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経済・文化・社会。人を幸せにする3つの資本を再生産する会社という“作品”をプロデュースする。フロネシス・パートナーズ株式会社 代表取締役 白石智哉さん【インタビューシリーズ「時代にとって大切な問いを問う」】

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シリーズ「時代にとって大事な問いを問う」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「時代にとって大事な問い」を問う活動をしている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。シーズン2の5回目は、フロネシス・パートナーズ株式会社の白石智哉さんにインタビューしました。

白石さんは、大学卒業後からずっと投資の仕事をされてきました。「投資」というとお金のイメージが先立つ人も多いかもしれません。でも、会社をひとつの生命体として捉えている白石さんのお話を聞いていると、お金は投資の仕事のごく一部。むしろ、一つひとつの会社を育むことを通して社会をデザインするのが投資なのか、と思わされました。

わたしたちが暮らしのなかで必ず関わっている「会社」というものはどうあるべきか、そして現代社会の原理となっている資本主義経済との向き合い方についてお話を聞きました。

(構成・執筆:杉本恭子)

白石智哉(しらいし・ともや)
フロネシス・パートナーズ株式会社 代表取締役 パートナー CEO/CIO
シリコンバレーなど海外で10年間以上ベンチャー・キャピタル投資の経験を積んだ後、1999年に帰国し(株)ジャフコの事業投資本部長として日本でプライベート・エクイティ (PE) 投資を開始した。その後欧州系PE投資会社ペルミラ (Permira) の日本代表を経て、現在はPE投資会社フロネシス・パートナーズの代表を務める。事業投資と企業経営の経験を生かして、2012年にソーシャル・インベストメント・パートナーズを設立し社会的事業を資金面・経営面で支える活動も行っている。GSGインパクト投資国内諮問委員。1986年一橋大学法学部卒業。

投資の仕事のなかで “生命体”として会社を見てきた

西村はじめに、読者に向けて「白石さんってどういう人?」を伝えるために、ちょっと長めの自己紹介をお願いします。

白石やっぱり仕事の話からしましょうか。僕はずっと投資の仕事をしてきました。なかでも、僕がやってきたのは会社あるいはNPOのように、人が集まって行う事業に対する投資です。

投資においては、決算書に記される売上や利益などの数字ももちろん大事なのですが、僕は常に会社をひとりの人格、あるいは生命体として見て理解してきました。その会社がどういう経緯で生まれて、どういう環境のなかで育ってきたか。生物学的に言うと、環世界(Umwelt)を考えることが重要だと思っているんです。

西村環世界について少し説明していただけますか。

白石環世界はドイツの生物学者・ユクスキュルが提唱した考え方です。一般的に、環境は客観的に存在すると考えられていますが、同じ環境でも生物によってどう知覚しているかは異なります。たとえば、犬は人間よりも少ない色しか知覚しませんが、嗅覚は非常に優れています。つまり、犬と人間ではまったく異なる主観を持って環境を捉えているわけです。これを環境と区別するために環世界と呼びます。会社についてもそれぞれの環世界は異なっていると言えます。

また、長い時間軸のなかで、会社が属している産業の歴史、会社を産み育ててきた文化を、会社の沿革をなぞりながら自分で追体験していきます。こうした理解をもとに、「本当はこの事業はやりたくないんじゃないか?」と本質的な投げかけをすると、経営者から「実はこの事業は目先の利益のためで、うちの会社の強みではないんです」という話を聞けます。あるいは「本当の強みはここではないですか?」と問いかけることで内省を促すこともできます。

生命体としての環世界での存在意義が明確であれば、会社は社会においてなくてはならない存在になれる。目先の利益を追いかける競争に勝つよりも、「なくてはならない存在」になることが大事なんです。そうすると、多くの人のサポートを受けられるので、会社は長く生き残れるんですね。

ものづくりとして「会社をつくる」仕事を選んだ

杉本投資というと金融のイメージが強いのですが、お話を伺っていると全然違うイメージが湧きました。

白石実は、僕は自分が金融業界の人間だと思ったことがなくて。金融はお金を融通する仕事ですから、銀行や証券会社の人と話をすると「僕とは役割や仕事が全然違うな」と思います。ただ、つきあいはすごく多いので、それこそ彼らの環世界を理解しながら仕事をしてきました。

どちらかというと、会社は僕にとって作品ですのでプロデュース業に近いと思います。映画にたとえるなら、事業にとって良い脚本を一緒につくり、経営者がいなければ連れてきて配役をして、そこにお金をつけて会社という作品を制作して世の中に広めていく仕事です。

西村投資の仕事をはじめられたときから、そういう考え方をもっていたんですか?

学生時代の白石さん

白石そうですね。大学で就職活動をはじめたとき「会社を選ぶ」という気持ちはなくて。「自分の仕事を選びたい」という視点で考えると、いわゆるものづくりがしたいと思ったんですね。ところが僕は法学部でしたから、ものづくりの会社に入っても現場には入れず、財務会計やマーケティング、法務などミドル・バックオフィスで働くことになります。でも、「なにかつくりたい」という気持ちがなぜかすごくありました。

そのときに知ったのが、ベンチャー・キャピタル(以下、VC)という仕事です。当時、日本にはまだVCはほとんどなかったので、アメリカのVCについて勉強をしました。そして、「これは金融と言われているけれど、会社という作品、さらには産業をつくる仕事なんだ」と理解し、VCの仕事をやりたいと思いました

すると、日本にはほとんど実績のなかったVCをやろうとしていたジャフコが、新入社員を採用しはじめていたんです。ここで経験を積めば、僕はVCという仕事を自分の職業にできるかもしれないと思い入社しました。

杉本ジャフコは日本の民間最古のベンチャーキャピタルと言われている会社ですね。

白石はい。僕はジャフコに入社して3年目にシリコンバレーに派遣されました。当時のジャフコは非常にベンチャースピリットがあって、30代の優秀なアメリカ人をトップに据え、その下にほとんど新人で英語も拙い僕を送り込むという人事をしました。僕は25歳のときに本場のVCを経験し、それ以降は足かけ10年にわたり、シリコンバレーとアジアで仕事をすることになりました。

アメリカ時代の白石さん

海外で投資を行うなかで、思っていた通り「VCは金融のなかでも、会社づくり、産業づくりの仕事なんだ」という考え方が染み付いてしまったのだと思います。1999年に帰国してからは、日本で初めてバイアウトという投資を始めました。

バイアウト投資というと、真山仁の小説『ハゲタカ』で描かれたように、会社を買収して潰して儲ける連中を想像する方もいるかもしれません。しかし、本当のバイアウト投資とは、既存の会社の大株主になって、社会における会社の存在意義を生かすテーマに沿って事業計画を立てて、いろんな人材や経営資源を集めて会社の数年後を一緒につくっていく仕事です。

VCは1〜2割の株式シェアを所有して経営者の伴走役ですが、バイアウト投資はオーナーとして会社をデザインしていきます。僕はVCとしてキャリアを積むなかでそういう投資をやりたいと思ったんですね。

フロネシス・パートナーズのWebサイトより。「投資先企業の売上と利益の持続的な成長を実現する『成長型バイアウト投資』」を投資戦略の根幹においていることが明記されている

会社とNPOの違いは時間軸の長さでしかない

西村なるほど。先ほど白石さんが「プロデュース業だ」と言われていましたが、ジャフコでVCの仕事をするなかで、それに近い考え方をもった人との出会いがあったのでしょうか。

白石シリコンバレーにいたとき、アメリカのVCの人たちと一緒に投資の仕事をしていたので、まず彼らの言動からすごく学ぶことがありました。彼らがベンチャービジネスの経営者に大事なこととして必ず聞いていたのは「What is your mission?」でした。マネタイズなんていう言葉は当時聞いたことがありません。

この業界で、最も尊敬する人のひとりは、イギリスVC界の父と呼ばれ、また社会的インパクト投資のパイオニアとして知られるロナルド・コーエン卿です。彼は、1972年にイギリスで初めてのVCである Apax Partnersを創業しヨーロッパでナンバーワンのVCに育てました。Apax Partnersはその後VCからバイアウト投資に転換していきました。2002年にはヨーロッパのインパクト投資の先駆けと言われたBridges Venturesを設立して会長に就任しています。

2015年GSG (Global Steering Group for Impact Investment) 日本諮問委員会 コーエン卿(前列中央)を囲んで。

コーエン卿は、会社の社会的な存在意義を大事にしてきた人です。僕は若い頃、Apax Partnersの会長だった彼に会う機会がありました。ソーシャル・インベストメント・パートナーズ (以下、SIP)を創業し、その後バイアウト投資をするフロネシス・パートナーズの経営をしているのは、コーエン卿を模範にしているところもあると思います。

西村インパクト投資と営利のバイアウト投資の両方をやろうと決めたときに、何が白石さんのなかでスッキリしたのかを知りたいです。

白石インパクト投資は社会や環境が良くなることを目的とするので、お客さんは「受益者」という概念で考えます。受益者がどれだけ増えて、クオリティ・オブ・ライフがどれだけ向上するのかを考えます。株式会社や行政がすくい切れない狭間にある人たちを、誰ひとり取り残されないように事業で解決しようとします。

「インパクト投資と営利を目指す投資はすごく両極端ですね」と言われることがあります。しかし、僕のなかでは事業で社会課題を解決しようとするという意味では、実は株式会社も同じ。時間軸が違うものだと捉えています。

NPOなど社会的事業へのインパクト投資を行うソーシャル・インベストメント・パートナーズ

杉本解決にかける時間軸の長さが違っているということですか。

白石はい。すごく端的に言えば、株式会社も社会や環境を良くすることを目指すNPOも「人を幸せにするためにある」と思います。人の幸せとは何かというと、豊かな人生にすること。僕は、最低限の生活ができる経済資本、人と人のつながりによる社会関係資本、教養や芸術などの文化資本が揃ってはじめて人間は豊かになれると思いますね。この3つの資本を再生産するうえで、会社というのは素晴らしい仕組みです。お客さんや会社組織のなかの人との繋がりである社会関係資本や、学びという文化資本を豊かにできるのが、僕にとっての良い会社。その時間軸をずっと長くすれば絶対に社会に役立つわけです。

もちろん、株式会社には、短いタイムスパンで経済的なリターンを得なければいけないこともあります。しかし、経済的なリターンだけを追い求めている会社は、社会にとってなくてはならない存在になれませんから長続きはしません。

日本ではNPOと株式会社の人材的な交流が活発ではありませんが、両者をクロスオーバーさせることが大事だと思っています。たとえば、顧客ではなく「受益者」という概念で会社を考えると、実は会社でいうステークホルダーは受益者に近い。また、株式会社には良い経営や組織運営の仕組みがたくさんあります。会社組織における人材づくりや研修のノウハウを移植したらNPOはもっと良くなります。両者同時に関わっていると本当に学びしかありません。

本当の意味でのマネタイズとは何か?

杉本「受益者」という言葉は、「お金の対価として利益を得る」というような、すごく狭い意味で理解されています。受益者という概念をもっと広く捉えないと、会社の存在意義を見出せないのではないかと思いました。白石さんは、視野が狭くなっている会社の方たちに対しては、どう働きかけていらっしゃるんですか?

白石まずは、「あなたから見た世界のなかに大事にしたい人はもっとたくさんいるよね」ということに気づいてもらいます。

受益者の「益」は便益の「益」。多くの営利事業では顧客と受益者がほぼイコールですので、お金を払ってくれる顧客に対してサービスや商品を売っているわけですよね。でも、世の中では顧客と受益者は必ずしも一致していません。たとえば教育では、一番の受益者は子どもたちですが、お金を払うのは国や自治体、あるいは保護者です。営利事業としての塾であっても、授業料を支払う保護者を顧客として考えて、受益者である子どもを忘れたら決して良い塾になりませんよね。

実は、どんな事業でも受益者は多岐にわたるケースが多いのです。誰に対してどんな「益」を提供して、もし受益者がお金を払えない場合には、代わりとなる誰からお金をいただくのかというパズルを解くのが事業の収益化であり、本当の意味でのマネタイズです。僕のやっている投資事業は、それを経営者とともに紐解くことからはじめます。たとえば、facebookの受益者は誰でしょう?

杉本ユーザーでしょうか。益の捉え方は、人によってさまざまだと思います。仕事のために使う人もいれば、人とコミュニケーションするために使う人もいますね。

白石SNSにはいろんな良い部分があります。昔の友人に会えたり、それによって元気をもらえたり、「いいね」が押されて励まされたり。それが便益であり、受益者はユーザーです。僕たちユーザーはお金を払っていないけれど、facebookはおそらく何兆円という収益があります。そのお金は誰が払っているでしょうか。

杉本広告主となる企業や団体、個人などですね。

白石そう、facebookのビジネスモデルは広告事業です。facebookはAIを導入して常にユーザーを監視して、ユーザーデータを商品として広告主に売っています。つまり、僕らはfacebookにとってユーザーであると同時に商品なんですね。

残念ながらSNSでは、収益の最大化に重きを置くために、ユーザーが商品化されて不幸になるケースがたくさん出てきてしまいました。仮に、facebookの経営者が収益を最大化することだけを考えたら、ニュースフィードは広告だらけになるでしょう。Google検索も同じです。AIは僕らのデータからクリックする確率の高い広告をいかに差し込んでいくかを考えています。こうして、あらゆるSNSは似たようなリコメンドばかりを表示するので、ユーザーの視野はどんどん狭くなっていく。社会の分断すら生んでいるかもしれません。

なぜこうしたことが起きるかというと、彼らが受益者という概念をもたなくなっているからだと思うんですね。これは人間の不幸な性(さが)なのですが、事業をやればやるほど、環境を壊してまで経済的なリターンを追い求めてしまう。そのときには、受益者という概念が大事だし、経済資本だけではなく、社会関係資本や文化資本、もっと言えば自然環境という資本も大事だという根源的なことを考えないといけない

もし僕がfacebookを買収できたら、経営者に「これが本当にやりたかったことなの?」と聞いてみたいですね。「実はそうじゃないんだ」と答えるのであれば、収益構造を変えればいい。株主は、経営者に「やりたいことをやれる方法を考えていいんだよ」と言える立場にあるんです。

この世界の仕組みを理解することから人間性を回復する

西村この連載は「時代にとって大切な問いを問う」をテーマにしています。白石さんが考える「今の時代だからこそ考えてみたらいいんじゃないか?」というようなことを伺いたいのですが、いかがですか?

白石たとえば、2021年ということで考えると、まさにパンデミックが教えてくれたことは大きかったです。個人的には、2020年は「リモートワークが主体になれば居場所はどこでもいいんだ」と思ったので、東京と軽井沢の二拠点生活を始めました。、軽井沢には同じような二拠点生活者や移住者がたくさんいて、自然のなかで暮らしながら働ける人生の豊かさを本当に実感しました。都会だけで仕事をしていたときは、常にいろんな雑音が入ってくるなかでスケジュールをこなしている感じでしたが、オンラインで時空を超えて人とつながりながら、静かな環境で物事を深く考える時間をもてた1年でした。

軽井沢のご自宅にて。窓の外の緑がまぶしい。

その暮らしのなかで、社会的な存在であり、文化的な存在でもあり、また自然そのものでもあるという人間性の回復が必要なのだろうと思いました。自然のなかにある人間だという立場で考えれば、たぶん自然を破壊することはしないはずです。

新型コロナウイルスの感染拡大が始まったときに、五十嵐大介の『SARU』(小学館、2010年)という漫画を思い出しました。この作品には、善と悪が常に入れ替わり続けるこの地球の仕組みを理解することが、人間にとって大事なのだということが描かれています。僕らにとって新型コロナウイルスは非常に悪いものですが、新型コロナウイルスの環世界では、人間は彼らが現れるきっかけをつくった存在です。彼らは彼らなりにただ広がろうとしているだけですよね。

彼らがなぜ現れたのか、この星の仕組みはどうなっているのかを考えて、明らかにしていかなければいけない。『SARU』のセリフではないけれど、この星の仕組みとの戦いには勝てないけれど、理解することなら人間の叡智によって可能かもしれません。そのなかでの人間性を回復していくということは、大げさに言えば新しい文明をつくるぐらいの話だと思います。

西村今の話を事業につなげてみたいと思います。事業にとって仕組みと戦うのではなくて、仕組みを理解するというのはどういうことになるでしょうか。

白石たぶん、ひとつの事業では無理ですよね。仕組みを理解しようとするたくさんの事業の叡智を合わせれば、この星の仕組みがわかるかもしれない。あるいは、学問の分野からのアプローチも当然あっていいと思います。人間を理解しようとする哲学、宗教学や歴史学、社会学、あるいは医学や自然科学の叡智を集めて仕組みを紐解けば、人間同士が地球と共存して生きていくためのデザインができるのではないかと思います。僕は、資本主義経済そのものがそのベクトルに向かっていくべきだと考えています。

経済、文化、社会。3つの資本を豊かにする「新しい資本主義」

西村資本主義の考え方のひとつは、今すぐ使ってしまうのではなくて「銀行に預ければお金が増える」とか、「ちょっと待ったらたくさん返ってくる」ということだったのかなと思います。それによって、突然食料がなくなるとか、病気になるとか、いつ起きるかわからない困りごとを一所懸命減らしてきたのですが、実は増やしたものの使い方はあまり考えていなかったのかなと思ったんです。とにかく増やすサイクルはうまくできているから、無駄なく回し続けることに集中した結果として豊かにはなった。でも、そろそろ増やすことよりも使うことを考えたほうがいいんじゃないか、と。

白石そうですね。そもそも増えたのは貨幣であるということをまず考えないといけないと思います。つまり、経済資本としての貨幣は増えましたが、社会関係資本や文化資本、自然資本は増えていないのではないかということを、営利・非営利、行政を含めたあらゆる事業で考えていくのが大事だと思います。

もうひとつは、貨幣は当初は交換の手段ですらなかったということです。貨幣は豊かさや部族内での地位の象徴であり、自然から与えられたものだから、個人が所有しつづけると悪いことが起きると考えられていました。

カナダのトーテムポール

たとえば、北米の先住民はトーテムポールを立てて富の再分配、あるいは分配した富を破壊するポトラッチという儀式を行っていました。富を独り占めしていると部族のなかで尊敬されない。だから儀式で再分配や破壊をしなければいけなかったんですね。ところが、貨幣が交換手段になったときに、人間は未来という時間の概念をもちはじめます。「未来のために貨幣を貯めておこう」と考えるようになったから、大盤振る舞いも破壊もしなくなった

貨幣を貯めることによって投資が可能になり、株式会社が生まれました。資本と人を集めて設備を用意して、貨幣を再生産するしくみができたわけです。問題は、貨幣という経済資本の自己増殖だけが目的化してしまったことです。資本主義や株式会社は再生産の仕組みとしては素晴らしい発明です。

これからは、経済資本だけでなく、社会関係資本、文化資本、自然資本も増えているのかをちゃんと指標を持って測りながら、同時に増やしていくのが新しい資本主義だと思います。

人を不幸にする組織は勇気をもって潰したほうがいい

西村「自分だけが良ければいい」という考え方がベースにあるのがイズムなのかなと思います。不安や恐れが強くなると、自分を守ろうとする気持ちが強くなります。大盤振る舞いは、いずれ巡り巡って自分の元に返ってくるという考え方なのかもしれません。そうすれば、お互いがもっているものが混ざり合いながら交換されていくんだろうと思うんです。本来もっと交換できるはずなのに溜め込んでしまっているのは、お金の機能を使い切れていないということでもある気がしました。

白石それが人間の性(さが)です。お金っていうのは、ビットコインもそうですけど、一種の記号のようなものです。それを増やすことで人生が豊かになるかというとそうじゃないですよね。最初にお話したように、豊かさをきちんと定義し直してそこを人類の目的にできたら、すばらしい文明になりますよね。パンデミックをきっかけに、そういう文明に向けたらいいのにと思います。

西村お金って約束手形じゃないですか。いつか何かあるときのための約束手形をたくさんもっているなら、今どのくらい必要なのかをよく考えてみた方がいいかもしれません。もしくは、社会関係資本や文化資本に替えていけたら、約束手形が少なくてもやっていける社会になっていくのかなと思いました。

白石僕はずっと事業投資をしてきたので、豊かな人生を送る人が増える事業をたくさんつくり、そこにお金が流れる良い事例をつくることを、自分の仕事のなかでもやっていきたいと思っています。資本主義をイズムとして否定するのではなく、資本主義というメカニズムを人間主体に取り戻すことが大事なんじゃないかと思います。

杉本会社が受益者という概念をもつこと、経済以外の資本に目を向けていくことをしないとこの社会は苦しいままだろうなと思います。

白石単純に「事業や会社は人を幸せにするためにあるんだ」と言い切っちゃったほうがいい。会社は生命体だと言いましたが、逆に生命体として生き残るためにお客さんや受益者、社員の幸せをないがしろにする場合があります。そのときは勇気をもって会社を潰さなければいけない。生命体だから大事にしなければいけないわけではありません。

それも資本主義のダイナミズムです。組織で働く官僚やサラリーマンが人々のために誠実に仕事をすることと、組織を守ることの間で苦悩して、自殺に追い込まれてしまうなんていうのは本末転倒もいいところです。そんな組織は勇気を持って潰してつくり直すことも、人間としてやらなければいけないことだと思います。

西村白石さんのお仕事は、経済的資本を、文化や社会関係、自然という資本が増えることに振り向けていく、新しい資本主義の仕組みをつくっていくことによって、新しい文明へとつなげていくということなのかなと思って聞いていました。今日はありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

静かな佇まい、穏やかな語り口。社会的に地位のある人はそれに応じた責任を果たさなければいけないとする、「ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」という道徳観がありますが、白石さんと向き合っているとこの言葉が思い出されました。

行き過ぎた資本主義によって、すべてが商品化されていく社会のなかで、個人の幸福が圧迫されていることはすでに明らかだと思います。白石さんが話してくれた「新しい資本主義」がどのように可能になっていくのかはまだイメージできないのですが、個々の生活において「社会関係」や「文化」のほうに軸足を移していくことはできそうです。自分の体感を通して、どんな社会で生きていたいかを考えたいと思いました。

次回は、建築家であり、住まい・暮らしに関する研究者、土谷貞雄さんへのインタビューをお届けします。どうぞ楽しみに待っていてください。

杉本恭子 ライター
京都在住のフリーライター。大阪出身。東京でさまざまなオンラインメディアの編集者を経験したのち、学生時代を過ごした京都でフリーに。現在は、人の言葉をありのままに聴くインタビューに取り組んでいます。Webマガジン「greenz.jp」シニアライター、「雛形」では徳島県・神山の女性たちにフォーカスした「かみやまの娘たち」を連載中。仏教が好き、お坊さんに詳しい。
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