企業や大学が注目する「共創型人材の育成」の方法とその価値とは? 5社によるコンソーシアム型調査プロジェクトを振り返る【共創型人材の育成と未来企業の実現シンポジウム その1】
激変する時代のなか、企業間を横断して新規事業を創造する、オープンイノベーションの可能性に注目が集まっています。オープンイノベーションを担うのは、多様な関係者を巻き込む力のある「共創型人材」。ミラツクは、2017年9月から「富士通株式会社」「株式会社ワコール」「レノボ・ジャパン株式会社」「株式会社日建設計」「大阪大学」の5つの組織とともに、文献調査による「人が育つ組織」の要点の集約、企業に所属する15名の共創型実践者インタビューによる「共創型人材の成長プロセス」の調査と分析、集約、結果得られた3領域27分野336項目の要素を用いた企画開発WS、などに取り組むコンソーシアム型調査プロジェクトを実施しました。
2018年2月27日、関西大学梅田キャンパスにて、「共創型人材の育成と未来企業の実現シンポジウム」を開催。同コンソーシアムによる成果共有と、調査から得られた知見を用いたアイデア形成ワークショップを行いました。この記事は、コンソーシアムメンバーのうち4名が参加したパネルディスカッションの内容を中心に構成したものです。
(photo by sayaka mochizuki)
この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/
登壇者プロフィール
富士通株式会社 マーケティング戦略本部 デザインシンカー
大手ゼネコンにて現場管理や設計に従事後、2005年に「富士通株式会社」入社。ワークプレイスやショールームデザインを経て、現在では企業のワークスタイル変革や自治体の将来ビジョン、地方創生のデザインコンサルティングなどを担当。「社会課題をデザインとビジネスの力で解決する」をモットーに活動中。「HAB-YU」を軸に人と地域をつなげる研究と実践を行う。富士通では、浜松町の「FUJITSU Digital Transformation Center」、蒲田の「FUJITSU Knowledge Integration Base PLY(通称PLY=プライ)」など、「共創」の場を広げている。http://emerging-future.org/newblog/20170807_fujitsu/
株式会社日建設計 NAD室長
早稲田大学理工学部大学院修了後、「株式会社日建設計」に入社。東京スカイツリータウンなどの設計業務に携わった後、2013年に「アクティビティ(=空間における人々の活動)が社会を切り拓く」というコンセプトを掲げた領域横断型デザインチーム「NAD」を立ち上げる。近作は羽田クロノゲート、仙川キユーポート、ポピンズナーサリースクール、東京インターナショナルスクール、ほか多数。http://www.nikken.jp/ja/nad/
ワコールスタディホール京都 館長(2018年3月31日時点)
「株式会社ワコール」入社後、経理・財務部門に配属。その後、広報部門にてワコールの社外向けPR誌の編集、社内報の編集に携わり、多数の文化人、学者、医療従事者などへのインタビューを実施。ワコールの経営者や社員、世界で働くワコールの仲間への取材を通じてワコールに根付く経営理念を体感する。その後、宣伝部門でPR・企業広告制作業務に従事。広報・宣伝を行うPR部門とCSR活動や情報開発を行う宣伝企画部門の課長を経て、現職に就き、ワコールが2016年10月に京都駅前にオープンした、美をテーマにした学び場「ワコールスタディホール京都」を立ち上げる。http://www.wacoal.jp/studyhall/
大阪大学COデザインセンター教授・副センター長
専門は、科学技術社会論(科学技術ガバナンス論、市民参加論)。もともとはバリバリの理科少年だったが、理学修士をとったところで文転。2回目の修士課程(博士前期課程)で哲学、科学思想を学び、博士後期課程から守備範囲を社会問題寄りにシフトする。「財団法人政策科学研究所」客員研究員、「京都女子大学」講師を経て、2005年「大阪大学」に着任。著書に『科学は誰のものか―社会の側から問い直す』(日本放送出版協会)など。http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/co/2016/12/4.html
コンソーシアムに参加した4社4様の理由
西村もともとは、首都圏を中心に組んでいるコンソーシアムでしたが、「大阪大学」の平川さんのご参加により、大阪でもシンポジウムを開催できる生態系になりました。これからは大学教育としてのプログラムも考えていきたいと思っています。まずは、みなさんの自己紹介からお願いします。
高嶋さん「富士通」の高嶋といいます。2014年9月から、六本木1丁目で「HAB-YU」という共創の場所を設立し、企画・運営をしています。広さは約200平米、6テーブルくらいの空間で、非常にわかりやすく言うと「対話を専門とする場所」。「共創というキーワードで対話すると何が起きるのか」を実験するためにつくりました。
もともと、富士通のデザイン部門は、製品設計が終った後の色やかたちを中心にデザインすることが多かったんです。でも、変化の早い時代には、デザイナーが自らものごとを捉えていかないといけません。デザイン思考をベースにおいて、お客さんと対話するなかで社会のニーズをつかむ、刷新するということをしたかったんですね。今回の調査には、こういった場でデザイン思考を身につけた人たちは次にどうなっていくのか、どうしたらイノベーターになれるのかを明らかにしたいと思って参加しました。
塩浦さん私は、「日建設計」という会社で、社長直轄で出島のように存在している「NAD」というチームを率いています。私自身は今年46歳になりまして、15年ほど設計して、5年前に「NAD」を立ち上げて。今ではファッションショーやパーティのプロデュースから、ワークスタイルのデザインまでしています。
「NAD」のステートメントは「ユーザーの能動性を豊かにするデザインで、空間や社会にイノベーションをもたらす」こと。空間をベースにしていますが打ち手はさまざまです。どんなに美しい空間を設計しても、人がコラボレーティブにならないと意味がないので。結局はアクティビティが重要なんだという問題意識から、今回のコンソーシアムに参加させていただいて、学ばせていただいています。
鳥屋尾さん2016年10月から、京都駅前に「ワコールスタディホール京都」という、美をテーマにした館を運営しています。ワコールのミッションは「世の女性に美しくなってもらうことによって広く社会に寄与する」というもの。下着だけでなく学びを通して、美しくなりたい気持ちを応援したいという思いで運営をしています。
館には、ライブラリー・コワーキングスペース、スクール、カフェやギャラリーがあり、ギャラリーは京都市が行うアートイベントなどに参加することもあります。スクールのコンセプトは、「美的好奇心をあそぶ、みらいの学び場」。身体の美、感性の美、社会の美をテーマにカリキュラムをつくっています。特に、身体の講座はすごく好評でリピーターも多く、やはり、ワコールに対するイメージが「身体」というものにあること、そして今の時代は身体リテラシーが高まっていることを感じます。
今回、このコンソーシアムに入らせていただいたのは、社内においても共創型人材は必要ですし、人材育成に悩まれる方も周りにたくさんいらっしゃるからです。コンソーシアムを通じて得られた知見を学びに変えて、スクールでご提供できたらいいなと思います。
平川さん私どものセンターは「大阪大学」に、2016年7月に発足しました。ひとことで言うと全学の大学院を中心に、全学学生向けの共通教育となる高度教養教育プログラムを展開しています。授業スタイルは教室で行う座学もありますが、対話型の授業、ワークショップ型のスタイルを活用したアクティブな授業もあります。学外に出て、社会課題の現場で当事者の人たちと学生がコラボレーションしながら学び、答えを出していくことにも取り組んでいます。一昨年からは、大阪・梅田のナレッジキャピタルとの共同で、「大阪大学」の教員や社会で活躍されているみなさんで、「ナレッジキャピタル超学校―対話で創るこれからの『大学』」というシリーズイベントも実施。2016年度の内容は、同タイトルの書籍にもなっています。
COデザインセンターの教育プログラム。1st STEPは大学院生(修士)と学部の3、4回生、2nd〜3rd STEPは大学院生(修士〜博士)が高度副プログラムまたは副専攻プログラムとして受講する。
「COデザインセンター」では、「どういうスキルやセンスを身につけるか」という観点だけではなく、実践的な観点から「どういう問題に取り組んでいくか」を考えながら、さまざまな教育プログラムを提供しています。「大阪大学」を出て行く学生たちには、他の専門分野、異文化の人たちと一緒に新しいものを生み出し、社会に貢献する人に育ってほしいということで、今回のコンソーシアムにも参加し、議論させていただいています。
西村今回、運営側に入ってくれている、間所花奈子さんもご紹介したいと思います。間所さんは、「慶應義塾大学大学院」システムデザイン・マネジメント研究科で、共創型人材をつなぐ役割をテーマに修士研究をされています。パネルディスカッションにも入っていただきます。
間所ミラツクで研究員をしております間所です。修士論文では、共創型の人材、多様な人材をつなぐ“紹介者に着目しています。共創型人材は、協力し合える人たちなのですが、専門分野が異なっていると出会うことは難しいです。ところが、間に紹介者が入ることによって異なるセクターの共創型人材が出会い、イノベーションが起きることがあると思うんです。共創型人材をサポートしている紹介者にはどういう特性があり、そのような紹介を実現させているのかを、インタビューやアンケート調査を行いながら研究してきました。
西村では、このメンバーでパネルディスカッションに入っていきたいと思います。
デザイン思考の“教育”からイノベーターは生まれない
西村僕のほうから順番に問いを投げかけていきます。はじめに、このコンソーシアムを始めるきっかけをつくった高嶋さんに。富士通では全社を挙げて、デザイン思考を学ぶ新しい人材育成に取り組まれているんですよね。そのなかで感じている課題感や、人材育成に必要だと思うことはありますか?
高嶋さん「HAB-YU」 は、いろんなお客様から相談を受けますが、例えば「社内にある技術を活用した新規事業を立ち上げるように」と会社に命じられて来る人たちです。そういう人たちには、自分のなかに「新規事業をやりたい」という思いを持って来る方は少ないんですよね。つまり新規事業を起こすことが仕事になっていると言う事です。そういうとき、僕らは一緒にコトをつくりながら、その人自身に体験してもらうことを通して、“自分ごと”として勧められるように変えていくことをやってきたんです。結果的に、新しい事業をつくるその過程が、人材育成にもつながっているんじゃないかと思い始めています。
また、富士通のなかでも、既存の積み上げ型や課題解決型から、答えのない答えを探していこうとする思考に変わっていこうとしていて、全社にデザイン思考の教育を始めました。ただ、「デザイン思考の教育だけしてもイノベーターにならないぞ」って、きっとみんな気づくだろうなと正直思っています。
というのは、デザイン思考を身につけていても、共創型人材と言われるようなマインドとか行動規範、考え方がないと、外に出て行っても何もできずに帰ってくるんじゃないかな、と。ただ、世の中に放り出されるときに、基礎知識としてデザイン思考っていうものを身につけていたら、少しは変わるんじゃないかと思ったりもしています。
あてもなく世の中に出るよりも、共創型人材とされる方たちをお手本にできたらいいと思ったんですよね。たとえば、今回のコンソーシアムで行った共創型人材へのインタビュー結果から、変革が起きる可能性が1%でも上がる道筋が見えるかもしれません。道なき道を探していくことが課題ですし、それが解決できたらみんなが変われるんじゃないかと思いました。
西村「デザイン思考を学んでも結局イノベーションが起こらないんじゃないか」というところをもう少し詳しく聞かせていただけますか?
高嶋さん本当に自分が必要だと思って、デザイン思考を身につけた人は使うと思うんですね。でも、会社に言われて教え込まれた人にとって、デザイン思考も“研修”でしかないんですね。会社員はまじめなので、研修があればちゃんと受けるんですけど、身にはならないんです。
自分たちが教えていても、「まだ腹落ちしていないんだな」「使い切れていないな」ということは肌感覚として持っています。だだ、何かのときに「あのときに学んだデザイン思考だ」と気づくこともあるだろうとは思ってもいるので、両方必要だと思っています。
西村それは方法論を学ぶことから入るよりも、手を動かすところから入る方が行動から気づきを得たり、変化が起きることがあるということですか?
高嶋さんそうですね。経験から言うと、まず行動から入る方が変化は起きやすいのではないかと思います。人を変えるのは難しいと思いますが、人は自分で気づくと変わり始めるものと思っています。
設計した空間にアクティビティを生み出すには?
西村なるほど。行動について、塩浦さんにも聞いてみたいと思います。空間を設計されるときに、考えていたのとは違う動き方、使い方をされることもあると思うんです。そうならないために、「NAD」では行動まで含めてデザインされているんだと思うんですけども。空間とアクティビティをうまく噛み合わせていくためにどんな工夫をされていますか?
塩浦さん具体例でお話ししますね。以前、とある予備校さんの寮をリニューアルするお仕事があったんです。99%東大への進学を保証する全寮制のスーパーコースのプロジェクト。空間と学びについて考えたいので、当時42、3歳の私がその寮に行って、18、19歳の浪人生が暮らしているところで一緒に生活してみたんです。
携帯電話もパソコンも没収。当然アルコールもなく、消灯は22時。私からすると、かなり危険ですが、どうしようもない。そこで、学生さんにもインタビューをしたのですが、やっぱり夜に葛藤がある、と言うんです。その葛藤とは何かというと「自分の部屋のデスクの後ろにベッドがある」と。「勉強しなきゃ」と思いながら寝ちゃうんですね。
彼らは、東大に行くために何と戦っているかというと、ベッドの睡魔と戦っているんですよ。いろんなインタビューとかリサーチをして、僕らは「寮の個室からからデスクをなくしてベッドだけにする」ことを提案しました。その代わり、ラウンジをつくって日中はそこで勉強しよう、と。なぜなら、試験はみんなでやるものだから、常にそこでやれということで。よくできたビジネスホテルみたいなプランから、ビルディングモデルを変えたんですよ。
残念ながらその提案は通らなかったんですけども、西村さんが問われた空間とアクティビティの問題というのは、そういうところに宿りまして。劇的に変えないと人の活動は変わらないんです。ひとつ、事例として行動と空間モデルが全然マッチしないとき、あるいはしたときに出る効果がある。
西村今のは、空間が行動に影響を与えるという話だと思います。ところが、空間をつくったんだけれど、それだけだとうまくいかないということもあると思うのですが。
塩浦さんはい。今度は場のオーナーの話をしたいと思います。「人が集まるお店」ってありますよね、インテリアが素敵だからでも、安いからでも、うまいからでもない。それは、やはり女将がいいわけですよ。場のオーナーがいいんです。
エクスキューションなんてかっこいい言い方もしますが、醸し出す雰囲気、出来映えというものは人に宿るんですね。さきほどはベッドと学生の真剣勝負の話をしましたが、ある種こういうパブリックスペースみたいな空間をつくるときには、必ず僕は場のオーナーシップを誰かに持ってくれと言うんです。
「リフレッシュコーナーで、誰もリフレッシュしていない」とか、ありますよね。多目的ホールが多目的に使われている事例を見たことありますか? 絶対に、場のオーナーシップが必要なのに、なかなかタッチできない。なぜならば、僕らは設計図に「人間をここ置け」とまでは書けないんです。かといって、設計する段階にはその空間を運営する会社さんはいないわけです。そこでアンマッチが起きる。こんな状態だと思います。
西村どうしたらいいと思いますか?
塩浦さんやはりオープンイノベーションで。新しい職能が出てくると思います。どの空間の場のオーナーシップも持てる、今風に言うとコンシェルジュというか、バトラーというか……。もう少し違うんじゃないかな? 鳥屋尾さんや僕みたいに、ギラギラしていないやわらかい場のオーナーシップとでも言えばいいでしょうか。
“女将”に聞く、やわらかい場のオーナーシップの工夫
西村では、“やわらかい女将”がいらっしゃるので聞いてみましょう。鳥屋尾さんが、「ワコールスタディホール京都」を運営するなかで感じてきた、「こうやるとうまくいくんだ」と思った瞬間、人と人が出会っていく工夫についてお話を伺いたいです。
鳥屋尾さんなるべく、自分が場にいていろんな人に会うように心がけていますね。どんな人が、どのくらいの頻度でいらっしゃっていて、どういうことに興味を持ってはるのか観察しています。
西村先日は、有休をとって自分で企画した講座にお金を払って参加されていましたよね。
鳥屋尾さんどっぷりその場にずっといるとそれが日常になってくるから。他の人から見たそれがどういう感覚なのかわからなくなってしまうとアウトだと思うんです。マーケティングじゃないんですけど、どんな風に自分が感じるのかを確かめているという感じですね。
「本当にその金額で見合っているの?」「ホントにおもしろいの?」とか。もう一方では、一参加者として自分は何を感じるのかも知りたかった。そこでお友達になった人たちと「次にどんなことしたいか」を話したりもしました。
西村結果としてわかったことは?
鳥屋尾さん講座の内容だけに魅かれて来ているわけではない人が多いな、と気づきました。講座自体も楽しいんですけど、同じテーマに関心がある人同士なので、講座が終ってからもずーっとしゃべっているんです。「こういう場所にみんなで行ってみましょう」と、次につながっていくことも、おもしろいのだろうということがわかりました。
西村「講座を通じて同じ趣味の人と出会い、おしゃべりするまで含めても楽しい」とわかると、「講座後は、すぐ帰らせる感じにしないほうがいいな」とか、微修正も起きていく感じなんですかね。鳥屋尾さん自身が参加することで、アンマッチが起こりにくくなる、みたいな。
鳥屋尾さん自分で体感することによって、全然求められていないものばかりをつくることを避けたいですね。
西村ところで、鳥屋尾さんはコンソーシアムのテーマのどんなところに興味を持たれたんですか?
鳥屋尾さん共創型人材には、「ワコールスタディホール京都」の私と、「ワコール」の広報宣伝部で広報を担当してきた私という、両面から興味を持っています。
私はずっと広報の仕事をするなかで、「どうしたら人は変わるのか」に興味を持ち続けてきました。ブラジャーを例に挙げると、実は自分のサイズに合うものを着けている女性は3割もいなくて、多くの女性は小さめのブラジャーを着けています。その事実を伝えると「そうなんですね!」と言われますが、実際に試着しに行って買うかというとそうでもなくて。
「知っている」と「やってみる」ことは全然違う。どうすれば、行動変容を起こせるのかを探すような仕事をずっとしていたんですね。態度変容が起きない限り行動変容も起きません。どうすれば、それが起きるのかをもっと究めていきたいと思います。
また、「ワコール」はこれからも新規事業をどんどん増やしていこうとしていますので、共創型の人材を育成する必要があります。いろんな会社の人たちも、共創型人材の育成に悩んでいるので、私たちのスクールに取り入れていくことも視野に入れていきたいと思っています。
西村どちらかというと、「行動変容を起こすきっかけはどこにあるのか」という話ですね。考え方や動き方が変わっていくプロセスのなかで、特にきっかけに部分が見えてきたらいいのではないかという感じですか?
鳥屋尾さんそうですね。きっかけもそうなのですが、新しい行動が習慣化するかどうかは、また全然違うフィールドなんですね。どういう働きかけをすればきっかけをつくれるのか、習慣化させることができるのかに興味があります。そこには、めちゃくちゃ伸びしろがあると思うんです。
共創を促す人材の意外な特性「全体を俯瞰する」
西村習慣の話が出たので、間所さんに聞いてみたいのですが、習慣として人と人を出会わせたり、共創を促したりしているのはどんな人ですか?
間所研究を通して、習慣として人と人をつないで共創をどんどん起こしている人にはいくつかの特性があることがわかってきました。たとえば、「好奇心がある」「自由な感じである」のような性格的なもの、「多様な価値観を持っている」などはなんとなく想像がつく範囲かなと思います。
一方で、おもしろいなと思ったのは「全体を俯瞰する」という特性。人と人をつなぐうえでは、もっと共感力や感謝などの気持ちの面が大事という結果も予測していたのですが、意外と能力的な面が重要になってくるんです。
さきほど、塩浦さんがおっしゃっていた、「NADは場のオーナーを設定することはできない」というお話がとても印象的だったのですが、まさにそこにも現れているなあと思っていて。全体俯瞰で捉えるっていうのは、要はシステムとして捉えるということ。そこにある構成要素を洗い出していって、そのライフサイクルも考えるんですね。
おそらく人が人を紹介して共創するときにも、全体を俯瞰して「これは必要だよね」「これがなかったら回らないよね」と見ていくことができる人が、場のオーナーであり、女将的な人なんじゃないかと思いました。
西村空間だけではなく、空間を構成する要素まで俯瞰して組み込んでいけば、もっと人が行動し、コミュニケーションする設計ができる。人と人を出会わせる場合でも同じように「この人とこの人が出会ったら何が起きるか」を考えたうえでの行動が自然に生まれてくる。
間所そうですね。たとえば、コワーキングスペースの“女将”であれば、場の力も要素として利用するというかたちになると思います。
西村鳥屋尾さんの場合で言えば、講座だけを運営するのでなく、「ワコールスタディホール京都」、さらには「ワコール」全体を俯瞰するというイメージでしょうか。「社会のなかで、ワコールやワコールスタディホール京都はどういう位置なんだろう」って考えて、「こういうものがあるといいんじゃないか」という要素を盛り込んで、うまくいっているかどうかを現場で確認する。高嶋さんの場合だと、何を見てどういう行動をとればいいのかがわかっていたら、現場に出たときにちょっと学びが起きるとか、そんな感じ。僕のなかで、なんとなくまとまりが出てきました。
他分野と組み合わせてはじめて専門性は生きる
西村ここで、こうした共創型人材が育つ場としての大学について、平川さんにお話を伺いましょう。日本のほとんどの大学生は高校を卒業してすぐに進学してきますよね? 「OECD」の統計によると、大学生のなかに25歳以上の人が占める割合は、「OECD」平均では約18%ですが、日本ではわずか1.9%。大学院生のなかに30歳以上の人が占める割合は、「OECD」平均は28.8%ですが、日本は13.2%しかありません。
つまり、このデータを見ていると、一度社会で働いた人や40〜50代の人にとって、今の大学教育はあまり魅力的ではないという感じになるのかな、と思うのですがいかがですか?
平川さん人口100万人あたりにおける博士・修士課程を修了した人の数を比較すると、日本は先進国のなかでほぼ最下位。お隣の韓国と比べても半分くらいしかいません。しかも、日本の場合は、理工系優位で文系の大学院生はほとんどいない。つまり、学部や研究科の縦割り構造も相まって、高度な知識を身につける過程でいろんな分野の人と混ざる機会がないままに社会に出て、それぞれの会社、業種、セクターに入っていくことになります。
大学で身につけた専門性を生かすためにも、他の分野との組み合わせを考える力を身につけておく必要があるのではないか。それが大学院にないと、学部生は「専門をやるためだけなら企業で働くほうがいい」と思うし、社会人からすると何年か働いてから戻る魅力もないだろうと思うんです。
これは、大阪大学のように研究型大学が悩んでいる問題です。各自の専門を活かすためには、他分野との組み合わせを経験しなければいけないと言いながら、実は全然そういう風になっていない。大阪大学も、大学院だけでも16研究科くらいある総合大学なのに、学生たちが学際的に混ざる機会はなかなかありません。
西村理学部も工学部も、文学部もあるし法学部もあるけれども、混ざり合わない。それが、「COデザインセンター」で開講されているような、学部・研究科横断型の教育プログラムをつくられている背景になるのでしょうか。
平川さんそうです。かたちとしては総合大学で過ごしていても、自分の学部の内部に留まっていれば、単科大学にいるのとほとんど変わりません。サークルなどの課外活動では、他の学部・研究科の学生と一緒になるわけですけれども、専門的な見方や知識を身につけたうえで、共通の課題について議論する異種格闘技戦をするような場が用意されていないのは問題です。
そこで大阪大学が10数年前に設けたのが、大学院等高度副プログラム、副専攻プログラムという全学的な学際融合教育の仕組みです。そうした取り組みのなかで「COデザインセンター」が果たすミッションのひとつは、学生たちに自分たちとは異質な考え方があることを生身で経験してもらうことです。そのための仕掛けとしてさまざまな教育プログラムをつく、実際に社会に出て「何が課題なのか」「何を解決しなければいけないのか」を考える経験を増やしていく「高度汎用力」を育成することを目指しています。
西村異なる専門性を持つ人たちと、ただ一緒にやるだけではなく、どんなことを学んでいくとさらに価値があると思われるのかをもう少し伺いたいです。一緒にやらないとできないテーマというのは、どんなものがあるでしょうか?
平川さんそうですね。しばしば理工系では、問題よりもソリューションに目が向いてしまうんです。たいていの研究室では先生が問題を与えて「これを実験しなさい」「これを研究しなさい」とやる。すると、学生たちは問題は外から与えられるもので、自分たちの仕事はソリューションを考えることだと考えるようになるんですね。
でも、実際には、そもそも何が問題なのかを見つけることが大切ですし、既存の専門分野や特定の業種の枠内に留まっていては問題が見つからないこともあります。異分野の人と一緒にやることによって、問題を見ようとする自分の偏りに気づかせてくれる出会いがあります。そういう経験をすることで、発想の大元を自由にしておくことができる。それがひとつ、大きな狙いですね。
絶望を手がかりに希望を探していく
西村高嶋さんと塩浦さんに、ご自身の組織に求める人材について伺ってみたい。そもそも、どんな素養を持つ、何ができる人を求めていますか。
高嶋さん僕が感じていることだけで言うと、けっこう企業の方たちはリスクから考えようとするんですね。答えのない答えを探すときは、どうなるのかわからない。でも答えがないからこそ考える、「どうなるだろう?」と思ってつくりあげていく。そういうマインドがないと新しいものは生まれないんじゃないかなと思っていて。変化を受け入れるとか。不安だからこそロジカルに積み上げてしまうのだと思いますが、混沌を受け入れるマインドでいられるともう少し楽しめるんじゃないかなと思うんですね。
塩浦さんやっぱり課題を設定できる能力は求めますね。平川先生がおっしゃったように、ベースがあってはじめて問いに当たれるので、やはり基礎的な教養は求めます。歴史や古典、人間がつくってきた知性に、尊敬の念がない人は最終的に伸びないと思います。
西村ちょうど「NAD」の新入社員1年目の吉備さんが来てくださっているので聞いてみたいと思います。専門性があったうえでの2本目って大事だと思うんです。吉備さんは神戸大学と東京大学大学院で建築や空間について真剣に学んでこられて、そのうえでいろんなことに興味を持たれて、「建築アイドル」をされたりしていましたよね。その2本目の分野に入っていくときの楽しみや感覚をちょっと知りたいなと思います。
吉備さん私は学生の頃から、建築をもっとポップに楽しく伝えたいと思い、“建築アイドル”として6年ぐらい活動しています。建築界のサカナくんみたいなイメージです。頭にサカナをのせて、魚を嫌いな子どもたちに興味を持ってもらう、みたいな。あの感じの建築バージョンだと思っていただけるとだいたい正解です。
西村どういうきっかけで、建築のど真ん中ではないことに興味を持ち始めたのですか?
吉備さん私の場合は、2本目に興味を持つ前のタイミングで、ものすごく絶望しているんですね。最初は建築を学びたくて入った大学で、週1回金曜日の1時間目しか建築のことを勉強できなかったとき、学外の人たち、他のいろんな建築の学部がある大学の人たちとつながって、自主的に勉強する団体をつくりました。
そこで活動をしていると、徐々に全国の建築学生の人たちとつながってきたんですね。すると、若手の建築家の人たちが悩んでいること、絶望していることに触れることになって。建築家は、建物をつくる街のことを歴史から考えてみたり、つくられる場のコンセプトや中身の精度を考えてつくっているのに、そういうことが全く伝わっていないんですね。
他学部の学生からも「建築って大工さんとか……?」と、思われていたりする。建築とそれ以外の人たちとの間にあるギャップに絶望して、建築からちょっと引いて都市計画を学んでみたりするうちに、今はアクティビティデザインというところに落ち着いている状態です。
西村建築という分野の内に留まるだけでは、やりたいことに何か足りなかったんですね。建築は好きだし、ずっと真ん中にあるんだけど、ちょっと違うところ、ちょっと違うところ、みたいな感じで探っていくうちに、アクティビティデザインにたどり着いたんですね。
吉備さんはい。建築が好きな気持ちは変わっていないです。
西村ということは、絶望する集団を探せばいいんですね。宇宙のことをやりたくて理学部に入ったら、シミュレーションだけやらされて宇宙に行かせてもらえない学生。生物を使って機械をつくりたいのに、バイオの研究ばかりで機械に触らせてもらえない工学部の学生、みたいな、ちょっと絶望した集団をつくって、その人たちの希望を灯してあげる。
平川さんうちの学生を見ていると、今の自分がやっていることを続けてもこの先あまりいいことはない。むしろ自分にとって不幸かもしれないという危機感、飢餓感から、「COデザインセンター」の授業を受けにくる学生が一定数いるのを感じています。
西村危機感というのは、「医学部で医学を学んでいるけど、それだけでは30年後には通用しないだろう」とかそんな感じですか?
平川さん危機感は内発的に生まれるものなので、そう簡単にはきっかけはつくれないし、下手すると潰れてしまう。危機感を持ってしまった人たちが自然と集まれる駆け込み寺的な場所、駆け込んでさらにジャンプできる、ジャンプ台のある場所をつくっていくことがうちの存在意義なのかなと思います。
共創型人材が増えるには?
西村この後、ワークショップでは「どうすれば駆け込み寺みたいなものをつくれるのか」も考えてみたいです。それでは、最後に「共創型人材が増えていくには?」というテーマでひとことずつお願いします。
鳥屋尾さん自己肯定感が高いと人の意見を取り入れやすくなり、人とつながりやすくなります。なので、自己肯定感の高い人をつくることが、共創型人材を増やすことにつながるのかなと思います。そのためには、もうちょっと世の中に楽しい雰囲気があるといいのかなと思います。
共創型人材にはしんどいこともたくさんあると思うんですね。共創するって、「踊る」ことに似ていると思います。一度踊り始めた人は、踊るのを止めると周囲に影響を与えてしまうので、ずっと踊り続けなければいけません。だから、楽しく踊り続けられるように盛り上げる世の中になっていくと、新しく踊り始める人もどんどん増えるんじゃないかと思うんですよね。
高嶋さんさきほど平川さんがおっしゃった危機感の話にすごく共感しました。「富士通」では、プロダクトデザインやWebデザインがメインストリーム。僕のやっているUX(User Experience)デザインは、4年前の富士通ではメインの仕事ではなかったので「何かしていないと変わっていけないんじゃないか」という危機感が、今の自分の立ち位置の原点かもしれないと改めて思いました。
今の仕事の原点は、鳥屋尾さんが言っていた「楽しい雰囲気があるといい」というところなんですね。今は、みんなあまり楽しそうに仕事していないし、会社に言われたことだけをやっているイメージがあります。共創型人材は、そこを打ち破って自分のやりたいことを仕事にするための人材像じゃないかなと思います。
塩浦さん「踊っちゃおうぜ」というのはすごく共感を持てます。踊るのは、裸がいいなあと思っていて。僕らの「NAD」は裸になれる、自分の弱みも含めて全部出しきれる場をつくりたいと思っています。
場の専門家としてインフォームすると、2016年にアップルストアは「Apple」になりました。ストアじゃなく、Appleなんだ、と。「ストア」だと店員とお客さんという関係になるからです。今、Appleに行くとハイタッチから始まりますし、どこがカウンターかわからなくて、場のオーナーがふらふらしているわけです。要は共創型人材のダンスフロアなんですね。さすがだな、と思います。
もうひとつは蔦屋で、店員がどこにいるかわからない状態になっていて、主客が転倒している。だから蔦屋にいくと、自分が蔦屋と知を一緒につくっているように錯覚するんです。そういう場、システムみたいなものをつくれると、共創型人材がどんどん育っていくじゃないかと思います。
平川さん高嶋さんが言われていた、不安を楽しむ、混沌を楽しむというマインドを持つ人が増えていくといいのかな、と思います。今の日本は財政的に厳しいこともあり、成果を求めすぎていろんな発想や自由度を狭めてしまっています。もう少し、それを緩めて「1000のうち3つ当たればいい」くらいの感じの方が、自由度があってよいのではないかと常に思っています。
間所みなさんがおっしゃったことに全部共感しました。私自身も危機感を持って慶応大学に行きましたし、既存の大学教育、大学院にがっかりさせられたこともありました。また、私の研究でも「自己受容」がすごく大事な要素なのですが、自己肯定感がないと人をつなげるのは難しいと思います。主客の話についても、共創型人材は自分が主導することも、誰かに協力することもできる両面性があることがポイントかな、と思います。
吉備さん私は社会人1年目という立場で、「会社に入ること」に、ものすごいマイナスイメージを持っていたんです。でも、この1年を過ごして、自分を肯定できて、自分の好きなことがちゃんと認められる環境みたいなものがあって。今こうやってやりたいことに基づいて何かをやろうと思えている。そういうことが一番だなあと思っています。
西村吉備さんが言っていた、絶望感にすごく共感しました。僕は大学院で統計系の心理学をやっていたので、大量のデータを集めて分析していたのですが、どうがんばっても「客観的」というのは手に入らない。質問を決めているのは僕だし、誰にアンケートを渡すかもなんだかんだで僕が決めているし。どうがんばっても100%の客観的になれないんだとしたら良い研究をするために一体どうしたらいいんだろう、と思った瞬間がありました。
そのときに、アメリカの心理学者、ジェローム・ブルーナーの本を読んでいたら「主観からこそ新しい価値が生まれる」と書いてあって。主観にぐっと入って攻め込んだなかで見えるものがあるというブルーナーの考え方に出会ったおかげで、「現場に行こう」「やっぱりひとりの人ってすごく大事だな、そこに真実があるな」と思えたし、それは良かったなと思ってます。
絶望しても、希望の福音書みたいなものが出てくると前に進めます。それは場であったり、人とのつながりであったり、いろんなパターンがあるんだろうな、と。今日のお話を聞いていて、改めてそう感じました。ありがとうございました。
この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/