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「宇宙食」ではなく、「文化としての食」を宇宙に持ち込む。 一般社団法人SPACE FOODSPHERE代表理事・小正瑞季さん【インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」】

ROOM

ミラツクでは、2020年7月より、未来をつくるための「場」を提供するオンラインメンバーシップ「ROOM」を開始しました。

インタビューシリーズ「未来をテクノロジーから考える」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、「テクノロジーを駆使して未来を切り拓く」活動を行なっている人たちにお話を聞くオリジナルコンテンツ。「ROOM」では、記事と連動してインタビュイーの方をゲストにお招きするオンラインセッションを毎回開催していきます。

ROOMオンラインセッション「ROOM on Zoom」
10月23日(金)18:30-20:30 at Zoom ゲスト:SPACE FOODSPHERE代表理事・小正瑞季さん
詳細:http://emerging-future.org/news/2281/
ROOMへの参加はこちらをご覧ください
http://room.emerging-future.org/

第四回は、宇宙における食料の生産・供給技術などを開発し、「宇宙食」で未来を変えようと試みている「一般社団法人SPACE FOODSPHERE(スペースフードスフィア)」の代表理事・小正瑞季さんにインタビュー。「『持続的な宇宙での暮らし』を実現するために、『食』による課題解決を考えている」と小正さんは語ります。

小正さんが考える「持続的な宇宙での暮らし」とは。現状の宇宙開発における課題点や打開策。そして、実現したい未来を伺いました。

(構成・執筆:代麻理子)

小正瑞季(こまさ・みずき)
リアルテックホールディングス株式会社 グロースマネージャー。一般社団法人SPACE FOODSPHERE代表理事。2008年慶應義塾大学大学院(バイオインフォマティクス専攻)修了後、三井住友銀行、SMBC日興証券を経て、2015年にリアルテックファンドへ参画。2019年にJAXAやシグマクシスら50以上の企業と共に世界初の宇宙食料マーケット共創プログラムSpace Food Xを創設。2020年に地球と宇宙の食の課題解決を目指す一般社団法人SPACE FOODSPHERE(スペースフードスフィア)を創設し、代表理事を務める。月面から地球を眺めること、火星を拠点に自ら生命探査を行うことが目標。

人と食と地球の未来を宇宙からつくる

西村今日はよろしくお願いします。まずスペースフードスフィアの取り組みからいきましょう。

小正現在地球上では、食料危機、資源の枯渇、災害やパンデミックなどの大きな難題に直面している一方で、宇宙開発が非常に加速していて、月や火星で暮らすということも現実味を帯びてきています。

私たちは、危機的な地球上においても、今後の宇宙での暮らしにおいても、少ない資源でいかに効率的に食料を得るのか、避難所や月面基地のような閉鎖環境でいかに高いQOLを確保するかという点で、「食」が極めて重要だと考えています。

そこで、スペースフードスフィアという地球と宇宙に共通する「食」の課題を解決するための共創プログラムを立ち上げて、厳選された50を超える企業、研究機関、有識者による連携を進めています。定量的な目標の設定や研究開発ロードマップの策定、ビジネス共創や人材育成も含めて、様々な観点から活動をしています。

写真:iStock

西村なるほど。小正さんはもともとファイナンスに携わっていましたが、なぜそこから「宇宙」、「食」にシフトしていったのでしょうか?

小正僕は大学でバイオインフォマティクス(生命科学と情報科学の融合分野のひとつ)を専攻していました。当時は、宇宙の生命を研究する生命科学者になろうかとも考えていたのですが、そもそもまだ探査機も飛ばせておらず、まともな生命探査ができてない状況で、その部分を変えなければ僕がやりたいことは実現できないだろうと考えました。

考えを進めるうちに「宇宙に行く時代をつくれないか」、そして「その仕組みづくりをしたい」と思いが変わっていきました。変わっていったと言いますか、拡張していったと言ったほうが適切かもしれません。

仕組みをつくろうと思うと、やはり資金・ビジネスの話をきちんと知らなければ実現し得ないため、金融業界に就職しました。メガバンクと投資銀行でファイナンスについて、様々なディール(取引・契約・売買)を通じて経験させていただきました。

金融業界に7年間携わった上で、ふと立ち止まり「やっぱりお金の力だけではどうにもならない」と思い至りました。

持続的な「宇宙での暮らし」のために

小正ファイナンスに加えて、技術がなければ「人が宇宙に行く」ことは実現できません。特に、今はまだないような技術も必要になるので、ベンチャー企業を支援することが重要になると思い「技術×ファイナンス×ベンチャー企業」で何かできないかと考えたんです。

なければ自身で立ちあげるし、あるならそこで働こうと、Web検索したら最初にヒットしたのが、現在も在職しているリアルテック特化型のベンチャーキャピタルファンドでした。入社後、僕は一貫して「人が宇宙に行く時代」をつくるようなベンチャー企業を支援しようと試みました。

具体的には、宇宙船の開発をしている「ispace」や、人型遠隔操作ロボットを開発している「メルティンMMI」、培養肉を開発している「インテグリカルチャー」などです。2015年から約4年間、そういった素晴らしいベンチャー企業に出会い、非常に充実した日々を過ごしていました。

一方で、僕自身が本当にやりたかった「人類が宇宙に展開していく時代」を大幅に加速できているかというと、まだまだだと考え、2019年にスペースフードスフィアの前身である「Space Food X」を創設しました。

スペースフードスフィアの理事。50以上の企業や研究機関等から様々な分野のプロフェッショナルが参画している。

「人が宇宙に行く」の「行く」の部分は、アメリカの宇宙ベンチャー企業「SpaceX」や「Blue Origin」などがロケットや宇宙船の開発を進めているので、輸送系に関してはそこまで心配していませんでした。

ですが「人類が宇宙へ」の部分を考えると、宇宙での居住も含めて持続的に暮らすことができる世界観をイメージしていたので、輸送ができたとしても今のままでは人が暮らすことはできないと思ったんです。

もちろん、NASAも含めて様々な取り組みが行われていますが、持続的に暮らせるレベルかというとそうではないんですね。そのため、人が長期的に持続的に暮らせる技術をつくるのが鍵になりそうだと。

中でも特に、「食」がコアになるだろうと考えました。というのも、人は食べなければ生きていけませんし、食べものをいかに美味しく、安定的・持続的に確保できるかが、暮らしにおける最重要課題のひとつだと思ったんです。

加えて、リアルテックファンドの活動の中で、日本のフードテックベンチャーは粒ぞろいだという肌感覚があったので、彼らと「宇宙でのニーズ」をかけ合わせたら、最強のチームがつくれるんじゃないかと思ったんですね。「宇宙で暮らす」のシステム開発の部分も含めて、「人が宇宙に行く時代」を加速できると考えました。

そして、宇宙という極限的な環境における究極的なシステムを目指せば、安定的・持続的な食の確保は、結果的に地球上にも還元されるはずなんです。

2100年までの未来予想図

西村2015年から様々なベンチャー企業を発掘し、投資判断を行い、徐々にチームができていったと。2019年にJAXAとプログラムを立ち上げ、その一年後に独立し、法人としてスタートを切る。かなりのスピード感にも映りますが、小正さんご自身はその点をどう捉えていますか?

小正いえ、僕の中では最速で走れている気はしていません。
スペースフードスフィアでは2100年までの年表を、2030年にSDGs達成に貢献、2040年に月面1,000人居住。2050年に火星に1,000人居住で、2100年にテラフォーミング技術(地球や他の惑星を人が住みやすい環境に改善する技術)の確立と想定しています。

スペースフードスフィアが考える長期シナリオ

非常にチャレンジングなタイムテーブルですが、2040年の月面1,000人居住が、まずはひとつの大きなマイルストーンになると考えています。

正直、2040年きっかりの月面1,000人居住は相当ハードルが高いと思っています。何かが起きなければ、実現は難しいかもしれません。でも「2040年代」に1,000人であれば、十分に実現し得ると思っているんです。

西村そこがひとつのハードルというか、そこを超えられたら一気に2050年、2100年の展望が見えてくるのですか?

小正はい。2040年代の月面1,000人居住が見えると、2050年代の火星居住も見えてきます。ただ、2100年の系外惑星探査やテラフォーミングに関しては正直なところまだなんとも言えない感じはあります。というのも、80年後の話で、技術的なブレイクスルーがいくつも起きている想定上の話なので。

人類が系外惑星にたどり着くために一番ネックになるのは恒星間の航行を行うための移動型スペースコロニーの実現です。これが実現できるかは、我々が構築を目指す人工閉鎖生態系に加えて、移動するためのエンジンや航法などにかかっているのですが、エンジンや航法まで我々が開発するわけではないので、実現の可能性はあると思いますが、実現して欲しいという希望を伴うシナリオです。

現実的には、移動型スペースコロニーが光のスピードの約10%まで加速できるような目処が立てば、系外惑星に移住することも実現可能だと思っています。

航空宇宙企業「Blue Origin」の創業者であるジェフ・ベゾス氏が思い描いているスペースコロニーの構想

西村先ほどの年表では背景が山のようになっていますが、そこには技術的なブレイクスルーへの期待も込められていると。

小正そうですね。こういった図を提示しておくと、インスピ―レーションを受けて「そこをやらなきゃ」と思ってくれる人も出てくるのでは? という期待も込めています。

西村なるほど。「移動型のスペースコロニーが必要」という話だったら、「じゃあエンジンをつくるか」と考える人も出てくるのでは、ということですね。

小正はい。僕は投資家でもあるので、そのような超高速エンジンを開発するベンチャー企業が現れたら、人生を賭けて支援するだろうと思います。

「生命の起源」を知るために東洋哲学を学ぶ

西村小正さんの「宇宙への思い」は、系外惑星のような「どこか新しいところに行きたい」という願望からきているのですか? もしくは「宇宙で持続的に暮らしたい」という思いなのか。

小正そうですね……。一番は、自分という個を保ったまま「宇宙の果て」や「この世の真理」を見てみたいという気持ちが強くあるかもしれません。

つまり、「持続的に宇宙で暮らしたい」というのは手段であって、我々は何者で、どこからきてどこへ行くのかという「生命の起源に近づきたい」思いが根本にあるという感じでしょうか。

西村そのための手段として「人類が宇宙へ」という話や、そのひとつ手前として「持続的に宇宙で暮らせなければ達成できない」、さらにその手前に火星、月。そして日本からアプローチできる部分として、フードテックベンチャーと協業して流れをつくろう、という理解で合っていますか?

小正その通りです。僕の中では現在、大きく2つの軸があります。この表現が適切かわかりませんが、僕は「Outer Space」と「Inner Space」と表現しています。前者は「外の宇宙に展開していきたい」という思い。そして後者は「自分の中にも答えがあり得るだろう」という思いです。

要するに、自分自身も宇宙の一部なので、外にだけではなく自身の中にも答えがあるのではないかと考えているんですね。

西村後者をより具体的に言い表すと、どんなイメージですか?

小正僕たちは、それぞれがこの世の様々な法則に基づいて生きていますよね。例えば、物理法則。他には、3次元、4次元といった世界にも触れながら生きている。自身が触れている世界自体が、自身で感じ得る世界といいますか。

うまく表現できないのですが、そのあたりを探求したく、僕は現在インド哲学を少しずつ学んでいます。

西村インド哲学はまさに、「宇宙を解明する」というイメージがありますよね。宇宙を見ることでわかってくることと、哲学的な探求から見えてくることが、トンネル的につながってくる部分があるのではないか、という感覚でしょうか?両方を知ることによって、互いの理解が相乗効果的に早まるのではないか、と。

小正そうですね。例えば、物理学の世界では、相対性理論と素粒子論を統一する理論はまだ確立されていません。ですが、そうした部分を直感性のような「Inner Space」の探求によって統一理論に近づけられるのではないかというのが現時点での僕の仮説です。

なので、科学と東洋哲学をうまく接続して統合していくような取り組みにも非常に関心がありますね。

西村哲学的な分野に傾倒するというよりは、そこの理解を得ながら、目の前の現象をもう少し科学的に見てみようということでしょうか?

小正そうです。常に客観視して、今のところうまく整合性が取れていると感じているので、さらに学びを深めていきたいと思っています。

「鍛え抜かれた超人」ではない人が宇宙に行くということ

西村おもしろいですね。少し宇宙の話に立ち戻ってお話を伺いたいのですが、「今後、このあたりのブレイクスルーが起きれば、宇宙への進出がより加速するのではないか」という見立てはありますか?

小正「宇宙」と聞くと、「NASAが最先端」という印象を抱く方が多いかと思います。もちろん、NASAがこれまでやってきたそのアプローチ自体は非常に素晴らしいですし、僕も含めて世界中がリスペクトしているでしょう。

写真:iStock

一方で、今までNASAが行ってきたアプローチは、極論を言うと「鍛え抜かれた超人である宇宙飛行士を宇宙に送り込み、食料を与えて生き長らえさせる」ということなんですね。

そして、彼らに超効率的に完璧に仕事をしてもらい、体調も完璧に管理して帰ってきてもらうというアプローチです。

西村たしかに。

小正はい。その成果自体は素晴らしいですし、信頼性も非常に高い。ですが、「鍛え抜かれた超人」ではない人が宇宙に行こうとしたときに何が起こるかは、まだ考えられていない気がします。

わかりやすい例でいうと、コロナ禍の閉鎖環境では「コロナ離婚」が話題になったように、様々な問題が生じましたよね。ですが、宇宙飛行士からしたら、コロナ禍の閉鎖環境はなんら問題がないでしょう。

西村「宇宙では宅配もしてもらえないし、買い物がオンラインでできるなら、むしろすごい」と(笑)。

小正はい(笑)。彼らからすると「何がつらいのか理解ができない」くらいのレベルらしいのですが、一般人からすると非常につらいと感じた人も多かったと思うんですね。

そのくらい、宇宙飛行士と一般の人たちの心理的強度にはギャップがあります。今後、「超人」ではない人たちが宇宙に行くようになった際に、従来通りのプラクティスのままだとメンタル面で問題を起こし、命に危険が生じる可能性もあるでしょう。

つまり、「閉鎖環境」で一般の人が暮らしてメンタル面での不調が起き得ることを前提とした解決策をいかにつくるかが「持続的な宇宙展開」の鍵になるという思いです。

ストレス軽減には様々な方法がありますが、やはり重要になるのが「食」です。単純に、おいしい食べものを食べることができればいいという話だけでなく、「食」を取り巻くいろいろな仕掛け、取り組みはストレス軽減やQOL(Quolity Of Life)の向上につながります。

これは仮説ではなく、実際に南極観測隊や宇宙飛行士から直接ヒアリングをして検証した上での結論です。極地空間では「三度の飯が何よりの楽しみ」になるそうで、「食」の位置付けが普段よりも圧倒的に上がるのです。

なので宇宙で「食」をどう囲み、どう食べて、どう片付けるかまでを含めてトータルでデザインしていくと、より生活に潤いが出るし、豊かに暮らせるというのが僕らが今考えていることです。

地球から宇宙に「食」という文化を移植する

西村「食」はただ「料理」するというだけではなく、それをとりまく時間も含めて文化の中心的な役割を担っていますよね。

小正その通りです。食べるだけではなく、料理というつくる過程から楽しむことができます。加えて、コミュニケーションの材料にもなるなど、様々な役割を果たしているものだと思います。

スペースフードスフィアが考えている「宇宙での暮らし」のイメージ図

スペースフードスフィアの立ち上げの段階では、衣食住全体に広げて検討したんですが、やはりコアは「食」であるという結論に至り、法人名に「FOOD」を残しました。

西村人類の誕生は約700万年前だと言われていますが、「食べる時間」と共に過ごした人類の時間はさらに長い。

今、「文化」と呼ばれているもののほとんどは2〜3万年前にできたものだけれど、「食」は700万年以上も共にある。「食べること」は動物としての基本です。

そう考えたときに、人間が宇宙に行くために「もう一度『食』からやろう」というのは非常に納得感がある。「宇宙に行く」というとどうしてもロケットの話になりがちですが、「行った後のことを考えよう」という視点で進められているのがスペースフードスフィアのおもしろさだと思います。そして、現状の宇宙食は「生命維持のための栄養素」として捉えられていますが、「文化としての食」と捉えているところが新しい。

小正そうですね。例えば、「火星に1,000人居住」において、「SpaceX」代表のイーロン・マスク氏は「火星に街をつくり人を移住させる」と言っているので、遠くない将来にたどり着く可能性はあるかもしれませんが、現状では「食が重要であり、すぐ取り組まねば」という考えまでには至っていません。

西村今はとにかく「移動手段」にフォーカスがいっているということですね。そういう意味ではスペースフードスフィアは最先端にいるのだと思いますが、より展開を加速するために障壁だと感じている部分はありますか?

小正現時点では「技術の種」はある状態なので、この種を芽吹かせ花にして、全体のシステムとしてつくっていく必要があると思っています。

例えば、「イノカ」の生態系技術にしても、「インテグリカルチャー」の培養肉の研究にしても、個別の技術は存在しても、まだそれぞれがパーツの段階です。

それらは地球上では優位性のある優れた技術ですが、宇宙を想定するとまだ初歩段階なので、ここから一気に技術を高度化させることが必要です。加えて、全体を統合して強靭なシステムとして仕上げていくには、資金面もネックになるでしょう。

また、日本でその技術の高度化が進んだとしても、日本が月に基地をつくるという話ではないので、世界で最先端を走る企業や人などと強力なパートナーシップを組むことも重要なマイルストーンだと考えています。

西村「地球から宇宙に文化を移植するために、宇宙の『食』を考えています」という哲学性が伝わると世界的な取り組みにつながるのでしょうね。ただ単に「宇宙食をつくっています」ではなく、「文化創造である」という認識がより広まるといいですよね。

「月面で乾杯しよう」を合言葉に

西村先ほど、個々のテクノロジーの種はあると伺いましたが、さらに掘り下げて、より研究が進んで欲しい分野はありますか?

小正そうですね。宇宙という分野では、基礎研究を含めて様々な研究が必要になります。大きくは、「地球と宇宙に共通する研究テーマ」と「宇宙ならではの研究テーマ」の二つにまず分けられると思うのですが、後者では「重力が生命に与える影響」の膨大な基礎研究が必要です。

また、「宇宙放射線が人の生命に与える影響」や「動植物などに与える影響」の研究も重要です。宇宙放射線は非常に強いダメージを与えるものなので、その部分の基礎研究は不可欠かなと。

例えば、重力を考えると、月は6分の1Gで火星は3分の1Gなのですが、この低重力環境は地球上だと再現できないんですね。

写真:iStock

つまり、それらは宇宙に行かなければできない基礎研究です。宇宙放射線にしても然りで、月や他惑星に行って検証しなければならないため、この先に膨大な知見を重ねていく必要があります。

これは「ひとつの植物だけを検証すればいい」という話ではなく、複数の植物について試さなければなりません。さらに、「そういうものを動物が食べたときにどのような影響があるか」も統計的に調べなければなりません。

他方で「地球と宇宙に共通する」部分だと、ゲノム編集の領域がわかりやすいかと思うのですが、超高効率で栄養豊富な高付加価値の作物をつくるとなると、最初の「種」の手前の部分に膨大な基礎研究の積み重ねが必要です。

野菜、魚、肉、廃棄物処理系の微生物群など、遺伝子工学的なアプローチが必要になる。加えて、水の再生をいかに高効率にするかといった生物処理も重要ですし、殺菌・静菌技術も必要です。このように、挙げればきりがないくらい膨大な研究テーマがあると思います。

西村おもしろいですね。お話を伺いながら、「月に基地をつくったり、1,000人居住する」となったときに、どういう1,000人が行くとドライビングフォースとして最も強力なのか考えてみたいですね。

例えば、「ムーンユニバーシティ」のような月の上の研究所や大学があったら、ひとつの加速を生み出してくれるのかもしれませんね。

小正さんは今後、宇宙産業はどのように発展していくとお考えですか?

小正国主導か民間主導かでも大きく異なってくるかと思いますが、一つは水探査が挙げられます。現時点で、月に水があることは既に判明しています。それを有効活用できると当然現地での飲料水にもなりますし、一番大きいのは火星行きの燃料になることなんですね。

水は電気分解すると、酸素と水素になります。それを月から火星に行くための燃料にする。つまり、「月をガスステーションに」という構想が、NASAも含めて考えられているプロジェクトです。現在、そのための水探査が行われています。

民間で考えると、日本の航空宇宙企業「ispace」も「宇宙の資源をいかに有効活用するか」に取り組んでいます。つまり、大きなテーマとして水や鉱物などの資源を中心としたエコシステムがある。そしてもう1つは、月だと観光資源が大きいでしょう。

つまり、「観光地としての月」です。命へのリスクが少なく、価格ももう少し抑えられたら「月に行きたい」という人はかなり多いと思うんですね。月ではありませんが、現在宇宙ステーションに行くには20億円あれば一週間で行ける。でも、それだと一部の超富裕層しか手が出ないですよね(笑)。

将来的にはそこまでの費用はかからず「宇宙旅」が可能になるので、観光として訪れる人と、それを支えるサービス全般が産業構造として必要になるでしょう。

僕自身は、2030年代には月を訪れたいと思っています。スペースフードスフィアでは「月面で乾杯しよう」を合言葉として言っているんです。

宇宙を取り巻く産業を確立し、みんなで月に行って、月で採れた水を使って現地で栽培した大麦と、地球から持っていった酵母でビールを醸造して飲む。そのような「宇宙ビールプロジェクト」も取り組みたいテーマとして挙がっています。

大きな苦悩を経てたどり着いた場所

西村「月面で乾杯を」って素敵ですね。現在、普通に暮らしている大人は「宇宙に関わりたい」と思っても、今から宇宙飛行士になるのは少しハードルが高いですよね。宇宙に関わるにしてもなかなかスタート地点が浮かんでこない。今後、多くの方が宇宙に関わっていけるようになる時代に向けて、その関わり方のイメージはあったりしますか?

小正はい、様々な方々が関わって頂けるような仕掛けを現在具体的に検討しています。宇宙に関わりつつ、地球上でも役に立つような知見が得られる仕組みを作ることができればと考えています。

そして僕らは、2100年、さらにその先を見据えて考えているので、「次世代の人材育成」も非常に重要になります。次の世代の子どもたち、さらにその次の世代の子どもたちが、ワクワクしながら使命感を持ってこの領域に携わるのが大事だと思っています。

「宇宙」という科学的な部分もあれば、「食」のような身近なテーマもあれば、「文化」のようなテーマもあるし、持続的にするためにはビジネスの知識も必要です。

つまり、これらを探求していくことは子どもにとって最高の総合学習になると思うんですよね。なので、近い将来そのようなプログラムをつくり、継続的にできたらと考えています。

西村スペースフードスフィアの取り組みは、多くの人に「私にも関われるかもしれない」と思わせてくれるところに大きな価値があるように思います。

スペースフードスフィアのメンバーが試作した宇宙食の一例

誰もがすぐに宇宙飛行士になれるわけではない中で、人々が「宇宙との接点」を身近に感じられるようになることには大きな意義がある。

小正ありがとうございます。冒頭でお話したように僕は大学院を卒業後、2008年〜2015年までの間は金融業界にいたのですが、その7年間は葛藤を抱いていたんです。

「将来的に宇宙のことにつなげる」という思いでファイナンスを学んでいたんですが、どうつなげればいいのかが見い出せませんでした。でも、宇宙への思いはどうしても諦めきれず、2010年からの数年間は金融業界で働きながらつくばを訪れて、宇宙のコミュニティの懇親会や勉強会に参加しました。

そうした会合に参加する度に、楽しい一方で「宇宙関連のことをやりたいけれど、どうしたらいいか分からない……」と思い悩み苦しかったです。

2015年にリアルテックファンドに参画してから徐々に方法や考えがクリアになって現在に至りますが、スペースフードスフィアの活動を通じて、当時の僕のような「現状は宇宙関連産業に携わってはいないけど、宇宙への関心がある」という方々に「こんな関わり方もある」ということを示せるのだとしたら、大きな喜びです。

銀行・証券業界で働いていた当時、つくばの宇宙コミュニティで出会った方の一人が現在JAXAにて新事業促進部長を務められている岩本裕之さんで、現在では岩本さんが主導するJ-SPARC(JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ)の一環としてスペースフードスフィアを一緒に進めていたりもするので、次は僕らがみなさんにとってのご縁やきっかけとなれたらすごく嬉しいなと思っています。

「海」と「宇宙」の共通点

西村ありがとうございます。最後にひとつだけ伺いたいのが、「宇宙」と「海」は両方とも人間にとってのフロンティアとして残っているものだと思うのですが、宇宙事業は海洋研究と一緒に進められる余地はあると思いますか?

写真:iStock

小正はい。海に関しては、まず「海上都市」の部分で共に進めていけると思っています。先ほどの、スペースフードスフィアが想定している年表の2050年の部分にあるのですが、今後、人口増加や温暖化による海水面の上昇や砂漠化の進行により、人間が居住可能な面積は削られていくことが想定されます。

そうなった際に「地球環境を悪化させずに人が暮らす場所」を考えると、森を切り拓いて住むのは違うでしょう。となると、おそらく「海の上」か「砂漠」、「高度が高い山上」などが候補として挙げられます。

そのような場所で都市をつくって暮らすためには、資源循環や食料生産が高効率に行われる必要があります。そういう意味では、僕らが考えている「宇宙での持続可能な暮らし」に必要なテクノロジーと共通する点が多々あるので、協力して研究開発を進めていく余地は十分にあると考えています。

西村なるほど。今、未来のことを考えるために海に関連する研究者の方々のお話を伺っているのですが、多くの方が宇宙の話をされるんです。海洋研究をされている方の多くが宇宙に高い関心を寄せている。

小正「SpaceX」CEOのイーロン・マスク氏も、地球の周辺に人工衛星を4,000個飛ばし、インターネット通信網をつくろうという「スターリンク計画」を進めています。また、「Blue Origin」創業者のジェフ・ベゾス氏も同分野で1兆円の投資をすると発表しました。

加えて、通信の話ではありませんが、生命探査という意味では海の知見は非常に重要です。例えば、「エンセラダス」という土星の衛星があるのですが、そこに生命が存在するのではないかと言われているんですね。

写真:iStock

エンセラダスの表面は氷で覆われていてその下が海になっているのですが、宇宙に向かってプルームという噴水が出ているんです。それを「カッシーニ」という探査機が成分を捉えて分析して検証したところ、エンセラダスの地下海に海底熱水環境が存在することが判明しました。地球の海底熱水噴出孔は生命誕生の場の有力候補であり、エンセラダスの地下海にも生命が存在する可能性が示されたのです。

その海底熱水環境の存在可能性についてイギリスのネイチャー誌に論文を書いたのが、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の研究者なんです。地球上の生命の起源を探るのと、宇宙での生命探査は、実は共通した研究者たちが行っているという意味でも、宇宙と海のつながりは大いにあると思っています。

西村おもしろいですね。海の民が古来行ってきたことは、見方によっては、少しずつ移動しながら場所を変えて暮らしていくことになる。宇宙も、一気に遠くまでではなく、少しずつ距離を広げながら宇宙に進出していく。海と宇宙はメタファ的に近いと感じました。

小正おっしゃる通りです。僕もつい数日前、本当に系外惑星に行くとしたら様々な資源が豊富な星を点々としていく可能性もあるな、と妄想をしていました(笑)。

西村天文考古学の分野を見ると、海の民は星を見ながら航海をしていたので、海洋研究と天文研究は非常につながりが深い。そういう視点もあります。

小正実は僕も、大学入学前までの最たる関心は考古学でした。小中高生の頃の文集には「考古学者になりたい」と書き続けていました。

西村いいですね!

小正そこから徐々に宇宙にシフトしていきましたが、未だに考古学には強い関心があります。「いつか考古学者になりたい」という思いは今でも消えていません。

西村ぜひ、「宇宙考古学」などの分野をつくって欲しいです。

小正数千年のスパンで見ると、例えば「他の系外惑星に行ったら知的生命体の痕跡があった」といった話も出てくるのではないかと思うので、「宇宙考古学」の誕生はあり得るかもしれません。

僕の大学時代からの親友である藤島皓介(ふじしまこうすけ)は、NASAのエイムズ研究センターを経て、現在、東工大の地球生命研究所で宇宙生命探査の研究を行っています。僕は現在どちらかというとインフラをつくる側のことを行っていて、彼は宇宙生命学を探求している。

小正さんと藤島さん

彼とは大学時代にひとつ屋根の下で一緒に暮らし、同じ研究室で、同じ夢を持ってずっと語り合っていたんです。お互いの結婚式の幹事やスピーチをし合ったくらいで(笑)。今は別々の道を歩んでいますが、おそらく最終的には合流して一緒にやるのではないかと思っているんです。

西村次はその話をしましょう!今日はありがとうございました。

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

考古学への興味から「宇宙」へシフトし、仕組みをつくるために金融業界に。そこで「僕は宇宙にどう関われるのだろう」と苦悩を抱き続けたという小正さん。

思いを夢物語では終わらせず、つくばまで通い少しずつ着実に形にしていくその強い信念が現在の「スペースフードスフィア」を誕生させたのだと思うと、胸がいっぱいになりました。

インタビュー後に画面越しで、かなり本格的なコンパスを「考古学の夢も諦めていないので、こんなのも持っているんですよ」とキラキラした笑顔で見せてくれた小正さん。

「宇宙での持続的な暮らしを実現」は手段であって、根底には「生命の起源」への探究心があると伺い、その壮大なビジョンに興奮が止まらないインタビューでした。

この「未来をテクノロジーから考える」シリーズでは毎回、自身の「好き」を突き詰めて未来をつくっていく方々のお話を聞くことができ、本当に刺激的です。お読みくださっているみなさんにもその思いが届くといいなと願いながら書いています。ぜひ、みなさんの感想・コメントもROOMにお寄せいただけたら嬉しいです。

次回は、人工冬眠研究を行っている砂川玄志郎さんのインタビュー記事をお届けする予定です。こちらもテクノロジーを通じて新たな未来が切り拓かれる可能性が詰まった内容です。どうぞお楽しみに!

代麻理子 ライター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。渉外法律事務所秘書、専業主婦を経てライターに。心を動かされる読みものが好き! な思いが高じてライターに。現在は、NewsPicksにてインタビューライティングを行なっている他、講談社webメディア「ミモレ」でのコミュニティマネージャー/SNSディレクターを務める。プライベートでは9、7、5歳3児の母。
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