっと言い過ぎかもしれないけど、「興味のあることを言う人でかつ、興味をもてない話はしない人」だと思うんです。相談事をするなら、そういう人が良いと思ってます。

篠田私が「何をしている人か」ではなく「どういう人か」から入っていただいたのは、ありがたかったなと思います。というのは、私の経歴をご覧になると、かなりマッチョな印象があると思うんです。そこには何の嘘もないんですけど、周りから見たときのイメージと、自己像のズレに常に敏感だという自己評価があるんです。それは、子どもの頃から現在まで、実はつながっています。

私は東京の真ん中で生まれ育ち、5歳から9歳までは父の転勤でアメリカのロサンゼルス郊外に住んでいました。家庭では日本語、友だちはアメリカ人だから英語で話すというのが、自己認識のスタートだったわけです。ところが、帰国して日本の小学校に行くと、所作も言動もアメリカナイズされているから「アメリカ人」なんて言われたり。アメリカの学校と同じように手を挙げて積極的に発言したら嫌われたり。自分が素でやることと周りが期待することがズレるな思っていたんですね。また、高校時代に1年間アメリカに交換留学したのですが、オレゴン州の超いなかにある人口約2,500人の町の高校だったんですよ。
ロサンゼルス郊外で暮らしていた小学生の頃の篠田さん
オレゴン州の高校に交換留学していた頃の篠田さん(右)

西村都会で生まれ育っていただけに、極端に環境が変わりますよね。

篠田好きな時間に好きなところに出かけて、都会的な遊びを楽しむ東京の高校生だった私が、その小さなまちの中心部から5kmくらい離れたところにホームステイをして。車の運転ができないから行動の自由が全くないんです。でも、留学先の高校の同級生たちは、「都会の大学に行くのはいいけど、卒業したらすぐにこのまちに帰ってきたい」って言うんですよ。「16歳なのにもっと人生に野望とかないわけ!?」ってびっくりしたんですけど、彼らには彼らの人生観や幸せがあって。そこでも、やっぱり周りと自分のズレを味わって。「どっちがいいとか悪いじゃないんだよな」と幼いながらも理解する経験もしました。

じっくり話を聞いてもらうと「自分は何者か」がクリアになる

篠田私が高校3年生のとき、男女雇用機会均等法ができたんですね。だから、就職活動のときはわりとナチュラルに「これからは女性も普通に大きな会社で仕事ができるんだな。イエーイ!」って思っていました。ところが、面接を受けるといちいち「なぜ、あなたは他の女性が受ける一般職ではなく、総合職を受けるのですか?」と聞かれる。さらには、同級生にも「なんで?」と聞かれ続けるんですよ。社会に出てからも、自分が自然にする選択は、どうも周囲の人たちとズレる感覚は続きました。

西村最初のキャリアは、日本長期信用銀行ですよね。

篠田はい。日本長期信用銀行に就職して、なんか違うなと思って辞めて。アメリカの大学でMBA(経営学修士)をとってマッキンゼーに入社してコンサルタントになり、ノバルティス、ネスレを経て、2018年まで株式会社ほぼ日のCFOをしていました。

学生時代の自分の根っこにあったテーマは、周りと自分、社会と自分のギャップでしたが、社会に出てからは「組織が暗黙の前提にしている何かと自分がどうも違う」という違和感がテーマになりました。その「何か」がフィットすると居心地よく感じるし、ズレているときは「これはどういうことなのかな?」ということに、ずっと関心を向けながら働いてきたと思うんですね。
マッキンゼー時代、海外研修中の篠田さん

ノバルティスファーマ時代、バーゼル本社の屋上にて

それは、現在の私の問題意識にもたぶんつながっています。要は「女だから」「帰国子女だから」とかではなく「個の私を見てほしい」。「個の私を発揮できる場所にいたい」という根源的な欲求です。組織と対峙したり、性別の役割分担と自分のジレンマがあったりすることに対して「もっと楽にできるやり方はあるのに」と思う。ひとことで言うと、「みんなもうちょっと楽にできないんですかね」ということが自分の原動力になってきたと思います。

西村2020年3月には、株式会社YeLLの取締役に就任されました。

篠田YeLLでは、企業で働く人が社外の人に一対一で話を聴いてもらうというサービスを届けています。人は、じっくり話を聴いてもらうことで、自分が何を感じ、何を考えているかを言語化できるからです。

特に大きな企業では、私から見ると、組織から求められた役割をプレイするゲームが上手になっていくように思う。YeLLのサービスを通して「自分が何者であるか」をきちんと考えたり感じ取ったりする機会を提供することで、一人ひとりが自分の個性や強みを生かした形で仕事できるようになってほしい。あるいは「なぜ自分はここに所属しているのか」がクリアになると、同じ仕事をしていても意味が変わってきて、楽しく仕事できるようになることにもつながると思っています。

「どういう旅が好き?」という質問に「凄く世界観が変わる、そういう旅が好きかな」 と答えた篠田さん。「人間なんて本当にそこにいる動物の生態系のひとつに過ぎないという感覚を初めてもてた」とタンザニアの話をしてくれました

「期待値に追いつかない現状」が世の中の閉塞感をつくっている

西村篠田さんから見て、2020年代の社会は「自分の素が出しやすくなっている」感じはありますか?

篠田どっちにも言えると思います。世の中の仕組みやムードという意味では素を出しやすくなっている一方で、素を出しやすいことへの期待値が高まっているのに現状が追いついていないから、むしろ閉塞感を感じやすい面もあると思います。少なくとも、閉塞感を感じている人が減っている感じはしないですね。

西村そうか。篠田さん自身はどうなんですか?

篠田本当に運が良いことに、私自身はすごくやりやすくなっていますね。たとえば、こうして自分が考えていることを改めて言葉にする機会もいただいていて。先ほど西村さんに問われた「今の時代は自分の素が出しやすいのかどうか」ということも、ちゃんと言葉にしたのはたぶん初めてなんですよ。問われて言葉にすることで、自分の考えをクリアにして蓄積できるので「今、自分はどこに立っているのか」が少しずつわかりやすくなっています。

もうひとつ、これも運がいいとしか言えないのですが、自分のことだけを考えてした人生の選択が、数年後にちょっと世の中で話題になることが多いんです。MBA留学したときも「女性が自費で行く」ことが話題になる程度に珍しい時期でした。また、「クリエイティビティが大事だ」という議論が盛り上がった頃、私はちょうどほぼ日にいたんです。最近だと「女性管理職を増やそう」と言われていますが、すでに女性管理職の経験もあります。

たまたま私が経験したことに対して、常に世の中の要請がある巡り合わせになっているんですね。そうなると、自分のありようをフラットに出す機会もいただけるのだと思います。

西村世の中で話題になっていない選択肢を選ぶのは、ある意味ではリスクテイクしていると思うんです。「自分はこれが大事だと思う」みたいな感じで決めるんですか?

篠田面白い(interestingの意味)と思って選ぶ感じですね。ただ、私は普通に社会で生きているビジネスパーソンなので世の中の流れをある程度は読んでいますし、それによって自分の興味の方向性も左右されているとは思います。「この流れはあるよな」という認識がベースとしてあったうえで、「自分なりの理解」をしたいから選ぶんですね。要は、まだあまりできあがっていないから、失敗も成功もないじゃないですか。あえて説明すると、そういうふうに思っているんじゃないかな。

西村形式化された成功みたいなものはないから、成果が出れば全部成功という状態ですね。

篠田そうそう。そこで理解できたことは、「実はこういうことが起きているんだ」という自分なりの発見になる。ベースにあるのは、個人としてすごくワクワクして、周りと共有できることにもワクワクして、ちゃんと組み立てれば事業的にもその「ワクワク」を本当に価値として世の中に出していけるみたいな状態ですかね。

杉本先ほど「組織が暗黙の前提にしている何かと自分がどうも違う」という違和感のない場所にいたいと言われていましたが、「ワクワクする」場所だと「自分が楽でいられる」感じがあるということでしょうか。

篠田ああ、そうですね。どうしても、20歳くらいまで若干アウトサイダーだったという自己認識があるものですから、既存の価値観や枠組みのある場所に違和感を感じるんですよね。できあがった場所では、自分の居心地の良さが発生し得ないと思っている。これから新しく価値観や枠組みがつくられる場所の方が、自分が楽にいられる可能性が高いと思っているんでしょうね。

「聞く」ビジネスで世の中が良い方に変化するかもしれない

西村たぶん、篠田さんは「面白そうなもの」にいっぱい出会っていると思うんです。そのなかで、ぐっと入りたいと思うことを選ぶのは、どういう感覚なのかなと思っていて。

篠田そうですねえ。「なぜYeLLに入ったのか」をお話してみますね。ほぼ日を卒業したのは2018年11月だったのですが、それは大きなトランジションだったわけです。

卒業する少し前から、たままたま参加していたのが経営者6人が集まるピア・メンタリングでした。「この場で話したことは外に出さない」と約束した安心安全な場所で、毎週3時間、12回やったのがすごくよくて。私が、精神的にきつい思いをしすぎずにトランジションできたひとつの理由は、その場があったからなんですね。聴いてもらうということが、どれだけありがたいかをすごく感じました。

じっくり自分の話を聞いてもらうのも嬉しいんですけど、相手の方が問わず語りでいろいろと深い話をしてくださることが一度ならずあって。聴くということに自分の感度が立っていたせいもあり、聴くことをテーマにした本を読み直してみると改めて感じることがある。YeLLに出会ったとき、「聴くこと」をBtoBビジネスにしているのはすごいなって思ったんですよね。

杉本ビジネスにしているということもポイントだったんですね。

篠田私はやっぱりビジネスが好きなんです。既存の常識からちょっとズレていると、その業界のスタンダードから見るとバカっぽく見えるんだけど、実はめちゃめちゃ筋がよくて伸びる、みたいな。そうなるためには、概念的に考えていることから、それぞれのお客さまに届ける価値までを一気通貫させるような整合性をとらなければいけない。このあたりがすごい好きなんですよね。

YeLLに関しては、パーソナルに感じていた価値が、ビジネスとして提供できる仕組みになっていることに、まず面白くなっちゃったんです。加えて、自分の原体験として日本の大企業のありようは、どうにも人を幸せにする仕組みになっていないと感じてきました。個人としては素晴らしい方々が、あの仕組みに組み込まれるとご本人もハッピーに見えないし、ビジネスとしてもさほど付加価値を生めなくなっているなんて、「なんたる無駄遣い!」と思っていて。

YeLLのビジネスが育つということは、日本の大企業が良くなっていく事例が集積するということ。それをもとに大きな組織が良くなる仕組みに関する仮説を出せるかもしれないと思いました。概念整理ができれば、もっと大規模な「聴く」ビジネスが出てくるかもしれない。それが続くと、私がいいなと思う世の中に一歩近づくんじゃないかと思って、「YeLLでやりたい」と思ったんですよね。変化の真実は、ものすごく具体的な事例のなかにあると思うので、できる限りその現場に近いところにいたかったんです。

西村「いいなと思う世の中」にしていくために、自ら起業したいという思いはあまりないということも興味深いです。

篠田そうですね。「自分がやらねば」という問題意識や欲求はあまりもったことがないんですよね。

杉本「こういう組織はしんどいな」と思うことはあるけれど、組織そのものは嫌ではないんですね。

篠田嫌ではないです。組織の良さも同時に知っているので、信じているんだと思うんですよね。仕事をするなかで、小さな良い事例を見つけて広まるようにしたい。私は、その良い事例を自分がつくらねばとは思ってないし、できるとも思っていないんですけど。「なんで良い事例なのか」をまだわかっていない人の枠組みに沿って、説明して理解してもらうことにすごい喜びを感じるんですよね。面白くて自然にやっている自分の役割は通訳的なところがあって。そこなんだと思いますね。

杉本YeLLでされているのは、話を聞くことによって相手が自分の枠を外して、自分自身を起点とした組織への参加の仕方を紡ぎ直すことかなと思います。外から関わる感じでいうとコンサルタントのようにも思うけれど、現場の真ん中にいらっしゃる。ほぼ日でも、ビジネスの立場でクリエイターに寄り添うけれど、黒子ではなくあくまで主役を張る感じもありますよね。

篠田まさにそうです。メディアとは違うけれど、ちょっぴりメディア的というか。自分が発見した面白いことを、顔が見えている人たちに「見て見て、これ面白いでしょう?」と共有したいんですよね。

雑多な形のものがうまく組み合わさる方法が試行錯誤されている

西村今は、多様化に向かっているのと同時に、変化のスピードも早まっている時代なのかなと思います。篠田さんがこれからの時代に向けて感じている可能性、「こういう時代になればいい」と思っていることについて聞いてみたいです。

篠田変化のスピードが早くなっているかどうかはちょっとわからないです。もしかすると世の中の変化のペースは一定なんだけど、少なくとも日本においては、いろんな理由から変化を拒絶してきた30年があるので、異様なスピードでキャッチアップしなければならくなっているだけかもしれない。

西村なるほど。スピードが早いのは変化ではなくてキャッチアップの方ということですね。昨日のままでいると、今日生まれたものに追いつけないし、1年くらい経つと大きく遅れをとってしまう感じなのかなと思います。

篠田今は移行期だと感じています。2000年くらいまでは、組織も社会もパリッとしたヒエラルキーがあったんですよ。ピラミッド型の組織がうまく機能していて、「経営陣が頭脳で社員はその手足となって働く」という世界観だった。日本の社会全体で見ると、官公庁と民間、大企業と中小企業、男と女、大人と子ども……とすべて上下の関係になっていたと思います。

もうひとつは、産業革命以降の機械が規格品を大量生産するやり方がうまくいっていた時代には、組織における人間も規格品のようにあることを理想とする、暗黙の前提の下にものごとが組み立てられていたと思います。この構造が変わりはじめていると思うんです。

「角砂糖みたいに同じかたちをぴったり積み上げるのがいいよね」ではなく、「石垣のように一つひとつの形が違うものを組み合わせて組織や社会をつくるほうが堅牢だよね」という方向に移行しはじめている。でも、石垣をつくるスキルや方法論がまだないので、ちょっと困っているのが今かな。

そのなかで、雑多なかたちのものをうまく組み合わせる方法が試行錯誤されていて、実装に向かっていると思うんですよね。それこそ、異分野の出会いを促していくミラツクの取り組みもこの流れにあると思って見ています。

杉本YeLLがやろうとしているのは、企業の中で角砂糖のかたちに成形されていた人たちを、その人自身のかたちに戻して、新しく石垣を組み上げられるようにすることになるでしょうか。

篠田一見ミクロに見える個人のなかの変化が、超マクロな変化には必須なんですね。それなしには、繋がり方の変化は起き得ないというのが、私から見た世の中の動き方の変化です。

たとえば、YeLLのクライアントのなかに、トヨタの先進技術開発カンパニーAI統括室の方たちがおられます。「今までにない新しい事業を考える」ミッションを負っているので、これまで叩き込まれてきたトヨタウェイがミスマッチだと頭ではわかっているけど、どうしたらいいかわからない。意識できるマインドより深いところで「自分たちはどうしたらいいのか」を模索する必要を感じて、YeLLを使ってくださっています。

YeLLではない領域の例をお話しすると、以前は、上場した直後のベンチャー企業にご相談いただくこともあったのですが、全く新しい領域のビジネスなのに、組織のつくり方や上場に関することになると、経営者が古いパラダイムに盲目的に囚われているように見えることがあって。「新しい組織のあり方で世の中のルールと付き合わないと、本当に新しい事業はできないんじゃないか」と発破をかけたりしていましたね。

西村お話を聞いていて思い起こしたのは、特にこの1年くらい「僕は一体何をしているんだろう?」みたいな仕事が増えているんです。今までは、「成果をどうつくるか」に焦点が当たっていたし、今も成果に焦点は当たっているんだけど、どちらかというと「動き方」が大事になっている。それはすごく面白い変化だなと思いました。

篠田本当にそうですね。動き方と、その動き方を駆動するマインドや価値観みたいなところが求められていると思います。

環境が変化するなかで「長期志向」を問い直す

西村終身雇用という仕組みでは、人を育成する計画を立てるときに「最初の5年は一人で仕事ができるように育てる」「次の5年で管理職へのステップをつくる」みたいに考えていたと思います。ところが、入社3年や5年で辞められてしまうと「5年単位で育成を考えていたのに」となったのかな、と。でも、今は1年きざみぐらいの階段にして、人が抜けても元の状態に戻せばいいみたいな感じなのかなと思います。

篠田なるほど、そうですね。今の話でいくと、ある部分は小分けになっていて、ちょっと抜けたら、またちょっと戻ればいいじゃないという仕組みにできているという意味での変化ですね。もうひとつは、人の人生やキャリアという観点でいうと、むしろすごいロングスパンになっている。両方あるなと思います。

西村確かに。本当にそうですね。

篠田事業というところでは、日本にいるとなんとなく「欧米の会社は短期志向だけど、日本の会社は雇用環境を長期で保つから長期志向だ」と思い込んでいるけれど、私は決してそうじゃないと思っています。長期を見据えるということは、3年後、5年後、10年後に「こういう姿になるのだ!」という事業戦略を描けている状態だと思うんですよね。

だけど、長期で事業戦略をつくれないくらい環境が激変してどうしたらいいかわからなくて、「古くなっているのはわかっているけどとりあえず今までの形でやろう」という事業ってけっこうたくさんある。それって、むしろスーパー短期志向だと思うんですよね。

雇用関係にしても同じことが言えます。もしも「この事業は10年はもつかもしれないけど、環境変化が続いたら20年後はないよね」と判断したら、今のうちに社員の方にその認識を共有して10年後までにその先を描ける組織に移ってもらう方が、信頼関係としては長期志向的です。あるいは、「先を見据えて別のスキルを身につけてもらえるようにしよう」というのが長期志向だと思うんです。

だから、変化をつくる側にいなかったり、変化する方向に自分も移っていこうとする力が足りないと「変化のスピードが早い」と感じちゃうのかなと思います。会社や事業によっては、すごく迅速に変化しているところもあるけど、全体の仕組みとしては遅いかな。

西村ちょっと怖いなと思うのは、なんとかしようとすればするほど短期志向になってしまっていて、変化していると思いきやすごい勢いで崩壊しているかもしれない。そういう意味では、いろいろと新しいことをやってみるのはいいけれど、そればかりになるとすごく短期志向に陥る危険性も同時にあるのかなと思います。

篠田ありますね。いずれ長期的にどうなるかを見抜くために、今は短期的にいろいろ試みているのだという自覚があれば、たぶん大丈夫なんでしょうけど。

西村たしかに。そのままずっと短期的にくるくる回っているのはすごく危ういですね。「だったら組織じゃなくていいじゃん」となってしまう。それでも、組織であることの可能性や価値を篠田さんがどう感じておられるのかを聞いてみたいです。

篠田やっぱりシンプルに、ひとりでは到底なし得ない規模感のことを、長い時間軸で実現できるのが組織というものだと思うんです。

組織がある目的を達成するために、再生産可能なプロセスを上手につくって、それが世の中のニーズに合わなかっった場合、空間軸と時間軸がものすごく広がっていくのはやっぱり面白い。同時に、組織に所属することで自分の生きる意味を見出せる人もたくさんいて、個人の幸せにも資するものだと思うんです。私が「良い組織が増えればいいな」と思うのは、そういうところです。

組織は「建造物」であり「人工環境」でもある

杉本自分にとって違和感のない組織にいて、きちんと人と関わっていくことによって、組織にいる人たちの関係がよくなり、その組織を通じて社会とのつながりも良い方向に向かっていく。そういう流れをつくろうとされているのかなとイメージしました。

篠田ありがとうございます。言われてみれば確かにそうだなと思って聞いていました。ひとつだけ、ちょっと違うところがあるとすると、いわゆる「人と向き合う」「人が好き」というのとはちょっと自分は違う気がします。どちらかというと、人によってなされることに興味が向いているんですよね。

西村組織というものを使うことでピラミッドもつくれるし、世界中に宗教を伝えることもできることが、人類のすごさなのかなと思います。

篠田まさに、それが面白いの。起業家のように、何もないところから自分の意思だけで何かを切り拓ける人はごくわずかで。私を含む環境に順応して生きていく大多数にとって、組織は人工環境だし建造物にも似ていると思うんです。良い建物にいると心地よいし、ダメな建物にいると暮らしづらいじゃないですか。良い建造物としての組織ができたら、そこに所属する人の人生はすごく良くなると思っている感じですかね。

西村家を建てるときは、みんなすごく時間をかけて考えるのに、組織をつくるときってサクッとつくるなと思いますね。

篠田そうそう!バンバンつくっちゃって「何気なくやっちゃうとあとで直すの大変よ?」みたいなことがありますよね。

杉本個人としてミクロな幸せを求めることと、社会というマクロなものを良くなることを、うまく接続できない感覚をもっている人は多いと思うんですね。篠田さんは、確実に接続していると繰り返し言われていたことが印象的でした。

篠田そこは、私のなかで明確につながっていますね。これまで、私は大きな会社でもほぼ日でも予算管理の仕事をしていて、予算通りに事業が動くように調整するのがわりと好きなんですよ。その理由は、まさに今言っていただいたことなんです。

会社の理念や戦略のようにすごく抽象度の高いものを数字に落としたものが予算です。会計というのは、現実に実績をつくっていく過程で、商談があったり、ものを買ったり売ったりして、お金が動いていくその記録なんですね。数字という面でしか切り取らないがゆえに、ものすごく整合性があり、予算とのズレを探っていくと本当に最後は伝票1枚の話になる。その伝票を動かした人がいるわけです。

「こういう世界をつくるんだ」というすごく概念的なところから、「◯◯さんが、今月こういう商談をして交際費が増えたね」というところまで、全部一貫性があるということ。すごくミクロなところからマクロなところまで必ず連関している、その全体が見えているのが好きなんですよね。

「聞く」ことは「最適な石」を探すコミュニケーション

杉本会社の理念や戦略から伝票一枚の動きまでを、「ミクロからマクロまで連関している」と実感をもって捉えることは、「国の動きと自分が投じる一票に実感をもてるのか」ということにも近くて、自分と社会の関わりを見ていくうえですごく大事な感覚だと思います。

篠田そうです。まずは人が字を読めるようにならないと、民主主義にならないみたいなことですよね。先ほどお話した「これからの時代にどういう可能性を感じるか」というテーマにもつながるのですが、組織において構造やルールというのは一面にすぎなくて、一番大事なのは情報がどう流れるのか、そのなかで意思決定がどうなされるのかというコミュニケーションだと思っているんです。

情報の通路は、ヒエラルキーとそれに基づく役割とともに固定化されてしまいます。なおかつ、ヒエラルキーはパワーと情報を一箇所に集中させる構造だから、組織や社会に影響を与えたいという思いがある人は、出世して情報経路の根元まで行かないとどうにもならなかった。

今起きつつある変化は、かたちが違うものを生かし合う世界観なので、石垣のたとえで言うと大きな石がいいということでもなければ、形が整っている石であればいいというわけではない。今の自分たちにとって、お互いに最適な石を探してこなければいけないんです。そこでのコミュニケーションは、上流から下流への一方通行ではなくて、お互いに「聞く」ことの重要度が高くなるんだと思うんですね。
いろんな形や大きさの石が組み合わさらないと堅牢な石垣を積むことはできない
20年前にPowerPointを使うようになって、みんな一所懸命にプレゼンテーションスキルを身につけたじゃないですか。たぶん、それと同じような感じで、これからは文脈が異なる人が発信しているものをちゃんと聞いて、それをキャッチできる人が今の変化にうまく乗れるんだと思います。いろんなかたちをしている人が言っていることを聞いて理解できたら、かたちが違うものを生かし合うことができる。そういう社会の変化が、今起き始めているのだと思います。

西村コミュニケーションって、実は双方向ではなくて一方通行的に聞くということだと思っていて。「聞く」と「話す」を順番にやるのではなくて、「聞く」こと自体が双方向だと思うんです。むしろ、「聞く」ことがすでにコミュニケーションであり、よくよく聞けば話さずに終わることだってある。こっちがすごく能動的に働きかけたから「聞く」という地点にたどりつける。「どうしたらよく聞けるのか」を一所懸命考えるということは、すでに能動的に働きかけて聞いているから双方向だし、それによって自分の中で何かが決まる。それで完了しているんだと思います。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

西村さんと篠田さんが出会ったとき「高知のカツオ」の話で盛り上がったというエピソード。そこだけを切り取ると「へえ、そうなんだ」と通り過ぎてしまいそうだったのですが、よくよく聞いてみると大事なのは「カツオ」ではなくて「本当に興味があることを話せたかどうか」で。「生き物としてとてもいいセッションをする関係」のなかで紡がれていく言葉を、追いかけていくインタビューになりました。

周囲との「ズレ」を敏感に捉えていた篠田さんは、今に至るまでずっと自分自身だけでなくこの社会で生きているが抱えているであろう「ズレ」に向き合ってきたのだと思います。そして今、いろんなかたちをしている一人ひとりの存在を、そのかたちに基づいて組み上げていく「石垣」のような組織がつくられる時代にきているーー「ズレ」を見つめてきた篠田さんの言葉だからこそ、すごく説得力があると感じました。

次回は、衛星から人工流れ星を流す宇宙ベンチャーALE株式会社の岡島礼奈さんへのインタビューをお届けします。どうぞ楽しみに待っていてください。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
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